第十七話



「何ぃいいいいいッ!! 呪いが解けたじゃとおおおッ!!??」


年甲斐も無く、学園長が肺の酸素を総て消費して絶叫した。

彼の机の前に腕を組んで立つのは、金髪の少女、エヴァンジェリンである。

大音量の叫びに痛めた耳を押さえながら、今度は彼女が口を開いた。

「どうもそうらしい……力が完全に戻っている」

小さい右手をぐっと握ってみる。
体に満ち溢れるのは、久しく感じていなかった自分本来の力だった。

「しかし、何時から……」

ぜえぜえと肺に酸素を取り入れながら、学園長が今にも死にそうな声を出した。

「あの、爆が見舞いに来た時から、だな」

彼が帰った後すぐに寝てしまい、起きた時に、肉体の変化に気付いたのだが、その時には特に気に留めてはいなかった。

しかし先日、さすがにおかしいと思い、『別荘』で魔法を使った所、自分の呪いが解けている事に気付いたのだった。

我ながら気付くのが遅すぎたと思うが、まあそれは良いとして、その原因が気になった。


―――とは言っても、いの一番に思い浮かぶのが、あの常識外れの青年だったが。


と、その時。


「お、ここにいたのか、エヴァ」

その噂の人物が、ノック一つせず学園長室に乗り込んできた。

カウボーイハットの上にジバクくんを乗っけた、仏頂面の爆である。

ポケットに手を突っ込んで、明らかに学園長への敬いはゼロだ。
しかし、今日爆が用のあるのは彼では無い。

「私を探してたのか?」

エヴァンジェリンは少し上機嫌に言った。
爆がこくりと頷く。

「そうだ。お前に頼みがあってな」

「頼み?」

予想外の言葉に、エヴァンジェリンは少し驚いた。

普段彼が人を頼るなど、滅多に無い事である。

基本的に、爆は何事も自分で成そうとするのだ。
彼の表情にまったく変化は無いが、その頼みというのは余程の事なのだろう。

そして、爆の口がその内容を告げた。

「俺に魔法を教えろ」

「魔法を?」

エヴァンジェリンは目を丸くした。
前々から彼が魔法に興味を抱いている事は知っていたが、学びたい程とは思わなかった。

「そうだ。あれはなかなか役に立ちそうだからな」

ふん、と鼻を鳴らして腕を組む。

爆としては、少しでも習得できる可能性のある牙は、一つ残らず身につけておきたかった。
力というのは、どれほどあっても困らないし、絶対に裏切らないからだ。

「ふむ……」

エヴァンジェリンは、しばし考えると、やがて何か思いついたのか、にやりと口端を笑いに歪めた。

「良いだろう。しかし、後で私の頼みも聞いてもらうぞ?」

「……また血を三リットルよこせとか、お前のモノになれとかじゃないだろうな」

ちなみに、血の方は過去実際に起きた事で、爆は危うく失血死する所だった。(青どころか白くなった。)

「安心しろ。そんな事じゃないさ……で、どうするんだ?」

不敵な微笑みを浮かべるエヴァンジェリンに、爆はしばらくうんと唸っていたが、背に腹は変えられないというべきか、

「分かった。時間の方はどうする?」

「もちろん、今からだ」

学校の最高責任者の前で堂々と、彼女は早退(サボリ)を宣言する。
ある意味いい度胸だ。

「何?まだ学校は終わってな……」

爆が言い終わる前に、エヴァンジェリンがその腕をがっと強く掴んだ。

「わっ!?」

その拍子に、爆の体勢が大きく崩れる。

「固い事は言いっこ無しだ。ほら、行くぞ」

既にこの時、彼女の頭の中からは呪いの事など遠く彼方に追いやられている。

「ちょ……待て……おい!」

そしてそのまま、爆はろくに抵抗も出来ずエヴァンジェリンに引っ張られていった。
その哀れな姿は、蟻に巣に運ばれる昆虫か何かを連想させた。


ちなみに、部屋の主である学園長が途中二人の話に置いて行かれた事で、拗ねて机に無数の『の』の字を書いていたというのは、誰も知ることは無かった。


日の光が暖かな昼下がり、鬱葱とする森の中、そこにエヴァンジェリンの住居であるログハウスが建っていた。

その中で、爆は学生よろしく黒板を見詰めていた。
テーブルの上で、ジバクくんも正座している。

黒板の手前に立つエヴァンジェリンが、軽やかに白いチョークを滑らせる。
彼女の顔には、何故か眼鏡が掛けられていた。

書き連ねられた文の最後にかつんと点を打ち、エヴァンジェリンは爆に振り返った。

「―――魔法を使いこなすには、強い精神力が必要だ。だがまあ、お前はもうクリアーしているな」

彼女の言うとおり、精神力に関しては、恐らく爆の右に出る者はいないだろう。


大体、彼の操るシンハやテレポーテーション、それにサイコバズーカも、精神集中による『技』はこの世界の魔法に近い物だ。
通常、それらの習得には相当の年数を積まなければならないのだが、爆はそれをたった一度見ただけで、しかもより強力に再現した。


