ネギ補佐生徒 第１３話
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魔法使いには、パートナーというものがあり、本契約と共に仮契約というものがあるらしい。 仮契約というものは、本契約をする相手を見極めるための言わばお試し期間であり、その仮契約にもいろいろな方法があるという。 その中で一番手っ取り早く簡単なのが――――― 「き……キス？」 何故か嬉しそうに頷くカモに顔を赤らめてそっぽを向く明日菜、刹那もほんのりと顔を赤らめている。 ネギもネギで、顔が赤かった。 カモの言葉を復唱した澤村は、顔を赤らめるとかいう前にその言葉の意味を深く理解しようと苦しんでいた。 何故にキス？ 呪文を唱えたり、血を交換したりならわかるが、なぜキス？ わからない。本当に魔法使いってわからない。 いや、それよりも――――― 「――――ちょっと待て。ということは、神楽坂さんとネギ先生はキスしたってことか？」 のどかのカードについての話が終わり、明日菜がカモから自分の姿を写ったカードの説明を受けていた。 カードを持っているということは、仮契約をしたということ。 仮契約をしたということは、一番手軽で簡単なキスでの契約を交したということなのでは？ 片眉をあげて言った澤村の言葉にカモは、 「そりゃあもう！ ぶちゅーっとしてもらったぜ、ぶちゅーっと……」 カモの姿が澤村の視界から消えた。 変わりにみえるのは、明日菜の細い腕。 「澤村君……あれはしかたなく、なの。しかたなく……わかる？」 目が据わっている。非常に怖い。とても怖い。 明日菜の剣幕にコクコクと壊れた人形のように澤村は頷いた。 そりゃそうだ。自分の目の前にいたオコジョが、内臓を吐き出しそうな勢いでテーブルに押し付けられているのだから。 ぶちゅーぶちゅー言い過ぎたせいで、今はテーブルとぶちゅー状態なカモがなんとも。 そして、何より明日菜の反応はさきほどの澤村の問いに関して肯定ととれる。 つまりは、だ。 澤村は、同じクラスの人たちだけでなく、１０歳であるネギにまでファーストキスを超されたということわけで。 ……ショックである。 何はともあれ、今日は修学旅行３日目。 三度目の正直なのか、二度あることは三度あるなのか。 たぶん、後者だろうと澤村は思った。本当のことを言うと、何もないこと方が嬉しいのだが。 そんなことを考えることで、澤村はネギに先を超されたという現実から逃げていくのだった。 ネギ補佐生徒 第１３話 シネマ村へ 「澤村君、地味」 ネギと共に明日菜を待っていたはずなのに、結局５班全員が来てしまっていた。 それはいい。いや、親書を渡さなくてはいけないのだから、明日菜たちが来ているのは非常によくないのだが。 それはとにかくいいとして、 「地味って、そんな直球に言わなくてもいいだろ！？」 ハルナに訴える。 薄い茶色のＶネックのトレーナーに黒っぽいジーンズ。自分でも地味かなとか思ったが、下着やらを優先して買ってしまったし、ハワイ用に私服を買ってしまい京都に行くためだけの私服を買うお金がもったいないと思ったのだ。 けれど目の前の女子たちの私服は、あまりファッションとかに詳しくない自分でも可愛いと思えるものであり……ネギだって木乃香が服を選んでもらったためか、シンプルな割にはおしゃれに見える。 刹那も制服なのだが、麻帆良学園の制服はデザインが可愛いためというのと、ブレザーを羽織っていないのでそういう服だと見えてもおかしくない。それに、刹 那なりのアレンジなのか、リボンがネクタイへと変わっていた。これも学校のものなのだが、やはりデザインがデ ザインなので、そう思えない。 「顔はそれなりなんだから、着飾らないと」 つまり、着飾らないと駄目なルックスということか。 