ネギ補佐生徒 第１２話
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明日菜、刹那、澤村で夕方のパトロールを中止してネギと和美が露天風呂にいた件についての尋問が行われていた。 といっても、基本的には明日菜がしているのだが。 とりあえず、半べそで語られたネギのたどたどしい説明を要約すると、 「ええー！？ ま、魔法がバレたーー！？ しかも、あああの、朝倉に〜っ！？」 そんな明日菜の言葉が一番適切のようだ。 鼻をすすりながらもネギは明日菜の言葉に肯定の返事を返す。 当人より慌てた様子の明日菜の姿に、刹那と澤村は揃ってネギと明日菜の姿を見入っていた。 「何で！？ ど〜〜〜してよりにもよってあのパパラッチ娘に〜〜〜！？」 パパラッチ娘―――――つまり、朝倉和美のことである。 明日菜からでてくるクラスメイトの代名詞は、どれも的を射ている気がする。 エロオコジョに続くエロガモといい、彼女はとてもいいネーミングセンスを持っているのかもしれない。 明日菜の剣幕に押されながらもネギが言い訳するのを聞きながら、澤村はそんなことを思った。 その会話から、魔法使いは正体がバレるとオコジョにされてしまうということがわかった。……ということは、あのエロガモも本当は魔法使いだったのだろうか。 だけど彼は、オコジョ妖精とかなんとか言っていた気がする。 ……深く考えるのはやめておこう。余計なことに気を捕われては、また足手まといになってしまう。 澤村の考えが一区切りがつくと同時に、 「おーい、ネギ先生」 「ここにいたか、兄貴ー」 肩にカモを乗せた和美が現れた。既に和美はカモに耐性がついたらしく、カモと仲がいいようだ。 何故だろうか、なんだかあまりよくないような気がするのは。 彼女は今回の件に関して、妙に素直に身を退いている。写真だってネギに渡してしまっていた。 以前、むっつりスケベのレッテルを貼られたとき、こうも容易く身を退いただろうか。いや、めちゃめちゃ押していた。逃げるなといわんばかりに。 それとも彼女もネギが好きなのだろうか。二度あることは三度あるという言葉もあるし、疑わしいかぎりだ。 澤村は、鋭い目を更に鋭くして和美を見る。 「そんな警戒しなくても平気だよ、サワムン」 「さ、さわむん？」 和美のニカッと笑った口から出てきた単語に、澤村は顔を顰めた。 明日菜と違って、彼女はネーミングセンスがないようだ。なんだかむっつりスケベと差ほどかわらない気がする。 何はともあれ、ネギのオコジョへの道は絶たれたらしい。 多少不安は残るが、流れに任せるしかない。 澤村が、この身で知った３−Ａの対処の仕方でもあった。 ネギ補佐生徒 第１２話 正座とサッカーとハプニング 「大丈夫なの？ 消灯時間すぎてるけど」 明日菜の言葉に、澤村は平気と片手をひらひらとさせてみせる。 澤村の入浴時間は、ホテル側からの申し出で、消灯時間後となったのだ。夕方のネギと和美の騒ぎのせいだろう。なので少しだけ制限が緩くなったのだ。 「澤村さん、それは？」 ひらひらとさせた片手とは反対の手に握られているものに視線を向けながら、刹那はそう言った。 これ、と聞き返しながら澤村はその手を上げる。 網に入っているサッカーボールである。見たまんまだ。 頷く刹那に、澤村は苦笑しつつも、 「余裕があったら少しやろうかなって。あんま日にちが空くと、感覚忘れちゃうしさ」 とはいってもやる暇はなさそうだけど、と軽口を漏らす澤村をよそに、明日菜は興味津々といった表情で澤村の持つサッカーボールに視線を注いでいた。 そして、 「ならちょっとやって見せてよ。リフティングだっけ？ それでいいからさ」 「え？」 パトロール中なのに、いいのだろうか？ 刹那へと澤村は視線を向ける。 「少しくらいなら大丈夫ですよ。