『ある男の挑戦 ~北の大地で風俗バトルファック~』



 新地戸瀬空港に降り立った俺は困惑していた。
 呼吸をするたびに喉が乾き、焼ける思いがした。
 体温と同じくらいの熱さを感じるのは決して体調不良からではない。

 北国の夏は涼しいと聞いていた。
 だがそれは嘘ではないが正確な情報ではなかった。

 おそらくかつては冷涼だったのだ。
 否、それすら関東地方に住む人間の勝手な憧れや思い込みか。

 断言しよう。日本全国どこでも夏は暑い。
 俺が北の大地へ降り立って最初に知った事実がそれだった。

 さて、なぜ自分がここにいるのか。簡素に説明する。
 これはバカンスではない。
 しかし仕事とは言い切れず、半分は趣味でもある。

 とある店から挑戦状が送られてきたのだ。正確には招待状なのだが。





 ことの発端は数ヶ月前に遡る。

 俺は都内のソープランドを全制覇した。情報誌に載っているもの全て。
 高級店、超高級店と呼ばれている場所だけでなく文字通り全てだ。
 その数およそ200あまり……金も時間もかかったがスタンプラリー気分で飽くことなく毎日のように特殊浴場へ足を運び続けた。

 もちろん最初は楽しかった。当たり前だ。しかし、過酷な性行為の連続に途中から俺の体が悲鳴を上げはじめた。日常生活に支障をきたすのは流石にまずい。

 悩んだ俺は食事を改善し、体力を維持するためにジム通いまで始めた。
 どこか本末転倒な気持ちもあったが、それで全てうまく回ったのだと思う。

 体を鍛え、うまいものを食い続ける。スタミナを付けて美女と遊ぶ。
 その過程がひとつの物語であると気づいたので動画投稿サイトに残すことにした。
 いわゆる風俗系ユーチューバー。
 投稿内容は基本的に健全だが時々有益な(風俗店の)情報も流す。
 じわじわと閲覧者が増え、予想外に自由になる金が増えた。
 収益化ってすごいな。

 それらはすべてソープ代と食費に消えるのだが必要経費である。
 心も体も健康でなければ好きなことは続けられない。
 視聴者を満足させる必要もあってペースが上がる。
 その結果ソープ通いも後半は修行じみてきた。

 配信を始めて数カ月後、気づけば界隈でそれなりに有名人になってしまった。
 他にこんな無茶な事を考える人間も居なかったのだろう。
 現在でもチャンネル登録者数は微増傾向にある。

 最近では風俗ライターとして仕事までもらえるようになった。
 依頼主から取材費がもらえるので自腹で入浴料を支払う回数も減った。
 体を張った取材を重ねるうちに風俗チェーンの社長さんたちとも親しくなった。
 みんな一癖ある人物だけど話が面白くて意気投合した。

 個人的な交流もある。吉原を歩けば嬢たちから気軽に挨拶されるし、望めばおそらく無料でサービスしてくれそうな間柄になることもしばしば。
 だがそこは公私混同しない。俺はひとりの客でいい。

 そして……気づいてしまったことがある。
 悲しいことだが、いわゆる名器は存在しなかった。残念ながら。

 もともと伝説のソープ嬢とか、速攻天国行きのテクを持つ女とか、そういう甘く淫らな噂に惹かれてこの遊びを始めた。だから昔は居たのかもしれない。
 そう信じたいのだがそれを証明することができない。
 なぜなら性器同士の相性を客観的に数値化できないからだ。

 ある人にとっては極上の名器だったとしても、他の人にとってはそれほど……
 なんてケースは大いに有り得る。

 むしろそのほうがファンタジー感があって良いと感じる人もいるだろう。
 部分的には俺も同感だ。

 その辺の話は時間のあるときに一冊の本にしてまとめようと思う。
 この文章を見ているあなたは立ち読みではなく是非購入して欲しい。





 話がそれたので戻す。俺は今北の大地にいる。
 空港から約一時間で県庁所在地のある都市へ。
 その巨大な駅から真っ直ぐに南下したところが今回の目的地だ。

「それにしても遠いな……」

 地下道を歩く。多少は涼しい。だがまっすぐ、ひたすら真っ直ぐなのだ!
 南北に伸びる地下鉄に乗ればよかった。
 ほんの二駅だからと甘く見ていた自分を恨むしかない。

 そして数十分歩いてたどり着いたのが「素素紀野」という場所。
 風俗好きなら一度は訪れてみたい聖地のひとつだろう。

 地上へ上がるとまた感動した。見たことのある建物ばかり。
 四方八方にでかい時計が貼り付けられてるビル。

 この一本裏側の路地に俺は用があるのだ。

 手元にある挑戦状を見て確認する。

*********

*****

『 田中逸平様

  動画チャンネル等でご活躍されている貴殿に突然このような不躾な手紙を
  送ることをお許し下さい。

  当方は北国で風俗店を営むものであります。

  東京都内の特殊浴場を網羅された猛者がいるという話を同業者である
  兄から先日聞かされました。誠におめでとうございます。

  (中略)

