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同級生型敬語系素直クール その5

 2年C組、女子出席番号15番、雪雨瑞希(ゆきさめ みずき)は、とてもとてもご機嫌だった。
 外見はいつも通り無表情で、背筋をしゃんと伸ばし、教壇の上で話をしている担任の先生をちゃんと注目しているように見える。
 隙の無い優等生然とした様子だが、その内心は激しく浮き立っていた。
 級友によってポニーテールに結ばれた、綺麗な黒髪を微かに楽しげに揺らし、机の上で組まれた白く細い指がリズムと取るかのように動いている。ミルク色の透き通るような白い頬にも微かに赤みが差し、口角もほんの少しだけ上がっている。
 これらの瑞希の様子は、クラスメイトにとっては全く気付くことが出来ない変化であり、親しい友人たちにとっても、いつもよりは機嫌が良いことを察することが出来る程度のものに過ぎない。
 しかし、ただ一人、瑞希のクラスメイトであり恋人でもある、2年C組、男子出席番号12番、日阪明俊(ひさか あきとし)だけは、瑞希の心情を正しく読み取っていた。

 彼女の様子は、まさしく上機嫌そのものだった。特上と言っても差し支えないかもしれない。
 それは、明俊が背中に冷や汗をかいてしまうほどのご機嫌ぶりで、彼は思わずチラチラと彼女のほうを盗み見てしまう。
 自分の恋人が上機嫌なのは、世間一般的には非常に喜ばしいことであり、明俊にとってもその常識にはなんの疑いも持っていないが、彼はこれまでの瑞希のとの付き合いで、彼女の規格外のご機嫌さには一抹の不安を禁じえなくなっていた。
 なぜならば、彼女が上機嫌の時は、大抵無茶な要求をしてくる前兆(または既にしてきた結果。ちなみにまだその要求はされていないので、この場合は前兆となる)であり、明俊はそのたびにいろいろと苦労するハメになるからだ。それゆえに、彼女のご機嫌ぶりは今日に始まったものではなくここ数日ずっと続いているものにもかかわらず、明俊はその原因を尋ねることが出来ずにいる。
 無論、気にはなるが、こちらが予想だにしていない答えをしてきそうで、怖くて聞けないのだ。
 ……一体、なんだろう? 明俊は思い巡らせた。瑞希をそこまで上機嫌に駆り立てているものは、一体なんなのだろうか? 自分には身に覚えが無かった。
 もちろん、細かな覚えはある。例えば、つい2週間ほど前に瑞希の両親に正式に恋人として紹介されて歓迎されたことや、先週、ほとんど始めてとなるデートに出かけ、瑞希とともに楽しんだことなど、彼女の機嫌が良い理由はいくらでも挙げることは出来るだろう。
 しかし、あの上機嫌ぶりはどうだ。とてもそういった細かい(明俊にとってはどれも大きな出来事ではあったが)イベントの結果とは思えない。
 一体何が瑞希さんを……と、明俊が半ばぼーっと彼女を眺めていると、突然、瑞希が明俊の方に視線を向けた。
 不意に目が合い、明俊は少し驚いたが、瑞希の表情を見てさらに驚いた。
 瑞希は明俊と視線が合うと、少しはにかんだような、無邪気な笑顔を返してきた。
 いつものいたずらっぽい笑顔でも、たまに見せる満面の笑顔でもなく、ふにゃっと崩れたような無邪気な笑顔は、初めて見る表情だった。
 そして、その表情のまま「どうしました?」というように僅かに首を傾げてくる。
 それに対して明俊が「なんでもないよ」と微苦笑しつつ目で返すと、瑞希は「もしかして……」と、せっかくのレアな笑顔をデフォのいたずらっぽい微笑みに変え、「シたくなっちゃいました?」と表情で返事をよこした。
 明俊が慌てて「いやいやいや!」と首を振って返すと、瑞希は「明俊君がシたいなら、私はいつでも良いですよ?」といたずらっぽい視線で答える。「いや、だから……」と明俊がため息で返そうとしたところで──

「こら。日阪と雪雨。なにを余所見している」
 担任の先生に見つかった。担任の戸粕(とかす)先生が片眉を上げて教壇から見下ろしている。
 まだ二十代後半の女性教師は、スラリとした長身に、いつものようにダークスーツをビシッと着こなし、ワンレングスの黒髪を重くならない程度に流している。控え目なナチュラルメイクと隙のない佇まいが、高校教師というよりも、まるで映画に出てくる特務機関のエージェントのような印象を受ける。一口で言ってしまえば、「格好良い女性」だ。

 先生に注意されたことで、クラスメイトの注目を浴びてしまった。
 う、しまった! 明俊は泡を食い、「す、すみません」と謝ろうとしたが、先に瑞希が口を開いた。
「すみません。目と目で通じ合っていました」
「ちょっ!」
 言わなくていいことまで口にする瑞希に、明俊はさらに慌てた。途端に教室中がざわつき、顔に血液が集中する。
「ラブラブなのは結構だが、今はホームルームだ。ちゃんと先生の話を聞くように」
 瑞希の場違いなセリフにも眉ひとつ動かさず、戸粕先生が平然と注意を返した。
「はい」
「は、はい。すみません……」
 平然と答える瑞希と、それとは対照的に真っ赤な顔で明俊が謝る。なんかラブラブとか言われてるし、ああもう、先生にはなるべく悪い印象与えたくなかったのに……。
 明俊の心配をよそに、担任がなんでもないことのように告げた。
「気持ちは分かるが、そういうのは休み時間にやりなさい」
「はい。分かりました」
 瑞希もなんでもないかのように頷く。
「しかし、目と目で通じ合うとは、なかなかの関係だな? 雪雨」
「先生のおっしゃる通り、ラブラブですから」
「ちょっ!」
 またもや余計なことを言い出した瑞希に、明俊が慌てるが、次の担任の発言でさらに驚くハメになった。
「ふむ。日阪、そうなのか?」
「ぅええ!?」
 唐突に聞かれて、明俊は変な声を上げてしまった。
「生徒のプライベートに立ち入るつもりはないが、担任として生活態度は把握しておきたいからな」
 平坦に告げ、「どうなんだ?」というように教壇から明俊を見つめて答えを促してくる。
「えっと、その……」
 ……え? え? なに!? なんなの!? なんでこんな羞恥プレイ受けてるの僕は!?
 突然訪れた危機的状況に、明俊は思考回路がショートしそうになった。真っ赤な顔で呆然と担任を見ると、いつものように真面目な顔でこちらの答えを待っている。
 どうやらこの女性教師は大真面目に質問しているようだ。からかっているような雰囲気は微塵も感じられなかった。
 いつも淡々とした様子の教師だが、まさかここまでマイペースだとは思わなかった。
 周りから漏れ聞こえる含み笑いと、「にくいのぅにくいのぅ」とか「ギギギ」など友人たちのやっかみ(なのか?)のセリフで、恥ずかしさのあまり眩暈がしてきた。
 助けを求めるように瑞希の方へ目を向けると、じっと問い詰めるような視線を送っていた。「もちろん、ラブラブですよね?」とその目は雄弁に語っている。
「えっ……と、その、あの……」
 四面楚歌の中、茹ダコよりも真っ赤になって消え入るような声で「そのあの」と繰り返すことしか出来ない明俊に、思わぬ方向から救いの手が差し伸べられた。

