『第52話 if チア部員たちとの勝負、そして…… ~烏沢夏子~』
・二次創作です
・前半(◆まで)については引用
出典:R18女性恐怖症の格闘少年、奮闘する 作者:ヒサミコウ氏
https://novel18.syosetu.com/n3192cm/126/
翌週。
総太郎は憔悴したような顔をしながらも、使命感に突き動かされるようにして第二体育館へと向かう。
五人のチア部員に一方的に負けたショックは大きかったが、総太郎にはどこか現実感がなかった。普通に考えれば負けるはずのない相手になぜ負けたのか、その理由がさっぱり分からないため、不安ばかりが湧き上がって精神的に安定を得られない。
「でも、とにかく挑戦し続けないといけない。立ち止まっている時間はないんだ……」
なにしろ、もう九月の残り日数は少ない。一日たりとも無駄にはできないのだ。
焦りのせいか、心臓の鼓動が激しい。総太郎は深呼吸をして心臓を落ち着けようとしながら、チア部室の前へとたどり着く。
そこにいたチア部員は、今日はひとりだけだった。きついツリ目をしたショートカットの女子。烏沢夏子だ。
同じショートの髪をした初美と比べると、女性的な雰囲気が色濃い。体つきが華奢で顔の形もシャープであり、いかにも学級委員でもやっていそうな雰囲気の少女だ。総太郎の知り合いでは、クラス委員の香月真莉が一番近い印象を持っているだろう。真莉をスポーティな雰囲気にしたら、ちょうどこうなるような気が総太郎はしていた。
「今日は、烏沢だけなのか」
「ええ。みんな練習があるから、先に体育館に行ってもらっているの。私も時間は無駄にしたくないから、さっさとかかってきてくれる?」
チアユニフォームに身を包んだ夏子は、独特の魅力を醸し出している。理知的で体育会系には見えない彼女が、チアユニフォームのような露出度の高い活動的な服を着ているということが妙に総太郎をドキドキさせるのだ。
(な、なんだ? なんで動悸がおさまらない……こいつに対してドキドキする理由なんて、ひとかけらもないだろうに)
総太郎は動揺する。自分がどうしてこんな反応をしてしまうのかが分からない。
「どうしたの? やる気ないんならこのまま今日は無しにさせてもらうけど」
「い、いや、もちろんやる! お前にさえ勝てばアイリに挑戦させてもらえるんだよな」
「もちろん」
「よし、その言葉、後悔するなよ」
前回は五人が相手だったために不覚を取ったが、こうして一対一ならば不測の事態など起こりようもない。総太郎はしかし、油断をしないようにしながら、夏子に向かってじりじりと歩を進める。
夏子も身構え、両手に持ったポンポンを胸の前に揃えるようにしている。やや腰を落としており、防御的な姿勢だ。
「いくぞっ!」
総太郎は踏み込み、前回同様脅しの意味も込めて大きいモーションの突きを放つ。
「…………っ」
さすがに夏子は緊張の面持ちになり、一歩下がって総太郎の突きをやり過ごす。突きに対して反応できるあたり、度胸はあるようだ。これが怖がりなタイプであれば棒立ちになってしまうところであろう。
夏子が後ろにステップした際、彼女のスカートがひらりと揺れ、その下の細い太ももが総太郎の目に映る。
(うっ)
ドクン、と大きく心臓が跳ねるのを感じる。夏子の白い太ももに、明らかに総太郎は興奮をかきたてられていた。
(い、いや、気のせいだ。こんな性悪な女を相手に、こんなドキドキするわけがない)
全体的に総太郎に対して敵意の色濃いチア部だが、その中でも特別に攻撃的な夏子。彼女に対して総太郎のほうもしっかり反感を抱いており、ときめいてしまような要素は一切ないはずである。
そう思い込もうとしつつ、総太郎はさらに踏み込んで夏子を追い詰めようとした。
だが。
「ふっ!」
夏子は総太郎が前に出てくるのに合わせ、鋭くハイキックを繰り出してきた。
舞い上がるチアコスチュームのスカート、あらわになる太ももと、その付け根の白いアンダースコート。
(う、うわ……!)