  田中様に於かれましては「名器」の嬢をお探しであるとのこと。

  それでしたら是非当店をお試し下さい。

  聖女の名にふさわしい名器持ちのキャストが在籍しております。

  必ず満足いただける時間を提供できる自信があります。

  貴殿の来訪を心よりお待ちしております。場所は下記の通り……』

*****

**********

 手紙にある田中というのは俺の偽名だ。今ではペンネームでもあるが。

 そして聖女……そうきたか。ずいぶん大きく出たものだ。性女の間違いじゃないかと思いつつ、惹かれてしまうのは同封されていた写真の美女せいだろう。

 彼女はこちらを向いて微笑んでいる。
 左手は後ろに回し、右手の人差し指を顎先に当てていた。

 ライトグレーのニットシャツの下に柔らかそうなバストが隠されているようだ。
 肩より長い髪をうまくまとめてハーフアップにしている。
 不自然さのない茶色の髪質は柔らかそうで思わず撫でたくなる。

 細い首筋からなめらかな曲線を描く肩のラインがひどく魅力的だ。
 顔立ちは端正で、坂のつくアイドルグループにいてもおかしくない小顔。
 くりくりした大きな目と、スッキリした鼻筋、それに桜色の唇が印象的な美形。 
 北国に住む女性らしく真っ白な肌。ヌードでもないのに溢れる色気。
 抑えきれない清楚な雰囲気がたまらなく男心をくすぐる。

 ただ、問題はその女性の年齢がうまく読めないことだ。
 リピートを合わせれば数百人の嬢と肌を併せた俺が戸惑うくらい曖昧で……仮に19歳と言われたら、とりあえず信じる。29歳と言われても信じる。
 風俗界隈はパネマジ上等の世界なのにおそらく無修正。それなのに若くて妖艶。

 あと、美形にありがちな貧にゅ……もとい、美乳というわけでもなくはっきりと存在を主張してくるバスト。写真なのに触れたくなるほどだ。
 二の腕が太くないのに巨乳というのは稀で、しかもかなり大きめなのに形もいい。

 つまり少なくともルックスに関しては文句のつけようがない。さすが自称聖女。

 ご丁寧に写真の裏にプロフィールも添えられているのだが高スペックすぎて全く当てにならない。なるほど聖女か……と多くの男性が納得してしまうほどの美人さんである。
 お店のサイトで顔出しNGなのも頷ける。本職がニュースキャスターだと言われてもすんなり信じられそうな彼女の源氏名は「リリ」というらしい。

 招待状にある丁寧な文面がなかったとしても、この写真一枚だけで俺がここへ来る動機としては充分だった。ぜひともお相手して欲しい。

 手紙と写真をを封筒にしまう。
 この時点で俺の股間は半勃ち状態になっていた。





 案内に従い約束の場所へ向かう。
 そこは表の喧騒が嘘みたいに静かな通りだった。

 夜になれば賑やかになるのだろうが未だ時刻は午後に入ったばかり。
 それなら当然か。

 一見すると風俗店に見えない健全な建物を目指す。一階は地元の新鮮な魚介類を扱っていそうな居酒屋だが、その入り口脇にある階段から上へ向かう。

 ゆっくりと階段を登り四階までたどり着くとそこは秘密クラブの入り口だった。
 黒い扉とインターホン。怪しすぎる。
 もう一度住所を確認してから指先を伸ばして来訪を告げる。
 程なくして応答。