「先生」
 すっと挙げられたその手は、明俊の斜め後ろの席に座っている女子生徒のものだった。
「何だ、刃庭」
 その女性生徒、刃庭奈々(はにわ なな)が、まるで、学級会で意見を述べるように、ハキハキとした調子で言い募った。
「そういう質問は、今度の二者面談でしたほうが良いのではないでしょうか?」
「ふむ?」
「生活態度を把握するのが目的ならば、ここで聞く必要はないと思います。面談の時に個別で質問した方が、日阪君も答え易いのではないでしょうか」
 予想だにしない方向からの援護射撃に、明俊は思わず彼女を呆然と振り返った。

 刃庭奈々は明俊のクラスの委員長で、成績は常に瑞希と競って学年1位か2位をキープしつつ、所属している剣道部では1年生の時から団体戦のレギュラーに選ばれており、確か個人戦でかなり上位まで進むことが出来る腕前の、文武両道を地で行くような女の子だ。
 肩辺りで艶やかな黒髪が揺れ、きりりと凛々しい目元はまさに剣道少女といった風貌で、瑞希とはまた違った魅力の持ち主だ。事実、彼女も男子の間で人気が高い。「涼しげな目とでかい胸のギャップがサイコー」とは友人の吉木のセリフだ。

 そんな刃庭が明俊に助け舟を出している。明俊が呆然と彼女を見ていると、ちらっとこちらに視線を送ってきた。
 その目が、どこか責めるような色を含んでいるのを確認し、明俊は「あ、そうか」と、刃庭の行動の理由に思い当たった。
 彼女はクラス委員長として、ホームルームの進行の妨げになっている現在の状況を打破しようとしているのだろう。彼女は非常に真面目で礼儀を重んじる性格だ。きっと疎ましく思っているに違いない。
 明俊は自分の行動によって刃庭にいらぬ手間を掛けさせてしまったと思い、ばつが悪くなった。

「……ふむ、それもそうだな」
 担任が刃庭の言葉に頷き、「それでは……」と、何事もなかったかのように、ホームルームを再開した。
「さて、来週から夏休みだが、その前に進路についての二者面談がある。まだ進路希望のプリントを提出してない者は、明日中に持ってくること。委員長」
「はい」
 刃庭が返事をした。
「収集を頼む」
「分かりました」
「それから──」
 担任がてきぱきと諸連絡をしていく中、明俊はほっと一息付いていた。クラス全公開の羞恥プレイから逃れることが出来、密かに胸を撫で下ろす。委員長には迷惑をかけてしまって申し訳ないが、そもそも変なことを言い出した先生にも問題があると思う。もちろん、余所見していた自分が悪い のは当然だけど、みんなの前であんなこと言わなくてもいいじゃないか。しばらくこのネタで友人たちにからかわれそうで、非常に気が重い。
 明俊は机にへばりつくかのようにぐったりと身体を倒した。そのため、その視線に気付くことが出来なかった。
 彼の席の斜め後ろ、クラス委員長の刃庭奈々が、ホームルーム中、ずっと観察するかのような視線を送っていたことに。

 * * * * *

 ホームルームが終わった瞬間、瑞希の前の席に座っている、彼女の友人の一人、福目凛(ふくめ りん)が苦笑しつつ振り返った。
「瑞希、あんた……」
「はい?」
「いや、なんというか……。ホントに日阪君と仲良いんだねえ……」
「ええ、ラブラブです」
「はあ、そうですか……」
 先ほどの瑞希の言動があまりにアレだったので、少し彼が可哀想になって、たしなめようとしたが、当の瑞希は全く気にしていないようだ。言っても無駄だろうと、凛は曖昧に苦笑するに留めた。

 凛と瑞希は1年の時からの友人だが、ここ2ヶ月あまりの、つまり彼女に彼氏が出来た時からの瑞希の言動には困惑するばかりだ。前から物事をはっきりと言うタイプだったが、まさかここまで堂々とノロケられるとは思わなかった。
 少し融通が利かないくらいに真面目な性格だと思っていたのに、こと彼氏とのノロケにはその真面目さは吹き飛んでしまうらしい。

 表情の変化に乏しく、ほとんど無表情。口調も常に平坦かつ敬語で、心が乱れることなんてなさそうな女の子。それが凛が持っている瑞希のイメージだった。
 でも、無表情だからと言っても冷たいわけじゃなく、性格は温厚質実そのもの。スポーツは人並みだが、成績優秀、眉目秀麗、品行方正。まさに完璧超人。加えて、特技は料理なんて言い出す始末。全く、こんな完璧な子、見た事ない。欠点なんてないのではないだろうか。(本人は背が低いことをコンプレックスに感じているようだが、彼女の場合、その愛らしさが際立ち、むしろ長所にすら見えると凛は思っている)そんな完璧な友人に思いを巡らせ、凛は思わずため息をついた。
 その完璧超人様にも1つだけ欠点と言えるものがあったわけだ。それは、この所構わず発動するアビリティ「ノロケ」。まったく、行儀が良く、優等生を絵に描いたような子なのに、まさかこんな一面があったとは。

「なになに? なんの話?」
 瑞希の後ろから、友人の一人、山野花みほろ(やまのか みほろ)が顔を出した。彼女も瑞希、凛と同様、1年生の時からの友人だ。
「瑞希は日阪君とラブラブだねえって話してたの」
 もはや開き直りの領域で凛が説明した。
 みほろは「ああ、さっきのかあ」と言いながらも、「みずきち、髪の毛いじっていい?」と制服のポケットからブラシとヘアゴムを取り出している。先ほどの瑞希のノロケっぷりにはあまり興味が無いようだ。
「ええ、いいですよ」
「やった! 今度はツインテールにしてあげる」
 みほろは嬉しそうに「えへへ」と人懐っこい笑みを浮かべながら、瑞希のポニーテールを解いてブラシで髪の毛を梳いている。
 彼女は瑞希の髪をいじるのが何より好きらしく、暇さえあれば瑞希の髪で遊んでいる。「みずきちの髪は綺麗でいじりがいがあるなあ」と彼女特有の呼び方で言いつつ、せっせと髪を結っている。
 そんな、いつもの休み時間の風景を凛が眺めていると、みほろが思い出したかのように口を開いた。
「そういえば。ねえ、みずきち」
「なんですか?」
「ここんところ、何か機嫌良さそうだけど、なんか良いことでもあった?」
 みほろの質問に、凛は思わずうんざりした。瑞希が機嫌が良い理由なんて、付き合っている彼が関係していることに決まっているではないか。