いや、確かにそうなのかもしれないが、そんな間接的にいわなくてもいいのではないのだろうか。それこそ直球に言って欲しい。 軽く凹みつつも、澤村はネギに視線をむける。 ついてきちゃってますよ、と。 「アスナさん、なんでみんないるんですかー！？」 小声で叫びつつもネギが明日菜にそう言うと、彼女は片手をだしてゴメンと謝った。 こういう時こそ、自分の出番なのだろうか。 「神楽坂さん、ネギ先生。騒がしいところに行ったら、俺が引き付けますから、その隙に」 適材適所。 自分にはこんな役割が一番あっている、と言ったら大それた事だが……これしか役に立たないというのが真実である。 仮令ネギの補佐をする生徒だからといって、彼の傍に必ずしもいなくてはいけないということもないし、いくら自分が親書の件を一緒に頼まれていても、ついていけばきっと自分は邪魔になる。 少し、歯がゆいけれど、足手まといになるよりはましだと思った。 初めて、ゲーセンというものに来た。 人の声ではない騒がしさが、少し耳障りではあるが、隣に木乃香がいるおかげで、それは緩和されている。 うまく５班の人間を遠ざけることができなかったのは、ネギに非常に申し訳ないと思う。 だがそれは澤村がうまくやってくれるそうなので、人付き合いの苦手な刹那にとっては、大助かりだった。 「せっちゃん、一緒にプリクラとろー」 手首をがっしりと掴まれた。顔をあげれば木乃香の顔があり、顔が熱くなるのがわかる。 神鳴流の使い手である刹那も、木乃香相手に手を振りほどくなんて行為はできず、結局されるがままになってプリクラの機械の中へと入っていってしまう。 「ほら、澤村君も」 「え、俺も？」 刹那と同じく澤村も木乃香に手首を掴まれて機械の中へと連れ込まれる。 思ったよりも中は広かった。 澤村は、照れからかそれとも本当に嫌なのかわからないが、木乃香に掴まれた手を軽く振りほどこうとして抵抗している。 そんなこと知ったこっちゃないといわんばかりにぐいぐいとその手を放さずにひっぱる木乃香。 本来ならばすぐに振り払うことはできるのだろうが、相手が女子だからと気を遣っているのだろう。 「二人で撮ればいいじゃんかっ」 「ええやんかー。せっかく一緒のクラスになったやし」 なんだかじゃれ合っているような会話が耳につく。 何故だろう。この二人、意外にも仲がいい。 しかし、教室で見る限りでは仲良く話している姿なんて見た覚えがない。 あるのは、亜子やアキラといった運動部の生徒と明日菜、そしてエヴァンジェリンくらいのものだ。 修学旅行中に何かあったのだろうか。 「桜咲さんも、近衛さんと二人で撮りたいだろ？」 「え？」 澤村の言葉に、刹那は裏返った声を返した。 気が付くと、木乃香と澤村の目が刹那へと向けられている。 視線を落とせば澤村の手首には木乃香の小さな手があり、自分の手にも同じように木乃香の手がある。 端から見ると、仲良し三人組みにでも見えてしまいそうだ。 「私は、別に……っ」 慌ててそう言うと、 「ほらな、せっちゃんも澤村君ととりたいゆーとるし」 それはない。 とは、さすがに本人の前ではいえないのでその言葉は飲み込むことにした。 別に澤村が嫌いとかそういうのではない。プリクラを撮らなくていいという意味をこめての別に、だったのだが違う風にとられてしまったから、そう思っただけである。 ……結果的にどうなったかというと、プリクラは三人仲良く一緒に撮った。 切り分けられたプリクラで見つめる。相変わらず鋭い目だな、と我ながらに思う。 「んー？いろいろ微妙なラブのにおいが……。気のせいかなー」 「気のせいでしょう」 ラブのにおいってどんな匂いだ？ 急に澤村の隣に現れたハルナを見る。