近くに敵もいないようですし」 刹那もサッカーに関して少なからず興味があったらしく、微笑を浮かべながら言ってくれた。 それならということで緩む口を抑えつつもサッカーボールを網から取り出す。 正直いうと、やりたくて仕方がなかったのだ。だが、昨日はいろいろあって疲れが溜まっていたせいか、結局眠ってしまった上に男ということで制限もあり機会がなかったのだ。 持つわよ、と出された明日菜の手にボールが入っていた網を預けて、澤村は手にしていたサッカーボールを地面へと落とす。 弾むボールを足で地に踏みつけ、慣れた動作で足でボールを宙に浮かせた。 音もなく宙に上がったボールを見て、明日菜と刹那の感嘆が聞こえてくる。 サッカー部にとっては当たり前のことなのだが、こうやって人に――――しかも女子に尊敬的な目で見られるのは、澤村だっていい気分になる。 右膝、胸、左足、右の踵……ボールは澤村の体の回りはポンポンと跳ねまわる。 入学当初、澤村はいろいろな運動部を回った。自分が楽しいと思えるものを探すためにだ。 それは、いずれ学園長にお金を返して生きていくだけの人生をこれから歩むためにという娯楽の貯金だった。バスケ、テニス、水泳、陸上、剣道、柔道……本当にいろいろな運動部を回って、体験してきた。 だけれど、いまいちしっくりこない。まったくできないというわけでも、楽しくないというわけでもなかった。 ――――何かが、欠けている気がしたのだ。 ただ、一番最後に見たせいなのもあるのか、サッカーにはなぜか感動したのだ。 別に、憧れていた先輩が、ものすごいプレーをしていたわけではない。サッカー部員がやっていたのは、ただのパス練習。 それも、一年生や初心者がやるような、二人一組でやるというこじんまりとした練習だった。 それなのに、澤村はその光景を見たとき、涙を流したのだ。 懐かしい感覚があった。 欠けたものが何なのかわからないが、それがサッカーにはあった気がした。 あの時の気持ちは、なんともいえないもので、ただ言えることは、温かったということだけだ。 初めはどんなに努力してもうまくいかなかったが、頭を使ってコツをつかめるようにすれば、みるみるうちに上達していった。 それの達成感と充実感は、とても心地良い。 今のように、まるで体の一部かのようにボールを扱うことができていた。 しばらくして、ヘッドで浮かせたボールを手で掴んで、終了の合図を出した。 小さな拍手が澤村に送られてくる。 「すごいすごい！ さすがサッカー部！」 明日菜がボールの入っていた網を澤村に渡しながら絶賛した。 こうやって女子に煽ててもらえるなんて経験は澤村にはない。いや、あるかもしれないが、それは遠巻きの女子だ。身近な女子ではない。 なんだか照れくさくなってしまい、澤村は歯を見せてぎこちない笑みを浮かべる。 明日菜から受け取った網にボールをいれると、そのまま肩に担いだ。 パトロールは、これからである。 「ネギ、周囲の見回り行ってきたよ」 「特に異常はありません。結界も強化してきました」 他の教師にばれぬよう、コソコソとネギの部屋に入ってきた明日菜と刹那に続いて、澤村もネギの部屋……自分の部屋に入った。 刹那の言う通り、異常はなかった。 気になることといえば、カモが何やら変なものを書いていたということ。 和美と何か企んでいるように思える節もあるので、不安が募るばかりである。それになんだか嫌な予感がしてしょうがないのだ。 サッカーボールを鞄の傍において、そんなことを思う。 「じゃあ、次は僕がパトロールに行ってきますよ。今晩は何だか変な殺気を感じるんです」 なんかあまりここにいない方がいいような、というネギの言葉に澤村は心の中で頷いた。 漠然とだが、ネギはここにいないほうがいいと思う。 「俺も風呂入ってくる」 消灯時間になるかならないかという時間。