第三話



「音立てちゃ駄目だよ……」


「わかってる……」


早朝、鳴滝姉妹は息を潜め、寮の部屋の床に忍び足を刻んでいた。

その行く先に寝転がる影は、毛布に身を包み仰向けに眠っている爆だった。
その隣ではジバクくんが唸り声にも似たいびきを掻いている。

悪戯好きの二人は爆の驚いた顔が見たいとの事で、いきなり毛布を引き剥がすという行動に走った。

そんな事で心臓に毛を生やしたような爆が驚くとは思えないが、昨晩会ったばかりの二人が知る由もない。

一歩、また一歩と風香と史伽は横たわる爆へと歩み寄っていく。

これから起こるはずの未来に、姉妹の顔がひひひと意地の悪い笑みに染まっていく。

とうとう爆のすぐ近くまで到着した二人はぱちりと目配せすると、毛布の端と端を掴んだ。


「「おっきろーーーーっ!!」」


満面の笑みを貼り付けて、一気に翻す。


「……アレ?」

しかし、そこに爆の姿は無かった。
鼻ちょうちんを作って呑気に眠りこけている、ジバクくんだけだ。

今、確かにその場所に寝ていた筈なのに、彼は煙のように消えてしまっている。
毛布を手離すことも忘れて、姉妹はそう広くは無い部屋中を見回した。


「甘いわ馬鹿者」


姉妹の頭に声と拳骨が落下した。
途端に目に星が飛び散る。

「「いったーい!!」」

二人が頭を抑えつつ振り返ると、そこには爆がむっつりと仁王立ちしていた。

「この俺の不意をつこうなど、一兆年早いわ」

「爆さん、いつの間に……」

うっすら目に涙を湛える姉の風香に、爆はそれを見下ろしながら答えた。

「ふん……毛布を持ち上げた時、お前ら俺から意識を外しただろう。後ろを取るくらい、その一瞬で十分だ」

「す、すごいです!」

史伽の弾んだ言葉には、驚愕と畏敬が混合された念が込められていた。
傲慢や唯我独尊という言葉が受肉したような爆であるが、それも実力に裏打ちされた自信なのだ。

ふと思いついて、爆はパジャマ姿の二人に尋ねた。

「そういえばお前ら、学校はいいのか?」

「今日は日曜日だよ」

「ああ、休日か」

爆は軽く首を回すと、壁に立て掛けてあった大剣を逆手に取った。
擦りあった鍔と柄を結ぶ鎖が微かに金属音を立てる。
床に転がされていたカウボーイハットを押し付けるようにして被ると、爆はゆっくりとした足取りで玄関に向かった。

