ネギ補佐生徒 第11話





「――――ごめん、神楽坂さん。もう一度言ってもらえるかな」

 眉を顰め、目を細める。
 自分の隣を歩いている明日菜の口からつっかえながらも出てきた言葉の意味を一度では理解できなかった。
 いや、意味は理解しているが、それでも確認をとらねば自分を納得させることは難しい。
 だいたい、そんなことが本当にあるのだろうか。
 今、明日菜たちは、ネギの部屋で今後の事を話す前に、荷物を置こうと明日菜たちの班の部屋へと向かっている。なんとなくネギの部屋で一人待っているのは寂しいと思ったので、澤村もそれに付き添ったのだ。
 無言で歩くのもなんなので、澤村は、ロビーのソファーで呆けていたネギの話題を提示した。
 明日菜は、もう一度澤村にこれ以上言わさせないで欲しいという表情をしつつも、少しじれったそうに言った。

「だから、本屋ちゃんがネギに告白したんだってばっ」

 15歳が10歳に告白。
 生徒が教師に告白。

 どちらにしても世間的によろしくないのでは?

 本屋ちゃん――――のどかという人物は、意外にもあやかと似たような趣味を所持しているらしい。
 確かに、これが5年か10年たってしまえばなんら支障のないカップルになれたやもしれないが、今の二人の年齢から見ると、あまり好感の持てるものではないだろう。
 そう思うと、世の中は結構怖いのかもしれない。
 愛に年齢は関係ないとよく言うが、それでも澤村は違和感のようなものを感じられずにはいられなかった。
 とはいえ、のどかはのどかなりに、勇気をだして告白したのも、本当にネギのことが好きだと言う事も紛れもない事実であるとか。
 明日菜と刹那の話からネギに告白するのどかの姿は、容易に想像できた。
 そんな姿は、一度見ているから。
 見て、しまったから。
 頬を赤らめ、自分の服の裾をぎゅっと掴んで振り絞って出した大きな声と共に乗せられた想いを相手にぶつける姿。
 明日菜たちの部屋に戻るために、女子の部屋がある二階を歩いている澤村の視界に、ある名前が入ってきた。

 ――――――和泉亜子。





  ネギ補佐生徒 第11話 露天風呂での遭遇率は100%





 それなりの会話はしていたものの、澤村は亜子とは友達と呼べないほど軽い付き合いだった。
 サッカー部のマネージャーとサッカー部のプレイヤー。本当にそんな関係だと澤村は思っていた。
 しかし―――――

「ウチ、先輩のこと、ずっと好きやったんです!!」」

 顔が真っ赤で、服の裾を掴んでいる手は、なんだか痛そうだ。
 振り絞って出したのだろう。その言葉の前半は、少し震えていた。

 たまたま。

 本当にたまたま自主トレをするために、グラウンドに行くための近道をしようとしていただけ。そ
ういう事が起こると知っていたのなら、絶対に通らなかった。
 澤村の目に写るは、大きな声で気持ちをぶつけた亜子と自分がプレイヤーとして尊敬している先輩が目を見開いている姿。
 先輩は、容姿も澤村なんかよりも数段良く、笑顔も性格も爽やかな男子だった。背だって高い。
 サッカー選手としても有望で、勉強だってその辺の子よりできていた。
 これでモテないはずがない。
 毎年貰うチョコの数だって2桁いくかいかないかくらい貰い、ラブレターだって下駄箱を開ければ入っていることも数回あった、告白による呼び出しだってたまにだがある。
 鈍感さもなかった。自分がそれなりにウケのいい容姿で、女子からモテていることだってきちんと理解していて、同性からも嫌われることなんて少なかった。多少の妬みはもらったが、それはそれで仕方がない。

 そんな先輩の一番傍にいた女子である亜子だって、好意を抱かないはずがなかったのだ。

 先輩は、麻帆良の中等部を卒業したらサッカーの名門高校に行くことになっていたので、亜子もチャンスは少ないと思っていたのだろう。前々から、亜子が先輩のことを見ているのは知っていたし、彼女が先輩に告白をしているということに関しては、驚きはない。
 だから、告白シーンを見てしまったとき澤村はその場を直ぐに離れようとした。
 だが、澤村の背中に、

「すまん、亜子ちゃん」

 短かい答えが聞こえてきた。
 その場を去りながらも、亜子の声が微かに聞こえてくるのが、わかった。
 その後の彼女の沈みようは、本当に見ているこちらが耐えられなくなるほどのもので、澤村は亜子を支えようと強く思った。

