(6)その2 エピローグ
「おはようございます。エルク様」
「ああ、おはよう」
目覚めは快適だった。
シーツも身体も乾いた精液や愛液やその他体液でカピカピになっていたが、ウラルが用意してくれた濡れタオルで綺麗に拭ってさっぱりし、身支度を整える。
支援魔法が切れたときの影響で身体にとんでもない反動がくるかと思ったが、そういったこともなく、快調そのものだ。
すでに陽は高い。少し寝すぎたようだが、昨晩の激しさを考えると自然なことだろう。
2階の部屋から1階の食堂に降りると、賑やかだった食堂が一瞬静まり返った。
静寂は一瞬で、再びガヤガヤと喧騒を取り戻すが、周りの人間がチラチラとこちらを見ているような気がする。
妙な空気を感じるが気のせいだろうか……? 軽く見渡すと、見知った赤毛と銀髪の二人組を見つけた。
彼女らは丁度四人掛けのテーブルに二人で座っている。相席させてもらおう。
「よっ。リア、ミレ。おはよう。って言ってももう昼だけどな」
座りながら声をかけると、リアがビクッと腰を浮かせた。
「あっ! う、うん! おはよ!」
「おはよう」
ミレはいつもの調子だが、リアは妙に早口だ。視線もキョロキョロとさせ、こちらに顔を合わせようとしない。
「二人もここに泊まってたんだな。昨日はお疲れ」
「う、うん! ウ、ウラルさんも元気になったみたいだし? よよよ良かったね!」
「ありがとうございます。ご心配おかけしました」
「ううん! 全然! あは、あはは!」
……明らかに挙動不審というか、様子が変だ。よく見ると顔が赤い。
どうした? と聞こうとしたところで、ミレがぼそっとつぶやいた。
「昨夜はお楽しみでしたね」
瞬間的にウラルが顔を伏せた。みるみるうちに耳まで真っ赤に染まる。
リアも赤面しつつ、わあわあと捲し立てた。
「ミ、ミレなに言ってるの!? ち、ちがうの! あのね! 聞いてたわけじゃなくて、聞こえちゃったというか、聞こえてきたというか、その……!」
立ち上がり、わたわたと手を振る。
「ウラルさんの声すごかったし、音とか振動とかもすごくて! あたし経験ないからよく分かんないんだけど、なんかずっと夜更けまで続いてて! いつまで続くんだろすごいなって!」
「OKわかった。ストップそこまでだ、これ以上は勘弁してください」
気持ち的には土下座する勢いで、リアを止める。
ウラルは俯いたままプルプルと震え、フードから見える肌はトマトよりも真っ赤になって、頭から湯気が立ちそうになっている。
「……おい、やっぱりあの二人だってよ」
「あの兄ちゃんが? てっきりオーガ族が女抱いてるのかと思ったぜ」
「このボロ宿がぶっ壊れるんじゃないかって思ったよな!」
「いいねえ、若いって」
周囲から口さがない言葉が聞こえてくる。
食堂に降りたときの妙な空気はこれだったのか……。
ただこれは、言ってしまえば、日々危険と隣り合わせの粗野な冒険者たちの一幕といった程度だ。
当事者としては忘れられない出来事になるかもしれないが、周囲の人間は日常の中で忘れる去る程度のもの。
被ったフードを口の方まで引っ張って「もうあの宿に泊まれません……」と恥ずかしがるウラルを、そんなふうに慰めていたが、トドメはその日、冒険者ギルドに顔を出したときに放たれた。
「お二人さん。宿屋から寝具一式と床の請求が届いてるよ。これはちょっと互助会の補償外だねぇ。代金は立て替えておいたから、あとでよろしくね」
これはつまり、俺たちはギルド内に借金を作ったということだ。
それ自体は別に珍しいことじゃない。例えば盗難などにあって持ち物をすべて失ったとき、一時的に装備や道具を揃えるためにギルドから支度金を借りる、というようなケースがある。しかも無利子で借りられるため、特に駆け出しの中には利用する冒険者も多い。
ただ俺たちの場合、内容が問題だ。
ギルドへの借金はその過程や理由など、こまごまと記録される。ギルド側からすれば無利子で貸す以上、記録は必須というわけだ。
つまり俺たちが致した結果の借金というのが、ギルドに記録されたわけで……。
ウラルはギルドの隅っこでしゃがみこんで縮こまるように背を丸め、両手で顔を覆っている。どんよりと陰鬱なオーラが見えるようだ。
「あー……。俺も悪かった。ちょっと調子に乗りすぎた」
「いえ、私もして欲しかったですし、もっと激しくとねだったのは私のあああ……」
情事の最中のセリフを思い出しているのか、プルプルとかぶりを振る。
「エルク様……」
完全に涙声だ。
「提案が、あるのですが」
「なんだ?」
「辺境を……。辺境を目指しましょう。誰も私たちのことを知らない土地に行きたいです……」
「お、おう」
自分たちの行いを省みるという発想はないのか。と突っ込みかけたが、まあ、気持ちは分かるし、激しくし過ぎた俺の責任でもある。
それに、男の場合「セックスが激しすぎて宿のベッドと床を壊しました!」というのはある意味武勇伝として笑い話にできるが、女性としては軽く流せる内容ではないのだろう。
「そうだな。辺境に行ってみるのも悪くないな」
変態冒険者のレッテルから逃げるように街を出るよりは、はるかにマシな理由だ。
「行こう。ウラル」
俯いているウラルに手を差し出す。
「エルク様……。はい!」
涙ぐみながらも笑みを浮かべ、ウラルが俺の手を掴み……。
「お二人さん、辺境に行くのはいいけど、借金返済してからにしてくれよ」
「お、おう……」
出鼻をくじかれた。
とにもかくにも。
俺たちの冒険は始まったばかりだ!?
終わり
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