顎に手を添えてニヤリと笑っていた。その隣で夕映もハルナの言葉に呆れている。 気にはなったが、下手に聞いて変なことに巻き込まれるという可能性もあるので、澤村は二人を無視してゲーセンの奥へと行こうと歩を進める。 木乃香達から少し離れたところで様子をみる刹那に近寄り、 「近衛さんと話さないの？」 そう問う。 「はい」 短いが、しっかりとした声が返って来た。 その返答に澤村は、小さく溜息を漏らす。 木乃香と刹那の仲が戻るのは、しばらく時間がかかりそうだ。別に口を挟む気はない。 きっと木乃香なら大丈夫だと思ったし、下手に首をつっこんで邪魔してしまうということがあるかもしれないから。 男と女だと、いろいろ違うだろうし。 そっか、と呟くように言う。 互いに無言だけれど、騒がしい時が流れる。ゲームセンター特有の機械音が少し耳障りだった。 しばしの間の後、澤村が横の髪をかきあげていると、刹那の口が開かれた。 「――――澤村さんは」 刹那を見てみると、彼女は木乃香を見ていて澤村の顔など見ていなかった。 「お嬢様と、仲がよろしかったんですね」 独り言のような呟きだった。 澤村は首を傾げた。刹那の言う言葉の真意がわからなかったからだ。 少しだけ、間があいてしまったが、澤村は、うんと小学生のような返事を返した。 「おお、うまい！ 先生、ホントに初めて！？ さすが天才少年だね〜〜っ！」 そんなハルナの声に、澤村は視線を前へとずらす。 視界に入るのは、大画面を使ったカードゲームの席にちょこんと座ってゲームをするネギと、その回りにいるハルナたち。 のどかがいないところが少し気になるが、それよりも気になることがある。 ――――――おい、親書は？ カードゲームにハルナ達が熱中している間、抜け出すべきなのではないのだろうか。 思わず顔を顰めた。やはり自分の出番やもしれない。 「いつ頃ですか」 「え？」 声のした方を見ると、さきほどと全くかわらない姿勢でいる刹那の横顔があった。 何がいつ頃なのだろうか。 「いつ頃、お嬢様と仲良くなられたんですか」 ようやく合点がいく。さっきの会話の続きらしい。 ああ、と澤村は木乃香の方へと視線を移して、頭を掻きながらも説明する。 「昨日の昼に、一緒に団子食べてたのがきっかけだよ」 桜咲さんが、近衛さんから逃げ切った後にね、と付け足すとそうですか、という短い答えのみが返ってきた。 その言葉は、あまりにも淡白すぎて、澤村はそうなんだともう一度言葉を放った。 今度はさすがに返事がこない。 少し、悲しかった。 だから、 「俺って、もしかして邪魔かな」 という弱音もでてしまう。 でもこの弱音の答えは、わかっている。きっとはい、と短く答えられるに決まっているんだ。 当然のように、はい、という言葉が刹那から返ってきた。 だが、 「ですが、全くというわけではありません」 その言葉に澤村は、刹那を見た。 視線ががっちり合った。真剣な表情の刹那がまっすぐにこちらを見つめている。 そのせいか、その言葉は慰めとかではないく、事実に聞こえた。 真剣な表情から、微笑へと刹那がの表情がかわる。 「大丈夫ですよ」 小学生のように、澤村はまたうん、と頷いてしまう。 足手まといだけど、まったくというわけではない。 それは、些細なことなのかもしれないが、嬉しかった。ありがとう、といいたい。 澤村は口を開く。 「ありがとう」 ―――――そして、ごめん。 好奇心だけで、この世界に首をつっこんだことを、 力があるのに、その力を使わないことを、 心の中で、謝る。 口にだしてしまえば、刹那の言葉を無碍にしてしまうから。 だから、感謝の言葉しか述べない。 そんな澤村の耳に、 「澤村さん」 ネギの声が入ってきた。 下をみればネギの顔。 「行きますか」 刹那の言葉に、はい、と頷くネギ。 