ネギ補佐生徒 第17話





 ――――何処からか、声がする。

「やるや―――い……しん、り!」

 首もなんだか痛くて苛々する。
 気分は最悪だった。気持ち悪いし、手足は縛られていて、口には何か貼りつけられている。身体だって鉛になってしまったのかと疑うほどの重さ。
 視界もまだ真っ暗なままだ。ゆっくりと回転し始めた思考は、まだ目覚めることを拒んでいるらしい。
 なぜ自分はこんな暗闇に身を置いているのだろうか。
 最後に見たのは何だった。
 いまいち回りの悪い思考は、ちらちらとしかその場面を見せてくれない。
 確か、誰かが目と口を開いてこちらを見ていたはず。
 誰だかわからない。思い出せない。
 そういえば、誰かを腕の中に抱え込んでいたような気がする。
 誰だかわからないけど、とても肩が細くて華奢な体つきで自分の腕にすっぽりと収まっていたはず。
 回転が悪い思考では、記憶は霞んでいた。
 まだはっきりとしない頭に、

「ん゛ー、ん゛ー」

 くぐもった声と、

「ふふ……しかしこれで、このかお嬢様は手に入った」

 綺麗にその言葉が入ってきた。
 急速に回転の増す思考。

 ―――――このかお嬢様。

 その単語に目蓋が跳ね上がる。
 目に写るのは、ごつごつとした岩の表面らしきもの。
 足は地についていない。誰かが自分の腰に腕を回しているらしく、まるで物干し竿で干された布団のように、自分はそれにぶらさがっていた。ふかふかとした感触から、猿鬼か熊鬼のどちらかに抱えられているのだろう。
 重たい頭をゆっくりと上げれば、千草とフェイトと、

「あとはお嬢様を連れてあの場所まで行けば、ウチらの勝ちやな」

 猿鬼に抱きかかえられた木乃香が白い霧を纏ったかのように霞む視界に入ってきた。

 ――――嗚呼、そういうことか。

 どこか冷えきった思考が、そう呟いた。
 ほとほとうんざりする事実なのだが、認めざるをえない。
 あれだけ頑張っても、最終的に自分に待っているのは、こういう結果しかないのかもしれない。
 気持ちだけでは、結果は生まれないということだ。
 自分……澤村は、認めざるをえない。変えようのない結果を。

 ―――――木乃香と自分は、敵に捕まってしまったということを。





  ネギ補佐生徒 第17話 長き夜の始まり





 つまり自分は、また足手まといとなってしまったわけだ。
 ああ、これは流石にきついな、と澤村は焦点がまだはっきりとしない目で千草を見つめた。
 それに気が付いたのか、こちらを向いた千草の目と澤村の目が合う。すると、

「お、目ぇ覚ましたんか」

 と愉しそうに千草は言った。
 その言葉に、木乃香が澤村を見る。
 ずっと心配してくれていたのだろう、彼女は涙を溜めながらも澤村を見て何か話そうとしていた。
 自分と同じように顔半分を覆ってしまうような札らしきもので口を塞がれているため、ん゛ーやらむーやらくぐもった声しか聞こえないけれど、その様子をみるかぎりでは元気そうだ。
 手足を縄でしばられている状態を元気と言えないのならば別の話だが。

「お嬢様に心配してもろうて……幸せもんやなぁ」

 からかう、といより嘲笑うという言葉が相応しい表情で千草は澤村は見る。
 正直、あまりいい気分ではない。
 千草は眼鏡をくい、と上げながらも澤村にこう言う。

「儀式が終わって一段落ついたら、あんたには、操り人形としてウチらに尽くしてもらうわ」

 死ぬまでな、と千草が嗤う。
 睨んでやろうかと思ったが、例え千草を睨んでもこの状況はかわらない。
 無駄な足掻きだ。
 澤村は上げていた頭をゆっくりと下ろす。
 急速に回転してくれた思考は、もう疲れてしまったらしく、その速度をおとしていた。

