淫魔のホワイトデー
紫煙が漂う生暖かい空間で僕は目覚める。
いや、これは正しくない。
この場所にいることを知覚したと言うだけ。
僕は今までずっと起きていた。
直前まで夜ではなかったし、ベッドで眠りについた記憶もない。
急速に現実感が増してきた。
すると靄の向こうからふわりふわりと何かが近づいてきた。
(あのシルエットは……!)
見覚えがある。
全身から漏れ出している桃色の香気。間違いなく淫魔だ。
しかもあいつは――、
「やっほー、奴隷クン♪ 何してるの?」
リムカーラだ!! 夢の中に現れては何度も僕を幻惑して精を奪っていく淫魔。
ふわふわの茶色い髪、愛らしい表情とセクシーな体。
パッチリした大きな目とスベスベの素肌。
扇情的な衣装で近づいてくる性の悪魔。
その姿は非常に僕好み、見ているだけでこちらの抵抗力を削いでくる。
僕は思い出す。
彼女に射精させられるたびに屈服の証である「首輪」をつけられたことを。
そして快楽を強制的に与える「楔」を刺されていることを。
(し、しまっ……た!)
それらは思い出してはいけないことだった。
心に描いた瞬間、この空間ではそれらが具現化する。
夢が実体化する。
つまり、僕の手足と喉、それにペニスにつけられた首輪が!
「縛っちゃお♪」
リムカーラが空中に指でハートを描いた。その軌跡が銀色に輝く。
(まずいっ、あれを食らったら!)
反射的に僕は立ち上がって逃げようとした。
けれど体が動いてくれない。すでに手足の首輪が僕を拘束していた。
「あはっ、気づいちゃった? もう夢の中だよ」
やはり……と思ったが遅かったようだ。
彼女は夢魔。
狙った獲物に夢を見せて、獲物のエネルギーを使って自分を創造させ、思いを増幅して吸い出すことができる。
つまり夢の中では無敵。
「今日はホワイトデーだよ。お返しする日でしょ。」
「な、なんで!?」
身動きできないまま僕は叫ぶ。理屈が合わない。
ホワイトデーはチョコを貰った人がお返しをする日じゃないか。
僕は彼女からチョコを受け取ってないし、受け取りたくもない。
(このまま夢を否定してやる! そう知ればこいつは存在できなくなる)
夢魔を退ける手法の一つ。存在否定。
見ている夢に現実感がなくなれば獲物が目覚めて夢が霧散する。
僕はそう強く念じようとしたけど……
「いっぱいセーエキくれたじゃん。」
「あっ」
思い出してしまった。
バレンタインデーに現れた彼女を。
チョコの代わりに私をあげると言われ、朝まで徹底的にセックスした。
こいつ本当にずるいんだ……そういう時だけ受け身になったふりをして、いつも以上に精液を奪い取っていく。
いわゆる誘い受け。しかも淫魔。
めったにないチャンスだと思って僕は誘いに乗ってしまったのだ。
「だから感謝も込めて、新開発の楔を用意してきましたー」
リムカーラは僕に見せつけるように胸の谷間から右手の指の間にそれを挟む。
キラキラした緑色の物体は三角形で、矢尻にように見えた。
「これをキミに突き刺してあげる♪」
「ひっ!!」
彼女が口にした「くさび」とは強力な内部結界。
対象の内側に作用して、リムカーラに都合よく働く魔法の一種。
(あれはやばい……食らっちゃだめなやつだ!!)
手足が動かせないままひたすら怯えているうちに、リムカーラは楔を自分の尻尾の先に取り付けた。そして僕の鼻先に突きつける。
緑色の宝石みたいな楔に淫魔の香気が染み込んでいく。
透明なゼリーの内部に桃色のジャムが詰め込まれていくような印象。
「逃げ腰になっちゃだめでしょ。えいっ」
動けないとわかっているのに僕の両手を彼女が抑え込んできた。
痛みを感じないように柔らかく僕を捕縛する彼女の指。
空中に固定された僕にのしかかるような体勢は、ベッドの上で四つん這いになるのによく似ていた。もちろんリムカーラが上なのだが。
「くそっ、は、はなせ……!」
「うふふふふっ、また私に簡単に捕まっちゃったね~。逃げるふりして全然逃げないのはキミが淫魔による快感を求めてるから。これはもう罰ゲーム決定でしょう」
魅力的な指使いで彼女が僕をいたぶり始める。手首に置かれた指先がツツツーっと肘から肩、そして今度は乳首へと舞い降りてくる。
快感と同時に彼女を感じてしまう。
それが良くないことだとわかっているのに!
