ネギ補佐生徒 第38話





 ネギ・スプリングフィールドと澤村翔騎は、実によく似た人間だった。
 けれども、方向は全く反対で……交わることのない人間だったのだのだ。
 ネギは、何故澤村翔騎という人間を嫌いになったのか、皆が眠ってからずっと考えていた。

「……カモ君、僕は教師失格だね」

 傍にいたカモに、そう呟く。
 カモはいつかのような表情をするだけで、答えることはない。
 澤村は、自分の考えを否定してきた。
 もっと彼に反論することができたはずなのに。言葉がたくさんあったはずなのに、

 澤村に対する黒い感情を含んだ言葉を、教師としての自分が止めたのだ。

 教師としてではなく、ネギ・スプリングフィールドとして、ネギは澤村の言葉を思い起こした。

 ―――――それって、卑怯じゃないですか。

 冷たい群青の瞳が、ネギを突き刺していた。
 卑怯、という言葉は、ネギにとって大きな言葉だった。偉大なる魔法使いを目指すネギにとっては、大きな侮辱である。
 彼は何時だって、ネギの道を否定してきた。

 別荘を使った修行は、大きな覚悟である。
 たとえ戸籍上では普通に歳をとっていたとしても、別荘では2日分肉体的に歳をとる。それは、回りの人間に比べると、寿命が短くなってしまうといえるだろう。普通の少年としての未来より、魔法使いとしての過酷な未来をネギは選択したのだ。
 この過酷な鍛錬により、肉体は相当なダメージを受けるだろう。
 ボロボロになっても、進むべき道のために真っ直ぐに突き進みたい。
 そうしないと、無力な自分は強くなることなどできないのだ。
 1秒でも早く、父親であるナギ・スプリングフィールド……サウザンドマスターに追いつきたい。追いついて、彼に会いたい。
 その気持ちが、ネギに覚悟を決めさせた。

 たとえ卑怯と言われても、進む道を変える気はない。

 それに比べて、澤村翔騎はどうだろう。

 中途半端な位置にいながら魔法に関わり、体術まで学び始めた。
 覚悟ができているようには到底見えない。
 そんな彼に、自分の道を否定するような言葉は出して欲しくなかった。
 澤村は言った。

 ―――――前々から憧れていたんですよ。

 自分が抱く憧れと彼の抱く憧れは、違うように見えて仕方がなかった。
 彼は、魔法の世界がどんなところか知らないのだ。
 修学旅行の時に死にかけたというのに、彼はまだそれを知ってくれてはいないのだとネギは思っていた。

 だから今、それを思い知らしめる。

 ネギはぐっと拳を握り締めた後、カモに毅然とし表情で言った。

「カモ君、師匠が見せてくれた連携の練習やってみるから見といてもらえるかな」

 カモが、器用に頭を掻きながらもわかったと答えた。





   ネギ補佐生徒 第38話 過去と覚悟





 ――――――目を開ければ、何処か懐かしく感じる風景がそこにあった。

 洋風の建物、降り積もる雪……見覚えがある。

「あれ、ここって……」

 聞き慣れた声が、澤村に耳に届く。横を向けば、明日菜がいた。
 ……素っ裸といってもいい姿だったが、全身は白く、幽霊のような体だった。頭から煙のようなもの伸びており、それは空高くまで続いている。どうやら、意識と体を繋ぐ糸のようなものらしい。自分の体を見てみると、澤村も明日菜と同じ状態になっていた。

「6年前、僕が住んでた小さな山間の村です」

 ネギの声が、頭に響いた。彼の声がテレパシーのようなもので聞こえてくるようになっているのだろう。

 おかしい。

 明日菜が横で裸なことに慌てている声を聞きながらも澤村は、違和感を覚えた。
 6年前、ネギが住んでいた村を、何故自分は懐かしいと思ったのだろうか。

「さ、澤村君もこっち見ないでねっ。私も見ないようにするから」
「ん? ああ、うん……」

 明日菜に適当な言葉を返して、考え込む。呼称については、別に執着心は無いし今はそれどころじゃないのでもう気に留めなかった。

 幼いネギと明日菜に似た女子と少女が視界に入ると、更に違和感を覚えた。

 初めてじゃない。彼女達を視界に入れるのを初めてじゃないとわかるのに、何故か幼いネギの顔は初めてだと思った。

 ―――――何故?