「予約していた田中という者ですが」

 こちらが名乗ると静かにドアが開いた。

 仄暗い玄関からにこやかな黒服が現れ、俺を迎え入れた。

「お待ちしておりました。いらっしゃいませ。田中様」

 どうやら話は通じているらしい。
 そのまま応接室へ通される。いや、待合室か。

 俺の他には誰も居ない部屋を見回す。
 赤い絨毯と黒い革張りのソファ、それに冷蔵庫とテレビ画面があった。
 それ以外余計なものはない高級店の装い。

 ソファ前にあるガラステーブルの下にアルバムを見つけたので手に取ろうとしたとき、先ほどの黒服がおしぼりをもって現れた。

「遠くからお呼び立てしてすみません。当店へようこそ」

 どうやら彼がこの店のオーナーであり招待状を送ってくれた人物らしい。

 立ち上がり挨拶とお礼を述べる。
 じつは招待状の中に航空券と宿泊先のチケットまで同封されていた。
 感謝をしない理由はないだろう。

 都内の話などで少し打ち解けたあと、あちらから本題を切り出してきた。

「ご案内した通り当店の『リリ』をお試しいただきたいのですが……」

「ええ、非常に楽しみです。とても魅力的なキャストさんですね」

 率直な気持ちを述べると黒服は破顔した。

「お褒めいただきありがとうございます。さて、せっかくですからよろしければ『対戦形式』などいかがでしょうか」

「といいますと?」

「はい、最近この界隈で流行っている遊びでして、お客様と当店キャストが性技を競い合うと言いますか」

「それはもしかしてバトルファックですか?」

「さようでございます」

 笑顔のまま恭しく頭を下げ、彼は続ける。

「お伝えした通り当店のキャストは持ち物に皆自信を持っております。『リリ』も例外ではありません。」

 顔色はそのままに、俺は内心舌を巻いていた。
 まさか店長自らハードルを上げてくるとは。
 名器と言われて素直に納得できたことなどほとんどない。
 せいぜい多少締まりがいいだけの(それすら稀だが)嬢ということではないのか。

「聖女と呼ばれている理由と関係ありますか?」

「当店では毎月ナンバーワンのキャストに聖女の称号を与えます。彼女は18ヶ月連続で聖女の座をキープしている逸材。ですので、こういった趣向のほうが性豪と名高い田中様に楽しんでいただけると思いまして」

 聖女の次は性豪ときた。
 いつの間に俺は性豪……って、そんな二つ名はいらないんだが。

「つ、つまり、『リリ』さんはテクニックのあるキャストというわけですね」

「さようでございます。そして田中様のお相手となる『リリ』が特に対戦を所望しております」

 普通にサービスするわけではなく勝負に持ち込む理由はなにか。

 北の大地までわざわざ呼び出した理由は何なのか、薄っすらとわかりかけてきた。

「彼女はこの店のナンバーワンで、稼ぎ頭なのですね?」

「はい。そのとおりでございます」

「ナンバーワン嬢が、都内を制覇した男を持ち前のテクニックで骨抜きにすれば……このお店にとっても、彼女にとっても有益であるというわけですか」

 俺の言葉に黒服が首肯する。今回の招待にかかる費用をほぼ全額負担する代わり、彼は俺と嬢の対戦を記録させてほしいと言ってきた。つまり宣伝費だ。

 それについては協力しても良いと考えている。俺の顔にだけモザイクを掛けてもらえば問題あるまい。似たようなことは今まで何度も依頼を受けている。
 ただ、アダルト動画として勝手に売り出すことだけは勘弁してほしいと伝え必要はある。

「田中様の個人情報は保護します。その他の条件についても書面を交わしましょう」

「わかりました。では対戦形式でお願いします」

 その後、俺は黒服と領収証を含む簡単な書面をいくつか作成した。
 大きな混乱もなくお互いに納得しての契約。

 説明されたバトルファックのルールは至ってシンプルだった。

1・射精回数は無制限。

2・キャストが行うサービスに、持ち時間いっぱいまで客が降参しなければ客の勝ち。

3・キャストの責めに降参してしまえば店側の勝ち。

 大雑把に言えばこういうことらしい。
 もちろん暴力や他店への勧誘行為はNGどころか罰金だ。
 生きてここから出られなくなるだろう。

「ところで俺が負けた場合は?」

「はい。当店を強力におすすめする記事をインターネット等で広めてもらえればと」

「なるほど……」

 さすがに抜け目ない商売人である。

「それでは、キャストに準備をさせますので今しばらくお待ち下さい」

 黒服の男性は丁寧にお辞儀をして待合室を出ていった。





 それから10分も経たぬうちに準備が終わり呼び出される。

「この通路の先にキャストがおります」

「わかった。ありがとうございます」

 深々と頭を下げる黒服の脇を通過し、先へ進む。

 この時ばかりはいつも緊張する。

 心地よい興奮と言い換えてもいい。

(もうすぐ会えるのか。この地域のナンバーワン嬢に)

 すでに下半身は準備完了であり興奮しないわけがなかった。

 そして通路を曲がった瞬間、彼女が居た。

「おおおぉ……」

 思わず声が出た。
 急に薄暗い通路が明るくなったように感じた。

「はじめまして。『リリ』です。今日は私との勝負を引き受けてくださりありがとうございます」

 真っ白なキャミに淡いパステルカラーのショールをまとった『リリ』嬢が、とびきりの笑顔でこちらを向いてお辞儀をしてきた。

(きれいだ……)

