「のどかと雹の恋愛指南!?」


初出公開 :2007/03/31-22:27


勇気を出さなきゃ。

宮崎のどかはそう思ってはいたものの、一歩踏み出せないままでいた。
修学旅行で何とかネギ・スプリングフィールドに告白したまでは良いが、それっきり何ら進展がないのである。

理由は解りきっていた。
愛する人の手を繋ぐこともできない、自分の臆病さだ。

そう、今だって、神楽坂アスナと談笑しながら歩くネギの後ろ姿を、ただじっと見つめているだけ………
声を掛けよう、とか、自分も混ざりたい、とか、色々な思いが頭を駆け巡っていたが、結局は何一つ実行に移せていない。

気付けば二人は視界から消えていて、のどかの胸には後悔だけが雪のように降り積もってゆく。

今まで読んできた数々の恋愛小説も、現実世界では役に立ってくれそうになかった。
やはり紙の上の知識よりも、血肉を持った体験でなければ意味が無いのだろうか?

「(このままじゃいけないのに……)」

だからといって、どうすれば良いかまではわからなかった。


「ふっふっふっふそこな少女。恋の悩みを抱えているようだね?」


突然背後から聞こえてきた不気味な笑い声に、のどかはびくりと肩を揺らした。
聞き覚えのある声だったが、思い出している余裕は無かった。

振り向くべきか、このまま走って逃走するべきか。

しかしこの時、のどかの足はすくんでまともに動かなかったため、そもそも選択肢として成立していなかった。
意を決し、のどかは恐る恐る振り向いた。

そして心の底から後悔した。

振り向いた先には、怪人がいた。
変人と言い換えても良いだろう。

全身を包むのは、テロ上等の新興宗教の信者のような白いローブ。
頭には布のマスクが被せてあり、眼の部分には二つの覗き穴が開けてある。
天国から叩き落されたばかりの天使のような純白の翼と、額の「愛」の字が特徴的だ。


「乙女の溜め息に導かれ、愛の戦士・バードマスクここに参上!」


何処からとも無く湧いて出た無数の薔薇を背景に、自称愛の戦士は両腕を大きく広げてポーズを決めた。
対するのどかは携帯電話を取り出した。
そして押される110番。

「あのすみません、警察ですか? た、助けてください、変質者が……」

「ギョ―――ッ! 引かないで! 呼ばないで! 今マスク取るから!!」

さすがに国家権力に来られては堪らないらしく、自称愛の戦士はすぐさまマスクを脱ぎ捨てた。
ばさりと白い布が地面に落ち、ローブを纏った肩の上には銀髪の美青年の頭が現れた。

「ひょ、雹さん?」

一体何でこんな所に?
彼が主に出没するのは、爆の半径十メートル以内と聞いていた。
だが、辺りを見回してみても、カウボーイハットの警備員の姿は何処にも見つからなかった。

「あの、私に何か……?」

「いや、だから乙女の溜め息に呼ばれて」

「助けておまわりさん」

「警察はいいから! 不審人物じゃないから僕!」

ありとあらゆる視点で見ても不審人物だと思う。
さっきから白いローブが光を反射して目が痛いし、ついでに周りの人の未確認生命体でも見るような視線も痛い。
少し前の自分なら、この時点で舌を噛み切っていてもおかしくなかった。

