ネギ補佐生徒 第27話





 目の前に広がる見慣れぬ文字の羅列。
 それを見て澤村は眉を顰めた。
 刹那との鍛練から帰ってきて2時間。ハルナと共に探し出したラテン語に関しての本とノートを開きつつも澤村は食べかけの食パンを片手に勉強に没頭していた。
 慣れない文字に最初は嫌気があったものの、自分が憧れを抱きつつある魔法を学べるということがその嫌気を吹き飛ばしてくれていた。
 それに、意味が解ってくると楽しい物である。
 しかし好奇心やらやる気やらは結果として、すぐ現れるわけがない。

「んー……」

 住み慣れた部屋に唸る声が響く。
 魔法にきちんと向き合うようになりネギ達の傍である女子寮に住む必要な全くないのだが、魔法関連を学ぶには女子寮の方が都合がよかった。
 一人でいられる時間が非常に多い。
 例え男子寮に一人部屋を設けたとしても、友人が乗り込んでくるということは多々ある。
 しかし女子寮ならばそれがない。周りには女子しかいないのだから当然だ。
 魔法のことを集中して学べる環境だった。
 もし学園長が戻れというのならば戻るのだろうが、澤村は決して自分からは口に出さなかった。先に語ったように、下心は皆無である。
 発端が発端なのだから、少しくらいならこの環境を利用しよう。
 そう思ったのだ。
 澤村は残りの食パンを口に詰め込み、更に勉強へと没頭する。
 しかしそれでも意味はわからなかった。

「ある種の物質って……どういう意味だぁ?」

 わからない。さっぱりわからない。
 ただわかるのは、自然の炎と魔法で出す炎は違うものだということだけ。
 その理由がさっぱりわからない。
 至って普通の成績を保持する澤村が魔法の本の内容を熟知できるほどの読解力などあるはずがなかったのだ。

「とりあえず実践あるのみ、か……」
 
 机の上にあった杖を掴み取り、立ち上がる。
 そして本に書かれた通りに杖を振りながら、

「プラクテ・ビギ・ナル……火よ灯れ!」

 と唱えた。
 部屋には静寂しか訪れない。
 杖の先に火が灯ることもなく、傍から見ればただの指揮者―――もしくは頭のおかしい男子中学生が居るだけ。
 たっぷりと間を経た後、

「なーっ!! ただの馬鹿じゃないか畜生!」

 杖を持ったまま澤村は頭を掻き毟った。





  ネギ補佐生徒 第27話 動き始める物語





 ネギは木乃香の作ったハンバーグを飲み込むと、こう言った。

「アスナさん、刹那さんとの修行はどーですか?」

 ネギも刹那に明日菜と澤村が体術を教わっていることを知っていた。
 二人が何故体術を学ぼうと思ったのかわからないが、学ぶという心構えは教師として嬉しいことであるのであえて気にしてはいなかったが、刹那に教わっている内容は少々気になるところであったのだろう。
 明日菜はそんなネギの言葉に、

「結構楽しんでやってるわよ」

 本当に楽しそうに答えて見せた。
 そうですか、とネギもにっこりと笑って返す。
 実際ネギも古菲から拳法を学のを楽しいと思っている。
 明日菜と同じ事を感じているというのが、少し嬉しかったのだ。
 今までネギと明日菜の会話を食べながらも聞いていた木乃香が、そこでようやく口を開いた。
 もちろん、口の中の物はきちんと飲みこんだ後に、だ。

「なぁ、アスナ。翔騎君の調子はどーなん?」

 明日菜はその言葉にオッドアイの瞳を宙へと向け、んーと唸ってみせる。
 その姿をネギは食い入るように見ていた。
 既に箸を持つ手は止まっている。

「頑張ってはいるんだけど……やっぱり大変みたい」

 明日菜が見るかぎり、澤村は本当に普通の男子中学生が剣道の素振りをしているようにしか見えない。
 避けるという鍛錬も結局うまくいかず、ただ木刀を振るということしかできていない。
 刹那の剣を捌ききる技術……腕力が澤村に一番不足しているものだと刹那は明日菜にそう言っていた。
 それを聞いたとき、明日菜は刹那にそれを澤村に伝えないのかと問うたのだが、刹那はニッコリと微笑んで、

