ネギ補佐生徒 エピローグ





 澤村が消えて、数日がたった。
 皆、まだ引きずっているところはあるようだが、それでも毎日笑って過ごそうと努力している。
 もしかしたら、サワムラに申し訳ないと思っているのかもしれない。
 授業しているとき、明日菜達が空席になったエヴァンジェリンの横をたまに見ているのはネギ・スプリングフィールドもよくやってしまうことである。
 以前出席の際にサワムラの名を呼んだときの自分の顔は、きっと最低だっただろう。

 結局麻帆良には、澤村翔騎という名の生徒はいなくなった。

 エヴァンジェリンの話では、サワムラ・ショウキにあった『さわむらしょうきの心』は、封印されたと同時に器を失い元の澤村翔騎の身体に戻ったらしく、本人も気付かぬうちにまた違う澤村翔騎へと変わっていくらしい。
 彼は本物の心と本物の身体で、イギリスの魔法学校へと戻って行った。
 結局どちらの澤村翔騎は残らずに新しい澤村翔騎が生まれたということだ。
 ……それは悲しいことではないのだろうかとネギは思う。

「ネギ君」

 自分の名を呼ぶとともに机に伸びたごつごつとした手が見えて、顔を上げる。
 高畑・T・タカミチの微笑が視界に入った。
 ここは職員室。
 昼休み、自分の席でちょっとした作業をしようと戻っていたのだ。
 少し気を紛らわすものが必要だった。
 明日菜達といると、サワムラのことを思い出してしまう。
 どうしてもあの時の彼の叫びを思い出してまう。

「大丈夫かい?」

 高畑もそれを察しているのか、そんな言葉を投げかけてくれる。
 大丈夫じゃない、なんて言ってはいけない。
 澤村翔騎を想うのならば、

「大丈夫だよ」

 こう答えるべきなのだ。
 高畑は微笑を浮かべてそうかい、と頷いてくれた。

「ネギ先生、今日はいい天気ですよ」

 源しずなが窓を開けながら、言う。まだ五月。風は温かかった。
 ネギは椅子から立ち上がり窓を見る。

「快晴だね」
「……うん」

 高畑の言葉に相槌を打ちながらも、澄み渡る空を見つめた。

 今日というこの日には、ふさわしいものだ。





  ネギ補佐生徒 エピローグ





 相変わらずおかしいクラスメイト達に囲まれながらも、長谷川千雨は眼鏡をくいと人差し指で押し上げた。

 そのクラスメイトの中に澤村翔騎はいない。

 エヴァンジェリンの横にいるわけでもないし、亜子達や明日菜達と話しているわけでもない。
 当たり前のことだ。ここに彼はいないのだから。

 ―――――ネギは……澤村翔騎は、イギリスに留学したと言っていた。

 ……けれど、何故か嘘だと思ってしまう。
 ネギの表情がそれを物語っていた。
 生徒の転校を悲しんでいるようにも見受けられるが、そう見るのは難しかった。

 たぶん、あの夜澤村翔騎を見てしまったからだろう。

 そう思ってしまう自分がおかしくてしょうがなかった。
 普通じゃない理由は確かにある。
 あるけれど、千雨が考えるような普通じゃない理由なんかより、跳び抜けて普通じゃない理由がある気がしてならなかったのだ。
 馬鹿らしい話だ。
 千雨は溜息を漏らす。

 ――――――あの時、何故引き戻さなかったのだろうと、後悔している自分がいる。

 今更思っても無意味なことだ。
 もういない。
 澤村翔騎はもういないのだ。
 大体何から引き戻せと言うのだろう。馬鹿らしい。実に馬鹿らしい。早く寮に戻って写真でもアップしたい気分だ。
 そういえば、HPの常連が自分を可愛いと言ってた人が留学した、なんてことを言っていた。