通報しようとするのどかを押し止め、雹は弁明を始めた。

「どうやらお前は恋の悩みを抱えてるみたいだからな。この僕が助けてやろうと思ったのさ。今日は日曜で休みだろ?」

上視点から物を言う人だなぁと思いつつ、のどかは悩んだ。


「その前に、自分の恋を成就させてみせてください」と言うべきなのか。


幸か不幸か、のどかにはそこまでの勇気は無かったのだが。
とにかく雹に相談しても何一つ解決しそうになかったので、彼女は彼の申し出を断ることにした。

「あの……すみません。私、自分で」

「はっはっはっは遠慮するなよ」

ぽんと両肩に置かれた雹の両手は、もしや逃がさないという意思表示なのか。
いやそうに違い無い。
指に込められた力は、肌に痕がつきそうなくらいに強かった。

のどかは恐る恐る、目の前の雹の瞳を覗き込んだ。
童話の醜いアヒルの子が苦難の末仲間を見つけ出した時のような、希望に満ちた目だった。

違う、仲間なんかじゃない。
自分の方は、まだ見込みがある。

そうは思ったけれど、肉体的にも、精神的にも逃げられなくて。

「……お願い、します」

のどかはがっくりと首を折った。
雹の顔が、更に輝きを増した。


レッスンその1・「まずは愛する人の趣味を知ろう!」


校庭でネギと爆が何事か話し合っているのを、雹とのどかはベンチの裏に身をちぢこませながら観察していた。
確実にアホの入り口に立ちつつあると感じて涙が出そうになったのどかだったが、雹は気にせず語りだした。

「いいかい? 大切なのはまず、相手の好みを知ることだ。デートをするにもプレゼントをするにも、相手の嫌いなものだったらどうしようもないだろ?」

なるほど、それは一理ある。
考えてみれば、片思い歴は彼の方がずっと長いのだ。
先輩の意見は馬鹿にしたものではない。
ところで。

「あの、そのビデオカメラは一体……?」

雹の手の中にある機械のレンズは、一直線に爆へと向けられていた。

あ、そうだ。
きっと爆さんの嗜好を記録するための物だ!……と、己を納得させようとしたのどかだったが、流石に無理がある。
良識ある人間には不可能だ。

だって、どこからどう見ても。

「盗撮って、犯罪じゃ」

「個人で楽しむだけだから個人で。」

己を無実と言い張る雹だが、個人で楽しもうがどうしようがその行為自体が法律に引っ掛かる。
しかし彼はそれを自覚していないのか、それとも自覚した上での行動なのか、ビデオカメラから目を離そうとはしなかった。

止めるべきだと思っても、それを実現する能力を、のどかは持ってはいない。
そのままあたふたと、雹の犯罪行為を傍観するしかなかった。

しかし、この世には因果応報という言葉が存在する。

ひゅん、と大気を貫き飛来した拳大の石が、ビデオカメラごと雹の顔面を粉砕した。

「ぶっ!」

鼻から大量の血を噴出して、ストーキング鳥人はあっけなく昏倒した。
投石した爆は、怪訝な表情でこちらの方に目を向けていた。

「どうしたんですか爆さん?」

「いや……何かおぞましい視線を感じてな」

その視線の正体を確かめるべく、爆はベンチに近づいてくる。

「(に、逃げなきゃ!)」

こんな状況では言い訳もできやしない。
のどかは気絶した雹の足を掴むと、うんうん唸りつつ近くの木陰まで彼を引き摺っていった。

「……誰もいませんよ?」

「ふむ、まあいいか。どうせ雹か何かだろ」

木の陰に隠れながら、のどかは爆とネギの様子をうかがっていた。
どうやら、爆にとって雹は虫とかそこら辺の扱いらしい。
まあ、普段の行動を考えると同情すら湧かないけれど。
幸い二人はすぐに興味を失って、何処かへ歩き去って行った。

