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よくあるファンタジー物<エルクとウラル その2>

(1)メイスの正体

「どうしてこうなった!?」
 森の中を全力で駆け抜けつつ、俺は思わず叫んだ。……ちょっと前にもこんなことがあった気がする。
「さすがエルク様。期待を裏切りませんね」
「そんな期待をされた覚えはないぞ!」
 涼しい顔で併走しているのは相棒のウラルだ。ローブとケープを翻しながら全力疾走しつつも息を乱さず呑気に言う。
「いわゆる“持ってる”というやつですよ。奇運、怪運は冒険者として得難いものかと」
 この危機的状況の最中、この女魔道士はどこか楽しげだ。「前向きに考えましょう」とかのたまっている。
「奇怪な運じゃなくて普通の運をくれ!」
「奇運はエルク様の強みですよ。普通の運なんて、言ってみればただ物事が順調なだけです。刺激のない冒険なんてつまらないですよ」
「そうは言うがな、さすがにこれは刺激が強すぎやしないか!?」
 俺は走りながら後ろを振り向き、“刺激”の原因を確認する。
 それは、丸太のような手足を振り回し、鬱蒼と茂った草木を蹴散らしながら迫ってくる。
 いや、丸太のような、ではない。丸太そのものだ。
「ボオオォォオォオオ……!!」
 口に当たる部分、ぽっかり空いたウロから轟く咆哮は、まるで特大の木管楽器から響く重低音。
「私、トレントって初めて見ました」
 そう、俺たちを追い回しているのは、動く樹木──トレントだ。


 遺跡での一件後、逃げ出すように街を出てから1週間近く経とうとしていた。
 新たな街に到着した俺たちは、そこで依頼をこなす日々を送っていた。


 冒頭の発端はこうである。
 冒険者ギルドに寄せられた、プラント退治の依頼。それを受けた俺たちは街はずれの森へとやってきた。
 歩く球根ことプラントは、決して脅威となるモンスターではないが、最近この近辺で増え始め、山菜採りや狩りなどで森を訪れた人たちがたびたび被害にあっているという。
 弱いモンスターとはいえどのくらい群生しているのか不明なので気は抜けないが、質の良いプラントは薬の材料にもなりそこそこの値段で売れる。有名なマンドラゴラもプラントの一種だ。
 依頼をこなして報酬をもらいつつ、仕留めたプラントを売ってさらに金を稼げる、実においしいクエスト! のはずだった。
 見つけたプラントを倒そうと振った剣が空振りし、勢いあまって木の幹に直撃して刃が食い込むまでは。

