舞台はスライムの淫界。ここはレズリーの森。

この森の先にある迷宮を抜けると、淫女王の居城・クリスタルパレスがある。


しかしこの100年の間、そこまでたどり着いたものはいない。

淫界創世記から脈々と続く守護淫魔の名門・クロリス家の戦士達が人間界のハンター達を全く寄せ付けなかったからである。


クロリスの戦士達は総じて流れるような金色の髪と、燃えるような紅の瞳を供えていた。

まばゆい輝きを放つ髪は見るものを魅了し、その瞳は目の前に立つ男性を骨抜きにする……
人間達にとって守護淫魔対策はスライムの淫界を攻略する上での重要課題だった。

スライムと淫魔が融合した今日もその状況に変化はない。

それどころか守護淫魔たちが粘体技を使うようになり攻略の難易度が上がった。

中には守護淫魔との戦闘を回避してクリスタルパレスに潜入するハンターもいたが、例外なく二度と戻ってはこなかった。

必死の思いでパレス内部に潜入したところで、クロリス戦士と同等の上級スライムたちが待ち構えているのだから。



さて、クロリス家の屋敷は森を抜けた迷宮のすぐそばにある。

そこは人間界からの刺客を監視するためにもちょうど良い位置。


今現在はスライムたちが使用しているが、元々は人間の大富豪が趣味で作った大きな建物である。

上質のレンガをふんだんに使用した威風堂々としたたたずまい……

それを気に入った初代クロリスがすぐさま大富豪の主を誘惑して手に入れた。


現在は15代目クロリスがこの館の当主である。

一人の少女がその門をくぐる。

そして固く閉ざされた門の前で一度足を止めた。



「お母様、ただいま戻りました」


ギギイイイィィィィィ……


まるで自動ドアのように開いた大きな鉄門の脇には、衛兵が立っていた。

衛兵といってもスライム……やはり美しい女性の姿をしている。


少女は衛兵達に軽く微笑むと、屋敷の建物に向かって再び歩き出した。

年齢にして12歳程度の外見。

しかし淫魔の成長は遅く、彼女は外見よりも長い年月を生きている。

そして彼女はクロリス家の人間であり、美しい金髪だった。

名をフローラという。


「フローラ、戻ったのですね? ちょっとこちらにいらっしゃい」

屋敷の奥から上品な女性の声がした。

フローラは声のする方へと歩いていく。玄関を入り、左奥のほうに進む。

豪華な装飾を施された扉の前で止まると、深呼吸をしてからドアを開いた。

ガチャッと重い音を立てて扉が開く。


「失礼します。お母様ごめんなさい……」


部屋に入るなり、フローラは先に謝った。

怒られる理由はもうすでにわかりきっているのだ。


「フローラ、あれほど勝手に一人で出歩いてはダメといったでしょう?」


それほど怒った風でもなく、フローラの母親は静かに言った。

この女性こそクロリス15代目当主・ミネルヴァである。

その美しく穏やかな目はまっすぐに愛娘を捉えていた。



「あなたはまだ若く経験も少ない。そんなあなたにハンターたちが目をつけたらどうするのです?」


「そのときは私がハンター達を蹴散らしますわ!」

フローラは目を輝かせて反論したがミネルヴァの表情はますます険しくなった。

一瞬だけ深紅に染まる母の目を見て、フローラはしまった……と反省した。



「……これから外に出かけるときは必ずお供をつけておゆきなさい。いいですね?」


コクンと頷く娘に近づいて頭を撫でてやる。

フローラはどこかほっとしたような表情を浮かべた。

彼女がしばしば勝手に外出する動機として、母親からの教えがあった。


「人間達とは出来るだけ争ってはいけない」


まだ幼いフローラには全く理解できなかった。

人間は私達の敵。

人間の精は私達の食料。

それなのになぜ?


