『屈辱のピンフォール』
梨奈の細腕が桂木の首を捉え、潰しにかかってきた瞬間、反射的に彼は右手をマットに付いた。
「くっ!」
後輩に、しかも女子などに簡単に膝を屈する訳にはいかないという彼の意地であった。
だがレスリングはチェスや将棋に例えられることもあるように、彼が右手をついた時からこの先の展開はある程度予測できるものとなってしまう。
いわゆる詰み筋というやつだ。
梨奈はマットについた腕を震わせ、プレッシャーに耐える彼を抱きしめながら小さく笑う。
「最後の抵抗ですね。かわいい……でも」
懸命に粘る彼の右腕をりなの左手が刈り取る。
そのまま首と右腕をしっかりと抱え込み、自分の左足に重心を移動する。
逆に桂木の右半身は、梨奈からの重圧がかかって不安定になる。
完全にバランスを崩された状態で彼が次に取れる選択肢は限りなく少ない。
しかし――、
「当然、そう来るだろうな……」
「えっ!?」
桂木が苦しげに呟くのを梨奈はハッキリと聞き取った。
その次の瞬間、彼は残っている左足で思い切りマットを蹴る。
「うああああああああっ!」
梨奈が左へローリングする事を見越して、自分から高速で体を捻り、巻き込むようにしてフォールする。
咄嗟に考えだした動きとしては理にかなっているものだった。
しかし、残念なことに桂木の頭脳と身体の連携は途切れていた。
すでにスタミナが持たなかったのだ。
それでも梨奈は気づいた。
自分が抱きかかえる獲物が、逆転の逝ってを繰り出そうとしたことを。
「すごい……まだこんなに動けたんだ。たっぷり嫐って、スタミナをゼロにしたつもりだったのに。さすがです先輩」
梨奈はその動きに感心したように声を漏らす。
いや、動こうとした彼に、称賛の声を送ったのだ。
「く、くそおおおぉぉぉ!」
筋肉に送り込んだ指示が空回りしたことに、桂木もすぐに気づいた。
もはや自分の体を支えるのが精一杯の彼に、梨奈の重圧を跳ね返す余裕はない。
そのまま筋肉を硬直させた彼の身体を、梨奈はスルスルと滑りながら背中を抱きしめた。
「これで1点ですね先輩」
「うううっ!」
バックを取られ、いよいよ桂木は窮地に立たされる。
この先の展開が彼の頭の中に浮かぶ。
(なんとしてもフォールだけは……!)
梨奈にやられた三年生のように亀になるのは避けねばならない。
脱力しかけている今の身体では素早く立ち回れず、簡単に回されてしまうからだ。
桂木は両膝をマットに着け、両手を大きく広げて踏ん張る。
「おしりを突き出しちゃって……うふふ」
梨奈に背中から屈辱的な言葉を浴びせられるが、なりふりかまっていられない。
なんとかして僅かな体力で反撃の糸口をつかみたい桂木だったが、
「うっ、ああぁ!」
「ふふっ、やっぱり可愛い」
部員たちには梨奈の追撃を桂木が必死でさばいているようにしか見えないだろう。
だが現実は、桂木が瀕死のネズミで、梨奈はそれを弄ぶ猫という構図なのだ。
じつは試合当初から、梨奈は彼の体に触れる時、わざと指先の力を抜いていた。
ねっとりと肌にまとわりつかせるような指使いは、少しずつ彼に快感を植え付けていたのだ。
その効果が今となって顕著に現れ始めていた。
「先輩、大人しくしてくださいよ。それとも、もっと私に触ってほしいんですか?」
彼女の長い手足が、惜しげなく自分に擦りつけられているのを感じる。
不覚にも、彼はその手つきに性的な興奮を覚えてしまう。
もともと短期決戦、一分以内でかたをつけるつもりだった。
実力的な分析の意味でも、女子との試合という意味でも。
シュルッ……
「くはあああっ!」
彼の悲鳴にも似た声が練習場に響く。
男子部員は痛ましげに彼の姿を眺めている。
その間もずっと、梨奈の小さな手は、彼の身体を探るように這い回っていた。
太腿の内側を掠めたり、尻や背中にバストを擦りつけられながら亀頭を手の甲で撫でられたりするうちに、桂木はすっかり感度を高められてしまったのだ。
元々男女での試合経験が少ない彼にとって、理性だけで対処するには梨奈は美しすぎた。
そして何よりも、時間をかけすぎた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「もう読み合いは必要ないです。力でねじ伏せてあげます」
疲労ではなく快楽で、梨奈は桂木をほぼ行動不能にした。
逞しい背中に体を滑らせながら、彼の脇の下に腕を滑り込ませ、絡みつく。
「ああああっ!」
テコの原理で彼女の腕が、桂木の上半身をゆっくりとマットから引き剥がす。
このまま90度、反転させられれば梨奈にはさらに2点が加算される。
「先輩がんばって。まだ30度くらいですよ」
「ぅくっ、こ、のおおぉぉ!!」
桂木はギリギリと歯を食いしばる。
鍛え込んだ背筋に力を込め、再び手のひらをマットにつけようとする。
彼の手が僅かに下方へ戻ろうとした時、梨奈は周囲に気づかれぬように彼の耳に息を吹きかけた。
「んああぅ!」
予想していなかった甘ったるい感覚に、彼は抵抗できない。
コンマ数秒の脱力の結果、梨奈に2点を奪われてしまう。
「あと少しでおしまい。悔しいですね先輩」
後輩である美少女の嘲笑を耳元で感じつつ、桂木は最後の最後まで抵抗した。
そんな彼を梨奈はとても愛しく感じる。
空いている腕を彼の顎に滑らせ、更に上を向かせる。
既に抵抗の力は殆ど無い。
無駄に筋肉がこわばっているだけにしか感じられない。
「クスッ♪ 優しくトドメを刺してあげますから」
梨奈は必死でふんばろうとしている彼の脚の間に、自分の片足を差し込む。
このままゆっくり力をかけていけば、完全に仰向けにできるだろう。
そうなれば完全に彼にとっての敗北となる。
しかし桂木は、それどころではなかった。
差し込まれた梨奈の美脚に、その感触に狂ってしまいそうだった。
狙ったものかどうかは不明だが、桂木を締め上げる度に、
彼女の膝先や太ももが微妙に蠢く。
それがペニスへ強烈な刺激を送り込んでいたのだ。
「しぶといですね先輩」
梨奈は言葉と裏腹に、抵抗を止めない彼を好ましく思っている。
半身を泳がせ、もがく彼をひときわ強く抱きしめながら重心を移動する。
「ふふ、イっちゃえ……」
グイッと引き剥がすように自らのけぞる梨奈。
同時に、彼のペニスの先端を、梨奈のふくらはぎが優しくなで上げた。
「だ、だめだ、あっ、ああああああああああ~~~!!」
断末魔の叫びを上げながら、桂木は天井を見上げた。
ぐったりしたまま動けない彼に向かって、梨奈が、耳元で妖艶に微笑む。
「いい声もらっちゃいました。先輩、楽しかったです。また今度対戦しましょう。ふふふ……」
(了)
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