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同級生型敬語系素直クール その4

 話は少し遡る。

 雪雨瑞希(ゆきさめ みずき)が、恋人である日阪明俊(ひさか あきとし)の部屋に初めて訪れた日の、前日。
 時間で言えば、明俊がもう1回もう1回とせがんでいる瑞希をなんとかなだめ、家に送り届けた瞬間の、24時間前のことである。

 丁度その時、駅から延びる商店街の一角にある花屋の前を、サラリーマン風の男が通りかかる所から、この話は始まる。

 * * * * *

 仕事帰り、行きつけの花屋の軒先に飾られた、見事な紫陽花が目に入り、私は足を止めた。
 薄桃色、濃い紫、夏の空のように鮮やかな青…。山と咲き誇る紫陽花は、まるで雨後の虹のように鮮やかで、その多彩な色合いに自然と目を奪われる。
 誘われるがままに、私は店内に入った。

「…“元気な女性”、か」
 立派な紫陽花に、思わず呟いた私の後ろ、店の奥から声が掛けられた。
「こんにちは、いらっしゃいませ。──紫陽花の花言葉ですね」
 エプロンを付けた店員がにこやかに歩み寄る。呟きを聞かれて、少々気恥ずかしい。私は誤魔化すように苦笑し、紫陽花に視線を戻した。
「見事な紫陽花だから、つい、ね」
「今がシーズンですからね。この紫陽花は、今日入荷したみたいですよ」
「ほう」
 答えてから、他人事のように言う店員の言葉に気付き、振り返る。エプロンを付けた店員は、見覚えのある少年だった。
「きみは確か……」
「あ、すみません。僕、本当は店員じゃないんです。店長さんに店番を頼まれてしまって…。急な配達が出来たらしくて…」
 そう言って、少年がはにかむ。彼は、この店で何度か見た覚えがあった。名前は知らないが、常連客の一人だ。
「仕方ない店長だな。人に店番を頼むなんて」
 呆れる私に、少年は柔らかく微笑み、
「ここの店長さんは父の友人なんです。今日は用事があって来たんですけど…」
 捕まってしまいました。と、苦笑して、少年が頭の後ろを掻く。柔らかなそうな黒髪が、彼の人の良さと純朴そうな雰囲気をかもし出していた。
「なるほど。…きみを、何度かこの店で見掛けた事があるよ」
「僕も、お客さんを何度か見掛けたことがあります」
 屈託のない笑顔を浮かべる少年につられて、笑みがもれる。彼と話をするのは初めてだが、なかなか好感が持てる少年だ。歳の頃はウチの娘と同じくらいだろうか。このくらいの歳の男の子にしては、柔らかな居住まいで、自然と頬が緩む。
「ここは、個人店の割には品揃えが良いからね」
「そうですね。僕もよく利用してます。──あ、すみません。ちょっと失礼します」
 店の奥から電話の音が鳴り響き、少年がぺこりと頭を下げて小走りに去った。その後姿を見送ってから、私は紫陽花に向き直った。

 “元気な女性”は、彼の言う通り紫陽花の花言葉だ。私の頭に、我が家の最近特に元気な女性が思い浮かんだ。
 最近、ウチの一人娘は何か良いことがあったらしい。余り感情を表に出さない娘だが、ここ一月ほどで随分と表情が豊かになってきた。表情がくるくる変わる、とまでは到底行かないし、一般的にはまだまだ無表情に見えるのだろうが、以前に比べれば大きな変化だ。
 元々、感情が表に出てこないだけで、無感動な娘ではなかった。どんな良いことがあったのか分からないが、内面の感情が外に表れるようになったのは良いことだ。
 娘の変化について、妻にそれとなく聞いたことがあるが、いつものにこやか顔で誤魔化された。まあ、悪い変化ではないし、そのうち娘から言ってくるだろうと思い、私はそれ以上言及しなかった。娘はもう、高校生だし、何でもかんでも親に報告するような歳ではない。
 そんな、物分りが良く、子離れが出来てる父親、と自画自賛しつつも、やっぱり少し、いや、本音を言うと、かなり、寂しい。……今度、何気なく娘に、何か良いことがあったのかを聞いてみよう。

 親バカと思われるのを承知で言うが、ウチの娘ははっきり言って、すごく可愛い。親戚の連中も、娘に会う度に「瑞希ちゃんは、まるでお人形さんみたいだねえ」と目を細める。自分もまさしくその通りだと思う。
 会社から帰って、玄関を開けた瞬間、「おかえりなさい。父さん」と出迎えてくれる娘を見ると、仕事の疲れなんて木っ端みじんに吹っ飛ぶ。思わず、ちょこんと可愛らしく佇む娘を抱き上げて頬擦りしたくなるくらいだ。さすがにそれは我慢して、頭をぽんぽんとなでるだけに留めているが。
 今時の高校生にしてはずいぶんと小柄な娘は、妻のようなモデル体型に憧れているようだが、父親としては、今くらいの方が可愛らしくて大変よろしい。「そういう、私をいつまでも子供扱いする所が嫌いです」と、ジト目で言う娘を思い出し、思わず苦笑が浮かんできた。

「すみません。失礼しました」
「…ああ、いや」
 電話から戻った彼の声で我に返る。つい物思いに耽ってしまっていた。
「電話は店長さんからでした。もう少しで戻るみたいですけど、お待ちになりますか?」
「いや、今日はちょっと見に来ただけだから」
 これで失礼するよ。と言い掛け、ふと思い付いた。
「いや、そうだな…。せっかくだから、この紫陽花をもらおうかな」
「あ、はい。ありがとうございます」
 お土産にしよう。最近元気な娘と、愛する妻。我が家の二人の女性が、いつまでも元気でいられるように。

 * * * * *

「いやー、すまんね、明俊君。店番助かったよ」
「素人に店番をやらせないで下さいよ」
 明俊は、ほっと胸を撫で下ろして、配達から戻った店長を出迎えた。時間帯のせいか、客が余り来なかったのが幸いだった。店側にとっては幸いではないだろうが、明俊にとっては幸いだった。
 短時間とはいえ、人の店を預かるなんて責任重大だ。何事もなく店番をこなすことが出来て、明俊は安堵した。
「大丈夫だよ。明俊君はそこらのプロより詳しいから」
 呑気にそんな事を言う店長に、明俊はエプロンを脱ぎながら、困ったように眉をしかめる。
「そんなことないですよ。それに、注文の電話とか宅配の依頼とか、そういうことはまったく仕組みを知らないんですから」
 植物についての知識ならともかく、そういった店のシステムのことはさっぱりだ。
「そういうお客さんが来なくて、本当に助かりましたよ」
 店長が宅配に出かけている三十分ほどの間で、明俊が店員として接客したのは、先ほど紫陽花を買って行った男の人だけだ。彼は何回かこの店で見たことがある。名前は知らないが、この店の常連客の一人だったので、明俊は落ち着いて接客が出来た。
「じゃあいっそのこと、ウチで働いて、その辺も覚えてもらうってのはどうだい?」
「冗談はよして下さい」
 エプロンを店長に手渡ししつつ、明俊は苦笑する。
「僕には客商売は出来そうにないですよ。今日のでもう懲りました」
「いやいや、明俊君は物腰柔らかいから、接客にも向いてると思うんだけどなあ」
 半ば本気で言う店長に、明俊は自嘲気味に微笑む。
「ただ気が弱いだけですよ。それじゃ、僕はこれで」
「ご苦労さん。本当に助かったよ、ありがとう。今度、お礼に何かサービスするからね」
 そう言う店長に、ありがとうございます。と微笑み、明俊は店を後にした。