傍には明日菜もいた。澤村は二人に、こう言う。 「二人とも気をつけて」 自分がついていっても、きっと足手まといだから。 刹那と澤村は二人を見送る。 「何もなければいいんだけど……」 不安がつきまとう。 「昨日は、特に何も起きませんでした。ということは関西呪術協会も本格的に何かしかけてくる準備をしていたと考えていいでしょう」 さすがプロ。頭が回る。 刹那の言葉に感心しつつも、澤村は言う。 「じゃあ、近衛さんが狙われる可能性もあるってことか」 関西呪術協会のもう一つの狙いは、木乃香の強大な力。 木乃香の方にも、なんらかの危害があるはずなのだ。 気を抜いてなどいられない。 深呼吸をして、気持ちを切り替えねば。 「アキラ〜！ 龍宮さ〜ん！ 早く早く〜！！」 亜子の手を掴んで言った裕奈に軽く手を振るアキラとその隣を歩く真名。 今回の自由行動、まき絵と裕奈の勘違いからのお節介で、澤村をＵＳＪに誘うという計画だったのだが、澤村は既にどこかへいってしまったらしく計画は失敗に終わった。 それをまたもや勘違いしたまき絵と裕奈が、別に落ちこんでいない亜子を引っ張りまわしているのだ。 確かに落ちこんではいないが、亜子の様子は少しだけおかしい。 だから、その気を紛らわしてあげるには丁度いいのだが、さすがに引っ張り回されすぎてなんだかぐったりしていた。 「ゆーな、まき絵！ 亜子がぐったりしているから、もう少しゆっくりにしてあげな！」 なので、そう二人に告げるアキラ。 だが、二人には聞こえていないらしく、ぐったりし始めた亜子をずるずると引きずるようにしてアトラクションへといってしまう。 ちなみにアトラクションとは絶叫系のもであり、これに乗るのは３回目くらいである。 なんでも、 「気分を吹き飛ばすにはこれが一番！」 らしい。 まったく、と溜息を漏らした。 「いいじゃないか。あれくらいの方が何も考えなくてすむだろう」 真名の声にアキラは少しだけ顔をあげた。 真名の身長は本当に高い。自分も高い方なのに、見上げなくてはいけないほどだ。 そんな真名の視線は、亜子たちへと注がれている。 「龍宮さんも気が付いた？」 「まぁな」 長い髪をさらりと掻きあげる。 その仕草は雑誌にでるモデルのようで、かっこいい。 「澤村が関係しているのは、たぶん正解だとは思うがな」 え、とアキラは声をあげる。 そこまでは予想がつかなかったからだ。さすが、とは真名のことを深くしらないからいえる立場じゃないのだが、そう思ってしまう。 「なぜ、わかったの？」 「勘だよ、勘」 女の勘、というやつなのだろうか。 大人っぽい真名の言葉だと、なんだか当たりそうですごいと思ってしまう。 いや、それよりもとりあえず、 「きゃー！！ アキラ、龍宮さん、ちょっときてー！！」 「亜子がー！ 亜子が、吐いちゃったよー！！」 この場をどうにかするしかない。 「え、え、え？ このカードが何だって？」 「だからぁ、それが補助カードで、こっちが……」 数枚のカードを持ってあたふたする澤村を囲んで木乃香たちが、あれこれと言い合っている。 皆の顔はにこにことしており、それは木乃香も例外ではなかった。 ―――――良い笑顔だ。 刹那の口元が自然と緩む。 京都のように、屋敷の敷地内からだされなかったため友達が少なかった木乃香も、麻帆良学園にきてからは友人が増え、とても明るくなった。 彼女には、何も知らずにこのまま平和に暮らして欲しい。 ……修学旅行では、少し親しくしすぎたかもしれない。 魔法の世界側である自分と関わることで、彼女も危険に晒されることだけは避けたいのだ。 ――――学園に戻ったら、今まで通りに影から見守ろう。 今までだってそうだった。まだ戻れる。 それはそうと。 明日菜とネギは無事だろうか。