- memo -
索引
01 / 02 / 03 / 04
最新
2002/09/01
ラブコメ月間的登場人物紹介
一条 朋輔(いちじょう ともすけ)
「僕」ことご主人様こと主人公的存在。
たまよ
メイドさん。
柊柯(しゅうか)
ゴスロリさん。
桐谷 紫(きりたに ゆかり)
セーラー服さん。16歳。
2002/09/02
どうも頭が上手く働かない。中味が空になった気さえする。
こうして何もせずにただ時が過ぎ行くままに居るのは今日だけで何度目のことだろう。
そうでなくてもずいぶんと長い時間電車に揺られていたから、1日中こんな調子だったようにも思える。ついに夜も更けて、じきに日付が変わる時刻になってしまった。
原因は簡単なので十分わかっている。目的地であるところの実家に帰るのが嫌なのだ。嫌というか、気持ちが悪いというか、怖いというか、否、もうこれは最早感情の域を超越している。
戻る事もできない。面倒でも運賃の安い道筋を選んできた意味がなくなってしまうし、そもそも追い出された場所に戻ったとしても追い返されるに決まっているから。
つまり彼女は今まで居た場所を追い出され、その他に行くべき場所がその前に追い出された場所だけという困った状況にあるのだ。
また時計を見る。何にしても、もう電車がない。進退が窮まったという現実くらいはそろそろ受け入れた方がいいかもしれない。
物入れから使い古しの手帳を取り出し、住所録から電話番号を探す。
頼みの綱がまだひとつだけあった。
いや。あるいは初めからこの綱を意識していたのかもしれない。
この番号を控えたのは、もう6年も前のこと。これが今や使われていない、またはあの時と違う場所への番号となっていたら……。
少女は深呼吸をして公衆電話に小銭を投入し、祈る気持ちで番号を押した。
この家の電話が鳴ることは希である。それもほとんどが勧誘の類なので、まず家主が出ることはない。電話の応対はメイドであるたまよの仕事のひとつだった。
珍しく夜中にかかってきたため、たまよは僅かに緊張して受話器を取った。
「一条でございます」
「あ……」
最初に聞こえてきたのは、ため息に似た愛らしい息遣いだった。
たまよは漠然と用件を察した。
「あの、夜分遅くに申し訳ありません。私、桐谷と申しますが、その……」
相手が少し言いよどんでいる間に、歯車が小さく動いた。その姓からひとつの記憶の棚が思い当たる。その中にはひとつだけ少女の引き出しがあった。
周辺の情報を順次呼び出しつつ、たまよは続きを待った。
「朋輔様を……お願いできますでしょうか」
一瞬。
たまよは返答を躊躇った。
「少々お待ち下さいませ」
保留ボタンを押し、受話器を置く。
一体自分は何を躊躇したのだろう。
答えの見えない問いを胸に残しつつ、たまよは主人の部屋へと向った。
主は夜型の人間なので、まだまだ起きていることは疑いない。部屋の明かりも点いている。
早足で辿り着いてドアをノックすると、中から気の抜けた返事とも唸りとも付かない声が漏れてきた。
「桐谷様からお電話ですが」
「……え?」
ドアが開いて、訝しげな顔が覗く。
「誰から電話だって?」
「桐谷様です」
「桐谷って……千葉の?」
「いいえ、紫様です」
「……ユカリ?」
「高山へ行かれた……」
「ああ!」
ようやく合点がいったかと思いきや、今度は首を傾げた。
「……で、それが何の用だって?」
一瞬。
たまよは返答を躊躇った。
「わかりません」
「何だろう、今さら……まあ、いいや。出るよ」
主が伸びをしながら電話口へと向かう。
たまよはゆっくりとその後を追った。
紫、ゆかり、ユカリ。
それは酷く曖昧な記憶。
あれは……5年前だったか、6年前だったか……いや7年前だったか。
親戚の子だということは覚えているが、わざわざ電話をかけてくるような用が思い付かない。そもそも親戚の子に電話番号を教えたことなどあっただろうか。
懸命に思い出しながら歩くも、早々に電話機の前に着いてしまったので、その作業を一旦横に置いて受話器を取る。
「もしもし?」
「あ……一条様……ですか?」
「うん」
「紫です。ごめんなさい、突然、こんな時間に……」
「うん。で、何?」
「それが……」
言い難い用事なのか、紫が口ごもる。
どうやらすぐに済みそうにないようなので壁に寄りかかると、メイドが少し距離を置いて何やら心配そうにこちらを伺っている姿に気付いた。
「実は、東京まで来たのですが、電車がなくなってしまって……」
「え」
高山じゃなかったのか。しかし、やっと用件がわかった。
「厚かましい申し出とは思いますが、その……」
「うん。で、今どこ? 東京駅なの?」
「え? いえ、いいえ、国分寺……西国分寺駅です」
「わかった。じゃあ迎えに行くから。北口にいて」
「え? え?」
「北口。わかるよね。パっとしない方」