 * * * * *

 カチャカチャと、ボウルに入ったドレッシングをスプーンで掻き混ぜながら、雪雨志鶴(ゆきさめ しづる)は傍らの娘に声を掛けた。
「瑞希、それが終わったらレタスの用意もお願いね」
 瑞希は、一口サイズに切った鶏肉をキッチンパックに入れて、片栗粉をまぶしている最中だ。
 しかし、パタパタと透明なビニール袋を振って、鶏肉に満遍なく片栗粉をまぶしている瑞希は、虚空に視線を固定し、心ここにあらずといった様子だ。
 その様子に気付き、志鶴がドレッシングを掻き混ぜている手を止めた。
「瑞希?」
 しかし瑞希は二度目の呼び掛けにも応じず、パタパタとロボットのように機械的にビニール袋を振り続けている。
「……瑞希?」
 パタパタパタパタ…。
「み・ず・き」
 パタパタパタパタ…。
「み・ず・き・ちゃん!」
「ひゃあ!」
 唐突に母親に後ろから抱きすくめられ、瑞希が飛び上がった。
「か、母さん!? 驚かさないで下さい!」
 危うくビニール袋を取り落としそうになってしまった。すんでの所で両手で抱え、難を逃れた。
「瑞希ってば呼んでも全然気付かないんだもの。何をぼーっとしてるの?」
「え? 私呼ばれてました? 全然気付きませんでした」
 瑞希は驚いて後ろの母を見る。後ろから抱きすくめられたまま、首だけ動かして自分よりも頭二つ分ぐらい背の高い母を見上げる。
「何か悩みごとでもあるの? 瑞希」
 いつものにこやかな表情を絶やさず、志鶴は娘を見下ろす。
「あの…」
 瑞希は口を開きかけ、頭の後ろにある大きな膨らみに気付く。ぽよんと、その温かな膨らみに頭を預けてみて、感触を確かめる。
「あらあら、どうしたの瑞希?」
 小さな子供のように胸に寄り掛かる娘に、志鶴はくすくすと微笑む。そんな母とは対称的に、瑞希は大きくため息をついた。
「…母さんくらい、胸が大きくなりたいです」
「あらそう?」
 母親の志鶴に比べて、瑞希の胸は非常にささやかだ。
 母の、エプロンをふっくらと押し上げている豊かな双丘に対して、瑞希のそれは、すとーんと気持ちいいくらいの絶壁だ。全然膨らみが無いわけではないが、服の上からはほとんど膨らみが認められない。小さな身体も相まって、瑞希はまるで人形のようだ。
「せめて、もうちょっと胸が大きくて、もうちょっと背が高くなりたいです」
「瑞希はそのままでも十分可愛いわよ。お母さんは、お人形さんみたいな今の瑞希が好きよ?」
 優しく言って、志鶴は娘のつむじ辺りに頬擦りする。高校生の娘と母親のスキンシップにしては、やや過剰だが、瑞希はされるがままになりつつ、
「そんなこと言われても、あまり嬉しくありません」
 呟くように言って、力なくうつむく。そして、また大きくため息。
 その様子に、あらまあ、今日のはなんだか重症ねえ…と、志鶴は困ったように首をかしげた。瑞希が前々から自分の体型にコンプレックスを抱いているのは分かっていたが、今日の落ち込み方は今までにない大きさだ。
「…男の人は、やっぱりスタイルが良い方がいいのでしょうか……」
 誰に言うでもなく、瑞希が呟く。そのセリフで、志鶴はピンと来た。
「彼と、うまく行ってないの?」
「いえ。私と明俊君はラブラブですよ?」
 きっぱりと、瑞希が即答する。志鶴は思わず吹き出しそうになった。
「じゃあいいじゃない」
「今でもラブラブですが、私のスタイルが良かったら、もっとラブラブになれるような気がするんです」
「どうして?」
「頑張って明俊君を誘ってるんですが、効果が芳しくなくて…」
 そう言って、またため息。瑞希はちらりと母親の豊満な胸に視線を送り、
「母さんぐらいスタイルが良ければ、明俊君もその気になってくれたかも知れないと思うと…」
 ふう、と、またまたため息。ため息尽くしだ。
 明け透けな瑞希の告白に、志鶴は思わず苦笑する。娘が恋人を連れて来た時に、いつかこんな話が出るだろうと確信していた。
 志鶴は娘を安心させるように、優しく肩に手を掛けた。
「余り焦っちゃ駄目よ、瑞希」
「ですが…」
「あんまり迫るとね、男の子はかえって逃げちゃうものなのよ?」
「…そうなんですか?」
「そうよ」
 志鶴は自信たっぷりに言い切った。娘の悩みは理解出来る。自分も経験があるからだ。

 高校時代に夫に出会い、一目惚れ。即座に告白して付き合うことになったは良かったが、自分達が初めて結ばれたのは、付き合い始めてから4ヶ月後だった。正確には121日後の8月5日。
 その間、毎日誘っていたにも関わらず、夫は誘いに乗ってくれなかった。当時から大きかった胸を押し付けるのは当たり前に行いつつ、朝早くに彼の家にお邪魔し、寝床に潜り込んだことも1度や2度ではない。
 そんな猛烈なアプローチを4ヶ月も重ねて、夏休みになってからやっと結ばれた。
 娘の恋人とは一度しか会っていないが、彼は高校時代の夫よりも純情そうに見えた。自分達のケースよりも時間が掛かるかも知れない。瑞希はさぞやきもきしていることだろう。
 志鶴は分かる分かると、ひとり頷く。

 実の所、娘とその恋人は、付き合い始めたその日のうちにしちゃってるわけだが。おまけにその翌日には、父と母が結婚記念日で家を空けている隙に、この家で日が暮れるまで貪りあってたわけだが。そんな事になってるとは、志鶴は夢にも思っていないようだ。
 瑞希の悩みは、恋人と初めて結ばれることではなく、自分は明俊と毎日のようにエッチしたいのに、明俊は安全に出来る場所にこだわり、誘いに乗ってくれないことだ。
 自分はどこでも良いのに、もう2週間近くも、正確には11日もエッチしていない。そろそろ我慢の限界になってきた。
「では、どうすればいいんでしょうか」
 瑞希はすがるような目で母を見上げた。ここ1週間ほどで思い付く限りの誘惑はしたつもりだ。

・誘惑その1
 毎朝のキスだけでは我慢出来なくなり、移動教室でクラスメイトが居なくなるタイミングを見計らってキスを強行。そのまま我慢出来なくなり机に押し倒そうとしたが、誰かが探しに来るよと説得され、仕方なく諦めた。

・誘惑その2
 もう、居ても立ってもいられなくなり、図書室に強引に連れ込んで抱きついた。頭の中がエッチな気分で一杯だったが、邪魔者(先生だが)が入り、彼に逃げられた。

・誘惑その3
 彼がトイレに入るのが見え、気が付いたら後を追い掛けていた。躊躇なく男子トイレに入り、彼を個室に引っ張り込んだ。むき出しの彼のものを見た瞬間に、キレた。自分はもう、完全に出来上がっていたのに、彼の強固な抵抗にあい、断腸の思いで断念した。

 これだけ誘っても、明俊は陥落しなかった。これ以上、どうやって彼を誘惑すればいいのか分からない。場所だけの問題なので、ホテルにでも行けば良いのだろうが、さすがにホテルには抵抗があった。
 明俊を想って毎晩自分を慰めているが、それももう限界だった。むしろ、独りですればするほど明俊が恋しくなっていくのを感じ、このままでは気が狂ってしまいそうだ。

