『やはり一色いろはに誘惑されてただで済むわけ無いと思っていたけど由比ヶ浜結衣を裏切るのは間違ってる』




タイトル通りのお話ですけど由比ヶ浜結衣は名前しか出てきません。もともと筆者は由比ヶ浜結衣推しの人なのですが、一色いろはも最近お気に入りということで一線は越えないお話を書いてみました。だから全年齢で投稿します。(続きを書くとしたら確実に成人向けの激しいやつになると思います。もちろん未定)


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 まさかこいつがここまでやるとは思わなかった。
 一色いろはは俺の後輩で、あざとくて可愛くて憎めない存在だ。
 そんな彼女から「相談したいことがある」というメールが届いた。


 明日の昼休みに特別棟の空いてる教室で話をしたいと言われた。
 誰もいない場所で相談したい内容だということは理解できたし、二人きりになったところで相手は一色いろは……別に拒むほどでもないと俺は判断した。

 約束の時間近くになり指定された場所へ向かうと、既に教室の扉が開いていた。
 時間前なのに先に彼女が部屋の中に居ると思った俺は慌てて室内へ。

「すまん、ちょっと遅れた……一色?」

 部屋の中に人の気配がしない。慌てて損したと思った瞬間だった。

ガチャリ。

 それは頭の後ろでドアがしまった音だった。
 振り返ると一色いろはが入り口を背にしてニコニコしながら俺を見つめていた。

「さすが先輩! 時間通りですねー!」
「お前のほうが先に来ていたのか。でもなぜ鍵をかけた?」
「別にいいじゃないですかー。さあ、どーぞどーぞ」
「あ、ああ」

 彼女に促されるまま適当な席に座る。
 すると彼女も俺の隣の席に座り、少し椅子を引きずって身を寄せてきた。

 雪ノ下とは違うフワッとした軽い髪からいい匂いがした。

「先輩、わたしが葉山先輩に振られた直後に優しくしてきましたよね」

 あの日の夜のことか。まだ覚えていたんだな。

「まあ、そうだな」
「傷ついたわたしを口説こうとするなんて本当に卑怯だし反則だからごめんなさい」

 わざわざペコリと頭を下げてくる一色。
 あの別れ際にも言われたことを改めて言われると胸に来るものがあるな。

「ち、違うっ! 俺はそんなつもりで」
「……って普段なら言うところなんですけど、それだと逆に負けた気がするんで」

 そう言い放つと、一色は俺の肩にもたれかかるようにして顔を寄せてきた。

「責任、とってくださいね」
「何の責任だよっ!? ちょ、待て! お前何をするつもりだ?」
「ちょっと誘惑しちゃおうかなーと思って」

 どうせいつもの冗談だろうと、見せかけだけの誘惑だろうと考えていた。
 貴重な昼休みだというのに年下に翻弄されてやるつもりもない。

「フッ、俺がお前相手に動揺するとでも」
「こんなことするの、先輩だけですからね」
「――ッ!!」
「年下の女の子は嫌いですか?」

 こいつ、ずるい。このシチュは反則だろう。
 至近距離で制服の袖を引っ張りながら右胸に手を当てて上目遣いする後輩女子。
 好きか嫌いかで言うならば超大好きだ。もちろん口には出せないが。

「少しは動揺してくれました?」
「だ、誰が……」
「フフッ♪」

 俺の答えに構わず、一色がさらに距離を縮めてきた。
 ピッタリと俺に寄り添って腕を絡めてきたのだ。

(やばい、こいつの体温をもろに感じる……)

「比企谷先輩、全部わかっててここへ来てくれたんですよね?」
「だから、違うって。もうこれくらいでいいだろ一色、俺をからかうのは」

 これ以上密着しているとやばい。
 色んな意味で歯止めが効かなくなる。
 すると彼女はまた小さく笑って、今度は耳元で囁いてきた。

「わたしはいつもある程度本気でやるし、残りの半分くらいは冗談で済ませるように心がけてます」
「半分は冗談ってことか……」
「違いますよー。半分は本気ってことです。誰かに似てると思いませんか?」

 彼女が話すたびに吐息が微かに耳に当たる。
 それは絶妙な刺激で相手をくすぐり続けているみたいで……

 一色いろはと触れ合っている俺の体が小さく震えた。

「……」
「先輩がわたしを全力で拒めなかった理由はそれですよ」

 そう言われると思い当たる節はある。
 メールが来た時に疑わなかったことや、会うとしても場所を奉仕部の部室にすればよかったのに、心のどこかで俺は二人きりを望んでいた。

「ねえ先輩。わたしのこと、好きか嫌いかで言うならどっちですかー?」

 畳み掛けるように一色が尋ねてくる。

「嫌い、ではないが」
「好きじゃなくても単純に興味があるってことですね。それでいいじゃないですか」

 彼女はそう言ってから嬉しそうに笑った。たとえ相手が小悪魔的な性格だとわかっていても、男なら誰でも思わず見とれてしまうような可愛さで。

「あはっ、そんなに見つめないでくださいよー」

 俺が見惚れているのに気づいたのか、一色はゆっくりと立ち上がって、俺の膝の上に横座りになった。適度な重みと柔らかさのせいで俺はますます動けなくなってしまった。

(なぜこうなった……!?)