「ミネルヴァ様のお考えは深いのです。フローラ様にもそのうちわかるときが来ますよ」

メイド長のミモザはそう言って彼女をたしなめたが、やはり納得できない。

自分にもクロリスの血が流れているのだからその力を試してみたい……そんな気持ちが最近のフローラの行動力につながっていた。



母親から叱られてしばらくの間はおとなしくしていた。

メイド長ミモザの見張りも厳しくなり、なかなか一人で外に出られない。

ミモザをお供に連れて行くといつも同じコースばかりでつまらない。

ぼんやりと窓の外を眺める時間が増えた。



しかしチャンスは意外と早く巡ってきた。

ミネルヴァは淫女王様に呼び出され、ミモザは地下迷宮に忍び込んだハンターを始末しに出かけてしまった。


「こういう時くらい……いいですわね?」

フローラは再び黙って外に出たのだった。




レズリーの森はとても広く、何度行っても飽きることがない。

今日は見たこともない花を探して今まで行ったことのないブロックに足を運んでいた。

しかし2時間あまりが経過したときフローラは森の中の異変に気づいた。


いつもよりも森がざわついている……。


家からだいぶ離れたところで淫魔としての勘が危険を知らせてきた。


「なんだか……こわい」

少女は美しい顔に少し不安をにじませて、小さく震えながら家路に着こうとした。

その時背後で大きな声がした。


「いたぞ!淫魔だ!!」

もしやハンター!?

あわてたフローラは声がした反対側に駆け出した!!


「そっちにいったぞー!!」

背後で声がするのもかまわず、ひたすら逃げる。

前方に人影が見えた……が、どうみても男。

今度は左の方に進路を変更した。


(そんな……淫魔狩りをしてるの!?)

フローラはお供をつけずに出歩いた自分のおろかさを嘆いた。

母の言うとおりにしていればこんな目にあわずに済んだのに……

急いで森の中にある小さな洞穴に身を隠す。

彼女だけの秘密の場所……ここなら見つからないはず。


(おねがい!おねがい!おねがい!!)


フローラは必死でお祈りをしながら時間が過ぎ行くのを待った。


半日ほど経った。

すでに日が暮れていたので、フローラはゆっくりと洞穴から身を乗り出す。


(もういいかしら……)

月の光は淫魔たちに勇気と力を分け与えてくれる。

フローラは月の光を浴びながら森の中を歩き出した。

サラサラ揺れる金髪が光を跳ね返し、淫気を纏う白い体をさらに美しく魅せた。


「あっ……」

ふいに一人の人間がフローラの前に現れた。

きっとハンターたちの夜の見まわり役だったのだろう。

外見からすると16歳くらいの少年。まだ幼い戦士にみえた。

しかし彼も突然のことで声が出せない状況だった。


(このままじゃ……)

フローラは争う気はなかった。

母からの教えが頭をよぎる。


「人間と争ってはいけない」


……しかしこの少年は見逃してくれるだろうか?

フローラは無意識に自分の手を合わせて胸の前でギュッと握り締めた。



「て、敵!? あっ、ああぁ……!!!」


しかし相手にはその気持ちは伝わらなかった。

次の瞬間、仲間を呼ぼうとする少年戦士にフローラは抱きついた!

そしてそのまま唇を奪いながら長い手足を絡めてその場で押し倒した……


「き、きみは……クロリ……うううぅぅ」

少年戦士が何か言おうとしたのを、フローラはキスでねじ伏せた。

目の前の人間が大声を出せないように自分が魅了してしまうしかないと思っていた。


(お母様、ごめんなさい……)

憂いを含んだフローラの性感攻撃の前に、少年は悶絶した。

敵とはいえ美しい少女……それも自分より年下のような淫魔に押し倒され、口内を熱心に舐め上げられている。

しかも相手はクロリス家の戦士である。ハンター見習いの彼の手に余る強敵だった。

徐々に弱っていく少年の抵抗を見て、フローラは手のひらから粘液をにじませて彼の股間に忍ばせた……


「ふあああぁぁ!!!!うぐぅぅぅ……」

彼の肉棒にフローラのしっとりとした指が絡んだ瞬間、体を弾ませて快感が駆け巡った。

大声を出せないようにさらに深く熱い口付けをする。

(じっとしてください……)

