「この曲が終わるまで」
転職の神殿にほど近い通称・賢者の森を抜けると小高い丘がある。
魔物が多くなるその地域にポツリと一軒だけログハウスが建てられていた。
比較的しゃれた作りであるが極めて素朴な家である。とても大人数は住めそうにない。
季節が夏であったならすでに朝日が照らしている時間帯である。
しかし昨日が晴天だったせいなのか、今朝は深い霧が立ち込めて気温は一向に上がる気配がない。
ぼんやりした明かりが窓からこぼれる家の中ではこんな会話が囁かれていた。
「もうすぐ雪が降るのかな」
「……」
「ねえ聴いてるライム?」
「あのさ、最近……なんか狙ったように寒い時期の話が多くない?」
「そう?」
「ええ、そうよ! そうに決まってる!! アンタ絶対楽しんでるよねっ」
寝起きが悪いのか赤い髪の女性は声を荒げている。
しっかり跳ねている頭頂部の毛先が左右に揺れた。
彼女の名前はライムという。見た目はニンゲンの美女と言えなくもない。
なぜ断定しないのかと言えば、美しすぎるのだ。
燃えるようでいて、しっとりした手触りの赤髪。スラリとした体型なのに、胸と尻だけは適度に女性らしさを主張して、微調整も可能。
彼女はスライムとのハーフだった。
ライムの上司であった極淫魔と呼ばれる厄災・レベッカが、かつて転職の神殿を急襲した際に彼女はスライムバスターに打ち倒された。そして生き残ったライムも一時的に拘束されたのだが、彼女に救いの手を差し伸べたのもまたスライムバスターだった。
それ以来、保釈中の身分である彼女だが自由奔放な性格なので恩義も感じてないし、基本的になんとも思っていない。それでも同居人に対しての信頼感だけは少しずつ育ててきた。ここにいる限り自分は安全であるという感覚は何事にも代えがたい。
一方、部屋の明かりと同じくぼんやりした様子でライムの相手の男性は受け答えをしていた。
見た目がまったく冴えない彼こそがスライムバスター・ウィルその人であった。
立場上はライムの保護監督者であり、ハンター協会で唯一のスライム専門。
もはやエキスパートを通り越してスライム親善大使なのだ。
彼がスライムの淫界担当になってから、周辺諸国で紛争らしい紛争は起きていない。
「ライム、寒いのそんなに苦手?」
「わかりきってることを聞かないで」
「寒い時期はコーヒーも美味しく感じるよ」
「飲めないっつーの! そんな泥水みたいなのよく飲めるわね」
のんびりした様子で言葉をつなぐ彼に対して、ライムはますますテンションを上げて怒りの矛先を向ける……どころか、矛先で何度も突き刺す。ウィルはなんとも感じていないようだが。
「コーヒーも寒いのも苦手かぁ。ライムも完璧じゃないんだね。スライムなのに」
「スライムの生態とか抜きにして、苦手なものは苦手なのよ。マルクが時々作るまずいケーキとかと同じ!」
マルクというのはウィルの弟子のことであり、居ないところで悪口を言われている彼のことをウィルは不憫に思った。
実際には、彼の作る紅茶ケーキは一部の層に絶大な人気を誇っている。ウィルもどちらかと言えば好きな味わいだ。
「まあまあ、怒るのはそれくらいにしてさ」
「何よ」
「そろそろクリスマスなんだよね」
まだ冬の話を続けようとするウィルに対してライムが机を叩いて立ち上がるかと思ったが、彼女は小さくため息をついただけだった。
「あれも毎年あるけど今ひとつよくわからないのよね……」
「えっ、何が」
「なんでお祝いするの? 異教の神の生誕とか」
「あー、そっち系の疑問ですか」
思いの外、知的な切り返しがきたことでウィルは感心していたのだが、
「……なーんか、メンドクサイ女だなーって思ってるでしょ」
「いやいやそんなことは決して!」
ウィルが慌てて否定するが、相変わらずライムは鋭い目で睨みつけていた。
(たまらないなー、この顔けっこう好きだったりして……)
顔色を変えずにウィルは心のなかで喜びまくっていた。
彼がライムに救いの手を差し伸べた理由も、いわゆる一目惚れという感情だった。
こんな綺麗な、自分好みの存在とは二度と出会えないかもしれない。