 一色いろはが何のために俺を誘ったのか。

 今までの話だとこれは復讐なのだろう。
 自分の弱いところを晒してしまった相手への報復として、誘惑……?

 せめてもの救いはここに他の二人が居ないことだけだな。

「先輩、いつも言い訳ばかりですね。今も一生懸命自分の中でもがいてる」
「くっ……」
「そういう人、わたしは好きですよ」

 好きという言葉が耳から入ってきて胸が高鳴る。
 冗談だとわかっていても、半分本気だというさっきの言葉が効いているのだ。

 それよりも心の中を見透かされたようで恥ずかしくなる。
 雪ノ下と由比ヶ浜のことを頭に思い浮かべたのも事実。
 目の前にいる一色いろはに対して、何故か申し訳ない気持ちになった。

「フフフ、せーんぱい♪」
「いい、一色! 俺は……」

 その先を言おうとした俺の口に一色の人差し指が立てられた。
 指一本で会話を封じられた。

「いいんですよ。いっぱい悩んでください。自分の内側で葛藤してください」
「い、一色! もう本当にこのへんで……あっ」

ギュッ……

「わたしは外側から先輩のことを気持ちよくしちゃいますから」

 横座りの姿勢のまま、一色の両腕が俺の顔を抱きしめてきた。
 花のような香りが強くなる。
 一色の髪の匂いと、肌のぬくもりを同時に味わうことになった。

「雪ノ下先輩が好きなんですか?」
「なっ……」
「それとも結衣先輩かな? うふふふふ」

 お互いの左頬をくっつけるような体勢で甘く囁かれ、俺は答えられずにひたすらドキドキしていた。

「知ってますよ。言われなくてもわかっちゃうんです」
「ぅ、ああ……」

 軽く頬ずりしながら彼女が続ける。

「比企谷先輩は今のままがいいんですよね?」

 完全に小悪魔の囁きだった。
 それが心地よくてたまらなかった。
 ああ、こいつはどうして俺の気持ちを簡単に掴んでしまうのだろう。

「信じられないくらいわがままで贅沢……でも、そういう人なんですよ先輩は」

 気づけば左手が握られていた。
 一色の細い指が俺の指にしっかり絡みついて離れない。
 もう片方の手は相変わらず俺の首に回されたままだった。

「先輩、そんなに怖がらなくていいと思いますよ?」
「な、なにを……」
「他人と自分の間に隙間を作って危険を避けたい。距離感を間違えて本気で近づいたら壊れてしまいそうだから。違いますか?」
「わ、悪いか……」
「いいえ。でもずるいです。自分に都合がいいところだけ、美味しいところだけ長く味わいたいなんて」

 いつの間にか横座りだった彼女が正面から俺に覆いかぶさるような体勢へと変化していた。膝の上だけでなく、全身で一色いろは自身を感じさせられてしまう。

「わたしも先輩と同じことを考えていたんですよー」
「なんだって」
「だから、たっぷり味わってもらおうかなーって」

 俺を抱きしめていた腕の力が緩んだ。
 同時に握られていた左手も解放される。

「……先輩、わたしは今のままでもいいですよ」

 両手を俺の肩に置いて、正面から一色が微笑んだ。

 整った顔立ちと少し生意気そうな表情がたまらなく可愛い。
 こんな積極的な攻め方をされたらほとんどの男は参ってしまうだろう。

 さらに自分のおでこを俺の前髪に押し付けながら一色が言う。

「ううん、今のこの瞬間だけのほうがいいかな。わたしに迫られて、それが本気かどうか判断できなくて困っている先輩の顔、最高に面白いですから」

ちゅっ……

「ッ!!」

 思わずビクッとしてしまった。
 しかし一色は自分の唇を鳴らしただけだった。

 でも、彼女の唇までの距離はあと10センチにも満たない。
 そんなに近くでキスの真似をされて俺がドキドキしないわけがない!