「ん゛ーん゛ー」

 木乃香がその言葉に怒りを感じたらしい。荒々しくもくぐもった声が耳に入る。
 そんなことをしても、何も変わらないというのに。

「安心しなはれ、このかお嬢様。お嬢様には何もひどいことはしまへんから」

 ――――――君のように強大な魔力をもっとる者は、狙われやすい。できるかぎり守るつもりじゃが……保証はできんぞ。

 今頃になって学園長の言葉を思い出す。
 あの時答えた自分の言葉に、愚かさを感じてしまう。
 でしゃばりすぎた。抗う力がありながらも使い方を学ぼうとしない自分が、木乃香を守ることなんてできるはずないのに。
 自分の身を守るだけでも危ういのに、他のことにまで気に留めてなどいられないというのに。
 自分は守る立場じゃない。守られる立場じゃないか。
 強くて守る力のある人間は、他にもたくさんいるじゃないか。
 ネギ、明日菜、刹那、詠春……皆、ただ力や技術的な強さだけではない。心も強く、芯が太い。
 それに変わって自分は駄目だ。力があっても、心が弱い。
 正体のわからない恐怖にただ怯えるだけで何も行動に移さない弱い心。
 力がなくても心が強ければ身も強くなれる。
 けれども自分にはそれがない。
 ならば、

「待て!!」

 凛、とした声が耳に通る。
 重たい頭をゆっくりと上げれば、身も心も強き者たちの姿。

「そこまでだ! お嬢様と澤村さんを離せ!!」

 そう。
 弱い者は弱い者らしく、強い者に守られてればいいじゃないか。
 弱い者は強い者が助けてくれる。
 実際こうやって、強い者が自分達を助けようと立ち向かってくれているじゃないか。
 思考の回転は、鈍くなってきている。
 例え守りきってもらえなくても何の文句もいわないし、いえない。
 だって自分は弱いのだから。それで何か文句をいうのはお門違いというもの。
 それに、結果がどうなろうと別にかまわない。
 もう何も思うことは、ないのだから。

 ――――――もう、どうなってもかまわない。

 心の中で叫ぶのではなく、静かに。
 もし、自分の運命が暗闇の中に埋もれるとしても受け入れよう。
 再び襲ってくる視界の闇。今度はゆっくりとそれは訪れた。
 そうさ。自分は何もできないのだから、眠ってその時を待とうじゃないか。寝るのにも丁度いい時間のはずだ。
 澤村は、目蓋を閉じながら千草の操り人形として目覚めるのもある意味楽な人生なのかもしれないとふと思う。

 そうなってしまい――――――悔いがあるとすれば。

 楽しみにしていた中学生最後の大会に参加できないということだけだ。





「……またあんたらか」

 刹那は、薄笑いを浮かべて岩の上に立つ千草をしっかりと見据える。
 その表情からは、焦りと怒りが覗われる。

「天ヶ崎千草! 明日の朝には、お前を捕らえに応援が来るぞ!!」

 それを包み隠さず、刹那は千草に言葉を放つ。
 応援、という言葉などに、千草は臆することはない。今、自分の手の中には、木乃香と澤村という強大な力をもちながらも使い勝手のいい人間がいるのだから。