 別に、惚れているとかそういうのではない。

 目撃してしまったという義務感もあったし、亜子の笑顔と先輩を精一杯応援する亜子の姿が異性としてではなく、プレイヤーとして好きだったからだ。
 自分とは違って、将来に不安や期待を抱いてすごしているように見えた。
 そんな彼女が、正直羨ましい。
 だから、彼女は彼女の道を自分で見つけ出して、自分で進んでいって欲しいと思っていた。

「和泉さん」

 初めて自分からそう声をかけると、

「いややわ、澤村君。ウチら同い年なのにさん付けなんて」

 くすぐったそうに笑った。

 温かった。

 マネージャーは少ないから、いつも彼女は忙しそうにグラウンドを走り回っている。
 その姿は、まるで小動物のよう。
 それが、先輩にフラれてから、とぼとぼと歩くペンギンのようだった。
 それはそれで可愛いが、いつもの方が澤村も他の部員もいいと思っている。事情を知らない部員達は、亜子に原因をつきとめようと聞いてくるが、亜子の頭の中には、そんことを口にするような余裕はなかった。
 だから、澤村は澤村なりに彼女を支えようと思ったのだ。
 先輩にだって、

「――――翔騎。サッカー部のこと、頼むな」

 と言われていた。このまま亜子が沈んだままでは、下手したら彼女はサッカー部をやめてしまうかもしれない。
 そうなったら大変だ。
 亜子の人気は高い。彼女に支えられているサッカー部員だって多い。
 ……自分だってそうだ。身勝手な自分の期待を彼女にのせている。
 亜子は知らない。自分がどれだけ魅力的で、良いところをたくさんを持っているということを。
 だからできるだけ、苦い思い出を思いださせないようにして、楽しい思い出を増やそうと澤村なりに頑張った。
 亜子からは、避けられているようにも感じたがそれでも頑張った。
 結果、澤村の頑張りなのかそれとも彼女の強さなのか、亜子はサッカー部をやめず、今まで以上に頑張ってくれるようになった。
 修学旅行での様子を見るかぎり、もう大丈夫そうだ。
 余談だが、亜子は以前より綺麗になったと澤村は思っている。
 恋をして成長した、というべきか。
 時折、澤村が亜子を見ると、彼がどきりとするくらい、大人びた表情をするときがある。
 それを見て彼女に新しい恋が訪れるのも、そう遅くはないと澤村は思っていた。





「そういえばさ」

 関西呪術協会の件についての話に一段落がついたのを見計らって澤村は口を開いた。
 刹那と明日菜が澤村の顔を見つめる。

「桜咲さんって、6班じゃなかったのか?」
「――――は?」

 言ったと同時に刹那と明日菜の声が揃って聞こえてきた。見ると口がポカンと開いている。

「澤村君……もしかして気がついてない?」

 え、と明日菜の言葉に澤村は声を漏らす。
 気がついていないとはどういうことだろう。訝しげな顔をして首を傾げる澤村に、刹那はおずおずと説明をし始めた。

「エヴァンジェリンさんたちが欠席して、私とサジさんは、他の班に振り分けられたんですよ」

 そういえば、エヴァンジェリンとロボの姿が見当たらない。
 ああ、と納得したように声をあげる澤村に、明日菜は呆れた表情で見ていた。視線が痛い。
 慌てて澤村は弁解しようと口を開く。

「しょ、しょうがないじゃないか! そっちだって言ってくれなかったし……俺、ハワイにいけないこととか、桜咲さんのこととか、関西呪術協会のこととかで、頭がいっぱいだったんだよっ」

 金髪幼女とロボの有無なんて確認していない。
 本人たちだって、何も言って―――――

「―――あ」

 言ってはいないが、それを漂わせるような事柄ならあった。
 それは、修学旅行の1週間前。

   ・
   ・
   ・

「もー準備は済みましたかーー!?」
「はーーい!」

 小学校のノリに近いこのクラスは、相変わらず元気である。
 だが、そんな中で澤村は元気など出せなかった。
 頬杖をつきつつ、机にハワイという3文字をなぞり書きながら、大きな大きな溜息を漏らす。
 ハワイの3文字は、既に色濃くなっていた。

