『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』(改稿 2020.11.08)



 季節はめぐり、春を迎えていた。

 ここはウィルの家。
 エプロン姿のマルクが忙しそうにキッチンとリビングを往復している。

「ふぉんふぉんもっふぇひて!」
「あの、もう少し落ち着いてくださいよ。すぐに焼けますから。ねえ師匠?」

 半ば呆れた様子でマルクがウィルに目配せする。
 しかし彼の師匠は、ニコニコして目の前でケーキを頬張るライムを見つめているだけだ。
 ちなみにさっきの言葉は「どんどんもってきて」という意味らしい。


「んぐ、苦しい……ッ!」
「はいはい」

 マルクは用意していた水が入ったコップをテーブルに置く。
 彼女はそれを一気に飲み干した。

「全く、お姉さまには呆れたものですね……
 勝手に殺されてたまるものですか。ウィル様だってそう思うでしょう?」

 フォークに刺した紅茶ケーキをガツガツと口に運んでいるのはライムではなくミルティーユだった。
 必死に食料を摂取するその姿は、まだ体調が完全でないせいなのか……と言えばそういうわけでもない。
 ライムには「燃えカス」「石炭」「発ガン性物質」などと酷評されていた紅茶ケーキだが、ミルティーユには好評だった。

「なかなかしぶといよねぇ、ミルティーユも」
「違います! 私は!
 ライムお姉さまに命を差し出すつもりはありましたが、死ぬ気はなかったということです!」
「それやると普通は死ぬよね」
「おだまりなさい! それにしても美味しいですねこれ……」

 抗議を入れながらも、バクバク食べ続ける姿を、マルクはなんとなく嬉しそうに見守っていた。
 ライムの体に命を染み込ませたミルティーユは、だいたい三日に一度くらいのペースで人格を表に出してくる。

「ああ、幸せ……境界線の向こう側に来れてよかった!」

 ケーキを食べ終え、満足そうにミルティーユが背伸びをした。
 その拍子に形の良いバストがぷるんと揺れ、ウィルは思わずドキッとする。

(姉妹でもぜんぜん違うんだな……割と奔放というか、あ、それはライムも一緒だね)

 死にかけていたライムに命を分け与え、消滅すること無くミルティーユがこうして姿を表してくれるのは純粋に嬉しい。
 しかし彼女を可愛がると、必ずと言っていいほど後でライムにヤキモチを焼かれてしまうのがウィルの悩みだった。


「……で、ライムはそろそろ戻るのかな?」

 慎重に切り出したウィルに、ミルティーユは軽くウインクしてみせる。


「お姉様は絶賛お休み中ですわ。『浮気したら殺すからね』という伝言が有ります」
「ひっ!」
「ですから今夜は、私がウィル様のお相手ということに」
「待つんだ! やばいだろそれは!?」
「体は同じですよ? ウィル様、何か不満でもありますか」
「いや別にないけど……でもなぁ……」

 悪びれもなく言い切る彼女に、ウィルは大きなため息を吐いた。
 もともと同居人が多かったライムの精神に、新たに一人加わっただけのことなのだ。
 はぐれメタルのメタリカ、琥珀の女王ミリア、その娘であるルルにくわえて、氷の女王・ミルティーユ。

 ウィル自身にはなくても、主人格のライムは前にもましてピリピリしている。
 上手くバランスを取ってやるのも彼の役目だと思うが、なかなか難しいのだ。

「今夜もあの時みたいに、優しくしてくださいね……お義兄さま♪」

 しかしミルティーユの嬉しそうな顔を見て、ウィルは全て諦めた。
 とりあえず今を楽しもう。生きる喜びを分かち合おう。
 あとでライムにボコボコにされるのを覚悟して。







スライムバスター3 ~境界線からの使者~ (了)


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