「無駄な抵抗はやめ、投降するがいい!」

 しかし千草の表情はくずれることを知らず、薄笑いを浮かべたまま、

「ふふん……応援が何ぼのもんや。あの場所まで行きさえすれば……」

 自分たちの勝ち。関東魔法協会も関西呪術協会も何も怖くない。
 千草は、木乃香を抱えた猿鬼と共に、岩からふわりと川の上へ降り立った。

「それよりも……あんたらにもこのかお嬢様の力の一端を見せたるわ。本山でガタガタ震えてれば良かったと後悔するで」

 木乃香に一言詫びて、彼女の首元に札を1枚張りつける。
 彼女の魔力に反応して、札が光り輝く。

 ――――――さぁ、ここから愉しいお祭りの始まりや。

 オン、という言葉を皮切りに光出す無数の円と奉献供養の真言。
 言葉を放つ度に木乃香につけられた札は光り輝き、彼女の魔力を消費していく。
 跳ねる木乃香の身体。

「お嬢様!」
「このか……っ!?」

 刹那たちの表情が千草を昂ぶらせる。
 無数の円から現れたのは、化け物。それも100を軽く超える数。

「あんたらはその鬼どもと遊んでてもらおか。ま、ガキやし殺さんよーにだけは、言っておくわ。安心しときぃ」

 殺さなければ何をしてもいい。
 腕や脚の一本、切り取ってしまってもかまわない。
 耳や鼻を削ぎ落としてしまってもかまわない。
 殺さなければ、どんな苦痛を与えてもかまわない。
 殺さずに、死を請うような苦痛を与えるのだ。
 今まで計画を邪魔したお返しはそれで許してやろう。
 ほな、とフェイトと猿鬼、熊鬼をつれて夜空へと飛び立つ。怪物の群れに囲まれた3人の姿が小さくなって行くのを見て、千草は、もう一度薄笑いを浮かべた。
 愉しい。愉しくて仕方がない! 最高の気分だ!

「んー! んー!」

 刹那たちのことが気になるのか、木乃香は声をだそうと必死だった。その姿もまた一興。
 千草は、もう片方はどうだろうかと視線を向ける。

「なんや、気ぃ失っとんかいな」

 強張った表情一つせず、澤村は目を閉じて眠っていた。
 以前のようなしつことさは微塵もない。
 つまらんなぁ、と千草は言葉をこぼす。このしつこい人間が、こうもあっさりと引き下がるとは。
 これにも多少とはいえ妨害を受けたのだから、ただ気を失っているだけではつまらない。
 祭壇の中央へと降り立った千草は、熊鬼の小脇に抱えられている澤村をしばらく見つめ、

「―――――ええこと思いついたわ」

 札を片手に嗤った。





「せ……刹那さん。こ、こんなの……さすがに私……」

 例えネギと仮契約を交していても、普通の中学生。こんな化け物達と囲まれていては気の強い明日菜でも怖気づいてしまう。
 恐怖から、身体が震え上がり歯がガチガチと鳴っていた。身体の震えで川に浸かっている足もガクガクと今にも崩れそう。
 そんな明日菜に、

「明日菜さん、落ち着いて……大丈夫です!」

 刹那の声がかかる。
 どこが大丈夫だというのだ。化け物の中には自分より数倍もがたいのいい物までいるじゃないか。
 それにネギと刹那がいるとはいえ、100対3なんて勝てる気がしない。

「風花旋風・風障壁!!」

 ネギの呪文が聞こえてきた。
 それと同時に巻き起こる、大きな竜巻。ゴォオオっと音をたてて、自分達を中心に風の壁が周辺に現れたのだ。
 その風は川の水をも巻き込み、川で泳いでいたらしき魚がピチピチと足元で跳ねていた。

「こ、これって!?」

 目の前に現れた風の壁に明日菜は驚きの声を上げる。

「風の障壁です。ただし2、3分しか持ちません!」

 ネギが早口で答えた。

「よし! 手短に作戦立てようぜ!? どうする、こいつはかなりまずい状況だ!!」

 こんなとき、なんだかんだで頼りになるのはこのカモ。そして、こういった化け物に詳しい刹那だ。
 そんなカモがまずい状況と言い、刹那からは余裕のある表情が伺えないところをみれば、この状況が本当に危険だということがひしひしとわかる。
 それでなくてもこの怪物達から感じる威圧感で明日菜は、自分の置かれた状況を把握できていた。

「……二手にわかれる。これしかありません」

 耳鳴りがしそうなほどの風の音の中、刹那の言葉がはっきりと明日菜の耳にはいってくる。

「……私が一人でここに残り、鬼達を引き付けます。その間にお二人はお嬢様を追ってください」
「ええっ!?」
「そんな、刹那さんっ」

 ネギの驚きの声をよそに、明日菜は刹那に危険だということを言いたく、声をだす。
 100対1。いくら刹那が強くても、無理だ。

「任せてください。ああいう化け物を退治調伏するのが、元々の私の仕事ですから」

 苦笑する刹那。
 元々の仕事だとしても、こんな戦況は今までにないはずだ。
 それに、木乃香と澤村がさわれたのは、自分が守りきれなかったから。
 つまり、この状況を作り出したのは自分の責任だと思っている。それなのに、刹那だけにこんな危険な目にはあわせられない!