「夢が定着してきたね。あはっ、忘れてなかったんだ。私との交わりを」
「そんなこと、ないっ……!」
「うんうん、優しくしてあげるよ。今日は私からお礼する日だもんね」
真っ赤な目をしたリムカーラに見つめられる。
魔力を感じる瞳に僕が写り込んでいる。
(これ、魅了の魔法……)
抗えない。心が沈んでいく。
その先で彼女が待ち構えていた。
「奴隷クン……んちゅ♪」
心が抱きしめられて、口づけされた……そう感じたのとほぼ同時に、細い指先で顔を固定されて何度も唇をねぶり回される。
頭の中に響く彼女にキスされる音……
視界の端では淫魔の尻尾の先で楔がゆらゆらと揺れていた。
(気持ちいい、こいつのキスずるすぎだよおおおぉぉ!!)
あがこうとして顔を横に向けると彼女も追従してくる。
更に熱くキスをされて頭に何層もの幕がかけられていく。
ビクビクビクッ!
勝手に体が跳ね上がった。
「キスだけでイっちゃったね。心が私を求めてる証拠」
にやりと彼女が笑う。淫魔の微笑み、可愛すぎる……
キスと同時に重ねがけされていく魅了魔法。
痛みを全く伴わなず、快感だけを積み重ねていく悪魔の技巧。
(く、そぉ、今日もリムカーラに体と心が奪われていくんだ)
これが目が覚めるまで続けられることも、だんだん自制が利かなくなっていくことも僕は知っている。だからこそ怖い。そして彼女を肯定してしまう自分が許せない。
手足が甘くしびれていく。
それを自覚してもどうすることもできない。
すっかり弱りきった僕を感じたのか、一旦キスが止む。
リムカーラは体を起こして尻尾を僕の目の前でひらひらさせた。
「じゃ、いくよ~」
すっかり彼女の色に染まっている楔。
緑の宝石の内部に桃色のジャム、そして外側に彼女の香気をまとっているのがわかる。
(まさかあれを?!)
戸惑う僕の口を彼女の指が無理やり広げた。そして、
ズプウウウウッ!!
尻尾ごとそれが僕の体内に差し込まれた。
(あああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!)
叫ぶことすらできない。体の奥に向かって伸びていく淫魔の尻尾は、やがて僕の中にある何かに突き刺さり、体内でドクンドクンと脈動しはじめた。
そこに痛みはなく、尻尾は引き抜かれ、楔だけが僕の中に残された。
「ふふふ……」
震える僕の顔を撫で、リムカーラは再びキスを重ねていく。
ちゅ、ちゅっちゅ、ちゅ、ちゅっちゅっちゅっちゅ♪
さっきより甘く、指の先までしびれるようなキスだった。
(うっ、あ、あああ! なんだ、これ、一度のキスが、どんどん体の中に染み込んで、増えていくみたいに!!)
されていることは同じはずなのに明らかに何かが違う。
まるで快楽を感じ取る何かを差し替えられたみたいで――、
「唇が触れるたびに心が焼け付くみたいでしょ……これが新しい楔の効果だよ」
キスをしながら彼女は笑う。
「名付けてラブ・レゾナンス。共鳴する波動からは逃れられないよ」
ニュルリ……
リムカーラの舌が差し込まれた。
蕩けるように甘い淫魔の味。
唾液を交換するように僕を貪り、さらなる深みへ落としていく。
(おかしい、このキスおかしいよおおお!)
抜け出せない。求めてしまう。
自分から捧げてしまう!
