激戦で勝利を収めたウィルは、自らに回復魔法をかけつつ一息ついていた。
「おなかの中があなたでいっぱい……熱いですわ」
「僕だって体中がまだルシェにくすぐられているみたいだよ」
ルシェはしばらく身動きもできず、ただうっとりとウィルを見つめていた。
セックスバトルにおいて余韻を楽しめるのは自分が勝利したときだけだと思っていた。
約束どおりウィルはルシェを消滅させずに膣内射精した。
彼女にとっては屈辱的な敗戦のはずなのになぜか心が軽かった。
「ありがとう……」
自然に顔が赤く染まるルシェ。
こんな気持ちは初めてだった。
細い指先でウィルの大きな背中に「の」の字を書いてみる。
「い、今は敏感なんだからいじるなよ、ルシェ」
自らの性感をコントロールできる彼でも、敵意のない女性からの愛撫には逆らえない。
振り返った彼の笑顔はさっきよりも優しかった。
ウィルはルシェと戯れながら自らを回復させつつ、強制的に休息を取らせていたマルクの回復状態を見た。
「ふむ、だいじょうぶ……かな?」
癒しの魔力に包まれながら眠る彼の穏やかな顔を確認すると一息ついた。
目が覚めたときにそばにルシェがいたらさぞかしびっくりすることだろう。
マルクにとっては「敵は倒すもの」という感覚が抜け切れていないのだから。
「そういえばライムはどうなったのかな」
ウィルは先ほど彼女が出て行ったほうを見つめた。
重厚な両開きの扉が少しだけ開いたままになっていた。
「あの先が淫女王の部屋なの?」
「いいえ、私の部屋です。女王様の部屋はその上にありますの」
ルシェは素直に答えた。
それにしてもライムは女王に何を話に行ったのだろう?
ウィルが思案を重ねていると、両開きの扉が勢いよく開いた!
「女王に勝ったわよ! あら、ルシェ。あんたまだ生きてたの?」
扉の向こうからウィルにとって聞きなれた女性の声がした。
興奮しているのかいつもより声が大きい。
片手にキラキラと輝く何かを持ったライムが戻ってきた。
「ええええっ、ライム! 淫女王を倒してきたのか!?」
さすがに驚くウィルとルシェ。
なにもそこまでやらなくても、といいかけたときライムがその問いに答えた。
「ち、ちがうわよ! いくら私でも女王様を倒せるわけ無いじゃない」
「じゃあ何に勝ったのさ?」
「賭けよ!」
ライムはウィルたちのほうへ歩きながら、手にしているものを見せ付けるかのように高く掲げた。
近くに来てそれが何であるかを理解したルシェが驚きの声を上げた。
「それはブルーティアラですか!!」
「そうよ。淫女王の証であり、粘体制御の魔力が秘められたスライム界の秘宝。これを借りてきたの」
ブルーティアラは歴代の女王に受け継がれていくもの。
これを持つものだけがスライムの世界の支配者といえる代物だ。
「女王様がそれを貸し出すなどありえない……」
「うん。だからこそ賭けをしたの」
驚くルシェに向かってライムが解説を始めた。
「いったいどんな賭けを??」
「シンプルなことよ。ウィルが勝つか、ルシェが勝つか、ただそれだけ」
女王は腹心の部下・ルシェの勝ちを信じて疑わなかった。ライムはウィルの勝ちに賭けた。
その結果、ライムが勝ったというわけだ。
「とにかく今は急ぐの。時間が無いわ。さあ、はじめるわよ」
ライムがティアラをかぶると、ティアラに装飾されている宝珠が青から赤に変わった。
ウィルの目には、まるでライムの全魔力がティアラに吸い取られたように見えた。
周囲にキイーンという音が連続して鳴り響く。カクンとひざが折れそうになるライム。
「思ったよりきついわね。ウィル、マルクを叩き起こして」
ライムに言われるままにウィルはマルクを目覚めさせた。ぼんやりとした目で周囲を見回すマルク。
「師匠おはようございます。うわっ、ルシェがまだ!!」
「ああ、もういいんだ。戦いは終わったんだよ。それよりも……」
ウィルはライムのほうを見ると、アイコンタクトでライムの意思を確認した。
「マルクの手の中にある『心』を僕に預けてくれないか」
彼の手の中にあるのは『リィナの心』だ。
消滅寸前のスライムが心を許した者に最期の意志を託すスーパーレアアイテム。
マルクは大事に握り締めていたそれを師匠に手渡した。
その様子を見届けたライムはルシェに向かってこう言った。
「ルシェ! あなたの分身をひとつ出して!!」
「なんですか、ライム。私に命令しないで」
ルシェはプイッと顔を横に向けた。
彼女は女王以外の者から命令されることには慣れていない。
