『ライムの夏 ~これからも~』 スライムバスター 番外編



 その日、ライムは物思いにふけっていた。
 他の人格(ミリアなど)が表に出ているのだと思ってウィルはしばらく放置していたがそうではないらしい。

「ウィルって海が好きよね。扱う魔法属性のせいなのかしら」

 飲んでいた紅茶をソーサーに戻しながら彼女がつぶやいた。
 最近はこの緑色のカップがお気に入りらしい。
 注がれているのは相変わらずアールグレイだが。

(僕が海を好きなのを覚えていてくれたんだね)

 彼は小さく笑いながら彼女を見る。

「……何よ」

「キミが時々不思議なことを聞いてくるのがおかしくて」

 ごまかすように返すと彼女はぷくっと頬をふくらませる。
 こんな些細なことで最近は嬉しくなってしまう。

「えっと……考えたことなかったなぁ。もしかしてライムは嫌いなのかい?」

「ううん、好き」

 ふっと表情が緩む。



 いい顔をするなぁと感じながらウィルは彼女の水着姿を思い出す。

 ずっと一緒にいるけど今でも見惚れてしまう。

 隣にいるのが平凡な自分で申し訳ないと思いつつ、ウィルは今年も彼女と一緒に海へ行きたいと考えていた。

 ふと彼女の顔や腕をじっと見る。
 透き通る一歩手前の透明感を維持している真っ白な美肌。

「海に行っても大丈夫そうだよね。最初はどうなることかと思ったけど」

「は?」

「だってほらスライムって液状化するじゃないか」

 ライムは人間とのハーフだから大丈夫だろうとわかっていても心配はあった。
 このきれいな肌が太陽で焼けただれてしまうところは見たくないし、それ以上に彼女が苦しむようなことはしたくない。

 だがそんな彼の気持ちなど気にした様子もなくライムは自分の腕を撫でながら返してくる。

「あー、熱の影響ってことね。たしかに暑いけど寒いよりマシだわ……」

 そしてブルルッと首筋や肩を震わせてみせた。

(冬場のライムも可愛いんだけどね。小さくなって震えてる姿が特に)

 ニヤニヤしながらそんな事を考えてしまう。
 もっとも、ウィルは表情に変化が乏しいので彼女に悟られることはない。

 自分と違って表情がコロコロ変わるのも彼女の魅力だとウィルは感じていた。

「今年も行けるといいね」

「ん」

 彼の言葉にライムは小さく笑い、再び紅茶の入ったカップを手に取る。
 一緒に過ごしてわかったことの一つだが彼女は温かい飲み物を通年好む。

 そしてコーヒーよりも紅茶が好きなので、ウィルは自分のものとは別に彼女のために用意する。
 時々コーヒーに挑戦することもあるがライムは結局残してしまう。
 もったいないので彼がそれを処理するので何も問題なかった。

「穏やかになったライムも好きだよ」

「な、何よ急に!?」

 彼の言葉にびっくりしたように顔を赤くするライム。

「ふふふ」

 たった一言にきちんと反応してくれるライムのことが愛しくてたまらなくなり、ウィルが口元を緩めると、馬鹿にされてると勘違いしたのか彼女の表情が険しくなった。

「最近アンタ、あたしを甘く見てない……」

 もともと気位が高いライムはそういった感情に敏感だ。

 一緒にハンター教会へ足を運んだ時も何回か行き違いがあった。
 それ故に思い違いも多いので、都度ウィルが修正していく必要があった。

(これはきっと自分のことを恐れていない僕に対する不満かなぁ)

 自分より上に立っていたい気持ちもあるだろう。それ以上に不安もあるということを彼は見抜いている。
 ライムは素直な感情表現が不得意なので逆張りするとだいたい当たるのだ。

「甘やかされるのは嫌かい」

「そうじゃなくって! わ、私は未だ罪人扱いなのよ」

 やっぱりそれか。ウィルの予想は的中した。

「一応気にしてるんだね」

「当たり前じゃない。レベッカ様の指示とは言えあんなことしちゃって」

 しょんぼりした彼女を励ますようにウィルは言う。

「じゃあ神殿に謝りに行ってみる?」

「うぅ~ん……むむむむ……」

 こう言えば彼女が悩むのもわかっていた。
 ぼんやりしたふりをして、ウィルも大概いたずら好きである。

(でもそろそろ教えといてあげないとあとが怖くなるから……)

 そこでウィルは彼女に伏せていた事実を告げようとした。

「あのねライム」

「行きましょ。許してくれないとは思うけど!」

 意を決したように彼女は立ち上がり、口元をキュッと結んで彼を見る。

 あ、これはだめだ……とウィルが慌ててももう遅い。
 ライムは謝罪モードに入っている。

「いや、話を」

「今から行ける? 付いてきてくれるよねウィル」

 やっぱり行くんだ……彼は大きなため息を吐いた。

「あー……まあ、いいよ」
「よしっ、善へ急げってやつね!」

 ライムに腕を引っ張られたウィルは、あまりの強さに腕が抜けるのではないかと自分の体を心配した。


 そして神殿に行くと、不意の訪問にも関わらず神官長のミサが二人を暖かく迎えてくれた。

 緊張した表情で神官長の部屋に通され、彼女をじっと見つめるライム。

「ウィルさんとライムさん、お久しぶりですね」

「すみません急に来ちゃって」

「いえいえ、なにか大切な相談ごとがあるのですよね」

 ミサが穏やかに尋ねてくると、ウィルより先に前のめりになってライムが口を開く。

「し、しんかんちょうさまっ このたびは申し訳なく――」

「あらあら?」

 神妙な顔でライムが懺悔し始める。
 ミサはしばらく黙って彼女の言葉を聞いてから、頷きながらこう告げた。

「その件ですが、先日ウィルさんにお伝えしたとおりですので」

「は?」

 ライムの罪は既に清算されていた。
 正式な通知文書をウィルに手渡したという。

 だからもう気にすることはない……とミサが言った瞬間、

「アンタねええええええぇぇぇーー!」

 ウィルは思い切り平手打ちされた。


(了)


スライムバスター20周年記念。
卯月ことね氏がイメージイラストを描いてくれました。
いつもありがとう。















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