「瑞希、あなた、恋人に抱きついたりキスしようとしたりして誘ってたでしょう?」
「はい、そうですが」
 母の質問に、それが何か? と言わんばかりに瑞希が答えた。
「日阪明俊君…って言ったわね? 彼みたいな男の子は、強引に誘ってもきっと逆効果よ?」
「……この1週間で、それはなんとなく分かりました」
 最初の方こそ強引にいってもエッチに持ち込めたが、最近は通用しなくなって来た。
「そういう時はね、別のアプローチをするのよ」
「なるほど…。して、そのアプローチとは?」
 いよいよ核心に迫り、瑞希は真剣な表情で母を見上げる。
「ズバリ、手作りのお弁当よ」
「手作りのお弁当…!」
 それは、非常に魅力的な提案だ。自分はそれなりに料理には自信がある。彼が自分のお弁当を美味しそうに食べる姿を想像し、瑞希は思わず口元が緩んだ。
「なるほど。いいですね、お弁当…」
 うっとりと夢心地で瑞希が呟く。
「男の人は、美味しい料理の元に帰ってくると言われているの。恋人と肉体的な関係を持ちたいと思うのは分かるけど、こういった繋がりもいいんじゃない?」
「母さん、ありがとうございます。とても良い事を聞きました。早速、明俊君に電話して、明日のお弁当は私が作りますと伝えてきます」
「ちょっと待ちなさい、瑞希」
 鶏肉が入ったビニール袋を握りしめたまま、電話しに向かう瑞希を、志鶴が止めた。
「彼は、いつもお弁当なのかしら?」
「たしか、そうだったはずですが…」
「じゃあ、連絡する必要はないわね」
「何故ですか?」
 事前に伝えておかなければ、彼はいつも通りお弁当を持って来てしまうだろう。そうすると、自分が作ったお弁当と、彼が持参したお弁当の2つになってしまう。
 瑞希の疑問に志鶴が得意げに答えた。
「彼にはあなたのお弁当を食べてもらって、あなたは彼のお弁当を食べるの。そうすることで、彼にはお弁当を食べて貰えて、かつ、彼のお弁当を食べる事で、彼の家庭の味を覚える事が出来るのよ」
 まさに一石二鳥! と志鶴が言い放つ。その言葉に、瑞希はショックを受けた。
「パ…、パーフェクトです! 母さん!」
 まさにパーフェクトミッション、完全作戦だ。と瑞希は感動する。
「ふふふ…。この作戦は、お母さんがお父さんに対して使った作戦なの。効果は実証済みよ」
「母さん…!」
 感激し、手と手とを取って喜びあう母娘を、玄関から発せられた声が現実に引き戻した。
「ただいまー」
「あら、いけない。まだ全然夕飯の支度出来てないわ」
 そう言いながらも、志鶴は一先ず玄関へ出迎えに行く。瑞希も後を付いて行った。
「おかえりなさい。あなた」
「父さん、おかえりなさい」
「ただいま。はい、これ。お土産」
「あら? 綺麗な紫陽花ね」
 志鶴が鞄を受け取り、瑞希が紫陽花の花束を受け取った。
「うん、花屋で見てね。あまりに見事だったから」
 志鶴の夫であり、瑞希の父親である雪雨家の大黒柱、雪雨士郎(ゆきさめ しろう)は、玄関に上がると、花束を抱えている娘の頭をぽんぽんなでる。瑞希は若干眉をしかめたが、特に文句は言わなかった。
 父は会社から帰ると、必ずこうやって自分の頭をぽんぽんするのが日課だった。もう高校生なんですから、子供扱いはしないで下さいと、何度言っても止めなかったので、今ではもう諦めている。
 そんな父を瑞希は見上げ、
「父さん。プランターのバジルを使わせてもらえませんか?」
「ん? いいよ」
 士郎は趣味でプランターにハーブ類を育てている。それらは家族共有の財産として、自由に使っても良い事になっていた。そのため、わざわざ確認を取る娘に、士郎はちょっとした違和感を覚えた。
 父が感じている違和感を察知したのか、瑞希が理由を口にした。
「お弁当に使おうかと思いまして」
「え? 瑞希がお弁当を作るのかい?」
「はい、そうです」
 きっぱりと言い切る娘に、士郎は戸惑いを隠せない。弁当を? 瑞希が?
「ほ、本当に?」
「ええ。こんなことで嘘をつきません」
 うわ、うわ、どうしよう…! 士郎はまるで子供のように顔がにやけるのを感じた。どうやら明日の弁当は、娘が作ってくれるらしい。これはやばい。嬉し過ぎる。士郎は小躍りしたくなる衝動を必死に押える。砕け散りそうになっている父親の威厳を掻き集め、極力平静を装おう。
「そういうことなら、ハーブだろうがなんだろうが遠慮なく使っていいよ」
「ありがとうございます」
 廊下をスキップしそうな勢いで、士郎は寝室に入って行った。スーツを脱いで部屋着に着替え始めるが、興奮のせいか、微妙に手がおぼつかない。
 志鶴は夫が脱いだスーツを受け取ってハンガーに掛けつつ、年甲斐もなく浮かれている夫の様子を、楽しそうに眺めている。
 夫はどうやら勘違いをしているようだ。娘は恋人の弁当を作るつもりなのに、それを自分の弁当だと勘違いしている。
 ふん、ふん♪ と、夫はまるで鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌だ。教えるべきか、黙っているべきか。志鶴は可笑しくなって、くすくすと笑ってしまう。
「ん? どうしたの?」
「ふふっ、なんでもないわ」
 まるで遠足を翌日に控えた子供のように楽しげにしている夫を見て、やっぱり黙っておこうと志鶴は思った。
 この状況で黙っているのは意地悪かもしれないが、娘に恋人が出来たという報告は、やはり本人からするべきだろう。期待している夫には悪いが、ここは黙っていた方が良さそうだ。
 娘を溺愛している夫が、娘から恋人が出来たと報告された時の反応を想像して、志鶴はまた可笑しくなってくすくすと微笑んだ。

 翌日、事の真相を知った士郎が、目も当てられないほど狼狽したのは言うまでもない。

 * * * * *

 そんなこんなで、瑞希が二人分の弁当を作り始めて、そろそろ2週間が経とうとしている、現在。それはすなわち、瑞希が明俊と毎日エッチ出来る環境を手に入れてから2週間が経とうとしている、ということでもあった。

 明俊は教室で、今自分が置かれている危機的状況に渋面を作っていた。
 当たり前だ。こうなることは、予想出来たはずだ。
 明俊は採点されて返って来た小テストのプリントを見て、ため息をついた。マルよりもバツが多く、口にするのも憚れるような点数が付けられている。
 いくら苦手な数学とはいえ、これは酷い。このままでは、来週に行われる期末試験が散々な結果になるのが容易に想像でき、明俊はこの現実から逃げるかのように、点数から目を逸らした。

 こんな点数を取ってしまった原因は分かっている。最近、勉強の時間が極端に減ってしまっているからだ。その理由は、言わずもがなだが、瑞希との付き合い方にあった。
 学校が終わった後、帰宅する明俊に瑞希は当然のようにくっついてきて、明俊の部屋で満足するまでセックスに励むのだ。彼女は一回で満足することはほとんどなく、大抵は二回から三回ほど求めてくる。しかも、その状態が毎日のように続いているのだ。いくら若いとはいえ、これでは体力が持たない。
 自然と明俊は夜早くに寝てしまうようになり、その結果、勉強の時間が減ってしまったわけだ。

 当然、瑞希にセックスの回数を減らす提案はした。せめて3日に1度とか、間を空けない? と提案した所、
「明俊君に抱かれる幸せと心地よさを、もうすっかり身体が覚えてしまいました。なので、3日も間が開くのは耐えられません。オナニーで発散させようとしても、独りですればするほど、逆に余計欲しくなってしまうんです」
 と真顔で言われて、明俊は赤面して二の句を告げることが出来なかった。
 それでもなんとか、身体が持たないから、と訴えてみた所、翌日の弁当がにんにく尽くしになった。教室中ににんにくの匂いが充満し、それはそれは大変だった。クラス中から文句を言われ、理由を説明するわけにもいかず、明俊は心の中で泣きながらクラスメイトに平謝りした。
 瑞希に、涙ながらに勘弁して下さいと懇願すると、翌日の弁当は普通に戻った。しかし3日ほど経って、明俊はあることに気付いた。おかずが牡蠣と大豆とレバーばかりで構成されていたのだ。瑞希に理由を尋ねた所、とんでもない答えが帰って来た。
「これらは亜鉛を多く含む食材です。亜鉛は精液の量を多くするらしいですよ?」
 にこやかに言われて、明俊は卒倒しそうになった。そんな、亜鉛なんて塩酸に入れて水素を発生させるくらいしか知らないよ…。
 そして、「もう、普通のお弁当にして下さい…」と力無く頼み込み、エッチの回数も変わることなく、現在に至る。

 とはいえ、なんとかしないとなあ…と、明俊は机につっぷしそうになる頭を、シャーペンの尻でなんとか支えながら、黒板に目を向けた。
 黒板の前では、教師が小テストの解答とポイントの解説をしている。「この公式は、期末に出るからな。今回の小テストで出来なかったヤツは、きちんと覚えておけよ」と、丁寧に解説してくれているが、明俊はそれよりも、「期末試験が近い」という現実を改めて突きつけれた気分になって、げんなりする。
 ため息をつき、ロクに回らない頭のまま、ノートを取り始めた。

 * * * * *

「3………、2………、1…」
 下校中、明俊の横を、手が触れるか触れないかぐらいの距離で歩く瑞希が、嬉しそうに呟いている。
「……0!」
 同時に、飛び込むような勢いで、瑞希が明俊の腕に抱きついた。
「はあぁ……。幸せです……」
 そして、心の底から嬉しそうに呟き、明俊の腕に頬を摺り寄せる。
「あはは…」
 下校時にいつも繰り返される行動ながら、明俊は思わず苦笑し、乾いた笑いを漏らしてしまう。