他の部員たちと比べ、ほっそりとした脚。だが、そのおかげですらりとした印象があり、なにより白くなめらかな肌は陶磁器を思わせる美しさだ。
総太郎は思わずそれに見入り、一瞬動きを止めてしまう。その結果――本来、格闘経験者であるなら余裕を持って避けられたはずのハイキックを、もろにアゴに食らってしまった。
ガスッ!
「がふっ!」
頭部が衝撃で跳ね上がり、総太郎は後ろに三歩ほど後退した。
(し、しまったっ、な、なぜこんな隙を、俺は……)
体が言うことをきかず、夏子のハイキックに見入ってしまった。自分がどういう状態なのか、改めて分からなくなってしまう。
「アイリと初美が言ってた通りね、こういう風になってくれるなら私でも負ける要素はないわ」
余裕の表情になる夏子。総太郎はアゴを蹴られたことでバランス感覚を崩しており、すぐには踏ん張りきれない。つまり即座に反撃行動に出ることはできなかった。
そこに夏子は踏み込み、容赦なく右足を振り上げる!
ズンッ……!
「ぐっ……!」
股間に強烈な衝撃。一瞬の衝撃の直後、鈍い痛みが下腹部を襲い、総太郎はその場に倒れて悶絶する。
「あがっ、あっ、あああああぁぁ……!」
「ふふっ、ざまあないわね。チアで鍛えられた脚力で玉を蹴られたんだから、たまらないでしょう」
夏子は嗜虐的な笑みを浮かべながら、総太郎の体を容赦なくつま先で蹴りつけてくる。
ドスッ、ガシッ!
「ぐあっ、あっ、あぐうぅっ……」
「ま、これも因果応報というものよ。私の脚をいやらしい目で見てたんだから、それで蹴ってもらえたことをむしろ光栄に思ってもらいたいものね」
夏子の脚線美を目にして興奮を覚えていたことを見抜かれていたようだ。総太郎は、痛みと悔しさで涙を流しつつも、それでも自分の中に夏子への興奮があることを自覚せざるを得なかった。
(ど、どうしてだ、俺はなんでこんな奴で興奮なんてっ……!)
アイリに対してと同じように、チア部員たちの容姿に目を惹かれ、隙を晒してしまっている。あげく、それを利用されていいようにいたぶられてしまう。その現実が、総太郎にはどうしても理解できなかった。
総太郎はさんざんに蹴りつけられ、さすがに戦意を喪失してしまっていた。
ズンッ!
「がふううぅっ!」
みぞおちにめり込む夏子のつま先。総太郎は息が詰まり、激しく咳き込んだ。
「げほっ、ごほっ!」
悶絶し、体を震わせる総太郎。そんな彼の顔を踏みつけ、夏子はぐりぐりと踏みにじる。
「なかなかいい気分ね、男を暴力で一方的に制圧できるっていうのは思っていたより気持ちがいいわ」
「う、ううっ……」
夏子は総太郎の体を蹴りつけ、仰向けにさせる。
「ぐっ」
「アイリならいざ知らず、ただの女子に一対一で負けちゃった気分はどう? これで格闘家とか名乗っているなんて、お笑いもいいところね」
「くっ、くそ……ま、まだ、負けてなんて……」
そう言い返しながらも、総太郎は夏子の体を見上げている。
なにしろ夏子は総太郎の頭のそばに立っており、彼女のスカートの中は丸見えになっている。自然、その美しい脚やスコートに包まれたお尻の丸みを目にして総太郎はさらに興奮し、いつの間にか股間は勃起してテント状になってしまっていた。
それを見下ろし、夏子は侮蔑の笑みを浮かべる。
「どこを見てるのよ、この変態」
そう言いながら夏子は総太郎の胸板を踏みつけ、それを軸にして、もう片方の足の裏で総太郎の股間を容赦なく踏みつけてくる!
ズンッ!
「ぐああああぁぁっ!」
勃起したペニスが折れてしまったのではないかというほどの強烈な踏みつけ。
さらに、そのまま夏子は股間を踏みにじってくる。
ぐりゅっ、ぐりっ、ぐりりっ……!