 瑞希が同じクラスの日阪明俊と付き合っているということは、周知の事実だった。
 彼は、決して目立つ男の子ではなく、むしろ地味なタイプだと凛は思っている。クラスメイトや他の友人たちも同じような印象を持っているだろう。
 一方、瑞希は自ら率先して目立つタイプの女の子ではないが、その整った容姿は黙っていても注目を集める。おまけに性格も良いものだから、男子はもちろん、同性にも人気がある。
 その人気たるや、同学年に留まらず、3年生や1年生の間でも有名になっているほどだ。
 3年生のカッコ良い先輩などにも好意を寄せられ、実際、何度か交際の申し込みをされているはずだが、瑞希はそれらを全て断っていた。
 一度その理由を聞いたことがあるが、「異性を好きになるという感覚が良く分からないんです」と瑞希は答えた。「え? それって女の子が好きってこと?」とみほろが見当違いな反応をしたが、そうではなく、恋というものを経験したことが無いから良く分からない。とのことだった。
 高校生にもなって初恋を経験していないという稀有な状態を、凛は「気付いていないだけじゃないかな?」と推測したが、どうやら瑞希の言ったことは本当らしい。彼女が突然、同じクラスの男子と付き合いだしたことで、それが分かった。

 瑞希はある日から、唐突に同じクラスの日阪明俊を親しげに名前で呼び始め、登下校も一緒にするようになった。
 この変化に驚いたのは凛だけではなかった。クラスのほぼ全員が騒然としたと言っても良いだろう。
 中には露骨に好奇の目を向けて、根掘り葉掘り聞くようなデリカシーの無いマネをする輩もいたが、そのほとんどは瑞希のノロケという名の迎撃を受け、逆に毒気を抜かれて退散していった。
 今となってはクラス公認のカップル(ただし、頭に「バ」が付く)と半ば認知されている。一部、日阪明俊がその友人たちから時折からかわれているのを目にする程度だ。
 凛にとって意外だったのは、みほろの反応だった。元々人懐っこい性格の彼女だが、瑞希に対する接し方は、他の友人へのそれとは異なっていた。まさしく「お気に入り」と表現されるような接し方であった。
 しかし、そんなみほろが瑞希と日阪明俊が付き合っていると知った時のリアクションはただ一言、「へぇ〜」のみだった。無関心に近い反応に凛は大層驚いたが、当のみほろはいつものように瑞希の髪をいじりながら「日阪君も髪の毛綺麗だよねえ。男の子なのに。なんか柔らかそう」とよく分からない視点からの感想を述べただけだった。(それ以降、凛はみほろをただの「髪の毛フェチ」として認識している)
 凛が知る限り、日阪明俊は非常に凡庸な男子生徒だ。強いて言えば、真面目だし誠実そうではあるので、信頼を寄せることは出来そうだ。(生物の成績が凄く良いらしいが、そんなことは瑞希に聞くまで知りもしなかった)
 瑞希のような引く手数多の女の子が、何故彼を選んだのか? それは凛だけでなく、クラス中の、もっと言えば、瑞希を知る学校中の生徒の共通の疑問だっただろう。
 だが、決してそれを瑞希に聞いてはいけない。なぜならば、「明俊君の全てに惹かれました」と真顔で言ってのけるからだ。まったく、聞いてるこっちが赤面したくなる。

 そんなノロケをデフォルト装備した瑞希に、「最近機嫌良いね」なんて聞いたら、返ってくる答えは一つしかないだろうに。
 あちゃー、みほろが地雷踏んじゃったよ。またノロケられるなこれは。と、凛は苦笑したくなった。
 もちろん、瑞希は大切な友人だし、その友人が幸せそうにしているのはとても喜ばしいことだ。しかし、こうもノロケられてはたまったものじゃない。せめて顔を赤らめながらノロケるのならばまだ初々しくて可愛げがあるものを、平然とした顔でノロケるものだから、よけいに聞いているこちらが恥ずかしくなる。
 壮絶なノロケ攻撃を覚悟して身構える凛をそのままに、瑞希が答えた。
「ええ、夏休みが楽しみだなあと思いまして」
「え? それが機嫌が良い理由?」
 予想外の普通な返答に、凛はちょっと拍子抜けした。
「はい。そうですけど?」
 きょとんと瑞希が凛を見る。
 どうやら杞憂だったようだ。ああ、なんだ……。と凛は内心苦笑して、「そっか。もうすぐだしね。あたしも楽しみだな」と答えた。
「私も楽しみ! 来年は受験で忙しくなりそうだもんね」
 瑞希の髪の毛をツインテールにしつつ、みほろが楽しげに頷いた。
 みほろの言葉に凛も頷いた。確かに、成績をあまり気にせずに満喫できる夏休みは、今年が最後になるだろう。
 来年は大学受験で忙しいんだろうなと想像して、思い出した。
「そういえば、進路希望の紙。提出した?」
 今日のホームルームで戸粕先生が明日までに提出するように言っていたのを思い出したのだ。
「出したよー」
「私はまだです」
 みほろと瑞希がそれぞれ答えた。
「あたしもまだなんだ。なかなか決まらなくてさ」
 ため息混じりに凛が言った。
 高校に比べて、大学はより将来に直結した選択肢となる。特に得意な分野や興味がある分野がない場合、高校の時は普通科という道があるが、大学は学部や学科がはっきり分かれている。凛は、自分が将来どんな道に進みたいのかが分からず、立ち止まってしまっている状態だ。
 本当はもう悩んでいる段階じゃないのかも知れないけど、将来なりたいものなんて漠然としすぎてて、第3希望まである進路希望調査書の第1希望すら埋まっていない体たらくだ。
 明日の提出期限を控えて気が滅入っている凛に、「わかります」と瑞希がいつもように平坦な口調で同意を示してきた。
「私も、まだ決まって無いんです」
 いつも行動に迷いが無く、即断即決の彼女にして珍しいことではないだろうか。凛は少し驚いた。
「へえ。珍しい。でも、迷うよね。やっぱり。今まであまり考えたこと無かったしさ」
「ですね。私も考え始めたの最近です」
 瑞希のセリフに分かる分かると凛が頷く。
「なんとなく、当りは付けてるんだけどねえ」
「私もです。いくつか候補は上がっているんですが、なかなか絞り込めなくて」
 瑞希はそう言って、考え込むように小首を傾げる。
 こういう、何でも無い仕草も瑞希がやると可愛いんだよなあ。と凛は思わず見とれつつ、
「あたしもそう。いくつか候補はあるんだけどねえ」
 決定打っていうの? そういうの無いんだよね。と言い募る。
 恐らく、自分と瑞希の悩みは、次元が違うのだろうということは分かっている。自分の成績は中の上、良くて上の下ぐらいだし、瑞希は言うまでも無く上の上のそのまた上だ。
 瑞希くらい成績が良ければ何処にでも入れそうなものだけど、やっぱり進路は悩むんだなあ……。
 凛は友人と同じ悩みを共有出来て、少し気が楽になった。