 学校から程よく離れた通学路。「日下部フラワーショップ」と書かれた看板が掛けられた電信柱を境に、明俊とのスキンシップが“解禁”されるのだ。
 登校時はこの電信柱を越えると、瑞希は明俊の腕を放さないといけないが、下校時は、この電信柱を越えれば明俊の腕を抱き締めても良いという約束になっている。
「ああ、8時間ぶりの明俊君の腕は、また格別ですね。朝はあの電柱を見ると悲しい気分になりますが、帰りにはとても待ち遠しい気分になります」
 そう言って、瑞希が明俊を見上げる。満面の笑顔に明俊はドキッとするが、瑞希のセリフはどちらかというと、仕事帰りにビールを一杯飲み干して「このために生きてるようなもんだ」と言うサラリーマンに近いものがある。明俊は照れるような可笑しいような、微妙な表情で瑞希を見下ろした。
「ところで瑞希さん、数学の小テストの結果はどうだった?」
 明俊は誤魔化すように違う話題を振った。これは、数学の授業を受けている時からずっと聞こうと思っていたことだった。
「10問中、9問正解でした」
「うわ、すごい!」
 事も無げに言う瑞希に、明俊は驚いた。
「でも、1箇所ちょっとミスしてしまって…」
「いや、それでもすごいよ」
 ほとんど満点なのに、瑞希は自分の出来に不満があるようだ。不服そうに眉をしかめている。
 さすが瑞希さん、学年トップクラスの成績は伊達じゃないなあ…。その様子に、明俊は素直に感心する。
「明俊君はどうでした?」
「あー、いや、その、……4問しか当たってなかった」
「あら、そうだったんですか。明俊君、数学苦手ですものね」
「うん、まあそうなんだけど、ちょっとこれは酷いなあって、凹んでる」
「調子が悪かったんですか?」
「うーん、というかね? あのさ、瑞希さん」
「はい、なんですか?」
「提案があるんだけどさ、いいかな?」
「ええ。──なんですか?」
 歯切れの悪い明俊に、瑞希は不思議そうに小首を傾げながら先を促す。
 明俊は言おうと思っていたことを口にすべく、瑞希に向き直った。
「しばらくさ、その、え、エッチをさ、控え目にしない? ほら、来週期末試験でしょ? だから、それまでは勉強に専念するってことでさ」
「………」
 様子を伺うように途切れ途切れになりつつも、つい早口でまくしたてた明俊の言葉に、瑞希は途端に不機嫌そうにそっぽを向いた。
 瑞希の反応の若干怯みながらも、明俊は諭すように続けた。
「えっと、さすがにこの点数はちょっと気合入れて勉強しないとマズいなあって思って。だから、ね?」
 説得する明俊を、瑞希が覗き込むようにして見上げてくる。
「私は逆に、明俊君とエッチが出来ないとテストに集中出来なくなって、酷い点数を取ってしまいそうです」
「そ、そんな…。今まで平気だったでしょ?」
「今まではそうでしたが、今はもう、明俊君と抱き合えないなんて耐えられません。少しでも長く明俊君と触れあいたいんです。明俊君と身体を重ねている時の幸福感は、筆舌に尽くしがたいほどですから」
 明俊にとって、瑞希のこの反応は、実に予想通りなのだが、実際に言われると、なんというか……物凄く恥ずかしい。腕を強く抱き締め、真直ぐ見上げてくる瑞希を直視出来ず、明俊は恥ずかしさに視線を逸らし、言葉に詰まってしまう。
 言葉を失っている明俊に、瑞希はいたずらっぽい微笑みを向け、付け足す。
「それに、とっても気持ちが良くて、もう完全に明俊君の虜になってしました」
「と、虜って…」
「もう明俊君から離れられないということです。身体が完全に明俊君の味を覚えてしまいましたから」
「あ、味!?」
 腕に身体をぴたりと密着させて言う瑞希の明け透けなセリフに、明俊は顔が急速に火照っていくのを感じた。
 こ、このままではいけない。恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。明俊は慌てて説得モードに入った。

 僕も瑞希さんとエッチするのは、その、好きだけど、やっぱり勉強の時間を犠牲にするのはどうかなと思うんだ。あ、いや、もちろん、瑞希さんとの付き合いをないがしろにするつもりはないよ? でもほら、バランスというかね、勉強と恋人らしい過ごし方の2つは、両立出来るんじゃないかなと思うんだ。と、必死に説得。
「まあ、瑞希さんの成績が下がっていないのに、僕に合わせてもらうのは、もちろん悪いとは思っているんだけど…」
 明俊は心の中で自分の頭の出来を嘆いた。瑞希は別に成績に影響が無いのに、自分はもろに影響が出てしまった。これは自分の頭が問題なのであって、瑞希のせいではない。瑞希との性生活が負担になっているのは確かだが、自分の都合で瑞希に我慢を強いるのは、筋の通らない話だ。
 情けない思い一杯で言った明俊に、瑞希がかぶりを振った。
「明俊君の成績が私のせいで下がるのは、私としても不本意です。…そうですね、期末試験が終わるまで、エッチを控えたほうがいいかもしれませんね」
「え? ホントにいいの?」
 散々説き伏せるセリフを吐いたのは自分だが、予想外にあっさり承諾されて、明俊は少し拍子抜けしてしまう。
「もちろん残念ですが、私は構いません。でも、その代わり、提案があります」
「ごめんね僕のせいで」
 明俊は謝りつつ、なに? と先を促す。
「明俊君の家で、2人で一緒に勉強するのはどうですか?」
 瑞希の提案に、明俊は「なるほど、それはいいね」と即答しそうになったが、一瞬考えてから口を開いた。
「……なるほど、それはいい提案だね」
「ですよね? では早速明俊君の家に急ぎましょう」
 嬉しそうに微笑んで明俊の腕を引っ張る瑞希に、明俊が待ったをかけた。
「でも、勉強するなら学校の図書室の方がいいよね?」
「そうですか? 私は明俊君の家の方がいいと思いますよ?」
 明俊の言葉に、瑞希はキョトンとしたように答えているが、微かに目が泳いでいる。普通では分からない変化だが、気付かない明俊ではない。
 明俊はジト目で瑞希を見つめ返した。
「瑞希さん、駄目だよ? 僕の家で一緒に勉強するなんて言ってるけど、絶対、エッチする気でしょ?」
 この時期の図書室は、放課後に残って勉強している生徒がそれなりにいる。対して明俊の家では、確実に2人っきりになってしまう。そんな状況で、瑞希が大人しくしているとは思えなかった。
 明俊の疑惑の視線に、瑞希はふいっと顔を逸らし、
「そんなことはありません」
「そっぽ向いて言っても説得力無いよ…」
 思わずため息をつく明俊に、瑞希はわざとらしく悲しげに睫毛を伏せる。
「私を信じてくれないなんて、悲しいです…」
「じゃあ、瑞希さんは、僕の部屋で2人っきりで勉強しててもエッチを我慢できる?」
「そんな、私を発情期のネコみたいに言わないでください」
「じゃあ、我慢出来るんだね?」
「………」
「………」
 しばし無言で見つめ合うが、明俊の問い詰めるような視線に耐えられなくなったのか、瑞希が視線を逸らした。
「……もう、明俊君のいじわる。我慢出来るわけ、ないじゃないですか」
 拗ねるように唇を尖らす瑞希に、明俊は苦笑する。やっぱりエッチする気だったか。というか、瑞希は自分で言った「発情期のネコ」というセリフを認めてしまっている。それに気付いて、明俊は瞬間的に顔が熱くなった。
「誰にも邪魔されない環境で明俊君と居たら、エッチしたくなるに決まってるじゃないですか」
 完全に開き直って、さも当然のように言う瑞希のセリフに、明俊は更に顔が火照ってどうしようもなくなり、
「それもどうかと思うよ…」
 と力無く突っ込むことしか出来なかった。

 * * * * *

 とりあえず、「図書室で一緒に勉強」という案で話はまとまった。
 その日から、明俊にとって、実に2週間ぶりとなる休精日が訪れることとなった。期末試験が終わるまでなので、休精期間とも言えるが、とにかく、明俊にとっては勉強に集中出来る期間が出来たので一安心だ。

