『初めての単独任務』





 これはかつて、ウィルとライムが出会ったばかりの頃の話。

 二人が食事をしていた午後、ハンター協会からの使いがやってきた。
 久しぶりの金封筒、Aランク依頼を示すゴールドカードだった。

「協会会長のご子息が護衛を依頼?」

 せっかくこんな遠くまで来てくれた協会の使いにお茶を出してから、ウィルは手渡された封筒を開けて中を読んだ。
 依頼内容自体は凡庸とも受け取れる内容だった。

 新たに見つかった鉱山の地質調査……そこへ会長の息子が向かうという。
 ただひとつ特記事項としてライムが指名されていたのだ。

「つまり僕は不要で、ライムだけが同行しろと?」
「いえそういうわけでは……」
「あー、僕は別にいいんです。でもね、いや、なんといいますか……」

 言葉を濁しながらチラリとライムの方を見る。
 彼女はつまらなそうな顔で紅茶ケーキをつついていた。

「私なら構わないわよ」

 そっけない返事だが拒否ではない。
 機嫌は良くないだろうが別にどうでもいいといった心境なのだろう。
 最近ウィルもようやくライムの性格がわかってきたところだ。

「ライム……頼めるか?」
「その役目を請け負えばいくらか稼ぎになるんでしょ」
「それはそうだけど、お金の心配なんかしないでいいんだよ」

 ウィルの言葉が終わると同時に、パクリと残りのケーキを口に入れてから彼女は立ち上がった。
 一つに束ねた真紅の髪がフワリと揺れ、どこか物憂げな紫の瞳がウィルを見据える。

「引き受けるわ」

「おおっ、助かります!」

 ウィルよりも先に使いのものが声を上げた。
 彼も事前に聞かされていたのだろう。
 依頼相手のスライムバスター・ウィルはともかく、その従者(協会内でライムは捕虜扱いなのだ)は気性が荒く、なかなか首を縦に振らないであろうと。

 だが言質はとれた。これで彼も面目が立つ。
 長居は無用とばかりに、使いの者はさっさと引き上げていった。

 しかし、一番驚いていたのはウィルだった。

「本当にいいのかい?」
「いい女に二言はないわ」
「自分でいい女って言った……」
「おだまり。貰った報酬で美味しいものでも食べに行きましょ。たまには御馳走してあげるわ」

 少しの戸惑いと不思議な気持ちが半分ずつ混じった眼差しで、ウィルはひらひらと手を振りながら部屋の奥へ向かうライムの背中を見守っていた。







 その数時間後。

「やった! でかしたぞ、マルヴィス」
「お褒めいただき光栄です」

 ハンター協会の会長宅ともなればそれなりに大きい敷地なのだが、それでも外の通行人に聞こえるくらいの声量で一人の青年が喜んでいた。かなり恥ずかしいガッツポーズまで決めて。

 青年の名はギャラックといった。ハンター協会会長の息子である。
 表向きの職業は地質学者であり鉱山の調査を主な生業とする……放蕩息子。

 自由奔放どころか自分勝手な愚息に会長も頭を悩ませていたが、日々の激務のせいもあって息子の世話は執事のマルヴィスに任せきりだった。

 そして今日もまた問題発言が執事を悩ませる。

「じつはあのスライムと一晩過ごしてみたかったんだよ」
「は?」

「あの罪人、ライムっていったっけ? すげーキレイじゃん!
 真っ赤な髪で、気が強そうで、スタイル抜群によくてさ~」
「いえ、ギャラック様。南方地方視察における護衛の依頼だったのでは?」

「そんなの口実さ。正式な依頼なら、堅物で有名なスライムバスターといえども協会トップの息子である僕の言うことを聞かざるを得ないだろう?」
「契約違反で訴えられる可能性もありますが……」