「澤村さんは、ご自分で気が付いていますから」

 と言ったのだ。
 刹那の言う通り、彼は一心不乱に木刀を振り続けている。
 自分の欠点がきちんとわかっている証拠だった。

「――――でも、きっと大丈夫よ。澤村君、強いから」

 心が。
 弱さを認め、受け入れながらも進もうとする澤村の姿に強さを感じる。
 修学旅行での謝罪がいい例だ。
 自分の弱さを包み隠さず皆に見せて謝る。
 素直になれないことが多い明日菜にとって、それは本当に尊敬するほどすごいことだったのだ。
 自然と笑みが漏れる。
 そんな明日菜をネギは手を止めたままの状態で見つめていた。





 空は既に闇に包まれ、星と月の輝きが麻帆良の校舎を照らしていた。
 その空の輝きとは違う人工的な輝きがある一室を照らしている。
 学園長室――――そこには、部屋の主である学園長と制服姿のエヴァンジェリンがいた。
 彼女の傍には茶々丸はいない。
 学園長の所に行くときは、滅多につれてこないのだ。
 彼に何か頼まれ、断れずにその申し出を受け入れる姿を従者に見られるのはエヴァンジェリンのプライドが許さなかった。
 夜遅くの呼び出しに多少の苛立ちを感じ、エヴァンジェリンは学園長を睨み続ける。
 くだらないことだったら殴ろうという魂胆だ。

「どうじゃ、澤村君の調子は」

 学園長が髭を撫で付けながらもそう言った。
 随分と大雑把な質問にエヴァンジェリンは即座にそれが何を意味するのかわかり、口元を歪めながらも答える。
 くだらないこと、ではないと受け止めたのだ。

「素人なりに頑張っているよ。随分疲れが溜まっているようだがな」

 授業中に見る澤村の顔には疲れが見え隠れしている。
 いろいろ悩みの種も多いせいでもあるのだろうと、エヴァンジェリンは思っている。
 おどおどとした素振りを見せずに自分に慣れ慣れしく接してくる澤村に鬱陶しさを感じつつも、その無我夢中さに驚きと感心を抱いている。
 授業中、一言だけ彼に投げかけた言葉があった。

「―――――怖くないのか」

 その時澤村は、鉛筆を持つ手を止めるという動揺を見せたが、それでもエヴァンジェリンの言葉を否定した。
 怖くない、と。
 群青の瞳はエヴァンジェリンを映さず、表情もその場凌ぎの不完全な無表情で、酷く脆い物だった。
 明らかな虚勢。
 けれども魔法を学ぼうとする姿は虚勢ではなく本物。

 それは―――――

 ネギとは全く違う男だと。
 ナギとも全く違う男だと。

 ―――――そう、証明していた。

 それでも似ていると思ってしまうのは、何故だろうか。
 あの情けない男と想い人と重ねてしまうのは、自分の弱さからか。
 エヴァンジェリンはそんな想いを振り払うかのように髪を掻き上げた。

「そうか。それ意外に変化はないかのう?」

 例えばいつもと違う表情をするとか。
 そう問い掛けた学園長に、エヴァンジェリンは眉を顰めた。
 おかしい。
 この男がこうも回りくどく言うのはおかしい。
 いつもなら遠慮などせずに申し出るはずなのに。
 エヴァンジェリンの目に鋭さが増す。

「ジジィ、言いたいことがあるのならばはっきりと言え。私に隠し事などできんことは、昔から知っているだろう」

 長い眉から覗く瞳が、エヴァンジェリンを捉える。
 しばらくして、学園長――――近衛近右衛門は、自嘲気味な笑いを浮かべた。
 今までエヴァンジェリンに見せたこともない表情。