フローラの巧みな舌の動きと指先の粘液のせいで、少年はいきなり射精してしまった。

その後も何度も射精をさせられ、干からびる直前まで弱らされてから少年は解放された。










「お母様に怒られちゃう……」

今にも泣き出しそうな表情をして、フローラは帰路についていた。

無断で家を出てから一日と半分が過ぎていた。

しかもその間に不可抗力とはいえ、ハンターの卵といった少年を犯してしまった。

母に怒られる原因を二重に作ってしまった……フローラの足取りは重かった。



しかし戻ってみると、屋敷の門が大きく開け放たれていた。

普段ならこんなことはないのに……衛兵がきちんと門扉を閉ざしているのに……

彼女の頭の中に嫌なイメージが浮かんでくる。

急いで駆け出すフローラ。


屋敷は誰かに強引に門を開けられ、荒らされているようだった。

盗賊でも入ったの!?

フローラは必死で母を探した。


「お母様? ミモザ! お願い、返事して!!」

あちらこちらから火の手が上がり、建物自体も燃え尽きようとしていた。

フローラは必死で母を捜した。

母の笑顔を探した。

とにかく無事であってほしい……その思いだけだった。


ようやく母の部屋に着いた。


「お母様!」

フローラは思い切ってドアを開けるが、人の気配が全くしない。


「お母様…………」


フローラはベッドがあった近くに小さな手紙を見つけた。

『心優しいフローラへ』

それはミネルヴァがフローラに宛てた遺書だった。

『あれほど勝手に出て行ってはダメといったのに……仕方のない娘ですね。それでもあなたは可愛い私の娘です。』

読んだ瞬間に涙があふれる。

フローラは頑張って読み続ける。


『私は人間のハンターと戦い、敗れました。
 
 今までで一番の強敵でしたが悔いはありません。
 
 彼との戦いを通じて私の考えが間違っていないことがわかったからです。
 
 人間達にも守りたいものがあり、愛する人がいる。
 
 戦いの中で相手から熱い思いが伝わってきました。
 
 何度も何度も精を搾っても決してあきらめない彼の姿を見て、

 不覚にも感じてしまいました。その時点で私はクロリスの当主としては失格ですね。』


母の戦士としての誇りを感じる文章だった。

フローラは泣くのをやめ、必死に母の最期を思った。

手紙はあと少しだけ残っていた。


『実はこの手紙も彼に負けた後、最後にお願いをして書かせてもらったのです。

 戦いを通じてしか分かり合えない悲しい出会いでしたけど……最後は心が通じました。

 フローラ、人間を憎んではいけない。お互いにつぶしあうのは間違っています。

 あなたならきっと血塗られた未来を変えられる。だから……』


手紙はそこまでだった。

本当は伝えたいことがたくさんあったに違いない。

もっともっと……母と話をしておきたかった。

再び視界が涙でゆがむ……

フローラは母の手紙を握り締め、声を押し殺して泣き続けた。



「ああっ!? まだここに一匹いやがったぜぇ!!!」

フローラの背後で大きな声がした。

涙を拭いて振り返ると、ひげ面の屈強な戦士といった風貌の男がいた。

こちらを見てニヤニヤと下卑た笑いを浮かべている。


「しかも上玉だぜ!!」

その声を聞いてさらに二人の男達がやってきた。

一人はバンダナをした長身の魔法使い。


「なんだ、ガキかよ! このロリコンがぁ!」

もう一人はでっぷりと太った男で、緑色のローブを纏っていた。

三人とも共通して言えるのは、荒くれ者というか……誇り高い勇者の雰囲気ではないということだ。


「あなた達が母を倒したのですか?」

フローラは男達の方を振り返り、静かに尋ねた。


「ああん? なんだいお嬢ちゃん」

ひげを撫でながら最初の男が言った。


「クロリスの屋敷が燃えてたから入ってみただけよ」

どうやら違うようだ。

しかしその先の言葉を聞いて、フローラは凍りついた。


「そしたらなんと! クロリスの女戦士が倒されまくてったのさ。もったいないから消える前に全員犯してやったぜ! ガハハ!!」


「奴ら普段は強すぎて我々には手が届かない存在だったからのぉ」


「でもよ、最後の奴は特に良かったな……あれ、ミネルヴァとかいったっけ? あいつはサイコーだった」


堪えようのない怒りで肩を震わせるフローラを取り囲むように三人がジワジワと間合いを詰めていた。

彼らに向かって凛とした声でフローラは尋ねた。


「あなた達は本当に人間ですか? 淫魔ハンターとは……人間とはもっと気高い存在ではないのですか!?」

亡き母の手紙につづられたハンターとは違う人間達が目の前にいる。

こんな奴らとでも争ってはいけないの?