やはり心配である。 スカートのポケットから取り出した紙型をとりだし、 「オン」 唱える。 目を瞑り、ネギの方へと送り込んだ式神と意識を繋げた。 そんな刹那に変わり澤村は、 「澤村君、下手だねー」 「ド下手ですね」 ハルナと夕映に精神的ダメージを負わされていた。 ネギがいないことに気が付かせなうように自らカードゲームをやりたいと言い出したのだが、この有り様。 「しょうがないだろ……カードゲームなんて、今までやったことなかったんだからさ」 肩を落として嘆く。 麻帆良に来てからは、サッカーだけにしか集中してなかった。 澤村にとって、サッカーも遊びの一つ。だから、カードゲームなんて特別なものは必要なかった。 カードなんて、トランプで十分だと思っていた。 「大丈夫やて。ウチもはじめはよーわからんかったし」 そんな澤村を慰める木乃香の言葉が耳に入る。 なので、別に続けるつもりはないとは返せなかった。 だいたい、このカードの世界観が気に入らないのだ。魔法使いのカードゲームだなんて。 ―――――現実でもう十分味わってるっての。 しかもロボやら吸血鬼やら陰陽道やら、１５歳が１０歳の告白やら生徒が教師に告白やら子供が教師になるやらと、なんでもありな現実である。 さすがにもうお腹一杯。ご馳走さま気分である。 というか、エヴァンジェリンのお土産を買いたいのに、ゲーセンに入り浸りも少々困る。 溜息をつきながらカードゲームの椅子から腰をあげた澤村に、ハルナたちが不信そうな顔をしたが、澤村がトイレにいくということを言うと、すぐに引き下がった。 男というものは便利なもので、用をたす時間も早い。しっかりと手を洗ってトイレからでると、目に入るのはクレーンゲーム。 「関西限定、タコヤキくん人形」 文字をそのまま口に出して淡々と読み上げる。 頭がたこ焼きで、目がくりっとしていて可愛いとえいば可愛い。不細工といえば不細工でもあるが。 エヴァンジェリンはこれを渡したら喜ぶだろうか。 あの外見には、こういった日本じみたぬいぐるみは似合わないけど、それはそれで面白いかもしれない。 シーンズのお尻にあるポケットから財布を取り出して中身を確認する。 １００円玉が三つあった。両替すればまだ１００円玉の数は増やせるが、両替をすることで、お金がどんどん減っていくのは避けたいところ。 財布の中身とクレーンゲームを交互にみつめて数十秒後。 「……よし」 小さく意気込んで澤村はクレーンゲームの前へと歩き出す。 ３回やって駄目ならこれは諦める。とったらとったで、ちょっとした余興として、冗談で渡してからってやろう。 どちらにせよ金銭的には澤村の損なのだが、エヴァンジェリンのあの時の態度を見ていると少しは何かしてやりたいと思った。 まぁ、今まで自分を脅かせていたということに対しての仕返しを含めたからかいの気持ちもあるのだが。 １回目。ぬいぐるみは少しクレーンにあたるだけでびくともせずに、失敗。 もう一回、と澤村は１００円玉を投入する。 ２回目。ぬいぐるみは少しだけ引っかかり、宙に浮いた。 「お！」 だがぽてんと落下し、失敗。 ――――ラストチャンスだ。 クレーンゲームの周りをぐるぐるとまわって、取り易い場所を再度確認する。 そしてイメージトレーニング。 むん、と意気込んで１００円玉をいれた。 ３回目。慎重にクレーンを操作する。 狙い場所は首の部分。 ――――よし、ジャストポイント！ 高度をさげるクレーン、そしてはさみ込むアーム。 上がれ上がれ上がれ！！ 身を乗り出してクレーンゲーム機を見入る澤村の姿は、まるで子供よう。 持ちあがるタコヤキくん人形。頭が大きいためか、しっかりとアームに引っかかっている。 そして―――― 「よっしゃっ」 ごとん、と落ちてきたタコヤキくん人形を片手に小さくガッツポーズ。 