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敬語部下型と幼馴染み型素直クールズ その2

 俺は彼女達とセックスをしていた。
 何故セックスをしているのかは、忘れた。いや、忘れた、という表現は正しくない。忘れたのではなく、思い出せない。というか、そもそも思い出そうとも思わない。
 この状況が、まるで必然であるかのように、現在の状態に何の疑問も湧かないのだ。

 辰美が、その小さな身体で俺に跨がり、腰を振っている。
 七夕さんが、俺の顔にその大きな胸を押し付け、俺の右手を使って自分の秘所をいじっている。

 徐々に、二人の動きが激しくなり、俺は、辰美に攻められている己の肉棒から沸き上がる気持ちよさと、七夕さんに胸を押し付けられて息が出来ない苦しさに悶えていた。

 やがて、焦燥感を伴って高まる射精感と、窒息寸前の苦しさが限界に到達した時、俺は──

 * * * * *

 ぱかっと、目が覚めた。
 最初に目に飛び込んできたのは、我が家の見慣れた天井だった。

 薄暗い部屋の中で、笹戸圭介(ささど けいすけ)は、全身が強張り、ぜぇぜぇ、とかすれた呼吸をつきながら、呆然と天井を凝視する。
 心臓が、工事現場の削岩機のようにドドドドッと早打ち、「夢か」という言葉すらも出て来ない。
 凍えたように強張る手で、身体に絡まったタオルケットを剥がし、圭介はやっとのことで身体を起こした。
「っはぁあああああああ……っ」
 大きく息を一つ。頭をがくんと、前に倒し、
「…夢、かああああ…」
 やっと、言葉を吐く。うなだれて、垂れた前髪から汗が雫となってシーツに落ちる。未だガタガタ震える手で、髪の毛を掻き上げると、びっしょりと冷たい汗で濡れていた。
 真夏の午前8時。外は快晴。今日も、最高気温を更新する勢いで、太陽はガンガン地表を照らしている。
 エアコンは寝る前に消し、締め切ったその部屋はじっとりと蒸し暑い。湿気を含んだ空気が確かな質量を感じさせ、圭介の身体に重くへばりつく。
 そういった、真夏の朝特有の不快感の中で、圭介はまるで凍えているかのように震えていた。

 ……なんという夢だ。よりによって辰美とセックスしてる夢を見るとは。圭介は頭を掻きむしった。
 あいつは、幼馴染みのあいつは、普通の男友達よりも男(最近はオヤジだが)らしく、妹というよりも弟のような存在で、自分は女と全然思っていなかったのに。圭介は呆然と息を吐いた。
 圭介がここまで夢の内容にショックを受けているのは、辰美のことだけではない。夢の中のもう一人の登場人物、七夕夜子(たなばた よるこ)の存在が、圭介の心を更に落ち込ませていた。
 夜子は、会社の後輩で、よく自分に懐いてくれている。最初のころは取っ付きにくい感じだったが、現在ではことあるごとに、笹戸さん、笹戸さんと、自分にまとわりつき、腕を抱き締めてくる。圭介は、それを部下のスキンシップだと捉えていた。
 夜子は自分を慕ってくれていて、懐いてくれているのは間違い無いが、それは仕事の先輩としてであって、所謂、男女間のアピールではないはずだ。それなのに、自分はあんな夢を見てしまうとは。
 圭介は夜子に対し、酷い裏切りをした気分になって、罪悪感がじわじわと良心を蝕む。
「なんか、いつもより元気だし…。こいつ」
 まったく、何を考えているんだ。と心の中で呟き、圭介は普段よりも元気よく盛り上がった股間に呆れた視線を送る。
 圭介はベッドから降りるとエアコンのスイッチを入れ、びっしょりかいた寝汗と一緒に、夢の内容をも流し去るべく、風呂場へ向かった。

 * * * * *

 ピポピポピンポーン、ピンポピンポーーン。
 風呂から上がって一息つき、さて、とPCを立ち上げた午前10時半。
 世話しなく連打された呼び鈴の音に、圭介は眉をしかめた。玄関の方に目を向け、キーボードとマウスから手を離す。
 一瞬の静寂後、またピンポピポピンポーンと呼び鈴が連打。
 こんな非常識な呼び鈴の押し方をするのは、あいつしかいない。圭介はため息をつきながらモニターの電源を切り、玄関に向かった。

「えへっ♪ 来ちゃった」
 玄関のドアを開けると、予想通り南東辰美(みなみあずま たつみ)が立っていた。
 むわっとした外の空気が玄関に流れ込み、やかましいセミの鳴き声がボリュームを上げて一緒に飛び込んでくる。
 辰美は、やたらめったら乙女チックなセリフとは裏腹に、いつものようにいたずら小僧のような笑みを浮かべている。
「………」
 圭介は無言で玄関のドアを閉めようとするが、
「ラブコメ風に登場してみたのだが、お気に召さなかったかね?」
 と、小柄な辰美がするりと中に入ってくる。圭介はそれには答えず、
「…呼び鈴を連打するなって言ってるだろ。近所迷惑だ」
「こうでもしないと圭介は出てくれないじゃないか」
「インターフォンが無いアパートに住んでるんだ。身に覚えが無い呼び鈴に応じないのは、独り暮らしの常識だ」
 怫然とした表情で言い切り、1DKの室内を横切って、途中、冷蔵庫から飲みさしのペットボトルを取り出し、パソコンのデスクに腰を下ろす。
 辰美は勝手にベッドに腰掛け、にやりと笑った。
「それじゃあ、出てくるまで呼び鈴を連打するのは仕方ないな?」
「なんでそうなるんだ。お前が来る前に一言連絡入れれば済む話だろ。つーかなんでお前はいつも連絡なしでウチに来るんだ」
 疲れたように言って、お茶のペットボトルを一口飲み、ほれ、と辰美に放って渡す。
「抜き打ちで来られるとまずい理由でもあるのかね? けーくん」
 辰美も受け取ったペットボトルを一口。
「俺が留守だったらどうするんだって話をしてるんだろうが。……っておい、何してんだ」
 いつの間にか、辰美はベッドの横に置いてあるゴミ箱を、手前に引っ張って来て漁っている。
「ん? いや、きみがリピドーを無駄に発散させていないかと気になってね。どうやらそうでは無いようだ。安心した」
「人ンちのゴミ箱を漁るな。野良猫か、お前は」
 辰美の訳の分からないセリフは無視して、圭介はゴミ箱を取り上げ、所定位置へ戻す。
「つーか、お前、何の用だ? わざわざゴミ箱を漁りに来たのか?」
 再びデスクに腰掛け、モニターの電源をつけながら圭介が続ける。
「俺は今日、いろいろ用事があるんだ。お前の遊び相手は出来ないぞ。大人しくマンガでも読んでろ」
 まるで親戚の子どもに対して言うような圭介のセリフに、辰美は、
「ふふふ。マンガ、か。帰れ、とは言わないんだな?」
 と、片頬を上げて人が悪そうな笑みを浮かべた。
「……帰れと言って、お前がその通り帰るならそう言っている」
 言い訳のするように言って、圭介はPCに向き直った。
「言っとくけど、本当に作業があるんだから、邪魔するなよ」
 その言葉に、辰美が怪訝そうに片眉を上げた。
「作業? 今は休暇中ではないのかね?」
「休暇中だよ。でもチェックしなきゃならない資料があるんだ」
「ふむ、なるほど。攻略本かね?」
「ああ」

 ついこの前マスターアップを果たし、今は半月ほどの休暇の最中だ。しかし圭介はここ二日ほど、ゲームと同時発売予定の攻略本のチェックを進めていた。
 圭介は自分が担当した部分を中心にチェックし、修正箇所をディレクターの琵琶山へ知らせるべく、内容をまとめている所だ。各スタッフから修正箇所を受け取った琵琶山が、攻略本の編集へまとめて返答するといった手はずになっている。