 スタンと呼ばれる老人も見覚えがある。

 ―――――何故?

 父親に会うためにその身を危険にさらすネギを明日菜と2人で見つめ続けた。
 長い間、ネギの記憶を見続け、春が近いというのに振り続ける雪景色に魅入る。
 村へと連れていくバスから下りてきたのは、ネギの従姉であるネカネ・スプリングフィールド。
 小さな頭痛を感じ、澤村は手を額に添えた。

 嫌な感じがしてしょうがなかった。

 村外れの森の池で釣りをしていたネギが、村へと戻ろうとしていたので、明日菜と澤村はそれを追いかけた。
 強くなっていく頭痛に、不快感が募る。

「ネカネお姉ちゃーん!」

 ネギがそう言いながら村の前へと走っていった。
 けれど、その足はぴたりと止まる。
 風が吹いた。
 ネギの被っていたとんがり帽子が、澤村の体をすり抜けていく。

「あ、う、嘘だろ……」

 ――――――燃え上がる赤い炎が、村を飲みこんでいた。

 今日みたいな雨が降ってくれれば、この炎はもう少しマシなものになったのかもしれない。
 ネカネとおじを求めて、村へ入っていく幼いネギを明日菜と追いながらも、澤村は辺りを見回した。
 耳障りな音。嗅覚と触覚は記憶に意識を飛ばしているためないが、それでもこの光景に見覚えがあった。

「つっ……」

 本来、頭痛なんて感じることないはず。記憶の中にいる、ただの意識の自分が頭痛を感じるなんことあるはずがないのだ。
 それでも痛みは強くなっていた。

 崩壊する街――――いや、村。初めてじゃない。これを見るのは、初めてなんかじゃないっ!

 石化した人間……修学旅行の時に覚えて違和感は、これだったのだろうかと漠然と思っている自分が、怖かった。

「―――――澤村さん」

 ネギの声が、聞こえてきた。
 口を開いて声を発しようとすると、ネギから制止を受けた。

「念話です。今、僕と澤村さんの脳はリンクしています。僕に対して声を送るように言葉を頭に浮かべてくれれば、通じます。……そうすればアスナさんには、聞こえませんから」

 言われた通りに、実践してみた。
 うまく伝わっているのか自信なんてなかったが、ネギのうまいですねという言葉で自分の言葉が相手に伝わっているのか確認ができた。

「澤村さん。僕は、この時……いえ、今もですが、無力な人間でした」

 子供らしくない口調で、ネギが語り始める。
 ちらりと明日菜の顔を盗み見たが、こちら様子には全く気がついていなかった。幼いネギが大勢の魔物に囲まれていることに、動揺しているようだった。
 ……少し、胸が痛む。
 ネギが今この場にいるということは、この幼いネギは無事だったということ。それすら考えつかないほど、彼女は動揺していたのだ。ただ単に、その事実に気がつけていないだけなのかもしれないが、それでも澤村の胸は痛んだ。

「でも、僕は決めたんです。父さんのような魔法使いになって、こんなこと2度と起させない……こんな想いも、もう誰にもさせないって」

 ―――――――嗚呼、本当に自分とネギはよく似ている。

 力なく笑ってしまうほど、自分とネギはよく似ていた。
 だから、

「―――――澤村さんは、何故体術を学ぼうと思ったんですか」

 この答えを、言いたくないと思った。
 けれど、彼の声色はそれを許さない。
 自分がネギに問いかけた時のように、ネギも自分に問い掛けていたのだ。以前の答えは、真ではないとネギは気付いてしまったのだろう。

