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よくあるファンタジー物<エルクとウラル その2>

(2)街でのひと時

「トレントを倒した分の追加報酬、貰えると思ったんだけどなあ」
「依頼には含まれていませんでしたからねぇ」
 依頼をこなして街に戻った俺たちは、冒険者ギルドでクエスト達成の報告を済ませていた。
 額面通りの報酬を受け取り、その足でギルド内に併設されている酒場に向かう。食事がてら軽く祝杯をあげることにしたのだ。
 今は昼を少し回ったところ。昼食にはやや遅い時間だが、酒場はそれなりに賑わっている。

 料理を囲んで談笑している男たち。
 旅の途中か、テーブルに地図を広げて相談しているパーティ。
 カウンターの隅で静かに酒を飲んでいるエルフ……。などなど。
 ひと際賑やかなのは、頭にねじれた羊のような角を生やした赤髪の獣人の娘と、銀髪の人間の娘の、雰囲気からして新米冒険者っぽいコンビ。

 酒場の奥に手ごろな空席を見つけ、俺たちは二人がけの小さなテーブルに顔を突き合わせて座る。
 ウラルは街に戻ってからずっとフードを目深にかぶったままで、テーブルに着いてもそのままだ。
 彼女は少し縮こまるように背を丸めているが、別にこの店が苦手な訳でもないし、何かやましいことがあるわけでもない。単純に人見知りなだけだ。
 この女魔道士は割りとふてぶてしい性格してる癖に実は人見知りで、街の中ではこうしてフードを被って借りてきた猫のように大人しくなる。
 少々怪しい様子だが、多種多様な冒険者が入り乱れるギルド酒場では、剣士風の男と魔道士風の女という組み合わせはありきたりすぎて目立つことはない。
「活気のある街ですね」
「ああ」
 この街は都から少し離れているが、街道沿いにあるためそれなりに活気があって賑やかだ。
 都までの中継地点にする行商人もいるらしく、街の規模に比べて出回っている品物も多種多様で実にバリエーション豊かだ。
 おかげで旨い料理を肴に酒が飲める。
 適当に酒と料理を注文すると、すぐに酒が、少々間をおいて料理も運ばれてくる。
「お待ちどうさまー、炙り魚のガルム掛けです」
「おお、きたきた!」
 焼き魚。しかもこれは鯖だ。
 ここのような山間の街でも海の幸が食えるのは、ひとえにそういった理由からだ。海の幸と言っても干物だったり塩漬けだったりと加工したものだが、それらは熟成によって旨味が増していて、俺は下手に新鮮なだけの魚よりも美味いと思う。
 干物にガルムを軽く塗って炙ったこの料理は酒のつまみに最適だ。ガルムの匂いは独特だが、火にかけると実に香ばしく食欲をそそる。
「エルク様ってお魚好きですよね」
「ああ、漁村育ちのせいかもな」
 干物が好きなのも、生まれの影響かもしれない。俺が生まれた漁村にとって干物は「商品」なので、おいそれと口には出来ない代物だった。
 山育ちの人たちは新鮮な魚介を使った焼き魚や海鮮スープを有難がるが、漁村生まれの俺にとっては干物のほうが食べられる機会の少ないレアな食品だったのだ。
 運ばれてくる料理に舌鼓を打ちつつ、俺はエール、ウラルはワインを楽しむ。
「ところでエルク様。まだお昼過ぎですけど、今日はこれからどうします?」
「そうだなぁ。今回の依頼はちょっと当てが外れたからなー」
「そうですね。今日中にこなせそうな依頼があれば受けておきたいですね」

 プラント退治の依頼自体は、トレント乱入のハプニングはあったものの、問題なくこなせた。ただ当初期待していた、退治したプラントを素材として売る目的は果たせなかったのだ。
 なぜなら、俺のメイスに掛かればどんなプラントも木っ端みじんだったから。
 トレントを破壊したメイスの攻撃力は伊達ではなく、メイスで仕留めたプラントはことごとく砕け散って、とても売り物にならなかったというわけだ。
 かと言って粉砕しないように加減しようとしても、そんな力の抜けた攻撃が当たるわけがない。
 プラントも止まっているわけではなく、こちらの攻撃をかわそうとするし逃げもするので、仕留めるつもりで武器を振らざるを得ない。結果、ヒットした場合は漏れなく粉砕。プラントを売って儲ける目論見ごと砕け散ってしまった、というわけだ。
 おまけにトレントは依頼に含まれていなかったので、とくに報酬もなし。まさに骨折り損。いや剣折り損か。