「じゃ、じゃあ、私も一緒に残るー!!」

 恐怖がないわけじゃない。けれど、せっかく友達となれた刹那を放っておくことなんてできるわけがない。
 それにここでこう断言しなければ、刹那の言葉に頷いてしまいそうな自分がいた。
 半場ヤケになったように叫んだのはそのためだ。

「あ……アスナさんっ」
「刹那さんをこんなところに一人で残していけないよっ!!」

 ネギが明日菜を止めようとその名を口にしたが、明日菜の決意は揺るがない。
 子供が駄々をこねるように、明日菜は目尻に涙をためつつもそういった。しかしネギだってすぐには引き下がれない。
 明日菜をこうやってこちらの世界に巻き込んだという責任感から、彼女をこれ以上危険な目にあわせたくないのだろう。
 でもっとネギが何か明日菜に言おうとしたとき、

「いや……待てよ」

 カモが呟いた。
 皆がカモの顔を見つめる。

「案外いい手かも知れねぇ! どうやら姐さんのハリセンは、ハタくだけで召喚された化け物を送り返しちまう代物だ! あの鬼達を相手にするにゃ最適だぜ!?」

 いつもはちゃめちゃなことしか言わないカモもこういうときはいいアドバイザーである。
 ……少し腑に落ちないところはあるが、あえて黙っておこう。

「な、なるほど。しかし……」

 刹那もネギと同じ意見なのだろう。カモの言葉に何か返そうとしたが、

「兄貴! 姐さんへの魔力供給を防御とかの最低限に節約して、最大何分までのばせる?」

 それは無視された。明日菜にとって、これは好都合だ。

「術式が難しいけど、5分……いや10分……ううん、15分は頑張れる!」
「15分か……短いが仕方がねぇ」

 必要な情報を集めたカモがぶつぶつといいながらも分析をはじめる。
 戦略を立てるのならば、彼が一番適役だろう。
 少しの間をえて、カモは自分の立てた作戦を早口で捲くし立てる。

「鬼どもは姐さんと刹那の姉さんが引き付けておく! 兄貴は一撃離脱でこのか姉さんと旦那を奪取! あとは皆で逃げて本山に向ってる援軍を待てばいいって寸法だ!」

 どうだ!?とカモは短い前足を高らかと上げて宣言するかのように言い放った。
 しかし刹那はカモの作戦に不安そうに言葉を返す。

「……そう、うまくいくでしょうか。お嬢様と澤村さん二人をネギ先生をお一人で奪取、というのは、些か無理があるのでは?」
「分の悪い賭けだけどな……穴だらけだし。だが、他に代案があるか?」

 しばし刹那は黙り込む。
 ……結局、代案がなかったのだろう。

「……わかりました。それでいきましょう」
「決まりだな!」

 飛び跳ねてカモはネギの肩に着陸する。明日菜はどこか嫌な予感がした。

「よし、そうとなったらアレもやっとこうぜ!ズバッとブチュッとよぉ!!」

 この鼻息の荒いカモの言葉。
 これまでのカモとの付き合いの中、それは容易に予測できた。
 嫌な予感はこれだ。これに違いない。
 でもやはり希望は捨て切れない。明日菜は、アレって?とカモに聞き返す。
 だがそこはカモ。明日菜の嫌な期待は裏切らない。

「キッスだよ、キス! 仮契約!」

 ――――一瞬、非常時ということを忘れ、カモを捻り潰そうかと思った。

 脚をパタパタと閉じたり開いたり、口をとがらせてちゅっちゅ音を立てているエロガモ。
 そんな小動物にネギと刹那は二人して顔を赤くして驚きの声をあげる。

「緊急事態だ!! 手札は多い方がいいだろうがよぉ!!」

 あまりの戦況に頭がラリってしまったのかと疑いたくなるほどのハイテンションなカモが場ととてもあっていない。
 涎をだらだらと垂らしながらもカモがのたまうのを見て、呆れた表情を作ってしまう明日菜とカモの異常な勢いに押されて思わずハイと声をそろえて答える刹那とネギ。
 本当に緊急事態なのだろうか。