「(危なかった……)」

のどかはほっと息をついた。
雹は完全に伸びている。
何故かとても幸せそうな顔で。

「本当に自分に正直な人だなあ……」

ここまで来ると、もう呆れを通り越して感心してしまう。
のどかがそう思った時だった。


「なーにやってんだ、お前」


ぎくっと少女の小さな肩が跳ね上がる。
声は背後から聞こえてきた。
振り返ると、そこには額に赤い布を巻いた、黒衣の青年の不思議そうな顔があった。

「げ、激さん……」

か細い声で名を呼ばれた激は目をぱちくりさせていたが、すぐに倒れた雹を見つけて、

「なんだ、またストーキングしてたのかコイツ?」

「あの、その、なんというか」

「?」

事情を説明すると、激は頭痛をこらえるように額に手のひらを当て、重い溜息をついた。

「ホントに何考えて生きてんだこの馬鹿は……悪いな、変なのに付き合わせちまって」

「いえ……激さんが悪いわけじゃないですし」

そこで伸びている雹にしても、自分のためにやってくれているのだから―――たぶん、きっと、おそらくは。
それでも浮かない表情をしていた激だったが、やがて声を上げた。

「おっ、そうだ。良いもんやるよ」

そう言って、彼が懐から取り出したのは、小さなガラス瓶だった。
のどかの手の中にさえ収まりそうな透明の容器の中で、正体不明の青い液体がたゆたう。

「それは?」

「変身薬。飲むと、思ったとおりの姿になれるんだ。たまたま材料があったから作ってみたんだが、どうも使う機会が無くってなぁ」

瓶をのどかに手渡すと、激はそのままじゃーなと手を振りながら消えてしまった。

もしかしていらない物を押し付けられただけなのだろうか、と思いつつも、彼女はそれをスカートのポケットの中に仕舞い込んだ。
効果が本当ならいつか役に立つかも知れないし、人から貰った物を捨てるほど不躾ではない。

とりあえず、のどかは雹が眼を醒ますのを待つことにした。



レッスンその2・ライバルには速やかなる死を☆



「(二つ目からいきなり血生臭いーッ!?)」

「いいか? 愛に妥協は不要だ。間違っても共有しようとか、そんな甘い発想をしちゃいけないよ。そう、奪おうとする奴は―――排除するのみ」

研ぎ澄まされた刃のような笑みを見せた雹の鼻には、絆創膏が貼られていた。
滲んだ血がとても痛々しい。

この時点で、のどかと雹の間には一メートル程の隔たりがあった。
彼女としては、正直仲間と見られたくないというか、出来れば逃げ出したかった。
肉体的スペックの関係でそれは不可能だが。

「ところで、雹さん。一体どこに向かってるんですか?」

「この時間帯はね、下衆なメスどもがおぞましいことに爆くんと昼食を食べくさってる頃なんだよ」

どうしたらこんなに人を憎めるのだろう?
声の調子こそ優しいが、内容は憎悪滴る雹のセリフ。
恋ってこんなに怖いものだったのかな、とのどかは思った。

そうこうしている内に、辿り着いたのは食堂棟。
昼食を摂りに来た生徒たちで賑わう中、雹は密林で獲物を探すハンターの目付きで視線を飛ばし始める。
帰りたい……のどかが心底そう思った時だった。

「あ、爆さんだ……」

奥の方のベンチに腰掛ける、カウボーイハットの青年を発見した。
隣にはクラスメイトの桜咲刹那が座っていて、どうやら昼食の途中らしい。
弁当箱を手に、二人とも笑っている。

刹那は照れているような笑み。
爆は、のどかが認知する限りではあまり見ない、穏やかな微笑を浮かべている。

―――それはのどかの理想の光景であった。

少しだけ、夢を見てみる。
爆はネギで、刹那は自分。

ただ配役を変えただけの、他愛の無い妄想だった。
しかしそれだけでも、のどかは幸福感に包まれてギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ。

「(……ギリギリ?)」

思考に割り込んできた奇妙な音は、隣から聞こえてくる。
ちらりと、のどかは瞳を右に動かした。
鬼がいた。

「あんの腐れ女がぁ〜〜……僕の爆くんと馴れ馴れしくしやがって……ッ!!」

地獄の最下層から響いてくるような声が、耳障りな歯軋りと共に雹の喉奥から吐き出されていた。
極限まで見開かれた両目は不気味に血走っていて、血涙を流さないのが逆に不自然に見える有様。
憎しみで人を殺せるなら、地球上の女性は確実に絶滅している。

恐怖に硬直するのどかを置き去りにして、雹は高々と跳躍した。
もちろん、両手に長刀を携えて。

「メス豚ーーーッ! 月の出る夜ばかりじゃないというかこの場で血祭りに上げてくれるわッ!!」

直後、長い長い悲鳴が上がった。



「……大丈夫ですか? 雹さん……」

満身創痍で刀を杖代わりにして歩く雹に、のどかは恐る恐る声をかけた。
ああ、と気のない声が返ってくる。

どうも昼食を邪魔されたのが爆の気に障ったらしい。
刹那が応戦する間も無く、怒りの鉄拳が雹の顔面に直撃。
青年はボールみたいに弾んだ。
そしてこの有様。

自業自得だが哀れ過ぎる。

「でも手本にはなったろ? まあ初心者はこれから始めてもいいけど」

と、雹のスーツの内側から出てきたのは、よく神社の木に釘で縫い付けられているような藁人形。
胴の部分に張られたシールには「デッド作」とペンで書かれている。
デッドって誰だろう?