 瑞希は不満そうだったが、
「瑞希さん、図書室で一緒に勉強するのと、自宅で別々に勉強するのはどっちがいい?」
 と聞くと、明俊を真っ直ぐ見上げて即答。
「明俊君の家で一緒に──」
「却下します」
 そう言うと思った…。明俊はため息混じりに切り捨てた。
「…もう、いじわる」
 瑞希は不満げに目を逸らすと、しぶしぶ、「図書室で2人で勉強する方がいいに決まってるじゃないですか」と答えた。
 思わず心の中で一息つく明俊に、
「その代わりと言ってはなんですが、お願いがあります」
 そう言って、瑞希がいたずらっぽい微笑みを向けてきた。
「な、なに?」
 明俊は思わず身構えた。瑞希がこの表情をする時は、無茶なことを言い出す前兆に他ならないからだ。
 そんな明俊の心配をよそに、瑞希は小首を可愛らしくかしげ、覗き込むようにして見上げて口を開いた。
「明俊君の制服のYシャツか体操服を、しばらく貸してくれませんか?」
「………何に使うの…?」
 前にもこんな展開があったような……まさかアレに使う気じゃあ……。
 嫌な予感全開で、疲れた顔で問う明俊に、瑞希が当然のように答えた。
「オナニーのオカズにしようと思いまして」
「やっぱり……」
 明俊は思わず肩の力が抜け、遠い目をしてしまう。
 予想通りだけど……出来れば外れて欲しかった…。
「なんで突然、お、オカズなんて欲しがるの…?」
「だって、期末試験が終わるまで明俊君とエッチ出来ないんですから、オナニーで発散させるしかないじゃないですか」
「だ、だからって、別に僕の服を欲しがらなくても…」
「駄目ですか? あ、もちろん、私も明俊君にオカズとしてパンツを提供しますよ?」
「要らないから!」
 思わず叫んだ。一体何を言い出すんだ、瑞希さんは……。
 呆れる明俊に瑞希はくすくすと微笑む。
「でも明俊君、私のパンツ好きですよね? 前に気持ちよかったって言ってましたよね?」
「いいい言ってないよそんなこと!」
 咄嗟に否定しつつも、以前、瑞希に渡された(というか仕込まれてた)下着を思い出し、明俊は顔が真っ赤に染まる。
「…というか、もう、お願いだからその話を引っ張るのは止めて…」
 明俊はほとんど泣きそうな勢いで瑞希に懇願するが、瑞希はいたずらっぽい表情を浮かべたまま、更に明俊を追い詰める。
「男の人がどういう風に独りでするか、よく知りませんが、興奮するためのネタは必要ですよね?」
「ネ、ネタって…」
 あまりのセリフに真っ赤な顔のまま呆然と言葉を返す。
「あ、もちろん、私のネタは明俊君ですよ? 明俊君に突き上げられてるのを想像して指でこう…」
「ちょ、そんなこと説明しなくていいからっ!」
「私は、明俊君が私以外のもので興奮して精液を出すのは嫌です。だから、私のを使って下さい」
「いやいや! そもそもするって決まってないから!」
「えー」
「えー、じゃないよっ!」

 そんなやり取りをしながら、最終的には、
「明俊君のYシャツと私のパンツを交換するまで、この腕を離しません」
 などと、とんでもないことを言い出す瑞希に、仕方なく、明俊は承諾した。
 交換しても、別に自分は使わなければいいだけだ。というか、そもそも使うつもりもない。僕はそんな変態じゃないし。……この前のはちょっとした気の迷いだ。うん。
 そう高をくくった明俊だったが、考えが甘かった。

「明俊君のYシャツを抱きしめながらのオナニーは、とっても気持ちよかったですよ?」
 翌朝、瑞希はいきなりこんな報告をしてきた。
 さらに次の日も、
「昨日もまた明俊君のYシャツのお世話になりました。Yシャツに顔を埋めて、明俊君の匂いを胸一杯に吸い込むと、それだけで濡れて来ちゃうんです」
 そしてまた次の日も、
「昨夜は、裸になって明俊君のYシャツだけを着てオナニーしてみました。ちょっと怖いくらい興奮しちゃって、声を我慢するのが大変でした。おかげで今日は少し寝不足なんです」

 毎日毎日こんな調子でオナニーの報告をしてくる瑞希に、明俊はもう、どうにかなってしまいそうだった。
 明俊とて、健康な男子高校生だ。人形のように可愛い彼女が、自分のYシャツで自分をオカズにオナニーしてる様子をこうも生々しく報告されては(しかも「とても気持ち良かった」などと言っているのだ)、性欲の溜まり具合が加速される一方だ。しかも、ご丁寧に彼女に下着まで渡されているのだ。
 夜中、ふとした拍子にスイッチが入ってしまい、発散させたくなってしまいそうになるのを無理矢理押さえ込んだのは、1度や2度ではなかった。
 適当に済ませてしまえば良いものを、彼女にオカズ用にとショーツを渡されている手前、それを使わずに済ませるのは彼女を裏切るようでとても出来なかった。さりとて、彼女の下着を使って発散させることも出来ずに、ともすれば噴き出しそうな欲望を、明俊は持ち前の鋼の生真面目さでもって押さえ込んでいた。

 しかし、困ったことばかりではなかった。
 放課後、毎日のように瑞希と図書室で勉強をしているおかげで、今度のテストはかなり良い成績を修めることが出来そうだった。
 瑞希はさすがに学年トップレベルの成績だけあって、教えるのも上手だった。勉強に集中出来る場所と、分からない所を教えてくれる先生がいる理想的な環境で勉強が出来、1週間足らずの勉強期間だったが、明俊は苦手な数学も随分と理解することが出来るようになっていた。

 * * * * *

「期末試験まで、あと3日ですね」
「うん。こんなに余裕をもって臨めるテストは初めてだよ」
 今日も下校時間ギリギリまで図書室で勉強をし、明俊は確かな手応えを感じながら瑞希と一緒に校門を出た。
 期末試験まであと3日だが、試験範囲はあらかた終わり、後は自信の無い箇所を復習して行くだけだ。
 瑞希さんを家まで送ったら、帰りに本屋に寄って行こう。参考書を買ってこないといけない。
 そんなことを考えている明俊に、瑞希が問いかけてきた。
「明俊君、土日は何か予定あります?」
「ん? 家で勉強してるつもりだけど?」
 今日は金曜日で、週明けの月曜から期末試験がスタートする。明俊はこの土日は自宅でがっつり勉強するつもりだった。
「では、私も明俊君の家で勉強します」
「よし、じゃあ、街の図書館にでも行こうか?」
 即答する明俊に、瑞希は唇を尖らせた。
「明俊君、最近いじわるです。そんな即答しなくてもいいじゃないですか」
「瑞希さんだって、断られるの分かってるクセに…」
「話の勢いで“うん、いいよ”って言ってくれるかなと」
「言わないから。そもそもそんな話の流れじゃ無かったでしょ…」
「冗談ですよ」
 絶対に冗談じゃないと思う…。しれっと言う瑞希に、明俊は思わず疑いの眼差しを向けてしまう。
 そんな明俊を知ってか知らずか、瑞希はにこやかに微笑んで楽しげに言う。
「では、私の家で一緒に勉強しませんか?」
「え? えーっと…」
 突然の提案に明俊は口籠った。
 瑞希と一緒に勉強するのは、大いに助かる(2人っきりという状況は除くが)。それは、ここ1週間の図書室での勉強の成果が物語っていた。でも、週末に彼女の家に行くと言うことは──
「父も明俊君に会いたがっていますし、どうですか?」
「あー…。そ、そうなんだ…」
 そうだ。恋人の父親と面会という重大なイベントが発生してしまうわけで。もちろん、明俊もいつかは挨拶に行きたいと思っていたが、なかなか思い切りが持てないというか、踏ん切りが付かなくて今日まで挨拶出来ずにいた。
「土日は父も母も家に居ますから、何もしませんよ。襲ったりしませんから安心して下さい」
「そ、そういうことを心配してるんじゃないよ」
 逡巡していた明俊に、何を思ったのか瑞希がそんなことを言ってくる。明俊は慌てて否定した。
「私としては、明俊君の方から襲いかかってくれると嬉しいのですが…」
「そんなことしないからっ!」
 いたずらっぽい表情でそんなことを言ってくる瑞希はとりあえず置いておいて、明俊は思い悩んだ。急に恋人の家族と対面するのは心の準備が出来ないと言うか、正直、先に延ばせるなら延ばしたいところだが、むしろ、現在の「テストの勉強をしに行くついでにご挨拶」というやつは、なかなか都合が良いシチュエーションではないだろうか。
 挨拶が主目的ではないため、幾分、気軽だし、何より勉強をしに行くという所が学生っぽくて良い印象を与えるのではなかろうか。
 それに、今日のように、瑞希の帰りを毎日のように遅くしている状況のまま、挨拶も無いというのは、さすがにまずいと思われる。明俊は腹を括った。
「…うん、じゃあ、瑞希さんの家に行くよ」
「本当ですか? 嬉しいです」
「うん、瑞希さんのご両親にも挨拶したいと思ってたし」
 嬉しそうに微笑んでこちらを見上げる瑞希に、明俊は照れくさくなって頭の後ろを掻いた。

