第十三話〜星空〜


キラキラキラキラ。
星の輝く夜空は綺麗。巨木の根元から見上げていると、木漏れ日の代わりに降り注ぐ星の光が気持ちいい。
日光浴を取り込む森林浴って言うのがあるけど、これはなんて言うのかしらね。
星光浴、星の光を取り込む、何だか神秘的な光景だわね。
不思議と心が落ち着いている。
魔法使いだって言うのがばれているのに、しかも、それを話したのは私自身だって言うのに妙に心の中は不安も心配も無い。
あるのはこれからここに来るであろう、きっとその時は、アンバランスなほどに良く似合った、魔法少女姿の嶺峰さんが来ると思うと、うん、不思議と微笑がもれちゃう。
あのあと、私と嶺峰さんは普通にお別れした。
もぉホントに普通のお別れよ。お茶飲み終わって、うーんって私は思いっきり背伸びをして、で、嶺峰さんはそんな私をにこにこ笑顔で見守りつつ、じゃ、また後で、なんて普通の、お友達みたいなお別れの挨拶だけ済まして、お互いにお別れした。
帰り際、一回だけ振り返ると、似合わない事に、嶺峰さん、走ってたんだわ。
しかもその後また振り返って、やっぱりいつもの嶺峰さん笑い、眼を細めて、小さく微笑むような笑顔、を作ってまた走っていく。
そんでまた振り返って、笑って、また走って。ドジっ子とかなんだったら、一回ぐらいは転びそうな動きだったけれど、残念ながら嶺峰さんはドジっ子ではない。
ああ見えて彼女、結構集中力はあるらしく、バランス感覚も悪くは無い。
結構な速さで走って、タン、と小気味良く踵を返し、特注のスカートを大きく翻して、にっこり笑いながら振り返る。ホント綺麗で、羨ましいぐらいに可愛らしい、そんな動きだったっけ。
姿が見えなくなるまで、私は見送っていた。
で、姿が見えなくなるともう行こうって思うんだけど、流石は嶺峰さん、妙な視線が気になって振り返ると、にこにこ笑って見送ってるのよ。あの、嶺峰さんスマイルで。
そんな綺麗な笑顔で見送られたら気になって脚も進まないって言うのに、自覚してかしないか、私が振り返らずに歩き続けていると、もぉ顔も確認できないぐらいの距離だって言うのに、まだ見送ってるのよね。
その視線が辛くて、でも嬉しくて、だから先に嶺峰さんを行かせる事にした。
私が振り返っていると、二秒三秒嶺峰さんはにこにこ笑い、踵を返して走り出し、で、また振り返ってにこにこ。そんなのの繰り返しだ。
本当に何を考えているんだか解らないけど、でもまぁ、普通に気に入っちゃったのかもしれないし、普通に心配になっちゃったのかもしれないわね。
と、ぴょこっと胸元からレッケルが顔を出す。
思いっきり出したのか、飛び出すように出てきたもんだから、正直びっくり。しかも、何だか表情がよろしくない。
レッケルがそういった顔をするのは珍しい。基本的に、彼女は平和主義者なのだ。
まぁ、だから私も使い魔として契約する気になったんだけどね。
暴力的な使い魔なんてこっちから願い下げ。私の理想にとって害にしかならない人とは付き合いませんよ。
あ、人じゃなくて蛇か、蛇限定でもないけどね。
で、そんな平和主義のレッケルの今の表情は、まぁ言ってみれば、慰撫し噛んだ、釈然としない表情。
蛇の表情鑑定なんてする気は無いけど、私にはちゃーんと解ってる。
下手な魔法使いなんかよりも付き合いは長いんだもの。一蓮托生一心同体運命共同体。結構似たような考え方だったもんだから意気投合しちゃって、今に至っている。
私と意気投合できる人って言うのは少ないものだから、レッケルと出会えたときは正直嬉しかったのが素直な感想。
ただし、友達がいないとかと言うのとは違うわよ。ちゃんと友達だって居るんだから。
ただ、レッケルとはその僅差が違うって言うのかな、やっぱり考え方が深く共感していたからなんでしょうね。レッケル曰く"私とアーニャさんは前世は一つの魂で、こっち側で二つに分かれて転生したですですぅ"だってさ。
生まれ変わりとか信じているところ、やっぱり蛇よね。尾っぽ咥えればウロボロス環だし。
んで、そのレッケルのこの表情。見るからに何か言いたそうな表情は、久々に見る顔立ち。
この時聴いて、レッケルが答える率は五分五分。
普段似たような考え方をして、お互いに反発しあう事なんて無いから、レッケル自身も結構困惑するみたいなのよね。だから言わない事もあるし、でも言うときは必ず言うものなの。

