「密着!鳥人24時!」


初出公開 :2007/03/05-16:11


日曜日。

AM10:30

「は〜ぁ……なんかいいネタないかなあ……」

校庭をとぼとぼと歩きながら、朝倉和美は溜め息をついた。

クラスメイトが見たなら、彼女をすぐさま病院に電話することだろう―――精神科の。
ムードメーカーたる彼女の消沈ぶりはそれほどであった。

悩みの種はただ一つ。

新聞の記事が書けないのだ。

最近の麻帆良学園は妙に平和で、わざわざ新聞にするような事件がない。
これは、和美にとって死にも匹敵する事態である。

彼女は、自分の作る新聞を我が子の様に愛していた。
取材の際の危険も、それさえ含めて愛していた。

新聞を書くことは、彼女にとってのアイデンティティーと言ってもいい。
それが成せないことによるストレスは計り知れなかった。

「また爆さんでも尾行しようかな……」

少し前なら、爆の跡をつけていけばすぐ事件に巡りあえたものだった。
彼の行く先々で、突っ掛かった不良グループが軒並み壊滅してゆくのである。

そのおかげで当時はすいすいと筆が進んだのだが、不良達も馬鹿ではない。
下手に尖がっているととんでもないものを引っ掛けるということに気付いたのだろう、最近ではすっかり沈静化していた。

今日も今日とて、麻帆良学園は平和である。
和美の心境以外は。

このままではいけない。

立たない煙を立たせるのが和美だが、さすがに火種がなければどうしようもなかった。

「うーん、誰かいないかなぁ。事件起こしそうなの」

考える。

考える。

考える。

見つけた。

「そーだ、あの人ならきっと……」



「は〜ぁ……なんかいいネタないかなあ……」

椅子の背もたれに体重を寄せ、早乙女ハルナは溜め息をついた。

早朝から寮の部屋に篭りっぱなしで多少気が滅入っているが、締め切り寸前の徹夜にくらべればどうということはない。

溜め息の理由は別にあった。

次回のコミックマーケットで出す同人誌が描けないのだ。

いつもならネタなど頼んでも無いのに湧いて出てくるのだが、今回はどうも調子が悪い。
締め切りを考えればもう取り掛からなければならないのに、机の上の原稿用紙は白いままだ。