「しかし、最近の攻略本は、まるで攻略していないな」
 攻略本の原稿と仕様書を見比べて、内容のチェックをしている圭介の耳元から、呆れたような辰美の声がした。いつの間にか近寄り、圭介の肩ごしにモニターを覗き込むような格好になっている。
「開発元から資料を取り寄せて攻略本として発売するとは、手抜きにも程がないかね?」
「俺に言うなよ」
 圭介は作業を続けながら、暑苦しいから近寄るな、と眉をしかめる。
 しかし辰美は全く意に介さず、
「本来攻略本とは、編集部が独自に攻略して、その情報をまとめたものではないのかね? 開発から仕様を教えてもらって、一体何を攻略していると言うのかね?」
 と、言いながら、さらに圭介に密着する。今や完全に圭介の肩に顎を乗せ、背中にぴったりと身体をくっつけている。
「だから俺に言うなっつーの。ゲームと同発なんだからしょうがないだろ。それに、今はこれが普通なんだよ」
 まあ、言いたいことは分かるけどな。と圭介は淡々と作業を続けつつ、引っ付いている辰美を追い払うように、肩辺りでシッシッと手を振る。
「しかし、開発に資料提供と文字校正のギャラは発生して無いのだろう?」
 それを無視して、辰美は圭介の前に腕を回す。
「知らねえけど、たぶん出てないだろうな」
 圭介は、邪魔だ、と辰美の手の甲をはたきながら、作業を続ける。
「では、作業するだけ損ではないか?」
 それでも懲りずに辰美は圭介の首を抱くように腕を回す。
「まあそうなんだけどな。クライアントと攻略本の出版社でなんか話がついてるんだろうな。雑誌でゲームの広告記事出してくれるとかさ」
 左手だけで器用にキーボードをカタカタ言わせつつ、くっつくなっての、と右手の甲でペシッと軽く辰美の額を叩く。
「仕事は仕事として、なあなあで済ませない方がいいぞ? “いいひと”は損するだけだ」
 まったく怯まず、辰美はさらに腕に力を込め、ぎゅっと抱きしめる。
「んなこた分かってるが、それを判断するのは俺じゃなくて社長だ。……つーか暑苦しいぞ。いい加減離れろ。邪魔するなって言っただろ」
 とうとう我慢出来ずに、圭介が口を開いた。
「ふふふ。断る」
「こっちこそ断る。デコピンかますぞ」
 嬉しそうに言う辰美に、圭介は嫌そうに眉をしかめ、右手を肩の辺りに上げてデコピンの形を作った。
「良いではないか。けーくん、実はお風呂上がりだろう? イイ匂いがするぞ?」
「くんくんすんな! こそばゆい!」
 唐突にもみあげ辺りをくんくんされ、辰美の鼻息に圭介が身悶える。
「ああ、これはヤバいな。クセになりそうだよ、けーくん」
 辰美は、はぁはぁ言いながら、圭介の首筋に顔を埋めるようにして一心不乱にくんくんする。どさくさに紛れて、首筋をぺろりとひとなめ。
「やめろっつーの!」
「あいたっ」
 たまりかねた圭介の裏拳が、辰美の小さなデコにクリーンヒット。たまらず辰美は抱き締めている腕を緩め、痛む額をさする。
「つれないなあ。けーくん」
「お前なあ…。ここ数年のオヤジ化は目に余るものがあるぞ」
 心底呆れたように言って、首に巻き付いている辰美の腕を剥がした。
「一応、私は女のはずだが? ちんちんは付いて無いはずだが、見てみるかね?」
 ベルトに手を掛けて、ジーンズを下ろすフリをする辰美に、圭介はため息をついた。
「やめろ馬鹿。そういうところがオヤジだって言うんだ」
「ふふふ。今さら照れるな。一緒にお風呂に入った仲じゃないか」
「いつの話だよ。つーか仕事の邪魔すんな。用が無いなら大人しくしてろ」
「誰も用が無いなんて言って無いではないか」
「俺にまとわりつく以外に、用なんてあるのか?」
「それも大事な用の一つだが、今日は報告があって来たんだ」
 皮肉で言った圭介の言葉をさらりと認めつつ、辰美が真面目な顔をする。
「なんだ? 用事があったんなら先に言えよ」
 圭介は辰美に向き直り、で、なんだ? と先を促す。
 辰美はじっと圭介を見つめ、口を開いた。

「実はな、私は妊娠したようだ」
「そうか、妊し…………。なんだって?」
 今、こいつは一体何と言った? 圭介はぽかんとする。今、妊娠って言ったのか? と、自分の耳 を疑う。
「だから、私は子どもを身籠っていると言っているんだ」
「……マジで?」
「こんな嘘はつかんよ」
 はっきりと言い切った辰美の言葉に、嘘や冗談の響きは感じられなかった。
「それは……、おめでとう」
 そうか、辰美が母親になるのか…。圭介はなんとも言えない思いに包まれ、思わず椅子から腰を浮かした。
「なんだよ、そんなことなら早く言ってくれよ。ホントにめでたいじゃないか」
「しゅ、祝福してくれるのか?」
「当たり前だろ?」
 意外そうに狼狽する辰美の肩を、圭介は力強く掴む。
「そ、そうか。祝福してくれるか! 圭介!」
 辰美は笑顔になり、思わず抱きつこうとしたところで、圭介が口を開いた。
「で、相手は誰だ?」
「……なんだって?」
 今度は辰美がぽかんとする。そんな辰美をそのままに、圭介が明るい声を出す。
「いやー、まさかお前に彼氏がいるとは知らなかったよ。相手は誰だ? 俺が知ってるヤツか?」
「いや、ちょっと待て」
「もちろん結婚式には呼んでくれるよな? いつやるんだ? 妊娠してるなら結構早めなんだろ?」
「待て待て! 圭介、あのな、」
「まさかお前に先を越されるとはなあ。いやでもおめでとう!」
「いい加減、人の話を聞きたまえ」
「むぐっ!?」
 辰美はむっつりと言うと、ぐいっと圭介の首を抱き寄せ、口をキスで塞いだ。
「バッ! おまっ!」
 圭介は慌てて辰美を引き剥がす。辰美は名残惜しそうな顔をするが、
「ふふふ。けーくんとキスするのは実に10年ぶりだな?」
 と、にやりと笑い、ぺろりと舌舐めずりをする。
「おおお前、何してんだ!」
 激しく戸惑う圭介をそのままに、辰美がうっとりと続ける。
「覚えているかね? 最後にけーくんとキスしたのは、中学3年の時だったな?」
「お、覚えてねえよ!」
 思わず怒鳴る。しっかり覚えているが、咄嗟に否定してしまう。
「それは残念だな。あの時、私に初潮が来た日、クラスメイトの前で熱いベーゼを交わしたではないか」
「知るか! そんなの!」
 そう言いながらも、圭介の脳裏にあまり思い出したくない記憶が蘇った。

 あれは、中学3年の秋ごろだった。
 朝から微妙に体調不良を訴えていながらも、俺の傍を離れようとしない辰美を、いいから保健室に行って来いと、休み時間に強引に保健室に放り込んだ。
 その次の休み時間に、辰美は教室に戻ってくるなり、「圭介! 私はやっときみの子どもを身籠る器が整ったぞ!」と廊下に響くぐらいのデカい声で言い放ちやがった。
 固まっている俺とクラスメイトを気にも止めず、辰美はまっすぐ俺の胸に飛び込んで、そのままキスをかました。
 一瞬後に正気に返った俺は、辰美を抱え上げて、そのまま後ろに放り投げた。バックドロップを正面からやった感じだ。
 床にしたたかに脳天を打ち付けたキス魔は、恍惚とした表情のまま脳震盪で救急車で病院に運ばれた。その後、俺は親にこっぴどく叱られた。

 幼いころから、圭介は何回も辰美にほとんど強引にキスをされ続けていたが、小学校の高学年くらいになると、学習した圭介は辰美の迎撃に成功し、キスもそれ以来されていなかった。しかし、不意をつかれたために、混乱した圭介は思わず投げ飛ばしてしまったわけだ。

 嫌な過去を思い出し、思わず圭介は渋面を作る。昔のキスの感触と今のそれとがシンクロし、圭介は思わず唇を手の甲で拭った。
「中学の時の話なんかどうでもいい。なんで今、俺にキスするんだお前は?」
「けーくんが私の話を聞かないからだ」
「それならキスじゃなくても他に方法があるだろうが…」
 なんでこいつはそう極端なんだ。とため息をつきながら続ける。
「話って、お前が結婚するって話じゃないのか? つーか彼氏がいる女が、男の家に独りで遊びに来るな」
「だから、それが勘違いだと言っているのだよ」
「それっつーのはどれのことだ?」
「私が身籠ったのは、圭介、きみの子どもだ」
「…………は?」
 再び、圭介はぽかんとする。その刹那、今朝の夢が脳内にフラッシュバックした。
 ……いや、いやいやいや! アレは夢だ。夢のはずだ。そんな、まさか、実際に、なんて。
 夢の内容を思い出し、一人慌てる圭介をそのままに、辰美がうっとりした様子で続ける。
「実はな、昨晩、圭介と愛しあっている夢を見たんだ」
「…なに? 夢?」
 お前もかよ! という言葉を圭介はすんでで飲み込んだ。
「さすがに内容は恥ずかしくて口に出せないがな。とても素敵な夢だったぞ?」
 珍しく頬を染めて恥ずかしがる辰美はさらに続ける。
「きみと愛しあう夢は過去にも何度か見たことがあるが、昨晩のそれは、まるで本当の出来事のようにリアルだったぞ? 起きてから、思わず膜を確認したくらいだ」
 膜は無事だったから安心したまえ。と聞いていないことを口にする。
「何故か、七夕夜子も夢に出て来たのは、非常に不愉快だったがな」
 辰美が言う夢の内容に、圭介は何やら頭痛を覚えた。なんで同じような夢を見てるんだ、俺たちは。
「…で、その夢とお前が妊娠してるのは、どういう関係があるんだ?」
 額を指で押えながら問う圭介に、辰美はきょとんとする。
「圭介、きみは想像妊娠という言葉を知らないのかね?」
「……お前こそ、想像妊娠を百ぺんググッて来い」
 圭介はいよいよ本格的に頭痛を覚えた。ため息をついてPCに向き直り、想像妊娠をグーグル先生に質問してやる。

──想像妊娠とは。
妊娠を極端に強く望んだり、恐れたりするあまり、身体が妊娠したように変化することを『想像妊娠』といいます。つわりの症状が出たり、中にはお腹が膨らんで来たりする人もいますが、これは自己暗示によるもので、実際に妊娠しているわけではありません。