 しかし、瑞希の悩みは、凛のように志望する大学をどうするかというものではまったくなかった。
 まさしく、次元が違っていたのである。

 凛がその事を知るのは、翌日になってからだった。

 * * * * *

 いつものように一緒に下校し、明俊の家の玄関をくぐった瞬間、
「ぅわあっ!」
 いきなり瑞希が明俊に後ろから抱きついてきた。
「み、瑞希さん!?」
 思わず声を上げながら明俊が肩ごしに振り返ると、瑞希が背中に顔を埋めて額をくりくりと擦り付けているところだった。そして、そのままの状態で聞いてくる。
「なんですか?」
「い、いや。それはこっちのセリフ。どうしたの? 急に」
 急に抱きつかれてドギマギしながら明俊が聞き返す。
 これから、その……。まあ、いつものように自分の部屋で、瑞希さんとエッチしちゃうわけだけど、突然抱きつかれると心の準備が出来て無いと言うか何と言うか。

 もう飽きるほど瑞希と身体を重ねている明俊だが、こういう所は一向に変わらなかった。アクシデントに弱い彼は、ベッドの上では慣れている瑞希とのスキンシップも、それ以外の場所ではたちまち泡を食ってしどろもどろになってしまう。
 そんな状態になっている明俊を知ってか知らずか、瑞希が楽しそうな口調で告げた。
「もうすぐ夏休みじゃないですか。私、すごく楽しみなんです」
「ああ、来週からだね。夏休み」
 来年は多分受験で忙しいだろうから、ゆっくり遊べる夏休みはこれが最後だろう。明俊はそう思い、「僕も楽しみだなあ」と賛同した。
「明俊君も楽しみなんですね」
「うん、もちろん」
 夏休みが楽しみじゃ無い学生なんていないだろう。明俊は即答した。
「良かった。私もすごく楽しみなんです」
 余程楽しみなのだろう、瑞希が明俊の背中に愛おしげに頬擦りしている。口調にもかなり嬉しそうな様子がにじみ出ていた。楽しげな口ぶりで瑞希が続ける。
「だって、夏休みなら、1日中、24時間ずーっと明俊君と愛し合えますものね」
「…………え?」
 一瞬、聞き間違いかと思った。なんか1日中とか24時間とか聞こえたような気がする。
 不審なセリフに固まっている明俊をそのままに、瑞希が嬉しそうに続ける。
「本当は夏休みの期間中、ずっと明俊君の家に泊まるつもりだったんですが、父さんに止められてしまいました。でも2泊だけならと、外泊の許可を貰ったんです」
「え……? ええええ!?」
 と、泊まる!? 明俊は先ほどのは聞き間違いでは無かった気付いた。それどころか、瑞希はさらにとんでもないことを言っている。
 2日も泊まるって、そんな、今、初めて聞いたよ!? ていうか、夏休み中ずっと泊まるつもりだったって……。
 あまりのことに、明俊は開いた口が塞がらなかった。
「2泊しか出来ませんが、少なく見積もっても48時間は明俊君と二人っきりで過ごせます。それが楽しみで楽しみで仕方が無いんです」
 心から楽しそうな様子の瑞希セリフが背中から聞こえる。
 予想だにしていなかった展開に、明俊は頭が真っ白だった。でも、1つだけ、心の中で強く念じたことがあった。それは、

 夏休みオール外泊を阻止してくれた瑞希さんのお父さん、本当にありがとうございました!

 夏休みはおよそ40日間ある。その間ずっと瑞希と二人っきりなんて、身体がいくつあっても足りない。
 いや、さすがに40日間、毎時毎分毎秒のペースで明俊を求めてくるわけではないと思うが、正直、瑞希ならやりかねないと思ってしまう。
 誤解が無いように言っておくと、もちろん、明俊も瑞希と一緒に居たいと思ってはいる。
 一緒に登校して、学校では同じクラスで過ごして、下校も一緒。おまけにその後は夕方まで明俊の部屋で情事に耽る。そんな濃密な関係が2ヶ月ほど続いているが、明俊は瑞希と離れたいと思ったことなど1度も無い。
 そりゃあ、学校とかで迫られたり、夕方遅くなっているのに明俊を求めてきたりする時は離れて欲しいと思うことはあるけど、それは今自分が置かれている状況ゆえにそう思うだけで、本当は離れたくなんかない。
 朝、早く瑞希に会いたいから少し早足で待ち合わせ場所に向かうし、学校でも、我ながらキモイかなと思いつつも、時々瑞希を盗み見ては「可愛いなあ」と一人悦に入ってるし(みほろが瑞希を色んな髪型にいじるが明俊の密かな楽しみだった)、自分の部屋で、完全に欲情して求めてくる様は、何度見ても興奮する。それが、明俊の偽らざる本心だ。
 だから、瑞希が夏休みオール外泊するつもりでいたことには驚きはしたが、同時に、内心では嬉しくもあるのだ。
 ただ、瑞希の明俊への求愛は、彼のキャパシティを軽く飛び越えてしまっているわけで。
 毎日の帰宅後に、瑞希の求めに応じて交わっているだけでも、学校の成績が低下しそうになるほど彼女の求愛は大きいのだ。
 そんな瑞希とお泊まりなんてしたら、本当に文字通り枯れてしまいそうだ。
 2泊だけとはいえ、いや、2泊しかないからこそ、瑞希は1分1秒を無駄にしないように行動するだろう。
 そう考えると、48時間耐久セックスというのが俄然現実味を帯びてくる。明俊は目眩を覚えた。

「ああ、本当に楽しみです。48時間も明俊君と一緒にいられるなんて、夢のようです」
 瑞希がうっとりとした様子で続ける。
「早く夏休みにならないかなあって、最近そればかり考えてしまうんですよ?」
 明俊は呆然としつつも、瑞希のそのセリフにピンと来た。
「もしかして、最近ものすごく機嫌良さそうだったのは、それ?」
「はい。そうです」
「やっぱり……」
 呟いた言葉に、瑞希が不思議そうに尋ねた。
「私がお泊まりしようとしてたこと、知っていたんですか?」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
 背中に抱きついたまま、不思議そうにこちらを見上げている瑞希に、明俊は誤魔化すように苦笑した。
 やっぱり、瑞希さんが上機嫌の時は、無茶な要求をしてくる前兆なんだね……。

 * * * * *

 カーテンを閉め、薄暗い部屋のベッドの上で、明俊と瑞希は裸で抱き合っていた。
 ベッドの上に正座のように座った明俊に、瑞希はヒザ立ちの体勢で寄り添い、唇を重ねている。
「んっ、ふぅ……。んぅ、ちゅ、ううんっ……」
 頬を赤く染め、瑞希が明俊の口内で舌を絡める。熱い吐息が隙間から漏れ、ただでさえ閉め切って蒸し暑い部屋に、さらに熱がこもる。

