ネギ補佐生徒 第４３話
|
夜空が綺麗と皆で騒ぎながらも、ステージへと徒歩で向かう。手には、エヴァンジェリンから受け取った、『Co-Walker and Coexistence』がある。 因みに、エヴァンジェリンはその場にいるだけで、手助けはしないということになっていた。本を守ることすらしてくれない。 これは澤村が申し出た。 とはいえ、本人もはなからその気だったらしく、当たり前だと言われてしまったのだが。 先頭は、もちろん澤村翔騎。 その後ろにネギと明日菜。木乃香と刹那。和美と古菲。のどかと夕映。最後尾にはエヴァンジェリンと茶々丸がいる。 各々グループに別れながらも会話を楽しむことで、夜の散歩気分で澤村が偽者かもしれないという不安を誤魔化しているようだった。少なくとも、澤村にはそう見えた。 「澤村さん」 ネギに声を掛けられた。 真剣な表情。子供なのに子供のような表情をしていない。明日菜が後ろで複雑そうな表情をしている。 澤村は、小さく口を開いて聞き返した。 「あなたのことは僕が守ります」 ――――あの時の言葉に嘘偽りはありません。 そう言ってくるネギに、澤村は苦笑を漏らした。 澤村翔騎が“こう”あるのならば、ネギ・スプリングフィールドは、“ああ”ならねばいけない。 似ていても正反対。 だから、二人の在り方は間違っていないのだろう。 なら、返す言葉はこれしかない。 「……でも、ネギ先生。もし仮に、俺が偽者……共歩きだったら――――――」 これが、澤村翔騎の在り方である。 「―――――どうするんですか？」 ネギ補佐生徒 第４３話 開戦 重圧。 重い言葉が圧し掛かった。 目の前の少年が、まっすぐ自分を見ている。 カモが、兄貴と呟いたが、 「封印しますか」 射抜くように鋭い澤村の声にかき消される。 封印するということは、今の澤村を消すということ。 それは、殺すに近しいこと。 「僕は……」 けれど。 ネギには、彼が本物だということしか頭においてない。 もしも話なんて、考えない。いや、考えてはいるかもしれない。けれど、彼はエヴァンジェリンが言う共歩きのような悪い人間には思えない。ならば、彼がこの世に存在してもおかしくないはずだと思っていた。 だが、今は、彼のもしも話にはのろうと思う。きっと彼は不安なのだ。 自分が偽者かもしれないという、不安があるはず。消されてしまうという不安があるはず。 だからネギは答える。 「あなたが本物でも偽者でも……僕は悪い人とは思えません。だから――――――」 ―――――封印する必要は、ありません。ここに居続けて大丈夫なんです。 ヘルマンは、自国へと帰るだけだが、あの本の場合は違う。 魔力の塊となって、この世から共歩きという存在をなくす。 つまり、事実上の死である。 そんなこと、ネギが求める偉大な魔法使いとして間違っている。 澤村は、ニカリと笑ってネギの頭に手を乗せ、少しだけ荒く撫で付けた。 嫌いだと言った彼の手は大きくて、妙に温かく……少しだけ、６年前の温もりと被った。 昨夜の跡がまだ残る広場。 夜風が皆の髪をなびかせていた。 空気は妙に澄んでいる。これから起こることから想像すると、随分と穏やかな夜だった。 「朝倉さん達は、どこか安全な場所へ。何か気が付いたらすぐに知らせて」 少し不満そうだったが、しぶしぶ頷いてくれる。彼女達の洞察力は、きっと頼りになる。だから安全な場所で見ていてもらいたいのだ。というのは、彼女達を納 得させる表向きの立場であり、本当を安全な場所において置きたかっただけ。どう断ってもついてくるだろうから、それなら一緒に来てもらった方が安全であ る。 「桜咲さんは、朝倉さん達の護衛」 これは、和美達の中に木乃香も含まれているのが大きい。 それに彼女がこの中では一番強いし経験を積んでいる。攻めに言ってもらうより、彼女達を守ってもらった方がいいと思った。 「ネギ先生は、本を持って後衛に徹してください」 魔法拳士として、前衛に着いた方がいいのかもしれないが相手は素早い。前衛と後衛を分けた方が無難だった。ネギも少し納得いかないのか、微妙な表情で頷いた。 前衛は、もちろん。 「……明日菜さんと古菲さんは前衛をお願いできるかな」 しっかりと頷く二人。頼り甲斐がある。 そして残るは、当人である澤村だ。 「俺は、囮。俺にどんなことがあっても、攻め込んで欲しい」 同じ手が通じるわけがないのだが、相手もかなり焦っている。自分を狙う可能性は高い。 