「……あなたと同じです」

 ネギの名を叫ぶ明日菜の声が響く。
 澤村は、ゆっくりとした動作でそれを見た。

 ―――――大きな背中が、幼いネギを守っていた。

「なら、覚悟はありますか」

 胸を貫くネギの言葉。

「1日を2日として生きる僕は、きっと普通の人達より早く目標に辿りつき、普通の人たちより早く死ぬでしょう。体だって、急激な成長に耐えられずに痛みを伴うと思います。下手をすれば、目標に辿りつく前に死ぬかもしれません」

 でも、とネギは言葉を続けた。

「僕は、この背中に追いつくためなら、自分の未来を捨ててもかまいません。どんなに辛くても、卑怯と言われても……前へ進みます。それが――――」

 ―――――僕の、覚悟です。

 幼い声が、澤村の体を貫いた。
 エヴァンジェリンとの戦いで抱いた憧れが、幼い声にあった。
 自分とよく似ていて、自分と似つかない。

 そんな子供が、

 どうしようもなく眩しくて、
 どうしようもなく羨ましくて、

 憧れていた。
 嫉妬していた。

 こんな中途半端な場所にいる自分とは違って、前を真っ直ぐに走る幼い魔法使い。
 好きでしょうがない明日菜の視線を浴び続ける、少年。

 そんな彼が、目指す場所。
 目の前では、大きな背中を持つ男が魔物の群れを一掃している。ネギと同じ魔法を使っているようだったが、その威力は倍以上のもの。
 すぐにわかった。

「これが、サウザンドマスター……」

 そして、ネギの目指すモノ。
 頭の中ではなく、澤村は意識上の口でそう呟いた。

 ―――――雷の暴風による光が、視界を奪う。

 残されたのは、四つん這いになっている幼いネギと明日菜と澤村――――そして、魔物の首を掴んで持ち上げる、男の姿。

「ソウカ、貴様……アノ……」

 瀕死に近いはずの魔物の口元が大きく釣りあがった。

「フ……コノ力ノ差……ドチラガ化ケ物カ、ワカランナ……」

 それ以上、魔物は声を発することはなかった。
 まだ何か話そうとしているように見えたが、それを拒む様に男が魔物の首を握りつぶしたのだ。
 それ以上話すことを許さない、と。
 思わず澤村は喉元に手を添えた。顔も苦々しく歪んでいる。
 澤村ですらこの様子なのだ、幼いネギがこの光景に耐えきれるわけがない。
 その場から逃げ出すネギを、明日菜と澤村は追いかけた。
 これはネギの記憶。たとえ澤村がその場に留まって、この後何が起きるのか見ることはできない。幼いネギはそれを見ていないからだ。
 幼いネギを呼びとめる明日菜の背を追いながらも、澤村はもう一度辺りを見回してみる。

 怖い、と強く思った。

 壊れる村が、怖くて仕方が無かった。
 幼いネギが急に止まる。目の前にあるものを見てしまったからだ。
 澤村も、何かと思い幼いネギの視線を追った。

「―――――な、んだよ……」

 太い足に長い腕。背からはコウモリのような翼が生えており、頭は人間とはかけ離れていて頭から角のようなものが生えている。異形の生物。

 知っている。理性とは別に、本能がこれを知っていると言っていた。
 おかしい。ネギの記憶なのに。
 魔物が口を大きく口を開いた。口内が光っている。
 次の瞬間、耳を刺すような音がその場に響き、視界を白く染め上げた。
 白くなった視界が、また赤い村を映し出す。
 半身が石化した老人―――スタンと足元が石化したネギの従姉―――ネカネの姿と共に。
 中途半端に石化したネカネの足が、音を立てて砕けた。

「お姉ちゃん!!」

 ―――――お……―――え……ん!!