「あ、はい。それはわかります、けど……」
「うん。待っててね。じゃ」
「あ」
まだ喋っているようだったが、切ってやった。何はともあれ、15……? 16? いや17だったか、とにかくそういう年頃の娘を真夜中に放って置くわけにはいかない。
「お迎えですか?」
車を出す準備のために部屋に戻ろうすると、メイドが声をかけてきた。
「うん。西国分寺らしいから。ちょっと行ってくる」
「……私が行きましょうか?」
「え?」
そう言ったメイドの口調は妙に重かった。
それでしたらご主人様のお手を煩わすまでもありませんよ。
そういう意味には聞こえなかったような気がした。
玄関の大時計が今日の終わりを告げる。
古めかしい、重く、長い鐘の音。
それがたっぷり12回、夜の静寂に溶けて消えるまで、僕は動かないメイドの表情を見つめていた。
2002/09/03
夜の闇に白い靴下が1足だけ浮かび上がったのでその人はすぐにわかった。
車を降りて向かうが、しかし彼女は心なしか釈然としない様子に見える。
「紫様ですね?」
尋ねると、うなずく代わりに深く頭を下げる彼女。
「あの……」
確かに先刻電話で聞いた声と同じだと安心したのも束の間、続く言葉で彼女は私に小さいが深い衝撃をもたらした。
「……奥様ですか?」
自分はメイドであることを至極簡潔に告げ、話は車を走らせてからということにした。
最初の赤信号で停まると、紫様がバックミラーから一瞬消えた。
「ご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
畏まられると背中がむずむずする。
「どうぞ、私にはお気遣いなく」
「そうですか?」
「そうですよ」
「そうですか……」
「お客様なんですから」
「……ありがとうございます」
予想通り、紫様は物腰も装いも整った女の子のようだ。もしも家に招くべきではない類の人物であった場合には、札をいくらか握らせて安宿に放り込むような手段も用いなければならないかと心の準備をしていたが、それは必要なく終わりそうだ。
少し緊張が解けたのか、深く静かに息を吐き出しながら、より背をもたれさせた。
ささやかながらも新鮮な感動が胸を包んでいる。
メイドと名乗ったこの女性は、自分が今まで出会ったことのない、穏やかで暖かい笑顔がとても印象的な人だった。つい昨日まで8年間、高山で一緒に暮らしていた女性たちが、なんというか、そうではないかんじの人たちだったので、特にそう感じるのかもしれない。
朋輔様の奥様と勘違いしてしまったのは失敗だった。しかし、その視線を受けた瞬間、朋輔様と関わりの深い人であることを私は直感したのだった。思い出の中の朋輔様。たとえば、彼女が南の海で、朋輔様は夕暮れの空。彼女が月で、朋輔様は欠けて見えない部分。いや、これは……。朋輔様の方は上手くたとえられているのだろうか? あまり自信がない。
そんな取り留めのないことを考えているうちに、私の意識は急速に夜の闇に沈みだしてしまった。
彼女の雰囲気のせいだろうか。なんだか脳が溶けてしまうような感じがする。
もしくは単に疲れているからかもしれないけれど。
「紫様……」
その声も、肩に触れる指も、とても優しかったので、つい本当に起こそうとしているのか疑問に思うほどだった。
「……ごめんなさい。つい……」
「いいえ、お気になさらずに。着きました」
周囲の景色が先刻までとは打って変わって、街の中から林の中になっている。車内のルームランプの他には、前方に見える家の窓から漏れる光だけがぼやけた目に映る。
「お名前を、教えていただけますか?」
「たまよです。さあ、どうぞ。ご主人様がお待ちです」
のろのろと車を降りると、たまよさんは手際良くルームランプを消し、ドアを2つ閉め、鍵をかけながら器用に助手席に放り込んであったエプロンを身に着けた。
「いけない。荷物が……」
「ここに」
そうしていつの間にか私が奥の座席に放り込んだ鞄までたまよさんは携えていた。
「あ……すいません」
手を伸ばすと、微笑んで首を横に振る。
「お持ちしますよ」
「でも」
「お持ちします」
「……はい」
どうして逆らえないんだろう。
応接間に通されると、私の心はにわかに再び緊張しはじめた。
朋輔様は私を覚えてくれているだろうか。
朋輔様は8年間でどう変わっただろうか。
朋輔様は怒っているだろうか。
朋輔様は……。
いけない。落ち着こう。
目を閉じ、姿勢を正し、深呼吸をする。
ずっと恋しかった空気が今、この胸を満たしている。
8年前、この場所で過ごした1週間が鮮やかに思い浮かべられた。
実家を離れた私。
高山の人々が連日私を置いて出掛けてしまうから、朋輔様と、一真様と、私より少し年上の女の子と過ごした日々。
まだ高校生だった朋輔様。
朋輔様の伯父様で、当時の家主だった一真様。
女の子……もう一人の女の子は……
?