 * * * * *

 会社帰りにふらりと立ち寄った本屋で、彼を見つけた。
「やあ、今帰りかい?」
「あ、どうもこんばんは」
 少年はいつものように人の良さそうな笑みを浮かべて挨拶を返してきた。
 あの紫陽花を買った時から、3週間ぐらい経つだろうか。彼とはあれからも何度か花屋で顔を合わせ、世間話をするぐらいの仲になっていた。
「最近、“日下部”に居ないね?」
 日下部とは、私の行きつけの花屋で、正しくは日下部フラワーショップという。私が彼から紫陽花を買ったのもその店だ。
「ええ、来週から期末試験なんです。なので今週はずっと放課後に学校に残って勉強してました」
「ほう、それは偉いね」
 感心して言う私に、彼は「いえ、出来が悪いからですよ」と困ったような笑みを浮かべた。「でも、ちゃんと勉強してるのは偉いよ」と言うと、彼は照れくさそうにはにかんだ。
「参考書でも買いに来たのかな?」
「あ、はい、そうです。──あ、これは…」
 彼は慌てた様子で手にした本を棚に戻した。彼の小脇には数学の参考書と思われる本が抱えられているが、今、彼が棚に戻した本は参考書の類ではなかった。
 バツが悪そうな様子の彼に、私は微笑ましくなった。
「まあ、確かにその本は学校の勉強には直接役に立たなそうだけど、とても良い本だよ」
 彼が棚に戻した本は、植物観察についての本で、私のバイブルでもあった。
「この本、ご存知なんですか?」
「うん。この著者は植物学の権威らしいね。私が植物に興味を持ったのも、この本を読んでからだよ」
 ちょっとした図鑑くらいの大きさのその本を棚から取り出すと、ずしりと慣れた重さが手にかかる。
 この本は、学術的なことよりも、植物の生態と観察する楽しさを全面に押し出した本で、私が大学を卒業したころに出た古い著書だが、未だに本屋に並んでいる本だ。
 植物学は日進月歩で、常に新種の発見や新説の発表がある分野なので、図鑑などの本はどんどん時代遅れになってしまうが、この本は「植物観察の楽しさ」という普遍的なテーマを記してあり、ベストセラーというわけではないが、長く本屋に留まる定番の書となっているようだ。
「お薦めだよ。機会があったら読んでみるといい」
「あ、実は持ってるんです。僕が産まれる前に出た本なのに、まだあるんだなあと思って」
「ああ、なるほどね」
 言われてみれば、この本は一部では有名な本だし、彼が持っていても不思議ではない。むしろ、これまでの彼との会話で、彼がどれくらい植物が好きかは理解していたので納得した気分だ。
「この本は私が大学を卒業したころに出たから、もう18年ぐらい前だね」
 私はなんとなく嬉しくなって、パラパラと本をめくった。
「あ、すみません。それじゃ、僕はこれで…」
「ああ、悪いね、引き止めちゃって」
「いえ、そんな」
「勉強、頑張って」
 参考書を抱えて、「ありがとうございます」とぺこりと会釈をしながらレジに向かう彼を見送って、ふと思い出した。
 そういえば、ウチの娘もテストが近いというようなことを言っていた。最近娘は彼氏と放課後に学校で勉強しているらしい。私はまだ娘の彼氏を見たことがないが、「可愛らしくて、礼儀正しい少年だったわよ」とは妻のセリフだ。
 娘が選んだ男だ。恐らくは妻の言う通りに好青年なんだろう。しかし、娘を信じていないわけではないが、どうにも心配だ。今度連れてくるように言ったが、まだその機会が訪れていない。
「そういえば、また名前を聞くのを忘れたな…」
 つい独りごちて、少年が去った方向に目を向ける。娘の彼氏も、あの少年くらい純朴そうで人が良ければいいのだが…。
 そんなことを考えながら、私は背表紙に“日阪秋生”(ひさか あきお)と記された本を棚に戻した。

 * * * * *

 約1ヶ月半ぶりに入った瑞希の部屋で、明俊は大きく息を吐いていた。落ち込んでいるわけではない。安堵しているのだ。

 土曜日の午後1時半。長期間放っておいた砂糖のようにガチガチに固まり、緊張した状態で雪雨家を訪れた明俊だったが、瑞希の父親である雪雨士郎と対面して、ぽかんと放心してしまった。士郎の方も驚いたらしく、2人仲良くぽかんとしてしまった。
 お互い、日下部の常連客で顔は知っていたが、名前を知らなかったので起きてしまった、妙なすれ違いだった。
 ああ、なんだそうだったのか、驚いたよ。こちらこそ、そうだったんですね、驚きました。と何とも間の抜けた事を言いあって、改めて自己紹介をした。
 士郎は明俊の名字を聞いて驚き、日阪秋生は自分の父であると告白すると、さらに驚いた。
 何の話をしているのか良く分かっていない瑞希と志鶴をそのままに、明俊と士郎は植物談義に文字通り花を咲かし、2人の世界に突入。そのまま15分が過ぎようとした辺りで、「明俊君は私と勉強しに来たんです。父さんは引っ込んでいて下さい」と、瑞希の静かな怒りが炸裂し、明俊は引きずられるようにして瑞希の部屋に連行された。
 腕をきつく抱かれて、階段を引きずられるように登っている明俊が後ろを振り返ると、愛娘に突き刺さるような視線を投げられ、ショックでへたり込んでいる士郎が、志鶴に困ったような笑顔で慰められている所だった。

 そんなこんなで瑞希の部屋で勉強することになったのだが、明俊は密かにため息をついて声をかけた。
「あの、瑞希さん」
「なんですか?」
 左下から、やや固い口調で答えが返ってきて、明俊は少し身体を仰け反らせた。
 瑞希はシンプルなワンピースにカーディガンを羽織った格好で、綺麗な黒髪をポニーテールのように後ろで縛っている。
 見慣れない私服の瑞希に、明俊はどぎまぎしながら控え目に口を開いた。
「いや、左腕を抱かれていると、勉強し辛いんだけど…」
「駄目です。離しません」
 そう言って、瑞希はより強く明俊の腕を抱き寄せる。
「でもほら、こんな体勢じゃ、瑞希さんも字が書きにくいでしょ?」
 瑞希は明俊の左腕に自分の右腕を巻き付け、明俊に寄り掛かるようにしてノートを取っている。小さなテーブルに2人で並んでいるため、お互いのノートが重なりそうだ。
 明俊が困惑している原因はそれだけではない。瑞希の小さな体をゆったりと包むワンピースは、密着している明俊の位置から見ると胸元がきわどい所まで覗き、目のやり場に非常に困ってしまうのだ。
 ほとんどふくらみが無いせいで、すべすべした真っ白い胸元が下のほうまで見えてしまって、ひどく艶かしい。
「私は平気です」
「ああ、そう…」
 即答され、明俊は諦めて自分のノートに向き直った。
 えーと、なんだろうこの状況は…。明俊は微妙に頭が混乱して思わず遠い目をしてしまう。
 瑞希さんは、瑞希さんのお父さんに対してやきもちを焼いているのだろうか…。
 そんな馬鹿な。と思いたいが、先ほど瑞希を放っておいて2人で語り合っていたのが気に入らなかったらしい。瑞希はさっきからずっとこの調子で明俊の腕を放そうとしなかった。
 瑞希の体温を左から感じ、微妙に落ち着かない明俊が、なんとか目の前の参考書に意識を集中しようと四苦八苦している所に、志鶴がノックと共に入って来た。
「あらあら、そんなにくっついたら勉強出来ないんじゃないの?」
「平気です」
 明俊が口を開く前に、瑞希が答えた。
 どことなく、邪魔しないで下さい。と聞こえてきそうな口調で言う娘に、志鶴がくすくすと微笑む。
「瑞希、お母さんとお父さん、ちょっと買い物に行ってくるわね。…そうね、2時間ぐらいかかるかしら」
 え? ……えええ!?
 突然の意味深な志鶴の言葉に、明俊が慌てるが、
「3時間かけてきて下さい」
「ちょっ!」
 瑞希がさらに明俊を慌てさせる。
「ふふ、分かったわ。じゃあ5時頃に帰ってくるから、お留守番よろしくね。明俊君、娘をお願いね?」
「いや、あのっ」
 志鶴は明俊の言葉を待たずに、いつもの微笑みのままドアを閉めて出て行ってしまった。
 階下から、何やら士郎の声が聞こえるが、ガチャ、バタンと玄関が閉まる音が聞こえ、家中が静寂に包まれた。
 え? ちょっと待って…。ええ!?
 明俊は突然の状況に動揺を隠せない。な、なんでいきなり瑞希さんと2人きりになってるの!?
「さすが母さん。話が分かります」
 独り言のように呟く瑞希の声で、明俊は我に返った。
「いや、あの、瑞希さん?」
「2人っきりになっちゃいましたね? 明俊君」
 そう言って、瑞希が明俊に寄り掛かってくる。
「いや、いやいやいや! 駄目だからね? テスト終わるまではエッチしないって約束だったでしょ!?」
「いえ、エッチを控えると言っただけで、しないとは言っていないはずです」
「でも、ほら、」
「誰にも邪魔されずに、2人きりになったら、我慢出来ないって、言いましたよね?」
 明俊の言葉を遮って、瑞希が迫る。興奮しているのか、セリフが途切れ途切れだ。
 明俊は慌てて、
「いやいや! 我慢するのも大事だとおも…んぅ!」
 口をキスで塞がれて、押し倒された。

