窓の隙間から差し込んだ日差しで目が覚める。
昨日は夜更かししてしまったから何だか顔が腫れぼったい。
SNSの連中に今夜チャットで文句言ってやらないといかんなぁ……

俺の名前は字原純(じはら じゅん)。
なんだか言いにくい名前だが気にしないでくれ。
とりあえず着替えるか……

ふよんっ

「えっ」

…………なんだこの感じ。太ったか? 俺。

ふよんふよんっ

胸で揺れてるふたつの球体……これはいわゆるおっぱい。
何で俺の胸がこんなに膨らんでる!?

(そーか、寝ている間に蜂に刺されたのか!)

…………ありえん。

そっ、そーか!
まだ寝ぼけてるんだ、俺は。
とりあえず揉んで見る。

ぎゅむっ!

「くああぁっ……!」

なんだこれ!?
思わずベッドに座り込む。

しびれる……力が抜ける……てか、踏ん張れない。
この手触りはやばいだろ!
なんだかすごく気持ちいいし!

むきゅ…………

手のひらで鷲掴みというよりは優しく、下から持ち上げてみた。

たゆん…………

でかい。
なにげにデカいぞ、これ!
触ったときと同じ優しさで、じんわりした快感が胸から全身に広がっていく。

「はふ……」

いや違う。
気持ちいいのは手触りのせいではなく、揉んだことによる俺自身への刺激か。
もうワケがわからない…………でも胸を揉む手が止まらない。

自分で慰めるとはよく言ったものだ。
じんじん痺れてきて、気持ちいい。

「はうっ、あぁぁ……なぜこんなことに……」

空いている左手が無意識に股間に伸びそうになったとき、
部屋の外から声が聞こえた。


「じゅんー! 起きてるのー!?」

淫らに蠢く手が止まる。
母親の大きな声に助けられる。
返事しなきゃ怪しまれる!

「う、うん! おきてるよー」

なんだこの声は!?
頭蓋骨に反響する感覚がおかしい!
鼻声というか、ヘリウムガス吸ったときのアレだ。

「はやくこっちにきなさい。朝ごはん片付けたいの」

「わかった、今いくよー!」

とにかくメシにしよう。
少し落ち着いてからじゃないと現状の分析が出来ない。

パジャマ代わりのジャージを着たままでダイニングに向う。
廊下にある姿身を見て愕然とした。

(なんだこの目つきの悪い女子校生は…………!)


















頭の中がカオスで満ち溢れたまま、朝飯は終わった。
母親は何も言うことなく食器を片付けている。
一緒にいた妹のリナも何も言わなかった。
むしろ騒いでくれたほうが相談しやすいんだが、俺の今の姿に違和感はないらしい。

(俺がおかしいのか……)

先にメシを済ませて、ソファーを占領してテレビを見ている妹のほうをチラリと見る。

(リナのやつ、リラックスしてやがる)

いつもどおりで色気もなんにもない。
その妹が急にこっちを見た

「あっ、そうだ! おねーちゃん!!」

「おね……」

まさか俺のことかー!!

「あたしが貸したBL雑誌、早く返してよね」

そんなもん借りた覚えないんですけど。
こいつの発言は無視して、俺は問いかけた。

「あのさ、リナ……」

「なぁに?」

「あたし、なんか今日おかしくない?」

自然にあたしとか言ってるし!
俺という言葉が口から出てこない。
なんでだ…………不安が焦りに変わる。
このまま女として生きていかないといけないのか。

「べつにおかしくないわよ」

リナはじろじろと俺を見つめてから言った。

「いつもどおりアホ毛もひどいし……声も顔もヘンだから安心して、おねーちゃん」

張り倒すぞテメー!
妹への殺意を押し殺して、俺は部屋に戻った。



ベッドの上で大の字になって考える。
とりあえず違和感を覚えているのは俺だけみたいだ。
顔も身体も違うのに家族は何も言ってこない。

「なんで誰も何も言ってくれないのかな……」

ぼそっと口に出した瞬間、めまいがした。
視界が歪む…………

(あらら~、まだ馴染んでないのねん!)