「やっぱ爆さんあたりかなー、モデルになりそうなの」

腕を組み、天井を見詰めながら考える。
ハルナが漫画を描くにあたって、もっとも重きに置くのが恋愛の気配―――ラブ臭である。

愛とは最もドラマの作りやすい感情だ。

突き詰めれば、憎しみや悲しみさえその延長上にある。
だから、ハルナが漫画の登場人物のモデルを必要としている時はそのラブ臭を頼りに探すのだ。

そのモデル候補の一人が爆である。

彼は素晴らしかった。
周囲に蔓延するラブ臭が、実にイイ。

普通に描いたとしても、それなりに良い作品になるだろうが―――

「何かこう……外連味が欲しいのよね」

漫画とは、所詮空想だ。
ハルナもそこは割り切っている。

しかして空想だからこそ、そこに脚色を加える事ができるのだ。

普通じゃつまらない。

そして、普通じゃないといえば。

「そうそう、いい人がいたっけ♪」


AM10:45 世界樹広場


「雹を尾行!? 何で!?」

とんでも無いことを言い出した和美とハルナを目の前にして、激は大声を上げた。
背にした世界樹の葉がざわりと揺れる。

だってそうだろう。

あんなモノの跡をつけても、出てくるのは精々薔薇と鼻血くらいだ。
氷像を思わせる美貌を剥ぎ取れば、残るのは自動爆追跡装置だけの男なのだ。

だが、少女達の意思は固かった。

「いやー新聞のネタが無くってさあ」

「あの人なら良い漫画かけそうで」

和美はカメラを、ハルナはメモ帳をそれぞれ持っていた。
揃って笑顔だったが、激には見えた。

その奥に秘められた、渦巻く邪念が。

「……ネタっつってもよ、アイツ一日中爆のケツ追い掛け回してるだけだぞ?」

「それがいいんじゃない」

「え」

激の肩に、ぽんとハルナの手が置かれる。
和美が続けた。
四つの眼には濁った輝き。

「大衆が求めるのは非日常……警備員の尻狙う銀髪の美青年ああ何てデンジャラスな香り!!」

「ついでに私の好奇心も満たされる」

「君ら悪魔だね。」

激は確信した。

例えどれほど年月を重ねたとしても、女という生命体には絶対に勝てない。
というか、勝てるようになったら人としてお終いだ。

「良いじゃん、激さん暇そうだし」

「うっ……」

和美の言う通り、激は暇を持て余していた。

針の塔が無くなった後のツェルブワールドは実に平和だった。
たまに凶暴な野生動物が出てきても、GSである激には暇潰しにすらならない。
弟子のカイには、たまにはと休みをやった。

やる事が何も無い―――そんな訳で、激は刺激を求めてこの世界にやってきたのだった。
そう思うと、自分に彼女達をとやかく言う権利は無いのかも知れない。

世界樹の根に腰掛けた激は、しばしううむと唸ると、

「ま、いいか。どうせ俺には害無いし」

やったーッ!! と嬉々とした声が上がった。


AM11:08 中等部


「お、いたいた」

ひょこりと、激は校舎の陰から顔を出した。
和美とハルナもそれに続く。

しかし、彼らの視線の先にいるのは雹では無く爆であった。
青年はポケットに手を突っ込み、肩にはジバクくんを乗せて悠然と歩いている。

「ねぇ、言われた通りに爆さんの警備コースまで来たけど、雹さんは?」

和美に尋ねられた激は、何かを探しているかのように首を旋回させながら応じた。

「んーまあ爆とあいつは一セットって考えてもいいから、多分近くに……あ、ほらあそこ」

激が爆の後方を指差す。

それを辿った先には電柱が立っていた。
そしてその影に、黒いスーツを纏った銀髪の美青年が隠れていた。

あまりの奇妙さに道行く生徒達の注目の的となっていたが、雹が気付く様子はない。
彼の意識は、あくまで目の前の爆にのみ注がれているらしい。

雲一つ無い青空の下、今日も絶好調ストーキング中だった。

「よしお前ら、準備しとけよ。そろそろアイツが襲い掛かる頃合だから」

激の声に、好奇心の奴隷二人はごくりと喉を鳴らした。

と、次の瞬間。

雹が電柱の陰から飛び出し、がばっと爆の背に圧し掛かった。

「のわぁあああッ!!?」

「ラァ――――ブ!! さあ爆くん! 今日こそ君と僕でエデンの園をッ!!」

「アダムとアダムで何をしろと!? ええい離れんかこの変態!!」

全力で引き剥がそうと暴れる爆とは反対に、和美とハルナは雹に熱いエールを送っている。

「負けるな雹さん! ほらそこマウントとって! 押し倒して!」

「うしっ良い感じ! そのまま脱がして禁断の乙女ワールドにッ!!」

「(女って恐ろしいなあ……)」

引き気味の激であった。

しかし少女らの応援も虚しく、強烈なアッパーを顎に喰らった雹は透き通るような蒼穹に吸い込まれていった。
これで数十回目になる貞操防衛に成功した爆は、苛立たしげに鼻を鳴らすと、その場を去っていった。

直後、落下して来た雹がグシャリと嫌な音を立てて石畳に叩きつけられる。

「……ちょっと。あれさすがにヤバイんじゃ……」

雹を中心に広がる血の池を見かねたハルナに、激は平然と答えた。

「大丈夫、アイツSとMを兼ねそろえた奇跡の男だから。」

彼の言葉は正しかった。

うつ伏せになって血溜まりの中に沈んでいた雹が、突然がばりと起き上がったのだ。
血の滲んだ口元には、地獄の悪魔もかくやというような微笑。


「フッフッフッフッ……僕は諦めないよ。君が素直になるその日までね……」

「「「(うわぁ)」」」


三人を見事にドン引きさせて、雹は爆の追跡を再開した。


AM12:13 食堂棟


白い丸テーブルの上で、爆は弁当を口に運んでいた。
その正面には楓が、左右には鳴滝姉妹が座っている。
周囲に散ばった幾多のテーブルからは、生徒達の談笑の声が上がっていた。