 始めからわかっていた。でも口に出してほしくなかった。
 執事・マルヴィスは言葉を選びながらギャラックを戒めるのだが……

「あー、そういうのはお前がもみ消しておけよ!」

 またこれだ。ギャラック坊っちゃんの悪い癖が出た。
 この息子はともかくご主人さまには恩がある。

 なんとか自分がうまくまとめなければ。
 マルヴィスは頭を下げながら部屋を出て、大きな溜息を吐いた。







 そして出発の日。

 護衛としてライムは装備を整え、ハンター協会の会長宅に向かう。
 大邸宅の前に停めてある複数の場所のうちのひとつに乗り込む。

 指定された馬車の中にいたのは自分と同じような傭兵ではなく、戦闘にはおよそ不向きな様子の青年一人。どうやら彼が会長の息子らしいとすぐにライムは感じ取る。

(なんかイヤなかんじ……)

 狭い場所の中で自分のことをジロジロと見つめているのがわかる。
 視線を合わせようとしたらスッとそらされる。

 しばらくは様子見に徹していたライムだが、やがて静かに口を開いた。

「何か気になることでもありますか」

「いや、そばで見ると綺麗だなーと思ってね」

 素直に喜べなかった。褒め言葉としても変態的。
 初対面の女性に対してもう少しいい方を選ぶべきだとライムは思った。
 それ以前に馴れ馴れしいのが気になるし、さっきよりも遠慮なく胸元や脚を眺めてくるのが気に入らない。

「はぁ」

 ライムは自分が思い描いた不快感を吐き捨てるように小さくため息をこぼす。

「お前、人間の言葉はわかるんだよね」
「はい」
「スライムの世界ってどうなってんの? みんな溶けてるの?」
「……」

 ギャラックは相手が気分を害するような言葉をいくつも投げかけてくる。

 まるで自分の好きな子に悪口を言うような感覚。
 なんとかしてライムに取り入ろうとする下心が丸見えだった。

「私は与えられた役目を果たすだけです」

 それ以降ライムは目を閉じて彼との会話を打ち切り、護衛任務に集中するために意識を馬車の外へ向けた。


 途中で何度かの休憩を取りながらギャラック一行は調査地へと向かう。

 目的の場所は目で見えているものの遠く感じた。
 いくつかの川を超え、林を抜けて南へ向かう。

 そして日が暮れ出す頃、馬車は完全に止まった。

「どうやら着いたようだぞ」

 ライムが外を窺うと大きめの家が見える。
 聞けば会長の別荘だという。
 ここが宿となる場所なのだろう。

 とにかく道中の護衛は問題なく終わった。

「これで任務完了ですか」
「待ちなよ。僕が館内で襲われる可能性だってあるだろう?」

 ギャラックはライムの声を久しぶりに聞いて嬉しそうだった。
 さりげなく手を握られているのは気持ち悪いが、今は無視した。

「たしかにありますね」
「だろう? 護衛任務は続行だ」

 ライムは頷いて彼より先に馬車を降りようとした。
 賊がいないかどうか依頼人より先に確認するのは当然の務めだ。

 しかしギャラックは自分が先に外へ出てしまう。
 そしてうやうやしくお辞儀しながらライムに手を差し出した。

「ここからは僕がエスコートするよ!」
「けっこうです」

 ライムは彼の手に触れずに外へ降り立ち、周囲を警戒した。


 そのあともライムは彼に呼ばれ、荷物運びやその他の雑務を全て任された。

「そろそろ夜になりますが」
「ああ、警備は続行だ。もっと近くへ来てくれないか」

 ギャラックはすでに酒が回っているようだ。

(私を酒場の女と勘違いしてるのかしら……)

 ライムは猛烈なストレスを感じながら表情だけはクールに仕事をこなす。
 慣れない給仕の役までやらされた。もううんざりだった。


「これが最後の命令だ。今夜は僕と一緒に寝るんだ」

 さすがにこれは従えない。
 ライムは冷徹な視線を容赦なくギャラックに突き刺した。

「……何を言ってるの?」

 今まで上機嫌だった彼も流石に目の前の女性の変化に気づいたのか、急にガタガタ震えだした。

(な、なんだこれ、悪寒……い、いや殺気? おかしい、なんで僕が)