つまる所、爆のそういった才能というのは、実に非凡なわけで。

後に、エヴァンジェリンは非常に驚愕する事になった。

「それで、魔法使いには二つの戦闘スタイルがある」

「ほう」

エヴァンジェリンが二本の指を突き立てる。

「まず一つが、前衛を従者にまかせ、自分は後衛で強力な術を放つ『魔法使い』。そしてもう一つが、『魔法剣士』。自らも前に出て戦うタイプだ。お前の場合は―――」

「もちろん『魔法剣士』だ」

きっぱりと。

爆にとって、後ろで守られながらの戦いなど言語道断である。
それに、オールレンジの戦闘が出来る彼に従者は無用の長物だ。

「そうだったな……まあそれはともかく、実際にやってみるのが一番だ」

そう言うと、エヴァンジェリンは机から一本の棒を取り出した。

箸くらいの長さで、先端に黄色いデフォルメされた星がくっ付いている。
爆はそれをしげしげと眺めると、眉を顰めて、

「……何だこのファンシーな棒は?」

「初心者用の杖だ」

エヴァンジェリンは杖を持つと、軽く振って呪文を唱えた。

「プラクナ・ビギ・ナル・火よ灯れ」

すると、杖の先端に極小さい火が灯る。

「初心者用の呪文だ。ほら、やってみろ」

杖を渡され、爆は神妙な顔で同じ様に、

「よーし……プラクナ・ビギ・ナル・火よ灯れ」

―――その瞬間。


ゴォオッ!!