その女の子のことだけ、何故かうまく思い出せない。
一真様に頭をなでられている彼女。
お庭を駆ける彼女。
食卓で私の向かい側に座っている彼女。
朋輔様と彼女。
姿も、声も、名前も、ひどく曖昧で、まるで写真の一部が彼女の部分だけすべて切り取られてしまったような感覚。
言い知れぬ不安が、足音が、近づいてくる。波紋が、速く、私に向かって、扉を、音
静寂を破ってドアが開かれる。そこから現れた人物は、朋輔様だとすぐにわかった。
普段着の朋輔様は、なんだかあの頃からあまり変わっていないように見えた。
でも、けれど、8年間の隔絶に橋が渡されることは中断された。朋輔様の表情が私を一瞥した途端に曇り、眉間に皺を寄せ、鋭く私を睨む。
予想される最悪の未来が胸を締め付ける。
私は思わず顔を伏せてしまった。
半ば家出してきたことも、こんな夜遅くまで外にいたことも、謝ります。いくら叱っていただいても結構です。ただ、どうか、あの一言だけは言わないでください。もう一度だけ私に私が私のままでいてよい場所があることを教えてください。
朋輔様はゆっくりと歩み、ゆっくりと私に正面に座り、ゆっくりと腕を組んで、そして言った。
「……なんで黒セーラーなんだ?」
「……え?」
「なんで黒セーラーなんだ!?」
「な……」
なんで、と言われても。
「……中学校がこの制服で……高校は……私は行きたかったのですが、さな……小母様に必要ないと言われたので……」
「だから。なんで今それを着ているのですかっ」
「あまり服を持っていないもので……」
「普段着でいいだろう!」
「それが……制服の他には稽古着と寝間着しかないので、制服が外出着のようなもので……」
それを告げると、朋輔様は疲れたようにため息を吐いて、攻撃の手を緩めた。まったく攻撃のようなものだった、私にとっては。
どうして朋輔様は再会するなり私が逃げ出してきた場所の苦い思い出を掘り出したりするのだろう。そんなに躍起になってまで……。
「黒……いセーラー服はダメでしたか?」
「いや……それは、その、なんだ。ほら」
今度は急に困ったような苦い表情になって、ついには目を逸らしてしまった。
「べつに。駄目ってことはないけどさぁ……」
思い出の中の朋輔様は、優しくて、真面目で、でもどこかちょっとだけ変わった感じの人だった。
目の前の朋輔様は、なんというか、ずいぶん変わった感じだ。
8年ぶりに会ったのに、何よりも先にそんなことを言うなんて……言うなんて……
「……ふ……くくっ……」
なんだか急に、おかしくなってしまった。
「……なんだよ」
「……ご、ごめんなさい、でも……でも、あははっ……」
なんだか急に、今までの自分の方が馬鹿らしかったように思えてしまった。
私の笑いがなかなか止まないと見ると、朋輔様は拗ねたように席を立った。
「メイドに部屋を用意させるから、子供はさっさと寝なさいっ」
そう言い残して去って行く背中を、私は涙を拭いながら見送った――笑いが止まらなくてこぼれた涙を。
肩を怒らせて部屋を出ると、盆を持ったメイドに鉢合わせした。湯気とともにココアの香りがしてくる。
「お説教はもうお終いですか?」
盆に2つ乗せられたカップの1つを黙ってとり、そのまままっすぐに自室へと戻った。
何やらずいぶんと苛立った様子のご主人様の後姿だけ見送って応接間に入ると、俯いてすすり泣く紫様の姿が目に飛び込んできたので、私はひどく狼狽した。
慌てて駆け寄ろうとして、危うくココアをこぼしそうになった。2つ乗っていたらこぼしていたかもしれない。いや、2つ乗っていた場合だったら駆け寄る必要はなかったか。
「紫様……?」
「あ……たまよさん……」
絞り出すように答える声がさらに私の胸を締め付けた。
ひとまずお盆はテーブルの上に置いて、紫様の側に膝をつく。ソファーに腰掛けた紫様よりも少しだけ目線が低くなった。
「一体、何が……?」
「いいえ……いいえ、なんでもないんです」
私はハンカチを取り出し、濡れた頬をそっと拭う。
「あ、ハンカチなら……」
その言葉には答えず、自分のハンカチを出そうとする紫様の手を取る。ココアをいれてきた私の手よりもずっとひんやりと冷たい、華奢な手だった。
「ご主人様が、何か……?」
そう問うと、辛そうな表情で口をつぐんだ。
私は紫様の目を見つめたまま、言葉を待った。
落ち着いたのか観念したのか、しばらく経ってから紫様は少し強く私の手を握り返した。
「私はきっとこの場所が好きになると思います」
「そうですね」
いささか不思議な言い回しだったが、私には痛いほどによくわかった。
「きっとお好きになられると思います」
私がココアを勧めると、紫様はカップを両手で包むようにして口に運んだ。
「朋輔様は……」
甘くてほろ苦い香りを浴びて、心なしか上気したように見える。
「……私を……いえ、その……ここに置いてくださるでしょうか?」
私はこの場を去って行ったご主人様に思いを馳せた。
「そうですね」