「こうされたらどうです? さっきよりも動揺してくれますか? クスクスッ」
「……わかっているなら聞くな」
「えー、わからないですよー」
「嘘つけ!」
「わたしに嘘をつかれるの嫌いですか? それとも、まだ本気じゃないと、遊びのつもりだと思い込みたいですか」

 一色は少し顔を離してから妖しく微笑んだ。
 そして両手で俺の首筋や頬を優しく撫で回してきた。

「遊びだとしたらやりすぎですかね?」
「当然だ」
「先輩にしてみれば自分から手を出さなければセーフじゃないですか。でも、わたしを突き飛ばすようなこともしたくない」

 一色の腕が再び俺の首に回された。
 今度は右頬同士が触れ合うような距離だ。

(こいつの言う通り、俺からは動けない……)

「それでいいですよ。じっとしててください。わたし、今日のことは誰にもいいませんから」

 認めたくなかった。この甘い一時を俺は失いたくない。
 自分でも嫌になるほど都合のいい願望だ。
 それでも、一色は俺を受け入れようとしている。

「先輩、見た目は平然としてるけど頭の中はもうグチャグチャですよね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「はいはい、わたしのせいにしていいですよー。だ・か・ら、今すぐ抱きしめてもいいですよ。それに本当にキスしちゃっても……ふふふっ」

 どこまでが本気なのかわからなくなる。
 半分は本気だとしたら、キスしても怒り出すことはないだろう。
 だがそれは一色の思惑通りになってしまう可能性もあるわけで、素直に屈するつもりもなかった。

「いっぱい誘惑してるのに我慢強いんですね。先輩」
「俺は筋金入りの人間不信だからな」
「そーですねー。でも動けませんよね。先輩はそういう人ですから」
「お、お前……!」
「ふふふっ、じゃあ必死で我慢してる最後の壁をわたしが崩してあげましょうか?」

カリッ……

 その直後、一色が俺の耳を軽く甘噛みしてきた!
 わずかな刺激だというのに俺の全身が一瞬でしびれだす。

「やや、やめろおおお!」
「どうしてですかー?」
「お前、いくらなんでも大胆すぎるぞ」
「襲いたくなっちゃいますか? 先輩、もしそうなってもわたしは軽蔑しませんよ」

 相変わらずクスクス笑いながら彼女が言う。
 笑い声とともに吐息が耳にかかる。
 その結果、俺の思考がますますかき乱される。

「先ほど口にしたとおり、何が起きても、明日もきっと今まで通りの先輩として付き合っていけます」

チュ……

 柔らかな感触が一瞬だけ俺の耳たぶを捉えた。
 今度は本当にキスされたようだ。

「先輩がそれ以上の関係を望むなら話は別ですけど」
「そんな目で俺を見るな」
「冗談です。きっとそうならないですよね」

 そしてまた正面から俺の顔を覗き込んでくる。
 ここまで来ると確信犯だ。
 どちらへ転んでも俺は一色いろはの思惑通りになってしまうのだろう。

「お前は、こんなことをしてメリットがあるのか?」
「はい。もう頂いてますから。大切な瞬間を」

 はじめにしてみせたように、一色は右手を胸に当てて上目遣いで俺を見つめてきた。
 今度はダメだ。
 我慢できそうにない。
 顔も仕草も可愛すぎる……

「わたし、今すごく興奮してるんです。そして今夜もこの瞬間を思い出して、一人で気持ちよくなっちゃうんだろうなーって考えてます」

 そう言いながら彼女が顔を寄せてきた。
 演技だとしても、半分だけの本気だとしても構わない。

 俺は無意識に一色の細い体を抱きしめていた。
 同時に彼女も俺の首に手を回して三度目の抱擁を交わす。
 二人の距離がゼロになって、ピッタリと体が合わさった。

(こいつも、ドキドキしてるんだ……)

 そして伝わってきた彼女の鼓動を感じて俺は安心する。

「先輩、いいですか?」
「ああ……」

 薄っすらと目を閉じた一色の顔が近づいてきた。
 もはや拒めそうにない。

 柔らかい手のひらに顔を包み込まれ、俺は一色にリードされたまま唇を奪われた。

 二度、三度と軽い口づけを交わしたあとで、彼女が自分から舌を入れてきたところまでしか覚えていない。

 誰もいない教室で可愛い後輩に心を奪われた。
 唇が触れるたびに誰にも言えない秘密が増えていくようだった。

(大好きですよ先輩。ずっと大切に隠していたのに、他の人のために空けていた場所をわたしに奪われちゃいましたね)

 何度もキスをしながらスゥっと目を細める一色。
 小悪魔のキスを楽しみながら、俺は自分自身を責めた。



(了)





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