 ―――――まさか、な。

 ネットの世界に境界線なんてない。
 誰でも見れるし、いろんな人がいるはずだ。
 たまたま。偶然。
 きっとそうだ。

 でももし……もしこの常連の言う人物が、澤村翔騎ならば。

 戻ってきたとき、いち早くとっ捕まえて言わなくてはいけない。

 ――――――私の秘密を言うんじゃねぇ、と。

 きゃっきゃと騒ぐ桜子達の声が千雨の耳に入ってくる。
 なんでも彼女達はバンドを組んでライブをやるらしい。さっき宣伝を受けたのを覚えている。

 まとめた紙をとんとん、と机で整えていると――――彼の名前が聞こえてきた。





「結局、澤村君と仲直りしなかったねー」

 バンドのことで話している時、急に切り出した椎名桜子の言葉に釘宮円は眉をぴくりと上げた。
 正直その人物の名を出して欲しくないからだ。

「仲直り以前の問題でしょ。あいつとは、仲良くすらなかったの」

 不機嫌そうに返すと、桜子と柿崎美砂は肩を竦めた。
 だめだこりゃ、という言葉がよく似合うポーズである。

「澤村君は、円の嫌いなちゃら男じゃないわよ。なんだかんだで、顔もよかったじゃない」
「いろいろあるのよ」
「でも、ネギ君みたいにからかうとおもしろい子だったよねー。澤村君」

 桜子のこの能天気さは、長所でもあり短所でもある気がする。
 明るくて元気なのはチアには必要だから。
 でも今は短所として能天気さが活躍してしまっている。

「だいたい、ネギ君の補佐生徒とかいって、何も――――――」
「してたって言ってたじゃない、円」

 前にも同じ事言ったと思うけど?
 と、美砂の声。
 そうだ。
 円自身がそう言ったのだ。
 授業中や休み時間にネギに関してのメモをとったり、元気がなかったときは素早く廊下にでて追いかけようとしていた。
 修学旅行も常にネギの傍にいた気がするし、変なところが生真面目だった。
 だったけど。
 どうしても素直になれないというか、納得できない自分がいるのだ。何か裏切られたような気持ちが、赦すということを躊躇わせた。

「円、拗ね顔になってるー。可愛いっ」

 桜子の声に、円は自分の顔に手を添えた。そんな顔をしていたつもりはなかったのだ。

「素直じゃないね、円は」

 ははっと美砂が笑う。
 彼氏がいるせいか、妙に大人な気がする。
 自分を見詰める美砂の目はなぜか妙に優しい。慈愛というやつだろうか。
 そんな美砂になんとなく納得がいかず、顔をそむける円。
 せめて試合の時に感じた彼に対する想いを伝えるべきだったかと後悔しているのを知られてしまいそうだったから。
 顔をそむけたと同時に、窓から空を見上げる亜子の姿が見えた。
 澤村と亜子が部活が一緒だったと聞いたが、やはり彼女は寂しいのだろうか。
 表情はあまりいいものではなかった。

 ―――――何やってんのよ、あいつ。

 ちょっと前みたいに戻ったかなーとか思えば、いなくなるし。
 折角亜子とバンドを組んだというのに、これでは支障がでてしまうではないか。だいたいクラスメイトが元気ないなんて、悲しい。
 円は大きく溜息をつく。
 それを見た美砂と桜子が、顔を見合わせて苦笑していた。





 文化祭の準備、とは言っても何をやるかはまだ決まっていない。
 現に今の作業は、ただの雑用。パンフレット作成である。

「龍宮さーん! 長瀬さーん! 紙、お願いできるー?」

 明石裕奈の声が響いた。
 紙といってもかなりの量である。よって力仕事が必要されるわけなのだが、幸いにもここ3−Aには力仕事に長けている人物が多い。
 でもやはり数人にしかない。それにどんな企画に決まったにせよ、装飾関係で力仕事がいるに決まっている。力仕事だけをみると、人手不足なのだ。

「澤村君がいたらよかったのにねー」

 和泉亜子と一緒にプリントをまとめていた佐々木まき絵が困ったような笑顔で言う。
 それを聞いた裕奈とアキラも同じような表情で頷いた。
 それは亜子も同じだ。
 男子である彼ならきっと大きな戦力として文化祭の準備を手伝ってくれただろう。

「イギリスに留学か……やっぱりサッカー関係?」

 大河内アキラの言葉に亜子は、わからへん、と言葉を発する。
 ……なぜか三人の視線が亜子へと集まった。
 既に亜子達の作業する手は止まっている。

「あれ、知らないの……?」

 まき絵がひどく心配そうに聞いてくるところを見ると、また変な勘違いをしているように感じられた。
 亜子は、心の中で溜息を漏らす。
 本当に澤村翔騎という人物を恋愛対象として見たことがないのだ。
 確かに彼の不器用な優しさにはドキリとさせられるときもあるが、根本的な何かが違うのだ。
 恋愛対象として見れないのだが、何故かまき絵やアキラ、裕奈の“ 友達”とは違った感じ。
 表現できない、何か。
 もしかしたら、これが友達以上、恋人未満というやつなのかもしれない。