「実はのう――――――」

 酷く重そうに、
 酷く辛そうに、
 酷く苦しそうに、

 近右衛門は、口を開いた。





 時刻は11時。寝床に入ったのは9時だ。
 いつもより少しだけ早く寝床へと入った亜子は、未だ眠れずにいた。
 2段ベッドのため、上のベッドの底が亜子の視界いっぱいに広がっている。
 上で寝ているのはルームメイトである佐々木まき絵。
 放課後に聞いてしまった顧問の言葉が余程ショックだったらしく、夕飯もあまり摂らなかった。
 先輩にフラれてしまった時の自分と立場が逆だった。
 どうしてあげたらいいのだろう。
 どういった言葉を掛けてあげればいいのだろう。
 わからない。
 こういう時、亜子は自分が情けなくなる。
 先輩の時だって、澤村やまき絵達に励まされたのに自分は何もしてあげられない。
 まき絵にも澤村にも。
 溜息が漏れる。
 澤村にも何かあったらしく、彼はどこか変わってきているように感じた。
 刹那と明日菜に接することが今まで以上に増えた。
 テストの準備期間に入ってもグラウンドで練習しているはずなのに、今はしていない。
 少しずつ、彼は変わり始めている。
 どこか遠くに行こうとしている。
 大きな何かを持っている。
 自分とは全く違う世界の人間のように。
 彼に何が起きたのだろう。
 彼は何を抱えているのだろう。
 また溜息が漏れる。

 ―――――眠れない。

 亜子は上半身を起こして振り返る。
 月明かりが窓から差し込んでいた。
 頭上からはまき絵の寝息が聞こえてくる。
 もどかしい。
 何もできない自分がもどかしい。

 ……こんなだから、先輩にフラれてしまったのだろうか。
 
  「あかんあかん」

 首を左右に揺さぶり、心の中の科白を振り払う。
 自分が気落ちしていては駄目だ。
 今は自分のことより、友達が優先だ。
 まき絵と澤村。
 あの二人のために何かしよう。





「どうかしましたか、マスター」

 ネグリジェを身に纏ってベッドの上に腕を組みつつも座り込んだエヴァンジェリンに、茶々丸はそう問い掛けた。
 あぐらをかいた足は小刻みに揺すられ表情も険しく、どこか苛立ちが窺える。
 ロボだとはいえ、茶々丸には人工知能というものがある。作られた物でも感情だということに変わりはない。
 苛立ちを表に出すエヴァンジェリンが心配なのだ。
 しかしそんな茶々丸の言葉に耳を傾けることもなく、エヴァンジェリンはベッドの上に座り込んだままだった。
 彼女の頭の中には、学園長の先ほどの言葉しか残っていない。

 ―――――事実と可能性。

 近右衛門の口から出たのはその二つ。
 それを知らぬ当人にとっては、残酷なことだった。いや、当人だけではない。
 もしその可能性――――近右衛門が予測することが現実となれば、

「―――――ぼーやにとっても残酷なことだな」

 エヴァンジェリンは口元を緩める。茶々丸が少しだけ首を傾げる動作をしていた。
 これも人工知能が成す技とも言える。
 エヴァンジェリンから苛立ちは消えていた。
 確かに近右衛門の口から出た科白が苛立ちの原因だが、彼女の中でそれは利用のし甲斐があるものだと思った途端に変わったのだ。
 愉しみの材料へと。
 揺さぶる足は止まり、険しい表情も完璧に消え失せていた。
 近くにいた茶々丸を一瞥すると、エヴァンジェリンはどこか含みのある笑みを絶やさぬまま、

「茶々丸、お茶を入れてきてくれ」

 そう言った。
 茶々丸はすぐに返事を返しエヴァンジェリンの部屋から出て行く。
 それと同時に、エヴァンジェリンはベッドの上で大の字になって倒れ込んだ。
 天井を見つめる顔に笑みは未だ絶えない。