 重なる。
 記憶している声と幼いネギの声が、重なった。

 6年前。
 村。
 魔物。
 襲撃。
 石化。

 事実と共に、全てが重なる。

「嘘だろ……」

 どうして。どうして、こんな事実があるのだろうか。

「澤村さん?」

 ネギの声が耳障りだった。
 あの時、何故自分はこの映像を忘れてしまったのだろう。
 少し考えればわかった事実。
 それを拒んでいたのというのか。こんな大事なことを。

「六芒の星と五芒の星よ、悪しき霊に封印を――――封魔の瓶!!」

 スタンの封印魔法により、魔物が小さな瓶の中へと納められる。
 その光景を、ネギの声を受けながらもじっと見つめていた。
 そして、

「大方、村の誰かに恨みでもある者の仕業じゃろう。この村には、ナギを慕って住み着いたクセのある奴も多かったからな……」

 その言葉に、絶望を感じずには入られなかった。





 砂を被った茶色い髪。
 獣のような鋭い目。
 冷たくも光のない群青の瞳。
 布切れ同然の衣服に身を包み、両手で足を抱え込んでいる痩せこけた体。
 封印を解かれ、雇われの身となって間もない頃。
 ちょっとした寄り道気分で訪れたロンドン。その路地裏で没落貴族は、少年を見つけた。
 本来ならば、気にもとめずに歩き去るのだが、少年から発せられる膨大な魔力に没落貴族は歩を止めたのだ。

「―――――君、どうしたんだい」

 声をかけると、少年は棒のような足で立ちあがり、石を投げつけてきた。当たっても痛くもない。なんとも力のない攻撃だった。
 没落貴族は、ゆっくりとした足取りで少年に近寄る。

「ここに住んでいるのかね」
「あんたには、関係、ないだろ」

 擦れた声で、区切るように少年は言う。強い口調で、虚勢を張った。
 しかし、肯定ととっていい発言と姿だった。
 没落貴族が近寄る度に後退する少年の足は、ガクガクと震えていた。立つのがやっとようだ。
 衰退しているのか、それとも恐怖しているのか。
 どちらかはわからないが、少年はぼそぼそと何か呟いていた。聞き取れたのは、魔法詠唱。
 没落貴族は、魔法詠唱を少年の口を塞ぐことで止めた。
 そして、問いかける。 

「名は? 私は、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン伯爵。伯爵などと言ってるが、没落貴族でね。今はしがない雇われの身だよ」

 帽子を取り去りながら、そう微笑んでみせると、少年はじっと没落貴族――――ヘルマンを見つめ続けた。
 名乗られたからという義理なのだろう。少年は少しヘルマンを睨みながらも、塞がれていた手を払いのけて名を名乗った。
 小さくヘルマンは、眉毛を上げた。
 外見とは少し違った名前だったのだ。

「君は、魔法使いだね。魔法協会に行けば保護を受けられるというのに、何故ここにいるのか教えてくれないか」

 ヘルマンの問いかけに少しだけ驚いて見せたが、少年は答えてくれた。

「あそこに居場所なんてない」

 寂しそうに。
 悔しそうに。

 そう食いしばるように言った。
 鋭い目は、まっすぐとヘルマンの目を捕らえている。
 全てを諦めきったように見えて諦めていないその鋭い目に、ヘルマンは少年の将来を見てみたい、と思ったのだ。