「…ほれ、これだ。読んでみろ」
「ふむふむ…」
 読み終わった辰美は、途端に眉をしかめた。
「なんだこれは。想像妊娠とは、本当に妊娠しているわけではないと言うのかね?」
「当たり前だろうが」
「…がっかりだ。非常にがっかりだよ。圭介」
 辰美はやれやれと、外人のように肩をすくめる。
「…想像妊娠で本当に子どもが出来ると思ってたお前もお前だけどな」
 大体、昨夜見た夢で即座に想像妊娠に陥るのも普通じゃない。どんだけ自己暗示が強烈なんだよ。
 呆れる圭介に辰美が向き直り、にやりと笑う。
「残念ではあるが、それならば本当に子作りすれば良いだけの話だ。そうだろう?」
「…なんだと?」
「圭介、子種をくれ」
 がばっと、辰美はデスクに座っている圭介の頭を抱きかかえた。直後、
「ぅぐッ!」
 圭介に無言で脇腹に貫き手をかまされ、辰美は呻いて脇腹を押さえながら悶えた。
「お、女の子はもう少し丁寧に扱いたまえ…」
「ほーう。女の子扱いして欲しかったら、もう少し女らしくしてみろ」
 圭介は張り付いたような笑みを浮かべ、辰美にアイアンクロー。
「あだだだッ!」
「お前は義務を果たさずに権利を主張する、どっかの困ったちゃんか? ええ?」
「いたいいたい! 待った圭介! 話を聞きたまえ!」
「言い訳があるなら聞いてやろう」
 やっと解放された辰美は、半ベソをかいて圭介を恨みがましく見上げる。
「とんだ言い掛かりだぞ、けーくん」
「何がだよ」
「私ほど女らしい女は、そうそういないということだ」
「何言ってやがる、逆だろうが。お前ほど女らしくない女はいないぞ」
「好きな男の精子を欲しがるのは、これ以上なく女らしい行為ではないか。女の本能に忠実で誠実な行動だぞ?」
「…そういうことじゃねえよ。こん馬鹿たれが」
 圭介は指を広げて再びアイアンクローの構えをとる。
「けーくん待った! どうせ掴むなら胸か尻にしてくれ。──あいた!」
 やっぱりコイツは駄目だ。と、圭介は心底呆れてズビシと脳天にチョップ。
 辰美はペタンと座り込み、涙目でつむじあたりを押さえる。辰美は文句を言おうと口を開きかけたとき、携帯が鳴り、口を閉じた。
 仕方なく、辰美は片手で頭をさすりながら、若干舌足らずな涙声で電話に出る。
「…もしもし? ──ああ、どうもお世話に……なに? 明日じゃ駄目なのかね? こっちは今取込み中だ。……明日の朝一でロム提出だと? そんなのは知らん。こっちは愛するけーくんと結ばれるかどうかの瀬戸際なんだぞ」
「ちょ、待てこら!」
 たまりかねて圭介が辰美の携帯を奪った。
「あー、すみません。今こいつ酔っぱらってて…」
「何を言ってるのかね。私は酔ってなどいないぞ」
 いいから黙ってろ、と圭介は辰美の頭を押さえる。
「あ、田畑さんですか? どうもお久しぶりです。笹戸です。…え!? 明日マスターなんですか? ああ、なるほど。すぐにコイツ送りだしますので。いえいえ、酒はすぐ抜けますよ。こき使ってやって下さい」
 それじゃ、失礼します。と携帯を切り、辰美に向き直る。
「ほれ、仕事だぞ。行って来い」
 そう言って、辰美に携帯を放って返す。
 田畑は、圭介が昔お世話になった同業者で、今は別の会社で開発の取りまとめを行っている。その田畑のプロジェクトがマスターを翌日に控えた今日、重大なバグが発見され、発売延期の危機を迎えているらしい。
 田畑の会社では辰美が作ったエンジンを使用しており、どうやら根っこの部分から探らないと分からないバグのようで、田畑のチームのプログラマーではお手上げ状態のようだ。そこで、エンジンの開発をした辰美に声が掛かったというわけだ。
 辰美と田畑の会社との契約では、何か問題があった時のサポートも契約内容に含まれているので、当然無視と言うわけにも行かない。しかし辰美はきっぱりと、
「今はけーくんと一緒に居たい」
 などぬかす。圭介はその言葉を予想していたかのように、即座に切り返した。
「お前のせいで田畑さんのゲームが発延になったら、一生、口きいてやらないからな」
「……仕方がない。さくっと終わらしてこよう」
「おう。頑張れよ」
 圭介は人知れずほっと息を付いた。これで田畑のプロジェクトはマスターに間に合うだろう。辰美はこんなんだが、プログラムの腕は確かだ。しっかりと問題を解決してくるだろう。
 辰美をほらほら急げと玄関に追いやりながら、ちらっと時間を確認すると、正午近くなっていた。
「じゃ、けーくん。いってきます」
「おう」
 しぶしぶ小さなスニーカーに足を通した辰美は、圭介に向き直ると無言でじっと見つめてくる。
「どした?」
 怪訝な表情をする圭介に、辰美は真顔で、
「いってきますのちゅーが欲しいな」
「さっさと行け」
 予想通りの圭介の冷たい視線を受け、にやりと片頬を上げて微笑む。
「ケチんぼだなあ。まあいい。すぐに終わらせて帰ってくるよ」
「俺ももう少ししたら出かけるから、ウチに来てもいないぞ?」
「ん? どこへ行くのかね?」
「ああ、ちょっとな。七夕さんと約束があるんだ」
「………なに?」
 あ、こいつには言わない方が良かったか。しまったな。と後悔するも、時すでに遅し。辰美の目が据わったようになっている。
「圭介、詳しく話を聞かせてもらおうか? どういうことかね?」
「いいから、お前は早く仕事行けよ」
 誤魔化すように言う圭介の言葉は、辰美には当然効果がなかった。
「いや、仕事なんか行っている場合じゃない。あの女とけーくんを会わせるわけにはいかん」
 辰美の物言いに、圭介は思わずため息をついた。
 何故か辰美は七夕夜子とウマが合わないらしい。この前の打ち上げでも、ひと悶着あったくらいだ。圭介は、何故二人の仲が悪いか全く分かっていな かった。
「なに言ってんだ。つーか、あの女とか言うな」
「けーくんの寝顔を900時間も見ていたような変態女なぞ、あの女で十分だ」
「変態女とか言うな。つーかな、今日会うのはお前の尻拭いなんだぞ? 分かってんのか?」
「…どういうことかね?」
「お前が打ち上げで暴れたお詫びに、映画とお茶に誘ったんだよ」
「何!? あれは向こうが挑発してきたんだぞ!」
「まだンなこと言ってんのか。いいからお前は仕事行けって」
「駄目だ! あんな痴女と会ったらけーくんが食い物にされてしまう! 仕事なんぞしてる場合じゃない!」
「なんでそうなるんだ」
 痴女とか言うな、馬鹿たれ。とペシッと軽く頭をはたいて叱りつつ、
「お前な。マスター直前の大変さは分かるだろ? 下手したら発延だぞ? サポートもお前の仕事だろうが。ごちゃごちゃ言ってないで行って来いよ、頼むから」
 さらに、これを言うのは卑怯だなと自覚しながらも、圭介はあえて口にした。
「それに、田畑さんにお前を紹介したのは俺なんだぞ?」
「む……。それを言われると……、実に辛いな」
 辰美はいたずらが見つかった子供のような顔で押し黙った。
 ここで田畑の要請を無視すると、自分だけではなく、圭介にも迷惑がかかる。辰美としては、それは絶対に避けたい事態だった。自分の評価が下がるのは、自業自得だから構わない。しかし、それによって圭介のメンツが潰れるのは、とても我慢ならない。
 辰美は腹を括り、ふう、と、ため息をつくと、ちらりと不安げな顔で圭介を見上げた。
「……映画と、お茶だけかね?」
「ん? ああ、そうだよ。今ピクサーの新作やってるだろ? あれを観て、少しお茶飲むだけだ」
「そうか。じゃあ、仕事行ってくる。あの……。なあ、けーくん」
「…なんだ?」
 いつになく、歯切れが悪く、しおらしい様子の辰美に、圭介は少し調子が狂った。しかし、
「あの女の胸なんかに、惑わされてはいかんぞ?」
「……さっさと行け」
 やっぱりコイツは駄目だ、と圭介は玄関のドアを開けて、辰美を外に放り出す。
「あ、おい! 分かってるのかね!? 胸なら私がいくらでも触らせてやるから、デカいだけの無駄乳に目が眩んだら承知しないぞ!」
「表でデカい声だすな馬鹿たれ!」
 怒鳴り返し、玄関を閉めるも、「約束だぞ! ヤツの乳に気をつけろ!」と声が漏れ聞こえ、圭介は頭を抱えた。
 躊躇しているように不規則な足音が、徐々に遠ざかるのが聞こえる。なんだかんだ言いながらも、辰美はちゃんと行ったようだ。
 やれやれ、と圭介は、今日何度目か数えるのも億劫になるため息を吐いた。