「いぎああああぁぁぁっ!」
夏子が股間を踏みにじる強さは相当なもので、そこには一切の手心がない。総太郎の性器が壊れてしまってもいっこうにかまわないと思っているとしか感じられなかった。
「ふっ、男なんて股間を蹴られただけでこの始末なんだから、必要以上に恐れる必要なんてどこにもないのよね。それにしても無様な姿ね、あなたなんてこうやって女に踏みにじられて悶絶しているのがお似合いよ」
男への侮蔑を隠そうとしない夏子。こんな女子にいいようにやられている現実に情けなさと悔しさを覚えるが、それ以上に彼女のチアコスチューム姿に興奮を覚えてしまうのが今の総太郎だった。
そして、飽きたのか夏子はようやく総太郎の上から退き、小さく息をつく。
総太郎は地面に倒れたまま、体を震わせて悶絶していた。
「はぁ、はぁっ……ぐっ、うっ……」
股間はいまだ鈍い痛みに苛まれている。下手をすれば本当に睾丸が潰れでもして、男としての死を味わわされてしまっていたかもしれない。
総太郎は悔しさを感じてはいたが、同時にこの容赦ない女子に対して恐怖を味わってもいる。体の震えはそんな感情のせいでもあったろう。
「ふ……どうやら、これで私の勝ちみたいね」
夏子の勝利宣言に対して、総太郎はなにも言い返すことができない。もはや自分に勝ち目がないことを、総太郎は思い知らされている。
「くうっ……」
「スカートがめくれただけで動揺してくれるんだから、女としてはこれ以上にやりやすい相手もいないわ。これなら何度やっても絶対に負けることはないわね」
総太郎は息も絶え絶えに、勝ち誇る夏子を見上げる。
「今日のところは、このくらいで勘弁してあげるわ。女に負けた悔しさをたっぷり噛み締めながら、惨めにオナニーでもしてなさい。せっかく私の脚やスコートを、たっぷりその目に焼き付けたんだから」
「そ、そんな、こと……」
「それじゃ、さよなら。また挑戦したければ明日以降ここに来るといいわ。これじゃもう、うちの部の誰にも勝つことはできないと思うけれど、ね」
そう言い残し、夏子は息も切らさない余裕の状態を見せつけるようにしながら、総太郎にくるりと背を向けて去ってゆく。
そして、総太郎はその夜。この、男を明らかに蔑視している烏沢夏子という少女を思い出し、嫌だと思いながらも性欲を我慢できず、彼女でオナニーしてしまうことになるのだった――
◆
その二日後。総太郎は再び第二体育館へ向かった。
チア部のメンバーへ挑戦するためである。部長であるアイリにリベンジするために避けて通れない戦いであり、これは生徒会への挑戦でもある。
(今日は誰が相手なんだ……いや、誰が相手でも負ける気はないぞ!)
彼は自らの精神を落ち着けるために昨日は一人、自宅の道場で瞑想をしていた。
その甲斐もあって平常心を取り戻せた。
少なくともそう思い込んでいた。
やがてチア部室の前へとたどり着くと、先日と同じく夏子が一人だけ室内にいた。
夏子は彼を見るなり深いため息を吐いた。
「あら、また来たのね」
「今日もお前が相手か」
「そうよ。でも昨日は来なかったみたいじゃない。初美たちがガッカリしていたわよ」
「な、なにっ」
「またあなたのことをボコボコにできるって意気込んでいたのにね」
総太郎は先週チア部の五人に寄ってたかっていいようにされた事を思い出し、赤面すると同時に屈辱感を思い出した。
しかも侮られている。完全に自分たちが勝つと思っての発言だろう。
「私は別の意味でガッカリだけどね」
「どういうことだ」
「だって、今日も挑戦しに来たんでしょう? 相手させられる私に身になってほしいわ」
そう言ってから夏子が立ち上がった。
昨日と同じチアコスチューム。両手にはポンポンを持っている。
すでに戦闘態勢が整っているようだった。
「い、いくぞ! 俺が勝ったら約束通りアイリに挑戦させてもらう!」
「いいわよ。無理だと思うけど」
総太郎が構えると同時に夏子も腰を落とす。
相変わらず格闘技とは無縁そうな普通の女子にしか見えないのに、何故か昨日よりも圧を感じてしまう。
(くそ、先手を取りたいのに体が動かない……!)