「あ、澤村君すごいなー」 慌ててガッツポーズをといて、声のしたほうを向く。 木乃香と、彼女に手首を掴まれた刹那がいた。 「エヴァンジェリンにあげようと思って」 ニカリと笑って見せて澤村はタコヤキくん人形を木乃香たちに見せる。 「仲がええんやね」 にこーと笑って言う木乃香に、どうだろうと澤村はタコヤキくん人形の頭についている紐をジーンズのベルトに結びつけながら苦笑して見せる。 仲がいいのか、自分でもわからない。 はじめはとても怯えていたし、橋の事件後もなんだか仲のいいといえるような会話はしてない気がする。 あえていえるのは、あちらが澤村のことを友達と思っているのならば、澤村も頷けると言う事だ。 吸血鬼ということに恐怖がないわけではない。 ただ、エヴァンエジェリンから、そんな吸血鬼らしさがないだのだ。 橋の事件前は、少し漂わせていたのだが今はまったくといっていいほどない。 小生意気なただの少女にしか思えないのだ。 だから、からかうのが楽しい。 なんてことを思っていると、 「っ！？」 刹那が急に木乃香の手を振りほどいて後ろを振りかえった。 刹那の手が何かを払うように動く。 その目は、露天風呂で澤村を襲ったときの目と同じだ。 「せっちゃん？」 心配そうに木乃香は刹那の顔を覗く。 刹那は、木乃香の手を握ると、 「澤村さん、走ります！」 そういって、走り出した。 「ああ！」 タコヤキくん人形をぶらぶらと揺らしながらも澤村はそれに続く。 すぐに何があったのかわかった。 刹那に向かってきたのは、鉄釘のような何か。クナイの類だろうか。 「なになに、どうしたの！？」 だが、そんな時、ハルナと夕映もタイミング悪くついてきてしまった。 「どうする、桜咲さん。俺が彼女たちを安全な場所へ連れて行こうか」 「お願いします。もう少ししたら二手に別れましょう」 自分の出番がきたらしい。 「せ、せっちゃん、澤村君……どこ行くん？ 足速いよぉー」 ５班は、刹那と明日菜を除けば、運動能力は低い。 澤村は運動部ということと男子ということがあり、さほどきつくはないのだが、木乃香とハルナ、夕映はそうもいかないのだ。 ――――待て。 一人たりなくないか？ 「桜咲さん！ 宮崎さんがいない！」 焦りに満ちた澤村の声。 だが、刹那は冷静にこう言った。 「大丈夫です。先ほどネギ先生のところに式神を送って様子を見ましたが、彼女はネギ先生のところにいます」 つまり、ついていってしまったということだ。 一般人である彼女たちをひきつけておくといったのに、この始末。 悪態をつく暇もなかった。 何かが澤村の横を掠めた。 「さ―――」 桜咲さん、と名を呼ぼうとしたが、既に彼女はそれに対応していた。 ５回、刹那の手が鳴る。 見ると刹那の手にはさきほどと同じ物が５本あった。 「あれ！？ ここってシネマ村じゃん！」 ハルナの声に改めて前を見ると彼女の言うとおり、シネマ村があった。 ここなら人が多くて、敵も堂々と襲うことはできないだろう。 「澤村さん、シネマ村に行きますから、二人はどこか安全な場所へ！」 「おう！」 待ってましたと言わんばかりに拳を握り締めて答える。そんな澤村の目に入ったのは、 「お嬢様、失礼！」 「ふえ？」 可愛い声を上げて刹那にお姫様抱っこされる木乃香の姿だった。 そしてそのまま刹那は飛びあがる。 普通ではありえない高さで塀を乗り越えて行ってしまう。 塀を乗り越える瞬間、 「またＣＧや」 という言葉が聞こえてきたが…… 「ＣＧじゃないって」 ＣＧだと受け流せる木乃香は、やっぱり学園長の孫なんだなと再認識させられる。 変なところで器が大きいと言うかなんというか。 「ど、どーゆーコトですか？」 