恐れながら紫様の髪に触れた。黒く、艶やかで、しなやかに波打つ長い髪。指でなぞると、肩にかかっていたひと房が背中へ流れた。
「お望みになられるならば、きっと」
自室で瞑想をしていると、不意にドアがノックされた。
自分の内で業と理性の折り合いがつくまでは誰にも会いたくなかったので軽く無視していると、次に鍵がかかっているのでドアが開かない音がして、終には部屋が揺れるほど激しくドアをノックされたので、破壊される前に瞑想を中断した。
「なんだよ」
「居るのならすぐに返事しなさいよ愚図!」
これだ。
「あの女、なんなの?」
「紫のことか?」
「紫かムズカリか知らないけど、なんなの?」
おむずかりなのは自分だろう。
「親戚の子」
「それだけ? 本当に?」
「何か問題があるのか?」
「よくない波動よ」
「……はぁ?」
「あの女からよくない波動が出ているでしょう? あんなのがいると、あなたみたいによくない波動に耐性がないあれはあっという間にもっとあれなかんじになっちゃうって言ってるの!」
「意味わかんない」
「わかりなさいよ!」
「無理」
「ああ、もう! とにかく、一刻も早く追い出して頂戴! いいわね!?」
それだけ言って気が済んだのか、荒々しい柊柯の足音が去ってゆく。
僕は今の出来事をできるだけ咀嚼しないように努めながら瞑想に戻った。
再び瞑想をしていると、再びドアがノックされた。
またか……と一瞬思ったが、ノックの調子が段違いに大人しい。
メイドか?
「紫です」
違った。
にわかに緊張が走る。
「何?」
「ごめんなさい……どうしても伝えておきたいことがあったもので……」
「うん」
「…………」
伝えたいと言いつつ、紫はなかなか続きを喋らない。ドア越しの会話が途絶えると、本当に向こうに居るのかさえ不安になってくる。
「……紫?」
「はい」
「うん」
まだ居るらしい。
立ち上がっては見たものの、どうにも居心地が悪い。突然踏み込んで来られてもいろいろと困るので、ドアに寄り添って気配を窺う。入られたくなければ鍵を閉めればいいのだが、表に人がいる時にその音を立てるのは何となく憚られた。
微かにドアの存在感が増したように感じた。
「朋輔様」
「うん」
声はごく近くからした。
……朋輔様がドアに張り付いている? いや、寄りかかっているのかもしれない。
そっとドアに手を当ててみる。
部屋の中の風の流れがわかるような気がした。
「朋輔様」
「うん」
「あまりあれこれと問い質さないのですね」
「うん。まあ……今日はもう遅いし」
今日は……?
「朋輔様」
「うん……」
「遅くなりましたが……こんな夜遅くに突然申し訳ありません……そして……ありがとうございます」
「いや。まあ……そんなに気にしなくていいよ。親戚の家なんだし。親戚」
朋輔様は親戚という言葉を妙に強調した。
「朋輔様」
「……なあ」
「は、はい」
「その朋輔様って呼び方、やめてくれないかな」
「え……」
では何と呼べば良いのだろう。
朋輔さん?
……そういうことではないのか。そもそもちょっと馴れ馴れしい気がする。
おじさま?
……なんだか失礼な気がする。年齢的にそぐわないだろう。
となると……。
「……お兄様?」
小さな空白の時を経て、ドアの向こうで何かが床に激突したような音と振動が響いた。
「朋……お兄様!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫。なんでもない。少し目眩がしただけだから……」
「そうですか……?」
ひとまず朋輔様の言葉を信じることにし、気を取り直して本題を切り出すことにした。
「初めてお会いした時のことを覚えていらっしゃいますか?」
さらに少し声の調子を落として紫がたずねた。僕は曖昧な記憶を探るように答えた。
「ずいぶん前だよね……確か、変わった場所で会ったような……」
「8年前ですね。山の手の結婚式場のお庭で……」
式場の庭という言葉を聞いて少し思い出した。
「ああ。そういえば麻生の……なんとかっておばさんの結婚式だったような」
「早江子様です」
「で、それが何か?」
「それで、その……そこで私がお願いしたことがありますよね?」
あっただろうか。もう少し慎重に記憶の糸をたぐりよせてみる。
僕の家には数多くの親戚がいたが、そのほとんどが好きではないか、顔も知らなかった。残りの一部は顔も見たくないほど嫌いなのであり、僕が会話をする気になる人間はせいぜい2、3人というところだった。
そんな親戚が山のように集まる式場がどれほど苦痛だったかは想像に難くないだろう。嫌なら行かなければ良さそうだが、まだ16だった僕にできたのはトイレに行く振りをして会場を抜け出すくらいのことだった。あの頃はまだ実家に住んでいたし。
庭は綺麗だったのでそぞろ歩きをしていると、紫がいた。生垣の影に見覚えのある女の子がいたのだ。僕は親族中でもかなり末の方なので、僕より小さいその子にはすぐにわかった。それがうずくまって泣いていたので、僕は近寄って声を掛けたのだった。
そして僕が一条家の末っ子だということを承知した後、紫が何か妙なことを言い出したような気がする。