「んっ…、は、ちゅ、んぅ、はぁ…」
 口の周りを涎でべとべとにしながら、瑞希が顔を離す。目は潤み、顔を上気させ、瑞希は完全に出来上がっているようだ。
「あは。明俊君の、すごく大きくなってますよ?」
 嬉しそうに微笑みながら、ズボンのなかで張り詰めているものを手でさする。久しぶりの刺激に、明俊は呻いて身体を仰け反らせてしまう。
「だ、駄目だよ。瑞希さん」
 それでも、微かに残った理性で抵抗を試みるが、口だけで身体は言葉通りには動かない。我ながら説得力のない有り様だが、それでも言わずにはいられなかった。
「もう駄目です。我慢の限界を超えちゃいました」
 潤んだ瞳で明俊の目を見つめながら、瑞希がカチャカチャと素早い手付きで明俊のベルトを緩め、陰茎を露出させた。
「ぅわ、ちょっ」
「はあっ…。明俊君の久しぶりです…」
 雄々しく起立している肉棒を見つめながら、瑞希が嬉しそうに呟き、明俊にのしかかる。
「私もう準備出来てますから、入れちゃいますね?」
 言うなり、右手で明俊のものを支え、左手でワンピースをたくし上げ、下着を横にずらすと腰を沈めて行く。
「ああああ…! 気持ちいい…」
 途端に瑞希は歓喜の声をあげた。瑞希の小さい身体に、明俊の張り詰めた剛直が飲み込まれていく。
 余程興奮しているのだろう。前戯も何もしていないのに、瑞希のそこはすっかり潤っており、すんなり肉棒を受け入れている。
「はあっ……。実は、さっきからずっとお腹の奥が疼いていて、下着まで染みてきていたんです」
 上気した顔で明俊を見つめ、微笑む。
「では、動きますね? んっ!」
「うぁ、瑞希さん、ゴム、付けないと」
「あ、んっ…。駄目、ですっ。もう、入れちゃいましたから…はぁっ」
 瑞希は明俊の肩に手を置いて、貪欲に腰を揺さぶる。ワンピースで隠れた結合部から、ぐちぐちと淫らな水音が響き、明俊の理性を削っていく。
「ああ気持ちいい…! 明俊君のすごい気持ちいいです。んあ、はあっ」
 至近距離で、瑞希が蕩けた表情で微笑みかける。その淫靡な表情と熱い吐息に、明俊はとうとう居ても立ってもいられなくなった。
 弾かれたように瑞希を抱き寄せ、唇を貪る。
「ん、ちゅ、はぁ、んぅ、ちゅっ…」
 お互いの口内で舌を絡ませあい、だ液が熱い吐息と共に隙間から漏れる。
「はぁ…。明俊君、もっと…。んぅ」
 一旦離した口を、また瑞希が貪ってくる。そうしながらも、腰を淫らにくねらせ、明俊の肉棒を味わっている。
 人形のように小さく可憐な彼女が、快楽を求めて本能のままに動く姿は計り知れないほど催淫的だ。
 明俊は瑞希と交じわる度にこの光景を目にしているが、何度見ても慣れることはない。むしろ、冷静に観察すればするほど、瑞希が如何に欲情して自分を求めているかが分かり、回を重ねるごとに明俊は瑞希に夢中になっていった。
 瑞希の方も、それは同じだった。付き合い始めて1ヶ月半ほどだが、すでに飽きるほど明俊と身体を重ねている。しかし、愛しい人との情事は回を重ねるごとに心地よくなっていき、どこまでこの気持ちよさが高まるのか、瑞希はもう、怖いくらいだ。
「ちゅ、んぅ…明俊君、気持ちいいです…。ああっ…腰とけちゃう…」
「瑞希さん、いやらしすぎだよ…」
「は、あんっ…。だって、明俊君のが久しぶりで、気持ちよくて、ああ、んっ…」
「僕だってこの1週間我慢してたのに…。もう、止まらないからね」
「はい、止めないで下さい。もっと、はあっ!」
 瑞希の声を待たずに、明俊が腰を激しく突き上げ始めた。途端に瑞希が仰け反る。
「あッ! あッ! いい、奥、当たって…。気持ちいいッ!」
 上下に激しく揺さぶられながら、瑞希が悶える。
「きもちいっ! あ、んッ! そこ、そこいいですきもちいい! あはぁッ!」
 身体を若干後ろに倒し、前の壁を激しく肉棒で擦り付けられ、瑞希が髪を振り乱して快感に耐える。明俊が与えてくる刺激に、膣が悦んできゅうきゅう締まるのが自分でも分かる。腰の奥が急速に熱を帯び始め、熱い粘液がとろとろと溢れてくる。
「あッ! ん、ふあッ! ああ、嬉しい……! 明俊君、嬉しいです」
 久しぶりに愛しい彼と結ばれ、瑞希が歓喜に震える。
「ああ……ッ、明俊君、好きっ、好きっ、好きっ」
「瑞希さん……ッ!」
「あ、ふあッ、気持ちいいッ! ああ嬉しい気持ちいい明俊くぅん……ッ!」
 整った顔を淫らに蕩けさせ、瑞希が腰をくねらせる。
 ずっと我慢していただけに、身体を重ねる気持ち良さと嬉しさをいつも以上に感じ、瑞希は急速に登りつめて行った。
「あーッ! あーッ! 気持ちいッ! ああ明俊君、も、イキそ、ですっ。わたしもうッああきもちいーッ!」
「んっ、いいよ、僕も、出すから…ッ」
「あーッ! ああーッ! イキそッ! もうイッちゃう!」
 口の端から涎を垂らし、どうしようもない快感に瑞希が耐える。一方で、がくがくと腰をはしたなく揺さぶり、更に快楽を貪ろうと動いている。
「ああどうしようすごいきもちいーッ! あッ、ああーッ!」
 腰の奥から沸き上がる快感に、瑞希はもう、腰も頭も蕩けてどうしようもなくなって、明俊に必死にしがみつく。
「ああッ! やあッ! こし、なか、あああッ! ゃあああーーッ!」
 もう気が狂いそうなのに、腰の動きが止まらない。まるで腰だけが別の意志を持っているかのように勝手に動き、瑞希を更なる高みへ誘う。
「あーッ! あーッ! あーッ! きもちいダメもうイッちゃうああイクぅ…ッ!」
 限界をとっくに超えた快楽が、瑞希の神経を1本残らず焼き尽くすような勢いで、腰の奥で弾けた。快感の津波が瑞希の全身を襲う。
「ああイク! イクぅ……ッあああああーーーー!!」
 瑞希が絶頂に達し、仰け反ると同時に、
「くっ! 出るっ!」
 明俊は最後の理性で瑞希の腰を掴み、ペニスを引き抜いた。その刹那、弾かれたように肉棒が跳ね、精液を噴き出した。
「あ、ああああッ…! 明俊君の精子…ッ」
 溜まりに溜まった1週間分の精液を全身に浴び、瑞希が震える。
 久しぶりの射精の勢いは凄まじく、服だけでなく、顔にまで精液が飛び散ってしまっている。
「ご、ごめん!」
 我に返った明俊は慌ててティッシュを抜き取り、瑞希に飛び散った精液をぬぐい取った。
 中に出すのだけは避けなくてはと思うあまり、ペニスを引き抜いた後の事まで頭が回らなかった。
 瑞希は荒い息をつきながらぐったりした様子でなすがままにされているが、頬に付いた精液を指ですくい取ると、無意識のうちに口に含んでいた。
「はぁ…、はぁ…。んっ…思ったより、ヘンな味ですね」
「な、なにやってるの!? なめちゃ駄目だよ!」
 慌てる明俊をそのままに、瑞希はまた指で顔に付いた精液をすくい取る。
「でも、クセになりそうです」
 言いながら、ぺろぺろと指に付いた精液を子供のように無邪気になめ、
「はあっ…。凄い匂いです。頭が痺れそう…」
 と恍惚とした表情で身体を震わせる。
 その様子に、明俊の心臓が大きく跳ね、精を吐き出して萎えかけた肉棒に再び血液が集まるのを感じた。
「はぁ、はぁ、ね、明俊君、もっと…」
 息が荒いのは、激しい絶頂の余韻だけではない。強烈な精臭に、瑞希は頭の中が情欲一色に染まり、興奮のあまり自然と息が荒くなっていた。
「もっと、精液下さい……。ね?」
 精液に完全に酔ったかのように、瑞希がとろんとした表情で明俊に迫る。
 明俊は唾を飲み込むように頷いた。