 * * * * *

 目が痛くなるくらい、真っ青な空の端に、墨を垂らしたような真っ黒な雲が広がりつつある、午後1時。
 傘を持ってくれば良かったかな、と考えつつ、圭介は夜子との待ち合わせの場所に向かっていた。
 かなりの確率で、夕立ちが来そうだ。あいつは大丈夫か? と先ほど別れた幼馴染みに思いを馳せたその時、
「笹戸さん、こんにちは」
 夜子が正面に立っていた。真夏の外気に当てられながらも、涼しげな表情は、少しも損なわれていない。
 きりっとした瞳を、控えめな眼鏡が幾分柔らかく見せ、いつもは肩辺りで揺れている綺麗な黒髪が、頭の後ろで結わえられており、涼しげな印象がより強調されていた。
 胸元にレースがあしらわれたキャミソールに、薄手のYシャツを羽織り、7分丈の細みのパンツに華奢なサンダルという、夏らしい爽やかで涼しげな出立ちだ。
「やあ、七夕さん。ごめん、待った?」
 夜子と会社以外で会うのは初めてだった。なんとなく、気恥ずかしさを感じ、圭介は少しだけ早口になってしまう。
「実は、ちょっと早く来過ぎちゃいました」
 夜子ははにかむように微笑み、圭介を見上げる。
「今日は笹戸さんとデートなんだって考えると、興奮して昨日も余り眠れなくて。1時間ぐらい前に来ちゃいました」
「え!? 1時間も?」
「はい。あ、でも気にしないで下さい。私が早く来過ぎただけですから」
 嬉しそうに微笑むと、するりと圭介の横に並ぶ。そんな夜子を圭介は目で追うと、髪の毛をたくし上げた首筋に、うっすらと汗の珠が浮いているのが目に入った。
 1時間も外に居たんだ。暑かったろうに…。
「外で暑かったでしょ? 先に喫茶店か何処かで涼んで行こう」
「大丈夫です。映画を見てから、ゆっくり休みましょう」
 夜子は圭介を見上げ、柔らかく微笑む。
「でも、お気遣いありがとうございます。笹戸さんは、とても優しいですね。大好きです」
 そう言って、圭介の腕をぎゅっと抱き締める。圭介の腕が、大きな胸に埋まった。
 夜子のあからさまな行動に、圭介は思わず苦笑いしてしまう。
「あー、七夕さん。腕にね、」
「駄目ですよ? 離しません」
 くすくすと微笑んで、夜子は圭介のセリフを遮る。
「今日は、お詫びに私の言うことを聞いてくれるって約束ですよね?」
「あー、まあ、うん」
「では、ずっとこのままがいいです」
 夜子はうっとりとした様子で言うと、嬉しそうに圭介の肩に頭を乗せる。
「でも、暑くない? それにほら、俺、腕むき出しで汗かいてるし」
 圭介は、汗が直接触れて不快に感じないかな? と気を使ったつもりだったが、
「笹戸さんの肌を直に感じられて、すごく嬉しいです。もう一生離したくないです」
 夜子は全く気にしないようだった。むしろ、喜んでいるように見える。
「一生ですか…」
「はい、一生です」
 きっぱりと言い切る夜子に、圭介は、相変わらずオーバーな表現だな、と苦笑する。
「じゃあ、行こうか」
 片腕を抱かれた慣れない体勢に、圭介は少し苦戦しながら映画館に向かって足を進めた。

 * * * * *

「なかなか面白かったね?」
 映画を見終わった後、圭介と夜子は近くのオープンカフェに移動した。ここなら軽い食事もできるし、1、2時間ほど話をしていても特に問題ないだろう。
「はい、面白かったですね。でも…」
「ん?」
 圭介は自分の左腕を抱いている夜子に視線を落とす。
 夜子は宣言通り、ずっと腕を抱きっぱなしだった。映画を見ている時も、映画館から出る時も、現在、カフェで軽食と飲み物の注文をしている時も、ずっと左腕に寄り掛かるようにしている。おかげでカフェでは、二人連れなのにソファ席を使わせてもらっている。
 夜子は小首を傾げた可愛らしい仕種で圭介を見上げ、微笑む。
「笹戸さんとこうして居られる状態が幸せすぎて、あまり映画に集中出来ませんでした」
「あー、そう…。それは、良かった。…のかな?」
 突拍子もない夜子の発言に、圭介は何と反応していいか分からず、曖昧に返事をする。
 そんな圭介に夜子は柔らかく微笑み、
「良かった、で当ってますよ? だって、こうして笹戸さんを独り占め出来ているんですから」
 と、幸せそうに目を細め圭介の肩に頭を乗せる。
 終始こんな状態の夜子に、圭介は彼女の意図を掴みかねていた。
 彼女は誰に対してもこんな感じなのだろうか? 自分は、仕事の先輩として慕われているだけで、それ以上でも以下でもないよな?
 なんだかそれにしては随分と嬉しそうだが、女の子の本当の気持ちなんて、全然分からない。まあ、とりあえず、変な勘違いをすることだけは避けよう。うん。と、独りで納得し、逡巡を切り上げ、様子を伺うように、言葉を選びながら口を開く。
「あー、なんだ。俺としては、今日の映画は仕事にも役立ちそうだから、そういう視点で見て欲しかった部分もあるんだけどね」
「笹戸さんならそう言うと思ってました。その点は大丈夫です」
「あ、そうなんだ?」
 映画というのは、どんな駄作でも何かしら参考になる部分があるものだ。「C級D級映画でも、必ず1ケ所は参考になる部分があるぞ」と、圭介は昔世話になったデザイナーから言われたことがある。
 最初は「そんな大袈裟な」と思った圭介だったが、今ではその通りだと思っている。
 ピクサーの映画ともなれば、多くの参考になる部分があるはずだ。ただぼーっと眺めて終わってしまったのではもったいなさ過ぎる。
「あのシーン凄かったですよね? 中盤の」
「ああ、主人公が逆襲に向かう所だね?」
「はい、あのシーンの……」
 圭介と夜子が映画の話で盛り上がるのと比例し、空の端にあった真っ黒な雲も盛り上がりを見せ、積乱雲の形状を取り始めていた。

 * * * * *

 完全にタイミングを逃した。
 圭介はもっと早めに切り上げるべきだったなと後悔し、どしゃ降りの空を見上げた。遠くからゴロゴロと音が響き、雷雨はこれからが本番だと予感させる。
 雨が来そうだったので、オープンカフェを出て、駅に向かって歩き出したが、間に合わなかった。
 早めに駅に行こうと、大通りから外れた裏道を歩いている時に、何の脈絡もなくどっと雨が降り出し、シャッターが閉まった店の軒先きに慌てて飛び込み、二人はそこで立ち往生。
「ここでしばらく雨宿りするしかないね。ごめんね。もう少し早めに切り上げれば良かった」
 申し訳ない気分一杯で言って、圭介は傍らの夜子を見下ろすと、夜子がきょとんとする。
「いえ、私は平気ですよ?」
 彼女は微笑んで続ける。
「むしろ、ずっとこのままならいいな、と思ってるくらいです」
「え、なんで?」
「だって、笹戸さんと一緒に居られる時間が延びるじゃないですか。夕立ちに感謝です」
 当然のように言って、微かに雨で濡れた肩先に寄り掛かってくる。
 なんと返答すればいいのか決めかね、結局圭介は口をつむぐ。なんとなく、時間を確認しようと、右手でポケットから携帯を取り出した。左腕に腕時計を巻いてあるが、左腕は既に自分の物ではないような気がするため、動かせずにいた。
 携帯の液晶は、16時20分を示していた。じりっと、圭介の心に焦りに似た何かが広がる。

 あいつが俺の家を出たのは昼前。田畑さんの所には1時間もかからずに着くだろう。辰美の性格上、すぐに作業を開始するだろうから、そうすると、開始から大体3時間半ぐらい経つ計算になる。
 バグを突き止め、修正するには、十分な時間に思えた。「私のプログラムには、ブラックボックスなど存在しない。どの場所にどのコードを書いたのか、ほぼ完全に記憶している。バグを潰すには、他の連中が書いたプログラムを読まないといけないが、それでもまあ、2時間もあればどんな深いバグでも追ってみせるさ」と、前に辰美が自慢げに語っていたことを思い出す。事実、辰美は幾度となく、それ以下の時間で、厄介な不具合を修正してみせた。
 バグの原因を突き止めるのに2時間。それから修正して確認作業をする必要があるが、時間的にはそろそろ作業が終わっている頃かも知れない。圭介はそわそわと身体が揺れそうになる。
 大丈夫か? あいつ。まあ夕立ち来そうだったし、大人しく田畑さんの所で避難してるだろう。

 辰美がこの世で一番苦手なもの、それが雷だった。いつも人を食ったように飄々としている彼女も、雷鳴の前では消えてしまいそうなくらい縮こまり、産まれたての仔馬のようにガタガタと震えが止まらなくなってしまう。屋内にいればまだ平気なのだが、屋外で雷に遭遇した時の辰美は、尋常じゃなく怯え、怖がり、誰かが傍にいてやらないと発狂してしまいそうなほどだ。
 圭介はせわしなく携帯の時計と、時々光る空を見比べる。