「――って何?」
「――だから遠くに連れて行かれちゃう……」
「どうすれば――」
紫にお願いされたこと……。
確かそれが始めてお互いを認識した時だったと思う。その前後の次第はなんとなく思い出してきたのだが、どうも肝心な台詞がぼけているようだ。
「よく覚えてないな」
諦めてそのまま伝えると、紫は大きな吐息を漏らした。
「そうですか……それなら良いんです。そのことは忘れてくださいとお願いしようと思っていたので」
そんな風に言われると何の事だったのか余計に気になる。尋ねても教えてはくれないだろうけど。
気になることといえば、一つ確認しておきたいことがあった。
「あのさあ」
「は、はい」
「用事で出てきたの? それとも家出?」
「…………」
「家出か」
「……家出ですね」
「そうか」
まあこの若さで山篭りなんてしていると家出のひとつもしたくなるのだろう。それとも実家に帰ってしまおうとしたのだが、途中で足が無くなってしまったのだろうか。
あれこれと事情を推察しながらもそれを問わないでいると、ドアの向こうから微かな声で呼ばれた。
「お兄様」
「……何?」
不意に呼ばれた時ほどの衝撃は無いものの、囁くような声のせいでひどくくすぐったい。もし面と向かって呼ばれたりしたらどうすればいいんだ。
「お兄様、私……帰りたくないんです」
「ど、どこに?」
「……高山にも、実家にも」
そっちのことか。
「うん、まあ。わかるよ」
「……そうですか?」
「浮世離れしてるって言うと大袈裟かもしれないけど、なんというか……似合うんだ。隠居爺の住処だからさ。ここは」
「…………」
紫は返答せず、会話はそこで途切れてしまった。
照れ隠しに打ち明け話をしてみたのだが、よく考えて見ればうら若き乙女を隠居爺呼ばわりしただけのような気もする。
「紫?」
呼んで見ても返事が無い。気分を害し、黙って去ってしまったのだろうか。
しかし、試しに息を潜めてみると微かだがまだ気配がある。妙に思って聞き耳を立ててみるとそれは、くすん、くすんとハナをすするような音だった。
まさか……泣いている?
「おい」
慌ててドアを開くが、重い抵抗があった。
「きゃっ……!」
廊下では小さな悲鳴を上げた紫がたたらを踏んでいた。
一瞬の混乱を経たが、事情はすぐに飲み込めた。いつの間にか紫はドアに寄りかかっていて、僕が不意にドアを開いたものだから、弾き飛ばしたような形になったわけだ。
これでは失礼の駄目押しだと思うが早いか、反射的に僕は手を伸ばしていた。
しかし、運動不足の標本のような冴えない男がそう上手い具合には助けられないのだった。肩口をつかんだまでは良いが、引き倒すような結果になってしまった――自分の体に。
そして目の前が真っ暗になった。
別に自分の不甲斐なさに絶望したというわけではない。
視界が黒髪で埋め尽くされただけのことだった。
視覚が閉ざされると自然に他の感覚が活動し始めるもので、特に嗅覚が颯爽と意識の壇上に踊り込んで来た。
紫の髪からは洗い立ての香りがした。僕が煩悶しているうちに風呂に入ったらしい。メイドと同じ香りだ。彼女のシャンプーを使ったのだろう。
髪はまだ乾き切っていないようで、頬に薄っすらと湿り気を感じる。明かりで照らせばさぞかし魅惑的につやつやが至上の眼福をもたらすであろうが、残念ながら距離が近すぎる。これはこれで貴重な体験ではあるが。それにしてもドライヤーは使わなかったのだろうか。まさか意図的に使わなかったわけではあるまいが。
指で撫でるとさぞかし愉しいことだろう。とても長いことだし、根元から毛先までゆっくりと滑らせて見たい。いや、今はこんな状況なのだから、いっそのこと頬
本当は大した時間ではないはずだが、かなりの間夢の世界を漂っていたような気がする。結局その世界からは肩を突き飛ばされることで追い出された。
我に返った時には、既に走り去る紫の後姿が闇の向こうに消えるところだった。
今度こそ絶望で目の前が真っ暗になる思いだった。自己嫌悪だ。抱き止めた体よりも髪にすっかり心を奪われていたのだから我ながら厭きれる。幸福感はいつも罪悪感と抱き合わせだ。
それにしても、ずいぶんと強かに突き飛ばされたものだ。まだ肩に鈍い痛みが残っている。
弾かれる瞬間まで彼女の腕ごと捕まえていたような気がするのだが、不自由な体勢からこんなにも強く背後にいる人間の肩を突き飛ばせるものなのだろうか。
実際に彼女がどういう動作をしたのかは呆けていたせいでわからない。まったく闇の中の出来事だった。
急いで部屋を用意したので不満があれば遠慮なく言って欲しいとたまよさんは言っていたが、もしやあれは彼女なりの冗談だったのではないだろうかと一夜明けて思い始めた。
家具には埃一つ落ちておらず、今の今まで使われていなかったとは思えないほど空気は清潔で、絨毯には皺一つなく、ベッドは干し立てのようにふかふかだった。覚えている限りでは布団でしか寝たことが無いのでうまく休めるか自信が無かったが、目を閉じた途端、夢も見ずに朝になっていたのでまったくの杞憂であった。きっと慣れない電車の乗り継ぎで疲れがたまっていたのだろう。
