ネギ補佐生徒 第45話





「――――そ、ん……こ、と――――ですかっ!?」

 頭を貫くような声がする。
 幼くて、それでいて強くて……そう、聞き慣れた声だ。

 ――――起きなきゃ。

 神楽坂明日菜は、そう強く想った。
 思い起こされるのは、今聞こえる声ではなくてつい最近聞いた声。

 ――――力を貸して欲しい。

 そうだ。
 大事な友達が助けを求めたのだ。

 あの人を守らなければ。
 守るんだ。
 ここであの人を守れないようなら――――あの幼い魔法使いを守ることなんてできるわけがない。

 重い目蓋をゆっくりと持ち上げる。

「っつー……」

 頭が重く、鈍痛が襲ってくる。
 ぼやける視界の向こうに、星空が見えた。

 え、と声を漏らす。

 此処は、何処だろう。

 何が起きた?
 自分はどうした?
 どうして空を見ている?

 勢いよく起き上がろうとしたものの、体が重くてよろよろとしか起き上がれなかった。観客席に座り直す。

「いや、ネギ先生―――――」

 敵――――サワムラ・ショウキだと思われる人間の肩越しに、澤村が見えた。
 澤村は、眉間に皺が寄っていて口が引き攣っていた。
 小さく開いている口から歯が見える。
 肩を上げて大きく彼は息を吸うと、

「俺が、偽者のはずなんだ……じゃないと、おかしいんだよ」

 大きく口を開けて、噛締めるように……確かめるように―――――自分の存在を否定した。





  ネギ補佐生徒 第45話 真偽は此処に





 どこかでそう思い込んでいた。

 自分達の知る澤村翔騎こそが、本物であり……それ以外の何者でもないと。

 なのに。
 なのになのになのに!

 隣にいる古菲も動揺を隠せない。

「……答えてくれ」

 澤村の問いに、サワムラは頭をぼりぼりと掻くと、

「……オレの言葉を否定したらそれまでっていう事実だけどな」

 そう遠回しに肯定した。
 自分の存在を否定することとなる言葉に、澤村は首を横に振る。

 違うと言ってくれるのだと思った。
 ただの勘違いだと言ってくれると……さっきの言葉は冗談だと言ってくれるのを願った。
 だけど、

「信用するしかない。多少疑問はあれど、決定的なものを……俺は見たから」

 少しだけ明るい声で、澤村はその願いを打ち破る。

 嘘だ。

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだウソダウソダウソダウソダ――――――だって!

 だって、彼は何もしていない。

 彼は悪くない。

 だって、だって……

「あなたは、悪い人じゃないっ!!」

 澤村が、ネギを見る。
 半分だけこちらに体を向けてくれた。

 けど、その表情には何もなかった。

 無。

 何も無い。

「時々、俺は嫌な奴になる。すごく黒くて……暗くて――――衝動的な怒りがくる」

 ネギ先生も見たはずです。
 ……否定できなかった。
 彼の奥にいるサワムラが襲ってきたときの顔は確かにそう疑ってもいいものだった。狂気に囚われた顔だった。
 けれどそれだけじゃ根拠にならない。
 ネギは否定しようとしたが、それだけじゃないと澤村の言葉が先に出てくる。

「明日菜さんのアーティファクトっ……魔法や気関連のものを無効化したり、召喚された物を送り返したり……できるんですよね」

 何を、言いたいのだろうか。
 途切れ途切れに言う彼の言葉を必死に理解しようとしていると、小さくも悲痛な声がネギの耳に届いた。

「嘘っ……!!」

 聞き慣れた声。顔をそちらへと向ける。

 明日菜が両手で口を押さえて、信じられないといった表情でサワムラを見ていた。

 そして、泣きそうな声で零す。

「私――――あいつに攻撃、“入れた”……入れちゃった、よぉ……っ」

 ……つまり。
 それは、つまり。

 喉が渇く。体が震えた。

「――――――」

 なんて、言ったのだろう。
 そもそも言葉になっていたのだろうか。いや、声すら発せていたのかすらわからない。
 ただ……無意識に首を左右に振って一歩、足を退いた。

 サワムラは、そんなネギを見て溜息を漏らすと澤村を見て問う。

「それで……質問はこれで終わりか? まだあるなら答えるぞ」

 澤村がネギに背を向ける。

「最後の質問だ。……この6年間、なんでお前は俺のこと―――――本のことを言わないで、隠れ続けたんだ?」

 言えば、すぐに取り戻せたはずだ。
 ネギはそんな言葉を耳にする。
 けれど気に留めていられるほどの余裕はない。

 だって、彼が偽者だということは……彼を封印しなければいけないということ。
 そんなこと、何故しなくてはいけないのだ。
 彼が、一体何をした? 悪いことなんて、何もしていないじゃないか。
 精一杯、生きているだけだ。

 それがいけないことだと言うのか?