頭の中で聞きなれない女の声がした。

「だれ…………?」

今度は軽い頭痛がしてきた。
額を押さえながら声の主を探す。

(忘れちゃったのん? あなたの願望を叶えてあげたのに)

俺の願望だと?

(チャットで話していたじゃない! 女の子になってみたいって)

周りを見回しても俺の部屋に変化はない。
心の中から語りかけているのか。

(そうよ。私はあなたの心の中にいる)

「お前は誰だ…………」

目を閉じて問いかけると、今度はまぶたの裏にビジョンが現れた。
とんがり帽子に黒いマントの少女…………ブラックマジ○ャンガールっぽい小娘。

めまいと頭痛は去った。
だが今度は閉じた目が開けない。
その間にも目の前の小娘のビジョンがどんどん鮮明になっていく。

「私は魔女っ!」





「……見ればわかる」

「むぅ…………!」

髪の色は明るい茶色で、瞳の色は赤紫。
でもフツーに日本語を話している妖しい魔女といったところか。
自分に起きた斜め上の展開について行けず、黙り込む俺を見て不満そうな顔をしている。

「ねえ、名前聞いてヨ」

「自分から言え」

「あたしは性転換の魔女リルル・ルルル!」

「……」

こいつ今、りるるるるるるって言ったか?

「ちがうっ! リルル・ルルルだよっ! 真ん中で切って」

ガンッ

考えるより先に手が出ていた。
なんだか見ているだけでイラつく娘だ。

「いったーい! なにすんのよ!!」

「言いにくいから却下だ」

「じゃあリルでいいよぉ……」

「とにかく俺を元に戻せ! 俺を男に戻してくれ」

ブカブカのローブの胸倉を掴んで俺はリルに抗議した。

「なにいってんの! あなたの願いを叶えるのにどれだけ魔力使ったと思ってるのよー」

殴られた部分をさすりながら魔女は半べそをかいて言い返してきた。

「なんと! パワーコスト1400マジョカよ! わかる?」

「わからん。まじょかってなんだ?」

「めんどくさい男ね! あなたにわかるようにいうなら、MPだよ」

「ほう……」

なるほど、魔女の力というわけか。
お金で買えるなら俺も買いたい。
そしてこいつを呪文で燃やしたい。

「性転換の魔法はすごくコストがかかるの」

どれくらいのMPが必要なのかとたずねると、核ミサイル1400発分だと魔女は答えた。
たとえはともかくすごいエネルギーだということは伝わった。

「あなたの身体はちょっといじるだけなんだけど、周りの人達の記憶を書き換えないといけないの」

なんでもそれが魔界の決まりらしい。
それなら俺の記憶も変えてくれれば苦しまなくていいのに……。

「そんなことしたらつまらないじゃない!」

「はぁ?」

「スターの自覚を持ちなさい! あなたが悩む様子はすでに魔界全国ネットで生中継されてるのよっ」

魔女が鼻を鳴らして偉そうに告げた。
そんな妖しげなところにデビューしたくないんですけど!

「いきなり女の子になって戸惑う表情とか、ペニスをしごきたくてもしごけないもどかしさとか……」

魔女は両手をワキワキしながら淫らな笑みを浮かべた。
小娘のクセに生意気な!