それにしても、目が覚めた時刻は六時前だった。やはり一晩夜更かしをしたくらいで8年間続けて来た習性は抜けないらしい。とはいえ、それなりに眠気が残ってはいるが。それでも私は半ば自動的に髪を編み、稽古着に着替え始める。
顔を洗って、体を動かせばきっと目が覚めるだろう。庭の広さは高山と比べるべくも無いが。
部屋を出る段になって、ふと立ち止まって思う。
なぜ私は高山から家出をしてきたのに日課の鍛錬を今日も繰り返そうとしているのだろう。
そもそも家出をする前に稽古着を用意している時点で気付くべきだったと言えばそうなのだが。
早朝の薄い光が揺れる青白い廊下を密かに抜けて、玄関まで辿り着いた時点でまたひとつの問題に気付いた。当然ながら、玄関には鍵がかかっている。開けて外に出ることは容易いが、自分は外から再び閉める鍵を持っていない。果たして勝手に開けて出て良いものなのだろうか……。
しばらく逡巡した後、私はため息を漏らしつつ、低い框に腰を下ろしてしまった。
迂闊だな――。
どうも自分はやることなすこと、どこかが少し抜けている。お部屋を訪れればドアに撥ねられるし、家出をすれば途中で終電になるし、汚名を返上しようと秘密の特訓をすれば腕が落ちたと叱られる。
ここでは極力迷惑にならないようにしなければ。この調子では相当骨が折れそうだが。
「紫様?」
そんなことを沈んだ気持ちで考えていると、突如背後から声が飛んできた。私は驚いて、恐らくみっともなく震えた。慌てて振り返ると、そこにはエプロンを着けたたまよさんがいた。不思議とエプロンなしで闇夜の中から現れた時とあまり印象は変わらない。
「あ、お、おはようございます」
「おはようございます。朝の運動ですか?」
「ええ」
「お待たせしてしまってすいません」
「いえ、それほどでも……」
上がり框でもたもたしている私を迂回して、たまよさんはサンダルを履きながら手早く鍵を開ける。
中腰の体勢から少し見上げる姿は、間近なせいもあってやけに大きく、頼もしく見える。そうかと思いながら立ち上がって同じくらいの目の高さで見ると、朝の静かな光と空気に目を細める微笑みには僅かに少女のような愛らしさが見え隠れし、私は奇妙な神聖な気分に襲われた。
恐縮する私を導き出すと、たまよさんはドアを閉め、玄関を離れた。外へ向かうようなので何処かと問うと、それは新聞を取りに行くのだった。
「ご一緒してもいいですか?」
何故かそのまま別れ難く、気付くと私はそう申し出ていた。
「散歩ほどにもならないと思いますが……それでもよろしければ」
私は了承に喜びながら、心の底では我ながら意外な積極さに少し戸惑っていた。
メイドが珍しかったのかもしれない。
「あの部屋で問題なくお休みになれましたか?」
「ああ、はい。それはもう……」
「でしたら何よりです」
郵便受けがある場所の記憶に自信が無かったので、2人は並んで歩くような、私が微妙に後ろを歩くような感じになった。昨夜到着した時は寝ていたし、8年前の記憶は朧だった。坂の下の表門にあったような気がするが、表には門などなく、古びた石段があっただけのような気もする。
「今日のお姿は凛々しいですね。制服姿も可愛らしかったですが」
「そんな……」
恥ずかしさにうつむく。自分は驚くほど褒められるということに慣れていないのだと改めて気付いた。素直に喜ぶこともできなければ、軽く受け流すこともできない。どれほどの気持ちで言ったのかとたまよさんを覗き見れば、彼女は既に庭の景色に目を移しているのだった。
庭園を抜けて林の間の道に入ると、予想外に軟らかい足元の感触があり、私は少々よろめいた。
「どうぞ、真ん中を」
その言葉の意味がすぐには飲み込めなかった。
地面をよく見ると、落ち葉が余分に積もっているせいで目立たないが、まるで道を3等分に線引きをしたような轍が確かに刻まれていた。私は気付かずに踏み込んでしまい、体勢を崩したのだった。
「両脇は木の根がありますし、真ん中が一番歩き易いのです」
そう言いながら、たまよさん自身はその不規則な凹凸のある轍の外を器用に歩く。
メイド――。
彼女はそう名乗ったし、そう呼ばれていた。しかしメイドとは果たして何なのだろうか。私には酷く馴染みの無い言葉だ。
お手伝いさんとは違うのだろうか。ドレスだとメイドさんなのだろうか。
「どうしても車向けになってしまうのですね、舗装はされていなくとも。玄関までの道が歩き辛いなんて意地の悪いことなのですが……」
たまよさんはそう語りながら静かに微笑んだ。
私はたまよさんの言葉に甘えて真ん中を歩くことにしたが、なんだか落ち着かなかった。きっと本来は端を歩く方が性分に合っているのだ。
「朋輔様は何時頃お目覚めになりますか?」
「普段は8時過ぎですね。遅い時は午後になっても起きないこともありますが」