「……笹戸さん? 聞いてます?」
「え? ああ、ごめん」
 斜め下から声を掛けられ、圭介は我に返った。
「どうしたんですか? 難しい顔して。さっきも言いましたが、雨なら気にしないでくださいね?」
「あ、うん。ごめん。ちょっと考え事してた」
 辰美のことを考えてた、とはさすがに言えずに、圭介は曖昧に誤魔化した。
「もしかして……」
「え? なに?」
 不審そうな瞳で見上げられ、圭介は思わず上体が逃げる。しまった。自分が辰美のことを考えていたと悟られてしまったのかもしれない。
 何故かは知らないが、彼女も辰美と仲が良くない。ここで辰美のことを話したら彼女は機嫌を損ねてしまいそうだ。今日は、俺は接待モードなのだから、彼女が気分よく過ごせるようにしなければならない。圭介はそんなことを考えていた。
 夜子はさらににじり寄り、口を開く。
「もしかして、笹戸さんって、雷が怖いとか…?」
「……違うよ」
 圭介は脱力して肩を落とす。夜子に考えていたことが見破られなかったことに安心としたのと、そんな、雷が怖いなんて子供っぽく見られていたのか、という思いが混じりあった脱力であった。
「なんだ。ちょっとがっかりです」
「…七夕さんは、雷は平気?」
 何ががっかりなのか、聞かない方が良さそうに感じ、圭介は逆に尋ねてみた。
「平気ですよ? そうじゃなければ、足止めをされているこの状況を楽しめません」
「まあ、そりゃそうか」
「あ、でも、雷に怖がって笹戸さんに介抱してもらうというのも良かったかも…。失敗しました」
 心底、しまった、という感じで、悔しげに呟く。
「………」
 思わず呆れて見下ろす圭介を、夜子はキッと見上げ、
「今から、きゃ〜雷怖いです! 笹戸さん助けて〜! と言って抱きついたら駄目ですか?」
「…既に抱きついてるよね?」
 芝居がかった口調で、横から抱きつく夜子に、圭介はため息をついた。
「はい。私はたった今から雷が怖くなりました」
 微塵も怖がっている様子がなく、ぴったりと密着し、肩に頭を乗せる。
「…全然怖がってないよね?」
「そんなことありません。笹戸さん、雷が怖くて、これ以上外に居たくありません。あそこに入りませんか?」
 すっと夜子が指差した場所に視線を向け、圭介は唖然となった。
「休憩なら3800円かららしいですよ?」
「いや、あのね…」
 夜子の指の先には、ペンションのように洒落た外装の建物があった。ペンションと大きく異なる点は、ここは街中であるという所と、入り口に値段表がでかでかと建てられている所だ。所謂、ラブホテルというやつだろう。
「私としては宿泊したいところですが、どうですか? 明日もお休みですし」
 にこやかにこちらを見上げ、楽しそうに話す彼女に、圭介は大きくため息をついた。さすがにこれは、先輩として言っておいた方が良さそうだ。
「…あのね、七夕さん」
「はい。なんですか?」
「前から言おうと思ってたんだけど、男ってこういうの誤解しちゃう生き物だから、あんまりやらないほうがいいよ?」
「…? 何がですか?」
 夜子が不思議そうに圭介を見上げる。うわ、これはホントに自覚ないな、と圭介は呆れた。もし、この場に他の同僚がいたら、自覚がないのはお前のほうだ! とツッコミが入っていただろう。
「いや、だからさ、腕を抱いたりとか、ああいう所 ──圭介はそう言いながら、ラブホテルに視線を送り── に入ろうと言ったりとかしてると、本気に取られちゃうよ? 俺は、七夕さんが実はそういう冗談が好きだって知ってるからいいけど、誤解されちゃうから気を付けた方がいいよ?」
 諭すように圭介が言うと、夜子の顔から表情が消えた。ぽかんとこちらを見上げている。
 その余りの放心っぷりは、圭介が思わず、あれ? なんか変なこと言ったかな? と心配になってしまうほどだ。
「えっと、七夕さん?」
 恐る恐る声をかけると、夜子は絞り出すように口を開いた。
「……まさか、全然気付かれていないとは思ってもいませんでした…」
「え? なんのこと?」
「薄々、もしかして、と思っていましたが……」
 がっくりとうなだれ、独り言のように呟く。圭介はよく分かっていない。
「その…、何が?」
「私は今、とても悲しい気分になっているということです」
 下から睨み付けられるようにして見つめられ、圭介は慌てた。
「え!? あれ? 俺なんか変なこと言った?」
「もう、笹戸さん。場所が外じゃなかったら、正座させてお説教してる所ですよ? いいですか? よく聞いて下さい」
「あ、はい。すみません」
 気分的には既に正座させられている居心地の悪さを感じ、圭介は思わず謝ってしまう。
「誰が冗談でホテル行こうなんて言いますか? 本気で言ってるんですよ」
 実際はちょっと冗談混じりだったが、勢いで100%本気ということにした。
「えっと、なんで?」
「笹戸さんとセックスしたいからに決まってるじゃないですか」
「セッ…!? ちょ、声大きいよ! なに言ってるの!」
 突然の言葉に、圭介が慌てる。しかし、夜子は呆れたような口調でつっこんだ。
「私にここまで言わせてるのは、他ならぬ笹戸さんですよ」
「いや、あの…。なんで、ホテル行こうなんて言うの?」
「それは、私が笹戸さんのことを好きだからです」
 それは知ってるよ。先輩として、だよね? と言おうとする圭介に、夜子が釘を刺した。
「言っておきますが、異性として、笹戸さんが好きだということですよ。人間としても、先輩としても好きですが、異性として笹戸さんが大好きなんです」
「えっと、それは、つまり…?」
 この期に及んで、異常な鈍感さを発揮する圭介に、夜子は根気よく答えた。
「愛の告白です。私から、笹戸さんへの、告白ですよ」
 きっぱりと言い切った夜子の言葉に、圭介は言葉を失った。
「………」
「………」
 二人は黙ってしばし見つめあう。夜子は挑むような目つきで見上げ、圭介はホントに理解してるのか不安になるような顔つきで、呆然と夜子を見下ろしている。
 どしゃ降りの雨音と、徐々に近付いてくる雷鳴が、辺りを支配する。

「……えっと、」
 沈黙を破ったのは、圭介だった。
「…これも、冗談ってことは…?」
「違います」
 ピシャリと言われ、圭介はうっと口をつむぐ。
「分かってくれるまで、何度でも言いますよ? 私は、笹戸さんが、あなたが好きなんです。好きで好きでたまらなくて、一日中、腕を抱いていたいほど好きなんです。今日のお出かけが楽しみで仕方なくて、1時間も早く来ちゃうくらい好きなんです。この前も言いましたけど、笹戸さんの寝顔を942時間48分12秒も眺めちゃうくらい好きですし、今すぐホテルに行って、朝まで愛し合いたいくらい好きなんです。それから、」
「分かった! もう分かったから!」
 たまらず、圭介がストップをかけた。夜子の真直ぐな告白に、顔が火照るのが自分でも分かった。赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、圭介は顔を背けた。
「いや、なんていうか、その、全然気付かなかった」
「鈍感すぎですよ。私、何度も好きですって言ってたじゃないですか」
 責めるように言われ、圭介は言葉に詰まる。全くもってその通りでございます。でも、
「好かれてるのは分かってたけど、それは同じ班の仲間として、だと思ってたんだ」
「まあ、なんとなく、そうとしか見られていないかなあとは思ってましたけど…」
 夜子は苦笑し、続ける。
「全然、女として見てもらえてないですし、脈が無いのは自分でも分かっていましたが、好きな気持ちを止めることが出来なかったので、自分なりに一生懸命アピールしてきたつもりでした」
 夜子の言葉に、自嘲が内包されているのを圭介は感じ取った。
 ……これは、参った。圭介は自分の鈍感さを恨んだ。彼女のスキンシップは、自分に対するアピールだったのか。自分は彼女の気持ちに気付こうともしてなかった。
 圭介は、申し訳ない気分になり、その一言を言った。言って、しまった。
「俺、今まで女の子に好かれたことなんて無かったから、全然気付かなかった。ごめん」
「……それは、どういうことですか?」
「え?」
 今まで聞いたことの無いような、硬く、怪訝な口調で聞かれ、圭介は思わず声が出た。
「今まで、女の子に好かれたことなかったって、じゃあ、南東さんのことにも気付いてなかったってことですか?」
「え? 辰美?」
 なんでそこで辰美が出てくるんだ? 圭介には夜子の問いかけの意味が分からなかった。
 夜子はずいっと詰め寄り、更に問いつめる。
「気付いていないんですね? 南東さんの気持ちに」
「え? え?」
 全く要領を得ず、しどろもどろになっている圭介の様子に、夜子は全てを察したようだ。
「…さすがにこれは、聞き捨てなりません」
 地の底から沸き上がるような口調で、夜子が告げる。絶妙なタイミングで稲光りが走り、夜子の顔をシルエットにした。
 数秒後、雷鳴が地を揺るがした。
「本当に自覚がないんですね? それはいくらなんでも鈍感すぎませんか? これはさすがに南東さんが可哀想です」
 夜子の視線には明らかに非難が込められていた。なんか知らないけど、凄い怒られてる…。
「えっと、辰美が、どうかしたの?」
「どうかしたのじゃありませんっ!」
 夜子の叱責と共に稲光り、同時に雷鳴が轟く。大地にも、圭介にも雷が落ちた。
「私は、南東さんの、25年間の戦いに、思いを馳せると、彼女の苦労に、同情を、禁じ得ません」
 一言一言に力を込めて迫るようにして言われ、その度に圭介は後ずさる。無自覚な圭介は、何故怒られているのか分からずに困惑するばかりだ。
「まあ、そのおかげで私にもチャンスがあるわけなんですが……」
 言いたいことを言い切ったのか、夜子は大きなため息をついた。
「これからは、彼女の言動にもう少し注意を向けてみて下さい」
 とりあえず怒られタイムは終わったようだ。圭介は曖昧に返事をした。
「はあ……。──あ、」
 そのとき、携帯が震え、着信を主張した。圭介は携帯を取り出し、ディスプレイに表示されている発信元を確認して、眉をひそめた。電話をかけて来ているのは、辰美だった。
 圭介は素早く夜子に視線を走らせた。夜子は圭介の表情に何か急な用件を感じ取って、「どうぞ」と電話に出ることを促す。
「どうした? 無事か?」
 圭介は電話に出るなり、そう切り出した。嫌な予感がする。
『…けいすけ、どこ?』
 弱々しい、辰美の声がかろうじて耳に届く。ゴロゴロとした雷鳴が、携帯の先からも自分の頭上からも聞こえる。……嫌な予感が的中したようだ。
「お前、外か?」
『…うん。ね、けいすけ、おねがい、どこ?』
 辰美の声が震えて聞こえるのは、携帯のせいや電波のせいではないだろう。雷が苦手なクセに、なんで外に出るんだ。そう言いたくなる気持ちを押さえ、圭介は出来るだけ短く、伝えた。
「迎え行くから、どこにいるんだ?」
『えき出て、わかんない、こわくて…。おねがい、けいすけ』
「駅だな? 出口はどっち側だ? 東口か?」
『うん、東。けいすけ、雷こわいけど、会いたかったから…。どうしても。だから…』
「分かってる。大丈夫だ。すぐ行くから、そこ動くなよ」
『あ、まって! でんわ、きらないで! おねがい』
 今にも泣き出しそうな声で、辰美が訴える。そう言われても、このどしゃ降りの中で携帯をかけっぱなしにするわけには行かない。
「大丈夫だ。すぐ行くから」
『でも、わたし、おねがい、ねえ、おねがいだから、──きゃあ!』
 頭上と携帯と、ステレオで雷鳴が轟く。
『もうやだあ! やだよお…。けいすけ、こわいよお…』
 泣き声と、雷鳴の余韻が圭介の鼓膜を震わせる。
「大丈夫だ。今すぐ行く。絶対にそこを動くなよ」
『切っちゃヤダよ? おねがいだから、けいすけ?』
 まだ辰美は何か言っているが、とりあえず圭介は電話口を押さえ、夜子に向き直る。
「七夕さん、ごめん。ちょっと…」
「南東さんですか?」
 圭介の口調で相手が辰美だと察していた。
「うん、あいつ、雷がちょっと洒落にならないぐらい苦手なんだ。それなのに、今、外にいるみたいで…」
「分かりました。行ってあげて下さい」
 夜子は、自分でも驚くほどあっさり承諾した。圭介の表情を見れば、どれくらい緊迫した状態なのかが分かった。
「ごめん! この埋め合わせは必ずするから!」
 圭介はきびすを返し、駅への最短ルートを頭に思い描く。携帯を耳に当てると、
「辰美、すぐ行く。一旦切るぞ、いいな?」
『え、やだ! けいすけ、まっ』
 圭介は通話を切り、躊躇なくどしゃ降りの中に飛び出した。