「でも、麻帆良祭までいればよかったのになー。大会も出ないんでしょ?」

 残念そうに言う裕奈の言い分は確かなもので、亜子達は苦笑を漏らす。
 男子とはいえ、せっかく仲良くなった友人がいなくなるのは寂しいものだ。
 亜子はふと、窓から顔を出して空を見上げた。
 彼がくれた炭酸飲料のように、爽快な空がある。

「……元気してるんかな、澤村君」

 そんなことを言いながら、亜子は心の隅で思った。

 ―――――澤村もこうして空を見上げていたら、ロマンチックかもしれない、と。





 雲のない空。
 世界樹の木から零れる光は紅かった。夕焼けが綺麗である。

 世界樹の下には、あの時いたメンバーが円になって並んで立っていた。

 ―――――これは、ある種の儀式である。

 神楽坂明日菜は、そう思う。葬式、と言ってもいいかもしれない。
 エヴァンジェリンが、茶々丸を引き連れてやってくる。

「揃ったな」

 彼女の手には『Co-Walker and Coexistence』とフラスコに入った紅い液体。これらは澤村翔騎がここを発つ時にエヴァンジェリンに託したそうだ。

 彼とは別れの言葉も交していないし、見送りもしていない。

 ――――――俺は、“澤村翔騎”じゃないだろ?

 彼はそうエヴァンジェリンに言って、封印した次の日には去ってしまっていたらしい。
 その考えが、明日菜達の知る澤村翔騎の面影を見せていたが、誰も彼らしいと口にすることはなかった。
 彼の言う通り、明日菜達にとっての澤村翔騎は、彼ではないからだ。

「―――――さて、始めるか」

 今から行なわれることは、正直言って明日菜には理解できなかった。
 エヴァンジェリン曰く、簡単に言うと火葬らしい。
 たとえがあまりにも似つかわしくて、複雑なところだが……確かに納得できる。

 この本は、サワムラ・ショウキの骨と言っていい。

 魔力で作られたサワムラ・ショウキの身体に残るものなんてこの本くらいのものである。

 ―――――けれど、その本すらも消さなくてはいけない。

 決まっていることなのだと、カモも言っていた。
 改造本は違法なもの。
 その存在をこの世に残すことは赦されない。

 本を円の中央に置くとエヴァンジェリンは、フラスコに入ってる液体を全てそれにかけた。

 学園長のお墨付きを貰った澤村が作った改造本処理のためのものである。
 初めからこの本を処分することは決めていたことらしい。

 木乃香がまた、小さく泣きはじめた。
 刹那が彼女の肩を抱いている。

 明日菜はあの日以来、澤村の事で人目に泣き顔を晒すことはしていない。
 それでも一人になると泣くことがある。
 薄れる彼の手の温もり、声、仕草、表情……。
 それがどうしても悲しくて。
 忘れないと言ったのに、忘れていくことが悲しくて。
 やはり涙が流れてしまう。

 ――――――ありがとう。それと―――――――頑張って。明日菜さんなら、きっと気持ちを伝えられるはずだから。

 ――――ごめん。
 ――――ありがとう。
 ――――さようなら。

 でも、彼の気持ちは忘れない。
 彼に対する気持ちも忘れない。

 謝罪と感謝。

 絶対に。

 せめてそれだけは、絶対に忘れない。

「ぼーや、やってくれ」

 エヴァンジェリンの一言でネギが杖を構えた。
 彼がこの本の始末を自分でしなかったのは、もしかしたら自分達のためかもしれないと明日菜は思う。

「澤村さん……貴方は、その名の通り――――――」

 ざ、と音を立てて腰を据える。
 しっかりとした口調で、ネギは―――――

「―――――己が道を翔け抜けた騎士だと、僕は思います。きっともう一人の貴方もそうであるはずです」 

 ―――――サワムラ・ショウキに対する賛辞を送った。

 ネギの杖が光る。

 ――――――魔法の射手・光の一矢!