「なぁによ、言いたいことははっきり言いなさいよ?」

しっかりと釘刺し。
言いたいことは大体わかっている。お互いに付き合いは長くも短くもといったところだもの。
でも、言い淀む言い方は私は嫌いだ。しっかり自分の意思を伝えられる人の方が好感はもてる。
誰だってそうでしょ。曖昧よりは真実をって。
でもまぁ、真実って言うのものはそも、それ自体が曖昧なものだからね。
それに、求めていい真実と、そうしない方が良い真実って言うのもある。選ぶのはソレを発く人だから、何にも言えないんだけどね。

「みゅっ、ではでは言うですです。アーニャさぁん、どうして記憶の除去を行わなかったですです?
アーニャさんは魔法使いとしての能力は優れているですです。除去を行えない事はないと思ったですです。
それに、アーニャさんは人一倍魔法使いとしての制約には厳しい方だって知っているですです。
その役割を忘れてなんていない人ですですぅ。ならなら、どうしてですです?」
「知ってるくせに。あんただって、嶺峰さんの事、気になっていたんでしょ?それが答えよ」

みゅっ、と言い止るレッケル。きっと私の言った事が正しかったから言い留まったんでしょうね。
流石は一蓮托生の仲、中々に以心伝心している関係は、そんじょそこらの姉妹なんかよりも、もっともっと優れたものよね。
ホントに前世は同じだったのかもしれないわね。でも、前世がゴキとかだったら嫌だなぁとか思うのよ、私。
ともあれそう言うことだ。
お互いに彼女の事が気になっている同士、彼女の事はほおっては置けなかったと言うのが事実。
魔法使いは誰かの、何かのために行動するのを是とする存在。
私だって、今現在は未熟とは言えど立派な魔法使いをやっているのですよ。
と、なると、困っていたりする人はほおって置いちゃいけない。
彼女が困っていたかどうかと問われれば、彼女に困惑とか、そういったものは内在していないから違うと思う。
が、そこを気にしちゃ魔法使いなんてやってない。
彼女は、私に会っただけで笑ってくれた。
彼女は長い間一人ぼっちだったのには間違えがない。そんな彼女が一人ぼっちのままで居させてあげたくはない。
そこで私の出番なワケよね。伊達でやってない魔法使いだもの。ちょっと迷惑がられるぐらいに手を貸してあげてこそ、魔法使い。
彼女にお友達を作ってあげましょかね。魔法とかじゃなくて、ちょっとしたお友達としてのお付き合いで、ね。
だから、そう、彼女にお友達が出来るまでの間、私が、彼女のお友達で居てあげたいって思ったから。
それが終われば、あとはいつもの関係に戻ればいい。
彼女は本当は綺麗でいい人で、皆が皆、彼女に触れてあげられるようになるまでは、私が彼女と一緒に居てあげればいい。
それで、頃合になれば私のことは忘れて、普通の生活で健やかになって欲しい。
そう言うのが、結構魔法使いのお願いなのだ。
魔法使いは、普通と言う名の生活を捨ててまで、魔法なんて言う、二度とは戻る事の出来ない未知を選んだんだ。
だから、大抵の魔法使いはそう考えている。
普通に生きて、と。普通に、あるがままに生きていって欲しい、と。
私たちには選べなかった道だから、その道を何処までも進んでいって欲しい。
そうお願いしながら、魔法使いは魔法を使えない命を助けていくものなのよね。

「みゅー...でもでも、それじゃあアーニャさんがぁ...」
「あのね、元々私はここに来るべき人じゃないのよ?
普通の世界から見てみれば生きていても居なくてもなんら変わりない何のために生きているのかも解らないよーな存在よ?
一夜の幻。一時の夢と考えてくれれば幸いと思っているだけよ、レッケル」