「トレントが討伐モンスターに登録されていたら報酬獲得できたんだけどな」
 討伐モンスターとは、冒険者ギルドが定めた討伐推奨モンスターのことだ。だいたい、その土地土地で暴れている狂暴なモンスターがリストされることが多い。平たく言うと賞金首のようなものだ。
 凶悪なモンスターが多いので危険だが、その分報酬も良い。
「ええ。あそこにトレントがいるということ自体、知られていなかったみたいですね。知られていたら確実に登録されていたでしょうし、討伐対象になる前に倒してしまったということでしょうか」
 ぐぬぬ……なんてタイミングの悪さだ。
 ウラルが楽し気にほほ笑む。
「実にエルク様らしい展開ですね」
「ほっとけ」
 まあ、残念ではあるが、被害を未然に防いだと考えれば悪くない。
 そんなやりとりをしつつ、良い感じに腹も膨れてきたころ、ウラルがギルドカウンターの方に目を向けた。
「それにしてもこの街はいろんな人がいますね。エルク様、あそこにリザードマンがいますよ」
「本当だ、珍しいな」
 爬虫類を思わせる、テラテラと深緑に輝く鱗の皮膚を持った獣人、リザードマンの冒険者がギルドカウンターで受付嬢から報酬を受け取っている。
 隙のない立ち振舞いと身体中にある細かな戦傷が、熟練の風格を漂わせている。
リザードマンは単純に絶対数が少ないというのもあるが、暖かい気候を好むため、このあたりで見かけるのは珍しい。
「もしかしてマージドでしょうか?」
「どうだろうな、ネイティブっぽい気がするけど。どっちかというとあっちの獣人の娘の方がマージドっぽくないか?」
 先ほどから賑やかな、新米冒険者っぽい雰囲気のねじれ角の赤毛の獣人娘に目を向ける。
 角獣族の獣人にしては肌の露出が多い。露出といっても服装の話ではない。角獣族は四肢のほとんどを体毛に覆われていることが多いのだが、彼女は腕は肘から先、脚は脛から下のみ体毛があり、二の腕や太ももは肌が露出している。
 同じ種族の中でも体毛の濃さや覆われている範囲には個人差があるものだが、ここまで体毛の少ない獣人は珍しいと思う。
 スラッとしつつもしなやかな太ももと二の腕を惜しげもなく晒したラフな格好は、実に野性的な健康美を感じさせる。……うん、いいね。
「エルク様、目付きやらしーですよ」
 ウラルがフードの奥からジト目を向けてくる。
「何を言っている。あれだけ肌が露出した獣人は珍しいなと思っただけだ」
「そーですね。肩も太ももも丸出しの、大胆な服装してますね」
「いやいや、服装の話じゃなくてだな……」
 獣人にしては体毛が少ないから、生来のものではなく後天的なものなのでは、と思ったのだ。

 この世界には大きく分けて二つの存在がある。
 ひとつはネイティブ。この世界に産まれ育ったもの。
 もう一つはマージド。異なる世界からこの世界にマージ、つまり結合されたもの。

 さらに、マージされたものの中には、複数の要素が一緒に結合されたものがある。
 普通の人間がこの世界にマージされるとき、例えば、どういうわけか鳥と一緒にマージされて背中に羽が生えた人間になってしまった、ということが起きる場合があるのだ。
 このように複数の要素が結合した状態を衝突、コンフリクトと呼ぶ。