「居場所がないのなら、私についてこないか」

 ヘルマンの問いかけに、少年は訝しげな表情を見せ、

「……なんでだ」

 問い返した。用心深い。
 ヘルマンは柔らかい笑みを浮かべる。

「なに、少し君の将来に興味があってね」

 明らかに怪しむ表情の少年にヘルマンが表情を崩すことはなかった。

「生きる術を、君に教えてあげよう。……没落貴族の気まぐれだと思って、付き合ってはくれないかね?」

 これが、ヘルマンと少年の出会い。
 1年前の出来事である。

 徐々に打ち解けた少年の目的を知ったと同時にお互いの正体を知り、少年がヘルマンとの別れを決意した時、ヘルマンに新しい仕事がきた。

 そして2人は、ある契約を交わす。

 深い絆などない。
 仲間なんてものは、便宜上の言葉。
 少年はヘルマンの存在を認めない。憎んでいるとも言える。
 ヘルマンも少年したことを何も思っていない。
 ドライな関係。
 少年の目的が、たまたまヘルマンの仕事で向かう場所と重なっただけ。
 それが、ほんの数ヶ月前の話。
 少年はヘルマンの仕事の内容など知らない。自分の目的が果たせればそれでかまわないからだ。

 ―――――――そして今、少年の目的は、果たされようとしている。





 のどかの読心術により明日菜達以外にも過去を見られてしまい、ちょっとした騒ぎになったが無事にエヴァジェリンの別荘から出ることだできた。
 もしかしたら、彼女達も過去を見たことで少しは危険と思ってくれるとか思っていたのだが、どうやらそれは逆効果だったようで……まぁ、ここが彼女達の美徳である。教師としても、ネギ・スプリングフィールドとしても嬉しい限りだった。
 ネギの目の前には、澤村がいた。
 自室へと戻ろうとしていた澤村をネギが止めたのだ。

 話はまだ、終わっていない。

 話がある、と言ったネギにそれじゃあと澤村が自室に誘った。
 とはいっても、2人は前のせいで多少濡れている。着替えをし終わってからの会談となった。

「先ほどの話の続きです」

 そう、ネギは切り出した。澤村は無表情のまま頷く。
 それは、修学旅行の時に見せた表情と似ていた。

「僕は、生半可な覚悟で魔法使いとして戦闘技術などを身につけているわけではありません。師匠……エヴァンジェリンさんとの修行も同じです」

 6年前のようなことが、2度と起こらないように強くなりたい。
 皆を幸せにしたい。助けたい。

 エゴかもしれない。
 偽善者かもしれない。
 詭弁かもしれない。

 それでも進みたいと思った。

 ―――――こんな想いをするのは、自分だけで十分だ。

 だからこそ、中途半端な位置にいる澤村が許せない。
 教師としても、ネギ・スプリングフィールドとしても。
 彼を危険に晒すことが認められなかった。
 それは、のどか達も同じかもしれない。
 けれどそれでも、澤村だけは許せなかった。
 澤村は、魔法がどれだけ危険なものか、重々承知している。
 それなのに彼は、中途半端な位置を保っているのだ。
 自分と闘う術を身につける理由……想いが同じなら尚更。
 言わなければならないと思った。

「俺だって……」

 どこか戸惑うような声。

「俺だって、覚悟は決めているつもりです。……あんな目に遭うのも、遭わせるのも、もう嫌なんです」

 彼の言葉に、ネギは瞳を見つめ続けた。
 その覚悟に揺らぎは無いか。迷いは無いか。
 彼の全てを見極めたかった。

 ―――――しばらくして、澤村の鋭い瞳が揺らいだ。

「澤村さん。僕は、あなたには“こちら側”に来てほしくありません」

 ならば、ネギは言うしかない。
 澤村翔騎という人間は、弱いようで強いところがある。正直な気持ちをぶつけよう。ネギなりの精神誠意を見せようではないか。
 澤村がフェイトの魔法に体を貫かれた時、ネギは彼の死を否定しようとした。
 純粋に彼に死んでほしくなかったという想いは、確かにある。絶対だ。
 けれど、ほんの少し。1ミリにも満たない、本当に極々少量の想いがあった。

 ―――――誰かを死なせてしまったという汚点がついてしまう、と。

 その自分の想いに気がつかないようにしていた。気付いていなかった。
 エヴァンジェリンに澤村翔騎という人間が嫌いだと自覚させられた時に、気付いてしまった想い。穢れている、自分。
 まだまだ子供で、小さな存在である自分が思った、傲慢な考え。
 それは本当に僅かなことでも、罪深き想い。
 だからこそ、