しかしその視線の先には、たまたまウィルがいた。
(ああっ、ウィルさま……)
顔色は変えずに胸を高鳴らせてウィルを見つめるルシェ。
ジーっと彼を見つめていると、両手を合わせてウィルが「おねがい」してきた。
「しょ、しょうがないですわね。ほらっ!」
ルシェはしぶしぶ背中から分身を出してライムのほうへと向かわせた。
「あたしの魔力じゃそんなにかぶってられないのよ、このティアラ。グズグズしないでよ! じゃあいくわよ、粘・体・再・生 !!!」
どうやらブルーティアラをかぶっているだけで大量の魔力を消費するらしい。
そこへライムはありったけの魔力をティアラに注いだ。
赤い宝珠から光があふれてルシェの分身を包み込んだ。
「ウィル、『リィナの心』をその中に入れて!」
真っ赤に輝くルシェの分身はまるで女性の形をした溶岩みたいだった。
ウィルはライムに言われたとおりにその中へ『心』を放り込んだ。
分身を包む光がさらに輝きを増して部屋中を照らし出す。
「最後の仕上げはマルク! あなたの力が必要よ!!」
いきなり指名された彼はびくっと体を震わせた。
何をどうすればいいのかわからない!?
■
「その赤い粘体に触れてリィナのことを思い出して。この中で最後までリィナのことを想っていたのはあなたなのだから」
ルシェの作り出した高密度の淫気を含む分身をベースに、リィナの心を融合させる。
これがブルーティアラの効力だ。
そしてさらにリィナを良く知るものの記憶があれば……
マルクは恐る恐る光り輝く粘体に手を置いた。思っていたほどの熱さや衝撃は無かった。
むしろ心地よい。まるでリィナを抱きしめているような気持ちだ。
(リィナさん、もう一度僕の前に!!)
マルクは両手を粘体の肩に当たる部分においた。そしてリィナと過ごした日々を思い出した。
初めて会った日のこと、毎日の特訓、海辺での事件……
マルクの長所を丁寧に引き出してくれたのはリィナだった。
そんな彼女にひそかにマルクが思いを寄せていたのも当然な成り行きだった。
(リィナさん、もう一度会えたら言いたいことがあるんです。だから…………だから!!)
マルクは無意識に涙を流していた。
純粋にリィナのことを思えば思うほど、胸が苦しくなってくる。
ルシェに操られた彼女を倒してしまったときの、最期の言葉を思い出す。
『ごめんね、マルクくん……』
ぶんぶんと首を横に振る。熱を帯びた粘体を抱きしめながら。
(悪いのは僕です。リィナさん、戻ってきて!!)
初めは真っ赤に輝いていた念体が真っ白な光を放ち始めた。
周りにいるウィルやルシェが目を覆うほどのまぶしさだ。
その中心にいるマルクの思いが頂点に達したとき、周囲を照らしていた光が徐々に収まっていった。
「も、もうダメ……」
ブルーティアラの宝珠の輝きも徐々に弱くなり、色も元の青に変化した。
平常時に戻ったティアラは、キイーンと高い音を数回発してから持ち主の下へ飛び去っていった。
全魔力を使い果たしたライムが崩れ落ちそうになるのをウィルが受け止めた。
そして彼女をいたわるように回復魔法をかける。ライムの命に別状はない。
無事を確認したウィルが視線を戻すと、そこにはマルクに抱きしめられたリィナの姿があった。
「ほえっ、マルク……くん? やだっ! あたしハダカっ!?」
きょとんとした表情で目をパチパチさせるリィナ。
さっきまでとは違う確実な手ごたえを感じたマルクは慌ててリィナの顔を見た。
つややかな明るい色の髪、少したれ目の大きな瞳、可愛らしい唇、柔らかで大きめの胸……
「リィナさん! やった! 戻ってくれたんだね!!」
マルクは興奮して再び彼女を抱きしめた。思わず腕に力がこもる。
「ふぎゅう~~、苦しいよマルクくん」
リィナは彼の背中をポンポンと叩いた。
窒息死直前で彼の腕から解放されたリィナは周囲を見て驚く。
「あー、ウィルさんがいるー!? ルシェさまとライムお姉さまも?? いったいどういうオールスターなのぉ???」
順を追ってマルクが状況説明をした。
はじめはフンフンと聞いていたリィナだったが、自分が一度死んだことにはさすがにショックだったらしい。
「あ、あたし一度死んじゃったんですかぁ……」
「しかもマルクに倒されたのよ、あなた」
それを聞いてなぜかさらに落ち込むリィナ。
少し回復したライムが言った。
どうやら彼女は体より先に口から調子が戻っていくらしい。
「そ、それは言わないでください……」
「でもほら、元に戻ったからいいんじゃない?」