「はぁ……」

 なぜ京都なのだろうか。
 ネギの父親は外国人。なら日本の京都じゃなくてハワイとかにその痕跡を残して欲しいものだ。
 もう1度溜息を漏らす。すると、

「おい」

 不機嫌そうな声が隣から聞こえてきた。
 頬杖をついたまま、顔を隣に向けると、やはり不機嫌そうな顔をした金髪の幼女だった。
 橋の事件以来、彼女は少し丸くなった気がする。
 外見ではなく、性格が。
 当初のような恐怖感も全く抱かないと言えば嘘だが、少しは軽くなった。
 話してみれば小生意気な妹ができたと思えて楽しい。

「鬱陶しいぞ、さっきから」

 そんな彼女は、なぜか最近よく学校へ来る。やはり彼女も修学旅行が楽しみだからなのだろうか。
 彼女は外国人だ。きっと京都なんてものめずらしく、ハワイはとても馴染みのあるものなのだろう。
 ……澤村の偏見が入っているが。

「しょうがないだろ……楽しみにしていたハワイが、京都に変わったんだから」

 澤村の拗ねた声に、エヴァンジェリンは、ふんと鼻を鳴らした。
 本当に不機嫌だ。
 澤村は眉間に皺をよせる。いくら自分がうじうじしているからといって、少し不機嫌の度合いが高いような気がする。

「不機嫌だな」
「私はいつも不機嫌なんだ」

 確かにいつも不機嫌かもしれないが、やはり今日はいつにも増して不機嫌な気がする。
 しかし理由がわからない。
 とりあえず適当に言葉を放つ。

「そんなにネギ先生に負けたのが嫌だったのか?」
「負けたわけじゃない!」

 エヴァンジェリンの声に澤村は肩を竦めた。
 思ったより声が大きかったのだが、クラスの騒ぎ声でそれはかき消されてしまっている。近くにいる裕奈達でさえ、気がついていない。
 さすがにエヴァンジェリンの従者である茶々丸は気が付いたようだが、彼女が振り向いて口を開こうとする前に澤村が言葉を放ってしまった。

「つー……エヴァンジェリン、急に大声だすなよな」

 咎めるような澤村の視線など気にもとめず、

「気安く呼び捨てにするなっ」

 先ほどよりも小さな声でエヴァンジェリンは一喝した。
 呼び捨てにするなといわれても、エヴァンジェリンにさん付けなんて似合わない気がする。
 いや、それよりも自分がエヴァンジェリンにさん付けしている姿が思い浮かばない。
 なのでフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いたエヴァンジェリンに、

「その容姿でさん付けで呼べなんていうのが無理なんだ」

 そう澤村はボソリと呟いた。
 エヴァンジェリンの鋭い目が澤村を捕らえる。
 まずい、と思ったときにはすでに遅く、エヴァンジェリンの小さな拳が澤村の鳩尾に入っていた。

   ・
   ・
   ・

「もしかして、エヴァンジェリンって修学旅行に行かないんじゃなくて、行けないの?」

 その言葉に刹那は行儀のいいリスのように頷いた。明日菜もうんうんと頷いている。
 あの時の不機嫌の原因は修学旅行か、と澤村は精神的な痛みを感じて鳩尾を擦った。
 しばらく身体をくの字にして苦しんだのは、エヴァンジェリンと澤村だけの秘密である。明日菜の話では、ネギの父親にかけられた魔法……というか呪いで、学園の敷地内からはでられない上に学校にきちんと登校しなくてはいけないらしい。変な魔法である。
 なるほど、だから学校もわざわざ通ってサボるということをするのか。合点がいった。
 それならば、エヴァンジェリンに悪いことをしてしまったかもしれない。彼女は、ハワイや京都どころか、学園都市からもでられないのだから。
 明日の私服での自由行動の時、何かお土産でも買っておこう。なんて澤村は考えふけっていた。

「それじゃあ、とりあえず夜の見回りは、私達生徒組でいきましょうか。澤村君も消灯時間すぎると新田がうるさいでしょ?」

 その言葉に澤村は、頭を掻きながらも頷いた。
 男子である彼は、新田には常に目をつけられているため、明日菜たちのように自由に行動できない。それが少々歯がゆい。

「それじゃあ、あとで迎えに来ますね」

 立ちながら言う刹那の言葉に、澤村と明日菜も立ちあがる。

「あれ、どっか行くの?」

 自分と同じく立ちあがった澤村を疑問に思ったのだろう、明日菜はそう問う。
 制服のポケットから取り出した財布を明日菜に見せて、

「ちょっと喉が乾いてね」

 と言ってみせた。





 最近、澤村に交友関係の広がりが見え始めている。
 ロビーにある自動販売機の前で、落ちてきた缶を拾い上げながら、亜子はそんなことを思っていた。
 明日菜や刹那、裕奈やアキラ……そして、エヴァンジェリン。ネギと仲良くなるのは当たり前だと思っていたが、まさかクラスの女子と打ち解けるとは思わなかった。
 とは言え、明日菜とはどことなく似たようなところがあるのでそう違和感がなかったし、裕奈やアキラ、まき絵だって亜子自身が彼のことをいっていたので、そう疑問に思わない。