「――――それに、教師としてあなたを好いてはいますが、ネギ・スプリングフィールドとしては……あなたのことをどうしても好きになれません」

 その想いを受けとめて、相手に伝えようと思った。

 澤村翔騎という人間に、多少なりとも憧れを抱いていたとしても、それを伝えては行けない。
 彼を理不尽に嫌いになる自分には、そんな想いを抱いても伝えてはいけないと思った。

 ネギは、魔法使いとしてでの――――人間としてでの“汚点”を自らつけたのだ。

 自分なりの罰則。
 黒く、暗く、醜い自分の証。

 それをどうとったのかわからないが、澤村は少しだけ目を丸くした。

 彼と自分は酷く似ていて、酷く正反対である。

 魔法を学んでいるのかは知らないが、それでも中途半端な気持ちで、こちらには来てほしくない。
 それは、自分の生徒である彼女達にも言えること。
 けれど、彼と彼女達では、根本的なものが違うのだ。
 彼は、酷く悔しそうな表情を浮かべると、

「そう、ですか」

 小さく固い声で一言だけ零す。
 何故そんなに悔しそうな顔をするのか、ネギにはわからなかった。
 わからなかったが、それでも言葉を続ける。続ける必要があった。

「……僕があなたに命令するなんて権利はありません。だからこれはお願いです。“こちら側”に……魔法使い達のいる世界に踏み込まないで下さい」

 こんな世界が世にあるのだと知っているだけでいい。自分達がこちら側からふりかかる危険から彼を守る。
 木乃香のように、狙われる可能性のある彼を守って見せる。今はまだ無理かもしれないが、それでも精神的自分の寿命を縮めても、強くなって見せる。

 だから、彼にはこちら側にいてほしくない。

 もう一人の自分ともいえ、全く正反対の人間とも言える彼には、自分とは別の道を歩んでほしい。
 未熟な自分が言うのもどうかと思うが、きっとこれを彼に言えるのは自分だけだろう。

「もう一度言います」

 今思えば、彼が自分を避けている理由は、もしかしたら自分が彼のことを嫌いだと思っているのを漠然と感じていたからかもしれない。
 本当のことはわからないけれど、今は、もう一度この言葉を放たなければいけない。

「僕は、あなたのことが好きではありません―――――嫌いです」

 だから、これ以上僕のテリトリーに踏み入らないで下さい。

 ……でも、それでも彼がこちらに来ることならば――――それが本当の彼の覚悟ではないかとネギは思うのだった。





 ボールが宙を舞う。
 ネギが去った自室で、澤村はしばらくの間、リフティングに没頭していた。
 しかし、いつものように回数を重ねることはできない。すぐにボールがおかしな方向へと飛んでいってしまう。
 音を立てて床で弾むサッカーボール。
 澤村は、溜息を漏らした。
 ネギに対する敗北感が澤村の集中力を削ぐ。自分よりも幼い子供が、自分の感情を素直に相手に向けてきた。
 醜い姿を、相手に晒したのだ。悪者だと思われても自分の道を突き進むという覚悟をそこから知ってしまった。

 人の道は、無限に。

 他人の道を非難するだけなら、誰にでもできる。
 自分の道を持っていようがいまいが、誰にでもだ。本当に誰にでも。
 けれど、他人に非難されることをわかっていながらも覚悟を決めて自分の道を進むことは、誰にでもできることではないだろう。
 たとえ、今は未熟だとしても、いつかはその道を生きる強い人間へと成長するのだろう。