私はうなずいて、次に起こす行動を決めた。それまでの空き時間を使って、改めて気を引き締めるために体を動かしておこう。
緩やかな曲線の終点に表門が見えてくる。郵便受けは坂の下の表門で合っていたらしい。
寝ぼけ眼で食堂へ向かうと、廊下に紫が正座していた。背筋を真っ直ぐに伸ばして、目を閉じ、微動だにしない。隣に「正座」という札を立てたくなるほどの、手本のような美しい正座だった。
何事かと思いつつも邪魔をするのが憚られたので通り過ぎようとすると、唐突に紫は口を開いた。
「お願いがございます」
調子は穏やかながらも声量はかなりのもので、静かな朝の空気に響き渡った。廊下の端から語尾が木霊した気さえする。
声にも驚いたが、それよりも不思議だったのは彼女の凛とした姿だった。昨晩の煮え切らない様子がまるで嘘のようだ。
続いて紫はそのまま倒れこむように深く腰を折り、ぴったりと額を床に付けた。これは、土下座だ。多分、生まれて始めて実物を見た。
「どうか、私をここに置いて下さい」
まだ完全に目が覚めていないせいもあって、理解するのに時間がかかった、のだが、これは、つまり……。
「何でもいたしますので、何卒」
何でも、って……僕が用意した服を渡して着ろと言ったら何でも黙って着るのか?
……いや、そういう問題ではない。
「そんなに畏まらなくても」
視界の端に、台所の入り口から心配そうに様子を伺うメイドが見えた。顔を向けると彼女は優しく微笑んで、小さく頷いた。
「居たければ何日でも居て構わないよ。部屋は無駄に余ってるし、親戚の子の1人や2人、どうってことない」
「本当ですか!?」
「でも高山には連絡する」
「…………」
威勢良く顔を上げた紫だったが、すぐに表情を曇らせてうつむき、たっぷり10秒は沈黙してからずいぶんと下がった音量で短く答えた。
「……はい」
泊めるのは構わないが、結果として家出を幇助したのではまるで誘拐である。紫には悪いが、保護者に連絡をしないわけにはいかない。
「ありがとうございます」
立ち上がり、深く頭を下げて礼を述べると、紫は沈痛な面持ちのまま去っていった。
連絡することは内緒にしておいた方が良かったのだろうか? いや、やはりそれは長い目で見て望ましくないのではないか。
消化不良のまま食堂へ入ると、そこには柊柯がいた。
「追い出しなさいって言ったのに」
腕を組んでこちらを睨んでいるあたり、どうやら廊下でのやり取りをすべて聞いた上で待ち構えていたようだ。
「そうは行かないだろ」
「山にでも実家にでも送り届ければいいじゃない」
実家か……そういえば。家出をした当初は実家の桐谷家に帰るつもりだったのだろうか。
「でも、ほら……せっかく親戚の子が頼って来たのに、無下に断るわけにも……難しい年頃だし」
「メイドの意見は聞くのに私の意見は聞かないんだ」
そんな所まで観察していたのか。
「私が子供だから?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「そう」
さらに怒りを昂らせて行くのかと思いきや、柊柯は急に威嚇を止め、沈静を通り越して無表情のようになる。そして、意外な事を口走ったのだった。
「つまりあなたは8年間話もしなかった親戚よりも、ただのメイドよりも、私の方が家族じゃないと思っているわけね」
「いや……」
いや、そういうわけじゃないけど。そういうわけじゃないけど、メイドには家事を取り仕切ってもらっているわけで、当然彼女の意見は尊重しなければならないわけで。高山の本家には常人には計り知れない事情があるわけで、ひとまず保護しつつ連絡は入れるのが最良の選択だと思ったわけで。そもそもなんでそんなに紫を敵視するんだ。いやいや、そもそも家族だとか家族じゃないとか言う前に、柊柯、お前は一体……。
正体不明の焦燥感が混乱を招き、言うべきことが見つからないでいると、突然思考が正常に働かなくなり、頭の中が真っ白になった。
言葉が続かないと見ると、柊柯は待たずに黙って去ってしまった。僕は呼び止めることもできずに、ただその背中を見送った。
その日の朝食は食べ終えるのにずいぶんと時間がかかったが、何を食べたか、どんな味だったかはすぐに忘れてしまった。
2002/09/04
私は猛烈な勢いで落下していた。布団の中で横になっていたはずだけれど、何者かの尋常ではない力が手首を掴んで離さないので今は縦になったまま動けない。
――ベッドは面倒が無くて楽だわ。人が落ちるのを救う気がないもの。
私の手を引く何者かが語る。黒い姿のそれは、ひどい闇の速度にぼやけてよく認識できない。小さな手と服の縁飾りだけが白くてやけにはっきりとわかる。
――暗くて真っ直ぐなつまらない道のりだからきっとすぐに着くわね。
鼻に掛かっていて幼くて、首筋がくすぐったくなるような女の子の声。甘いのに温度が無くて、ただひたすらに砂糖だけを舐めているような狂気を覚える。
私はこの女の子のことを知っているような気がする……。
――さあ、お別れね。つまらない道をもっとつまらなくして、最悪のドン詰まりにしましょう?