 明俊の部屋にはエアコンが備え付けてあるが、それの使用は瑞希が嫌がった。その理由は「明俊君と汗だくになって抱き合っていると、とても幸せな気分になれるんです」とのことだ。
 内心、その点は明俊も同意だ。瑞希の薄く甘い体臭を感じると、それだけで心臓が高鳴る。石鹸の匂いやシャンプーの匂いもいいけど、好きな女の子の汗の匂いは、また別の意味で良いものだ。もちろん、そんなことは恥ずかしくて口に出せるわけじゃないが。

「ちゅ、んぅ……。はあっ、んん……」
 真夏の熱気とお互いの荒い吐息、そして、常に息苦しい状態が続いているほどの情熱的な口づけに、二人は汗だくになっている。
「はあ……んっ、ちゅ、ンぅ……」
 高校生とは思えないほど小柄な瑞希は、正座している明俊にヒザ立ちで寄り添っているのにも関わらず、顔を少し上に向けた状態でキスをしてる。
 やや上を向いて、明俊の唇を貪っている瑞希の顎先から、二人のだ液と汗が混じったものが糸を引いてシーツに落ちた。シーツには所々、二人の汗が丸い染みとなって点在しており、まだキスの段階なのにも関わらず、絡み合いの激しさを物語っていた。
「んっ……はあ……」
 明俊は一旦顔を離し、瑞希の肩を掴んでいた手を滑らせた。
 じっとりと汗ばんで柔らかくなった肌を堪能するかのように滑らせ、瑞希の小さな胸を捉える。
「はあっ……!」
 軽く乳房に触れただけで、瑞希が恍惚とした声を上げた。こちらを見上げた瞳が、これから与えられるであろう快感を期待して、淫らに潤んでいる。
 うっすらと膨らんだ薄い胸を、優しく撫でるようにして揉む。人形のように華奢で、折れそうに細いのに、瑞希の身体はしっかりと女性的な柔らかさを備えていた。
 薄く膨らんだ胸が、明俊の手に合わせてやわやわと形を変える。
「はっ……ああ……。ん、ふあっ……」
 胸から生じる甘い疼きが、瑞希の身体をじんわりと溶かして行く。とろんとした表情で明俊を見上げ、瑞希がもっともっととねだるように身体を寄せてくる。
 その期待に答えるべく、明俊は少し強めに手を動かした。
「あっ、はあっ……! 気持ちいい……」
 至近距離から明俊を見上げ、瑞希が蕩けた表情で喘ぐ。半開きの唇は、先ほどのキスの名残りでぬらぬらとだ液で光り、瑞希の表情をよりいやらしく見せている。明俊はたまらなくなって、その唇を吸った。
「んぅ、はあ、あっ……んんっ……」
 熱いだ液を舌にのせ、絡めあって交換する。そうながらも明俊の手は瑞希の胸を刺激し続けていた。小さな膨らみを両手でこね回すようにして揉みつつ、時折、不意打ち気味に桜色の頂点に触れる。
「ふぅ……ん、あっ……! あああっ……!」
 固くしこった乳首を刺激されるたびに、瑞希が小さな身体を可愛らしく震わせる。重ねた唇から歓喜の吐息が漏れ、明俊の頬をくすぐる。
 明俊はあくまで乳房を弄ぶだけで、その薄い膨らみの頂点で震える桜色の乳首には、ほとんど触れずにいた。相変わらずだ液を交換するような激しいキスをしているが、それとは対照的に胸の愛撫はあくまでソフトだ。小さな膨らみを堪能するかのように両の手で包み、優しく揉んだりさすったりして、感触を楽しむ。
 瑞希は激しいキスに脳みそが蕩けそうになりつつ、胸から感じる緩やかな快感に身を悶えさせているが、いつまで経っても決定的な刺激を与えてくれない恋人に、だんだん焦れてきた。
 もっと激しくしてほしい。乳首ももっと触って欲しい。痛いくらい、揉んで欲しい。
「明俊君、いじわる、しないでください……。ちくび、もっと……」
 情欲に染まった表情でねだりつつ、瑞希が明俊の手に自分の手を重ね、胸を刺激する。
「はあッ! むね、いいっ……きもちいい……! 明俊君、もっと、ああああ……」
 待ちかねた刺激に、瑞希が身体を仰け反らせる。白い喉を晒して歓喜の喘ぎを上げつつも、その手は止まらない。明俊の手に自分の身体を擦り付けるかのように、瑞希が身体をくねらせる。
「ああ、いいっ……。いいです……明俊君の手、きもちいい……。あっ、んぁっ」
 ヒザ立ちのまま明俊に身体を預けるように寄り掛かり、瑞希が身体をくねらせる。真っ赤な顔で明俊を見上げ、だ液まみれになっている唇から舌を出して、明俊の下唇や顎先をちろちろとなめる。
 すっかり発情している瑞希の様子に、明俊はたまらず口を開いた。
「瑞希さん、いやらしすぎ……」
「だって、明俊君が焦らすからです……。私が乳首触られるのが好きなの、知ってるくせに……」
 蕩けた顔で、拗ねたように瑞希が甘える。
「明俊君も、手、動かして下さい……。私の乳首、もっと、触ってください……。お願い……」
 自分で明俊の手で胸を刺激しながら、瑞希が訴えてくる。情欲に染まった瞳でこちらを見上げ、はあはあと息を荒げなら、明俊の手を使って自らの胸を刺激している瑞希に、明俊は行動で答えた。
 強めに手を動かし、無遠慮に乳首を摘む。
「あッ! はあッ!」
 途端に、瑞希が仰け反る。追い討ちをかけるように、仰け反って突き出した胸を刺激する。
「あッ、むね、きもちいい……! 明俊君きもちいい、もっと、むね、はっ、ああ……ッ!」
 手の平ですりつぶすように薄い胸を揉み、指で乳首を摘んだり弾いたりする。その度に瑞希が鼻にかかるような甘い嬌声を上げて悦んだ。
 人形のように小さな身体をくねくねと浅ましく反応させ、とろんとした表情で「きもちいい、きもちいい」と繰り返している。
 可憐な顔を淫らに蕩けさせ、強い性感に華奢な身体をはしたなくくねらせる。瑞希は待ち望んだ刺激に体全体で悦びを表現していた。
 その様子に明俊は喉がひりつくような興奮を覚えた。弾かれたように瑞希の身体をベッドに押し倒し、胸にしゃぶりつく。
「あああッ!?」
 乳首を唇でねぶられ、瑞希が一際大きな嬌声を上げた。唐突に指とは異なる刺激を受け、瑞希は自分が受け取っていた快楽のリズムが激しく狂わされた。
「あッ! やッ! ああーッ!」
 不意に訪れた唇と舌による刺激に、瑞希は翻弄され身体をびくびくと震わせる。
 明俊はだ液でぬるぬるにした乳首を指で刺激し、もう片方の乳首に攻撃対象を切り替えた。透き通るような白い胸に舌を這わせ、薄い盛り上がりごと乳首を揉む。
「あッ、あッ、きもちいいッ! それ、あッ! きもちぃッ!」
 びくびくと跳ねる瑞希の肢体を押さえ付けるように、薄い胸に顔と手を押しあて、明俊はより激しい愛撫で瑞希を攻めていく。頭の上から聞こえる瑞希の可愛い嬌声が、明俊の獣欲をさらに増大させ、愛撫の激しさが加速度的に増していった。
「ああッ! ああッ! ああーッ!」
 瑞希も明俊の獣欲を感じ、更に悶える。愛しい彼が自分で興奮し、こんなにも激しく求めてくれている。その事実が、瑞希の興奮をどんどん高めていった。
 気が付けば瑞希は明俊の頭を抱き、自ら胸に押し付けるような形になっている。激しい刺激に抵抗するかのように、明俊の頭をきつく胸に抱く。
「あッ! あッ! あきとしくん、わたしッ、イクッ、イッちゃうッ!」
 まだ胸しか触れていないのに、瑞希は早くも絶頂の予感を感じていた。そのあられもない嬌声に瑞希の興奮と快感の度合いを感じ取り、明俊はさらに攻め立てる。
「あッ! やあッ! イッちゃ……! ああああイクぅ……ッ!」
 抵抗する間も無く、瑞希は小さな身体をがくがくと震わせ、絶頂に達した。縮こまるようにして明俊の頭を胸に抱き、弾けるような快楽に耐えている。
「はあッ、はあッ、はあ……」
 絶頂の余韻に身体をびくびくと震わせながら、瑞希が荒い息をつく。