 不思議でしょうがないのが、エヴァンジェリンと刹那である。

 たまに後ろを振り返ってみると二人は何かしゃべっていて、澤村もエヴァンエジェリンも、亜子が見たことのないような表情で会話をしていた。
 口喧嘩をしているようだが、なんだかそれは仲がいいが故の喧嘩に見える。あやかと明日菜のような感じだ。
 刹那とだってそうだ。エヴァンジェリンのように口喧嘩のようなものはないものの、なんだか仲がいい。
 別に妬いているとかではない。
 ただ、澤村がどこか遠くに向かっているように見えてしかたがないのだ。

 近いのに、遠い。

 今までの澤村は、気がつけば別人かのように前を見据えている横顔があった。
 恨むような目だった。
 彼の視線の先に何があるのかはわからない。でも、その目は黒い“何か”があった。
 そしてサッカーの練習が終わると、今に縋るかのように自主トレに励む姿もあった。
 でも、今はそれがない。
 多分、それは良いことだと思う。

「和泉」

 びく、と身体が震えた。思わず缶を落としそうになる。
 ゆっくりと振りかえると、不思議そうに自分を見下ろす澤村の姿だった。

「いややわ、澤村君。脅かさんといて」

 半分ふざけながらも、亜子は澤村に怒った顔をしてみせると、澤村は、悪いと言いながら歯を見せて苦笑する。
 なんだか、彼がはじめて自分を呼んだときのような会話だった。
 あのとき澤村が自分のことをさん付けにして呼び、くすぐったさを覚えたのが印象的だ。今では呼び捨てにしてもらっているが。
 澤村は、いつのまにかお金を入れたらしくボタンを押す姿が亜子の視界に入ってくる。

  ガコン

 ロビーに人がいないせいか、缶の落ちてくる音がロビーに響く。
 澤村の手にあるのは、炭酸飲料だった。

「澤村君、炭酸飲めたんやね」

 カシュ、とブルタブを引く音と同時に澤村は頷いた。缶を煽る。
 部活のときは、スポーツドリンクを飲んでいる姿しか見たことがなかったので、炭酸飲料を飲む澤村の姿は、亜子から見ればとても新鮮だった。

「っかー! うまい!」

 オヤジみたいだ。
 おかしくて、亜子はぷっと吹きだす。澤村は、口をヘの字にして亜子を見た。

「和泉が炭酸飲むとうるさいって聞いたから、部活中は飲まないようにしてたわけ。そしたら、なんだか普段でも飲まなくなって、今日が久しぶりの炭酸なんだよ」

 お酒を我慢していたオヤジみたいだった。
 確かに亜子は、部活中には炭酸飲料は飲まないようにとしつこく言っていた。お腹に溜まるし、スポーツ飲料のように塩分のかわりになる成分がはいっていない。あるのは女の敵でもある糖くらいだ。

「炭酸飲んだ後に練習とかしたら集中できへんやろ?」

 まぁ、そうだけどさと言葉を濁しつつも、澤村はもう1度缶を煽る。
 ごくごくと喉を鳴らして炭酸飲料を飲む澤村に亜子は、まだ開けていない缶を両手の中で転がしながら、

「―――――澤村君。好きな人、できた?」
「ぶぅうううう!!」

 汚い音をたてながら、澤村は霧吹きのように炭酸飲料を噴出した。
 亜子は、自分の体にそれがついていないか、少し心配になって服を見る。

「な、なんなんだよ!?」

 そんな亜子のことなどお構いなしに大きく目を開いて言う澤村に、平然と答えを返した。

「だって、最近桜咲さんとかエヴァちゃんと仲よーしとるみたいやし」

 拗ねた声でもなんでもない、本当に普通のトーンである。澤村の眉がハの字になった。眉間にも皺が寄っているのがわかる。

「エヴァンジェリンとは、席が隣だから。桜咲さんとは……神楽坂さんつながりでだよ」

 少しだけ、言葉を選んだように見えたのは自分の気のせいだろうか。
 亜子拭い切れない疑問を残しつつも、亜子は澤村の別に好きな子なんていないという言葉に短い返答をする。
 こうやって小さな疑問を残して彼の言葉に頷くのは、これで何度目だろう。
 やはり、きちんと事情を聞いたの方がいいのかもしれない。そう思い、亜子は口を開いたが――――

