「くそっ、おもしろくねえ……」

ようやく先月の仕事が終わった。
もう今月の後半だというのに。

直属の上司が先月末で突然転勤となった。
その後始末が全部俺に回ってきたのだ。

見たこともない書類の処理だけでなく、やりかけの仕事も全部丸投げされた。
しかもなんの前触れもなく……だ。
通常業務にプラスして膨大な追加作業。こんなの終わるわけがない。

「俺も転勤すっかな……」

会社の帰り道、もうすぐ次の日になる時間帯。
すでに辺りは漆黒の闇に包まれていた。

気晴らしになるかどうかは微妙だが、道端に転がっていた空き缶を思い切り蹴飛ばした。

カァンッ!

スチール製の缶は思ったよりも気持ちよく飛んでいった。
しかしその直後…………

ガシャァァァァンッ

「やべぇ…………」

回転した空き缶が道路のカーブミラーに直撃した。
当たり所が悪かったのか、ミラーがきれいに砕け散る。

スローモーションで雨のように降り注ぐ銀色の破片。
刑法261条……器物毀損……しゃれにならない。

周囲には誰もいない。俺は一目散でその場を後にした。




帰宅してから熱いシャワーを浴びる。

それから胸にチクチク刺さる罪悪感をごまかすように、強い酒を一気に飲み干した。


………………………………

………………………

………………

…………

……


だめだ、眠れない。

飲み慣れないウイスキーをグラスに半分も飲んだのに。

身体は火照り、意識もあいまいになっているのに……やはり気になる。

カーブミラーの後始末はどうなるのか、目撃者がいたのではないのか。

やはり後始末してくるべきだったのではないか……。

こんな俺にも良心というものがあるらしい。

(水を一杯飲んでこよう)

苦笑いをしながら、立ち上がろうとした。


「んっ……?」

仕事のせいなのか、酒のせいなのかわからないが身体が動かない。
もう一度腹に力をこめて上半身を起こそうとする。


「ふっ……んんぅ!?」

やはり動かない。
頭で思っているように手足が動いてくれない。

(なんだこれは……)

首から下に自分の意思が伝わらないことに焦り始める。
決して酒のせいだけではない気がしてきた。



「人間、目の筋肉を動かせないようになったら終わりだ」

中学のとき、理科の教師が言ってた事を思い出す。

(まばたきは……できる。目は動く)

だが仰向けになったまま天井を見つめることしかできない。

脳の血管や神経が切れて身動きができなくなったのだろうか……

さまざまな不安が頭に浮かんだその時だった。



――あんまり暴れちゃダメ。

聴きなれない女の声と共に、部屋の天井に丸い鏡が浮かび上がった。


「なっ!?」

その鏡の淵には妖しげな装飾が施されていた。

背中に羽根がある女性の悪魔や、髪が蛇でできている女神のレリーフ、そして彼女たちを崇める男性などが見受けられる。

それ以上に奇妙だったのは鏡の中に映った俺の姿だ。


(……顔がない!)

まるで画材店で売っているデッサン人形のようだった。

着ている服は同じだが、ひじの部分が節くれのようになっている。

しかも自力で体が動かせない。

なんでこんな悪趣味な夢を見なきゃならないんだ!?


――夢じゃないかもしれないわよ?

またさっきの女の声が頭の中に響いた。

「誰だお前は!」



――誰って…………目の前にいるじゃない?

ふうぅぅ~~~


「くぁぁ!?」

左の耳が急にくすぐったくなった。

鏡の中の俺に抱きつくように、一人の女が現れた。

金色に輝く瞳と濡れたような黒い髪。

鏡の淵に装飾されたレリーフと同じように羽根が背中から生えている。

その姿を見て、俺は思わずつぶやいた。

「あ、悪魔……!」

「半分正解かな?」

彼女は鏡の中で笑った。

そして首筋に軽くキスをしてきた。


「でも悪魔じゃないわ。私は魔法使い・ミラ」

「ミ……ラ…………?」

動けない俺を抱きしめながら、ミラはささやいた。

生暖かい吐息を感じる。

だが俺は動けない!