 ふと、協会の会長である父から聞かされていたことを急に思い出す。

『良いか、あのライムというスライムの見た目に惑わされてはいかん。あやつはSランク指定されてもおかしくないほどの――』

 つまり、安易に触れてはならぬ存在。

 珍しく厳命する父の話を適当に聞き流していた。

 ギャラックは、彼女が捕虜の身であり自分に害なす存在ではないと思いこんでいた。

 裁判の時に一度だけ見かけたライムの美貌に目がくらみ、大切なことを完全に忘れ去っていたのだ。

「お前っ! ぼ、僕に逆らうつもりか!
 依頼に失敗するとどうなるかわかってるのか」
「わかんないわよ」

 ライムはちらりと窓の外を見た。

「あのウィルとか言う、スライムバスターが処分されることになるぞ!」
「なんで?」

 スライムバスターという単語が彼の口から出てきたので、再び視線をギャラックに戻した。

「なんでそこにウィルの名前が出てくるわけ」
「あっ、いや……」

 ギャラックの背中に冷たい汗が流れる。冗談抜きで殺されそうな勢いだ。
 手のひらを上に向けるようにして、ライムは先端に緑色の粘液をまとった白い指をギャラックへ向けた。

「護衛の任務とか言いながら私と二人きりになろうなんて魂胆は最初からお見通しだったけど」

 ライムの指先の粘液が膨れ上がる。
 ギャラックはそれを怯えながら見つけていたが、

「じゃあなぜ……」

「それは、アンタに関係ないことよ!」

 さらに急激に膨らんだ粘液がパチンと弾けた。
 粘液のしずくはさらに大きく広がり、ギャラックを包み込んで背中に薄い硬化膜を形成する。

 その直後、窓の外から十数本の矢が打ち込まれた。



 依頼人を守ることには成功したものの、狙いをそれた矢が照明を撃ち抜いて室内に闇が広がった。

「じっとしてなさい」

 ライムは彼の肩を押し下げ、身を低くさせた。


 破壊された窓から数名の黒装束を着た盗賊たちが現れた!

「な、なんだよこいつらは……!」
「気づかなかったの? ずっと尾行されていたのに」

 およそ3つ目の川を越えた辺りから、ライムは馬車の小窓から索敵用のスライムのしずくを落としていた。
 それは点々と、一定距離を保つ線上の罠。
 性質上相手を攻撃することはできないが、ライムに情報を伝えることはできた。

「知っていたのに、僕に教えなかったのか!」
「教えたところでアンタには無意味でしょッ」

ガシッ!

「あ……がぁ……」

 闇の中、短剣を振りかざし飛びかかっていた賊の顔面をライムの掌底が撃ち抜いた。


「依頼はきっちりこなすわよ。私と、ウィルのために!」

 ギャラックは闇に紛れて発せられる男たちの断末魔を数回聞かされた。

「ヒッ!!」

 自分には全く見えない闇の中でライムは舞うように男たちを殲滅していた。



「ま、こんなところかしら」

 ライムは襲いかかってきた賊を全員縛り上げ、地下牢へ放り込んできた。
 戻った頃には破壊された照明の代わりにろうそくが灯され、安堵した表情のギャラックが薄明かりのなかで微笑んでいた。

「助かったよ。そしてますます気に入った! ぜひ俺の専属――」
「少しだまりなさい」

ビッ……

「!?」

 ライムが向けた指先から、小さなスライムのしずくが放たれた。
 そのままギャラックの口の中へ入り、口内の大きさに合わせて膨らむ。

「あたしは強い男が好きなの。
 少なくとも自分の身は自分で守れるくらいの強さがないと
 相手を異性としてみることはできない」

 本音を言うなら自分を倒すほどの相手でないとライム自身は全く感じないのだが、目の前で言葉を封じられている間抜けな男に告げたところで伝わるまい。

「うーーーっ、んうううううっ!!」
「痛くしてないんだから、いちいち鳴かない。近所迷惑でしょ」

 先程と同じくスライムのしずくを彼の手足に付着させ、形状を変えて拘束具代わりにした。
 今は4つの大きなリングが彼の手足から自由を奪っている。

(僕を、どうするつもりだ……ぁ!)