さすがにもう入っても大丈夫だろう。 着替えを持って立ちあがると明日菜が、 「あ……ならさ、上がったら教えてよ。私と桜咲さんも入りたいから」 と言ってきた。着替えである浴衣で下着を隠し桶に入浴道具を入れながら澤村は頷く。 刹那が、ネギに身代わりの紙型という陰陽道で使うような紙をネギに渡して何か説明している。どうやらその紙がネギの姿になって身代わりになってくれるらしい。 誤魔化しの必要がなくて、澤村にとっても助かることである。 だが、何故か嫌な予感が色濃くなるのを感じた。 ―――――本当に何も起こらないといいのだけれど。 そんな想いが湧き起こった。 ネギに見送られながら、明日菜、刹那、澤村は部屋をでる。 明日菜たちは、露天風呂が空くまでホテル内の見回りとして。 澤村は、露天風呂に入るために。 「そういえばさ」 以前の澤村のように明日菜は言葉を切り出す。澤村と刹那の視線が、明日菜へと集まった。 露天風呂に向かう澤村に二人はそこまで付き添うようで、澤村の隣を二人は並んで歩いていた。これが自分の両脇だったら両手に花というやつなんだろうな、などという戯言はすぐにかき消す。 「澤村君、なんでネギの補佐生徒なんか続けようと思ったの？ 魔法のことだって知ってたし……」 魔法使いじゃないんでしょ？ そう聞いてきた明日菜に、澤村は明日菜を見たまま一瞬、本当に一瞬だけ思考が止まった。 「中学卒業するまでに何か思い出が欲しかったから、かな。魔法のことは、ネギ先生の補佐をやるときに説明されたんだ」 はじめの方は本当、後は嘘だ。 自分に魔力があるなんてこと、言いたくない。 軽蔑するから。別に彼女達の人間性を疑っているわけじゃない。 自分が自分を軽蔑するのだ。今の段階でも軽蔑の念を抱いている。でも、ここで自分は魔力を持ってるけど、魔法の世界に深く関わるつもりはない、と言い、明日菜と刹那がそれを素直に受けれてしまったら、甘えてしまう気がするのだ。 そして甘える自分に、軽蔑と罪悪感が刻まれていく。 それは、やはり逃げだった。 頷く明日菜と黙って自分を見つめる刹那に、少し歪んだ顔を澤村は向けた。 ―――――いいかげん、足がしびれてきた。 そもそもなぜ自分がこんなところで正座をしなくてはいけないのだろう。 長谷川千雨は、そんな苛立ちに襲われていた。 「足しびれてきたねー」 溜息交じりでそう言ってくる裕奈に、誰のせいだと心の中で悪態つく。 別に裕奈のせいではない。あのパパラッチ娘のせいだ。 和美が変な企画などたてるから、こんなものに巻き込まれてしまったのだ。同じ班である那波千鶴と村上夏美、サジ・レイニーデイはあやかから逃げたようだし……とんだとばっちりである。 落ちてきた眼鏡をかけなおしていると、 「あれ、明石さん、長谷川さん……何してんの？」 浴衣で身を包んだ体に湯気を立ち上らせながら、片手に桶、もう片方に炭酸飲料を持った少年、澤村がてくてくと歩み寄ってきた。 髪をちゃんと拭いていないのか、水が少し滴っている。きっとタオルを首に引っ掛けていなかったら、浴衣に染みをつくっていただろう。 「あ、澤村くーん……助けておくれー」 なんて、横にいる裕奈が言っている言葉に、澤村はきょとりとして首を傾げている。 ネギの補佐生徒というおかしな役所を持つ彼は、このクラス同様、特殊だと千雨は思っている。 正直あまりよく思っていない。……まぁ、同じ現実感覚を持っていそうな節はあるが。 裕奈が事の説明をしている間、澤村をじっと見定めていた。彫りの深い顔立ちで外国人とのハーフなのか、瞳の色も群青色をしていた。 髪は茶髪で、今は湿っているせいか、黒に近い色だった。 男子の割にはサラサラしてそうな髪だから細っ毛だと思っていたのだが、近くで見ると結構太い毛だった。髪の毛の質がいいのかもしれない。 湿った前髪がかかりそうな鋭い目は、編入当時よりかはずいぶん柔らかく見えた。 