でも、まぁレッケルの言いたい事も解る。
散々仲良くなっておいて、いざその時が来ればお別れ、なんて言うのは一番タチが悪い。私が嫌いな、あの人、サウザンドと同じで無責任になっちゃう。
だから去り際には何も残さない。
この国の言葉だ。
発つ鳥、跡を濁さず。
私が居た形跡など、残さなければいい。私など、そも初めからいなかった事になってしまえばいいだけのお話しだ。
私が生きていく場所は、こっち側じゃ無くて、魔法界と一般世界の狭間。中間の境界線に常時立ち続けるんだ。
時折思い出したかのように魔法界に帰って、時折気まぐれのように一般世界に顔を出して、仕事のために一般の人たちと関わって。それで、何も告げずに魔法界からは何時もの様に旅立ち、気紛れで顔を出した一般世界と、精一杯の気持ちで助けた人たちには何も残さず、私たちが居た形跡なんて一切残さずに、代わりに楽しい思い出でも詰め込んで、私たち魔法使いの事なんて、何一つ思い出さずに生きていってくれればいい。
それが、一番。余計なものに介入させない、介入しない、介入を許さない。
ソレが魔法使い。自己の幸せより、他者の普通。
幸せなんかは自分の手で掴まなくっちゃ意味が無いから、普通の生活をプレゼンテーション。
そこから不幸になるのか幸せになるのかは、もぉその人次第。
そこまで面倒は見切れませんよ、と言う事じゃなく、もっともっと助けて、選択肢を用意してあげなくちゃいけないんだものね。
だから、私たち魔法使いは何も残さないで去っていこう。残すのは、世界が見つめる、小さな事柄だけでいいんだもの。
でもまぁ、無責任は嫌だし、魔法使いやってんだから手助けしてあげる程度の事はしてあげたい。
普通の生活に戻れる手助け。普通の生活に戻れたら、後はその人が頑張っていく事を信じよう。
んで、後は次の為に行動。一人の為に捧げている暇なんて無いからね。
冷たいけれど、そんな感じだわね。
そう、きっとそう言うものなのよね。
超越しているって言うか、こうやって自覚して一歩進んだ能力を持った生き物は、なるたけ手助け程度にしてあげるのが一番、必要以上にでしゃばったりする必要なんてどこにもないんだもの。
そゆことで、嶺峰さんとのお付き合いも程よく程よくが基本。
魔法使いとして程よくの関係性を持つのが基本だ。
レッケルは違う事に対して心配しているようにも見えるけど、まぁそんな心配するような事でもないじゃないのよ。
何も変わらないだけのことだもの。
そう、私はこっち側にとって、居ても居なくても支障の無いような存在だ。
尤もそう言う"魔法使い"って言うのを選んだのは、そも私だ。
今更自分で選んで、自分の意思でそうである事を知った道に異議を唱えるほどおつむが弱い私じゃないのよ。
大丈夫、結構、出会いにも別れにも慣れてんだから、私は。
それに、実際マギステルになってみれば出会いも別れもしょっちゅうだもの。今更別れに嘆くようじゃ、マギステルなんてやっていけないのだ。
だから、今回のは前哨みたいなものだと思えばいい。そう思っていれば、悲しくなんてない。
そう、悲しいもんですか。
私は自分の事に意識を割けるほど余裕が無いっていつも呟いている。
是にすべきは己じゃなく、他者。他の存在があって、私も在れるんだもの。
だったら、他の命を是とする事に苦悩なんて感じている場合じゃないのよ。

「みゅっ?」

レッケルがぴょっこりと耳を動かす。これは、レッケルがこの付近に張り巡らせた水膜結界に任意の人が入った証拠だ。
今のところ、コレに反応するように任意したのは、ネギと、嶺峰さんの二人だけ。
いや、実はもう一つ引っかかるようにはしているんだけどね。ネギの方は簡易使い魔からの報告で、ちゃーんと自室の方へ行っているって知っているから、この反応はきっと嶺峰さんだわね。
ま、レッケルも伊達に精霊じゃないんだからコレぐらいの活躍はしてもらおうってことで張り巡らせたんだけど、中々に役に立ちそうじゃないの。
さて、お客さんも来た事だからいつまでも思慮深くもなっていられない。
いや、あんまり思慮深くなんてなっていないんだけどね。気持ちの問題って言うのかな。これから暫くの間はお友達になってあげる人は、人間離れした何かを抱いている人だ。自分の思考に頭を回していちゃ、彼女のことは解らずじまいになってしまう。
折角のお友達なら、いろいろ知りたいし沢山お付き合いもしてあげたい。
一時の夢は、まぁなるべくは楽しい方が良いとは思うから。ね。
ぽんぽんとスカートを払う。
視線の先には、まだ嶺峰さんは見えない。
で、何となく気付いた。
何のことは無いみたい。嶺峰さんが来る事に、何だか浮き足立って、私喜んでいるみたいだわね。
くすりと笑って、星を見上げた。今日も、綺麗だった。