彼女が持つ孤独感や気高さもウィルは大好きだった。
それは出会ってから今まで一度も変わっていない気持ち。
まさかライムがスライム女王の娘だとは考えていなかったけれど。
「ちょっとウィル、私の話きいてるの?」
「あ、ああ……そうだなー。
もしもここにちっちゃい子供とか居ると気持ちがわかるかもね」
何気なく返したその言葉に、ライムは片方の眉を吊り上げた。
「アンタ、子供欲しいの?」
「えっ」
するとライムは飛び退くように椅子をずらしてウィルとの距離をとった。
「ま、まさか私を犯すつもりなんじゃ!?」
「おおっ、意外な反応だなー」
数秒間の沈黙。そしてまたライムは椅子を元の位置に戻す。
「ふん、あんまり動じないわね」
「そりゃあ……」
つまらなそうに自分の右頬をポリポリと指先でかいているライムを見て、ウィルがニヤニヤ笑う。ちょっとだけ彼女に勝った気分になる。
騙し合いも初めのうちはウィルの連敗だったが、流石に付き合いが長い。
「でも、ウィルとの間に子供は……」
「何人ほしい?」
「とりあえずふたり……って、違うわ! 全然ほしくないし!?」
あ、欲しいんだ……という面持ちでウィルがライムを見つめる。
その生暖かい視線に気づいて、ライムは小さく両肩を震わせ始めた。
「なかなか素直じゃないっていうか、頑固だね。いつもどおりだけど」
「ウィルが私に対して一言多いのも相変わらずね」
ライムが言い返した直後、静かにウィルが立ち上がった。
そっと優しくライムの肩に手をかけ、着ていたパジャマをわずかにずらす。
「ちょっ、何するのよ!」
「まだ朝だけど……ちょっとわからせてあげようか?」
「ふん、奇遇ね。私もアンタのアヘ顔を見たいと思っていたところよ!」
ライムのほうも彼につられた形で立ち上がり、お互いに言葉もなくピタリと体を重ねて抱き合った。
ウィルの体温を感じて少し気持ちが高ぶる。
ライムは顔を隠すように彼の肩に顎を乗せる。
ライムの体の感触を確かめるようにウィルが背中を撫でる。
すると今度は逆にウィルの気持ちが高ぶってしまう。
自分を落ち着けるためにウィルは彼女を強めに抱きしめる。
圧迫されると心が落ち着くのだ。
敵意はない、愛情はある。でも負けたくない。
そんな気持ちがお互いに整った時、二人はバトルファックでどちらの言い分が正しいのかを決めることにしていた。
この世界のスライムを倒す時、必ず氷結魔法を使う。
むしろそれしか通用しないと言い換えてもいい。
ゆえにハーフであるライムにもその手段は有効だ。
「くっ、なんかそれ……ムカつくんですけど!」
ウィルは指先の温度を低く保ちながらライムを愛撫し続けている。
急激な冷凍ではなく、ほどよく冷えた指先は彼女にとっても抗いがたい誘惑だった。
「さすがに知り尽くしてるっていうか……ライムって、ここが感じやすいんだよね」
なめらかにライムの背中のラインを人差し指でなぞりながら、ウィルは優しくささやく。
少し赤くなってきた耳たぶをコリコリと唇でついばみながら。
「はぅんっ!」
バトルファックにおいて、敵意のない素直な愛撫は回避不能だ。
ウィルはライムに対してそれができる唯一の存在と言っていい。
逆にライムはウィルに勝ちたい心が前に出てしまうので、一見すると激しい愛撫もウィルにとって耐えやすいものだった。
(たしかに気持ちいいんだけど、まだこれなら我慢できちゃうよね)
ライムの手はしっかりと粘液まみれになったまま彼の肉棒を掴んでいる。
しかしウィルへの責めは、今ひとつ精彩を欠いていた。
「くやしいっ、ウィルのドヤ顔とか本当にイヤ!」
「ふふっ、でも気持ちいいんだよね?」
ウィルが背中をなぞる指先の本数を増やし、空いている手のひらでライムのバストを愛撫し始める。
そっと転がすような手つきはライムを的確に喜ばせ、彼女はギュッと目をつむるしかなかった。
甘い刺激に耐えようと必死で歯を食いしばっている。
「~~~~~~~~っ!!」
「ライムのそういう表情好きだなぁ」
「こ、このっ!」
ウィルの煽りに我慢できず、ライムは強引に愛撫を振りほどく。
そして正面から彼に抱きついて唇を重ねた。
ちゅうううっ!!
