『俺があいつを見返すまでの物語 ~それはたぶん無理~』



 ここは白鳥学園中等部。
 都心から離れた緑豊かな環境に恵まれた学び舎。
 中等部から高等部へはもちろんのこと、生徒自身が望めば大学院まで進学できるということで近年人気校になりつつある私設校である。

 その美しい校舎に囲まれた中庭で、一組の男女が向かい合っていた。

「昨日あれだけボコられたのに根性あるね~」

 呆れ顔で相手を見つめる女子生徒、外川レイカ【とがわれいか】は左手で持ったスポーツバッグを肩に掛け直しながらちらりと校舎の時計を見る。

 茶髪のセミロング、ネクタイ無しで第一ボタンを外したゆるいコーデ、紺色のハイソックス……そして巨乳。どこにでもいる女子校生と言いたいところだが、彼女は端正な顔立ちをしていた。

 だが目の前にいる男は彼女に告白する雰囲気ではない。

 レイカは放課後、部活動のために第三体育館へ向かうのだが、その途中で待ち伏せして呼び止めたのだ。

「オンナなんかに負けっぱなしでいられるかよ!」

 レイカの目の前で怒りに打ち震えている男子、内海エイト【うちうみえいと】は今にも噛みつきそうな表情で彼女を睨みつけている。

 が、レイカは特に怯えた様子もなく彼をつまらなそうに見つめていた。

「あっそ。ふぅん……」

 ことの発端は男女合同で行う体育の時間だった。
 格闘経験のある彼女が柔道の時間に男子を挑発したのだ。

 エイトは彼女を諌めるために仕方なくて合わせしたのだが惨敗に終わった。

「まあいいや。あっちいこ?」
「カレシとデートすんの? レイカ~」

 近くにいたレイカと同じ部活の女友達が冷やかすように言う。

「デートじゃねえええええ!!」

 エイトは即座に否定した。

 そして二人がたどり着いたのは因縁の柔道場。
 今は彼らの他には誰もいない。

 入ぐりから少し入ったところに設置されている棚に荷物を置くと、レイカはため息交じりに彼を見て言った。

「あのさ、忘れてるかも知れないけど」
「あ?」
「あたしってば格闘系じゃないんだよね。部活、ゲーム部だし」

 何気ない会話に傷つくエイト。
 自分が負けた女、リベンジしたい女が格闘技に興味がないなんて屈辱的だった。

「そ、そんなこと、わかってる!」
「だからこれっきりにしてくれない? ヘンな噂が立つと困るし」
「……わかった。約束する」

 しぶしぶ了承するエイト。
 彼はレイカが格闘技経験者であることを理解していなかった。

「エイトのそーゆーとこは好きだなっ!」
「変なこと言うなよ」
「言ってないよ?」

 レイカの言葉に他意はない。
 ただエイトが「好き」というワードに反応しただけだ。

「じゃ、はじめよっか」
「今日こそ負けねえから!」

 右足を退いて左手を顔の前に上げて構えたレイカが涼しげな目で彼を見つめる。

「それ、聞き飽きた」

 言い終わると同時にレイカが彼の間合いに踏み込んでハイキックを披露する。
 彼にとっては不意打ちでなくとも避けるのに苦労する速さだった。

ガシィッ!

「くっ! いてえええぇぇ!」
「あはっ、少しは反応できてるじゃん」

 レイカがふわりと後ろに飛んで距離を取る。

 今度はエイトが踏み込んで攻める番なのだが……

「チィッ! 距離が詰められねえっ!?」
「掴まれると怖いからねぇ」

 レイカはひらりひらりと蝶が舞うように彼のパンチやキックを交わし続ける。

 そのすれ違いざまに軽く膝や肘を合わせながら。

びしぃっ!

「ぐ、がっ!」
「ふふっ、我慢してるんだ? それそれっ!」

 エイトは構わず前に出続けるのだが、だんだんとレイカの攻撃だけが当たり始める。

(こいつの蹴り、ハンパねえ! だんだん腕がしびれて……)

 涼しげな目をしたまま彼女はエイトに回避を許さず、必ずガードさせていた。
 もともとスピードはレイカのほうが上であり、彼女の実力を正確に把握していない彼にとっては追いつけない相手。

 ボクシングと空手をそれなりに習得している彼女にとっては部活動程度の格闘家の動きなど止まって見えていることだろう。

 そしてまた長い脚がしなり、エイトの顔面を狙ってきた。

 彼は即座にガード体勢になる……が、やってくるはずの痛みが来ない。

「え……な、なにっ!?」

 ガードの隙間から見えたのは蹴り足を戻して踏み込んでくるレイカだった。

「フェイント、からの~」
「あがっ……」
「クリーンヒット貰いっ! きゃははは」

 至近距離に美しい顔が迫った直後、彼の腹部に膝蹴りが命中していた!