 エヴァンジェリンはきっと自分が偽者だと知っていたのだろう。
 それは自分も例外ではない。

 わかっていたんだ。
 わからない振りをしていただけなんだ。

 エヴァンジェリンの別荘で彼女と目を合わした時、思ったじゃないか。
 胸糞悪いことなんて、自分が偽者だったときの後始末。

 確かに本物だったときにも甘えさせて貰おうと思った。
 麻帆良を無断で去るつもりだったから、自分の居場所を調べないようにしてもらおうと思っていた。
 本当はネギ達の記憶を『魔力を持つ澤村翔騎』としての記憶を消してもらおうかと思ったのだが、ネギと明日菜には呪いのかかったエヴァンジェリンの忘却魔法が通じるとは思えない。
 だから、自分が去った後の後始末を任せようと思っていた。

 けれどそれはもう無意味な考えだ。

 自分は偽者。

 彼女がこの計画に積極的だったのは、教育材料として自分を利用しようとしたからだ。
 誰のためかは解っている。

 ――――――ネギ・スプリングフィールド。

 彼の教材として、澤村翔騎は利用しようとしているのだ。

 ちらりとエヴァンジェリンの姿を見ると、彼女は相変わらずにやりと口を歪めてこちらを見下ろしていた。
 だが、微笑みの理由が違うはず。
 今は、澤村が少し予想外な行動をしているから、ああやって微笑んでいるのだ。





 予想外な行動にエヴァンジェリンは、もう少しだけ様子を見てやろうと世界樹から澤村を見下ろしていた。

「昨夜の事が気になって来てみれば……これはどういう事でござるかな」

 エヴァンジェリンの頭上から声が落ちる。
 どうやら自分達より上にいるらしい。

「なぁに、ぼーやの教育さ」

 しばらくの間。

「程々にしておくでござるよ」

 降ってきた声は、少しきつい声だった。
 エヴァンジェリンはそんな声にふん、と鼻を鳴らす。

「……マスター」

 遠慮気味に、従者がそう零す。
 その声にエヴァンジェリンは視線を落とした。

 気が付けば、2人のさわむらが戦っている。

 いや、戦っているという表現はどうだろうか。
 突っ込む澤村をサワムラが手に持つ棒でなぎ払っているだけに近い。
 実力差が大きすぎるのだ。

「無駄な足掻きを……」

 そう、本当に無駄な足掻き。
 元々決まっていた定め。
 だから、

「――――――悲しいな」

 思わずそんなことを呟いてしまう。





 悲しい、ことだ。
 とても悲しくて……彼女達には伝えられない。

「なぁ、せっちゃん! どうなってるん? なんで翔騎君が一人で戦ってるん!?」

 今にも飛び出しそうな木乃香を制しながらも、刹那は答える。

「わかりません。わかりませんけど……何か考えがあるはずですっ」

 いや、解っていた。
 聞こえていた。

 ――――――自分達の知る澤村翔騎が偽者だと、知ってしまった。

 その理由も。
 紛れも無い事実を。
 逃れられない現実を。

 でも……それを彼女に言えるわけがない。

 今にも泣きそうな木乃香に言えるわけないじゃないか。

 骨が砕けるような音が耳に届く。
 のどか達の悲鳴。

「なんでネギ君も助けてやらんの!? せっちゃんっ!!」

 耐えろ。
 今にも泣きそうな木乃香の声を、耐えるんだ。

「このままでは、澤村さんが死んでしまうですっ」
「そうよ! あんな奴、桜咲ならなんとかなるでしょ!?」
「桜咲さんっ、澤村さんを助けに――――」
「―――――駄目です」

 夕映、和美、のどかの言葉を、受けつけない。
 それが彼の意志だから。
 ここにいなくてはいけない。

「――――私は、貴女達を守る義務があります」

 これは、桜咲刹那の詭弁である。
 この場を凌ぐためのただの嘘。
 自分だって手を出したい。
 けれど、彼の言葉を聞いてしまったら……あの戦いに手は出せない。
 先ほど聞いた、彼の意志が耳に残っている。

 ――――――偽者なら偽者らしく、醜く足掻きたい。

 あの時古菲へと投げ渡された本が、刹那には彼自身のように見えて仕方がなかった。

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