食堂棟に足を運ぶのは、飯店に食事を取りに来た者ばかりでは無い。
自前の弁当を持ち寄り、交流の場として利用する生徒も少なかった。

彼らに混じって、激ら三人は爆の監視を続けていた。

「雹さん、ホントに来るの? なんか見失っちゃったけど」

和美がクリームソーダを啜りつつ訊ねると、気だるげに頬杖を突いた激は、

「安心しろ。爆を張ってりゃ絶対出てくる」

ところで、と彼は隣のハルナを見遣った。

「はあっ……はあ……なんてラブ臭……たまらない……」

なんか怖いよこの人。

鼻息は荒く、眼には獲物を狙う獣のような輝き。
できればたっぷり十メートル程離れて、完全無関係の他人のふりをしていたかった。

変なオーラを出している三人組とは正反対に、爆達は平穏に満ちた時間を過ごしていた。

「……ごちそうさま」

魚の切り身を肩のジバクくんの口に放り込むと、爆は箸を置いた。

食事が終ったのだ。
彼は弁当箱を布で丁寧に包むと、それを楓に手渡した。

「お粗末さまでした。味の方はどうでござったか?」

「うむ。ところで、この弁当はお前と風香と史伽の合作だったそうだが」

「そうでござるが?」

「怒らないからチョコバナナの天ぷら作った奴手を挙げろ」

「「ごめんなさい」」

鳴滝姉妹が揃って頭を下げた。
奇妙奇天烈な料理の生みの親は彼女達らしい。

「あう、だって普通のじゃ爆さん満足しないと思って……」

「ごめんなさい、私が止めなかったから……」

おずおずと釈明する風香を、妹の史伽が庇う。
今にも泣きそうな少女達に、爆の方が困ってしまった。
彼は、泣き喚く幼い娘を必死にあやす父親のような顔をすると、

「いや、責めている訳じゃないぞ? むしろその……何だ。俺のために工夫してくれたのは、嬉しかった。まあ方向性は間違ってるが……」

大胆不敵という言葉が服を着て歩いているような爆にしては、珍しくはっきりとしない物言いである。
だがそれでも、建前の取り払われた本音の言葉は、姉妹に笑顔を取り戻させるには充分であった。

風香が訊ねる。

「ホントに怒ってない?」

「ああ、本当だ」

「じゃあプリン奢ってくれる?」

「何がじゃあだ何が」

「おねーちゃん、ダメですよぅ」

「拙者が作った分の感想は……?」

暖かい、ほのぼのとした空気が漂ってきた―――その時である。


「ストォ――――ップ!!」


絶叫と共に、天空から白と黒の人影が降ってきた。
爆達のテーブルの上に乱暴に降り立ったそれは雹である。

「……空から探してたみてぇだな」

白翼を折り畳む雹を眺めながら、激が呟いた。
ハルナと和美は早くも観察を始めている。
見ろこの恍惚とした顔。

「この僕を差し置いて、爆くんとのほほんとするなんて断じて許さんッ!」

びしりと威圧的に楓に指を突きつける雹だったが、対する爆達の反応は冷やかだった。

「……お前もいい加減空気の読めん奴だな」

「そうでござるよこの邪魔鳥」

「雹さん邪魔ー」

「邪魔ですー」

見事な集中砲火である。

「僕また評価下げてる!?」

叫ぶ雹。
彼の評価は元々地に潜る程低いので、たいした問題じゃ無いなと激は思った。

しかし、ダイヤモンドを上回る硬度と納豆を超える粘着力(というかしつこさ)を兼ね揃えた精神を持つ雹がこれくらいでめげる筈も無い。
腰元の鞘から刀を抜き放ち、切っ先を楓に向けた。