「意識ははっきりしているのに体は動かせない…………ちがう?」

「…………」

俺は何も答えない。

こんな妖しげなやつに情報を与える気にならない。

「まあいいわ。私は実体化できたから」

ミラが鏡の中で俺を指差した。

指先がほんのりとオレンジ色の光を放つ。

すると、俺たちを写す鏡がゆっくりと左側へと動き始めた。

天井から壁面へとすべるように鏡は移動した。



思ったよりも大きい鏡だ。

おそらく120cm四方はある。

鏡の動きにつられて、俺の顔も左を見る。首から上はなんとか動かせるようになった。


(魔法使いとやらはどんな顔をしているのか……)

だがミラはいなかった。

少なくとも俺の左側にはいない。

しかし全身を写された鏡を見ると、彼女はしっかりと写っていた。

横たわった俺の顔の脇に手をついて、こちらを見つめている。

「くっ…………!」

「何でこんなことになってるのか不思議?」

俺の顔を見つめながら、魔法使いは小さく舌を出した。

ゆっくりと顔が近づいてくる。


ペロ……


鏡の中でミラが俺の頬を舐めた。

「やめろ!…………んふぅ」

「感じるでしょう? うふふふ」

不覚にもため息を漏らしてしまった。

頬に触れた舌先が心地よい。

まるで硬くなったペニスをこの上なく優しくしゃぶられたように、体の芯に響く刺激だった。

「まずはあなたの顔をもらうわ」

ちゅっ……ぴちゃっ、ぷちゅぅぅ~~

「くあああぁぁ!」

反対側の頬にもキスをされる。

そして舌先を肌に残したまま、ミラは何度も顔を上げ下げしつつ口づけを繰り返す。

ちゅっ、ちゅっ、ちゅううぅぅぅ…………ピチャ、ちゅぴっ!

彼女の唾液が残された場所に快感がすりこまれ、さらに刺激が強くなる。


「お耳の中も犯してあげる」

ミラは耳たぶを口に含んで、舌先で何度も転がしてきた。

じゅぷぅぅ!


「あひゃああぁぁ!」

耳の奥へと吹き込まれる吐息と柔らかい舌先に犯され、俺は悶えた。
だが相変わらず身体は動かない。

「あなたのアソコだけは感じるようにしてあげる」

ミラの手がゆっくりと股間を撫で回してきた。

「んくぅぅ!!」

「ほらぁ、もっと悶えていいよ」

今までは遮断されていた下半身の感覚が戻る。
だがそれは……ペニスの周りだけだった。
むしろ感覚が戻ったせいで、俺はさらに悶えることになる。

顔中を唇で犯され、敏感にされたおかげでペニスだけはギンギンに膨らんでいるのだ。

「もう少ししたら一度搾ってあげる」

「くっ……そぉぉ!!」

「きっと一往復も我慢できずに私の手でドピュドピュだね? あははははっ」

ミラの左手が俺の頬をなでる。
何度もキスをされて、感じやすくなった部分をなめらかな手が愛撫してくる。
羽根が舞うような優しい刺激に耐えらず、ペニスも震えてしまう。

「ふああぁぁぁ!」

「もっと感じやすくなる魔法もかけておくわね?」

「やめ…………」

にやりと笑ってから、ミラが耳元で呪文をささやく。
何を言っているかは聞き取れないが、耳の奥で何度もその言葉がこだましている。
体中が熱くなった気がした。

「はい、詠唱完了♪」

「あっ、ああぁぁ……」

「ためしにほら…………ふうぅ~~」

耳に吹きつけられた息だけで感じてしまう。

その効果は耳だけでなく、全身にすぐに現れた。

感覚を封じ込まれていた手足が熱い。内側からジンジンとしびれてくる。

(なぜこんなことを!?)

素朴な疑問だった。
夢の中で魔法使いが現れ、なぜ俺がレイプまがいのことをされねばならないのか…………

「心当たりもないんじゃ仕方ないわよね」

歯を食いしばる俺を冷ややかに見つめながらミラは言った。

彼女はどうやら俺の心を読めるらしい。

「くそっ、はな…………せ!」

「……堕ちなさい」

俺の左頬に添えられていた手のひらが股間に移動した。
すでに透明な汁を吐き出し、震えまくりの亀頭をミラの手が包み込む。

すべすべした指先に俺の粘液が絡むと、ますます快感が膨らむ。
ミラは指先で輪を作ると、無造作にカリ首を締め付けた。

ぐちゅうっ!

「うわあああああああああぁぁぁぁ!!!」

どぴゅぴゅぴゅぴゅ~~~~~~

大量の精液が宙に舞う。

優しい刺激で抵抗力を削られた俺には、直接的な愛撫に耐えることはできなかった。

あっさりとだらしなく精液をもらす俺を見て、魔法使いはあざ笑った。

「あら、一往復すらできなかったわ」

ミラは満足そうに右手の指をパチンと鳴らした。
その瞬間、周りの風景が灰色に塗りつぶされる。

「これは……!?」

「特別な体験させてあげる」

あきらかにおかしな感覚だった。

体は動かないのは今までと同じだが何かが違う。

「あああっ!!」

精液が宙に舞ったまま、浮かんでいる!?