「……朝倉さん、何考えてんだ？」 裕奈の説明を一通り聞いた澤村の第一声はそれだった。 やはり自分と同じ考えをもっているようだ。少し親近感がわく。 澤村は、裕奈と千雨に視線を合わせる様にしゃがみこみ、桶を床に置いた。炭酸飲料は持ったままだ。 そして、 「ていうか、明石さんもネギ先生が好きなの？」 「え、好きだよ？ 可愛いじゃん」 引き攣った表情の澤村の口から出てきた言葉に、あっけらかんと裕奈は答える。 澤村は、苦笑しながらもそうじゃなくて、という言葉の後に、 「だからー……その、異性として、好きかって、こと」 区切り区切りな言葉を付け加えた。 千雨は愕然とした。 ――――おいおいおい。“も”ってことは、そういう奴がいるってことか？ もしかしてあやかだろうか。それならそれで、ある意味納得してしまうのが悲しいところだが、それでもやはり誰であろうと１５歳が１０歳に異性に向けるような好意を抱くのは尋常じゃないだろう。 しかも１０歳と言えど、相手は教師。なんていうオプション付きだ。お腹一杯です状態である。 「私はそんなんじゃないよ。騒ぎたいだけ」 ははっと笑って見せる裕奈に千雨は、少し怒りを覚える。現状を見てから言え。正座してる理由はその騒ぎのせいだってーのっ！ こっちは好きで参加しているわけではない。 「長谷川さんも？」 違う！ 思わずそう大声で澤村に言ってやりたくなったが、なんとか理性で抑える。近くに新田がいるかもしれないからだ。 なんとか普通の音量で、 「私は、いいんちょに無理矢理参加させられただけだ」 と言う。 それを聞いた澤村は、あー……と苦笑いを浮かべた後、心底同情するといった表情になり、こう言う。 「大変だな、長谷川さん」 短い言葉の中にいろいろなものが混ざっていた気がして、更に親近感がわいた。 どうやら彼もあやかの特殊な趣味に関してあまりよく思っていないらしい。 ……自分もあまりいい趣味とはいえないが。 「にしても……早めに俺も対策とらないと巻き込まれそうだな」 ゆっくりとした動作で桶を持ちながら立ち上がった澤村は、そうぼやく。 ネギと同室である彼も、きっとこのくだらないイベントに巻き込まれてしまうだろう。 和美は、この彼ですらイベントの障害物として盛り込んでいる。非常に質が悪い。 「俺も新田に見つかるとやばいからこの辺で失礼させてもらうね」 「うー、裏切り者ー！」 裕奈の言葉に、そんなこと言われてもと澤村は情けない表情を浮かべる。 賢明な判断だと思うので、あえて千雨は何も言わない。 それでも裏切り者と連呼する裕奈に、澤村は軽く溜息を漏らしてこうつぶやく。 「しょうがないな……」 ちょっと待ってて、という言葉と共に、澤村は湿った髪を揺らしながらその場を去って行く。 冗談でいったのに、まさか本当に何かするつもりなのかと、裕奈は呆けて澤村を見ている。 そんな状況に、千雨は溜息を漏らした。 明日菜と刹那に露天風呂が空いたことを伝えた澤村は、ネギの部屋へと戻って荷物を置こうとしたとき、おかしなものを視界に入れた。 「鳴滝忍法・分身の術！」 小声ながらもそう叫ぶようにいった双子の姉妹の姿に、澤村はあんぐりと口をあける。 彼女達が、忍者服を身に纏っていたからだ。 いったいいつから着ていたのか……そもそもなぜ修学旅行でそんなものを持ってきているのか、理解に苦しむところだ。 魔法使いやらロボやら吸血鬼やらと異常な事には慣れてきたものの、やはり中途半端な異常さだと、逆に気がぬけてしまう。 鳴滝姉妹の先には、目的地のネギと自分の部屋。 そして――――― 「宮崎さん……？」 ネギに告白したというのどかとその友人、夕映がいた。 イベントの真っ最中らしい。バットタイミングだ。入浴道具を置いていくのは諦めて、澤村はそのまま回れ右をし、裕奈と千雨のためにジュースを買おうと自動販売機へといった。 