「梅雨の日」


初出公開 :2007/04/25-22:14

朝から蒸し暑い一日だった。




窓から覗くことの出来る空は暗雲で満たされていて、更に不快度が増す。



巨大なバケツでもひっくり返したような豪雨が、容赦なく大地を叩く。



「……もう梅雨の時期か」



窓際に立った麗しい金髪の少女、エヴァンジェリンは何処か憂鬱気に呟いた。



憂いを帯びたその表情も、彼女の美貌を際立たせる材料にしかなり得なかったが―――



「こっちにもあるのか?」



少女の背中に掛けられた声は、それを考慮した様子も無い。

エヴァンジェリンが振り返る。



その視線の先のソファには、朝からいきなり押しかけてきた青年、爆の姿があった。

従者である茶々丸は買い物に出かけており、現在この家にいるのは少女と彼だけだ。



「大雨になるとチッキーの奴が嫌がって飛ばなくてな。ペンギンみたいな姿をしとる癖に」



口は彼の故郷に住んでいるドライブモンスターについて愚痴りながらも、その意識と眼は手元の魔法の指南書の文面に向けられている。



以前エヴァンジェリンに魔法を習って以来、爆はしばしば彼女の家にやって来る。

無論逢引きなどという色気のある用件では無く、単に魔法に対する見解を深めに来ているのだった。



剣技等と魔法を融合させ、本来何年と修行を積んで習得する筈の咸卦法まで体得しても、青年はまだ足りないらしい。



その恐ろしいまでの向上心に、エヴァンジェリンは「別荘」の使用を勧めていた。



一時間が一日になる魔法の空間。

そこでなら、爆は時間など気にせずに存分に修行に励む事が出来る―――だが、彼はきっぱりと断った。



何故かと問い質せば、曰く「それではズルになる」と。



人は皆、同じ時間を生きている。



それは人間である爆も、吸血鬼として永遠を生きるエヴァンジェリンも同様だ。



一日を、一時間を、一分を必死に生き、その中で自身を高めるために努力を重ねてきた。



故郷にいる仲間達も、今は違う星にいる好敵手もきっとそうだろうと。



だからどんなに強さを求めようとも、その一時間が一日となる「別荘」は、そんな彼等に対しての裏切りだと。



何時かまた出会った時に、胸を張って「強くなった」と自慢したい―――そう爆は語った。



いっそ愚直なまでの真っ直ぐさに、エヴァンジェリンは苦笑したものだった。

彼のこういう部分が、自分の心を捕らえて離さないのだ。







だが、ふと思う。



「(私は、このまま爆の傍にいて良いのか?)」



自らの手に視線を落とす。



自分はこの手で、窓に映る雨粒に匹敵する大勢の命を奪ってきたのだ。

人間も、人間でない者も、腕の一振りで肉塊と変わり、口唇が紡ぐ魔法で砕けていった。



屍山血河を築き続け、幾星霜。

何時しか「闇の福音」などという大層な異名までつけられた。



すると、自分を滅ぼし名を上げようとする者達も現れ始める。

そうして襲い掛かってきた彼等もまた、その命を散らしていった。



何時からだったろうか。

殺めることに、心が動かなくなったのは。



自己防衛のためとはいえ、その罪は重い。

この白魚のような繊手は、その実血と怨嗟に塗れていた。



「汚い、な」



我知らずと口から漏れた言葉も、青年は明確に聞き取っていた。



「何がだ?」



魔法書から顔を上げた爆が、訝しげに問うてくる。

それに、エヴァンジェリンは雨垂れに覆われた窓から目を離さずに答えた。



「私の手さ。……お前にも、教えただろう?」



己の過去を。



登校地獄の呪いをかけられ、この学園にやって来る以前、どんな人生を送ってきたかを。

それを聞いても眉一つ動かさなかった辺り、やはり彼は大物と言うべきか。



「ああ、聞いたが……それがどうした?」



「幸せになって良いのかと、思ってな」



窓に映る爆が、不思議そうに首を傾げる。



自ら足を踏み入れた、紅く染め抜かれた修羅の道。



後悔はしていない。

間違っているとも言わせない。



だが彼の隣に並ぶには、あまりに命を奪い過ぎたのではないか。

幸せを享受するには、身に染み付いた血臭が邪魔なのではないか―――



「何を馬鹿なことを言っとるんだ、お前は」



その声は頭上から降ってきた。



余程考え込んでいたらしい。

声の主である青年は、何時の間にかエヴァンジェリンの真後ろに立っていた。



「……馬鹿とは何だ、馬鹿とは……」



苦悩の全てを否定された気がして、拗ねた少女は窓の中の爆を睨み付けた。

力は、あまり込められていはいない。



「過去は大切だ。だが、それに囚われる奴は馬鹿だ」



「そんなこと……っ」



解ってはいる。

だが、割り切れるかどうかは別ではないか。

放とうとした抗議の言葉は、しかし爆の嘆息に遮られた。



「たしかに、お前は何人もの人間を殺した。その罪は、きっと重いのだろう」



だがな、と青年の手がエヴァンジェリンの金糸に乗せられる。



「少なくとも俺は、お前の幸せを願ってるぞ」



少女の瞳が揺れた。

青年が微笑む。



「世界中にたった一人でもそう願う奴がいるなら、誰にでも幸せになる資格

はある筈だ。違うか?」



「……っ」



天を覆う暗雲から降りしきる雨。

外に出てれば良かったと、エヴァンジェリンは思った。



そうすれば、頬を伝う涙も目立たなかっただろう。





【超短編です。】


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