―――――

で、やって来た嶺峰さんの姿を見て、またまた眼を丸くしている私が居るわけですよ。
にこにこ笑顔の嶺峰さん笑いは相変わらず。直視するのが難しいぐらいの輝く笑顔。それは相変わらずちゃんと見ることは出来ないんだけど、今回はさっきと違って、服装を注目するわけにもいかないのよね。
さっきまではロングスカートの制服だったんだけれど、今は全然違う。
そう、今の嶺峰さんが着込んでいる服装は、先日の夜に見た、あの魔法少女姿。
近くで見ると、ますますその芸の細かさに眼が行っちゃうんだけど、目を向けるとふんわりと笑って嶺峰さんがこっちを見つめてくるものだから、眼を逸らさざるえないのよ。
で、逸らした後はちら見でしっかり注視している私もいたり、で、嶺峰さんも、そんな私の様子に気付いてか気付かないでか、相変わらずの嶺峰さん笑顔。
妖しいまでの魅力と、輝かしいまでの優美さと、眼を背けたくなるほどの異様さを醸し出す、一番苦手な、あの笑顔で、こっちを見つめられている。
で、まぁどんな服装かと言いますと、これまた趣味丸出しの、明朝に出会った、あの嶺峰さんが自ら進んできているだなんて信じられないぐらいの女の子趣味全開の一着。
スカートは、もぉギリギリもギリギリ。あんなんで動いたら、中が見えちゃうってぐらい短いんだけど、どう言う訳か後ろの方が長くて正面が短いって言う中途半端なつくりのフレアスカート。
肩には大きな膨らみがあってちょうちんを形作っているんだけど、そのちょうちんも真上から真下へ、二の腕辺りにかけてまで二つに裂けていて、真っ白い柔肌の二の腕が丸見え。
なんだかちょっとえちぃ作りだわね。かなり大きい腰のリボンはピンと張って、なんとも可愛らしい。
と、まぁ此処まではいいとしましょう。ここまでなら、普通の魔法少女ルックだ。
魔法少女ルックに普通とかの定義があるとかは知らないけど、まぁあれよ、テレビとかのアニメで魔法少女系が着込んでいる、典型的な魔法少女ルックって言うのかしら。
そう、スカートの短さや、細かいコントラクトとかは魔法少女のソレでいいんだけど、やや魔法少女らしからない部位が妙に目立つ。
まず色彩が赤と黒の二色染めと言う事。
スカートの表側は黒一色で、裏地が真っ赤。血で染めたんじゃないかって疑いたくなるぐらいに紅い、二色の布を使用している。それも、スカートだけじゃなくて全体にわたって。
膨らみも外地は黒く、その亀裂から見える内側も真っ赤。
また如何わしいのは色合いだけじゃない。全体的に鋭利なんだ。
尖った箇所が多い、柔らかな布地である筈なのに触ればそのまま手とかが千切りにされるんじゃないかって位に鋭利な特徴が目立つ。
勿論布地で、そんな事は無いとは思うんだけど、やっぱり嶺峰さんと言う人物の出す気配が鋭利な布地をさらに鋭く見せている。
ソレがスカートにもあって、箇所箇所が鋭利に尖り、肩の膨らみを覆う肩当のようなの布地でさえも鋭利。加えて、スカートと上着を止めるのが無骨なまでに馬鹿でっかいベルトだって言うのが、ちょっと減点。
最後に、本当に最後の付け加え何だけど、一番魔法少女らしくないのを、嶺峰さんは引きずって持ってきていた。そう、引きずって。
ここに来て、私の方を眺めているときは手放しているんだけど、地面に突き立てられたソレは、今も私の目には深く焼きついている。
と言うか、そもコレに殺されそうになったことが一回あったもんだから良く覚えているんでしょうね。
真正面から見れば八角星。横から見ると、多角錘である巨大な巨大な、嶺峰さんがどうやって持ち運んでいるのか疑いたくなるぐらいバカでっかい、あの先日の夜に私の頬を掠めかけた、あの異様。
ドリル、そう、岩盤を抉る巨大な削岩機としてしかとれないような、ソレが嶺峰さんの真後ろに、相変わらず、嶺峰さんと変わらない威圧感じみた凄みを持って、コンクリートの地面に、先端だけを突き刺した状況で在った。
でも、そんなものさえも関係なく嶺峰さんはこっちえを見つめたままで居る。
暇にならないのかしらとも思っているんだけど、どうやらほんの取り越し苦労みたいね。だって、あんなに嬉しそう何だもの。
カフェでお話していた時と同じ、嶺峰さんスマイル。
他に取るべき表情が無いのかなって、疑っちゃうぐらいに単一的な、でも、それ故に輝くようにも見える、彼女の笑顔。
たった一つだから尊ぶのではなく、たった一つだからこそ危ういのだけれど、何一つ、そのたった一つへ至れるようなものはありえないと、小さな心で確信している。彼女の笑顔は、そんな笑顔だった。
はてさて、いつまでもこんな風に見つめ合いにもならないような対峙を続けていたってしょうがない。
そも、彼女と私はお互いの立場を明確にしようと対峙し合うつもりでここに来たわけじゃない。
私は彼女があの格好を以って、あの異様を持って、そうして何故、あの偉業に挑んでいるのかを知るためにここにいるんだもの。
勿論、それだけじゃないんだけど、今の優先は先ずソレだ。いつまでもこうしちゃいられない。
こほん、と一つ咳払い。それを見ていたらしい嶺峰さんがきょとんとした顔をする。
きょとんとしたって言っても、小首をかしげる程度の小さな疑問の表情なんだけどね。
まぁ可愛らしいと言えば可愛らしいし、今の格好に似合っているって言われれば、否定は出来ない。同時に、似合っていないと言われてもソレも否定は出来ないんだけれどね。
兎も角アレだ。人ではありえない紅い、深紅の眼で色白の肌でそんな顔をされると惚れるとかの以前に、普通に一歩退いてしまう。だって怖いもん。赤い眼で、そんな表情されたら。