恐怖しているとは認めたくなかった。
冴華のような格闘家ならともかく、目の前にいるのはチア部だ。
普通の運動部に自分が遅れを取るはずなどないのだ。
「固まっちゃってどうしたの。かかってこないなら」
そこで総太郎は先日の夏子との戦いで最初に言われた言葉を思い出す。
(勝負をなしにされてたまるか! もう俺には時間がないんだ)
考えるより先に足が動き出していた。不戦敗などするものかという意気込み。
だがそれは夏子にしてみれば総太郎の焦りが生みだした大きな隙にしか見えない。
突進してくる相手に対して蹴り足を引き、斜めに構え直しキックを放つ。
(うっ……)
振り上げられた夏子の足の付根を総太郎は注視してしまう。
何故だかわからないが、キックに見とれてしまう。
その結果、かつてと同じように夏子の蹴りをもろに受けてしまった。
ビシッ……!
「ぐあああっ!」
「こっちからいくわよって言おうとしただけなのに。
自分から向かってくるなんて根性あるじゃない」
総太郎は自らの左頬をしたたかに打ち抜いた夏子に見とれながら膝を落とす。
少し見上げた彼女は、昨日と同じく細く真っ白で美しかった。
脳を揺らされ、頭の中が軋むように痛みだす。
「今日も大したこと無さそうね」
「い、今のはちょっと油断しただけだ!」
「でもいきなりいいのが入っちゃったわね。気持ちよかったわ」
悔しがる総太郎を見ながら夏子は余裕たっぷりに近づいてくる。
無造作に詰め寄られているだけなのに総太郎は自然と身を引いてしまう。
(動けえええええええええっ!!)
無意識に臆している。そんな思いを断ち切るようにモーションが大きな突きを繰り出すのだが、夏子は慌てることなく総太郎の攻めを回避した。
「ふぅん」
「くそっ、逃げるな!」
すると夏子が彼に向かって身構え、一気に距離を縮めてきた。
総太郎は驚いて距離をとろうとしたが、運悪くベンチに足をぶつけてしまい動きが鈍くなった。
「あなた、さっきから私の目を見て怯えてる……ふふっ、こうなるとなんだかいじめたくなっちゃう」
冷ややかな視線で総太郎を見つめていた夏子がニヤリと笑う。
そしてまた彼に向かってハイキックを放つのだが、
「くうっ!」
その蹴り足が途中で止まり、夏子は両手に持っていたポンポンを総太郎の鼻先に押し当ててきた。
突然視界が塞がれた総太郎はパニックになる。
「フェイントよ」
ドスッ……
次の瞬間、夏子の細い脚が総太郎の股間を蹴り上げていた。
「ぎゃああああああああああああああっ」
鈍い痛みに悶える総太郎。
反射的に前かがみになり崩れ落ちそうになる。
そこへ、蹴り足を戻した夏子の追撃が襲いかかる。
「ふっ!」
ズンッ……
「おっ、うぶ、おえええええッ!」
みぞおちを僅かに外れた膝蹴りだったが、今の総太郎にとっては甚大なダメージだ。
胃の中を混ぜ返されたような苦痛が彼の意識を乱す。
夏子はポンポンを持った手で彼の首を掴み自分の方へ向かせた。
「いい声で鳴くじゃない」
「ひっ!」
「もっと聞かせてよ」
夏子は嗜虐的な笑みを浮かべながら両手のポンポンを外し、ベンチの上に置いた。
そして身動きできない総太郎の顔めがけて平手打ちを食らわせる。
パンパンッ
「ぶっ!!」
左右に顔を弾かれ総太郎は再びパニックになった。
同級生とはいえ格闘家でもない女子になぶられている……その事実が彼の気持ちをますます侵食していく。
パンパンパンッ!
「ぶっ、やめ、ぐ、ああっ!!」
「またいやらしい目で私を見たんだから当然の報いよ」
さらに数回往復ビンタをしてから夏子は彼の肩をドンっと突き放した。
スチール製のロッカーに背中を強打して総太郎が呻く。
「ふふっ、無様ね。私よりも立派な体をしてるくせに今にも倒れそうになってる」
「はぁ、はぁ、まだだ……俺は負けない!」
「そう? もうずいぶんボロボロみたいだけど」
夏子の言う通り総太郎は満身創痍だ。
最初の蹴りと金的と往復ビンタ、それら全ての攻撃に容赦がないのだ。
だがそれ以上に深刻なのは夏子に対する感情の変化だった。
(なんでだ……こんなやつに、欲情するはずなんてないのに!)