 悲しげに訴える依頼主の視線を感じたライムは、少しおどけた様子でウィンクした。

「ここからはサービス。最小限の労力で弱いアンタの願いを叶えてあげようと思ってね」
パチン♪

 ライムが指を鳴らすと、彼の手足を拘束するスライムが変化した。

 それぞれが薄く透き通るくらいほどではあるが、ライムそっくりの姿をしていた。

 四体のライムに囲まれたギャラックは、信じられないと言った表情で全員を見比べていた。

「一晩経ったら消える夢をあげる。それでいいでしょ」

 ライムの言葉を合図に分身たちが動き出す。
 声を発することはできないが、ライムと同じ質感を持った極上のスライムたち。

 いつの間にか口の中を占領していたスライムが消えていた。

「う、あぁ、ま、まって、こんなの、ちが……」

チュウウウゥゥ!

「んむううううううううっ!?」

 一体目が素早くギャラックの唇を奪い、その間に左右の半身に二体目と三体目が絡みついた。
 言葉を発する自由を取り戻した彼を再び黙らせるキスと、すべすべの手のひらによって胸板や腰、脇腹やお尻などを徹底的に愛撫された。

(きもちいいっ、これは、すごいいいいいい!)

 コクンコクンと粘液を飲まされる彼の背筋をスライムの指先が這い回る。
 ぞわぞわと腰から脳へ駆け上がってくる快感。

(きもちいい、おいしい、僕、かんじまくってる……)

 無限増殖が可能なライムの分身たちは、体内からも彼を喜ばせにかかっていた。

 全身をスライムに包まれて犯されるのと同じように、ギャラックはもう彼女たちから逃げることができない。

 この時点で彼は身動きが取れないというのに、最後の四体目は彼の背中に回り、引き倒すようにしてベッドへと誘った。

 大の字にされた彼のそばではあい変わらずライムの分身たちが微笑んでいる。

(幸せだ、このライムたち、ぜんぶ僕のものだあああぁぁ!)

 ギャラックは自分にやってくるであろう快楽漬けの一夜を期待してしまう。

 それが自分の想像を超えるようなものであるとも知らずに。



 翌日。

「あ、あああぁぁ、ライム様ぁ……!」

 分身たちが消えた後もギャラックはベッドで幸せな夢にうなされていた。

 ライムは彼の護衛を他の傭兵たちに任せて帰路についた。

 昨夜あれだけの働きをしたのだ。
 もう自分はお役御免でいいだろうと考えたのだ。

 それよりも依頼人の変化に他の従者たちは驚いていた。
 言動から横暴さが消えてすっかりおとなしくなったのだから。

 手足にはめ込まれた半透明のリングだけがその真実を知っていた。





「ただいまー」
「あれっ、おかえり」

 帰宅したライムは何も言わずにウィルに抱きついた。

 肉体は傷ついてなさそうだが、どこかひどく疲れた様子の彼女をウィルが優しく受け止める。

(少しは頼ってもらえてるのかな……?)

 想定よりもずいぶん早い帰りだと最初に思った。
 なにか事情があって途中で投げ出したとしても責める気はない。
 ウィルにとっては彼女が戻ってきてくれたことが嬉しいのだから。

 それからしばらくして、ライムが落ち着いてきた頃合いで彼はおやつの準備を始めた。
 覚えたてのレシピで作ってみた手作りアイスを勧めながら尋ねてみる。

「ライム」
「んー」
「あの依頼はどうだった?」


 ウィルに問われ、数秒間ほど考えてからライムは答えた。

「とても退屈だったわ……」

 そして、ちょっと溶けかけのアイスクリームを口へ運びながら溜息を吐いた。





初めての単独任務 (了)














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