幸い、財布はきちんとある。さっき買った炭酸飲料のためだ。制服のポケットにしっかりと入っていた。 「へっくしゅん！」 見事なくしゃみが廊下に響く。髪が濡れたままのせいだろうかと、澤村は首にかけているタオルで少しだけ髪を撫で付けた。 ――――ドタドタドタ……。 廊下が騒がしい。 きっと裕奈の言った、ラブラブキッス大作戦とやらのせいであろう。 本当にこのクラスは元気である。澤村は、心の中で苦笑しつつも自動販売機のボタンを押した。 ぱたぱたとスリッパから音を立てながらも、澤村はロビーへと急ぐ。二人の正座姫のために召使いは急がねばならないのだ。 「あ、澤村君」 正座したままの裕奈が澤村を見る。 千雨もじろりと澤村を見た。千雨の視線に澤村は、あまり良い印象を持たれていないのかと溜息をもらしたくなったが、そこはなんとか押さえた。 更に嫌われたら、いやだったからだ。 自分と同じ考え――――この麻帆良学園や子供が先生をやるということに関して違和感をもつ、“異常”ということに敏感な少女。 それは、澤村にとっての命綱だった。 亜子では駄目なのだ。亜子やサッカーは、澤村にとってただの日常。 この少女、千雨ならば、きっと自分が麻帆良に染まろうとしていても、現実へと引っ張ってくれると思っていた。 「助けてはあげられないけど……」 差し入れ、と澤村はお茶を裕奈に手渡す。ありがとー、と裕奈は笑顔で言う。 千雨にも、 「はい、長谷川さん」 ぎこちない動作だが、お茶を渡す。 ムスっとした表情で受け取る千雨に澤村は苦笑するしかなかった。少しずつ慣れてもらうしかない。 「いつまで正座するの？」 桶をもう一度床においてしゃがみこみ、自分の持つ缶の蓋をあけつつも澤村は二人に問う。 さすがに朝まで正座というわけではないだろう。 裕奈は、澤村からもらったお茶を口に含んで飲み込むと、わからないと答えた。なんでも新田の許しが貰えるまでこのままらしい。 「きついね」 いい言葉が思いつかなくて、澤村はそう言うことしかできなかった。 ロビーには、ドタドタと廊下を走り回る音が聞こえてくる。そんな音が耳に入ってきて、澤村は苦笑した。 「ホント、ここの３−Ａはすごいね……。特殊というかなんというか」 これは澤村なりの千雨へのアピールだ。自分は常識人ですという主張。彼女はそれに気がついてくれたらしく、 「あんたもそう思うか？」 と、初めて千雨の方から澤村に話しかけてきてくれた。 相変わらず、言葉は刺々しさがあるものの、澤村に関心を抱いてくれているのは確かだった。 「まぁね。初めはびっくりしたよ。俺もハーフだから人のこと言えないけど、外国人が多いしさ」 喜びを感じつつ、澤村は千雨に顔を向ける。 ほほう、と千雨は澤村を見ている。アピールは成功したようだ。 「あー……確かに多いよね、留学生」 裕奈が今頃を気が付いた、という感じで言う。 「確かにって……明石さん、中２から同じクラスなんだろ？ なんで気が付かないんだよ」 やはり女子中等部３−Ａ。普通の生徒である裕奈ですらこうである。 んーと唸りながらも首を傾げる裕奈に苦笑しつつも、澤村は桶を持って立ちあがった。 唸るのをやめて裕奈は、澤村を見上げる。 「もういっちゃうの？」 裕奈も裕奈で、あまり会話しない千雨といるのは少しつまらないのだろう。 残念そうにそう言った。 「さっきも言ったけど、新田に見つかるとうるさいからさ。俺、男だし」 ぐいっと缶を煽る。 裕奈は、そっかーと缶に唇を当てた。 「もしこれそうだったらまた来るよ」 「わかった。じゃーねー」 たぶん、もう来ないとは思うが。 桶と缶を持って立ち去ろうと澤村が背中を向けると、 「おい」 乱暴な口調で呼びとめられた。 振り返ると、不思議そうな顔をして横に視線を向ける裕奈と、 「髪、ちゃんと拭いたほうがいいぞ」 彼女の視線の先にいる千雨が、憮然とした表情で口を開いている姿だった。 