本という狙うものの対象がもう一つあるが、これはネギが持っているため彼から本を奪い取るのは不可能とみるだろう。ならば、残るは自分しかいない。 作戦は上々。カモのお墨付きである。 このメンバーならほぼ確実に勝てるはずだ。 そして、真実を確かめる。 皆が各々の位置につく。 和美達と刹那はステージの陰へ。 エヴァンジェリン達は、世界樹の方へ。 残るは自分達のみである。 アデアット、と明日菜の声が耳に届く。 相変わらずその形状はハリセンだが、戦いに支障はない。彼女の武器の効力は、今の形状でもきちんと有効だからだ。 魔法の無効化。彼女に魔法の攻撃はほとんど効かない。魔法で呼び出された魔物や少し種類が違うが、式神だって送り返すことができる。 ……何故だろう。何か引っかかる。 今まで引っかかっていたものは、もしかしてこれなのだろうか。 考えろ。 何か重要なことを自分は見落としている。 非常に重要なことだ。 彼女の武器について。 何かあるはずだ。 つい最近の出来事で、気付かなくてはいけないことが。 何だ。 何だ。 何だ！ 何なんだ！？ 思い出さなくては、逃げてはいけない。 そう、この事実から澤村は逃げているのだ。 両手で髪をわし掴む。 「澤村さん？」 ネギの声を聞きながらも、澤村はある一つの結果が脳裏に過ぎった。 「……エヴァンジェリンとあの子は、参戦せずといったところか」 眼鏡の少年……あのサウザンドマスターの息子であるネギ・スプリングフィールド達とは反対側の客席に身を潜めていたサワムラ・ショウキは、独りごちる。 ステージにいる女子達は、まず戦力として除外していいだろう。 問題は、客席に潜む女子二人とネギ。 ネギが腰に本を引っ付けている。見たところ、後衛といったところか。 そして澤村翔騎。 彼が広場の中央にいるということは、囮としてなのかもしれないが判断力が結構ある。注意していた方がいい。 ヘルマンの残した書類で見たカグラザカ・アスナ。 彼女は魔法無効化の能力を持っている。放出系魔法はまったく効かない。 ……まぁ、元々そんな戦闘スタイルではないので、彼女を恐れる必要はないかもしれないが、その戦闘能力は侮ってはいけないらしい。 一番の問題はネギ・スプリングフィールドである。 澤村翔騎と位置が近くなったせいか、少しだけだが情報が自分の中へと流れこんできている。これは本当に極稀なことなのだが、一応感謝しておこう。もともと知らなかったわけではないのだが……本当に一応だ。 彼はあのサウザンドマスターの息子であり、魔力量も膨大だ。 即席ではあるが、作戦を立てよう。 たとえ澤村翔騎に判断力があるとしても、こちらも同じ物をもっている。経験はこちらの方が上だが、ネギ達がいるのでそこはあまり戦力的な差はない……こちらが劣っているかのどちらかだ。 なら、勝敗を決めるのは――――― 「よし、行くか」 ―――――心の強さだ。 今必要なのは、心の強さ。 準備は既に整っている。何が来ても、即断で解決して見せる。 だから、こい。 できるならはやく。このままでは、恐怖で足が震えている姿を皆にさらすことになる。 毅然であれ。 自己暗示しろ。 「役目を果たせ」 自分に言い聞かせろ。 実力も立場もよくわかっているはずだ。 誰よりも今、弱い自分は、恐怖していてはならない。 心だけでも強くあることだけが、澤村翔騎の武器としてありたい。 来い。 来るんだ。 ―――――だが、それは裏切られた。 「きゃっ！？」 「アスナさんっ！」 「きたアルか！？」 短い明日菜の悲鳴とネギと古菲の声。 どうやら囮に乗ってくれる気はなかったらしい。 ネギと古菲が広場へと転がり込んで来た。 「ネギ先生！ 古菲さん！」 明日菜がいない。 観客席を見ても、敵の姿と同じように彼女が見当たらなかった。 「上です！！」 刹那の鋭い声。ステージからそれなりに距離があったが、確かに聞こえた。 反射的に見上げると、 「―――――っ」 靴の底だった。 「澤村さんっ！！」 ネギが名を呼ぶ。 顔面と体の後ろに激痛走り、視界が一瞬だけ白く染まる。澤村は踏み倒されたのだ。 「ネギ坊主、下がるアル！！」 古菲の声を聞きながらも、澤村はなんとか立ち上がると、敵は左手に持つ棒でネギをなぎ払っていた。 敵の右の小脇には、 「明日菜さん！」 気を失っている明日菜がいた。 ―――――まずい。 澤村はネギを見る。 半ば我を失っていた。古菲の言葉を聞かずに、敵に攻め込み続けている。