「悪い! 俺、風呂の準備しなきゃいけないから!!」

 逃げるように澤村は亜子から走り去っていく。
 開いた口は、結局何にも発することなく閉じられた。
 しばらくの間を経て、

「風呂の準備て……澤村君の入浴時間、最後やん」

 と亜子はこぼした。





 正直、亜子に嘘をつくのは非常に心苦しい。
 空になった缶を握り潰しつつも、澤村は罪悪感というものを感じていた。

「罪悪感って……」

 今頃かよ、と自分に苛立ちが湧き起こる。
 逃げてばかりで、勝手な期待を人に託して、自分の行く道を望むことすらしないで固めて、その道以外は歩もうとしない自分。
 アスファルトで固めた道はとても歩きやすい。他の道なんて歩く気すらなかった。

 いや、歩くことが怖かったのだ。

 だから、自分であらかじめ楽にいける人生のルートを決めて、それをアスファルトでがっしりと固めて、崩れたりつまずいたりしないようにしたのだ。
 仮令、荒々しい道を歩くための体力があろうと、自分にふりかかる不幸から逃げるようにアスファルトの道を歩んでいく。
 周りの人間は、荒々しい道を進みながら、成長を遂げて自分が切り開いた道と自分が求めている道がなんなのか、探索をし続けているのに。
 空き缶を自販機と共に置いてあるごみ箱に捨て、澤村はなんの目的もなしに、ホテルの廊下を歩んでいく。
 歩を進めるたびに、暗い地下に続く階段を降りているような気分だった。
 自分が何を考えていて、何を望んでいるのか、たまにわからなくなる。

 記憶の空白が、自分の足場を削っている。
 自分が持つ力が、自分の道を削っている。

 どんなに明日菜の言葉に安堵しようとも、
 どんなに自分が魔法使いにならないという意思を固めても、

 怖くなることがある。

 ネギの傍にいることを後悔する時がある。
 助けて、と大声で叫びたくなる時がある。
 やめたい、と学園長に縋ってしまいそうになる時がある。

 無意識に足が止まった。両手で顔を乱暴に覆う。そうしないと、自分が保てそうになかった。

 魔法を身近でみたいと思ったのに、
 サッカー以外のことで心を強く胸を打たれたのに――――

 ―――――弱い自分が、前を進もうとする自分の足をぐいぐいと引っ張ってくるのだ。

 大きく息を吸って、大きく吐く。
 波立った心が、ようやく静まりはじめた澤村の耳に、

「うわぁあーーーん!!」

 今まで澤村の葛藤を台無しにするかのような泣き声が入ってきた。

「だぁ、くそ!!」

 あの子供は、いつだって澤村の考えを邪魔する。
 床に怒りをぶつけるかのように踏みこみ、澤村は廊下を走り出した。
 今の時間なら、ネギは入浴中。
 また刹那ときのようなことでも起きたのだろうか。それとも、関西呪術協会か。
 どちらにせよ、入浴中という無防備なときにネギに何かあったら厄介である。

「あ、澤村君!?」

 露天風呂の出入り口で、丁度明日菜、あやか、風香、裕奈、まき絵たちと遭遇した。

「今の泣き声って、ネギ先生だよな?」

 澤村の声に、頷く明日菜。二人がそんなやり取りをしている間に、あやかたちは露天風呂へとかけ込んでいた。
 明日菜と澤村も、それに続く。
 そして、澤村の視界に入ってきたのは―――――

「ネギ君!?」
「朝倉さん!?」

 体にタオルを巻いている和美が、同じくタオルを腰に巻いているネギの肩に両手を置いている姿だった。
 慌てて澤村は背を向ける。
 自分がこのままこの場にとどまれば、またあやかに何か言われてしまう。
 ドタドタバシャバシャという音と、女子の騒ぐ声で煩くなりはじめた露天風呂を背に受けながら、澤村は溜息をついて、露天風呂からでていくのだった。

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