 月並みな言葉しか思い浮かばない。
 写真通りの、いやそれ以上に可愛らしい顔立ち。

「うふふ、あんまり見られると恥ずかしいな……」

 頬を染める彼女。
 不意に白く長い手が伸びてきて、俺の右手を包み込む。
 その温かみが俺を現実へ引き戻す。

「よ、よろしく」

「こちらこそ!」

ふにょんっ

 嬢と握手すると、眼の前でスレンダーな体に不似合いな大きめのバストが揺れる。

「もう~、ど・こ・を・見てるんですかぁ?」

 何よりその表情がやばい。

 見惚れてしまうような美しさは薄れたけど、今度は可愛すぎる。

 まるで天女が目の前に降りてきたような感動が俺を包んでいた。

 ほんの数秒間でしっかりと『リリ』嬢に心を掴まれてしまったようだ。





「じゃあエレベーターで私の部屋へ行きま……」

「あの! お、俺の方から抱きしめるのはオッケーです?」

 考えるより先に口走っていた。
 エレベーターに入る時間すらもどかしい。
 いますぐ彼女を抱きしめたい衝動にかられている。

「もちろん。でもその前に、ね?」

 そっと手を引かれエレベータの中へ導かれた。
 密室のドアが音もなく閉まってゆく。そして静寂。

「あの……」

 声をかけると横並びだった彼女がこちらを向いた。

「いいですよ。さあ」

スッ……

 狭い空間で両腕を大きく拡げた『リリ』嬢がニッコリ微笑んでいる。

 駄目だ、もう自分が抑えられない!


「早くしないと扉が開いちゃい……あぁんっ」

 言葉が終わるより先に彼女を抱きしめていた。
 細くて柔らかくていい香りがする。

「なんかドキドキしちゃいます」

「俺もです……」

 ふわふわしたショールの感触が心地よい。
 いつしか俺の体に『リリ』嬢の腕が絡みついていた。

(そうだ、彼女は天女じゃなくて聖女だった、か……)

 三階に到着するまでの短い時間、俺は彼女との抱擁を満喫した。





 それから間もなくドアが開き、俺は少しばかりの冷静さを取り戻していた。

 『リリ』嬢に手を引かれ、プレイルームへ入室する。
 使いもしないのに3基の蒸し風呂機械が設置されているのはここも同じ。

 部屋は薄い桃色の内装で統一されていた。
 浴槽もベッドも、スケベイスも。
 マットだけは片面透明だったが。

「お荷物をお預かりします」

 手持ちのカバンを彼女に預けると、そのまま身を寄せてきた。

「外は暑かったでしょう?」

「あ、うん……」

「脱がせてあげます。お洋服も預かりますね」

 手際良く脱がされる。ただそれだけなのになぜか気持ちいい。

(そうか、これは『リリ』嬢のテクニック……)

 俺は気づいた。
 彼女は客を脱がせながらするりと指先で俺の体を撫でてゆく。
 さりげない性感帯チェックだがここまで自然体でこなせるのは驚きだ。

 あっという間に裸にされて腰にバスタオルを巻き付けられる。

 そのまま立ち尽くしていると、衣類や荷物を置いた彼女が近づいてきた。


「さっきの続き、しましょ?」

 そしてまた抱擁。今度は彼女の方から俺を抱きしめてきた。

「ああぁぁ……っ!」

 思わず喘いでしまう。すっぽりと俺の腕の中に侵入した彼女が手を伸ばし、俺の背中を優しくさすってきた。それが単純に気持ちよくて抑えきれない声が出た。本能的に俺も手を伸ばし彼女の体を触りまくる。

(肌がツルツルで、どこを触ってもこっちが気持ちよくなってしまう……)

 身長は彼女のほうが低いのに、抱きしめられているだけで圧倒されてしまう。
 立ったまま両脚を俺の右足に絡めてスリスリとこすりつけてくる。全身で肌の心地よさを味わわせようとしてくるのだからたまらない。

「お客様、触り方がとても上手……あの、お願い、優しく脱がせて?」

 うるんだ瞳に見つめられ、甘い声で囁かれる。
 俺の手がその通りに動く。
 白く透明なキャミを脱がせて丁寧にブラのホックを外してやる。

「うわ……」

ふよんっ

「見ないで」

 ぎりぎり聞き取れる程度の声で彼女が懇願してきた。

 その直後、俺の視線を逃れるようにピッタリと肌と肌を合わせてきた。

 ふにゅん、と大きなバストが俺の胸で潰れ、形を変えた。

「お互いに裸のほうが気持ちいいですね」

 ホッとしたように『リリ』嬢は笑うが、俺はそれどころではない。

(なっ、なんだこれ、やわらかすぎるっ!!)