 ネギは、その一歩を踏み出した。
 嫌いだと自分に言ってきた彼が、非難されるのは覚悟の上だといっているように聞こえて。
 自分の時間を早回しにしたと言っても、“ネギ・スプリングフィールド”としての時間は皆無。全て修行に向けられている。
 それがネギ・スプリングフィールドの存在意義なのやもしれないが……それは本当に辛いこと。
 ……澤村翔騎個人としては、絶対に許せないことだが、それでもその姿に憧れを抱かずにはいられなかった。
 自分と考えが合わないからと言って非難する者なんかより、ネギの方がずっとずっと大人だった。
 自分にはできなかったことをしたネギに、敗北感を感じずにはいられない。
 誰にでもできることをした自分と誰にでもできないことをしたネギ。
 子供ながらに自分の道を進む彼は、たとえ間違った道を進もうとしても回りの誰かが救ってくれる。

 ネギは知らないだけなのだ。

 確かに彼女達に危険な目に合わせたくないのかもしれない。
 でも、そんな彼女達は、幼いネギに大事な何かを教えてくれるはず。
 だからネギは、本能的に彼女達を手放せないと思う。
 臆病な澤村にはできないことだ。

「くそっ……」

 思わず悪態をつく。
 覚悟を決めた人間に、不公平や卑怯なんて言葉を言うことなんてできない。それこそ不公平で卑怯である。
 大体、6年間という時間を埋められない事実への苛立ちをぶつけたようなもの。自分の馬鹿さが苛立たしい。
 思い通りにいかないリフティングも、それを言っているように思えた。
 リフティングは止めて、とりあえず魔法の練習でもしよう。
 そう思い、澤村が頭をがしがしと掻きながらボールを拾い上げよう――――――としたその時。
 ボールの横から水溜りのようなものが急に現れた。

「―――――っ!」

 澤村はそれから感じたただならぬモノに息を詰まらせた。
 右足で地を蹴り、跳び退くと同時に、水溜りが澤村の背丈以上に広がり始める。
 幸いなことに、玄関は澤村の背に位置している。
 こんな狭い部屋では、自由がきかない。この部屋から出よう。
 澤村に襲いかかる水溜り……いや、見たところ、ゼリーのようなものに近いかもしれない。澤村は、背を向けずにもう一度跳び退くと、後ろ手でドアノブを回して部屋を出た。こちらも幸いなことに、ドアが外開きで難なく廊下へと出れる。
 廊下を出たと同時に、身を横へと投げ出した。ぐるりと、前転をして立ちあがる。
 水溜りだったものは、容赦なくこちらへと向かってきていた。更に跳び退く。

「そんな簡単に捕まってたまるかってーの!」

 焦りを誤魔化しながら戯言を放つ。
 自分の体を覆うとしてする化け物に、澤村は体を捻りながらもすれ違う。
 それでも追ってくる化け物。
 何故自分を狙うのか、この前の奴の仲間なのか。
 そんなことを考えている暇もなく、襲ってくる化け物に澤村は舌を巻く。
 このままでは捕まってしまう。それだけは避けたい。
 修学旅行のように、捕まって皆に迷惑をかけるなんてことしたくない。

 なんのために刹那に体術を習っているというのだ。
 なんのために魔法を学んでいるというのだ。

 けれど、体術も魔法も使える状況ではなかった。
 見た感じからして、この化け物の体は柔らかい。打撃攻撃の意味はないし、攻撃を加える前に体を覆われてしまう。
 魔法も杖がなければ使えない。そもそも放出系の魔法は全くできない。
 そして達の悪いことに、この化け物はどうやら知能があるらしい。動きが妙に巧みだった。素人である自分が言うのもなんだが、どこか人間味というか、思考を使った動きが多い。
 足元を狙って来たり、その自由の利く体を巧みに応用してくる。きっと真名達の鍛錬がなかったら、あっさり捕まっていたことだろう。
 けれども、それも限界が見えつつある。

 万事休す。

 成す術なしだった。

 ―――――何かないのか?