「どこ行くの?」

旺盛な好奇心を発揮させて問いを投げ掛けてきた風香に、爆は首だけそちらに遣ると、

「朝の修行だ」

素っ気無く言い残して、ドアを開いた


「ふっ! はっ!」

大剣が虚空を咬み裂いた。

時に振り下ろし、時に横殴りに薙ぎ払い、その巨大さに見合う重量を感じさせない速度で剛刃が閃く。

学生寮の裏庭で、爆は剣の鍛錬を行っていた。

現在の時刻はまだ六時を回ったばかりで、住人達も眠っているのか辺りは静寂に支配されていた。

爆の剣舞のみが、早朝の大気を蹂躙してゆく。
剣を使い始めたのは七年前だが、その間に少しは上達したと思う。
今では第三の腕、腕の延長の如く自由に出来る。

湾曲した切っ先を地面に突き刺して、爆は右手の甲で一筋の汗を拭った。
ちょうどその時、彼の耳朶を軽快な拍手が叩いた。

「楓か……」

振り向きもせず、その正体を看破する。

「ご名答。精がでるでござるな爆殿」

相変わらず細い目が微笑しているような表情の楓が、背後から爆の前に回り込んだ。
忍者服を纏っているのを見れば、彼女もまた早朝の修行に勤しんでいた事が分かる。

「さて、早速あれを試してみるか……」

少女に特に取り合う事はせず、爆は正面を見据えて独り言ちた。

「あれとは?」

問い掛けには答えない。
返答の代わりとばかりに、爆は深く息を吐き出し、慣れた精神集中を開始する。

「なっ!?」

楓が叫んだのは、その光景に自身の目を疑ったからだった。
爆の全身が左右にぶれたかと思った瞬間、彼はその姿を五人に増加させたのである。

「これは、分身の術?」

「「「「「お前のように実像ではないし、五人だけだがな」」」」」

五人の爆の重なった声が、酷く奇妙だ。

「高速移動による残像か……」

言葉尻と同時に残像が掻き消える。

「驚いたでござるな。それを体得するのに、
拙者も随分時間を掛けたのでござるが……」

実際に網膜に収めたにも関わらず、楓は未だに信じられないという様子だった。
昨晩の戦いで影分身を見せたのはたった一度。
そのたった一度で、この異世界からの来訪者は分身の術を会得してしまったらしい。

「俺は世界制覇をする男だからな」

爆は傲然に鼻を鳴らすと、あたかもそれが当然の事であるかの如く、言い放った。
論理性を著しく欠如しているが、どういう訳か納得させられていしまう、揺ぎ無い自信に満ちた力強い台詞だった。

楓はそんな己と、そして爆に微かに苦笑すると、昨晩よりはいくらか優しく彼の手を引いた。

「さあ、朝ごはんにするでござるよ」

爆は転びそうになりながら、強引な女め、と胸中で毒づいた。


「警備員たるもの、警備する場所の地理は把握しておかなければならないでござるよ」

そう言ったのは楓であり、学園の案内を申し出たのも彼女である。
それに声を揃えて賛同したのは風香と史伽だ。
現在爆が知っているのは学園長室までの道のりくらいであり、三人の提案を断る理由も無かった。

そんな訳で朝食後、四人とおそらく一匹と数える聖霊の姿は学園内を一望出来る高台にあった。

「ほう。これはすごいな」

ひんやりと冷たい金属製のフェンスに手を掛け、多少前のめりになりながら、爆は珍しく素直な感想を述べた。

広大な土地に豪奢な建造物が並べられている様子は、さすがに学園都市と銘打たれているだけある。

その場所から右手の方にあるのが爆達の学園寮で、遠く正面に見える巨大な樹が、爆の現れた世界樹である。
遠目に見えるビル―――研究所まであると聞いた時にはさすがに驚いた。

「まずはどこに行こうかなー……あれ?」

ふと爆を見上げた風香が首を傾げる。

「どうした?」

「爆さん、ジバクくんは?」

「何?」

言われてみれば、何時の間にかカウボーイハットから重みが消失している。
今まで彼の頭の上でふんぞり返っていたジバクくんが、影も形も無く消えていた。

四人が慌てて周囲を探索するも、特徴的なピンク色の球体は発見できない。

「どどど、どうしよー!!」

「あの丸物体め、世話を焼かせおって!」

取り乱す風香を尻目にして、爆が忌々しげに奥歯を噛み締めた。

「まあ、案内ついでに探したら良いでござるよ」

「……そうするか」

表情に似合った楓の楽観に、爆も腹が空いたら勝手に帰ってくるだろうとそれに同意した。
鳴滝姉妹は不安気にしていたが、楓がそう言うなら仕方ないと、首を縦に振った。


「ここは中等部の体育館でござる」

天井に吊らされた無数のライトの下、運動着を着用した生徒達がそれぞれのクラブごとに分かれて運動に励んでいた。
かん高いホイッスルやボールが床を叩く音等が入り混じり、それが活気に一役買っている。