「急げ!障壁が解けるぞ!」

 素早く魔法陣を書き込むカモ。

「す……すみません、ネギ先生」
「いえ……あの、こちらこそ」

 なぜだろう。頬を赤らめて会話する二人を見て鼓動が高鳴るのは。
 明日菜は自分がなぜ子供のキスでこんなにもドキマキするなんておかしい。おかしすぎる。
 そうだ。刹那が顔を赤らめるからだ。
 だから恋人同士のキスシーンを見るように思ってしまうのだ。そうだ。そうに違いない。
 そんなことを思いつつ、明日菜はネギと刹那が顔を真っ赤にして唇を合わせるのを見届けた。
 魔法陣の光が増す。

「ネギ先生。明日菜さんのことは任せてください。私が守りますから」

 守りますから。
 その言葉に自分が足手まといだと思ってしまうのが少し歯がゆい。
 事実だから認めざるおえないのだけれど。
 カモが現れたカードを飛び跳ねて掴み取る。

「先生……このかお嬢様を……頼みます!」

 唇を離した刹那がまっすぐネギを見てそう言った。
 手は添えたままだ。

「……はい!」

 ネギもしっかりとそれに答える。
 見つめ合う二人。

「そこ! 何見つめ合ってんのよ!」

 別に嫉妬じゃない。嫉妬じゃないとも。
 今は非常事態。そんな恋人のように見つめ合っている暇などないはずだ。だからそれの注意。注意だったら注意だっ。

「風が止む! 来るわよ!」

 刹那と離れ、ようやく真剣な表情を取り戻したネギが呪文を唱え始める。
 風の音が小さくなるにつれ、障壁が薄くなっていく。
 ネギの前方の風が消えた、その瞬間!

「雷の暴風!!」

 大砲を打ったかのような音が、耳に飛び込んできた。
 一直線に伸びる、雷を纏った竜巻。エヴァンジェリンの時も同じ技を見たが、それよりも大きく感じた。
 ネギの姿が明日菜たちの傍にいない。つまり、うまくこの化け物の集団から脱出できたようだ。
 明日菜は、刹那を見る。
 頷く刹那。それは、作戦開始の合図だった。
 足元に戻ってきた水を弾かせながら前進する。

「落ち着いて戦えば大丈夫です! 見た目ほど恐ろしい敵じゃありません」

 む、とネギの技に気をとられていた化け物がこちらに気付く。
 ぞろぞろと明日菜達を見てくる化け物。
 明日菜は、恐怖を押え込もうと必死に落ち着いてという言葉を頭の中でリピートする。

「私のこの剣も明日菜さんのハリセンも、こいつらと互角以上に戦う力をもってますから」

 あの子供のネギとキスまでしたのだから、そんなちゃっちい武器なんて願い下げだ。
 一応カウントはしないが、あれは確かにファーストキスなのだから。
 それを失ってまでした仮契約の意味なんてなくなってしまうし、何より自分のファーストキスの価値が安いだなんて思いたくもない。
 明日菜はハマノツルギをしっかりと握る。

「せいぜい街でチンピラ100人に囲まれた程度だと考えてください」

 刹那なりの気遣いなのか、それとも事実なのかはわからないが、

「それって安心していーんだか悪いんだが……」

 そんな言葉を返せるくらいには余裕ができる。

「こいつはこいつは。勇ましいお嬢ちゃん達やな」

 表情は変わらないが、重圧のある声には嗤いが含まれているところを見ると、やはり自分達は甘く見られているようだった。

「――――しょーがないわね……」

 ニッと歯を見せて笑って見せる。
 腹を括れ、自分。
 大丈夫。なんとかなる。ケセラセラ。
 隣りには頼りになる刹那もいるし、さっきのネギの魔法で20体くらいは減っている。

「じゃあ、ま……」

 水を弾かせて走り出す。目の前に広がる化け物達に向って、まっすぐに。

「――――鬼退治といこーか!!」
「はい!!」

 長い夜は、これからだ。

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