「必殺!!ハロウィンパーティー」


初出公開 :2006/11/12-21:05


十月三十一日、夕暮れ。

本日は、麻帆良学園独特の行事「ハロウィン大会」が行われるのである。
元々はクリスマスと同じく起源を外国とする祭だが、こちらは名前は知っていても経験者は少ないだろう。

怪物に身を窶し、町を練り歩いては「菓子か悪戯か」と言って門を叩く。
何かと物騒な昨今、傍から見れば強盗だ。
とあるホラー映画のタイトルにもなっているという。

そんな訳で、日本人には馴染みの無い、精々菓子屋でセールをする口実となる程度の行事だった。


―――だが、麻帆良学園は一味違う。


学園内の服屋では、ハロウィン数日前に仮装用衣装のレンタルを始める。
狼男やら吸血鬼やらポピュラーなものを始め、なんと雪女や鬼など日本の妖怪まで品揃えの幅が広い。

学園内の所々には凶暴な面構えをした巨大カボチャ(あまり美味くないらしい)が設置され、菓子屋には長蛇の列が築かれる。

この時点で、生徒達のボルテージはMAX。


そして本日。


腹の内に溜めたエネルギーを今こそ解放させんと、学園中が歓声を上げている。
本格的に開始される午後五時に先んじて、怪物達が都市を闊歩していた。

そんな異形の群集が徘徊する中を、爆は窮屈そうに歩いていた。

「……相変わらず騒ぐのが好きな奴らだな、ジバクくん」

呆れた声に、肩の聖霊はヂィと鳴いて同意を示す。

見る者全てが獣の耳やら羽やらを付けている中で自分一人普通の服装をしているのだから、何となく疎外感を感じてしまう。

絶海の孤島に取り残されたらこんな気分だろうか。

「それにしても、何で俺が呼び出されなければならんのだ?」

爆の眉間に皺が寄る。
そう、こんな思いをしなければならないのも、3ーAの小娘達の呼び出しを受けたからだ。

昼食後の小休止中、突如襲来した少女達は爆の反論も許さず「放課後になったら教室に来い」と伝え、呼び止める間も無く逃げ去ってしまったのである。
あのクラスに(一部を除いて)共通することだが、強引さでは自分と良い勝負だと思う。

無論、逃げようかと一度は考えた。

彼を知る者が聞けば意外に思うかも知れないが、爆は戦術的撤退には肯定的である。
退けぬ時はあるにしろ、勝てない戦いで無理をして死ぬよりも、逃げ延びて再戦を挑む方が生産的だ。

………まあ、今回の件はそんな命に関わる事態では無いのだが。

行く決心をしたのも、碌な事では無いだろうという予感以外には断る理由も思い浮かばず、同居人である楓や鳴滝姉妹の機嫌を損ねても面倒だっただけである。

この世界に来てから、どうも精神的な所で女性に負けている気がしてならない。
一度帰国して己を見つめ直してみるべきか。

と、思慮に耽っている間に校舎の中に入っていたらしい。
廊下の向こうに3ーAの立て札が見えた。

「……?」

教室の扉から数メートル程離れた位置で、爆はぴたりと足を止めた。

悲鳴が聞こえたのだ。

他ならぬ、3ーAの教室から。
気配を探る間も無く、扉ががらりと乱暴に矩形の口を開いた。

次の瞬間飛び出してきたのは、頭から猫の耳を生やし、フリルがこれでもかと散らされた侍女服を身に纏った少女だった。

いや、正確には少女では無かった。

猫の耳が揺れる栗色の髪。
鼻の上にちょこんと乗った眼鏡。
これらの特徴に該当する人物。


―――ネギ・スプリングフィールド。


端整な顔を恐怖と絶望に歪めた少年と、愕然する爆の視線が交錯する。
瞳には涙。

「あっ! 爆さん助け」

必死に手を伸ばしたネギだったが、しかし救う事は出来なかった。

扉の向こうから伸びた無数の手が、彼を再び無明の地獄の中に引き摺り込んだのである。
一瞬の出来事は、まるでB級ホラー映画のワンシーン。

爆は己の甘さを知った。

命に関わる事態では無いだと?
とんでもない!