「キミの気持ちと私の思いが、キスするたびに響き合うの。ほらぁ、チュ……ちゅっちゅっちゅっちゅ♪」
リムカーラのキスは残像を残す。
余韻が実体化したように、快感の塊がずっと僕の精神を犯し続けた。
レゾナンス、共鳴……僕の体の中にリムカーラのキスが刻印のように打ち込まれ、楔のせいで体内からも同じだけ気持ちよさが反発して響き合う。
(わ、わかったぞ、僕、一度のキスで二回犯されてる!)
気づいたからと言って快感が消えるわけでもない。
すでにリムカーラの術中に嵌っているのだから。
ツツ……レロォ……
甘い唇がゆっくり移動していく。
僕の頬、喉、首筋から鎖骨、胸板、乳首、上半身全て……
(だめっ、だめえええええっ、全身舐めちゃダメエエエ!!)
舐められるたびに体の内側からも快感が湧き上がり、心が侵食されてしまう。
叫ぼうとしても僕の唇は震えるだけだった。
そしてついに、
ちゅうう、うううぅぅぅ♪
「うああああああああああああーーーーーーっ!!」
一番敏感な部分に彼女は到達してしまった。
「勢い余っておちんちんの先っぽまでいっちゃった。乳首さん、首筋と脇の下、それにおへそ、とりあえずこれくらいでどうかな?」
僕を見つめながらペロリと舌なめずりをする淫魔の顔がこの上なく魅力的でセクシーだった。
全身を犯されて動けないまま僕は彼女に見とれてしまう。
体内ではキスの余韻が何度も跳ね返って、僕を間断なく喜ばせていた。
「あははは! もう喋れなくなってるー! いつもより気持ちよさそうだね」
コロコロと鈴のように彼女は笑い、うっとりした目で僕を見下す。
「実はキスじゃなくて、私の唾液に触れたところに楔の効果が出るんだよ」
指先を口元に持っていき、舌でペロッと舐めてみせた。
あのリムカーラの真っ赤な舌が僕自身の先端をさっき舐めたんだ。
(ああぁぁ、あんなふうに舐められたら我慢できないよおおおぉぉ!!)
勝手に下半身が悶えた。物足りないのだ。
「奴隷クンの夢、叶えてあげるね」
リムカーラが可愛く微笑む。
彼女の全身を包む桃色の香気、オーラが強まって金色が混じってきた。
それは夢が完全に定着して、現実に切り替わった証拠でもあった。
僕は全身愛撫のついでにされたフェラじゃなくて、もっと全てを吸い付くされるような口腔愛撫を受けたいと願い始めていた。
僕の頭の中にあることは完全に彼女にバレている。
それなのにリムカーラは、
「キミの指先を舐めて、こうやっていじるだけでも……」
「ふああああああああああああああ!!」
「ふふふ、便利でしょ? 私の唾液でジワジワ犯してあげる♪」
じらすようなプレイに切り替えてきた。
僕がいじってほしい場所はギリギリで避けて、感じやすいけど射精には至らないところばかりを責めてくる。
もちもちした太ももで顔を挟んできたり、手のひらで背中を撫で回しながら時々ぎゅっとしてきたり、おっぱいを使って僕の脚をなぞったり……
(ちがうっ、そこじゃない! うあああ、あああああーー!!)
ぶんぶん首を横に振るけどお構いなしで彼女の焦らしが続く。
やがて僕は自分からおねだりしてしまうだろう。
彼女はそれを望んでいるのだ。
「怯えても無駄だよ。やると決めてるんだもん」
それは魂の屈服。
夢の定着の後、獲物を確実に自分の世界へ引き寄せるための儀式。
「次はた~~~っぷり手のひらに唾液を垂らして、おちんちんを包んじゃうよ」
「あ、ああぁぁぁ……許して……」
「しっかり気を張っててね。はい、クチュウウウウ~~~♪」
ニュル、ルルル……
予告通りペニスに襲いかかる極上の手コキ。普通にしごかれただけでも淫魔の手は気持ちよすぎるのに、今日は唾液と楔のせいで本番さながらの感触になり変わっている!
(イクッ、もうだめだ、これだけで、イかされちゃううううう!!)