「こんなことが……」

「時間を止められたまま、感覚だけは残してあげたの」

ゆっくりと体を起こすと、ミラは両手でペニスを包み込んだ。

相変わらず精液は宙に浮いたままで落ちる気配がない。

ミラは時間を止めたのだ。

だが彼女だけはその中で動ける…………。

「あなたのペニスは動けない時の中で、何度も快感を味わうの」

絡みつく指先が亀頭を優しくこね回し、棹を上下にしごいてくる。
手のひらのくぼみを使って何度も玉を転がしたり、人差し指だけで亀頭をくねくねといたぶっている。

だがペニスを触れられている感覚はない。

時が止まっているから快感が伝わってこない。

それが不気味だった。

「やめてくれええぇぇ!」

「やめないわ。ふふふ…………」

俺の予想が正しければ、この後とんでもない刺激が俺を襲うはずだ。

時が止まった中で徹底的に愛撫されたペニス……その先にあるものといえば!

「そろそろいいかな? 止まった時間を動かすわ」

さっきと同じように、ミラは右手をパチンと鳴らした。
灰色だった世界が色を取り戻した瞬間……


「あああぁぁぁぁぁ! ああああぁぁひいいぃぃぃぃぃ!!」

体が焼け付くような刺激の上に、さらに快感の波が覆いかぶさってきた。

射精した瞬間のペニスを、ミラは止まった時の中で念入りに愛撫したのだ。

脈打ちを開始する間も与えられず、追い討ちをかけられた性感神経が悲鳴を上げた。

「ああぁ、がああぁ!!」

「気持ちいいでしょう? くすくすくす」

その声は俺に届かなかった。
満足に声も出せない。
下半身が焼け落ちるような感覚のままで、悶えることすら許されないのだから。

ぴゅっ、ぴゅぴゅうううぅぅ!!!

宙に浮いた精液が落ちてくる前に、俺はもう一度射精してしまった。

しかも一度目よりもずっとずっと大量に……。


「イったわね。こんなに短い時間で連続射精したことなんてないでしょう?」

「ぜぇっ、ぜぇ……」

「まだまだもっと良くなるわよ」

確かにミラのいうとおりだった。

呼吸が整わず、動悸が激しくなる。

それなのにもっと射精したいと体が訴えている!?


「な……なんでこんなに……感じる……?」

「いつもより感じちゃう? 鏡の中では無防備にされちゃうの」

ミラの両手が優しく俺の胸をなでると、ペニスと同じように感覚が戻ってきた。

「私の手で撫でられると気持ちいいでしょう? 戒めを解いてあげる」

彼女が俺の両腕、両足を優しく撫でると体に自由が戻ってきた。

だがそれは痛みにも似た快感を伴う自由だった。

「これじゃ……動けない!」

「別にいいじゃない。気持ちいいのでしょう?」

悶えながら起き上がろうとする俺の身体を、ミラが抱き起こす。

彼女の肌と触れ合った部分から新たに快感が生まれ、それだけでイきそうになる!

「はううぅぅぅ!」

「夢だから何度でも射精できる。天国でしょう? えいっ……」


くちゅうっ!

ミラは太ももでペニスを押しつぶした。


「ぐあああぁ!」

どぴゅっ…………

不意打ちのような快感に思わず射精してしまう。

快楽と共に気が抜けた瞬間、俺の身体から何かが抜け落ちていく。

「あら不思議ね? 右手の感覚がなくなったんじゃない?」

「うああぁっ!」

ミラが言うとおり、右手が動かなくなった。

まるで自分のものではなくなってしまった様に。

ふと俺たちを写す鏡に目をやると、鏡の中の人形に変化があった。

(そうか……あの鏡…………)

鏡の中で人形の右腕だけが、肉付けされたように生き生きとしている!

「もうわかったでしょう? 射精するたびにあなたの身体は消えていくの」

「お前の目的は……鏡を割った俺への復讐か?」

「くすっ、いまさら思い出したんだ?」

ミラは冷たい目で俺を見つめた。


「私たちはね、人間界と重大な取り決めをしているの」

「取り決めだと?」

「ええ。私たちは鏡に映ったものには嘘をつかない」

そんな当たり前のことを……なぜ?