古菲がなんとかフォローして彼に攻撃が集中しないようになんとか攻め込んでいるもの の、明日菜がいるためそれもできない。敵の左手側にいるネギの方が、明日菜がいない分攻め込めていたし、攻められていた。 「くそっ」 敵に突っ込む。明日菜をどうにかしない限り、ネギは冷静にはなってくれない。 ―――――こちらだって、かなり動揺しているというのに。 あともう少しで明日菜の体に手が触れるというところで、敵は澤村達から退く。攻め込んで行ったネギは、敵の持つ棒でなぎ払われる。 顔をやっと確認できた。 ……やはり、自分の顔であった。 「気を失っているわけじゃない。薬で眠って貰っただけだ」 まさか、悲鳴をあげられるとは思わなかったけどな。 そう言ってくる声も自分のそれと同じ。 観客席の椅子へと明日菜の体を寝かせると、敵――――サワムラ・ショウキはこちらを向いた。 「まずは、一人ってとこかな」 ふぅ、とわざとらしく漏らす溜息。 ――――それが聞こえたと同時に、風が吹いた。 「ネギ坊主っ！」 古菲の制止の声を無視して、サワムラへと向かうネギの背中。カモがネギの体に引っ付いていられずにころりと落ちた。 澤村はそんなカモを受け止めて肩へと乗せながらも、明日菜のことに感情的になっているとはいえ、少し過ぎるのではないかと疑問に思う。すぐに予想ができた。 「お前、何かしただろっ？」 ネギの攻撃をふらりと躱すサワムラに問うと、ああ、と軽い声で返された。 「さっきの薬浴びて、頭が回らなくなってるんだろ。たとえ真っ向から浴びなくてもなんらかの効果があるってヘルマンが言ってたからな。そこの女の子には逃げられたけど」 本当はお前のために用意したんだがな、と零すサワムラ。 そこの女の子とは、古菲のことである。 彼女だけが、サワムラの奇襲から逃れられたということらしい。魔法無効化能力を持つ明日菜が眠ってしまったところから推測するに、魔法薬ではなく普通の睡眠薬をつかったのだろう。横で胸を張る古菲を尻目に、澤村は歯を噛締める。 ただ攻め込むだけのネギなど、サワムラにとってはなんの脅威でもなか――――― 「っ！？」 サワムラが息を詰める。 ――――ネギの魔力量と実力を甘く見てはならない。 ただの力押しとは言え、その力はヘルマンを押すほどであった。 ヘルマンほど実力のない彼が、ネギを簡単にあしらうことなどできるはずがない。 ネギの拳を腹部に受けたサワムラは、その身を観客席へと投げ出した。 戦いの歌を使っていたのだろう。大きな怪我はない。 更に攻め込んでくるネギから逃げるために、サワムラは体を横に滑らせる。 地面の破壊音が、澤村の耳に響いた。 「どうするネっ！？」 古菲の声。後衛のネギが前に出てしまった以上、後衛という存在をなくすのが妥当だが、このまま攻め込んでしまって本当にいいのだろうか。 不安がよぎる。 ……せめて腰にくっついている本だけでも回収しなければ。 「まずは、ネギ先生を止める。あいつが先にネギ先生を止める前にだ」 にまり、と古菲とカモの口元が形を変えた。 「妥当な判断だと思うぜ」 「そりゃどーも」 カモの言葉に肩を竦めて答える。 古菲と共にネギを止め、走り出した。 さすがに味方と敵の判断くらいはつけてくれているだろう。 「ネギ坊主、すまんアル」 一言謝罪を述べて、ネギのうなじに手刀を――――― 「なっちょっと！！」 「おい待て！！」 ―――――澤村とカモの制止も虚しく、それは入れられた。 倒れ込むネギ。 戦力減。 いや、だが最悪の結果にならなかったし、仕方が無いといえば仕方が無いのかもしれない。 腰にひっついてる本をしっかりと掴んで澤村は、サワムラを見つめる。 無表情だった。 その顔すらも自分と酷似していて……全身の毛が逆立つような寒気が襲う。 古菲が澤村の前へ出て、構え直す。 「悪いけど、オレは君達と戦う気はない」 用があるのはその隣の人物だけだ、とサワムラが顎で指す。 古菲は身構えたまま、動こうとはしない。 澤村は、本を両手で胸に抱えて一歩、足を退いた。 「逃げるのかよ」 鋭い一声。 けれどこの挑発にのってはいけない。一対一であいつに勝つことは無理だと、本能的にわかっているつもりだ。 「……実力差なら、お前もわかってるはずだろ」 サワムラにそう言い放つ。 彼は肩を竦めると、 「戦略的なのか、臆病なのか……」 と呟いた。 「それは、お前が決めてくれ。ただ俺は―――――」 ―――――できることを、全力でやるだけだ。 |