 ネギの魔法の射手に反応して、液体に火が灯る。

 儀式にしては、あまりにもあっけないものだった。

 燃え尽きた本。
 舞い上がる焼け残った紙クズ。

 皆、その一欠けらが見えなくなるまで見つめ続けていた。

 夕焼け空に焼き焦げた紙クズが舞っている。
 空に溶け込むことなく、その存在をはっきりと主張して。

 明日菜は、それに想いを託す。

 たくさん……たくさんある想い。
 全てが伝わることを願う。
 あの時ぶつけた想いがもう一度伝わることを、今――――

「――――翔騎君、さようなら」

 ―――――切に、願う。

 サワムラ・ショウキの欠片が、夕日に消えていった。





 ―――――朝日が眩しい。

 見なれない窓から覗く朝日に、澤村翔騎は顔を顰めた。
 真っ白なベッドから起き上がり、着替えを済ます。
 ウェールズに戻り、数日がたった。
 今からまた、ウェールズを発つ。

 行った事のないの本国にこれから向かうのだ。

 当然のことだった。
 改造本の発動させ、報告もせずに逃げ、その存在を隠しつづけ、偽者の自分を野放し……そして、魔物―――――爵位級の悪魔と行動を共にしていたのだから。

 幼かったからという理由があれども、その罪は確かに重いものだった。

 罪から逃げるつもりはない。

「ショーキ君」

 身支度を済ませて校長に提供された部屋から出ると、そこにはネカネ・スプリングフィールドがいた。魔法学校からの付き合いだ。再会したときはいろいろと大変だった。
 彼女とは、案内してもらうため一緒に本国へ行くことになっている。
 ローブから覗くワンピースが歳相応の格好だった。

「はい、これ」

 手に持っているローブを渡される。
 首を傾げていると、クスクスと笑って答えてくれた。

「一応本国に行くのなら、それ相応の格好をしないと」

 つまり、魔法使いらしくローブを羽織れと言う事らしい。
 Yシャツの上からローブを羽織ったのはいいのだが……少し不釣合いのような気がした。
 小さく溜息を漏らす。

「それじゃ―――――」

 ネカネが澤村を見つめて、苦笑を漏らす。

「―――――行きましょうか」

 それなりの罰があることを彼女もわかっているのだろう。
 澤村はその苦笑に答えることなく、

「はい」

 はっきりと答えて、ネカネと共に歩き出す。

 今の自分がヘルマン達と過ごしていた澤村翔騎ではないことは、薄々とだが感じている。
 結局2人の澤村翔騎はあの時点で消滅したのだ。
 そして出来たのは、本を開く前の澤村翔騎か……あるいはまた別の澤村翔騎。
 自分はそれを背負って生きる。

 ―――――これは、残された澤村翔騎の権利であり、義務である。

 この心は澤村翔騎なのだと証明して生き続ける。

 たとえこの名を失われようとも、
 たとえこの身体が壊れようとも、
 たとえこの心が壊れようとも、

 残されたものは、澤村翔騎としての誇りと己が信念を貫き通す。
 翔ける騎士で在り続ける。

 それが、澤村翔騎だ。

 魔法使いと同時に、騎士でもありたい。

 屋外へ行くと、やはり朝日が眩しかった。

「今日はいい天気になりそうね」

 ネカネの言葉に、手をかざしながらも空を見る。

 快晴だった。
 澄み渡る空が清々しい。

「―――――よし」

 小さく、呟く。
 ネカネが小首を傾げてこちらを見ていたが、ニカリと笑って誤魔化した。
 一歩ずつ。確実に。

 恐怖しても、
 傷ついても、
 迷っても、

 自分の道を歩み続けよう。
 たとえそれが偽善エゴだとしても、それが――――――

「さぁて―――――」

 ――――――澤村翔騎にとっての、偉大なる魔法使いである。

「――――罰でも受けにいきますかぁっ!!」

 澄み渡る空に、澤村翔騎の声が轟いた。





紅い空に舞う、焼き焦げた紙クズ。

降下することなく、ただただ舞い上がる。

けれど、そこに温かい風が吹いた。

崩れる紙クズ。

紙クズは粉となり、その姿を消して行く。

残ったは、たった一つ。

澤村翔騎サワムラ・ショウキの心のみである。

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