「さあ、これに毎夜釘を打てば恋敵はみるみるうちに……」

「あの、雹さん。もういいです」

え?と唖然とした顔を見せる雹に、のどかは笑いかける。

「何だか少し、勇気が湧いてきました。もう大丈夫です」

これは本当だった。
絶対に諦めない彼を見ていたら、自分も頑張ろうと思えてくる。
ネギにちゃんと声をかけられるかは、まだ自信は無いけれど。

「でも、僕はまだ何も」

「これ、お礼です。もらった物で、悪いんですけど」

青い薬液の入った小瓶を、雹の手に握らせる。

「変身薬……」

「元気づけてくれて、本当にありがとうございます。私、もう行きますね」

小瓶を握りしめたまま動かなくなった雹に、のどかは別れを告げた。



遠くなってゆく少女の背中。

雹は罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
だって、自分は何もやっていない。
何もしてあげては、いない。

力になりたいと思ったのは真実だ。
自分の様に恋に悩むのどかを、放って置くことができなかった。
女は嫌いだったが、それはまた別の話だ。

しかし、結局はどうだった?
無駄に気を遣わせてしまっただけなのでは無いか?
そもそも、同じく悩みを抱えた自分がアドバイスを送ろうというのが間違いだったのではないか?

「なるほど。こういうことだったのか」

立ち尽くす雹の背後から、声。
彼は力無く振り向いた。

「……爆くん」

肩にピンク色の聖霊を乗せ、悠然と腕を組んだ青年がそこにいた。

「いつにも増して奇行が目立つから、何かあると思ったんだが……まさか、のどかに協力してやってるとはな」

「協力してるように、見えたかい?」

「いや全然」

だよね、と雹は遣る瀬無く肩を落とした。
その時、力の抜けた彼の手から小瓶が落ちて、爆の足元に転がる。
爆はそれを拾い上げると、中身の青い薬液を訝しげに眺めながら、

「何だこれは?」

「変身薬さ。昔見たことがある。たぶん、激の奴が作ったんだろうけど……」

ふむ、と爆は何か思案顔で瓶を手の中で転がしていたが、やがて口を開いた。

「雹、耳を貸せ。一つ案がある」



雹にはああ言ったものの、のどかの胸にはまだ大きな不安が横たわっていた。

勇気が出たのは確かだ。
しかし、それを相手側が受け止めてくれるなんて保証は何処にもない。
ネギ先生ならきっと……なんて楽観的にもなれなかった。

「(結局私は、どうしたいのかな……?)」

のどかは今、分かれ道に立たされている。

このまま友達以上恋人未満の関係を続けるのは簡単だ。
何もしなければいい。
だが、これより先に進むことを願うのならば―――それは痛みを伴う道だ。

苦痛の可能性が、のどかを踏み留まらせる。
穴の開いた風船のように、勇気が萎んでゆくのを感じた。

臆病者は、どこまで行っても臆病者なのか。

絶望とともに、カフェの角を曲がろうとした時。
突如、黒い壁が現れた。

「きゃっ!」

どん、と正面衝突。
何かが零れる音とともにのどかは尻餅を突いた。
痛みはあまり無く、彼女はすぐに立ち上がろうって謝ろうとした。


「ドコに目ぇつけとんじゃいワレぇ……!」


頭上から落ちてきた、ドスのきいた声。
脳内に湧いてきた最悪のイメージから目を反らし、のどかは、ゆっくり、ゆっくりと顔を上げた。

ヤクザだった。
爪先から頭のてっぺんまでヤクザだった。

靴は蛇皮。
鼻の上にはサングラス。
クロマニヨン人がタイムスリップしてきたとしか思えない厳つい顔を、大きな切り傷が袈裟がけに走り、それがまた恐怖を増幅させている。
そして二メートル近い巨躯を包む黒スーツ。

胸元が、スーツの色とは違う黒に染まっている。

それが何かはすぐに分かった。
厚い手の中の紙コップと漂う香ばしい匂い。
コーヒーだ。

「ワシの服が汚れたやろが。どう責任とってくれんじゃオォ?」

「きゃああああ!?」

のどかは一瞬で混乱の極みに叩き落とされた。
何だろう、何で神様は私をここまで嫌ってるの?
前世で十字架に磔刑されたキリストの腹を槍で刺したとか?
ああだとしたら何てことを前世の私!!