ペニスがすでに膨らみかけていた。混乱する頭で総太郎は考える。
目の前にいるのは憎い敵であり、相手同様に自分を憎いと感じている。
叩きのめすのに迷う理由などないのだ。力で圧倒すればいい。
気力を振り絞って総太郎が夏子を睨みつける。
圧倒的優位に立った彼女が手のひらを自分の方へ向けて彼を挑発していた。
「ほら、かかっておいで。」
「な……」
「少しは手加減してあげるわ。自称格闘家の斤木総太郎クン?」
「こ、このおおおっ!!」
ロッカーに背中をぶつけるようにして総太郎は飛び出した。
左のジャブから右の正拳突き、さらには回し蹴りや前蹴りなど狭い室内でも有効な技ばかりを選んで夏子に襲いかかるのだが、
「くそっ、なぜだ! 当たらない!?」
「フフフ……」
夏子は腕を後ろに組んだまま上半身だけを動かして彼の攻撃を避け続ける。
総太郎は気づけない。
彼女に翻弄され、自分の技のキレが普段の半分未満になっていることを。
素人でも見切れるレベルのスピードを、精神的に優位に立っている彼女が回避できない道理はない。
「ほらほらこっちよ」
「このっ、当たれえええ!」
みるみるうちに失われていくスタミナ。
やがて動きが鈍りきった彼と距離を詰めた夏子が反撃に転じる。
「えいっ」
総太郎の右ストレートに合わせて、彼より速いスピードで左頬をビンタした。
パァンッ!
「ぶふううぅっ!」
いきなり頬を張られた総太郎が動きを止めた。
頭がくらくらして動けなくなったところへ、
「もう一発。それっ」
ドスッ!
夏子は膝蹴りを合わせてきた。
今度こそ総太郎のみぞおちに彼女の小さな膝が深くうまる。
「あ……が……」
「こういうのカウンターっていうんだっけ? アイリが教えてくれたわ」
総太郎の膝が崩れ、夏子にクリンチする状態になった。。
彼女とぴったり密着したまま、胸の痛みに痙攣する総太郎。
痛みを味わいながらも顔の右側に夏子の体温と髪の香りを感じる。
急に心臓がドキドキしてきた。
(なんで、俺……烏沢に蹴られて、気持ちよく感じてるんだ……)
容赦ない蹴りを何度も受けているうちに自分がおかしくなってしまったのかと総太郎は戦慄した。
どんなに考えても理由がわからない。
チア部の中でも絶対に負けたくない相手と体が触れ合っているというのに嫌悪感よりも先に興奮してしまう自分が許せなかった。
「いつまでそうしているつもり?」
「う、くっ……」
「ふん、今日は股間を蹴り上げる必要もないわね。たっぷりいたぶってあげる」
動けない総太郎を再び突き飛ばし、夏子が距離を取る。
ちょうど彼女のハイキックが当たる位置だ。
(この間合いはヤバい! 少しでも有利な接近戦に持ち込まねば)
ふらつく体に鞭を打って総太郎は前に出るのだが、
「フフッ、単純ね。馬鹿みたい」
夏子はその突進をあっさりかわして自分が攻撃しやすい距離を難なくキープする。
そして総太郎の体に何度もわざと軽い蹴りをいれていく。
しなやかな夏子の脚が繰り出すキックはまるで鞭のようだった。
痛みはそれほどないが気力が奪われていく。
総太郎の攻撃は当たらず、夏子の蹴りだけが一方的にヒットする状況が続いた。
(チア部なんかに、烏沢なんかに負けたくないのに!!)
ひらりひらりと舞を踊るように相手をコントロールする夏子。
その姿は非常に優雅であり可憐。
総太郎は手も足も出ない自分にこの上ない屈辱を感じた。
「格闘家って本当にこんなもんなの?」
「うわああああっ!」
自分を奮い立たせる総太郎。
だが彼は夏子の動きに魅せられ、心を乱し始めていた。
ほっそりした肉体と美しい肌、そして自分を幻惑するハイキック。
ビシッ!