「まずいっ……ここは一旦離れて……」

「させないよ~」

 身を引こうとする彼の首に長い腕を回して引き寄せるレイカ。

ズンッ! ゴギッ、ドスッ!

「ぐあっ、ぎっ、うあああーーー!」

「エイトは接近戦強くないね。じゃあもういっちょ」

 顔同士が触れ合う距離のまま、レイカは何度も彼の腹に膝をぶち込む。

 その回数が十を越えた頃になってようやくエイトは悪夢のような彼女の蹴り地獄から解放された。

「ぐあ、うっ、ああぁぁ、おええええぇぇ……」

 道場に両膝をついて苦痛を堪えるエイト。
 胃の中がひっくり返されたような痛みがおさまらず、身動きが取れない……。

 そんな彼の顔を覗き込むようにしてレイカは言う。

「どうだった? 膝蹴りラッシュ」

「く、そぉ……うぷっ! あううぅぅぅ……はぁ、はぁっ!」

 フラフラになりながらもやっとの思いで立ち上がるエイト。

 この戦いに審判はなく、制限時間もない。
 だからレイカは彼の心を完全に折ると決めていた。

「うっ、うおおおおおおおおーーーーーーっ!!」

 歯を食いしばり、これまでの痛みを返すために拳を振るうエイト。

 彼は気づいていなかったがその速さは数分前の半分以下にまで低下している。

 弱々しいパンチを何度か交わし、スタミナを消費させてからレイカは彼の間合いに入って、

「もう警戒しなくてもいいかな」

バチィンッ!

 思い切り平手打ちをした。

 彼の頬が破裂するように右を向き、膝がガクンと崩れる。

「ぶっ、あああああぁぁ……!」

「ふふふ……こっちも、ね?」

パァンッ!! パンパンパンパンッ!!

 容赦なくビンタを連発するレイカ。

「ああ、あぶっ、やめっ、ぶっ! いぎゃあっ!」

 振り子のように何度も左右を向かされ、往復ビンタを受けているうちにエイトの口からは悲鳴しか出なくなっていた。

 やがて彼女は手を止めて、エイトの顎を手のひらに乗せながら自分の方へ向かせる。

「まだやるの? それとも降参する?」

「だ、誰が、お前みたいな女に……!」

「あっそ。腰が落ちて顔の位置がずいぶん下がったね」

 彼から一歩下がり、レイカは左足を軸に蹴りを放つ。

パシイィィン!

 今度は膝蹴りではなく普通の回し蹴り。ただし狙いはエイトの頬だった。

「ごふっ……ま、まて! や、やめ……あがっ!」

パチィンッ! パシンッ、ビキッ……

 正確に何度も彼の頬を足で張るレイカ。
 無慈悲な往復ビンタが再現された。

「うがぁぁッ!! まっ、やめっ、ぎっ!」

 少しずつ力を加減して彼が倒れない程度にキックを叩き込む。

 同じ場所へ、痛みが蓄積するように。
 そして何より恐怖心を植え付けるように。

 それから数分間、レイカは片足立ちのままサンドバッグのように彼を扱った。

「まだやるの?」

「あ……ぁ、ぁ……」

 顔面ばかりを何度も痛めつけられたせいでエイトは意識が混濁していた。

 もう何も答えられない。立っているのがやっとだった。

 そんな彼の軸足にレイカはローキックをお見舞いする。

「じゃ、これで終わりっ!」

ビキイィィ!

 だが狙いがずれた。ふくらはぎに当てて転がして終わるつもりが、思い切り太ももの中央にヒットしてしまった。

「ぎっ、ぎゃああああああああーーーーっ!」

 左足を抱えながら悶絶するエイト。
 体中の血液が、痛みを緩和させるために集まってくるような状況の中、自分を痛めつけた美貌の同級生が顔を寄せてくる……

「あのさぁ、エイト……めんどくさいからもうあたしのモノになっちゃいなよ」

「……えっ……?」

「付き合ってよ。毎日好きなところでボコボコにしてあげるから。ね?」

 それは、歪んだ愛の告白だった。

 仕方なくリベンジを受けたレイカだったが、何度も彼を打ちのめしているうちに愛着が湧いてしまったという。

 エイトはそれを拒めない。
 ここでこれ以上彼女の逆らったら何をされるかわかったものではない。

 彼ら二人以外に誰もいない道場の中で、秘密の主従関係が結ばれたのだった。



(了)

バトルファック編に続く











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