「うーん、女の子同士で二人っきりって……」 「いや、別に変な想像しなくていいからさ」 苦笑してハルナたちと向き合う。 実をいうと、この二人は結構苦手である。理由は自分でもよくわからないが、あわない気がするのだ。 「とりあえず、二人にも事情があるみたいだし、どこか別の場所行こうか」 そういって、一歩踏み出した澤村の手を二人はがっしりと掴んでシネマ村へと歩き始めた。 二人とも、なぜか力がある。 「いやいやいや！ そっちはまずいって！」 ずるずる。 「大丈夫大丈夫！ きちんと隠れて見守るから」 「それにせっかくシネマ村に来たのですから、堪能しなければ」 ずるずるずるずる。 ―――――ホント、この二人は苦手だぁ……。 小さな嘆きを心に残して澤村はシネマ村へと連れ込まれる。 しっかりとお金を払って、出入り口からきちんと。 現代の服がまったく似合わない建造物に囲まれ、刹那はほっと息をついた。 これだけ人がいれば、さすがに襲ってこないだろう。時間をかせぎ、ネギとの合流を待つしかない。 ネギたちにそれを伝えようと、念じる。 ――――ネギ先生、ネギ先生！ 敵の攻撃で、式神との連絡が途絶えてしまったらしく、あちらからの声も様子も覗えなかった。 式神を通して見たところ、彼らも随分体力や魔力を消耗しているようだし、どうするべきかと顎に手を添えて思案する。 澤村も、あの二人を押さえ込めていられているか不安だ。 「せっちゃん、せっちゃん〜」 「はい？」 木乃香に名を呼ばれ、刹那は顎に添えていた手を離して、そちらを向いた。 「じゃーん」 ……舞妓姿の木乃香がいた。 思わずうわっという声を上げてしまう。 「お、お嬢様、その格好は！？」 「知らんの？ そこの更衣所で着物貸してくれるんえ」 日傘をくるくると回して弾んだ声で言ってくる。 どう？ そう聞かれて、どもりながらもキレイだということを伝えると、木乃香ははしゃいで喜んでいた。 本当に綺麗になった。 動揺している自分に疑問を持ちながらも、そんなことを思う。 「ホレホレ、せっちゃんも着替えよー！ ウチが選んだげるー」 ぐいぐいと刹那の手が引っ張られる。 「えっ、いえ、お嬢様！ 私、こーゆーのはあまり……ああっ」 仕える者の定めなのか、刹那は断ることができず、結局―――― 「なぜ私は男物の扮装なのですか？」 新撰組のような格好。 夕凪が死ぬほどそぐわない。 似合ってるといわれても、なんだか複雑な気分である。 木乃香に振りまわされながらも、口元が自然と緩んで楽しいという気持ちが湧き起こるのがわかった。 ――――ずっとずっと、こんなふうに遊びたかったのかもしれない。 そんな想いが、芽生えていた。 ――――どうして。 どうしてどうしてどうしてどうして！！ 「どーして、シネマ村に３−Ａが集まってくるんだよー！！」 頭を抱えて、建物の隅でそう叫ぶ。 背後では、きゃっきゃっと騒ぐ女子たち。 そこにはハルナと夕映だけでなく、３班の姿もある。 しかもその３班には、 「どうしたんだよ」 澤村の命綱、千雨がいるのだ。 「いや、いろいろ……ははっ」 乾いた笑みで自分を取り戻そうと繕う澤村に首を傾げる千雨。 皆が刹那と木乃香の関係を疑うのはいいのだが、これ以上彼女達の傍にいさせたら、もし敵が来たときに対応ができない。 一般人の対応は自分にまかせろ見たいなことをいったのに、この様はかなり痛い。 そんな澤村を嘲笑うかのような馬の蹄の爽快に走る音と、人を不快にさせるような地面を引きづる馬車の音。 それに乗っている西洋貴族のような格好をした眼鏡をかけた少女。 「……まさか」 考えたくはないが、 「お、お前は！？」 刹那の反応をみれば、間違いない。あれは――――― 「どうもー神鳴流です〜」 ―――――関西呪術協会……敵である。 |