「如何なされましたか?お待たせしてしまいましたので、何でもお聞きいたしますわ」
「いや、そう言うのじゃないんだけど。うん、ちょっと、お話しましょ」

で、笑顔。ぱっと明るくなる感じではなく、じわっと染み出すような、比喩はよくないけど、正直にそんな感じしかしない、でも輝く星のような笑顔。
本当に対極に位置する表現しか持ってない人。良いか悪いか、その二つだけ。
しかも、妙に二つが掛け合っているんだから余計に不気味と言うか不可思議な印象を強く与えてくれる。
ともあれ、彼女の外見をいちいち形容していちゃ話しが進まない。今は、お話優先と言う事だ。
私は巨木の幹に背を凭れて体育すわり。嶺峰さんは背中を預けて、お母さんみたいに私を見下ろし、まだ笑んでいる。
他者から見たら、結構アレな光景だわよ、コレ。
魔法少女らしからぬ格好のでも魔法少女にしか見えないファッションの女の人と、ダークな服装メイン、と言うかダークローブのツインテールもどき娘が二人ぼっち。
街中で見かけても、きっと男ども声もかけられないようなファッションセンスの二人組み。あ、そも嶺峰さんが居ちゃ誰も声なんかかけられないか。彼女の存在感は圧倒的だもの。にわか男ども程度では全然お話にもなりません。
と言うか、そも生き物離れした魅力なんだから普通の生き物の人間ぐらいじゃどうにも出来ない。
彼女の存在感に拮抗できるのは、せいぜい自然界の麗しい光景とか、その他の人間外の生き物が持つ自然的な魅力でぐらいでしか相対せない。
尤も、そのときは、一番近くにいる私も存在感が霞んじゃって見るやつ見るやつ、皆嶺峰さんの方へ目をやっちゃってるでしょうけどね。
ええ、怒ってませんよ。怒るもんですか。そも、レベルの違う相手に怒るのなんて無意味意味。私は私の魅力で何とやら。あ、ごめん、今の嘘。
と、無駄な思考を働かせている場合じゃないか。
何はともあれ、今は嶺峰さんとお話しする事が結構大事。折角お誘いしたんだもの。アレが出る前に、結構色んな事は話しておきたい。
なんせ、私はそうやたらめったら学園中を動き回れるような境遇じゃないのです。
ネギは居るし、うかつな行動だって出来ない。
魔法使いって言うのは隠れ住むのが基本。昔のヒーローものじゃないんだから、いきなり現れてばばーん、なんてそんな都合のいい展開なんかには、絶対にならない。
必要なときに出て、必要ない時は出ない。基本はソレ。
私だってここに来て必要外の時はテントの外に篭りっきりで新薬開発や、魔道書解読、魔法界への報告書作成など、以外と以外のライフワークで忙しいの。
魔法使いって聞いて、ロールプレイングの魔法使いを思い出しちゃいけない。
魔法使いって言うのはかなり地味なお仕事の方が多いのだ。中間管理職みたいな。始末書だって書かなきゃいけないわけですしね。