「くそぉ……。俺たちはプラントを退治しに来たのであって、トレント退治に来たんじゃないのに!」
「プラントが同じ植物系モンスターのトレントにランクアップするあたり、洒落が効いてますね」
 俺が誤爆をかました木はトレントが擬態していたものだった。
 慌てて食い込んだ剣を抜こうとしたが、暴れまわるトレントに振り回され、剣を手放し距離を取ることになり、現在に至るというわけだ。
 一抱えもある丸太の手足をブンブカ振り回しながら追いかけてくる姿は、まさに怒れる森の化身。正直、手が付けられない。
「エルク様。これはもう、私の魔法の出番ではないですか?」
「しばらく魔法は禁止だって言ったろ?」
 魔法禁止令はまだ継続中だ。1週間になるが、ウラルの魔法なしでもやっていけている。
 だがウラルは余程魔法を使いたいらしく、事あるごとにアピールしてくる。
「今なら熱線魔法に火炎魔法と爆発魔法も付けちゃいますよ?」
 なんだその呼び込みしてる露天商みたいなセリフは。
「そんなにいらん! お前は森を消し炭にするつもりか」
「大丈夫です。その前にフルパワーの水流魔法で火災もろとも押し流しますからアフターケアも万全です」
「押し流してどうする!? お前が全力でやったら更地になるわ!」
 森を安全な場所にしてほしいという依頼なのに、森そのものを無くす奴があるか!
「まあ、冗談はさておき」
 絶対半分くらい本気だ。ウラルはこの前、古代遺跡を熱線魔法で寸断し、崩壊させた前科がある。(それだけが崩壊の原因ではないだろうが)
「でもエルク様、いつまでもこのまま逃げ続けるわけにもいかないですよね」
「うむむ……」
 別に逃げているわけではない。守護神マルスに誓って、逃げるようなことはしない。ただ怒りモードで手が付けられないから一先ず距離を保って様子を見ているだけだ。
 だが、どうもトレントの辞書には諦めやスタミナ切れという文字は載っていないようだ。このままでは延々と追いかけてくるだろう。
 トレントの体力が尽きるまえにこちらの体力が尽きては意味がない。そろそろ別の手を打たねばならないのも事実。
「くっ……! せめて剣があれば……」
「その剣が原因で、激昂して追って来てるんですけどね」
 ウラルの突っ込みを受けつつ、振り返ってトレントを確認すると、剣はヤツの脚に食い込んだままだ。
「エルク様、メイスは使わないんですか?」
 ウラルが俺の腰にぶら下がっているメイスに目を向ける。
 この前の古代遺跡で拾ったメイスは、あれから結局使わず仕舞いだった。スケルトンとの戦いでは鈍器の威力に感動したが、やはり剣が手に馴染むし、何よりカッコいい。
 使う機会のないまま、新しい街で剣を調達し、メイスはサブウェポンとして腰に下げたままだった。
「いや、トレントみたいな樹木相手にメイスだと相性悪くないか?」
「そうかもしれませんが、剣も相性良いとは言い難いと思いますよ」
 相性で言えば斧や鉈だろう。鉈ならあるが、生憎と宿に置いたままだ。何か、重たく、叩き斬るようなエモノがベストなのだが……。
 そこまで考えてピンときた。
「よし、この手で行くか」
 俺は腰のメイスに手をかける。
「どうするおつもりです?」
「食い込んだ剣にメイスを叩きつける。1発じゃ無理だろうが、何度も殴りつければ斬り倒すことが出来るかもしれない」
「剣を楔代わりにするわけですか」
「ああ。剣が食い込んでるのは脚の部分だし、叩き斬ることが出来なくても行動不能には出来るだろう」
 ただ、そのためには相手に近づかなければならない。暴れまくっているトレントに近づくためにはちょっと策が必要だ。
「ウラル、合図でUターンして距離を詰めよう。トレントの足が止まったところで初撃をかわしてメイスを叩き込む」
「わかりました。では初撃の誘導は私が」
 頷いて羽織ったケープを外し、両手で丸める。
 言わずともこちらの意図を汲んでくれたようだ。俺はそれを横目で確認、メイスを握り締め、声を上げた。
「行くぞ!」
 俺の合図で二人で交差するようにUターン。一気に間合いを詰める。
「ボオォォ!!」
 トレントは地響きを上げながら踏みとどまり、こちらを叩き潰さんと腕を振り上げる。
「えいっ」
 絶妙なタイミングでウラルがトレントの顔に向かってケープを投げつけた。
 地味な色のケープは、太い腕にたやすく振り払われたが、それで十分。その隙に俺はトレントの足元に潜り込み、攻撃準備を完了していた。
「おりゃあ!」
 俺は食い込んだ剣に向かって全力でメイスを振り下ろし──。
 強烈な破裂音を立て、剣ごとトレントの脚部を粉々に打ち砕いた。
「おぉ!?」
 楔を打ち込むどころではない。まさに乾坤一擲。想像以上の手ごたえに、攻撃した俺本人も戸惑う。
「ゴオォォオオオオ!!」
 脚が半ばから砕け散り、トレントがバランスを崩す。
 だが、執念か怒りか、トレントは身体をひねってこちらに向かって倒れ込んでくる。圧倒的な質量で押しつぶすつもりか!
「このッ!」
 反射的に、上から覆いかぶさってくるトレントに対してメイスを振り上げた。
 振り上げながら、ミスったと思った。倒れ込んでくるトレントを正面からメイスで打ち返せるわけがなく、下敷きになるのは必至。最悪潰されて一巻の終わり。刹那、そんな未来が頭をよぎった。
「エルク様!」
「うおおお!!」
 ウラルの叫びに押されるように、俺は渾身の力でメイスを振りぬいた。
 はたして、重い手ごたえの感触だけを残し、砕けたのはトレントの方だった。
 打ち返すとか反らすとかではなく、まさしく粉砕だった。硬い生木が、まるでカラカラに乾燥した朽木のように、木っ端となって破裂した。
「オオォオオォォォォ……」
 風が空洞を抜けるような声を上げ、トレントが崩れ落ち、ただの倒木と化す。
「エルク様、お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。それより……」
 ウラルも気付いたのだろう。メイスに目を向ける。
「そのメイスは……」
「ああ……」