フローラは自分の中で膨れ上がる怒りと母の遺言との間で葛藤していた。



「ハンター? まぁ、俺たちは下っ端さぁ……だから何やってもいいんだよ! ほら、脱げや!!」

長身の男がフローラの肩に手をかけた。

近づいてみると目の前の少女がまれに見る美形だということがわかって、息を荒くした。

しかもどことなく上品な令嬢といった雰囲気をかもし出している。

男達は三者三様にゴクリと息を呑んでいた。


「なんだ震えているのか? でもよ、お前にも淫乱な血が流れているんだろう?」

「心配しなくてもヒイヒイいわせてやるよぉ」


フローラは確かに震えていた。

彼女は生まれて初めて人を憎んだ。

こんな奴らを人間として認めることは出来ない。


(許して、お母様……私はもう耐えられない)


男達に向き直ったフローラの瞳が深紅に染まる。

生まれて初めて全力で解放される淫気。

彼女自身でさえ恐れていた強大な力。


「な、なんだよおまえ!」

フローラの肩を掴んでいた男が最初に異変に気づいた。

少女に触れた指先にまったく力が入らない。

自分の意思が伝わらない。

彼女の肩から自分の手のひらに流れてくる淫気によって、神経が一気に侵されてしまったのだから。



「……お望みどおりにしてあげますわ」


三人の男達は気づいていなかった。

目の前の少女が、名門守護淫魔の末裔であることに。

彼らがフローラを取り囲んでいたことがさらなる不幸を生み出した。


「ひあああああああああああああああ!!」


太った男がローブの上から自分の股間を押さえたまま膝をついた。

フローラの強烈な淫気を至近距離で浴びてしまったので、体が言うことを聞かない。

それどころか瞬間的に射精に導かれ……さらにもう一度ドクドクと精を放つ。


「お、おおおおおぉぉぉ!?」


ひげ面の男も同様だった。

初めてフローラを見たときの余裕などは微塵も感じさせない表情。

しかもあっという間に射精……快感にだらしなくゆがんだ表情もすぐに苦痛に変化する。

「存分に気持ちよくして差し上げますわ」


長身の男は言うまでもなくすでに倒れこんでいる。

フローラは彼らの様子を見ながら、さらに淫気を指先に集中させて一人一人のペニスをなで上げた。


「これは私からのプレゼントです」


フローラがなで上げたペニスがヌラヌラと輝きだす。

淫気を融合させた粘液が、フローラの手と同じ形の粘体になった。

最後にフローラは粘体に指示を出すために淫気の玉を3つ放った……




男達の断末魔の叫びを背中に感じながらフローラは屋敷を後にした。

もはや誰もいない屋敷には用はない……彼女の手には母の手紙だけが握られていた。




翌日。


「お母様……」


フローラは人間達によって焼け野原と化した屋敷跡に小さなお墓を作った。

大事な母からの手紙もお墓に入れた。


「うっ……ううぅぅ……」

厳しかったけど大好きだった母はもういない。

思い出したら涙がまたにじんだ。



「レベッカ……」


ポツリと呟いたその名前は、百戦錬磨の伝説のサキュバスの愛称。

そうだ、私はこれからレベッカと名乗ろう。

フローラ・クロリスという名は捨てよう。


これから先、人前で涙を見せることはない。

人間への憎しみだけを抱いて生きよう。


まだ幼い少女は決意した。

後に彼女はスライム淫界のエリート集団のまとめ役として人間界を脅かす存在になる。





END