「人の悩みは蜜の味って魔界の言葉だって知ってた?」

「しるか!」

「人間一人が思いっきり悩むと、魔界全体が潤うの。エネルギーが雨みたいに降り注いでくる感じ?」

俺が心を痛めるたびに、こいつらを喜ばせることになるのか。
しかもなんで俺みたいな純粋な青年を選んだのか……!
なんだかまた怒りがふつふつと燃えあがってきた。

「それでね、色んな手続きがチョーめんどくさくて時間かかっちゃったけど…………どう? 夢がかなった朝の気分はっ!?」


ガガンッ

「いったあああぁぁぁぁい!!」

目をキラキラさせて尋ねてくる魔女に、俺はもう一度グーパンチをお見舞いした。











「もう一度言うぞ。俺を元に戻せ!」

リルの胸倉をつかんで、ほっぺたをペシペシ叩いた。
それでも俺に向かって魔女は悪態をつく。

「なんでよぉ……」

「急に女になれってほうがおかしいだろ!」

「常識なんて捨てちゃいなさいよっ」

真顔で鬼畜発言しやがって。
それでも俺は諦あきらめなかった。

「じゃあこうするか。お前が言うこと聞かないなら、俺はもう悩まない」

ぷいっと俺が横を向くと、リルの顔色が変わった。

「ええっ!? それは困るわ!」

両手を胸の前で組んで乙女チックに身体をくねらせるリル。
……ぜんぜん可愛くねー。

「もっといっぱい悶えて! 苦しんで、悩みまくってもらわないと元が取れないじゃない!」

「元が取れないだと? ふふふ、なけなしの金で同人ソフト作ったサークルみたいなこといいやがって……」

「なにソレ?」

よし、もう一押しだ。
俺が悩まないわけがないのだが、自殺でもすると深読みしているのだろう。
魔女を困らせるのはなかなか楽しい。

「お前たちは俺が今の状況に絶望して悩んだり嘆いたり悶絶しないと困るのだろう?」

「ううっ、そうよ……その通りよ、この鬼! 悪魔っ! エロガキッ!!」

散々俺を罵倒してから、魔女が泣き出した。
こいつが泣き喚いたところで、少しも悪いことをした気分にならない。

「俺もこんなしょーもないことで悩みたくはない…………ということで勝負だ!」

「ふぇ? しょうぶ?」

「お前の望む形で俺と勝負しろ! ただし俺が出来るゲームに限るがな!」

「おもいっきりジャイアンルールじゃないのん!」

精神的優位に立った俺はリルに無茶な条件を提示してやった。
ゲームと名のつくものなら俺は誰にも負けない。
格ゲーでは必ず最強キャラを使うし、ピノで盗塁することだって迷わない。
悪魔にだって勝つことができる。


「ふふっ、ふふふふふ…………でも聞いちゃったわよ」

「えっ」

「この魔女リルルル・ルルル様と勝負ですって! ホーッホッホッホ!」

「…………今わざと間違えただろ?」

「ホッホッホ…………おだまり! いでよ、ゲームくん!」

高笑いをやめて、リルが呪文を唱え始めた。
暗闇から何かが生まれようとしている……
空気が震えて俺の身体が吹き飛ばされそうになる。
すごいパワーだ!


ぽんっ


「……」

「……あら?」

「なんだこいつは」

泣きそうな顔でこっちを見ている中学生…………なのか。
目の前に現れたのはショ……ちがう、可愛らしい女の子だった。
身長は俺と同じくらいに感じる。


「ちょっと失敗しちゃったけど、この子はゲームくんよ!」

「なんじゃそりゃ」

「私の代わりにあなたとゲームするの。さあ、どんなゲームがいい?」

うわ、ずるいぞコイツ。
人に丸投げして自分では勝負しないタイプだ。
とにかく俺はゲームくんと勝負することにした。
さっさと倒してしまわねばならない。

「どんなゲームでもできるのか?」

「たぶん……」

リルの返事は頼りない。
ともかくゲームくんを倒して、俺の人生を取り戻す…………ん?

「んっ、んんー!」


「……好き」

ゲームくんが俺の肩をつかんで、いきなりキスしてきたぁ!

「ありゃ?」

意外な展開にリルも目を丸くしている。

ゆっくりと何回も俺の唇を確かめながら、少女が熱心にキスをねだってくる。
困るのはそれだけじゃなかった。少女の手が俺の身体を撫で回してくるのだ。

「なんだこいつは! おい、リルッ!」

「はは~ん、そういうことね!」

どういうことだ!?

「そのゲームくん、あなたのことが好きみたいよ?」

そのままかよっ!

「ふざけるな! こんなのに突然求愛されても困るんだが!」

「こんなのって言った……」

「あ、いや…………悪い」

唇を離して、少女がさらに泣きそうな顔をした。

本当に困る。
このゲームくんは微妙に可愛いというか、俺の好みに大体当てはまる!