 俺は、まだ手ごたえの残るメイスを確かめるように見て、思わず息を吐いた。
「鈍器ってすげぇんだな……」
「いえ、そうではなく」
 しみじみ言った俺にウラルが突っ込んだ。
「ただの鈍器に樹木が粉砕出来ますか?」
「出来ただろ? やっぱ鈍器やべえよ……」
「やべーのはその鈍器ではなく、仕込まれている魔力です」
 魔力?
「マジックアイテムですよ、それ」
「え、マジ!?」
「ええ。トレントを粉砕したとき、たしかにメイスから魔力を感じました」
 遺跡でスケルトンを相手にした時もやたら楽に倒せると思ったが、まさかマジックアイテムだったとは……。道理で強力なはずだ。
「しかも、エンチャントではなく、本物のマジックアイテムのようですね」
 マジックアイテムという括りには一般的にエンチャントアイテム──普通のアイテムに魔法でなんらかの効果が付与されているアイテム──も含めるが、正確にはその2つは構造が全く異なるらしく、エンチャントアイテムとマジックアイテムは別物で区別すべき、というのがウラルの談だ。
「効果を付与したものではなく、アイテムの根幹自体に魔力が織り込まれているもの。それが本物のマジックアイテムです。同じように見えても実は全く異なるものです」
 例えば金メッキした装飾品と、純金で出来たそれとの違いのようなものだろうか。無論、この場合前者がエンチャントアイテム、後者がマジックアイテムだ。
 こんな例えになってしまったが、エンチャントアイテムとマジックアイテムに優劣があるわけではなく、根幹が別物ということだ。
「そのメイスはおそらく、攻撃がヒットした瞬間に、威力を恐ろしく増幅させる仕組みが発動するようになっているのだと思います」
「おお、なるほど。もしかして、それで今までマジックアイテムだって分からなかったわけか」
「ええ。今もですが、普段は全く魔力を感じません。ヒットした瞬間だけ解放されるようですね」
 一見、ただのフリンジ型の平凡なメイスなのに、そんな秘められた力があったとは……。
「しかも、並のマジックアイテムではないです。魔力だけで樹木を剣ごと吹き飛ばす威力を生んでましたから」
「そうなのか?」
 魔力だけ、とウラルが強調する理由が分からない。
「魔力を詠唱によって事象に変化させることを魔法と言います。魔力を火に変換したり、氷に変換したり。魔法とは、魔力を使って効率的にエネルギーを生み出す術なんです」
 ふむ。魔力を使って事象を発現させるのが魔法。それは知っている。だから魔力がない者は魔法が使えず、魔力が低い者が使う魔法は威力が弱いのだ。
「事象を発現しない魔力そのものというのは、つまり肉体で言うと筋力みたいなものです」
「ああ、そうか。素手で殴るか武器で殴るかの違いか」
 筋力を使って武器を扱うことで、より高い破壊力を生み出す。魔力と魔法の関係を肉体に例えるとこういうことなのだろう。
 つまりこの場合、素手で殴って樹木を破壊したようなもので、どんなに筋骨隆々な力自慢でも、斧を使って木を斬り倒すことはできても素手でそれは難しいだろう。メイスに込められた魔力の高さがなんとなく理解できた。
 ところがウラルは首を振った。
「いえ、正確に言うと、殴るではありません。押すですね」
 ウラルは手のひらを向け、押す仕草をする。
「単純な筋力ですから」
「つまり、このメイスに込められた魔力を筋力に例えると、押しただけで樹木を粉砕するパワーがある、と?」
「ええ……」
 ……それはすごい。ウラルが珍しく険しい顔をしている。よほどのアイテムなのだろう。
 感心してメイスを眺めていると、ウラルがなぜか大きなため息をついた。
「そのメイスは、あの遺跡で手に入れたんですよね?」
「ああ、そうだ」
「おそらく、あのデバガメリッチーが作ったものでしょう」
「デバガメて」
 むしろ俺たちがアイツの寝室で勝手に盛ってただけなのだが。ウラルは余程あのリッチーが嫌いなようだ。
「あいつ、結構雑な性格してそうだったけど」
「雑さここに極まれりですよ」
 さすがリッチーなだけあるな、と続けようとして、ウラルに遮られた。
「なんで魔力そのままなんですか。魔法に変換すれば、もっともっと強力になるじゃないですか」
「あっ……」
 確かに。これだけ強力な魔力が込められているならば、それを魔法に変換する機能が仕込まれていたら、今よりもずっと強いメイスになったことは想像に難くない。例えば爆発魔法が発動するようになっていれば、メイスを振っただけで恐ろしい威力の爆発をまき散らすことも可能そうだ。
「真っ当に作ってたら伝説級の武器ですよ、それ。なのに……」
「伝説級の雑さだった、と……」
「雑具合が伝説になってどうするんですか。あのデバガメリッチーは」
「……これ、材質も普通の武器と変わらなそうだしな」
 このメイス、中身はすごいかもしれないが、見たところ作りは普通の武器と変わらない。さしずめ、純金に鉄メッキした装飾品のようなものか。……なんだそれ。自分で想像して意味が分からない。
「あれか。見た目は普通でも中身は超優秀ってヤツか。そう考えるとアリだけど……」
「それ狙った効果じゃなくて、絶対雑だからですよ」
 うん、俺もそう思う。
「でもまあ、良いアイテムなのは変わりないし、如何にも装飾バリバリで魔力もギュンギュンに滾ってる、見るからに『貴重品ですよ!』ってアピールしてる武器だと持ってるだけでトラブル引き寄せそうだからな。これでいいんだよ」
「自分に言いかせていませんか、それ」
 なぜか俺がリッチーのフォローをしているが、冒険に役立つ武器なのは間違いない。むしろ俺のような一介の冒険者が持つには不釣り合いとも言えるくらいの代物だ。これくらい地味な見た目してくれていないと逆に困る。
「よし、この調子でプラントも片付けよう」
「はい」
 気を取り直し、俺たちは本来の目標であるプラント退治を再開した。

(2)街でのひと時 につづく





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