「とにかくお前ッ! 爆くんと同居なんてしやがってこの雌豚! 今日こそ挽肉にしてやる!」

と、楓の細い眼が殺気を帯びる。
口元だけが弦月を描いているのがこれまた恐ろしい。

「それはこちらのセリフでござるよこのストーカー。今日こそ綺麗にバラして焼き鳥の材料にしてくれる」

楓の両手に鋭利な銀光が出現する。
学生服の袖の中に仕込んであった苦無手裏剣だった。

程なく、殺し合いが始まった。

「ああっ、複雑な三角関係……そしてお約束の刃傷沙汰! 素晴らしすぎるッ!」

興奮して顔を紅潮させたハルナが、蛇のように身をくねらせる。
隣の和美は血走った眼でカメラのシャッターを切りまくっていた。

激は思った。
やっぱ怖いよこの人たち。

丸テーブルの上で器用に刃を重ねる二人の修羅を、爆と鳴滝姉妹は少し離れた所で見物していた。

「わぁ、二人ともすごいなあ」

「こら風香、あまり雹を直視するな。せめて鏡や窓ガラスを使って間接的に見ろ。色々と穢れるぞ。あと史伽はそんなにくっ付かない。怖いのはわかったから」

周りの生徒達は、新しいアトラクションと勘違いして声援を送っている。
こんな殺意に満ちたアトラクションなんてあるか。

しかし……と激は楓の方に眼を移した。

彼女はたしかに一流の使い手で、善戦している。
だが、雹の数百年という練度と戦闘経験の差は、決して馬鹿にできたものでは無い。
加えて、鳥人の基礎身体能力は人間のそれを遥かに超える。

つまり、楓に勝ち目は無いということだ。

事実、冷静を取り戻した雹に、彼女は押され始めている。
長刀が少女の首を刎ね飛ばすのも時間の問題だろう。

爆もそれを予感してか、既に行動を開始していた。
行動といっても、くいと顎を動かしただけだ―――雹の頭上に、青いベンチが出現した。

重力に忠実だったベンチは、見事に彼の脳天に落下した。

「あふんッッ!!」

ゴインという小気味の良い音とともに、雹がテーブルの上から転がり落ちる。
爆は少し血が付いたベンチを元あった位置に戻すと、楓達に向き直った。

「さて、俺は仕事に戻る。お前らももう教室に帰った方がいいぞ」

「雹さんはいいんですか?」

首を傾げる史伽に、爆は素っ気無く答える。

「大丈夫だ。こいつのしぶとさはゴキブリに匹敵するから」

爆と楓達が食堂棟から去った後、銀髪を真っ赤に染めた雹が、倒れ伏したまま笑声を上げた。

「フ……フフフフ……君の愛……しっかり受け取ったよ爆くん……」

ストーカーここに極まれり。
そんなことを考えながら、激は自販機で缶コーヒーを買った。


PM16:20 住宅街付近、歩道


日も沈みかけ、道路に沿って並ぶ家々が紅に染まった頃、ハルナが快声を上げた。

「いやー、今日は良いネタがどっさりだったなー」

笑顔の少女の手の中にあるメモ帳に何が書かれてあるのか、少なくとも激は知りたくなかった。
知った瞬間精神崩壊を起こすかも知れない。

「う〜ん、私としてはいまいちかなぁ……記事にするような事件起きなかったし」

たっぷり十リットルは血が流れたのだが、それでいまいちってそれじゃもう雹が街頭で腹掻っ捌くしか無いんじゃないか。

ちなみにその雹は、激たちのずっと前を歩く爆の背中を追っていた。
今朝と同じく電柱に隠れながら。

頭に巻き付けてある木の枝は、果たして工夫なのかそれとも単に発狂しただけなのか。
いずれにせよ余計に目立ってる。

「そういえばさあ」

和美が首を傾げた。

「ん、何だ?」

「前から思ってたんだけど、何で雹さんって爆さんのことが好きなの?」

「あ、それ私も気になってた」

興味津々の二人に、激は言葉を詰まらせた。
何時か出る話題だとは思っていたが、果たして教えて良いのだろうか?

これは、間違い無く雹の闇に触れる話だ。

とても、自分に語る資格が在るとは―――

「うわっ!?」

どん、と突然誰かに突き飛ばされる。

「ごめんなさーい!」

よろめく激の傍を走り抜けて行ったのは、二人の幼稚園児だった。
似た様な顔立ちを見ると、どうやら兄弟らしい。

「大丈夫? 雹さん」

和美の声に、激は自分が情けなくなった。
深く考え込んでいたとはいえ、まさか子供の突進を避けられないとは………

苦い顔で、走る幼い兄弟の後ろ姿を見た。
無邪気な笑い声を上げながら、道路の真ん中で楽しそうに追いかけっこをしている。

カイの奴にも、あんな時分があったなあと、懐古していた時。

激は凍りついた。
和美とハルナは悲鳴を上げた。


住宅の角から、一台の貨物トラックが飛び出してきたのだ―――幼稚園児の目の前に!!