 件の獣人は肌の露出が多いからもしかしたらネイティブではなく、例えば獣人が人間とコンフリクトしてマージされた存在なのでは、と想像したわけだ。

「なるほどです。もともとスタイル良い獣人の娘が、コンフリクトによって肌の露出が増えたと。エッチなマージもあったものですね」
 心なしかウラルの視線と口調がとげとげしい。
「ま、まあ、『出物腫れ物所嫌わずコンフリクト』ってことわざあるくらいだからな。そういうマージもあるかもな」
「エルク様は博識ですねー」
 棒読みだ。
 ウラルは何杯目かのワインをちびちびやりながら「あの娘、おっぱいもたゆんたゆん揺らしてますね。どうして角獣族の女の子って巨乳ぞろいなんでしょうね。エルク様、先ほどからずっと視線が胸の揺れを追いかけてますよね。やらしーです」などと非難がましい目つきで難癖をつけてくる。
 とんだ言いがかりだ。確かに緩い胸元から覗く谷間がすさまじく、ぽろっとこぼれたりしないかなと思いながらチラ見していたが、ジロジロと凝視していたわけではない。
 だいたい、エッチとかいやらしいとか、正直ウラルにだけは言われたくない。
「どーせ、私のように地味なローブ着込んでズボン穿いて、フード被った根暗な女は眼中にないんです、そうなんです」
 一人で自己完結してワインを一気にあおり、ウラルがそっぽを向く。
 フードで気付かなかったが、よくよく見ると顔が赤い。どうやら酔ってるらしい。