 胸だけで、イかされてしまった。明俊のだ液でぬるぬるにされた乳首が、薄い盛り上がりの頂上でふるふると震えている。いじられて、敏感になりすぎたそこは、外気に触れるだけで疼いてしまうほどだ。
 胸だけでこんなに感じてしまうなんて。彼に胸をいじられるのは大好きだけど、まさかそれだけで達してしまうとは思わなかった。堪える間も無く、いともたやすくイッてしまった。
 瑞希は、愛しい彼によって自分の身体がもう取り返しの付かないくらい、快感の神経を発達させられているのを実感した。
 それはもちろん、とても喜ばしいことだった。それだけ明俊が自分の身体で興奮し、愛撫してくれた証でもあるからだ。
 未だ明俊の頭を抱えたまま、瑞希が愛しい人に身体を開発されていく幸せを噛み締めていると、囁くように明俊が問いかけてきた。
「胸、そんなに気持ちいいんだ?」
「はい。あっという間にイッちゃいました」
「そっか、じゃあ……」
 明俊の言葉に、いじわるな響きが広がって行くのを、瑞希は絶頂の余韻に浸っている頭で感じた。
「じゃあ、今日は胸だけで満足だね?」
「……え!? いやッ!」
 明俊の言葉に、瑞希が目を見開いた。
「いやッ! 駄目です! ちゃんと、下も、触って? 触ってください……ッ」
 明俊の手を取り、すがるような視線を向けてくる瑞希に、明俊は背筋を震わせた。
 瑞希が、自分が胸だけで達したことに驚いていたと同じく、明俊もまた驚いていた。
 本格的な前戯に入る前に、キスと胸への愛撫だけで瑞希が絶頂を迎えた。つまり、瑞希はそんなにも明俊の愛撫によって快感を得たということで、言い換えると、それだけ明俊で興奮したというわけだ。
 胸だけでこんな状態なのに、もっと敏感な場所を触ったら、どうなってしまうのだろうか。明俊は瑞希の乱れる姿を想像し、腰がぞくぞくと震えた。
 今すぐ挿入したい欲求を抑え、すがるような目を向けている瑞希の下腹部を、誘われるがままに愛撫した。
「あああ……ッ!」
 すでに内ももまでびっしょりと濡らしたそこを、明俊の指が撫でる。それだけで、瑞希が悲鳴のような嬉しいような、混じりあった嬌声を上げた。
 とろとろにとけたそこは、明俊が撫でる度に新しい愛液をじわりと溢れさせる。それと同時に瑞希も可愛い喘ぎ声を発する。
「ああッ! ひ……ッ、あああ……ッ!」
 一度絶頂を迎えたためか、まだ触って間も無いのにすっかり綻んでいる。明俊は秘裂をかき分けるように指を這わせ、ゆるゆると刺激する。豊富な愛液が、あっという間に明俊の手を濡らして行き、手首までびしょ濡れになるまで、それほど時間を要さなかった。
 人指し指と中指、薬指の三本でスリットをかき分け、充血してわずかにはみ出た襞を絡め取るように愛撫すると、瑞希が細い腰をびくびくと震わせ、快感に悶える。
「ひ、あッ! あ、あ、あ、あ……ッ!」
 足をぴんと伸ばし、仰け反るように腰を浮かして瑞希が明俊の愛撫を味わっている。長い黒髪はベッドに放り出され、瑞希が首を振る度にシーツに広がる。瑞希の両手は、愛撫している明俊の右腕を掴み、もっともっととねだるように腰に引き寄せている。
「あッ、あッ、きもちい、きもちい」
 欲情して潤んだ瞳を明俊に真直ぐ向け、瑞希がうわ言のように「気持ちいい」と繰り返す。明俊の手に秘所を押し付けるかのように、腰を淫らにくねらせ、快楽を貪っている。
 そのまま、耳たぶのようにぷにぷにした秘裂を三本の指で撫でるように愛撫していると、我慢出来なくなったのか、瑞希が甘い声でおねだりしてきた。
「明俊君、触るだけじゃいやあ……。ゆび、ナカにッ、ナカに、挿れて? こすって?」
 言いながら、明俊の手をぐいぐいと引き寄せる。細い腰をはしたなくくねらせ、はあはあと荒い息をつきながら情欲に染まった瞳で見上げている。
 その様子に、明俊は背筋をぞくぞくと震わせながら、わざとらしく言った。
「さっき、『触って』としか言って無かったから、触ってるんだけど?」
「い、いじわるっ。触るだけじゃなくて、ゆび、ナカに挿れてっ、挿れて! こすって! お願いっ」
 懇願しながら、瑞希が明俊の手に自分の手を重ね、強引に指を秘裂の中に挿れようとしている。
 瑞希はもう、腰の中が疼いて疼いて仕方なかった。触るだけじゃなくて、内側もいじって欲しい。必死ともとれる視線を向けて、明俊の指を秘裂に押し付けている。頭の中はもう、明俊の指で膣内を愛撫してもらうことしか考えられない。
 理性を失い、快楽のみを欲している瑞希の様子に明俊は脳みそが沸騰するような興奮を覚えた。唾を飲み込むようにして荒い息を抑え、明俊は更に瑞希を追い詰める。
「指、挿れてほしいんだ?」
「はいっ。ゆび、挿れてっ! 挿れるだけじゃなくて、こすってっ!」
「挿れるのは……指だけでいいの?」
「え? あっ! いやッ! ゆびだけじゃいやッ! あきとしくんのも挿れてッ!」
 はっとしたように、瑞希が目を見開いた。指よりももっと欲しいものがあることに気付いたようだ。それに気付いて、瑞希はとうとう居ても立ってもいられなくなった。
「あきとしくんの欲しいッ! あきとしくんの、わたしのナカに挿れてッ! それ、はやく……ッ。おねがいっ、もういじわるしないでっ。わたし、わたし、もう、おかしくなっちゃいます。ああ、あきとしくんはやく、はやくいれてっ、いれてっ、こすってっ、突いてっ」
 瑞希が、いつもはキリッとした眉を切なげに歪め、耳まで顔を真っ赤にして欲情している。人形みたいに華奢で可憐な彼女が、情欲一色に染まり我を忘れて自分を求める姿に、明俊ももう限界が来た。
 用意していたゴムを手早く着け、瑞希の細い腰を掴む。2、3度入り口で慣れさせた後、腰を進めていった。