「あぐっ……」
少し強めのキックで総太郎を牽制した後、夏子が妖しく笑った。
「こんなのはどう?」
「えっ……」
焦って距離を詰めてこようとする彼より早く、夏子が正面から抱きついてきた。
軽く膝を曲げて腰を落とし、しっかりと彼の突進を止めている。
抱き合うような格好で、鼻先が触れ合う距離で彼女に見あげられ、総太郎はまたもやドキドキしてしまう。
(ち、近すぎる! こんな距離で烏沢の顔を見ることになるなんて)
至近距離で感じる夏子は美少女と言って差し支えない顔立ちだ。
総太郎は昨夜彼女でオナニーしたことを思い出して罪悪感に苛まれる。
ツリ目がきつい強気の顔立ち。女性的なショートカットの髪型。
今の総太郎にはそれら全てが魅力的に思えてしまう。
だが、
「ふんっ!」
ぐりゅううっ!
彼に見えない角度で右腕に力を込めていた夏子が、ゼロ距離で総太郎の股間を打ち据えた。
「ぎ、あああああああああああああーーーー!!」
ちょうど真上から硬くなったペニスをすりつぶすような角度で入った掌底。
総太郎は倒れることもできず再び彼女により掛かる。
「重いんだけど?」
「あ、あああぁぁ……!!」
「どきなさいよっ」
ガッ、ゴツッ!
すると夏子は拳を握り、総太郎の股間を連打した。
同じ場所を何度も拳で打ち抜かれ、ついに総太郎はその場にうずくまってしまった。
(なんてやつだ、こわい、勝てない……もうやめてくれ!)
足元でビクビクと痙攣するだけになった総太郎を見て夏子が鼻を鳴らす。
「悶絶しちゃって情けないわね。でもストレス解消になったわ。ありがとう」
倒れた彼の背中を踏みつけながらベンチに腰を下ろす夏子。
そのまま優雅に足を組み替えながらタオルで汗を拭く。
「また明日も来なさいよ。私が相手してあげるから」
総太郎はその言葉になにも返すこともできず、彼女が立ち去るまでその場で震えてしまうのだった。
そして次の日。
「本当に来るなんて呆れるわね」
「今日こそはお前に勝つ!」
「昨日もそう言ってなかったっけ?」
夏子はポンポンすら持たず、ろくに構えもせずに彼を見下していた。
昨日の結果を思い出せばその状況に不思議はないだろう。
「あんまり時間かけたくないからさっさと来て」
「い、いくぞっ!」
そしてすぐに二人の戦いが始まった。
自分から攻め続けるスタイルの総太郎を冷静に観察する夏子。
彼の行動パターンを読み切ったように、無理のない動きで総太郎の攻撃をするりと避け続けている。
「あんまり進歩がないわね」
「なっ……」
「隙だらけよっ!」
パァンッ!
室内に炸裂音が鳴り響いた。夏子のビンタが総太郎の右頬にヒットした。
「ほらほらほらほら!」
「うあっ、あああああーーーーーーーーーっ!!」
そこからは一方的な展開だった。
昨日と同じように距離を潰され、至近距離から夏子の膝蹴りと往復ビンタの嵐を受け続ける。
それが数分間続いた後、総太郎はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「はい、今日も私の勝ちね」
もはや振り向きもせず彼を残して部室を去る夏子。
その後姿を思い出しながら、総太郎はその日の夜も彼女でオナニーしてしまう。
(なぜだ、何故勝てない!? 動きだって速くないのに届かないなんてっ)
だが思い出すのは敗戦への悔しさよりも夏子の細くて白い美脚と、自分を圧倒する彼女の可憐な攻撃だった。
やがて自分を追い詰め、勝ち誇った夏子の顔が頭に浮かんだ瞬間、総太郎はその夜三回目の射精をしてしまった。
それから二日後。
「いい加減諦めたら? どうせ一生勝てないわよあなた」
「うるさいっ!」
一日空けてからの再挑戦だった。
部室に夏子がいないことを祈りながらも、総太郎は彼女の姿を目にしたことに興奮してしまう。
(きょ、今日は一気に決めてやる! そうすればこいつなんかに惑わされなくて済むからな)
呼吸を整え、総太郎は夏子を睨む。
そして勢いよく自分の間合いに踏み込んで最速の拳を放つ!