「あの、それでいて、お話とは如何でしょう?何でもお答えいたしますわ。
勿論、私(わたくし)に解る範囲でしかお答えは出来ませんが...申し訳ありません」
「ちょっ、先に謝らないでよ。こっちが困っちゃうわ。
んー...まぁお話といってもほんの私の世間話とか、貴女の事とかを教えて欲しいだけなんだけど、ね。レッケルは、どう?」
「みゅっ、私も嶺峰さんの事は知りたいですですぅ」

レッケルはそうは言うけど、何のことは無く、結構つまらない事なのよね。
彼女の事を知りたいとは言っても、普通の生活を出来ている人だ。普通の人に決まっている。育ち方や、常識はね。
考え方やその心情はその人に内在しているものだから読み取ったりするのは難しいけど、まぁどんな風な人なのか、程度には知っておきたい。
いくら理解出来ない考え方、その外見を兼ね備えていても、普通の生活社会において何とかできていた人ですもん。
と、急に彼女の笑顔の雰囲気が変わる。見上げた先の、まだ黒い髪を靡かせる、魔法少女姿の彼女。
限りなく細められた目線の奥に、軽い狂気と、暖かな母性と、見つめている私の背筋が凍えるほど深い、歓喜の渦を見たような気がした。
歓喜の渦といっても、激しいものじゃない、穏やかな、小川の渦のような小さくもけれども渦とわかるもの。
直視できなかったはずの笑顔を直視している。
これは、きっと良くない目だと思い、でもいつまでも見ていたいと思わせる、軽い中毒感を味合わせるような、そんな笑顔。
一般生活社会では決して出してはいけない、幻想郷の様に美しい、悲しくも麗しい狂人の笑顔だった。

「私(わたくし)の事を、聞きたい、と?」

紡がれた韻にも、その狂喜が混じりあっているのを聞き取れた。
僅かに、本当に、ほんの僅かに上ずった、高めの声。
普通の人なら聞き逃してしまう、都市の喧騒の中じゃ、決して聞き取れない、木々のざわめきのように潜まった声だった。
今だから聞こえた一声。
それは、今の今まで誰一人として嶺峰湖華と言う女性が見てこられなく、存在している筈の世界の住人から、常に拒絶され、常に無いものとして扱われていた女(ひと)の、純粋な喜びの感情だったのかもしれない。

「あ、う、うん。ホラ、ただ何にもしないで待っているだけって言うのも、なんだかお互い気まずい気もしないでもないでしょ?だからお話ぐらいは聴いておきたいなって...どうかな?」

ふわっとした表情のまま、嶺峰さんが私の横に膝を抱えて座り込む。
相変わらず向けられ、細められた、深紅の眼差しの先に映っているのは私だけ。
この場には私しか居ないからかもしれないんだけど、それにしたって注視しすぎってぐらいに、嶺峰さんは私から視線を逸らさない。
その理由が何となく解っているから、強くも言えない私も居るんだけどね。
彼女は、ただ失いたくないだけ。そして同時に、ただ一緒に居たいだけ。
こうやってお話した事もないんでしょう。
だからじっと見ている。何かをお話できる事を期待しながら、一体どんな話題のお話になるのか大きな期待を持っている。
そして、こうして隣り合った事も無いんでしょう。
だから静かに佇み、眺め続けている。私の一挙動を見逃さないように。今まで見せてくれたかった他の人の動きを、始めてみる子供のような眼差しと、それに悦ぶ、狂人の眼差しで。
こうして見つめられていても、私からお話を切り出すことは結構あんまり無い。
こう見えて私は以外と話題が少なくて、自分の事とか、魔法の事とか以外にはとんと話題なし。
最近の一般普通世界の情勢だとか、流行とかにも興味なし。
だって、魔法使いだもん。一箇所に留まって長期にわたって活動するならまだしも、こうやって、一マギステル候補を監視するためだけに来た国の内情なんていちいち調べてはいられない。
それも人災災害の多発している世界規模から比べると、この日本って国は至極平和だ。
危険が真横に控えているような国ならまだしも、世界危険度ランキングでも下位の方に当てはまっている国の事は、精々地理とか言語の習得程度で皆来ている。
要するに、私からのお話始めはあんまり出来ないのだ。自己紹介もしちゃっているし、趣味とかお話しするほどの余裕も無い。
と言うか、私趣味なんかあったっけ。あ、拙いかも、全然思いつかないや。
兎も角、私からお話しするのはどうにも出来ないと言うか、嶺峰さん相手だと、苦手、とも言いますか。