露天風呂から上がり、ほくほくとした気分で刹那と明日菜は廊下を歩く。 「いい湯だったわねー」 「そうですね」 明日菜の言葉に、刹那は頷く。明日菜は明るくてとてもいい娘だった。そして、前回の木乃香が誘拐された時に見せたあの力。 ネギと仮契約を交わしたとはいえ、素人とは思えない動きだった。 澤村といい、明日菜といい、最近の一般人も甘く見れないものだ。 二人並んで廊下を歩いていると、 「あ、桜咲さん、神楽坂さん！」 浴衣と息を乱した澤村が走り寄ってきた。その表情から焦りの色が伺われる。 「ど、どうしたの？」 「ネギ先生の、身代わりが……部屋から出たみたいなんだ」 今まで走り回って探していたのだろう。息も絶え絶えで明日菜の言葉に澤村は答えている。 刹那が詳しく事情を聞くと、澤村の説明はこうだった。 ホテル内を少し歩き回って部屋に戻ったら、ネギがいないことに気が付いた。初めは、ネギがパトロールに行っているのだと納得して、そのまま眠りにつこうとしたのだが、机の上に筆があり刹那の身代わりの紙型のことを思い出す。 身代わりの紙型もないし筆には墨がしみついているから、身代わりの紙型を使ったと断定して部屋をでて探してはみるもののニセネギは見つからない。慌ててロビーにいる千雨と裕奈に聞いたら、たくさんのネギがロビーに１度きたと言う。 ……つまり、身代わりのネギがたくさん現れてホテル内を走り回っているらしい。 ―――――それは、非常にまずい。 明日菜も事の重大さがわかっているのか、表情に焦りが見えた。 刹那は、焦る二人を落ちつかせるようにあえて冷静な声色で言う。 「それじゃ、手分けして探しま―――――」 「あれ……本屋ちゃん」 そんな明日菜の呟きに、思わず刹那は開いた口のまま明日菜の視線を追った。 そこにいるのは、杖を背負ったネギとのどかと夕映の姿。 刹那はすぐにわかった。あのネギは本物だと。 「――――あの、友達から……お友達から始めませんか？」 その言葉がネギではなくて自分と同い年の男ならば、きっとフる言葉としてとられたかもしれないと澤村は思った。 １０歳にしては、いい返事だとも思う。……それでも１５歳が１０歳に告白というのは、理解できないが。 ２５歳と２０歳なら納得がいくが、さすがに今の年齢では、少し無理だ。 それにネギがどうこうより、澤村にとって重要なのは千雨と少し親しくなれたということだ。澤村の髪は、彼女に言われたとおりきちんと拭いたためか、すでに乾き始めてすらいた。 そんな髪をくしゃりと撫で付け、澤村は微笑を浮かべる。 命綱が掴めた気がして、安心した。魔法の世界にどっぷりと遣ってしまうことがあっても、きっとこの命綱が日常の世界へと引っ張ってくれるであろう。 「へー」 明日菜も澤村のように１０歳にしてはいい返事だと思ったのか、好意的な声を漏らす。 刹那も刹那で、微笑を浮かべていた。 改めてネギとのどかを見た。 にっこりと微笑んで返事をするのどかと照れ笑いを浮かべるネギ。 まぁ、微笑ましいともいえなくもない。 ―――――たまにぐらいなら、こういうのもいっか。 そう思ってしまうのは、やはり染められつつあるせいなのだろうか。 そんな自分に苦笑している澤村の目の前で、ハプニングが起きた。 夕映の足に引っ掛けられて転ぶのどか。 のどかの目の前にいるネギが短い声をあげた。 近づく二人の距離。 「――――あ」 澤村もネギと同じように短い声をあげる。 謀ったかのように、のどかの顔はネギの顔へと向かっていく。のどかがネギの体に手を添えたのも時すでに遅かったらしく、スローモーションのように澤村の目にうつったのは、ロビーのど真ん中でネギとのどかが唇を重ねる一連の動作だった。 それは、修学旅行２日目最大のハプニングだった。 |