 まるでKカップくらいのバストを押し当てられた時みたいな驚き。『リリ』嬢はおそらくFカップ、もしくは大きくてもGくらいなのに男の理性を打ち砕く。
 柔らかさが極上で破壊力が半端ない。

「……あの、ずっと抱きしめてるだけ?」

 バストだけじゃない、彼女の存在に興奮しまくりの俺を見て彼女は首を傾げる。
 その仕草ひとつ取ってもたまらなく可愛い。

 唇の先を尖らせ、にわかに困ったような表情で彼女が言った。

「もっと自分に素直になって欲しいな?」

 再び俺と『リリ』嬢の視線が交差する。
 彼女は静かに瞳を伏せた。





(まずい、出会ったばかりでこんな気持ちになるなんて……)

 不意に訪れた既視感。
 抑えきれない甘酸っぱい鼓動に俺は混乱していた。

 この感覚は体験したことがある。そう、恋心だ。
 他人に笑われても仕方ないが現実として俺は感じている。

「い、いいのか?」

「……うん」

 即答。本当に彼女はどんなことでも受け入れてくれるのだろうか。
 相変わらず『リリ』嬢は俺の正面で目をつぶったまま口元に清らかな笑みを浮かべ、こちらからのアクションを待ち続けている。

(くっ、くそ、ナンバーワンってやつはどの店でも雰囲気作りがうますぎる!)