ルシェとの死闘を演じたとは思えない軽さでウィルが口を挟んだ。
とりあえずリィナが生き返ったことでウィルたちが明るさを取り戻したことだけは確かなようだ。
「ところで僕が負けたらどうなってたわけ?」
腕の中でぐったり気味のライムに問いかけるウィル。
「特に考えてなかったけど、あたしスライム界に逆戻り。そして一生ただ働き」
サラリと凄いことを言いのける彼女を見て、ルシェがさらに問いかける。
彼女はまるで尊敬のまなざしでライムのことを見ていた。
「そこまでウィル様のことを信じてたの? ライム」
「まあ、勝つためのヒントもあげたし。簡単に負けはしないと思ってたわ。万が一負けたら、ルシェより先に目いっぱい犯しつくしてたけどね」
なんだかんだ言いつつライムはウィルを信頼していた。
「自分の愛した男が自分以外に負けることは許されない」という彼女独特の理屈もあるわけだが……
話をしながらライムはウィルの腕からすり抜けた。
さすがに回復が早い。もう立ち上がれるようだ。
「とにかく良かったじゃない。みんな無事だしさ! ははっ」
「ホントにマイペースよね、あなた……」
ウィルを見つめながらライムはため息をついた。
ウィルとマルクがリィナの復活を喜んでいる最中、ライムはルシェの腕をぐいっと引っ張った。
二人は部屋の隅にいって内緒話をしていた。
(ルシェ、あんたさっき「ウィル様」って言ったよね…? まさか彼に惚れたの!? 絶対渡さないわよっ!)
普段はクールなライムが口を尖らせている。
困惑と動揺を隠せないといった表情でルシェに語りかけている。
その様子はルシェを楽しませた。
ルシェがしばらくみないうちにライムは表情が豊かになっていた。
「さぁ? どうでしょう」
いたずらな瞳でライムに返事をするルシェ。
それからクルリと背を向けてウィルたちのほうを見た。
「ちょ、ちょっとぉ!! ダメって言ったらダメなの!!」
ライムより先にウィルに出会っていたなら、きっと自分もライムのように彼を好きになっていたかもしれない。ルシェはライムのことをうらやましく思った。
(相変わらず欲張りですねライム。でも今回だけは身を引いてあげますわ)
淫女王と命をかけて取引するほどの度胸は自分にはない。
ルシェはもう一度ライムのほうを向いた。
「ウィル様とお幸せにね」
「あー! また言ってる! ちょっとルシェ!!」
にっこりと上品に微笑みながらルシェは自分の部屋へ戻っていった。
後年、ルシェは仲魔たちからウィルについて聞かれたときにはこう答えている。
「彼はスライムバスターというよりはスライムマスター。あの優しさで責められたら女王様でさえ勝てないかもしれない」
■
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晴れ渡る夏空の下、リィナとマルクは近所の森を抜けた公園に遊びに来ていた。
さわやかな天気とは対照的な荒れ模様のリィナを慰めるためにマルクは苦心していた。
「だってしょうがないさ、師匠にはライムさんがいるんだから」
「そんなのわかってるのぉ!」
彼の言葉に真っ赤になって反論するリィナ。
ここにきてからすでに何回もこのやり取りを繰り返している。
(はぁ……)
マルクは今日何度目かのため息を吐いた。
「ぶー! リィナがこんなに猛烈にアタックしてるのにウィルさんてば冷たすぎですぅ!!」
自分の隣で頬をパンパンに膨らませるリィナを見て、マルクは自分の師であるウィルのことを不憫に思った。
もともと女性からの願い事を断りきれない性格のウィルである。
可愛らしいリィナの言うことならなおさら断れない。
そんな師匠が困り果ててるのを見かねたマルクはリィナの説得役を買って出た。
しかし状況は一向に好転しない。
「リィナを二番目の奥さんにしてくださいって言ってるだけなのに、こんなに断り続けるなんておかしすぎますぅ!」
聞けば昨日の夜、彼女はウィルに向かって(数回目の?)告白をしたそうである。
しかしウィルは告白を聞いた瞬間にしどろもどろになりながらも断りの意思表示をしたらしい。
彼女が純粋に彼を慕う気持ちもわからないでもない。
一度ならず二度までも自分の命を助けてくれた異性にすべてをささげたいというリィナの気持ちは純粋だ。
しかし、純粋であろうと無かろうとリィナが言い寄ってくるたびに、ウィルはその夜ライムから厳しい追及を受け続けるのだ。
(師匠とライムさんのためにも、ここはひとつ僕が何とかします!)