「へぇ、いつもと違うパンチだね。これがあなたの得意技なの?」
「な……」
彼が伸ばした拳が彼女に届くことはなかった。
否、無意識に腕が萎縮していたとしか思えない。
突き出した拳が空を切り、代わりに総太郎の顔の脇に夏子がいた。
興味深そうに総太郎を覗き込んでいるが、怯えた様子はない。
「もうおしまい?」
「ま、まだだ!」
「あっそう。じゃあこっちからも行くわよ」
ガシッ、ゴキッ!
密着したまま肘で顔を打たれ、無防備なみぞおちに膝蹴りを叩き込まれた。
「く、くそっ!」
「遅い遅い」
総太郎が手を出す頃には夏子はそこにいない。
ハイキックが当たる自分の距離へと回避しているのだ。
「えいっ」
バキッ!
「ぐあああっ!」
キックを食らいながらも夏子に食らいついていく。
だがあっさりと身を交わされてしまう。
総太郎も必死で反撃するのだが、夏子を意識してしまうとどうにも手足が思うように動かなかった。
「あまりにも動きが遅すぎてつまんないわ。そろそろ終わりにしていい?」
そして今日も総太郎が崩れ落ちるまで、ビンタや肘、それにハイキックの連打で徹底的にいたぶられてしまうのだった。
夏子に敗戦を続け、ついに最終日の一日前になった。
「たぶんあなたの相手をするのは今日でおしまいね」
「なんだとっ」
総太郎は焦る。
これまで彼女に対して一勝もしていないのだ。
(ま、毎晩のようにこいつに抜かれまくってるんだ! 負け越してしまうのは仕方ないとして最後は必ず勝っておきたい)
今となっては身勝手な言い分だが、総太郎はこの1戦に賭けていた。
男のプライドを取り返し、アイリに挑戦するための明日につなげるために。
その意気を感じ取ったのか、夏子が真剣な表情で彼に告げる。
「しかたないわね。本気で相手してあげる」
「っ!!
「でもハンデはたっぷりつけてあげるわ。今日は一切蹴り技を使わないであなたに勝つつもり。悔しかったら男の意地ってやつを見せてよ」
ハンディキャップの屈辱よりも先に、夏子の本気と聞いて総太郎は震え上がる。
二度目以降、彼女との戦いはずっと手を抜かれていた気がする。
攻撃に容赦がないのは変わりないとして、途中からは明らかに手加減されていた。
そんな彼女の本気に今の自分は勝てるのだろうか。
(今さら迷うな! やればわかることだ!!)
夏子は蹴り技を使わないと言った。
ならば肘やビンタでの攻撃が中心になるはずだ。
彼女は投げ技や関節技を使えない。
総太郎が微かな勝機を見出して気を抜いたときだった。
「いくわよ」
夏子がそう宣言して、自分から彼の間合いに入ってきた。超接近戦だ。
「こ、このっ!」
機先を制された総太郎が左ジャブを放つ。
夏子はそれを首だけ動かしてヒョイとかわしてしまう。
彼女はさらに一歩踏み込んで、右手を総太郎の脇の下へ通してきた。
(な、なんだ……これじゃあまるで投げ技だ)
密着した状態で何をしようというのか。
総太郎には理解できない。
だがさらに夏子は左手を彼の右手に合わせ、ギュッと握りしめてきた。
ダンスを踊るような格好のまま、総太郎は動けなくなった。
自分を見上げてくる彼女の目を見ているだけで全身が固まってしまう。
「ねえ、あなたは今まで何回私に蹴られて負けたと思う?」
今までにない優しげな声。
だがとてつもなく冷たい響きだった。
(気圧されてる、お、俺が……くそっ、動け、ない……)
度重なる敗北の経験がそうさせたのか、夏子に対して総太郎は自分が思うよりも重篤な苦手意識を植え付けられていた。
いつしか密着したまま壁際まで追い詰められていた。
「う、ううう……!」
「あなた、私に負けるのが病みつきになったんじゃないの?」
冷ややかな目でじっと彼を見つめる夏子。
知的で整った顔立ちの女子に見下されていると思うだけで、総太郎はどんどん胸が高鳴ってくる。
「そっ、そんなことはないっ!」
「本当かしら。じゃあこれに耐えきれたら認めてあげる」
すると夏子は彼を痛めつけるでもなく、そのままギュッと抱きついてきた。
右腕で彼の腰を引き寄せ、左手で彼の右手の指を絡めてくる。
(な、なんだよこれ……俺がどうして、烏沢なんかに!)