「愉しませてくれるな」

 独り言を漏らす。 
 これから起こることが、酷く愉しみだった。
 こういう時、自分の性格は捻じ曲がってしまったのだなとエヴァンジェリンは思い知らされる。
 別に変えるつもりはない。
 それほどの悪事を働いた。今更許しを請う資格もなければそんな気もない。
 人の命を奪うと言う事は、そういうことだ。
 例え相手が許そうとも、自分が自分を許さない。
 エヴァンジェリンのプライドでもあり、人間としての感情だった。
 悲劇のヒロインを演じる気などない。
 自嘲気味な笑みが少しだけ浮かんだ。
 澤村に渡した2冊の本。
 その内一冊は、彼でも簡単に読めて理解できるものとなっている。
 しかし、その本をきちんと読んだ風には見えなかった。
 普通過ぎる。
 感情が表に出やすい彼ならば、きっとあの本を読めばなんらかの形で自分に恐怖を表すはずだ。
 澤村はいつ、あの本を読むのだろうか。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという人物――――否、吸血鬼がどれだけの罪を重ねたのか、何時知るのだろうか。
 恐怖などない。
 ただあるのは―――――――

「マスター、お持ちしました」

 お盆を持った茶々丸の声を聞き、エヴァンジェリンは身体を起こす。
 軽く礼を述べながらも茶々丸が差し出す湯のみを受け取り、口に含んだ。
 緑茶の匂いがエヴァンジェリンの口の中に広がっていく。
 身体の芯から温まるのを感じてエヴァンジェリンは茶々丸に気が付かれないよう、小さく微笑んだ。





 羞恥心を振り払うためにシャワーを浴びた澤村は、再び机と向かい合っていた。
 シャワーを浴びたおかげか、魔法という事柄に少し興奮気味だった澤村の思考は落ち着きを取り戻している。
 そして、あることに気が付いたのだ。

 エヴァンジェリンから預かった本は一冊ではないことに。

 今まで気がついてはいたが、どうしてかもう一冊の本の内容を確かめることだけは忘れていたのだ。
 説明不足のエヴァンジェリンに不満は感じるものの、澤村はもう一冊の本を開く。

「……あ、英語だ」

 ほっと胸を撫で下ろす。
 これなら支障なく読める。
 初めの2行を読んだ辺りで、その本の内容を知ることとなる。
 魔法の歴史――――裏の世界の歴史とも言っていいだろう。中身はそれだった。
 稀にネギの口から出てくる魔法使いの掟というのもあった。
 澤村は食い入るように本を読む。
 読めるということが一番の理由だが、内容が理解できるというのは大きかった。
 そして、澤村はある単語を見つける。

 ――――――Evangeline.A.K.McDowell

 中世欧州の話らしく、年代も学校の教科書で出るほどの昔のものだ。
 百年戦争、魔女狩り……澤村も少しばかりは知識として持っている。

「……あいつ、何歳なんだよ」

 少し。
 ほんの少しだけ震える声で呟く。
 恐怖からではない。純粋な驚きからだ。
 驚く反面、澤村は改めて彼女が吸血鬼なのだと確認させられる。
 エヴァンジェリンのことを深く知るには良い機会だ。
 そう思ったのだが――――――

「ぶえっくしゅ!」

 豪快なくしゃみが出る。
 澤村は軽く鼻を啜りながらも辺りを見回した。
 だが、それもすぐに止まる。
 携帯は修学旅行の時に壊れたままで、未だに新しいのを購入していないのだ。
 別に困ることもなくゴールデンウィーク中に買えばいいと思っていたのだが、やはり携帯で時間を確認してしまうという癖が出てしまうらしい。
 苦笑を漏らしつつも澤村は部屋に立てかけてある時計を見上げた。

「――――げっ、1時」

 刹那との鍛錬で朝が早いというのにこれはまずい。

「……また明日の夜にでも回すか」

 ぱたんと本を閉じ、澤村は重い腰を上げて電気を消す。
 時間を確認してしまったせいか、酷く眠い。
 澤村は欠伸を一つ漏らすと早々にベッドへと潜り込み―――――何も知らぬまま、深い眠りへと落ちて行った。

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