『新学期でわかったこと』
久しぶりに制服で登校する。
今日から一つ学年が上がる。
それに伴ってクラス替えがあることはわかっていた。
「あー、やっぱりそうなるか」
正門をくぐってすぐに張り出されていた新学年のクラス名簿一覧を見ながら思わず呟いてしまった。
幸い、時間帯が早かったおかげで俺の他には見知らぬ生徒が数名居るだけだったが。
編成された新しいクラスにあいつの名前がなかった。
なんとも切ない気持ち。
(まあ、おたがいに何かあったわけでもないんだけどさ)
階段を登りながらぼんやり考える。
一ヶ月前までは隣の席だった柏原ユイのことを。
入学してからずっと席が隣だった。
ただそれだけで相手を特別と思うほど純粋なわけでもなく、なんとなく気になる程度の存在だった。
長い休みを迎える前にスマホの連絡先の交換をした。
だからといって毎晩電話をするわけもなく、時々メッセージを交換するぐらいの仲。
クリスマスの夜に彼女から歌が届いたり、お正月には初詣の写メが送られてきたり、最近では海に行ったという知らせが動画が来た。
その程度の関係だ。
新教室へ向かう階段を登るだけでなぜか遠ざかっていく気持ちになる。
やがて教室についた。座席表を見ながら自分の席に座る。
今まで隣りにいた相手がいないというだけで寂しく感じる。
これは新学期のせいだと思いたかったのだが、自分の席について十秒もしないうちに勢いよく教室のドアがあいた。
「いたー!」
そして見慣れた影が一直線に、俺めがけて突進してきた。
「ん……」
仮に効果音をつけるとしたら間違いなく「ドドドドドドド!」あたりが適切だろう。
机や椅子をヒョイヒョイかわしながらこちらへぶつかる勢いで突き進んでくる。
普通の男なら怯むところだが、こいつの扱いに関しては慣れている。
まず席を立ち、何も言わずにスッと右手を前に出す。
そこへ吸い込まれるようにして突撃兵の頭がきれいにはまった。
「届かないー!?」
目の前で小さな拳がぐるぐる回ってる。
リーチの差でその暴力が俺に届くことはない。
(こらえきれずにあちらから来るとは……)
フンフン言いながらまだ突進をやめない相手こそ、柏原ユイその人だった。
身長は俺より頭一つ小さく、黒髪はいつもポニーテールにしている。
その小さな頭蓋骨を俺の右手がアイアンクローしているというわけだ。
俺と彼女のルーティンを始めて見るクラスメイトはびっくりしたようにその光景を眺めていた。
「ねえ、ちょっと! 一緒のクラスになれなかったじゃん!」
「俺に言われても困るんですけど」
不満は教師に言え。クラス編成は俺のせいではない。
やがて突進を諦めた彼女が髪を直しながら俺をじっと見上げてきた。
「おはよ。怒りであいさつ忘れてた!」
久しぶりに会うせいか、少し背が伸びたように感じる。
「てゆーかお前、何故最初に俺のところへ来た」
「いつもの癖で」
カラッとした様子で柏原は言うが俺には気になることがあった。
「彼氏、居るんだろ……」
彼女の口からそれを直接聞いたわけではないけど、チャットで流れてきた情報によって俺はそのことを知っていた。
クラス発表でチェックしたのだが、俺と同じ組に柏原の彼氏がいる。
面識はなく噂でどんなやつか知ってる程度だが。
「あー、気にしてるのはそういうこと?」
「お前は気にならないの!?」
実に気まずい状況なのだが彼女はなんとも思っていないのか。
自分の恋人を差し置いて俺に突撃してくるというのはどういう心境なのだ。
(もしかして恋人説はガセネタなのか?)
そう尋ねようとした時だった。
「別に気にしなくていいよ。だって……」
すっと伸びた彼女の指先が示していたのは、一人の男子生徒だ。
それは俺の情報と合致する相手。
つまり柏原ユイの彼氏に間違いないのだが……、
「あっちもあたしのこと見てないじゃん?」
確かに他の男子と笑いながら話をしている。
「しかしだな」
「最近全然連絡取ってないし」
ふと柏原の声が小さく頼りなくなった。
(どういうことなんだ……?)
彼氏の方はあからさまにこちらを無視している様子でもない。
だからといってやきもちを焼いている様子でもなく、柏原がここにいることに気づいていないように見える。
「なんか思っていたのと違うんだよねー……どうしてだと思う?」
「俺に聞くなよ」
半分ふてくされたように返してしまった。
当人同士がわからないことを俺が知る由もない。
「たとえばだけどさー、
もしもアンタがあたしの彼氏だったら何を求めるわけ?」
俺の机に浅く腰を掛けながら彼女が言う。
珍しく目がマジだ。
しかしこれは俺の役目じゃない。おい彼氏なんとかしろ。
「あーーーーっ! アンタ、いま絶対エロいこと考えてた!!」
「妙な決めつけをしないで欲しいんですけどねえええ!?」
柏原のテンションは以前と変わらない。
だからこそ逆に俺だけがヒヤヒヤしているのだ。
(俺はこいつにどう接すれば良いのだろう)
ポニーテールの少し跳ねてる部分を見ながら思案する。
恐ろしく難しい問題に思えたが、聞かれたからには何か答えなくては。
「そうだなぁ……彼氏なら、お前と一緒に居られればそれでいいんじゃないか」
「!!」
しかたなく返した一言だった。
深く考えたわけじゃない。多分そうなるだろうという程度の回答。
でもこれで良かったみたいだ。
柏原が黙り込んでいるのがその証拠だろう。
やがて机から降りた彼女がニマッと笑う。
「ねえ、クラスは替わっちゃったけどさ……あたしたちの関係はそのままでいいよね」
それは俺が求めていた提案でもあった。
友達が減るのは嫌だからな。
「別に構わないけど」
「やったー! 今なら無料アップグレードもついてきます!!」
そう言い捨てて柏原は自分の教室へ戻っていった。
最後の言葉だけは全く理解できなかった。
(つづく)