 気を逸らすために悪態のひとつでもついてやろうとしたけど無駄だった。

 風俗嬢相手に恋心を抱くなんてありえない。
 理屈で否定するのは容易いが、実際に俺は彼女に夢中になりかけている。

「キスしてもいいのか?」

「いいよ……」

 胸が苦しくなる何かをまた思い出す。
 これは都内某所の老舗に在籍している超人気嬢に味わわされたものと同じだろう。

 男なら誰しもが味わってみたくなる甘い罠。
 客という立場を忘れて惚れてしまう。
 演技とわかっていても眼の前の女性を好きになってしまう。

 普段は自制心が働くのだが今回はどうやら無理っぽい。
 もしかしたら、という抗いがたい期待がある。

「早くして……恥ずかしいよぉ」

 とろけるような甘い声で彼女は言う。
 俺の背中を細腕がギュッと強く抱きしめてきた。

「ね?」

 同時に小さな花びらみたいな唇が数センチ、突き出される。
 俺はその誘惑に負けた。

ちゅ、ううぅっ

 こちらから仕掛けた途端、逆に呼吸を奪われ弄ばれる。
 ゆっくり開いた聖女の目に情欲の炎が宿っていた。

「んむっ、ううううーーーーっ!」

プチュ、チュ、チュッチュッチュ、レロ……

 柔らかで清らかな聖女へのキス。
 俺から求めれば彼女はそれを受け入れる。
 そして数秒後にはぐらかされる繰り返しに俺の忍耐力が崩されていく。

チュプッ……

「あぁっ」

「ふふふふっ♪」

 蠱惑的な笑顔。何度も触れ合い、きまぐれに突き放される。
 その度に俺はさみしげな気持ちになり、もう一度、また一度と彼女の唇をせがむ。

 理性が剥がされ、感情をむき出しにされていく。
 その結果、俺は夢中になり彼女を求め続けていた。

「ふぅ、キスが本当にお上手なんですね。さてと」

 静かに俺を解放した彼女はいつの間にかタイマーを握りしめていた。
 細い指先がスタートボタンをゆっくり押す。

ピピッ

「ここからバトルスタートです♪ 120分間よろしくおねがいします」

 まだ始まってすらいなかったのか。この状態で始まったバトルファック、序盤からとんでもないハンデを背負わされてしまった。

 甘いキスを何度も受けてメロメロになりかけた俺を抱きしめ、そのまま壁際のベッドに座らされた。
 余裕たっぷりに聖女が正面から俺の膝の上に座る。

「いっぱい満足させてあげます」

「うぁっ……」

 ほとんど重さを感じさせない座り方で俺の顔を正面から覗き込み、『リリ』嬢がさらなる誘惑をしてきた。

「ね、もうすこしだけ恋人っぽい時間を続けませんか」

 ここはソープなのにイメクラみたいな恋人プレイ。珍しいやり取りだ。
 ほとんど条件反射のように俺は首を縦に振る。この状況で断れるはずがない。

「うれしい♪ いっぱい甘えちゃおうっと」

 承諾を得た聖女が体重を俺に預けてきた。心地よい重みを感じるが、

「わわっ!」

 このままでは倒れてしまう。さすがに慌てた俺は両手をベッドに付いて彼女と自分の体を支えようとするが、努力の甲斐なくそのまま押し倒されてしまう。

「今日は私に会いに来てくれたんですよね。飛行機に乗って」

「あ、ああ……『リリ』嬢に会うために」

「ふふっ、リリでいいですよ~」

 そう言いながらコツンとおでこをぶつけ、俺の鼻先にキスをしてきた。
 いきなり名前呼びをするのは少し気恥ずかしい。

「呼んで下さい。リリ、って」

「そ、それは……」

「もうっ! 照れなくていいのに」

 ぷくっと頬をふくらませるリリ。めちゃめちゃ可愛い……

「二人きりなんですよ?」

「しかし……」

 アイドルみたいに整った顔がすぐそばにある状態。
 さっきからドキドキが収まらない。

「じゃあ、もっといい雰囲気にしちゃいますから」

 リリが細い腕を片方俺の首に巻き付け優しく抱き寄せてきた。

 そしてもう片方の手で俺の手を握り、指を絡めてくる。

「うふ、これならどうです?」

 まっすぐに俺を見つめ、手をニギニギしてくる。

(ナンバーワン嬢のリリと、恋人、握り……)

 それも新鮮すぎる刺激だった。鼓動が一気に跳ね上がる。
 風俗店でプレイ中に手を握られることがないわけでもない。
 ただほとんどは形式的なものにすぎず、こんなに気持ちを乗せてくる嬢に巡り会ったことは今までなかった。

「あっ、おっぱい見てる……エッチな目で見ちゃ駄目」

ふにゅっ、むにゅんっ!

 リリほどの美形に笑顔で見つめられてるだけでも精神的にやばいのに、さらに柔らかすぎるバストまで押し付けて彼女は俺を拘束する。

「グイグイこられると弱くなっちゃうタイプです?」

「ち、力が抜けて……」

「あはっ、ちゃんと名前を呼んでくれないからですよぉ」

 ちょっぴり拗ねた表情を見せつつ愛嬌たっぷりに囁いてくる彼女。
 とにかく全てが心地よい。
 自分から動けないというよりは、動きたくなくなる密着感だった。

 無理やり抜け出そうと思えばおそらく可能だが、こちらに間断なく幸福感を与えてくる彼女との接触をやめるのがもったいなく感じてしまう。

 リリは雰囲気作りの先にある男の興奮状態をキープするのが巧みすぎる。

「私を恋人にするのはイヤ?」

「ううぅ……」

「しょうがないなぁ~」

 ゆっくり彼女の顔が近づいてくる。しかも今度は目をつぶっていない。
 そのせいで俺もリリから視線をそらせない。

「素直になれる魔法をかけてあげますね」





 愛らしい表情のまま俺を見つめ、リリが優しく呼吸を奪ってくる。

チュ……コク、チュプッ……!

 すぐに舌先が口内に侵入してきた。

「んうっ、あ、ああっ!」

チュプチュプチュプ……

 甘くて淫らな水音。
 いつまでも味わっていたくなるようなキス。

「んっ、んっ、んちゅっ♪ リリを恋人にして?」

「あぅっ、んぅ、い、リリッ……!」

 誘惑に導かれ、ついに彼女の名を呼んだ。呼ばされた。

 それでも甘い口付けは終わらず、リリは舌先で俺を翻弄し続ける。
 たっぷりと唾液を絡めた舌先が俺の口内を荒らし回る。
 音を立てて何度もディープキスをされて頭の中までかき混ぜられてしまう。

(さっきと全然、違う! うますぎる、これじゃキスだけで、い、イッ)

 ジュルジュルと念入りに舌先を吸われる。
 凶悪なリリのキスで嫐られ粘膜を刺激され続ける。
 音を立てて吸い上げられては一瞬解放され……また舌を差し込まれる繰り返し。

ジュプッ、ニュルッ、ジュプウウッ!

 それが本番のセックスを俺に想起させ、気づけばペニスは限界まで張り詰めてしまっていた。

(だ、だめ、おかしくなる、こんなキスをされたらぁ!)

 しっかりと両手で顔を抑え込み、舌先を何度も突き刺してくるリリ。

 清楚な見た目に似合わない濃厚な愛撫のギャップがたまらなくエロい。
 キスの最中も体を揺らして密着しているバストを擦りつけてくる。

 時間にすれば数十秒、全身で彼女を味わわさせられる。
 ねっとりと甘く巧みなキスのせいで興奮がキープされたまま。

チュ、……ポッ!

「んふぅ、気持ちよかった?」

 長いキスが終わり唇が離れる際にお互いの口元に銀色の橋がかかる。
 呼吸を弾ませ熱っぽい目で俺を見つめるリリ。

「ハァ、ハァ、あ、う、ふぅ……」

 解放された俺は顎の関節が外されたみたいになって力が入らない。
 口だけでなく全身が脱力している状態。
 きっとリリの目にはだらしない顔を晒している俺が映っているだろう。

「……リ、リリのほうこそ」

「うん?