マルクは心の中で何度目かの誓いを立てた。
そして今度こそはと思い切ってリィナに向かって語りかけた。
「リィナさんちょっといいですか!」
「なぁに? マルクくん」
マルクはリィナの正面に回りこんだ。
そしてまっすぐに彼女を見つめながらこういった。
「リィナさんが師匠に好意を抱くのはわかります。でも、師匠にも大事な人はいるんです」
「もうっ! またライムお姉さまのことをいうつもりなのぉ?」
「そうじゃないです! 聞いてください」
マルクは一呼吸置いてから、リィナの目をじっと見つめた。
彼女のトロンとした大きな瞳の中には自分の姿が写っていた。
「じつは師匠と同じように、僕にも大事に思っている人がいます」
「ほええっ!? 誰のこと? 誰っ???」
彼を見つめるリィナの目が突然キラキラと輝く。
年頃の女の子が恋愛話に夢中なのは人間も淫魔もスライムも共通のようだ。
言葉を一つ一つ選びながら慎重にマルクは語り続ける。
リィナも彼の気迫に押されて今回だけはおとなしく聞き入っていた。
「今まで言えなかったけど、僕の大事な人はあなたです。師匠の二番目の奥さんじゃなくて、僕の一番の人になってください。お願いします!」
言い終わるや否や深々と頭を下げるマルク。
「……!」
二人の間に沈黙が訪れた。リィナからの返事はない。
(とうとう言えた! でも、リィナさんは僕のことをどう思っているんだろう)
しかし告白の後、津波のように不安がマルクの心に押し寄せてきた。
「……」
まだ返事が来ない。
(ひいいいいいいぃぃぃ! やばい、緊張してきたぁ)
ますます不安になるマルク。
しかし一度口から出た言葉は引っ込められない。
彼は迷いながらもゆっくりと頭を上げた。
そしてドキドキしながらリィナのほうを見ると、彼女はぼんやりと斜め上のほうを見つめていた。
「リィナ? リィナさん?? おーい!!」
彼女はどこか別の世界に飛んでいってしまったかのような表情をしていた。
マルクの呼びかけでようやく意識を取り戻したリィナ。
「マルクくんの……えっ、えっ?? あた、あたしなのぉ!?」
今度はさっきとは違った意味で顔を真っ赤にするリィナ。
いつもと違うあわてっぷり。
その表情はマルクを少し安心させた。
「ね、ねえ! マルクくん、あたし淫魔でスライムなんですよぉ?」
そんなのわかってる。マルクは大きく首を縦に振った。
「あたしってドジだし、お料理だって上手じゃないよ!」
それも知ってる。別にかまわない。
再びマルクは大きく首を縦に振った。
「だからぁ、エッチとかデートのときにいきなり寝ちゃうかもしれないよぉ?」
なぜ寝る? それはちょっと……
少し悩んでからマルクは首を縦に振った。
「もう一度言います」
リィナに拒絶の意思が無いことがわかったマルクは彼女の肩に手を置いた。
それから優しくフワリと彼女を抱きしめた。
「はぅっ…」
頬が触れ合う距離でもう一度彼女に告げる。
「あなたのことが好きです。これからは僕だけを見つめてください」
そしてもう一度強く抱きしめる。今度はリィナもうれしそうに彼の首に手を回して抱きついてきた。
木陰の中で抱き合う二人の様子を一羽の小鳥が眺めていた。
「ふふっ、いい感じでくっついたわよ。あの二人」
「これで彼らも安心だね」
小鳥の目を通じて映し出されるヴィジョン。
ウィルとライムは新カップルの誕生を喜んでいた。
クリスタルパレスから帰還した後、彼らはなんとかしてリィナとマルクを恋仲にしたいと思っていた。
「マルクも女性の気持ちには鈍感だからなぁ」
「あら、あなたがそんなこと言える立場かしら?」
ライムは何も言わずに立ち上がるとフフッと笑いながら家の外に出た。
「えっ? それどういう意味、ライム?」
不思議そうに聞き返すウィルの声を聞きながら、ライムは可愛い妹分たちの幸せをひそかに祈るのだった。
END♪