「では、私から少々宜しいでしょうか?」

きょとんと、目がまあるくなった。
意外や意外。今の今まで私を見つめ続けていた嶺峰さんが急にお話を切り出してきたのだ。
これは、かなりの吃驚行動。
だって、今まで見つけ続けてくるだけだったと言うのに、急に話を自らふり出した。
嶺峰さんのような人は受動的なタイプの人が多いとは思っていたんだけど、なるほど嶺峰さんにはそれは当てはまらないみたいね。先入観は良くない。
相手には、相手にしかない個性と言うものを持っている事を自覚するのが大事なのよね。ちょっと反省。

「ん、いいわよ。お話聞かせて頂戴」

だからかも。不思議と私も微笑みでソレに応じていた。
ずっと私に微笑を向けていたからか。
それとも、純粋にそうやってストレートに私へ話を振ってくれた事が嬉しいのかは解らないけれど、でも、何だか嬉しい。それは、私にも新鮮な事だったからかもしれない。
暫くの間、こうやって自らの事を話し合う事なんて無かったから、話を吹っかけてくれた事が嬉しい。
自分からじゃなくて、相手から。
これが結構大事。自分から持ち出すお話は、自分の裡から紡ぎだすお話だ。自分の事なら、ある程度は予測とかを立てて話を切り出すことが出来る。
だけど、そこには、新鮮な事は何も無い。
だって自分の事だもん。新鮮も何も、自分の事から打ち出したお話に、新鮮味を求める事なんて出来ない。
けど、今は違って、目の前の不思議な不思議な人から、普通に、何のことも無く、お話を吹っかけられた。
それが新鮮で、何だか嬉しい。
こう言う気持ちになるのも、随分久しぶりだわね。
仮令切り出されたお話が、何の事も無い、私でも思いつけるような話題でも、きっと私は喜んでしまう。
だって、初めてお話しする人のお話だから、心が浮き足立たないわけ無いじゃないの。
だから笑顔だった。だから、私も笑っていた。
真横の、こっちを相変わらず顔立ちで眺め続けている嶺峰さんもやっぱり相変わらずの微笑で、それを受け取ってくれていた。

「では、何をお話したしましょう。私の事でも宜しいでしょうか?」
「うん、いいわよ。私魔法使いだからあんまりうかつな事話せないけど、お話聞くぐらいなら出来るから」
「...とは申しましても、困りましたわ。夕時にお話した事が多すぎまして、今このときにお話していいことが思いつきません。それではいけません。少々お待ちを、直ぐにアーニャ様も楽しんでいただけるようなお話をご用意いたしますわ」

顎辺りに手が添えられてうんうん唸っている嶺峰さん。
見るからに必死そうなその姿。
なんと言いますか、なんと言うかと言われても思いつかないからなんと言うしかないけど、すごいアンバランス感だと思う。
思わず失笑してしまいそうになるのを抑えて、その可愛らしく、けれども大人びたかのような困り顔を眺めている。
これも新鮮で、楽しい。
人の困っている姿を見て悦んでいるサドっ子とかは言わないで欲しいわね。
だって、本当に楽しい。
此処のところ気負いが多かったり、学園では聞きたくない事を聴いちゃったり、見たくもないものを見てしまったり、精神はピリピリしていて、内情も、かなり思いつめていたと自分でも自覚できる。
魔法使いをやっているんだからそれぐらいは覚悟していたけど、やっぱりレッケルとのお話とかがあっても、辛い事は辛いのよね。
レッケルは家族みたいな存在だから腹を割ってお話しすることも出来るけど、その分、お友達感覚でお付き合いするのは難しい。
こういうお互いにお友達みたいにお話できる仲ではなく、もっともっと内側の面でお話しあうから、結局は結論として魔法使いとか自分の事とかのお話になっちゃう。
勿論、それで救われる事だってあるけど、気が滅入っちゃう事だって、無きにしも非ず。
でも、今のこのお話、って言うか今のこの状況はそう言うのは抜きにした純粋な、単純な友達同士のお付き合いのよう。
仮令一時、私が彼女の為にお友達を作ってあげるまでだとしても、すごく新鮮で、嬉しくてそして何だか、ほんの少しだけ、寂しかった。いや、寂しかったのかも、しれなかった。
そんな風に悩む嶺峰さんと、それを知らず知らずに笑いながら眺めていた私の間に、一陣風が舞った。
草木が揺れるような、普通の風。
でも、その風を受けた瞬間、目の前の光景が変わったのを、恐らくは一生忘れる事は出来ないであろうと思考して、網膜にその光景が焼き付いていく。
一瞬だけその風に眼を奪われて、閉じて開いた視線の先に、もう悩み顔で困ったような、可愛らしくも凛とした表情の嶺峰さんは居なかった。
そこには月の光を仰ぐ様にして立つ、あの長く艶やかな黒髪を靡かせた、しかし先端から徐々に銀髪へと変わっていく、やや悲しげな表情の嶺峰さんが居た。