 * * * * *

 さて、今回も愛しの彼は、彼女に持って行かれてしまったわけですが。と、夜子は圭介が飛び出して行った方向を眺める。
 まあ、この場合は緊急みたいだし、仕方ないだろう。それに、自分はキチンと想いを伝えることが出来たわけだし。一方、彼はまだ彼女の想いに気付いていないようだし、(信じられないことだが、彼の反応を見るに、恐ろしいことに事実らしい)その点では自分はリードしていると言える。
 昨晩、彼とエッチしている夢を見た時は、これは今日中にキメてしまえ、との啓示だろうかと思ったが、やはり世の中そう甘く無いようだ。まあ、何故か辰美も夢に参加していたので、正夢になったらなったで困るのだが。

 いずれにしても、勝負はこれからだ。
 夜子は「今回は譲りましたが、最終的に、勝てばよかろうなのです」と、静かに心の中で闘志を燃やした。


七夕夜子 VS. 南東辰美
6時間2分 南東選手のTKO勝ち。

 ……と、思われたが、今回のラウンドは、ここで終わっていなかった。

 * * * * *

 圭介が夜子の元を飛び出して、数分後。
 夕立ちはいよいよ本格的になり、雷が絶好調に轟いている。

 夜子は軒先きに避難したまま、どしゃ降りをただ見つめていた。
 アスファルトに叩き付けられた大粒の雨が、もうもうと水煙を上げ、膝から下を湿らせる。その雨足の強さに、軒先きで避難しているのに服が湿って重くなり、夜子は不快感に眉をしかめた。

 カッ! と強烈な稲光りがフラッシュのように地面を照らし、直後に大木を引き裂くような雷鳴がお腹に響いた。そのとき、
「きゃあああああああ!!!」
 雷鳴に負けじと悲鳴が響いた。
 夜子が何事かと瞬間的に声がした方に目を向けると、小学生か中学生くらいの女の子が、どしゃ降りの中にしゃがみ込んでいた。
 彼女は傘もささずに耳を押さえ、ひたすら震えていた。産まれたての仔馬のように震えている女の子に、夜子は思わず声を掛けていた。
「ねえ! そこ車が通るから、こっちに来なさい。ね?」
 しかし、女の子はしゃがんで耳を押さえたまま、震えている。彼女は耳を力一杯押さえているらしく、夜子の声が聞こえなかったようだ。
 どうしたものかと思案したのは一瞬、夜子は軒先きから飛び出し、女の子に駆け寄って行った。どしゃ降りですぐにずぶ濡れになってしまうが、道路の真ん中でいつまでも座り込んでいるのは危な過ぎる。放っておくわけにはいかなかった。
「ねえ、ここ車通るから、こっちに避難しましょう?」
 夜子はずぶ濡れになりながらも女の子の傍に駆け寄り、声をかけた。水滴だらけで用をなさなくなった眼鏡を外す。
 さすがに今度は聞こえたようで、女の子はうつむいている顔を上げ、夜子を見上げてきた。夜子は眼鏡を外しているため、少女の表情は良く分からないが、血の気が引いた顔に、短い髪の毛が張り付き、唇を不安げに震わせているのが見て取れた。
 夜子は優しく微笑みかけ、少女の脇に手を回して立ち上がらせ、軒先きへ避難させた。

 バッグからハンドタオルを取り出した夜子は、少女の傍にしゃがみ込んだ。ずぶ濡れになった細みのパンツが脚に張り付き、しゃがむのに一苦労する。スカートにすればよかったなあ、とちょっと後悔した。
 少女は軒先きに避難したにも関わらず、やっぱりしゃがみこんで耳を押さえている。よほど雷が怖いのだろう。
「はい。これで顔拭いて」
 夜子は出来るだけ優しく声を掛け、タオルを差し出した。
「………」
 少女は耳を押さえたまま、無言で夜子を見上げる。唇が何か言いたげに動くが、震えて上手く言葉が出ないようだ。
「大丈夫よ。雷なんて、すぐに終わるから」
 夜子は微笑み、女の子の顔を優しく拭いてやる。小さな額や頬にかかった髪の毛を払い、手で軽く梳く。
「あ、ありがとう…」
 か細く、消え入るような声で、女の子がお礼を言った。夜子はにっこりと微笑み返し、眼鏡のレンズをタオルで拭う。
「…いすけは?」
「え? なあに?」
 女の子の問いかけが良く聞こえず、夜子は聞き直した。拭き終わった眼鏡を掛けて、女の子に向き直るのと、女の子が再び問いかけるのは、同時だった。
「けいすけは? いっしょじゃないの?」
「み、南東さん!?」
 小学生か、中学生くらいかと思っていた女の子は、辰美だった。
「えいが観るっていってたから、こっちにあるいてきたんだけど…」
 夜子は、辰美の変貌っぷりに驚いて声が出なかった。常に片頬を上げて人を食ったような態度の辰美が、今は本当に怯えた小学生か中学生の女の子のようになってしまっている。
 夜子は、目が悪いとはいえ、裸眼でも近くから見れば知り合いの顔ぐらいは判別出来る。それなのに辰美だと気付かなかったのは、雰囲気が違いすぎるからだ。
 思わず夜子の脳裏に、「そんな、声まで変わって…」と懐かしのCMが再生された。
「……?」
 呆然としている夜子を、辰美が不安げに見つめ返す。その視線に、夜子ははっと我に返った。
「笹戸さんは、南東さんを探しに行っちゃいましたよ? 行き違いになってしまったんですね」
「……どうしよう」
 辰美は顔をゆがめ、子供のように幼い瞳から、ぽろぽろと涙をあふれさせた。
「うごくなって言われたけど、こわくて、あるいてきちゃったから……」
 涙声で言って、ぐしぐしと涙を拭う。本当に子供のような仕草だ。
 ……ほ、本当に彼女は辰美だろうか? 夜子は驚きで固まっていた。
 圭介があれほど心配そうにしていた理由が分かった。確かにこれは、放っておけないレベルの怖がり方だ。
 いつもの辰美も厄介だが、この辰美は、別な意味で厄介だ。とても自分の手に負えそうにない。
「…えっと、笹戸さんの携帯に連絡しますから、ちょっと待って下さい」
 とりあえず、圭介に連絡しなくては。夜子は携帯を取り出した。
「…うん、ありがとう」
 辰美は涙を浮かべた瞳で夜子を見上げ、あどけない口調でお礼を言った。その様子に、夜子は一瞬ドキッとする。や、やばい。可愛い……。
 年上の癖に、どう見ても年下のようにしか、というか、中学生か小学生にしか見えない彼女が涙目で見上げてくる仕草は、同性の自分が見ても可愛いと思ってしまうほどの破壊力だ。男性ならば、ひとたまりもなくコロッといってしまいそうだ。
 夜子は、辰美のこの状態が非常にマイノリティーであることに感謝しながら、携帯で圭介に連絡をとった。

 * * * * *

「南東さん、バスタオルここに置いておきますね」
「すまない。何から何まで助かる」
 夜子がタオルを持って風呂場に声をかけると、スリガラスの向こうから辰美がいつもの口調で返事を寄越した。もう大分、雷の影響から回復したようだ。
「いえ。ゆっくり温まってください」
 夜子はカゴにバスタオルを置くと、乾燥機を回して濡れた服を乾かし始めた。

 あの後、ほどなくして圭介と合流を果たした。
 ずぶ濡れのままだと風邪をひいてしまうということで、とりあえず夜子が住むマンションへ三人で向かった。あの場所から一番近かったのが夜子の部屋だったからだ。
 三人分ともなると、バスタオルが足りなかったので、圭介は軽く身体を拭くと、そのまま近くのホームセンターへタオルを買いにいった。
 辰美は、圭介と合流したことで落ち着きを取り戻したが、一番長時間濡れていたので、最初に風呂に入ってもらった。

「っくしゅん!」
 ゴウンゴウンと回る乾燥機の様子を見ていた夜子がくしゃみをした。
 濡れた服を脱いで、着替えたとはいえ、やはり身体が冷えてしまったようだ。夕立ちの影響か、気温も下がって若干肌寒い。
 夜子はふと思い付き、服を脱ぎ始めた。