それは苦し紛れのキスだったが、ライムの気持ちが明確に混じっていた。
(かわいい……こんなに一生懸命我慢してたんだね、ライム)
彼女のキスはウィルにとって効果てきめんだった。
ライムの熱い吐息を感じながら、細い腕が自分に抱きついてくる圧力がウィルにはたまらなく心地よい。
(好きだよ、ライム……ちゃんと抱いてあげる……)
高ぶった心で思わず抱きしめ返す。
自分の腰がじわりと溶け出すような気持ちよさをウィルは感じていた。
やがて脱力した彼の様子に気づいたライムは、少し心に余裕を取り戻した。
ゆらりと体を起こし、少し体を引く。
長い足を組み替えるようにしながら、そっと足の裏に粘液をにじませてペニスを弄び始める。
ヌチュウウッ!
「うああああっ!!」
いつの間にか大の字にされて、脚の間にライムが座り込んでいることに気づいたウィルが悲鳴を上げた。
視線を落とせばライムが得意そうな笑顔で自分の股間を踏み抜いている!?
「すっかり気持ちよくされちゃったけど、同じことが自分にも起きると想像できないわけ?」
ズリュズリュズリュ……ッ
「うあっ、あああああ、そんなに速くしないで!!」
「あはははっ! ねえウィル、今まで私に何度イかされた?」
ライムは問いかける。彼の両脚をしっかりと手のひらで押さえ、体重をかけながら。
「そ、そんなの……」
「クスッ、わかるはずないよねぇ? 呼吸するように射精してた時期もあったし」
答えられない彼に向かって足をなめらかに動かし続ける。
すっかりヌルヌルになったペニスをライムの美脚が蹂躙する。
「今日はどうされたい? 無言の場合はこのまま足コキ地獄ね」
足コキ地獄と聴いて、ウィルは本能的にゾッとする。
もともとライムと出会った時、徹底的に精液を抜き取られたのは足技だった。
(やっぱりきれいだ……あの足にはかなわない……)
責められ続けたら絶対に負ける。
さらに彼女は唇の技、キスやフェラも抜群にうまい。
それらの得意技で骨抜きにされたあとで本番行為に及ぶのが、実はウィルの好きなパターンだった。
「何も言わないんだね。これがいいのね……わかった♪」
「え……」
ライムの手のひらがしっかりと自分を固定していくのを感じながらウィルは我に返った。
「ぼ、僕はまだ何も……んああっ、あ、ああっ!」
大きく開かれた足の付根を犯すライムの淫技にウィルは悶絶した。
まるで電気あんまのようでいて、そうではない複雑で玄妙な動き。
「たっぷり刻みつけた足フェチ属性はなかなか治らないよね」
もはや体を捻っても逃げられない体勢だった。
弱点を知り尽くした相手だからこそ可能な動きとも言えた。
「抱きしめてから太ももで責めるか、見下したまま足の裏で終わらせるか……悩みどころね」
「!!!!」
ウィルの頭の中にライムの太もも責めが浮かび上がる。
正面から抱き合って、あの美しい太ももに捕らえられたら脱出不可能な上に魅了されてしまう……。
「うん、決めた。両方ね」
「そんなああああああああああああああっ!!」
言葉通りライムはウィルを拘束した。
すっかり脱力した彼にはそこから逃れるすべはない。
どぴゅうううっ!