運転手は慌ててブレーキを切るが、遅過ぎた。
耳障りな音を立ててタイヤが滑り、車体が幼い兄弟に迫る。
二人とも、恐怖で動けない様子だった。

「くそッ!」

間に合うか!?
激がテレポーテーションを使おうとした、次の瞬間。

疾風の様に駆けた爆と雹が、横合いから幼稚園児を救出した。
爆は兄の方を、雹は弟の方を抱えて、歩道の上に降ろした。

「お前、大丈夫か!? 怪我は!?」

取り乱し、弟の方の小さな肩を揺すったのは、意外にも雹の方だった。
弟の方が、涙目で首を横に振り無事を示すと、彼は安堵の溜め息をついた。

「そうか。良かった……」

それを見ていた和美は、目を丸くして、

「あれ、ホントに雹さん?」

呆然として呟いた。
たしかに、今の彼は激をしても初めて見る表情をしていた。

常に誰かを睨んでいるかのような切れ長の眼は緩やかに湾曲し、口元の不敵な笑みは穏やかなものに変わっている。

まるで―――弟を優しく宥める兄の様に。

雹は、泣きじゃくる幼稚園児の兄の方を向くと彼の手を掴み、

「お前、兄貴だろ。何時まで泣いてるんだい?」

弟の方の、紅葉の様な手を握らせた。
兄の方の涙が止まる。
自分が泣いている場合では無いと気付いたのだ。

「兄貴は、弟を守ってやるもんなんだ」

一瞬、彼は、泣きそうな顔をした。
傍に立っていた爆は目を細めた。

「……ほら、行きな。もう道路で遊んじゃダメだよ」

すっかり泣き止んだ幼い兄弟の背を押す。
二人は頷くと、お互いの手を固く握り締めたまま、道の奥に消えていった。


「雹さん………?」

ハルナは呆然としていた。
自分が見たものが信じられなかったらしい。

まあたしかに、雹は人助けをするような性格ではない。
あれがもし大人だったのなら、きっと爆だけに任せていたに違い無い。

だが、現実にトラックに轢かれそうなっていたのは、幼い兄弟だった。

「なんで、雹の奴が爆に惚れたか、だったな」

激は、ぽつりと呟いた。
え? とハルナと和美が顔を向けてくる。
少し躊躇って、激は続けた。

「あいつさ、昔、弟亡くしたんだよ。歳は、まだ一桁だったらしい」

「え……」

二人の顔が強張る。
あの騒々しい男にそんな過去があるなんて、想像もしなかったのだろう。

「そんで、荒れまくってな。俺があいつと知り合ったのはその頃なんだが、笑いながら他人を傷つけられるような奴だった」

これでも、大分表現を柔らかくしたつもりだった。

実際は、雹の弟はただ死んだだけでは無く、呪いを解く為に血を一滴残らず抜かれ、雹自身は狂気に走り弟を殺めた村人全員を斬り殺していた。

ハルナが恐る恐る訊ねた。

「激さんは、止められなかったの?」

「しばらくしてから、あいつとは別れちまったからな。でも、別の奴が止めたんだ」

和美が声を上げる。

「あっ……それがもしかして」

「そう、爆だ。あいつのお陰で、トラウマも晴れたみたいでな。前よりはマシになったよ」

まあ、何でそれが恋愛感情に発展するかは理解の外だったが。

激は前方に向き直った。
和美とハルナも、それに続いた。

雹は、尚も爆の背中を追っている。

「あの兄弟助けたのも、たぶん、昔の自分と重ねたからじゃねーかな」

「そっか……」

和美は、少し考えると、爆と雹にカメラのレンズを向けた。
パシャ、とシャッターが切られた。



数日後。

『お手柄の二人! 幼稚園児を助ける』

そんな題名の新聞が学園中に貼られ、

「夢のツーショットだーッ!!」

と、爆に抱きついた雹が顔面をへこませたという。

そしてコミックマーケットでは、白い翼を生やした天使と黒い髪の地上人(両方とも男)のラブストーリーの同人誌が売り出されたが、それは二人の知る所では無かった。


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