焚き火レベルの炎が燃え上がった。
散った火の粉が爆の前髪に飛び、瞬時に燃え移る。

「ぎゃああ熱っちゃーッッ!!」

「うわあ!待て今水を……」

エヴァンジェリンは慌ててバケツに水を汲み、ちりちりと頭を焼かれ悶える爆の頭からざばっと被せた。

何とか火は消えたものの、彼は全身水びたしという情け無い姿になってしまった。

髪から水滴を散らして、爆が大きなくしゃみをする。

「へっくしょん!……まったく、酷い目にあった……」

ぼやいて、彼は鼻を啜った。
エヴァンジェリンは驚愕も覚めやらぬ表情で、

「……というか、何であんな呪文であんな大きな火を出せるんだ……点いてもライター程度なんだぞ……」

末恐ろしいものを感じて、彼女は爆を凝視した。
鍛錬すれば、相当な術者になるに違い無い。

「まあこの分なら、早々と攻撃用の呪文を教えられそうだな」


一時間後、エヴァンジェリンは、ぽかんとしてその光景を目の当たりにしていた。

「氷の精霊17頭、集い来りて敵を切り裂け、魔法の射手、連弾・氷の17矢ッ!!」

爆の朗々とした声と共に、天に突き出された掌から十七本が高速で撃ち出される。
結界が張られているため、一般人への気遣いは無用だ。

それらは一度も物に衝突する事無く、抜ける様な青空を突き進むと、やがて霧散していった。

「ふう……おいエヴァ、こんなもので良いか?」

爆は一息つくと、後ろで扉付近の短い階段に腰掛けていたエヴァンジェリンに呼び掛けた。
ちなみに、今彼の頭にいないジバクくんはその近くで虫を追いかけて遊んでいる。

それまで呆然としていたエヴァンジェリンは、はっと我に帰ると、呆れた様な声を絞り出した。

「……お前は、本当に人間か?」

彼女は確かに呪文やノウハウを教えたが、たった一時間でこれほど成長するとは想像もしていなかったのだ。
しかも、汗一つ掻いていないというのが更に恐ろしい。

「この魔法ってやつは、詠唱以外は出し方がシンハに似てるからな。わりと簡単だ」

爆は事も無げにそう言った。

既に彼の思考は、この魔法と、今までに覚えた技の組み合わせの考案に向けられている。
色々と応用出来そうだ。

と、その時、ログハウスの扉からエプロンを掛けた茶々丸がひょこりと首を出した。

「爆さん、マスター、お茶が入りました」

それに応じたのはエヴァンジェリンだ。

「そうか……よし、そろそろ休憩にするぞ」

ダイニングルームで、爆とエヴァンジェリンは茶々丸からミルクティーの注がれたカップを受け取った。
ジバクくんもクッキーを齧ってご満悦の様子だ。

爆は少しその芳しい匂いを楽しむと、ゆっくりと口元に運ぶ。

「うむ、うまいな」

一口飲むと、カップをテーブルに置いて素直に賞賛した。

「!……ありがとうございます」

「?」

一瞬、彼女の声色が変わった気がしたが、爆は特に追及せずに再び紅茶を啜る。

「……それにしても、私は長い事生きてきたが、お前ほど驚かされた奴もいないな」

正面のエヴァンジェリンが述懐するように口を開いた。

爆を爆足らしめる全ての要素が、彼女を驚愕させる。
限りなく傲慢で、しかし何処かお人よしで、自分が一番大切だと広言するくせに、他人のために傷つく事を恐れない。

そしてその天才的な戦闘センスに、貪欲なまでの向上心。

一体、何処から来るのか。

「お前は、何でそんなに強くなりたいんだ?」

ふと、エヴァンジェリンが問い掛ける。

「ん?」

「はっきり言って、お前の実力は魔法を覚えずとも、世界でも指折りだろうな」

「当然だ。俺は世界制覇をする男だからな」

いつもの口癖を言って、爆はまた紅茶を一口飲んだ。

「そう思うなら、何で魔法まで覚えようとする?何で、そこまで強くなる必要があるんだ」

投げかけられた問いに、爆はしばらく、眼下の紅茶の水面に視線を漂わせていた。
何か、考え込んでいるようにも見えた。

「聞きたいか?」

ぽつりと、爆が呟くように言った。

「お前が良ければな」

彼はカップをテーブルに置いて、背中をソファの背もたれに預けた。

「……俺は、今まで二回、泣いた事がある」

「お前がか?」

爆が静かに頷く。

「……一度は、仲間の村が襲われていた時だ。その時、俺は無様に気絶していた」

結局その時は、炎に助けられ。

「二度目は、閑という男を、救えなかった時だ」

『術』を習得すべく、GSになるためのウロボロスの試練を受けている時。

崩れ行く塔の中、爆が潰れぬよう、あの男は柱を支え続け、そして………。


「どれも、俺が弱かったからだ」


普段とはあまりに違う、弱々しい爆に、エヴァンジェリンも茶々丸も、何も言う事が出来なかった。

彼の、哀惜の慟哭が聞こえる様だった。

「力が全てとは、思わない……だが、力が無くては、誰も守れないんだ。俺は、泣かないために、もう誰も泣かさないために、もっと強くならなきゃいけないんだ」

言い終わって、爆は突如ソファから腰を上げた。

「? どこに行くんだ?」

振り返らずに爆が答える。

「少し、試したい事がある」

ログハウスから出て、彼は先程魔法を放った場所に立った。
エヴァンジェリンと茶々丸が遠巻きに見守る中、爆は目を瞑る。


息を深く吐いて、まずは気を高める。
体の右半身に、赤いエネルギーを充満させるイメージだ。


次に、魔力を高める。
魔法を撃つ時の様に、今度は、青いエネルギーを左半身に溜めるイメージで。


そうすると必然的に、爆の体の中心でその二つを隔てる壁が出来る。

だが、それは邪魔なだけだ。

その壁を、取り払ってしまう。
少し、難しかったが、無事に壁が消える。

その時、赤と、青のエネルギーが混ざり合い、新たな、強大な力が誕生した。

―――成功だった。


「……はあッッ!!!」

その新たな力を拳に溜めて、思い切り足元に打ち込んだ。

ずしんと、大きな揺れと共に地面が大きく陥没し、瞬時に土くれが吹き上った。

「うわっ!?」

その余波で烈風が波状に広がり、エヴァンジェリンは危うく吹き飛ばされそうになる。
多少目に入り込んだ土を拭って、彼女は再び正面を見た。

そこには、隕石が落ちたかのような巨大なクレーターと、その中心で力強い光を纏う爆が立っている。

爆は自分の拳を見詰めると、満足そうに笑った。

「うむ。なかなか、良い感じだ」


―――咸卦法。


それが、今し方爆の使用した技だ。

気と魔力を融合したものを体の内外に纏い、強大な力を得る高難度技法……の、筈なのだが。


エヴァンジェリンは思った。


こいつは絶対に人間じゃない、と。


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