 つーかウラルは自分のことそんなふうに思っていたのか。格好こそ地味だが、相当な美少女だろうに。
 そもそも「目立つのは好きじゃないんです」と、好き好んでそんな地味な格好しているのはウラル自身だし、街に入るときにフードを被るのも、人目を避けるためウラルが自分からしていることだ。
 見てくれは儚げな雰囲気のくせに好戦的で、口を開けばしれっとした態度の皮肉屋のくせに人見知りという、少々面倒くさいヤツなのは分かっているが、今みたいに絡むような酔い方をするのは初めてだ。
「どうしたんだよ、ウラル」
「エルク様が魔力の補充してくださらないのも、私に魅力がないからなんですね……」
 んん? もしかして、拗ねてるのか……? 俺があの獣人を見てたから?
 意外だ。いつも飄々としてるウラルにこんな可愛らしい一面があるとは。
「そう拗ねるなよ。俺がウラルに魅力が無いなんて言ったことあるか?」
「いいえ」
「だろ?」
「でも魅力があると言っていただけたこともありません」
 ……あれ、そうだっけ?
「以前は毎日のように魔力補充していただけたのに、もう一週間ちかくも、正確には129時間43分11秒、補充が途絶えています。エルク様は私に飽きてしまわれたのですね……」
 めっちゃ細かいな!
 でも確かに、思えばこんなに長い間ウラルに魔力補充をしていないのは初めてだ。
 魔法を禁止しつつ、しばらく性的なことから離れたかったから補充していなかったが、ウラルに飽きたわけではないし、もちろんウラルに魅力がないなんて思っていない。
 この前は、人に目撃されながらの昏睡姦という、アブノーマルなプレイを強行したためちょっとクールダウンが必要だったが、俺はまだ枯れたわけではない。むしろ性欲は人より旺盛だと自負している。
「私は守護神ヴィーリの名のもとに、エルク様に永遠の忠誠を誓った身。エルク様が私に飽きたとおっしゃるなら、それはとても悲しいことですが耐え忍ぶ覚悟です。ええ、それはとてもとても悲しいことですが」
「いや、ウラル。あのな……」
「補充はいただけませんが、もちろん私は最期までエルク様にお仕えいたします。魔力が尽き、動けなくなるその時まで……。うう……!」
 とうとう、テーブルに突っ伏してさめざめと泣き始めた。
 ああもう、分かった分かった!
 ウラルのこの態度はポーズも入っているだろうが、あえて乗ってやる。こう挑発されてその気にならないのは男がすたるというものだ。
「ウラル」
「……何ですか」
「これからの予定が決まったぞ」
「……何ですか」
 突っ伏したままのウラルのフードをちょっとめくり、耳元に口を近づけて囁く。
「今から宿に戻って、魔力の補充をしてやる。もういらないってくらい補充してやるぞ。覚悟しろよ」
 途端に、しくしくと震えていた彼女がぴたりと止んだ。
「……本当ですか?」
「ああ」
「……では、魔法禁止も解除ですか?」
「ん? ああ、そうだな。いいぞ、解除しよう」
「……ほんとにほんとですね?」
「もちろんだ。男に二言はない」
 ガバッと上体を起こしたウラルの顔には、今まで見たことも無いくらい晴れ晴れとして笑顔が張り付いていた。
 しかもさっきまで酔いで赤くなっていたと思ったのに、いつの間にか普通の顔色に戻っている。
「ではエルク様。早速何か依頼を受けに行きましょう。出来れば強いモンスターを退治する系の依頼を」
「は? いや、ちょっと待て」
「今なら何でも倒せそうな気がします。ドラゴン討伐とか依頼ありませんか? 熱線魔法で輪切りにしてステーキにしてやりますよ。確か討伐モンスターのリストに黒竜が……」
「待て待て待て待て!」
 突然、こいつは何を言い出すんだ。
 ギルドカウンターに直行せんばかりに興奮しているウラルを押しとどめる。
「いろいろ突っ込みどころがあるんだが、なんで依頼とか討伐の話になる!?」
「まあ、エルク様ったら。こんな昼間から突っ込むだなんて……」
 わざとらしく恥ずかしがるセリフはスルー。さてはこいつ……。
「お前、実は魔法で暴れたいだけだろ?」
「それもありますが、そうしないと補充受けられないですから」
「しれっと暴れるのを認めたなお前……。てか、補充受けられないって、どうしてだ?」
「エルク様は、満腹時に何か食べたいって思いますか?」
「……つまりあれか、補充しようにも満タンで出来ないってことか?」
「ええ。ここのところ魔力を消費していないので、ほとんどフル充電の状態なんです。この状態で補充受けてもあまり意味ないですし、まずは減らさないといけないんです」
「ちょっと待て。じゃあ、そもそも補充の必要ないじゃないか」
「そうですよ?」
 俺の質問にきょとんとした様子で首をかしげる。
「そうですよって……。さっき補充受けたがってたろ」
「そりゃあ受けたいですよ」
「でも受ける必要ないんだろ?」
 俺の質問に、ウラルは「んー」と、考え込むように顎に指をあてる。
「エルク様は、お魚が好物ですよね?」
「ん? ああ」
「その好物が好きって気持ちは、お腹が空いていようが膨れていようが変わらないですよね? それと同じです」
 ……なるほど。必要ないけど受けたいというのはそういうことか。
「私にとってエルク様の魔力補充は何にも勝るご馳走ですが、今は満腹なので食べられない状態ということなんです」
「腹が減ってるときは美味そうに見えるけど、満腹だとそうでもないってやつだな」
「ええ。ただエルク様。軽く言ってくれますが、大好物が目の前にあるのに満腹で食べられないって結構苦しいんですよ? しかもそれが1週間近く続いてるんですからね、生殺しです。何度エルク様の寝込みを襲いそうになったことか……」
 そんなことしようとしてたのか……。宿代節約のため同じ部屋で寝泊まりしてたが、知らずに危ない橋を渡っていたようだ。
「待ちに待った1週間ぶりの補充なんです。せっかくならお腹空かせた状態で味わいたいんです」
「そのための依頼だと」
「はい。そうです」
 頷きながら、ウラルはへその下あたりをさすっている。“そこ”に補充されるのを想像してるのか、ちょっと目が潤んできてる。
 ……くそ、エロい顔しやがって。正直、ヤル気になっていたので俺も生殺し感があるが、どうせヤルならお互い満足のいく状態で臨んだ方が良い。
「そういうことなら分かった。何か手ごろなクエストがないか確認してみよう」
「では早速、この黒竜退治を……」
「手ごろなって言ってるだろ!? んな危ない依頼受けられるか」
「大丈夫ですよ。黒竜のような上位のドラゴンは強固な魔法障壁を持っていますが、私の全魔力で障壁ごとねじ伏せてやります」
「お前、前回その調子で魔力枯渇させたの忘れたのか?」
「う……。この前のことは忘れて下さい……」
 前回、古代遺跡での一件は、ウラルにとっても相当苦い思い出になっている。あの時の記憶がよみがったのか、「あああ……」と顔を両手で覆っている。
 まぁ無理もない。魔力を枯渇させたせいで、屋外で全裸ブーツでまぐわってる姿を、女性だったとは言え他人に見られたのだから。ただでさえ人見知りの強いウラルのこと、ショックも大きかっただろう。
 そう思い返していると、あの時、その女性に対して必死に誤魔化そうと支離滅裂なことを口走っていた己を思い出し、俺まで「あああ……」と憂鬱な気分になってきた。
「……うん、そうだな。忘れよう」
「ええ。忘れましょう。忘れて黒竜を輪切りにしましょう」
「だからしねぇって!」
 こいつはホントに……。
 俺のパーティの魔道士が脳筋思考すぎる件について、誰か相談に乗ってもらいたいものだ。

(3)リアとミレ につづく





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