その女の子のことだけ、何故かうまく思い出せなかった。まるで彼女だけが記憶の中から切り取られてしまったように。
けれど私は8年前の私になって8年前のここに居る。思い出せないのも未来のことだ。
「あなたって探すのが下手ね。本当に飽きれたわ」
手を引かれて階段を駆け下り、地下にある一室へと連れて来られた。
「ここに隠れていたのよ」
私だってここに隠れているだろうという結論には辿り着いていたけれど、地下へと続く薄暗い階段が怖くて近付くことができなかったのだった。
結局のところ待ちくたびれた彼女が痺れを切らして私の前に現れたという次第だった。
「まあ、負けは負けだわ。きちんと罰を頂きましょう」
彼女は私の体を引き寄せ、その白くて小さい手をそっと私の懐に忍び込ませた。
身を強張らせても、もう遅い。
彼女の手が硬くて長細いものに触れた。彼女はそれを掴み取り、一気に引っ張り出す。
六角形の星型の紋の短刀。
……嘘だ。
これは私の未来の秘密。今はまだあるはずがない。ところが彼女は私の否定を払い除けるように緩く結んだ鞘袋を剥ぎ、刃を抜き放った。
青白い光を反射する銀色の波模様。そこに歪められた私の瞳がぼんやりと映っているように見えて、背筋が凍った。
何故。
しかしそれも瞬く間のこと。刃は翳され、目の前には彼女の瞳。そこには間違いなく怯えた私が映っていた。
「だって、隠れ鬼でしょう」
彼女は短刀を振り下ろし……自らの左の胸に突き刺した。
「見つけたら鬼は殺さなくちゃ」
鮮血が吹き出し、私を汚す。反射的に手で遮ろうとするが、多量の血が袖口から服の中へと流れ込んで余計に気持ちが悪かった。
何故。
溢れ出る血はいよいよ止まらず、私の視界は真っ赤になった。彼女の黒い服までも赤く染まり、闇も赤に沈んだ。
すべては赤く塗りつぶされてしまった。
落下するような感覚にびくりと震えて目が覚めると、私は布団の中で横になっていた。ベッドで寝ていたのだから当然のことといえばそうだ。別に寝相が悪くて床に落ちたりもしていない。
あれこれと悩み事を抱えながら眠りに入ったためか、なんだか酷い夢を見ていたような気がするけれど、既にうまく思い出せなかった。
「良く眠れたかしら」
突然耳元で声がしたので驚き、私は布団を跳ね除けて飛び起きた。首を回して見て見ると、声の主は私よりもずっと小さな女の子だった。
白い縁飾りをあしらった黒い洋服に身を包んだ姿は西洋人形のようにも見えるが、長い髪も妖しげな瞳も黒い。肌が色白だし、まるで白黒写真のようだった。
その女の子のことを、私は……
知らない。
「……誰?」
彼女は不思議と満足気に微笑んだ。
「私、柊柯。湿っぽい家だけど、まあ適当にゆっくりして行って頂戴」
まるでこの家が自分の持ち物であるかのような口振りで胸を張る彼女を見て、何故だか私は彼女の左の胸に強烈な違和感を覚え……意識が目覚めて思考を始めるよりも遥かに早く、腕を伸ばして触っていた。
当然のことといえばそうだが、服は汚れてもいなければ、穴も開いていない。自分でもどうしてそんなことが気になったのか全くわからないまま、私は呆然と彼女の胸をまさぐっていた。
彼女は拳を振り上げると、真っ直ぐに私の頭に振り下ろした。
「もうお昼よ。寝惚けていないでさっさと下りてきなさい。助兵衛」
覚え書きの覚え書き
甲
キャッチ
縁側
呪縛対策
偽牛乳
茶
「私が」「私が」
次女襲来
続・お兄様
タメイキ
休暇
皿
ちょっと自信があります
味噌汁の影
paint it white
この際だからはっきりさせて
過去を刻む時計
マメシバ
富士山
思い出した
こんなところで
おしえてください
めろん
走馬燈
冬だもの
欠落
Elbereth
[ もどる ]