「意味がわからない?」

不思議そうな顔をする俺を見て、ミラは言う。

「たとえば、鏡に自動車が映っていればぶつからないように注意できるでしょう?」

「……」

「でも鏡が嘘をついたらどうなるかしら」

鏡が嘘をつく?
つまり写っているものを写さないということか。

「……たいへんなことになるでしょう?」

俺はうなづいた。
確かに大惨事になるが、そんなことは考えられない。

第一、鏡に意思があるなんて誰も考えないだろう。


「だから私たちは嘘をつけない……でもね、あなたはもう適用除外よ」

「なっ!?」

「鏡を粗末にする人間には、何をしてもいいことになってるの」

そこまで言ってから、ミラは俺の右側にもうひとつの鏡を開いた。

「たっぷり罪を償ってもらうわ。鏡の中に住む魔法使い、それが私」

「……」

「鏡の外の世界の住人。それがあなた」

「なぜ俺を引き込めたのだ?」

「今は夢の世界を通じて、つながってる」

そこまで言い放つと、ミラは俺に馬乗りになった。

「またさっきの技を使ってあげるわ。時間停止と快楽の蓄積……」

彼女が呪文を唱えると再び時が止まった。
周囲が灰色に染まる。
しかし俺の意識ははっきりしたままだ。

「今度は左足をもらうわね」

「そうはいくか……!」

歯を食いしばる俺を見て、ミラは鼻で笑う。

「忘れたの? イけばイくほど敏感になる魔法をかけてあるの。絶対に我慢なんてできない」

はむっ……ちゅぷっ、れる…………

「んああぁっ!」

ミラの小さな口の中に、ペニスが飲み込まれる。

今度はさっきと違って、舐められているのを感じる。

太ももで押しつぶされた瞬間に射精してしまったペニスはまだ小さくなったままだが、この状態でたっぷりとフェラされるのは危険だ。

「さわるな! くそっ!」

「んふっ♪」

……ちゅぱっ、ちゅぷぷぷ、じゅるじゅるじゅる~~

お構いなしでミラの顔が上下する。

たっぷりと唾液を含んだ彼女の口の中で無防備なペニスが踊らされる。

今は感覚が薄いが……さっきは指と手のひらだけでイかされたのだ。

「くそっ、くそっ!!」

もがこうとしても動けない。
身体の感覚が戻った分、それが厄介だった。

半立ちのペニスを吸い込むようにしながら、舌先で亀頭を責め立てるミラ。
しかも感じやすくなる呪文のせいで確実に硬さが増していく……

「動けないのが悔しいでしょう? そろそろ解放してあげる」

ペニスから口を離したミラが、軽く指を鳴らしたとたんに時は動き始める。

「うっ…………あああぁぁ!」

萎えかけたはずのペニスが、瞬時に起き上がった。
そして先端が金魚の口のようにパクパク開いたかと思うと、一気に腰が震えだした!

「ほら、もう無理でしょう」

「んあああああああああああぁぁぁ! で、でるうぅぅ!!」

真っ赤に腫れ上がったペニスが何度も脈打ちをはじめる。
数回目の脈打ちの後、ほんの少しだけ精液がさかのぼった。

「あ、あああぁぁぁ……」

はっきりとした射精ができなかった分、体力が根こそぎ奪われたように感じた。

「まだよ。フェラしながらリプレイの魔法をかけておいたからね?」

だが彼女の責めはそれでおわらなかった。

「なんだこれ……まだ続いてる! ああっ、くそ……」

下半身に力が入らずに悶絶する。
ペニスがずっと舐められている感覚が消えない。

「で……るぅ! んああ!」

じわじわと高められたまま、再び精が漏れ出していく。


「時間を止められたまま何度でも果てなさい」

快感が押し寄せてくるとわかっていても我慢できない!!
ミラが面白そうに見つめる前で、体中を震わせて再び連続射精を強いられた。

「これで左足もいただきね。あと3回も射精して、快楽で縛ればあなたは私のもの」

右腕と同じように、左足も付け根から先の感覚が消えた。

このままでは本当に……手も足も出ないダルマにされてしまう!

「あなたから残りの精気を吸い取ってあげる」

ゆらりと立ち上がったミラは、身に着けていた下着を脱ぎ去った。

隠れていた秘所があらわになる。

こちらを見下しながら、ペロリと舌なめずりをする彼女を見て戦慄する。

(いよいよ止めを刺しに来るつもりだ……!)