あの魔境に一歩足を踏み入れたが最後、誇りとか心とか人として大切な物が殺されてしまう。

「(すまんネギ。俺にお前は救えない)」

勇敢に散った戦士に向けて、およそ一秒間の黙祷。
そして素早く身を翻し、爆はここには来なかったという時空逆転を成すべく駆け出し―――


「いらっしゃい、爆さん」


肩に手が置かれた。
全身が凍りついた。

ああ、なるほど。
手遅れだったのだ、全てが。


ぎゃああ――――――――――


ハロウィンのオープニングにふさわしい恐怖に満ちた絶叫は、誰の耳にも届かない。
そしてまた一人、犠牲者が闇の中へ引き摺り込まれていった。



      ◇◆◇◆◇◆



「何のつもりだ貴様らーーーーッ!!」

3ーAの少女達に囲まれた中、本日二度目の絶叫を上げた爆の上半身は、鎖でぐるぐる巻きに拘束されていた。
縄で無くより頑丈な鎖を選ぶあたり、ただならぬ悪意を感じる。

「まあまあ爆さん。そうたぎらずに」

けらけらと憎たらしく笑ったのは明石裕奈だ。
バニーガールの姿をしているが、それはハロウィンじゃなくて単なるコスプレだと思う。

「いやあ、せっかくだから爆さんも一緒にハロウィンパーティはどうかな?って思って」

裕奈の瞳が、邪悪に光った。
超嫌な予感。

「……で、着替えなくちゃいけないんだけどさ、やっぱ普通じゃつまらないでしょ?」

ぱちん、と指先が鳴る。
どさり、と爆の目の前に衣装の山が置かれた。

「おい! ナース服とか普通に混じってるぞ!? 何の罰ゲームだ!」

むしろ新手のセクハラだこれは。
他にも、というか全体的に見て露出度が高い物しか無いのはどういう理由だ。

こんな恰好をするくらいなら、自ら舌を噛み切って果てる。

「ふふ、往生際が悪いぞ、爆さん。男なら覚悟を決めなければ」

そう言う真名は、何故か、息が荒い。
そして目が怖かった。
傍にいる楓も同じ状態なのは如何なる訳か。

顔面を早くも手で覆っている刹那。
だが、指の隙間からこちらを覗いているのがバレバレだ。

その隣の木乃香は………笑っている。
いつもの様に、にこにこと。
とりあえず、助けてくれそうには無い。

「汚れた。汚れちゃった。身も、心も……」

そして教室の隅で体育座りしているネギは何とかならんのか。
世の絶望を集約したようなオーラを満載した背の下の臀部では、猫の尾が垂れていた。

このままでは、アレの二の舞になるのは目に見えている。
この場で唯一の味方である筈のジバクくんは何時の間にやらいなくなっていた。


「待てッ!!」


鋭い声が教室に響いた。
聞き覚えのある声。
超々嫌な予感。

「そんな服を爆君に着せるなんて、言語道断!!」

飛び込んできたのは、予想通り変態鳥人雹だった。
しかも、着衣は何故か純白のビキニのみ。
背中には自前の羽が生えていて、針金で頭と繋げられた金色の輪がびよんと揺れている。
肌の白さががやけに痛々しい。

もしや天使のつもりか。

「(そのまま天国に逝ってしまえばいいものを!)」

しかし、誰であれこの状況での救援はありがたかった。

楓達は言うに及ばず、無二の相棒であるジバクくんは自分を見捨てて逃げた。
飯抜きにしてやると固く誓った。

だがそう思うと、雹が光の救世主に見えてくるから不思議である。
一時の気の迷いか、風邪を拗らせて四十度ほど発熱していたという事にしたい。

地獄の闇の中に光明を見出した爆。
だが、その光はとんでも無く濁りきっていた。

「爆君は僕とペアルックにするんだーッ!!」



白い影が教室の窓ガラスを突き破り、遠く彼方へ吹っ飛んでいった。

「―――さて、悪ふざけが過ぎると奴の後を追う事になるんだが」

無残に千切れた鎖を踏み付けて、爆は一仕事やり遂げたという風にぽんぽんと手を叩いた。
貞操の危機にまで大人しくしていられるほど、彼は人生を捨ててはいない。

「祭に付き合うのは別にかまわん。だが、この衣装だけはやめろというかやめてくれ頼むから」

「えー、せっかくおすすめにボンテージとメイド服選んだのに」

「何だその絶望の二択!? 焼き捨てろそんなもん!!」

それらを纏った己の醜態を想像しかけ、やめた。
殴打されたかのような激痛が頭を襲ったのだ。
脳が拒否したのだろう。

「アハハハハーそれくらいマシじゃないですか爆サン」

「本気かネギ……おい誰か保健室連れてけ! 目がやばいぞコイツ!!」

ウロボロスの塔で見た「ナレノハテ」は、こんな瞳をしていたかも知れない。

中性的に整った容姿だったのが運の尽き。
爆がここに来るまでの間どんな仕打ちを受けていたのか、顔から一切の表情を消したネギはアスナに手を引かれ、おぼつかない足取りで教室を出て行った。

服装はそのままだったから、正気に戻った瞬間魔法で自らの頭を吹き飛ばすかも知れない。
後で着替えさせておこう。

「では、こんなのはどうでござるか?」

山と積まれた衣装の中から、楓が一着を引きずり出す。
爆は卒倒しかけた。

緑一色の全身タイツ。
水掻きの付いたグローブにブーツ。
特撮ヒーローが首に巻いてそうな真紅のマフラー。
甲羅と皿まで付属している所を見ると、どうやら河童の衣装らしい。

ハンガーには『カッパ海老☆戦隊』とある。

「海老役は拙者が」

「それ以前にこんなもん着るか!」

真顔で言ってくる楓の手から、河童の衣装と海老の着ぐるみを叩き落す。
これを着て道を歩くくらいなら、介錯無しで切腹した方が遥かにマシだ。

「やれやれ……いい年して我侭ばかりだな、爆」

溜め息まじりに言ったのはエヴァンジェリンだったが、選ぶ権利は誰にでもあると思う。
ところで、彼女の小さな身体を包んでいるのは蝙蝠を思わせる漆黒のマントだが、吸血鬼の衣装だろうか?