 * * * * *

「ふう…」
 湯舟に肩まで浸かり、辰美は大きく息をついた。冷えた身体が徐々に温まり、心地よい感覚に身をゆだねる。
 まさか、夜子に世話になるとは思ってもみなかった。あの時、雷鳴に身体がすくんで道路にしゃがみ込んでしまった時、夜子と合流していなかったらどうなっていたか分からない。
 あの道路は裏道で狭い道だったし、車もゆっくり通る場所なのだろうが、一歩間違ったら交通事故に遭っていたかもしれない。
 胸の大きさに次いで、自分の最大の弱味を知られてしまったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
 純粋に、夜子に感謝しているからだろう。彼女はずぶ濡れになるのをためらわずに、自分に駆け寄って来てくれたのだ。
 胸をクレープ生地呼ばわりされたときは、この女どうしてくれようと思ったが、辰美は夜子に対する評価を改めていた。

 辰美がそんなことを考えていると、
「お邪魔します」
 と、夜子が風呂場に乱入して来た。辰美は一瞬ぎょっとして湯舟に深く身を沈める。
「…きみは、実はバイセクシャルなのかね?」
 湯舟の縁から顔だけだして、辰美が気味悪そうに夜子を見上げた。
「いえ? 違いますよ?」
 夜子はきょとんして洗い場に膝を着き、シャワーで身体を流しはじめる。小さいタオルで前を隠しているだけなので、ほとんど裸同然だ。
「では何かね。そのでっかい乳を披露しに来たのかね?」
「違いますってば」
 思わず突き刺すような視線を送ってしまう辰美に、夜子は苦笑する。
「笹戸さんが帰ってきたら、すぐにお風呂に入ってもらいたいからですよ」
「…ふむ、そうか。なるほど」
 辰美、夜子、圭介の順に、それぞれがめいめいに入っていては、圭介の身体が冷えきってしまう。
例え夜子が、「お先にどうぞ」と言っても、圭介は絶対に譲らないだろし、「では、ご一緒に」なんて言おうものなら、それこそ自分が許さない。
 そう考えると、圭介が買い物に行っている間に、辰美と夜子が一緒に入って風呂を済ませた方が都合が良い。辰美は一瞬で夜子の考えを理解した。

「お隣、お邪魔しますね」
 掛け湯を済ませた夜子が湯舟に入って来る。夜子が住んでいるマンションは広めとはいえ、独り暮らし用に作られた部屋だ。バスタブも小さく設計されており、どうしても身体が密着する。
「きみは、思ったより豪快な性格だな」
「そうですか?」
「同性とはいえ、バスタブに二人で入るのはどうかと思うぞ?」
 なんとなく、身体を比べられそうに感じて、辰美は居心地の悪さを感じてしまう。
「まあ、いいじゃないですか。二人で一緒に入った方が、光熱費も安くつきますし」
 辰美の心情を知ってか知らずか、明るく言う夜子。
 辰美は、夜子に弱味を握られっぱなしのこの状況に、なんとなく焦りを感じ、口を開いた。
「光熱費ぐらいは出そう。世話になりっぱなしは性に合わない。さっきも助けてもらったしな」
「気にしないで下さい。そんなつもりで言ったわけではありません」
 夜子は一瞬考えるような仕草をし、続けた。
「南東さんって、料理は得意ですか?」
「…また随分と話が飛んだな」
「ふふ、確かにそうですね」
 夜子は微笑んで辰美に目を向ける。その視線を受け、辰美が答えた。
「和洋中、一通りの物は作れるよ。一番得意なのは中華だがね」
 意外にも、辰美は料理が得意だ。父子家庭というのもあり、料理は小さい時から日常的に行っていた。
 中華が得意なのは、中華鍋一つで事足りるから洗い物が少なくて済む、という辰美らしい合理性からだが。
「へえ、すごいですね」
 夜子は素直に驚き、
「私、全然料理が出来ないんですよ」
 と苦笑する。
「意外だな。料理の話を振るから、得意なのかと思ったよ」
「私、火が駄目なんですよ、怖くて。だからガスコンロが使えなくて、ずっと料理する機会がなかったんです」
「……」
 辰美は黙って夜子の話を聞いている。
「でも最近は電気でも料理出来るから、少しずつ勉強している所なんです」
 明るく言う夜子に、辰美は少し片頬を上げて微笑んだ。
「なるほど、それでこんな良いマンションに住んでいるわけか」
 安全性や機能性から、電気の調理器具は普及して来ているが、まだまだ高価なシステムで、一般的な独り暮らしの賃貸ではガスが主流だ。
 辰美の言葉に夜子も微笑み、
「そうなんですよ。どうしても電気の調理器具がある賃貸が良かったので、ここにしました。でも、家賃が私の給料の1/3よりも高いんですよ?」
 と言って、不満そうな顔をする。
「それは、かなり厳しくないかね?」
「厳しいですよ。でも料理を覚えたいので、なんとか切り詰めてます」
 一般的に、家賃は給料の30%以下、出来れば1/4程度が良いと言われている。それ以上になると、どこかで切り詰めないと、生活が苦しくなってしまうからだ。
 1/3以上ということは、相当苦労してやりくりしているのだろう。逆に言うと、それだけ料理を覚えたいということになる。その理由は、聞かなくても分かった。
「当ててみせようか? このマンションに引っ越したのは、ここ1年以内ではないかね?」
「ええ、その通りです」
 予想通りの答えだ。夜子が「彼」を気になり始めたのは、この1年弱と言ってた。生活を切り詰めても料理を覚えたいという理由は、つまりそういうことだろう。
 辰美の質問の意図は、当然、夜子も分かっているし、夜子が分かっているということも辰美は分かっている。二人は可笑しそうに微笑みあった。
 ひとしきり笑った後、辰美が切り出した。
「私が雷が怖いのを知って、お返しにきみの弱味を提供しているのかね?」
「そういうわけではありません。それに、雷で怖がるなんて、女の子らしくて可愛いじゃありませんか。さっきなんて、私が男性だったら放っておかない可愛らしさでしたよ? 思わずドキッとしちゃいました」
「……きみは、本当にバイセクシャルじゃないんだろうね?」
 思わず逃げるように身体を傾ける辰美に、夜子は困ったように笑った。
「違いますよ。笹戸さん一筋ですから」
「私もそうだ。だから、圭介以外の男に可愛いとか思われても嬉しくないな」
 どうでもいいように言って、辰美は夜子を真直ぐ見つめる。
「ところで、きみは怒らないのかね?」
「何をですか?」
「私は今日、きみの邪魔をしてしまったからな。非難されても仕方ないと思ってる。遠慮なく文句を言ってくれて構わないぞ?」
「確かにそうですね。でも、そのおかげで笹戸さんを私の部屋に招待できたので、結果オーライです。……というかですね、」
 言いながら、夜子は眉をひそめた。
「笹戸さんってなんであんなに鈍感なんですかね?」
 辰美は思わず吹き出した。可笑しそうに肩を震わせ、苦笑する。
「くくく…。彼の恐ろしさを思い知ったかね?」
「ええ、それはもう。この1年の私のアピールはことごとく空振りだったことが判明しましたよ」
「だから打ち上げの時に言っただろう? 親しくなったと思っているのはきみだけだとな」
 辰美は本当に気の毒そうな顔で言う。セリフは皮肉のように聞こえるが、どうやら本心から気の毒だと思っているようだ。夜子はそれを理解し、くすくすと微笑んだ。
「ホントにそうですね」
「彼は奪三振王だからな。私なんて25年間、全打席空振りだよ」
「酷いですよね? もう思わず彼に説教しちゃいましたよ」
「その気持ちは非常によく分かるな。まあ、勝手に好きになったのはこちらだから、あまり贅沢は言えないがね」
「惚れた弱みってやつですね…」
「うむ…」
「「はぁ〜……」」
 二人揃ってため息。そのシンクロっぷりに思わず顔を見合わせ笑いあう。
 笑いながら、辰美が口を開いた。
「ああ、そうだ。今度、料理を教えてあげよう」
「いいんですか?」
「うん。電気だから中華鍋は使えないが、ゆっくり調理する料理との相性は良さそうだ」
 楽しそうに言って、辰美はくくくと意地悪く笑う。
「圭介の好きな料理を知ってるかね? 煮込みハンバーグなんだ。それもケチャップたっぷりの甘いやつ。……子供っぽいだろう?」
「……子供っぽいですね」
 夜子も可笑しくなって笑った。
「もしかして、ミートボールも好きだったりしませんか?」
「その通り」
 顔を見合わせ、また笑う。くっついているお互いの肩が、笑いで震えて擦れあう。
「人がせっかく旬のフキとかを使って煮物を作ってやっても、苦いからあんまり好きじゃないとか不満を言うんだ」
「タケノコとかも苦手そうですね。美味しいのに…」
「湯豆腐にも、ポン酢をたっぷりかけるしな」
「あら、それじゃあせっかくの出汁がわからなくなっちゃうじゃないですか」
「25にもなって、味覚が子供のままなんだよ」
「そういえば、昼食を外で食べるときも、唐揚げとハンバーグとカレー以外を頼んでいるのを見たことがありません」
「…ああ、その光景が目に浮かぶようだ」
「子供ですねえ」
「子供だろう?」
 可笑しくなって、二人して身体をくの字に折って笑い転げる。
 狭い浴室に、楽しげな笑い声が絶えず響いていた。

 * * * * *

 圭介は、若干焦りを感じながら、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
 咄嗟に自分が買い物に行く役を買って出たが、よくよく考えれば、辰美と夜子を二人っきりにするのはマズかったのではないだろうか?
 さすがに取っ組み合いのケンカとかにはならないだろうが、また辰美が逆上して何かしでかしてしまうかも知れない。
 しかもこういうときに限って、店が予想外に混んでおり、帰るのが遅くなってしまったのだ。
 しまったなあ。頼むから早まってくれるなよ。と念じながら夜子の部屋へ急いだ。