現実逃避はそこで終わった。
がしりと腕を掴まれる。

「こりゃー弁償してもらわんといかんなぁ……外国かマグロ漁船か選べや姉ちゃん」

「(売られるっ!?)」

全身余すところなく凍結させたのどかは、もはや声を発することすらままならない。
そもそも何で学園内にヤクザが?
警備員は全員ストライキでもおこしているのだろうか。

いずれにせよ、彼女を取り巻く状況は変わらない。
腕を力強く引かれ、のどかは苦鳴を上げた。

「さっさと来んかいコラぁ! やったことの責任とれや!」

恫喝が少女の心を追い詰める。
踏ん張って耐えるが、身体能力の低いのどかだ。
すぐに体が引き摺られる。

「や、やめっ……助け、て……!」

のどかの悲鳴は、ただ虚空に霧散するのみ。
周りには誰もいない。
男の下卑た哄笑が響く。

「助けなんざ来るかいボケェ!」

のどかは瞼を閉じた。
頬を伝う熱さは零れた涙か。

―ー―もう、会えなくなる?

喉元にまで込み上げてきた感情。
のどかはそれを、そのまま口から吐き出した。


「……ネギ先生ーーー!!」


直後起こったことは、はたして神の奇跡だったのか。


「のどかさん!」


少女の耳朶を叩いたのは、少年の声。
のどかが一番聞きたかった声だった。

「うぶはぁッッ!!」

風切り音と共にヤクザの顔面がへこみ、鼻血を振りまいて奥の茂みの向こうに吹っ飛んでゆく。
代わりにのどかの目の前に立ったのは、栗毛色の髪をした、眼鏡の少年だった。
年齢に不似合いなスーツは、教師の証しだ。

「ネギ先生!」

「大丈夫ですか、のどかさん?」

自分を気遣う、ネギの笑顔。
不意に気が抜けて、のどかの腰がすとんと落ちた。
嗚咽が漏れる。
涙も止まらない。

「怖かったんですね……でも、もう平気ですよ」

のどかの泣き顔が、ネギの胸に埋まった。
腕は後頭部に回され、頭を抱きしめる形となる。

「どうして、ここが?」

「爆さんがいつの間にかいなくなっちゃって、探してたらのどかさんの声が聞こえたから……間に合って、よかった」



「まったく、間に合ってよかった」

茂みの向こうのネギとのどかを覗きながら、爆は呟いた。
肩のジバクくんがヂィ、と泣いて同意を示す。
それから、足元で大の字になって伸びているヤクザを見下ろした。

「ほれ、さっさと起きろ。傷は治してやったぞ」

こつん、と爪先で米神を突くと、男の巨躯が白煙に包まれる。

「う……うう」

呻き声を上げたのは、ヤクザでは無かった。
白煙が引き、芝生に寝転がっていたのは銀髪の美青年だ。
顔に受けた筈のダメージは、『聖華』によって治癒され痣すら残っていない。

上半身を起こした雹が、爆に尋ねる。

「成功したのかい?」

「ああ、見てみろ」

爆の視線の先には、ネギとのどかの笑顔があった。

古典的な作戦である。
変身薬でヤクザに姿を変えた雹がのどかに絡み、通りすがったネギが彼女を助けるという、三流ドラマのような展開。

「お前の下手な演技が何時ばれるかとヒヤヒヤしていたが、うまくネギを誘導できたからな」

爆は雹の隣に腰を下した。

「まあ、一番の功労者はお前だ、雹。よくやったな」

「……うまくやるかな、あの二人」

「さあな」

未来のことは誰にもわからない。
だが、これでとりあえずは前に進んだのだ。
後のことは彼ら自身に任せよう。

爆はその場に寝転がり、しばし冷たい芝生の感触を楽しむことにした。


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