「あ、あ、あ……あああッイクぅぅぅうッ!」
 散々焦らされた挙げ句の挿入は、瑞希をあっという間に高みへ登らせた。きゅうきゅうと膣が締まり、明俊の剛直を刺激する。
 瑞希は絶頂の余韻に震えながら、明俊に手を伸ばし、首に腕を絡める。
「ああ……きもちいい……! あきとしくんの、きもちよくて、イッちゃいました」
 明俊のもので貫かれている喜びを噛み締めているかのように、蕩けきった顔で微笑みかける。
「あきとしくん、起こして? いつもの、座位がいいです」
 瑞希がまるで、お気に入りのおもちゃを選ぶ子供のような顔で明俊に言ってくる。明俊は瑞希の背中に手を回して引き起こし、彼女の望みどおりの体位へ変えた。
 ベットの上で正座している明俊の上に瑞希が向かい合って跨がり、繋がっている。対面座位の形だ。
「ああ、これ、すきです……」
 幸せそうに言いながら、明俊の肩に頭を乗せて密着する。そしてそのまま腰を振り始めた。
 瑞希が細かく前後に揺するように腰をくねらせると、結合部からぐちぐちと淫らな水音が部屋に響く。その音を打ち消すかのように、瑞希が歓喜の声を上げ始めた。
「あああ、きもちいい……ッ!」
 明俊の肩にしがみつくようにしながら、瑞希が腰をくねらせる。明俊も瑞希の腰の動きに合わせ、ベッドの弾力を利用して下から突き上げ始めた。
「あッ! あッ! あッ! あッ!」
 瑞希は明俊に強くしがみつき、彼の耳元で嬌声を上げた。語尾にハートマークがついていそうな、甘く甲高いその声に、明俊は大いに劣情をそそられ、腰の速度を上げて行く。
 ぱちゅっ、ぱちゅっ、ぱちゅっ、とリズミカルに腰がぶつかる音を刻み、二人はお互いの快感を高めて行く。
「あーッ! ああッ! きもちいッ! きもちいッ!」
 瑞希が明俊の首筋に顔を埋めながら、快楽を貪る。熱い肉棒に自分の内側を擦られる快感に悶えつつ、自らも自分の膣内をガチガチにいきり立ったそれに擦り付ける。
 胸だけでイかされ、前戯で焦らしに焦らされた瑞希は、全身の快楽を感じる神経が過敏になり、あっと言う間に次の絶頂が迫って来た。
「イクッ! またイッちゃいますッ! ああッ! あーッ!」
 瑞希は明俊の身体をきつく抱き締め、弾けそうな快感に耐えつつも、腰の動きだけは一向に止まることはなかった。
 むしろ、より動きが激しくなり、がくがくがくがくとがむしゃらに振り始める。
「イクッ! イクッ! イクッ! イクぅぅッあああーーーッ!!」
 切羽詰まった声を上げ、瑞希はまたもや登りつめた。
 絶頂に身体を震わせつつも、やはり腰だけは別の意志を持っているかのように動きを止めることがない。
「だめッ! だめえッ! こんな、すごいッ! きもちいぃッ!」
 強すぎる快感に、瑞希がかぶりを振って悶える。絶頂を迎えたばかりなのに、快感の波は引くことがなく、逆にどんどん激しくなっていく。
 自らはしたなく腰を振り、乱れに乱れて甘い嬌声を上げる瑞希に、明俊も獣欲を刺激され、既に痛いくらい勃起している陰茎にさらに血液が集中していくのを感じた。
 瑞希の細い腰を両手で掴み、腰の動きに合わせて引き寄せる。
「あああッ! やああッ! こし、おく、だめッ、だめえッ!」
 ガチガチになった肉棒で奥を突かれる度に、さらさらした愛液が噴き出し、結合部から飛び散る。子宮口を激しく突かれ、その度に腰が蕩けそうな心地良さが波打つ。狭い膣内を凶悪な硬度の肉棒で蹂躙され、快感が天井知らずで上昇して行く。
 肉棒の硬さと熱さに、彼がどれだけ興奮しているかを感じ取り、瑞希をさらなる肉欲に酔わせる。
「ああーーッ! こし、きもちぃッ! だめッ! おく、あああッ! きもちいッ! きもちいいッ!」
 本能のままに明俊の肉棒を膣にこすりつけ、瑞希は半開きの唇から涎を垂らしながら気が遠くなりそうな快感を一身に浴び続ける。
 明俊の興奮がそのまま自分の興奮となり、その興奮が情欲を呼んで、情欲が快楽へと変化して行く。
 そして、瑞希の快楽が明俊を更に興奮させ、それによって瑞希もまた興奮が増大する。
 無限機関のような、興奮と情欲と快楽の連鎖に、瑞希はもう、気が狂いそうだ。
「きもちいいきもちいいッ! イクッ! あああ、ああああイクッ! イッ……ああーーーッ!」
 興奮、情欲、快楽がまた一周し、瑞希が何度目かの絶頂に達した。何度も達しているのに、すぐに次の頂きが目前に迫る。
「イクッ! やあんッ! またイッちゃうぅ……! あああイクぅぅぅッ!」
 甘えるような嬌声を上げ、瑞希がまた身体を震わせる。膣内はさっきからずっときゅうきゅうと収縮しっぱなしだ。
 瑞希は、頭の中も、表情も、膣の中も、もう全部蕩け切っていた。
 頭の中は快楽一色で染まり、表情はとろんして口から出る声はハートマークが軽く3つぐらい付いてそうな甘い嬌声のみ。膣内は湯水のように愛液が溢れ、お互いの腰がふやけてしまいそうだ。
 明俊の方も、興奮のあまりに脳がぐずぐずになり、すでにゴムの中に2回放っているのに、腰の突き上げを止めることが出来ない。尋常で無い瑞希の痴態で興奮が覚める間も無く再沸騰し、ペニスもそれに応じるかのように硬度を保ったままだ。
 とにかく、瑞希の感じ方、イキ方が可愛すぎた。
「あああきもちいぃ……ッ!」
「すきっ! すきっ! すきっ! すきぃ!」
「や、やあんッ! そこ、そこ、だめえまたイッちゃうぅぅああああーーー!!」 
 そんなふうに、とろんとした顔で甘えた声を出しながら、小さな身体を可愛らしくビクビクと震わせて瑞希がイク。
 表情も、声も、仕草も、とにかく全部が可愛すぎて、明俊はもう瑞希のことしか考えられなくなっていた。