「なかなか楽しそうだな」

爆は八年程前、自分が住んでいたファスタの街の学校の事を思い出した。
突如GCに任命されたことで中退してしまったが、当時の事はよく覚えている。

「あれ? その人誰?」

横合いから一人の少女が歩み寄ってきたのはそんな時だった。
片手に持ったボールから、バスケットボール部の部員である事が分かる。
どうやら、風香達の顔見知りらしい。

「あっ! ゆーな! この人は新しい警備員の爆さんだよ」

「へー…あ、私は明石裕奈。どうもよろしく」

「ああ……ところで、この辺で変な生物を見なかったか?」

爆は会釈もそこそこに、ジバクくんの事を訊ねた。

「変な生物?」

怪訝な顔をする裕奈に青年はこくりと頷く。

「そうだ。ピンク色で野球ボールくらいの大きさの球体で、割とごつい顔で手足がついてる」

余りにも身も蓋も無い説明である。
直後裕奈の顔が青ざめたのは、正常な人間なら想像する事もしない様な生命体の容姿を脳に思い浮かべた結果だった。

「う、うーん……見てませんけど……ていうかそんな生物存在するんですか?」

「そうか、邪魔したな」

短く言い残して、爆達は体育館を後にした。


その後四人の探索も空しく、特徴的な丸生物は一向に見つからず、人に訊ねた爆の方が謎の生命体を発見した様な眼差しで見られる羽目となった。

時間は早足で過ぎて行き、気付けば昼時。

「あの生物め、一体どこへ行ったんだ!?」

爆が食堂棟の一角で開店されているカフェで、拳でテーブルに苛立ちを訴えた。
コーヒーカップが軽く宙に浮く。

「そんなに遠くに行ってはいないはずでござるが……」

さすがの楓も疲弊したのか、その声は溜め息混じりだ。
一方の鳴滝姉妹は当初の目的も忘れ、好物のマンゴープリンをつついてご満悦の様子だ。

「いっその事、自爆すればすぐにわかるんだが……」

「いや、それはさすがにまずいかと」

確かにジバクくんが爆発すれば、その爆心地を目指せばいいので早々と発見出来るだろうか、まさに蜂の巣を突付いたような大騒ぎになるだろう。

「「はあ……」」

二人が深々と溜め息をついた、その直後


『ヂィ〜〜!!ヂィ〜〜!!』


独特の鳴き声が耳朶を叩いた。

「あれはっ!」

「ジバクくんでござるな」

爆と楓は椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がると、鳴き声が聞こえてきた方向へ駆け出した。
不意を突かれた姉妹も、目を丸くしてそれに追従する。

割り込んだ雑踏の中に、暴れるジバクくんを握る女子生徒を発見した。
サイドテイルの黒髪に、手に細長い包みを握った、どこか古風な雰囲気のする少女である。

「刹那殿!」

どうやら楓は少女と面識があったらしい。
駆け寄りながら、よく通る声で呼び掛ける。

「楓か」

振り向いた少女は名前を呼び返すと、隣に立つ爆に気付き視線を転じた。

「その人は?」

「俺は爆だ。新しく入った警備員だ。悪いが、その生物を放してくれないか?」

彼女は一瞬仰向けに倒された虫の様に手足を振り回すジバクくんを一瞥して、指から力を抜いた。。
開放されたジバクくんは猫の様に身軽に煉瓦の上に降り立つと、すぐさま爆の頭によじ登った。

「それは、貴方の?」

「一応そうだが、何だ?」

瞬間、少女の双眸が鋭利に細められ、同時に殺気が放たれたのは勘違いではあるまい。

「(なるほど、楓と知り合いなわけだ)」

内心で、爆は口端を釣り上げた。

彼女も楓に負けず、相当の実力者らしい。
抱えた包みは、おそらく刀だろう。

「それでは、私はこれで」

少女の御辞儀は実に礼儀正しいものだったが、反面機械の様に感情を感じさせない。
身を翻し、人で作られた川の中に紛れる。

「おい楓。あいつは?」

細身の後ろ姿が視界より消えてから、爆は正面を見据えたまま楓に問い掛けた。

「彼女は桜咲刹那……どうかしたでござるか?」

訝しがる楓には答えなかった。


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