「はい、まずは一発」
嬉しそうにほほえみながら足を組み替える。
腰を前後に振る動きから、ゆっくりと左右に円を描く動きに切り替える。
びゅるっ、どぷっ……
あっけなく連続射精させられたウィルは、頭の中が真っ白になりかけていた。
射精直後の無防備な意識に飛び込んでくるのがライムの美しい顔なのだからたまらない。
「続いて二発……うふふふふ、屈辱的ね?」
自分の技に夢中になって抵抗できなくなったウィルを見て、ライムも支配した心地よさと愛しさを感じていた。
「これはおまけ……♪」
ちゅう、ううぅぅ……
愛情がたっぷり乗った優しいキスのせいで、ウィルはまた射精してしまう。
ぴゅっ……
快感に力を奪われ、ウィルの手足がぱたりとベッドに落ちた。
勝負はついた。
しかしライムはそのまま彼を抱きしめたままじっとしていた。
(ウィルのイったあとの顔って、なかなかかわいいのよね……)
ニヤける顔を見られないポジションでライムは笑う。
勝利の余韻とともに、確かな愛情をライムは感じていた。
でもそれを自分から彼に向かって言うことは、おそらくないだろう。
そんな風に気を抜いているときのことだった。
「あっ――!」
ウィルの腕が本能的に彼女を抱きしめた。思わずドキッとしてしまう。
さらにその時、枕元にあったオルゴールに彼の手が触れてしまった。
「あっ、これ私の好きな曲……」
「じゃあこの曲が終わるまで、ライムのことを抱きしめていてあげるよ」
「うん……」
このときばかりはライムも素直に彼の言葉に従った。
余裕がなかった。
このオルゴールの曲は何年か前にウィルから送られた宝物だった。
それをライムは枕元においていたのだ。
少し照れくさいけど、それについてウィルから冷やかされたことはなかった。
それが今日に限って急に恥ずかしく感じてしまう。
ウィルと触れ合っている今、心を見透かされてしまうたようで。
「ねえ、アンタは負けたくせになんで命令してくるのよ、これじゃあ私のほうが……」
「いいじゃないか。
今日は僕が負けで、ライムの勝ちだよ」
ぎゅ……っ!
「ふあっ……」
ウィルの手がしっかりとライムの体を抱きしめてくる。
しかも髪をなでたり、背中を優しくさすってきたり……
それらは彼女が普段から求めてやまない愛撫の流れだった。
もしかしてこの男は、わざと自分に勝ちを譲ってくれたのではないかと疑い始めてしまう。
「ライム、いつも綺麗でいてくれてありがとう」
密着したままウィルがささやく。
今度こそライムは気持ちが抑えられなくなった。
今すぐキスしたい、ギュッと抱きしめ返したい、でもそれをしたら止まらなくなってしまう。
「ウィル……アンタのそういうところ、本当にずるいと思う」
「ふふっ、ごめん」
唸るように声を殺しながらライムが言葉を口にすると、ウィルのほうが折れてくれた。
悪びれずに謝るパートナーを組み敷きながら、ライムは自分がこの時間を楽しんでいることに気がついた。
(ずるいけど、私好き、よ……きっと、あなたのことが大好きでたまらないの……)
照れながらライムは手のひらで彼の目を隠す。
そして赤くなった顔を見られないように、今まで以上に慎重に唇を重ねた。
ふたりの気持ちが蕩けていく直前、
バーンッ!
いつの間にか明るくなっていた外の気配とともに、勢いよく部屋のドアが開いた。
「「パパー、ママー!」」
ライムによく似た赤い髪の少女と、紫がかった青い髪の少女が腰に手を当てて彼らの方を見つめている。
突然の事態にライムの思考が停止する。
目を隠していた手のひらがズルリと落ちたあと、ウィルも少女たちを見て呆然とした。
「これるようになったからあそびにきたよー!」
「あっ、チュッチュしてるのずるーい!!」
青い髪の美少女が二人を指して叫ぶ。
「「ええええええーーーーーーーーっ!?」」
シーツで身を隠しながら、ウィルもライムも突然の訪問者に困惑するばかりだった
「この曲が終わるまで」(了)