 * * * * *

「紫陽花の、花言葉を知ってるかな?」
 たっぷり3時間かけた買い物の帰り、疲れたように呟く士郎に、志鶴がきょとんとした。
「“元気な女性”って、この前あなたが言っていたじゃない」
「いや、そうなんだけど、その他にも花言葉があるんだ」
 花言葉は大抵は複数あり、紫陽花も例外ではなかった。
「あら、どんな?」
「“移り気”。……ああ、瑞希はもう、父さんよりも彼氏がいいんだね…」
 さめざめと泣きそうになっている夫に、志鶴が呆れたように答えた。
「あら。あなただって、明俊君の事気に入ってるじゃない」
 それに、移り気も何も、瑞希は夫を父親以上に思っていないのだから、その表現は適切でない。が、それは黙っておくことにした。夫も分かっていて言ってるのだろう。単に寂しいだけなのだ。
「それはそうなんだけどさ…」
 元気なく呟く夫に、志鶴はむくれたように声をかける。
「わたしはずっとあなた一筋よ? それじゃ不満?」
 途端に、さっと士郎の顔に赤みが走る。
「い、いや、そういうわけじゃないよ」
「ならいいじゃない」
「う、うん」
 仲睦まじく重なった影を引きながら、士郎と志鶴が娘とその恋人が待つ我が家の玄関をくぐった。

 * * * * *

「終わったあぁあーーー!」
 期末試験の最後の教科が終わり、教室中が歓喜の声に包まれた。気の早い生徒は既に帰り支度を始め、友人達と放課後の予定について楽しげに話し合っている。
 明俊がほっと一息付いて、固い背もたれに身体を預けると、
「明俊君、どうでした?」
 すでに鞄を持って、帰り支度が済んでいる瑞希が、明俊に話しかけてきた。
「うん、結構出来たんじゃないかと思う。瑞希さんは?」
「私も、特に問題ありませんでした」
 まあそうだろう。昨日までの試験内容を2人で自己採点を行った所、瑞希は全教科ほとんど満点に近い成績だった。今回もきっと明俊が見たことがないような点数になっているに違いない。とは言っても、明俊自身も今までよりも随分と良い点数を取ることが出来た。瑞希と勉強したおかげだろう。
 ……この前、瑞希の家に勉強に行った時は、結局ほとんど勉強せずに時間ギリギリまで貪りあい、愛欲に溺れていたため、一時はどうなることかと思ったが、杞憂だったようだ。

「さ、帰りましょう。明俊君」
「あ、うん。ちょっと待って」
 瑞希に急かされるように鞄に荷物を詰め、明俊は席を立った。
 今日は、これから瑞希の家で夕飯をご馳走になる予定なのだ。明俊は瑞希の父にも母にも気に入られたようで、試験が終わった慰労にと夕食に招待してくれた。
 ちなみに、この前瑞希の家で一緒に勉強した時も、夕飯をご馳走になった。その時の夕飯はあろうことか赤飯だった。
 瑞希の母がにこやかに言った「おめでとう、瑞希」というセリフに明俊は気が動転し、ロクに味が分からなかったのを憶えている。勉強しに来たのにセックスに耽っていたのは完全にバレていた。
 瑞希の服装は変わっているし、部屋中にファブリーズの匂いがしてるし、風呂も使用した後が残ってる。これだけ状況が整っていてしていないなんて説得力がなさ過ぎる。
 嬉しそうな瑞希ママとは対照的に、明らかに空元気と分かる態度の瑞希パパに、明俊は、視線を向けることが出来ず、その時の夕飯中、ほとんどうつむいて顔をあげることが出来なかった。

「あ、そうだ。忘れないうちに渡しておきますね」
「え? なに?」
 瑞希の家が近くなったところで、思い出したかのように瑞希が言った。
 不思議そうな顔で見下ろす明俊の横で、瑞希は自分の鞄を漁り、半透明のカプセルを取りだす。
「はい。どうぞ」
「え? フィルムケース?」
「はい。そうです」
 にこやかな顔の瑞希に手渡され、つい受け取ってしまったそれは、まさしくフィルムケースだった。
「え? これが何?」
 わけが分からず、明俊は戸惑う。それもそのはずで、フィルムケースには肝心のフィルムがなく、ケースだけだった。無論、中身には何も入っていないように見える。
 頭に?マークを浮かべる明俊に、瑞希はいたずらっぽい微笑みを浮かべ、とんでもないことを言い出した。
「それに、明俊君の精液を入れてきて欲しいんです」
「はあ!?」
 明俊は思わず素頓狂な声をあげてしまう。え? な? ええ!? 精液!?
「ちょ、な…、せ、い液なんて、な、何に使うの!?」
「この前、明俊君とエッチした時になめた精液の味が、忘れられなくて」
「な!? あ、味って…」
「この前のエッチの後始末で使ったティッシュ、まだ残してあるんです。明俊君の精液が染み付いて、凄い匂いで…」
 瑞希は一旦言葉を切ると、頬に片手を当て、うっとりとした様子で続ける。
「あの匂いを嗅ぐと頭が痺れて、物凄く興奮するんです。でも、もうあの時のティッシュは匂いが無くなってきてしまったので、新しいのが欲しいなあと思いまして」
 まるで、誕生日のプレゼントを欲しがるような調子で言う瑞希に、明俊はもう、呆然として口をぱくぱくさせることしか出来ない。
「駄目ですか?」
「駄目って言うか、その…」
 突拍子がないにも程がある瑞希の要望に、明俊はどう答えていいか分からず、口籠る。
「あ、今までのように毎日エッチしてくれるなら、別にいりませんよ? 逆に、そうでないのなら、フィルムケースに精液を下さい」
 う、そう来たか…。瑞希の2択に、明俊は頭を抱えそうになった。
 テスト前のように、毎日のようにエッチするか、精液をオカズとして提供するか。
 恋人に迫られる2択とは思えない内容だ。明俊は思わず現実逃避したくなるが、瑞希が急かすように腕を抱き締めてくるので、仕方なく思案する。

 精液をフィルムケースに入れて渡すなんて、恥ずかしいにも程がある。だが、毎日エッチするよりは身体には優しそうだ。
 明俊の心がフィルムケースに傾いた時、瑞希が口を開いた。
「明俊君の精液が入ったフィルムケースを持っていると、我慢出来なくて学校でなめちゃいそうです」
「ちょっ!」
 明俊が慌てて瑞希を見ると、いたずらっぽい微笑みを浮かべていた。
「あ、放課後に渡す、なんて事言わないで下さいね?」
 にこやかな顔で釘を刺され、明俊は瑞希の魂胆が読めた。無理な提案を突き付けることで、毎日エッチする方向へ話を持って行くつもりだ。
「どうします? 私としては、フィルムケースでもエッチでも、明俊君の精液を味わえれば満足なので、どちらでもよいですよ?」
 いつものようにいたずらっぽい微笑みで覗き込むように見つめられ、明俊は、
「と、とりあえず、エッチの方向で…」
 と力なく、小さな恋人に屈した。
「ふふ、良かった」
 嬉しそうに微笑んで、より強く腕を抱き締めてる瑞希に、明俊は照れくさくなって視線を逸らした。
 ふと、道ばたに咲いたちょっと季節外れの紫陽花が目に入り、その花言葉が脳裏に浮かんだ。
 ……ああ、これはまさに、今の自分と瑞希にぴったりな花言葉だ。

 瑞希の場合はもちろん、“元気な女性”。そして、明俊の場合は“耐える愛”。

終わり






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