「きもちいよぅ! ああ、あきとしくん、すきっ! だいすきぃ!」
 蕩け切った微笑みで瑞希が腰を卑猥にくねらせる。その様子に明俊は3回目の精をゴムの中に放ち、鉄棒のごとく硬化した肉棒がとろとろになった膣内で跳ね回った。
「あッ! あはッ! イクッ! あきとしくん、イッちゃう! きもちいぃだいすきイッちゃうぅうぅ……やああんッ!」
 不意に跳ね回る肉棒で膣内を蹂躙され、甘い嬌声を上げて、たやすく瑞希が達する。結合部から愛液が飛沫となって噴き出し、すでにおもらししたようになっているベッドのシーツに、あらたな染みを作る。

 二人のエンドレスな営みは、双方が失神するまで続いた。

 * * * * *

「俊樹(としき)君と、亜美(あみ)ちゃん、というのはどうですか?」
「え? 何が?」

 いつもより、少し遅い時間に、明俊は瑞希を自宅へと送っていた。
 非常に濃い内容のエッチだったが、していた時間自体はそれほど長く無かった。単純にエッチの実時間だけで言えば、いつもの2/3程度だ。
 しかし、精魂使い果たした二人は糸が切れたかのように気を失い、気が付けば夜の7時ちかくになっていた。
 急いでシャワーを浴びて、未だ肉欲の残滓に支配されたままの瑞希をなんとかなだめ、瑞希の家にお詫びの連絡をしてから(言い訳に大変苦労した)家を出た。
 今日のエッチは、よほど満足のいくものだったのだろう。瑞希は終始にこにこしっぱしで明俊の腕を抱くようにして隣を歩いている。

 瑞希は満足そうな微笑みのまま明俊を見上げ、口を開いた。
「男の子なら俊樹君、女の子なら亜美ちゃんです。明俊君の“とし”と、私の“き”で俊樹。明俊君の“あ”と私の“み”で亜美。私達二人の名前から取ってみました。二人の愛の結晶ですものね」
 にこやかに言う瑞希に、明俊はしどろもどろで問いかけた。
「そ、それって、もしかして、子どもの名前?」
「はい、そうです」
 即答されて、明俊は心臓が口から飛び出るかと思った。
 え? ちょ、ええ!? まさか、出来た……とか?
 蒸し暑い真夏の夕暮れに似つかわしく無い、氷水のような汗が明俊の背中に噴き出した。
 え? だって、瑞希さんって初潮まだなんじゃ……。あ、もしかして始めての排卵で当ったとか? いやいや、まさかまさか。だってゴム付けてたし。……いや、最初のころは付けて無かったな……。
「……えっと、その、瑞希さん?」
「はい?」
 にこにこ顔でこちらを見上げる瑞希に、明俊は冷たい汗を全身にかきながら、恐る恐る問いかけた。
「子ども、出来たの?」
「誰にですか?」
「誰にって……。その、瑞希さんに」
「私、まだ初潮来てませんよ? 明俊君も知ってますよね?」
 きょとんとした顔で、瑞希がこちらを見上げている。
「いや、うん、前に聞いたけど……」
 とりあえず、妊娠してるわけでは無いようだ。明俊は内心激しく安堵した。もちろん、本当に出来たらちゃんと責任を取るつもりでいるが、責任を取ると言っても、恐らく周りに迷惑をかけるだけで実際には自分はほとんど何も出来ないだろう。17歳のガキに妻と子どもが養えるほど、世の中は甘くないと思う。だからこそ、避妊には気を付けないといけない。
 明俊は改めて気を引き締めつつ、瑞希に問いかけた。
「子どもが出来てないのに、なんで子どもの名前を決めてるの?」
 その問いに、瑞希が当たり前のように答えた。
「だって、私は将来明俊君のお嫁さんになるんですから、子どもの名前を考えておく必要があるじゃないですか」
「いや、まあ、その……」
 なんでもない様子で告げる瑞希に、明俊は口ごもることしか出来なかった。
 瑞希がたまに口にする「私は将来明俊君のお嫁さんに〜」というセリフは、ぶっちゃけ非常に恥ずかしい。もちろん自分も瑞希が好きで出来れば一緒になりたいと思っているけど、なんていうか、なんの迷いも無く「お嫁さんになる」なんて言われたら、恥ずかしくて何も言えなくなってしまう。
「で、どうでしょうか? 俊樹君に、亜美ちゃん。私としては結構良い名前なんじゃないかと思ってるんですが」
 恥ずかしさで頭が回っていない明俊は、「う、うん。いいんじゃないかな……」と曖昧に頷くのが精一杯だった。

 * * * * *

「おっと、そうだ」
 朝のホームルームを閉めようとして、担任の戸粕が思い出したかのような声を上げた。
「えー、昨日も言った通り、今日は進路希望調査書を集めるから、まだ提出していないものは刃庭に渡すように。以上」
 同時に、クラス委員長の刃庭奈々が起立礼の号令をかけ、ホームルームが終了した。

「瑞希、進路決まった?」
「はい、昨日決まりました」
 瑞希の前の席の凛の質問に、瑞希はいつものように平坦な声で答えた。
「凛は決まりました?」
「やー。なんとか決めたよ。ね、良かったら見せてくれない?」
「はい、いいですよ」
 あっさり承諾し、瑞希が鞄から書類を取り出す。
 凛としては、単純に好奇心からの行動だった。瑞希のように成績優秀ならば、ほとんどの大学に合格出来るだろうということは分かっている。だからこそ、瑞希がどこを選ぶのかが気になったのだ。
「ありがと。どれどれ」
 二つ折りになっている書類を開いた途端、凛が固まった。
 瑞希の進路希望には以下のように書かれていたからだ。

--------------------
第1希望:
明俊君のお嫁さんになって、一男一女(男の子は俊樹、女の子は亜美)を授かり、幸せに暮らす。
--------------------

「………」
 凛は、思考停止に追い込まれた。予想外とか想定外とか、そういう騒ぎじゃ無い。そんな、小学生の将来の夢じゃないんだから……。いや、小学生だってもっとちゃんとしたことを書くだろう。
 というか、これは進路ではない。ただの希望だ。ちなみに、第2希望と第3希望の欄もあるのだが、そこは空白になっていた。
 頭の中で、「なんだこれ?」が渦巻いて固まっている凛に、「ずっと名前が決まらなかったんですが、昨日やっと決まったんです。明俊君も良い名前だって言ってくれました」と瑞希が嬉しそうにしゃべっている。
 何の反応も出来ない凛を肯定と受け取ったのか、それとも全然気にしていないのか、瑞希は凛から書類を返してもらい、「刃庭さんに渡してきます」と嬉しそうな足取りでクラス委員長の席へ向かって行った。

終わり






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