この時、総太郎は自分でも信じられないほど激しく興奮していた。
普段から自分を痛めつけていた相手による抱擁が、得体のしれない背徳感を彼に与え続けていた。
これが性的なものだとは認めたくない。
だが肉体の一部はすでに、ペニスははっきりと彼女を求め始めていた。
「硬くなってるわよ」
「うああぁぁ……」
「ほらね。やっぱり私に抱きつかれただけで動けなくなってるじゃない」
夏子の言葉が彼の胸に染み込んでいく。ごまかしようがないほど自分が彼女に興奮させられている事実を知られてしまった。
(まさかこいつ、始めから全部お見通しで……)
愕然とする彼の手を、夏子がさらに強く握りしめる。
総太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
「あなたはもう勝てないわ。私にもアイリにも、他の部員たちにも」
「そ、そんなことは……」
「心が完全に負けてるのよ。気づいてないの?」
夏子の言葉に総太郎は打ちのめされた。
ギュッと握られた夏子の手に力を吸い取られているようだった。
もはや自分では夏子に勝てないということを肌で感じたのだ。
「あなたはもう格闘家じゃないわ。
チア部のみんなに痛めつけられるのが快感になってる変態男」
「ぐっ、くそ……俺は、俺はッ!!」
「何なの?」
ぎゅっ……
「あああああああああああっ!」
「ほら、何か言ってみせなさいよ」
「俺はお前を!」
「お前? ふぅん、まだそんな口が聞けるんだね」
最後の抵抗を見せる彼の体を夏子が強く抱きしめる。
彼女の腹筋に密着した総太郎のペニスがビクビク震え出す。
(き、気持ちよすぎる! でも、こんなやつの体に反応するなんて、俺はどうしちまったんだ……)
ほっそりしている夏子ではあるが、胸の膨らみもしっかりと存在する。
身を寄せられた総太郎はチアコスチュームの下に隠された鍛えられた美しい体を思わず想像してしまった。
「うあっ、だ、まって、離れてくれ!」
「ダメよ。自分が変態であることを思い知りなさい」
さらに夏子に体を引き寄せられる。
引き剥がせない魅力が彼の抵抗力を奪い、ついに総太郎に限界が訪れた。
ビュルルルッ、ドプッ、ドピュウウ!
彼女に対して精神的に劣等感をいだき、抵抗できなくされた総太郎にとってその柔らかな誘惑は紛れもない猛毒だった。
押し当てられた夏子のバストを意識してからまもなく、総太郎は立ったままで激しく射精してしまったのだ。
その事実は密着していた彼女にしっかり伝わってしまっただろう。
夏子がそっと身を引くと、総太郎はその場にヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
「わかった? 今日も私の勝ち。これで完全勝利ね」
「う、うううっ……」
予告通り彼女は蹴り技を使わなかった。
それどころか総太郎を痛めつける行為すらしていない。
純粋に夏子の魅力に屈しただけでなく、自らの変態性を暴かれてしまったのだ。
「ほら、もう足が震えて戦えないでしょ。あなたの負けよ」
ついに泣き出してしまう総太郎。
その様子を涼しげな目で眺めながら夏子は小さく笑う。
「さようなら。世界で一番情けない自称格闘家くん。私に叩きのめされたことを思い出して、今夜もオナニーに励むといいわ」
夏子は泣き顔の総太郎を見下してから、くるりと背を向けて去っていった。
そして夜、果たして総太郎は彼女を思ってオナニーをする。
(くそっ、なんで俺は、あいつの事なんか思い出して、こんなことをしているんだ!)
夏子の顔を思い出すと自然に股間が膨れ上がり、体中が敏感になる。
彼女に抱きしめられたぬくもり、肌の質感や呼吸、髪の匂いや胸の膨らみ……それらを思い出した回数分だけ射精してしまうのだ。
憎しみしか感じないはずの相手なのに、夏子にいたぶられたことを思い出すたびにドキドキして体が素直に反応してしまう。
今日まで毎晩のように夏子をおかずにして抜くたびに、いつのまにか彼女の存在は自分の中に無くてなならないものに変わってしまったのだ。
しかし彼はそうなってしまった自分に気づくことができなかった。
残り期限まであと二日。
『第52話 if チア部員たちとの勝負、そして…… ~烏沢夏子~』 (了)