 辺りを見回すと……神楽坂明日菜の名前が跳びこんできた。
 隣の部屋は、明日菜達の部屋になっている。
 襲ってくる化け物をなんとか交わしながらも澤村はおかしいと心の中で首を傾げた。
 動作の割りには確かに静かではあるが、ネギがこのことに気が付いていないなんておかしい。魔力を察知する能力があったはずだ。
 だというのに彼がこない。
 何処かに出かけてしまったのだろうか。
 なんとなく、嫌な予感がする。
 明日菜達の部屋に入ってそれを確認したいが、それも化け物のせいでできない。

「何なんだよ、くそっ」

 床を転げながら、化け物を交わす。
 疲れることはなかったが、焦りが出始めて精神的に追い詰めらてきていた。

 何かないのか、この状況を打開する策はっ!!

 危険を犯してまで杖を取りに行った方がいいのだろうか。
 廊下を走りながら思索していると、また知った名前が跳びこんできた。

 ――――――和泉亜子。

 彼女の笑顔が、脳裏に過る。それと同時に、澤村は自分の部屋へ戻ることを決意した。
 廊下では、何時誰を巻きこむかわからない。たとえ捕らわれの身になろうとも、それだけは避けなくてはいけないのだ。
 優先順位が間違っていた。自分じゃなく、他人だ。
 自分を優先にしていた自分に怒りを感じながらも澤村は化け物から逃げながらも自室へと急ぐ。

 開けっぱなしにさていたドアを閉め、鍵をかけて自室へと戻る。

 きっとあの化け物なら、鍵を閉めても隙間から入ってくるだろうが、ある程度の時間稼ぎにはなるだろう。
 机の上にあった杖を引っ掴み、サッカーボールを足で踏む。
 そしてまだ完璧にできていない呪文を、唱えた。

「プラクテ・ビギ・ナル―――――戦いの音!!」

 手応えあり。
 熱くなる体に、澤村は小さくガッツポーズ。
 一瞬ではなく、結構持続してくれている。助かった。
 姿を現す化け物。
 その体を大きく広げた体目掛けて、澤村はサッカーボールを蹴り飛ばした。もちろん、強化されている体なので、弱めに。サッカーボールが破裂したら元も子のない。
 化け物の体にボールが埋まったかと思えば、それは更にスピードを増して澤村へと襲いかかる。
 けれど、それは予想されていたこと。それを難なく避けて澤村は、全力でその化け物を蹴り飛ばした。

 これは賭けである。

 強化された体の蹴りが、どれだけ化け物に通用するかわからない。
 それなりの威力があるのかは、賭けだった。
 足に感じる確かな感触。
 化け物は、吹き飛んだかと思えば、その体を壁に打ちつけた。壁に広がる水色のゼリーが気味が悪い。
 ダメージは澤村の予想をするよりも少なめだった。体が冷めてくる。魔法の効力が消えてしまったのだ。
 大きく体を広げて自分の体を覆うとする化け物。大きな陰が、澤村の体に降りかかる。

 ――――まずい。

 捕まってしまう。そう思ったのだが、

「え……」

 化け物は、床へとその体を広げると縮小していき、最後には跡形もなく消えてしまった。
 逃げたというより、見逃してもらったというべきだろう。
 澤村は、握っていた杖を手から落とすと、大きな溜息をつきながらしゃがみ込んだ。

 とりあえず、助かった。

 けれど何故だろうか。
 まだ何か嫌な予感がしてならない。
 こう、重たい何かがある感じ。
 よく考えろ。何故、あの化け物は、急に去ったのだ。
 誰からかの命令、もしくは気まぐれ。
 そのどちらか。
 気まぐれと考えるのは些か都合が良すぎる。ならば前者と考えて警戒していた方が身のためだ。

 大体、この“嫌な予感”が外れたことなど、ないじゃないか。

 澤村は、杖を拾い上げると学生ズボンのベルトに刺し込んで、自室を出た。
 この感覚は何かに似ているのだ。
 つい最近思い出した、何かに。
 自分の勘違いだと祈りつつも、澤村は女子寮の廊下を走り出した。

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