「ひゃううっ!!」

美少女の手が俺の膨らんだ胸に触れたとき、思わず身体が跳ね上がってしまった。

「いーじゃないの、いーじゃないの。もっと熱いところ見せて?」

リルが楽しそうに俺たちの絡みを見つめている。

「これがゲームよ。名づけて『女の子同士なら触られても我慢できるでしょゲーム』スタートッ!!」

タイトル長すぎ!

「はむ……んちゅ……」

俺はまだ混乱から立ち直れない。
唇を舐められながら胸をもまれる。ただそれだけなのに動けない。
男の身体ならフルボッキ確定の快感を、少女の手のひらが一瞬で与えてくれた。

(自分で触るだけで気持ちよかったもんな……)

ゲームくんの手つきがどんどん淫らに変わっていく。

(胸を他人に弄ばれるとこうなるのか……)

だめだ、癖になりそう……。

「気持ちいいですか?」

「う、うんっ…………ふああぁぁぁ」

「うれしい…………」

気づけば俺は抵抗していなかった。
少女の肩にあごを乗せて、手の動きに身を任せている自分がいた。

「女の子の身体っていいでしょう?」

「うっ…………んああぁっ、そんなとこ触らないで!」

ふわふわした気持ちが止まらない。
女の子を気持ちよくすることぐらいいつもの俺なら朝飯前なのに、反撃できない。
立場が違うとこんなにも……そして今の俺の身体は敏感すぎる。

「綺麗な身体…………もっと気持ちよくしてあげる」

「ああぁぁぁぁ」

身体に力が入らない俺をもっと近くに抱き寄せると、少女は俺の首筋に舌を這わせた。
まるでバンパイヤに血を吸われるように、力が抜き取られていく。
倒れないように必死で彼女にしがみつく。

「おちんちんの代わりにここが熱いでしょう?」

背中に回された少女の指がゆっくりとお尻のほうへ降りていく。
そして太ももを持ち上げるようにしてから、指先が肛門付近をなぞってきた。

「そ、そんなところ! ああぁぁぁ…………」

「じっとしてください。すぐに気持ちよくなりますから」

身体を支えられなくなって、俺は少女の首に抱きついている。
ふとももを持ち上げられ、完全に片足立ちにされてしまった。
少女の指が肛門を通過して俺のペニスがあった場所へとたどり着いた。

「冷ましてあげる」

くりゅんっ!





その時、少女の指先から電気が流された。

「うあああぁぁ、ダメダメダメエエエェェェ!!!」

勝手に身体が悶え始める!
ビクビク震えながら俺はさらに強く少女にしがみついた。
それでも身体の痺れがどんどん膨れ上がっていくううぅぅぅぅ!

指先が触れた一点は、おそらくクリトリス…………こんなに気持ちいいのか。
その刺激はまるでヌルヌルのローションで亀頭を何時間も責められ、
敏感にされてから体中の性感ポイントを一気に全て押さえ込まれたような感覚だった。

こんなの我慢できるはずがない…………

何度も身体を震わせて抵抗してみても、駆け巡る快感は消えない。
絶頂した俺の身体を、ゲームくんが優しく地面に横たえた。




「勝負ありっ! ゲームくんの勝ちぃ♪」

黙ってニヤニヤと俺たちを見つめていたリルが判定を下した。


「少しは女の子生活、してみたくなったんじゃないのぉ?」

「くそっ……負けたか…………」

「とりあえず今日一日はそのままだよっ!」

リルの姿がだんだん薄くなっていく。
俺が敗北を自覚したのを感じ取ったのか、満足そうな表情をしているのが悔しい。

「まてっ! まだ勝負は…………」

「続きは今夜しましょう。ああ、それと」

一瞬だけ再びビジョンが鮮明になる。

「あなたが感じる姿、ちょっと萌えちゃうわ」

「うううっ……」

「…………次は私が相手してあげてもいいよ? バイバイ」



俺の意識はそこで途切れた。














(了)