「キスが、すごく上手だね……」

 なんとか返事をしたあと、微笑む彼女にまた見とれてしまう。
 最初に感じた可愛らしい印象よりも今は美しさが際立っている。

(気持ちを建て直さないと勝負にすらならないな……)

 呼吸を整えようと思って黙り込むと、リリが俺の顔を覗き込んできた。





「さっきからじっとしてるけど、どうしたの?」

「えっ」

「もしかして……このの唇を見てるのかな」

 いたずらっぽくこちらを試してくる様子はもはや聖女ではなく小悪魔だ。
 ちょっぴり悔しい気持ちが込み上げてくるのに自然と唇に目が行ってしまう自分に気づきますます鼓動が速くなる。

 目のやり場に困った俺は、端正な顔つきと誇らしげに揺れる美巨乳を交互に見比べてしまう。

「バトルの勝利条件は覚えてますよね」

「あ、ああ……」

「じゃあ、そろそろ私に降参しちゃう?」

 目を細めたリリの顔が妙に色っぽくてドキッとした。

(このままキスで落とされたら……いや、だめだ、これは勝負なんだから)

 先ほどまでよりもリリの表情は艶やかで余裕に満ちたものになっていた。
 強い言葉こそ使っていないが目の前にいるのは完全に女王様だ。

 危うく従ってしまいそうになる気持ちをどうにか堪える。


「いや、まだこれからだ」

 なんとか対抗心を口に出せた。
 リリとの勝負はまだ序盤。キスだけで屈服する訳にはいかない。

 俺の言葉を聞いた彼女がニヤリと笑う。

「そうだよね。私だって、もっと色々してあげたいし」

「ああ……まだリリに負ける訳にはいかない」

「ふふ、ごほうびにひとつ教えてあげます」

 両手を俺の胸元に置いて、リリが穏やかに微笑む。
 見下されると変な気持ちになる……。

「私の得意技はお客様とラブラブなプレイをして、心の底から気持ちよ~く降参させちゃうこと」

「ッ!!」

「あなたもきっと最後は私に落ちちゃうはず」

 僅かに目を細めながらリリが軽くウィンクしてきた。
 そこでやっと気がついた。この勝負、俺が考えていたバトルとは質が違う。

「それはつまり、リリが俺を無理やり射精させて降参させるわけではなく……」

「そうです。短い時間でも本気で眼の前にいる人のカノジョになりたいなーと思って」

 彼女は相手となるお客の心を奪う。
 性感を弄ぶテクニックと同じくらいその点を重視しているんだ。

「こういう女の子って変? 都内じゃあまり珍しくないです?」

「変じゃないし、都内でも少ないよ……むしろすごいテクニックだと思う」

「良かった。また褒めてもらえた♪」

 心底嬉しいといった様子でリリは笑うが、それを実践できる嬢は少ない。

 遊びと割り切った上で相手を本気にさせるなんて高等テクニックを使えるなんて、滅多にお目にかかれないチート技だ。

 そして手の内をバラしたのは絶対的な自信があるからなのだろう。

「じゃあ、いっぱい愛してあげます。
 これがバトルなんてことすら忘れちゃうくらいに」

 リリは俺の目を見つめたまま、そっと右手を下へ回す。

クニュッ……

「うあああぁっ!?」

 聖女の指先がペニスの先を捉えた。爪の先で痛みを与えないよう、人差し指と中指に粘液を絡めながらヌルリ、クチュリと亀頭をつまみ上げ、手になじませてゆく。
 同時に体を倒して添い寝するように俺の右腕を下敷きにして動きを封じてくる。

クチュッ、クチュ、クニュ……

「くっ、あ、ま、待って!」

「おちんちん苦しそう……でも、まだ我慢できるよね?」

 羽が舞うような柔らかな手コキのせいで俺の性感が一気に高まる。

「ああああーーーーっ!」

 せめて抵抗しようとして伸ばした左手も彼女にあっさり掴まれ、恋人同士のように絡め取られてしまった。

「この手はなぁに? おっぱいを触りたいのかな」

 そう言いながら自分の胸に俺の手を導くリリ。柔らかな肌と弾力を味わった俺はますます興奮させられてしまう。

 これが聖女と呼ばれるテクニックなのだろうか。
 いよいよ本気を出してきた感じだ。

「リリのおっぱいを気持ちよくしてくれますか?」

 穏やかで優しくて、柔らかな声。

 俺は彼女に言われるがまま形の良いバストを揉みしだく。

「んっ、上手……はぁんっ」

 面白いように手の中で形を変えるおっぱいと、感じ始めたリリの声に気を良くした俺は彼女を懸命に責め立てる。

 だが同時にペニスも硬さを増してしまい、その張りをもみほぐすように聖女の手がさらに優しく責め返してくる。

(こ、このままじゃ先にイかされてしまうっ……)