でも出せない! きっと楔のせいで縛りが効いてるんだ。
射精したくてもできない苦痛がすぐに快感にすり替えられる。
僕の全身がビクビク波打ち始めた。
「ひああああああああああああああっ!!」
「まだイっちゃだめ~!」
ギュッと握りしめられる。
唾液たっぷりの指先に絡みつかれたペニスが虚しく空打ちする。
「んふ、悪い子には強制的に我慢させちゃうから。」
「そんなあああああ!!」
「このままおちんちんいっぱい触ってあげる」
そしてまた弄ばれる。
脳内が焼ききれそうになるとキスではぐらかされ、更に激しくしごかれる。
それに飽きると彼女は優しく優しく、それこそ天使のような指使いで僕の気持ちを緩ませ、ペニスだけでなく全身も同じテクニックで魅了してくるのだ。
(おわらない、おわらないのに、きもちいいのがつづいてる……)
すでに時間の感覚がない。
リムカーラは僕を飽きさせないように刺激を何度も切り替えて、僕を叫ばせる。
空中で四つん這いにされた僕を背中から犯したり、尻尾を細く伸ばして腰をぐるぐる巻きにしたり、尻尾の先で尿道を刺激したり……
何時間も犯されてからようやく彼女に解放された。
「そろそろいいかなー? タンクいっぱい溜まったよね」
大の字になって倒れる僕の上にまたがってくるリムカーラ。
おなかの淫紋が今までにないくらい輝いてる。
これから何をするのかは明白だった。
「じゃ、リリースしよっか。奴隷クンの大好きな挿入……っと」
ピッタリしたショーツを脱ぎ捨て、僕の顔に放り投げた。
むわぁってする淫魔の香り。
(あああぁぁぁ……やられちゃう、おねがい、リムカーラァ……)
それは拒否する理由すら忘れる濃密な媚薬。
淫魔のニオイに脳内が焼かれた。
ちゅぷ……
先端が彼女の膣肉に触れた。
それだけで快感が脳まで突き抜けていく。
「あはっ、感じ過ぎじゃない? できるだけ我慢してねー」
ニヤニヤしながら彼女が腰を落とす。
ズプ……
僅かに沈んだ先端が淫魔の愛液で犯される。
「先っぽは柔らかいよね。でもこの先はぁ……♪」
クプウウッ!
肉棒が三分の一くらい、彼女の内部へ包み込まれた。
(うあああああーーーーーーっ!!)
勝手に腰が動き出そうとするのをなんとか押し止める。
こんな様子じゃすぐにイってしまう!
できるだけ長く我慢しなきゃいけないのに。
「じっとしてるのダメ。そのまま自分から腰を振ってみて?」
ぱちん♪
無慈悲な命令が下された。
僕は彼女の指鳴らしに逆らえない。
(動く、動いちゃううううう! 動いたら出ちゃうよおおおぉぉぉ)
ぎこちなく腰を突き上げる。
リムカーラはそれに合わせて腰を落とす。
ずちゅ、ずちゅ、ずちゅっ!
その繰り返しのせいで、僕は何度も彼女と深くつながってしまう。
「もっと私を求めて」
「うあっ、ああああ、リムカーラアアァァ!!」
「そうそう、上手だよ♪」
ちゅ……
名前を呼ぶたびにキスをされた。
意識がほんのり赤く染まる魅惑の口づけ。
内側で僕を揉みくちゃにする淫魔の膣内は、ちょうどよい具合にペニスに引っかかるようにできていた。
根本だけでなく先端や中間、さらにはカリ首だけを集中することだってできる。
リムカーラにとってそれは当然のことだった。
そしてついに、
「ふああああああああああああああああああーーーーーっ!!」
ブピュ、ビュルル、ビュルッ!!
当然の結果だった。
何度も腰を突き上げ、彼女の膣奥の感触を求めてしまったのだ。
そして最後の方は完全に自分の意志で彼女に犯されていた。
「うふっ、あははははは! 奴隷クンみじめー! ホワイトデーなのにまた私に捧げてくれるんだね」
僕にまたがり高笑いする彼女を感じながら、自分の意識がこれまで以上に桃色に染まっていくのを感じていた。
(了)