時を止められたまま挿入され、何度も腰を振られたら耐え切る自信はない。

手や口だけでもとんでもなく気持ちいいのに、この上で本番など考えられない。


「もちろん我慢なんて必要ないわ。あなたはイくだけですもの」

ミラはゆっくりと腰を下ろすと、数回の射精を経て痙攣するペニスを膣口に擦り付けた。

「ああぁぁ! まだ無理だ……」

「いいのよ? やわらかくなったままで入れてあげる」

彼女が空中で指先を回すと、ペニスが少しだけ膨らんだ。

そして何の抵抗もなく温かい膣に包み込まれる……



半立ち状態のままでミラに飲み込まれてしまった!

萎えても敏感な状態を保つペニスが彼女の中でもみくちゃにされる。

「硬くなった状態よりも、こっちのほうが感じるでしょう?」

「ひっ、ああぁぁ!!」

「かわいい顔をするのね。このまま硬くして、また時間を止めてあげる……」

ミラの腰がゆっくりと円を描き始める。

徐々にペニスに硬さが戻り、受ける刺激が鋭くなる。

だめだ…………もう…………!









その時、頭の隅で何かが閃いた。


まだ諦めるべきじゃない!

この空間から抜け出すには……夢から覚めるためにはどうすればいい?

必死で思考を働かせる。

せっかく掴んだきっかけを手放してなるものか。


夢から覚めるとき……

それは、自分のいる世界が夢だと気づいたときだ。


俺は目を閉じて、これが夢であることを強く念じた。


すると不思議なことに手足の感覚も、ミラの声も……何もかも感じなくなった。

もうすぐだ………………









「うあああぁぁ! はぁっ!!」

悪夢を振り払うように全身に力をこめて、俺は跳ね起きた。
意識より先に上半身がベッドから起き上がった。

背中は汗だくで、呼吸も荒い。しかし手足はちゃんと動かせる。

(勝った…………!)

心の中でガッツポーズをした。
あれはすべて夢だったのだ。
ミラーを割ったことでストレスを感じた俺の心が見せた悪夢だったのだ。
今度から気をつけよう……そんな風に自分を納得させた。

窓の外を見るとすでに日が高く昇っていた。
おそらく9時を回っているのだろう。

言い訳を考えつつ仕事に行かなければ……
昨夜と同じく熱いシャワーを浴びて、急いで身支度を整えよう。


しかしドアノブを握ろうとして、ふと違和感を覚えた。

ドアを開けるというのに、なぜ俺は……左手を出している?

それになぜドアノブが扉の右側についている?

導かれるように見つめた時計の文字が…………なぜ……






「残念ね?」

背後で聞き覚えのある女の声がした。

「おまえは……!」

振り向けば、昨夜俺を快感で苦しめた魔法使いが立っていた!

「あなたはもうここから抜け出せない」

ミラが手をかざすと、昨夜の大鏡が現れた。

その中に映し出されているのは俺だった。

ちゃんと顔もあり、ひじやひざも節くれだっていない俺の姿だった。


「見事に入れ替わっちゃったねぇ?」

呆然とする俺に向かってミラは言う。

そして俺はすべてを悟った。

ここは鏡の世界。

すべてが逆に写る魔法使いミラの領域……


「俺は確かに起きたんだぞ! それなのになぜっ」

「たしかにあなたは自力で覚醒した。でもね、『戻る』だけの力はすでに私に奪われていた」

「馬鹿な…………」

だが、俺はここにいる。

この意識は本物だ。

「あんなに精気を放出したのですもの。当然でしょう?」

ミラが俺の首に両手を絡ませてきた。

じっと俺を見つめながら、ゆっくりとキスを重ねる。

この甘い唇の味も……現実だ。


「でも大丈夫。ここには私がいる。あなたが朽ち果てるまで、ずっと一緒」

「ミラ…………」



俺を見つめるミラの瞳が黄金色から琥珀色へと変わる。

慈愛に満ちたその美しい輝きに心を奪われる……


「さあ、楽しみましょう? 永遠の快楽を…………」


彼女に抱きしめられたまま、俺はベッドに押し倒された。

激しい口付けと体中に絡みつくミラの手足に抵抗できない。

つややかな髪と触れ合う肌の心地よさに溺れてしまう。

もう…………何も考えられない。






「ねえ? ちょっとこっちを見て?」

快楽に溺れ、意識が朦朧とする俺の目をミラが覗き込んできた。

すっかり魅了されてしまった俺は、彼女から目をそらせない。

深い輝きを放つその瞳に吸い込まれそうになる。




「彼の寿命はあと59年か…………その分、私は美しくいられる」


ミラが小さな声で何かをささやいたが聴き取れなかった。

甘い髪の香りに包まれて意識も遠くなってきた。




魔法使い・ミラと戯れる時の中、俺の姿は鏡の中で徐々に溶けていった。






(了)