 間違いなく一級品の手コキテク。
 勝手に腰が持ち上がってしまうほどの心地よさ。

「私の手、きもちいいですか?」

「う、うん」

「おっぱいは?」

「柔らかくて大きくて最高……」

「ふふふ、じゃあ幸せですね?」

クニュクニュクニュ……

 形の上ではお互いに責め合っている状態だが状況は彼女に有利。

 なんとか感じさせてやろうと思って乳首を弄んでやると、同じように裏筋をくりくりと刺激されて脱力してしまうのだ。

「なかなか我慢強いおちんちんですね。では……」

 リリが姿勢を変える。
 腕枕するように俺の顔を抱きかかえ、乳首を口元に運んできた。

「近くで見るおっぱい、どうですか?」

「う、うん、すごくきれいだ」

 その言葉に嘘はない。
 今すぐにでも吸い付きたい衝動に駆られる。
 乳輪も小さく、まるで穢れない少女のように魅力的な乳首。

「じゃあそのまま吸ってください」

コリュッ……

 唇に押し当てられた桃色の蕾はすでに固く凝っていた。

(こ、こんなの我慢できるわけが、あああぁぁっ!)

 口にしたらますます虜にされてしまうというのに、再び俺は誘惑に負けた。

 リリのち首を口に含み、歯を立てないように懸命に吸い始める。すると休んでいた彼女の手コキも再開され、下半身に快感の波が蘇ってきた。

「んううっ、うううぅぅーーーーっ!」

「うふっ、赤ちゃんみたい。とってもかわいいです」

 甘い声で囁かれ、自分が聖女に抱かれていることを再認識する。

(きもちいい、きもちよすぎるううう!)

 顔いっぱいに感じるバストの感触と、頭の上から降り注ぐ優しい声。

 彼女とキスを交わした時よりも甘美で背徳的な時間が。

「おっぱいが好きなんですね。赤ちゃんプレイとか、したことあります?」

 答える代わりに強めに乳首を吸い上げるとリリも嬉しそうに喘ぐ。

「はぁんっ♪」

グチュグチュグチュウウウウ!

 やんわりと握り込まれたペニスが嬉し涙を流すように我慢汁を吐き出し、彼女の手を濡らし続けている。
 リリのほうもペニスへの刺激が単調にならぬよう変化を加え、先端をくすぐるような動きから竿全体を舐め回すようなストロークを繰りだし始めた。

(自分でしごくより全然気持ちいいっ! それどころか、これは)

 一瞬よぎった考えを慌てて打ち消そうとする。
 聖女の手淫はセックス本番に似ていた。
 しかしそのことを意識してしまえばさらに性感が高まり、あっという間に射精寸前まで追い込まれてしまうだろう。

「んふううぅっ、うあ、あああぁぁっ!」

 リリの体にすがりつくようにしてなんとか耐える。
 すでに全身が快感に犯され、手足も痺れて力がほとんど入らない。

「ふふッ、気持ちよさそう……」

 必死で抵抗する俺を見つめながらリリが低い声で囁いてきた。

「おっぱいを口に含んでもらったら、こんなふうにゆっくり優しく手コキしてあげるんです。本当にじれったくなるくらい、ゆっくりと……」

 不意に手コキの速度がゆるくなる。

(うあぁっ! どうして……)

 しかし、ねっとりと絡みつくような動きが急に変わったせいで物足りなさを感じる。

 状況を確認するために無理やりおっぱいから離れ、下を見る。

 白い指先が軽やかな手付きで舞い続けているというのに求めている刺激に届かない。

 俺は思わず自分から腰を突き上げてしまう!

「クスクスッ、ほらね? とってもいいでしょ」

「うくっ、だ、だってこんなの! あああぁぁっ」

「このまま先っぽを指先でこねてみたり、敏感な筋のところをツウゥゥってなぞってみたり。そうすると私に抱かれた『赤ちゃん』は簡単に射精しちゃうんです。何回も何回も……『もっと激しくして~!』っていいながら。それこそ空っぽになるまでおねだりしてくるの」


 声色を変えたリリのエロすぎる解説のせいで射精した時の自分のことを頭に思い浮かべてしまう。このまま望めばそのとおりの結果になるだろう。

 スゥーっと目を細めながら彼女が尋ねてきた。

「このまま何度も負けちゃう快感……試してみます?」




【選択肢】

1・誘惑に堕ちる

2・抗う!





(2023.07.09 ピクシブから移植)


※続きは現在執筆中。支援者様に先行公開。

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