「馬鹿め、それではいつもと変わらんだろう。これは魔女だ」

してやったりという風にふふんと鼻を鳴らし、エヴァンジェリンは傍に置いてあったマントと同色のとんがり帽子を被った。
なにやら満足そうだから、口に出してはつっこまない。

「正直、何も変わらない」などとは。

「そういえば、今日は茶々丸の奴も仮装してるぞ」

「何?」

と、爆が首を傾いだ時には、茶々丸はエヴァンジェリンの隣に出現していた。
何時の間に。

「……もしかしてメイド服か?」

彼女が着ているのは先程のネギのようなフリルが目一杯付いた侍女服だが、これではいつもと変わらない。
というか、茶々丸はそれと学生服の他に衣装を持っていないのだ。

「ふっふっふ。甘いな、良く見ろ」

エヴァンジェリンの不敵な笑み。
どうやら違うらしい。

「……」

当の茶々丸は現れてからというものの沈黙を守っているが、無表情な顔にかかる陰影の所為か何となく不機嫌そうだ。

服装では無いということは、変化しているのは別の部分である筈。
とりあえず顔を注視してみる。

「―――ん?」

早速発見した。

縫合の痕を表現しているのだろうか、幼児が描いた電車の線路が茶々丸の額を横断している。
米神からはボルトが突き出ていた。

「……フランケンシュタイン?」

「正解です」

こっくりと頷いた茶々丸は、どこか嬉しそうだった。
仮装するまでも無く、茶々丸は人造人間なのだが。

いい加減頭が痛くなってきた。
そもそも、エヴァンジェリンは吸血鬼で茶々丸もアンドロイド。
わざわざ仮装する必要性が見当たらない。

「激さんは、四の五の言わず着てくれたんだけどなあ」

と、残念そうな裕奈の声。
え?と爆は己の耳を疑った。

激と言えば、あの激だろう。
棍棒持って、黒い服着て、そして二の腕が女の腰程もある、あの男。

傍に積まれた衣装に目を向ける。
裕奈は、「着た」と言った。
恐らく、この山の中から一つを選んで。

それらから導き出される答えとは。

「……!!」

「たーだいま〜」

戦慄する爆の背中を、呑気な男の声が叩いた。
びくり、と肩が揺れる。

爆は、振り返った。
恐る恐る、振り返った。


―――妖怪がいた。


そのグロテスクさと言ったら。

身に纏った紅いチャイナ服は、鋼をよじり合わせたかのような逞しい筋肉によって今にも張り裂けそう。
さらけ出された丸太の様に太い太腿と、その先の紅いハイヒールが目に厳しい。
精悍な顔には化粧が施されていて、唇に引かれた口紅がやけに毒々しかった。

手が伸びたり、口から火が吹けないのが不思議なくらい見事な妖怪っぷりであった。
まさしく負の遺産。

「おー爆。お前も来てたのか。どーだ、似合ってるか?」

「え……ああ……そうだな……うん、聞くな」

問われた爆は目を逸らしていた。
激の姿が逆の意味で眩しすぎて、とても直視など出来ない。
美しさは罪、という言葉の意味が解った気がするが、たぶん錯覚だろう。

「つーか、お前は仮装しねーの? 楽しいぞ」

「ああ……すべてが嫌になった」

今夜は早めに寝よう、と心に決めて、爆は教室から脱出しようとした。
が、後ろから肩を掴まれる。

「―――そりゃねーんじゃねえの?」

激の悪意に満ちた声。
そのまま羽交い絞めにされ、くるりと反転。
少女達の視線が刺さる。

「よーしお前ら! こいつを徹底的におめかししてやれ!!」

なっ、と爆は言葉を失った。

一瞬の沈黙。
直後、大宇宙の総てが発しているかの様な歓声が巻き起こる。

「やめろっ! おいこら! あっ、ああああああああッ!!」

伸ばされる無数の手。
そして色とりどりの衣装。
脇下から両肩を締める拘束は、まったく緩まない。



―――翌朝、爆は保健室のベッドで目覚めた。
隣には、虚ろな目をしたネギ。

自分の首から下がどうなっているのか、怖くて掛け布団を剥がす事ができなかった。


前へ 戻る 次へ