「残念ですわ。もう少しこうして居たかったのですが」

私に向けられた困惑混じりの心底残念そうな韻が混じった声が届く。
髪は既に銀色に染まっていて、月光を弾くほどの煌きを風に乗せているのに、暗く、紺色がかった銀色にも見えた。
その表情も、どこか暗い陰を帯びた、見た事のある。
そうだ、初めて会ったときに見たあの笑顔の奥に見た、夜に覗く深い深い虚と鮮血を湛えた井戸のような深みを持った、あの表情で私に視線が降ろされていた。

「みゅー......っ」

頭の上に居たレッケルが胸元へと潜り込む。
同時に感じるのは、壮絶な圧迫感。
さっきまでの彼女じゃない。始めて見た時の、あの理解出来ない存在を目の当たりにした時の混乱にも似た恐怖感を感じさせる、あの嶺峰湖華という人物の気配。
でも、それは彼女からだけじゃない。別の場所、それこそ四方八方から、その時の嶺峰さんとまったく同じの、いつか感じた、理解出来ない波動を感じてもいる。
正しくは、いつか感じた、じゃない。
この波動は知っていた。
だって、私自身が味わった波動だもの。
理解できない波動。理解には至れない、人の知能では、未だに余りに高すぎる領域であるとしか察知できない正体不明の存在感。
もぉ、意味が解らないとしか形容できず、如何なる人の言葉も、ソレの前では無意味となる全てを跳ね除ける銀壁の体躯を持った存在の波動。
ソレを感じたからこそ、レッケルは私の胸元へ潜り込んだ。
レッケルが張り巡らせた水膜結界。それが反応する、もう一体。
ネギと、嶺峰さんと、もう一体。それが、範囲内に入った事に他ならない。
ゆっくりと、先日の夜のように、ゆっくりとした動きで、視線をずらして行く。
銀髪の嶺峰さんが既にそっちを見ていたのでどっちの方角へ居るのかは判っていた。
巨木の陰、夜の巨木は大きく、近くに居ても、判るのは私たちが居る根元程度で、見上げている先にある幹の方までは半シルエット化していて確かな輪郭とかはつかめない。
その幹の影から突き出した一影。
いや、正確には幹から突き出しているんじゃない。幹の奥、この巨木の向こう側に居て、こっち側に姿を見せたからこそ、そんな風に見えるだけ。
でも、そんな状況を作り出せると言うその状況から、ソレが、どれほどの巨体であるのかは、想像するには値しない。私は既に、アレの巨大さと、不可解さを十二分に自覚できている。
月が光る。
叢雲でも出ていたのか、急激に照らし上げられた月の光は日光みたいに眩しくて、でも、今日は雲一つ無い快晴だったことを思い出し、月の光が急激なんじゃなくて、現れたソレが弾く月の光が、大半私の目に飛び込んできただけと言うこと。
木々は揺れない。草花もざわめかない。恐らく、是ほど静謐だと言うのなら学園中の人は誰一人として気付いてないでしょうね。
何も変わりなしない、その環境。
自然界がソレの存在は異常ではないと断定しているかのような変化の少なさ。
ただ、風の変化だけがソレが確かに存在するもので、確かな質量と実体を持った存在であるのだと言う事を私に確認させてくれる。
そう、今の時点でソレを認知しているのは巨木の根元に立つ、私と嶺峰さんだけ。
私と嶺峰さんだけが、巨木の幹から現れた、銀壁の巨体の出現を確認できていた。

第十二話〜再会〜 / 第十四話〜暴風〜


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