 * * * * *

 圭介が夜子の部屋へ戻ると、まずは辰美が出迎えた。
「やあ、おかえり」
「ただい……」
 辰美を見るなり、圭介が固まった。がさりとビニールの買い物袋を取り落とす。
「お、お、おま、お前、まさか」
 圭介は辰美の右手を指差して、おまおま言っている。辰美の右手には、包丁が握られていた。
「ん? どうしたけーくん?」
「あ、おかえりなさい。笹戸さん。お買い物、ありがとうございました」
 奥からひょっこりと夜子も顔を出す。夜子の手にも包丁が握られている。
「!!! ふ、二人ともッ! 早まっちゃ駄目だーッ!!」
 圭介は縮地のようなスピードで、二人の間に割り込んだ。
「暴力は何も生まないぞ! 冷静に! 冷静になろう!」
「きみが冷静になりたまえ」
「笹戸さんが落ち着いてください」
 二人がステレオで、呆れた声を出した。
「一体、何を勘違いしているのかね?」
「辰美さんと一緒に晩ご飯を作ってただけですよ?」
「……え? そ、そうなの? なんだ、俺はまたてっきり…」
「何かね? 私と夜子が包丁で殺しあいでもしてたと思ったのかね?」
 呆れたように片眉を上げて言う辰美に、圭介はきっぱりと、
「いや、お前ならやりかねないな、と」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。私は決着をつけるなら拳でつけるタイプだぞ」
「それもどうかと思うぞ。……まあ、何事もなくて良かった」
 ほっと一息つき、落としたビニール袋を拾った。それを受け取った夜子が、圭介に心配そうな顔を向けてくる。
「それよりも、笹戸さんは早くお風呂に入って下さい。お身体を冷やしてしまいます」
「いや、俺は七夕さんの後でいいよ」
「私さっき、辰美さんと一緒に入りましたから。ね? 辰美さん」
「え? そうなの?」
「うむ。だからきみは気兼ねなくお風呂をよばれたまえ」
「あ、うん、じゃあ、お借りします」
 今までと全く様子の違う二人に戸惑いながら、圭介は頭を下げる。
「上がったら晩ご飯にしましょう。ご馳走します」
「え!? いや悪いよ。そこまで迷惑をかけるわけには…」
「全然、迷惑なんかじゃありません。是非召し上がって行って下さい」
「そうだぞ。もう既に作ってるんだ。今日はけーくんの好きなハンバーグだから、楽しみにしていたまえ」
 楽しそうに言う二人に迫られ、圭介は思わず頷いてしまう。
「え、あ、うん…」
 ……というか、あれ? なんか仲良くなってる? 圭介は呆気に取られ、首を傾げながら風呂場に向かった。歩きながら、ちらりと振り返り二人を見ると、楽しそうに談笑しつつ料理をしていた。圭介はその様子を見て、あれ〜? とまた首をひねる。そういえば二人は「夜子」「辰美さん」と名前で呼び合っていた。
 いつの間に仲良くなったのか知らないが、まあ、ギスギスしてるよりは良いに決まっている。圭介は安心して脱衣所に入った。

 * * * * *

「笹戸さん、聞いてますか? 大好きって言ってるんですよ?」
「そうだ。ちゃんと聞きたまえ。私も大好きなんだぞ?」
「…あー、その、なんだ? 酔ってるよね?」
 風呂から上がった圭介を待ち構えていたのは、数々の料理と、缶ビールとチューハイの山だった。
 何故か知らないが、突然、仲が良くなった二人は、酒をカパカパ飲み、すっかり出来上がっている。
 右側から辰美が寄り掛かり、左からは夜子が寄り掛かっている。
「んー。けーくんイイ匂いがするぞ? 一日で二回もお風呂上がりの匂いを堪能出来るとは、実に僥倖だな」
「やめろ、くすぐったい!」
「あ、辰美さんずるい。私も」
「ちょ、七夕さん、駄目だって!」
 圭介は両側から首筋をくんくんされて身悶える。
「二人とも! 駄目、離れて!」
 ぐいっと、二人を押し退け、やっと解放される。圭介は二人の体温と恥ずかしさで顔が火照っている。
「ケチだなあ。減るもんじゃなし、良いではないか」
 オヤジ全開のセリフに、圭介が呆れ、辰美の方を向いて口を開こうとした時、夜子が後ろから覆い被さって来た。
「ふふふ。隙有りです」
「ちょ、七夕さん!」
 後ろから抱きすくめられ、背中に胸を押し付けられる。
「じゃあ、私は前からだな」
「おまっ!」
 一方で辰美が、小さい身体を圭介の膝の上にするりと猫のように滑り込ませてきた。
「笹戸さん、こういうのはお好きですか?」
 ふっと夜子の胸が背中から離れたかと思うと、また押し付けられる。しかし、今度は微妙に感触が違っていた。なんというか、その…ぽよぽよした柔らかい感触に混じって、ちょっと固い突起が二つ。
「ブラ、外しちゃいました」
「ちょ、何してるの!?」
 夜子はくすくす微笑んで腕の力を強め、より強く胸を押し付けてきた。否応なく乳首の感触を感じてしまい、圭介が慌てる。
「あ、夜子ずるいぞ」
 辰美は言うなり圭介の手を取り、自分の服の中にずぼっと突っ込んだ。圭介の手の平が直に辰美の胸と接触した。ほとんどまっ平らなくせに、柔らかくて温かい感触が手の平を刺激する。
「んっ…。けーくん、手を動かしてもいいんだぞ?」
「何やってんだーッ!」
 圭介は熱い物に触ってしまったかのように手を引っ込めようとするが、辰美にしっかり押さえられ動かせない。それどころか、圭介の手の上から自分の手を重ねて、ぐりぐりと小さな胸を押し付け始める。
「ん、ふぁっ…」
 見慣れた幼馴染みの口から、聞き慣れない悩ましげな吐息が聞こえ、圭介は頭が爆発しそうになった。
「じゃあ、私も直に…」
「まっ!」
 後ろから聞こえたセリフに圭介はぎょっとして止めようとするが、既に夜子は服を脱ぎ捨て、大きな胸をあらわにしていた。
「っ!」
 それをまともに見てしまい、振り返りかけて、また向き直る。
「では、失礼しますね」
「ぅわ!? ちょっと!」
 夜子は勝手に後ろから圭介の服をたくし上げ、背中に直に胸を押し付けた。
 予想以上に柔らかく温かい感触が圭介を襲い、圭介は思わず声が裏返りそうになる。同時に、
「うぅン!」
 正面から辰美の悲鳴混じりの嬌声が聞こえた。
「ふふふ、けーくん、急に強く揉むな。びっくりするではないか」
 とろんとした顔で、辰美が正面から圭介を見上げる。どうやら夜子の不意打ちに驚いて、手に力が入ってしまったようだ。
 ……もう、圭介は、色んな意味で限界だった。

「だーーー! もうっ! いい加減にしろ!」
 絶叫して、辰美と夜子を強引に引き剥がす。フローリングの床を這うようにして移動し、二人との距離を取った。
「二人とも! やり過ぎだ!」
「「えー」」
「えーじゃない! 七夕さんはちゃんと服着て!」
「どうせ脱ぐんですから、問題ありません」
「もう脱がないの!」
 圭介はぜーはー言って一息つき、真面目な顔で二人を見つめる。夜子は胸を露出させたままなので、視線は若干、辰美寄りだ。
「あのね、酔っぱらった状態で迫られても、嬉しくないよ。迷惑なだけだ」
「確かに酒は入っているが、酔っぱらってはいない」
「そうです。お酒の勢いを借りていることは否定しませんが、酔っぱらって前後不覚になっているわけではありません」
 まるで答えを用意していたかのように即答する二人に、圭介は言葉に詰まる。絞り出すように、次のセリフを探す。
「そ、そもそも、なんでこんなことするんだ?」
「圭介が好きだからだ。きみは人の話を聞いていなかったのかね?」
「私も昼間に言った通りですよ? 笹戸さんが好きだから、セックスしたいんです」
 また即答。圭介はこの状況だけで一杯一杯なのに、矢継ぎ早に即答する二人は、次の言葉を考える時間を与えてくれない。ショート寸前の脳をなんとかフル稼動させ、言葉を紡ぐ。
「す、好きだからって、そんな迫られても困るよ。こっちの意志も尊重してくれ」
「よし、では圭介の意志を聞かせてもらおう。私と夜子、どちらが好きなのかね?」
「そうですね。是非ともお聞かせ下さい」
 さらに即答。今度こそ、圭介は言葉を失った。
「ど、どっちって……」
 圭介は思わず二人を見比べる。
 幼馴染みの辰美が、いつものいたずら小僧の顔を引っ込めて、真剣な表情で圭介を見つめている。その表情に不安げな様子が見え隠れしているのを圭介は発見し、思わず夜子の方へ視線を逸らした。
 一方、夜子も辰美と同じく真剣な表情で圭介を見つめているが、トップレス状態が気になってしまい、まともに見ることが出来ない。結局、圭介は視線を自分の足下へ落としてしまう。
「あの、とりあえず七夕さんは、服着てくれないかな。落ち着いて考えられないから…」
「……分かりました」
 不承不承、夜子は脱ぎ捨てた服を着始めた。その間に、圭介は辰美に目を向ける。
「…なあ、辰美」
「なにかね?」
「俺のことが好きって、友達として好きとか、そういう好きじゃないのか?」
「男として、圭介が好きだ」
 きっぱり言われ、圭介は困惑する。必死に平静を保とうとしながら、搾り出すように口を開く。
「……いつから?」
「そうだな。記憶を遡る限り、私は最初からきみが好きだった。記憶はないが、病院で新生児として寝ていた時からきみのことが好きだったと断言出来る」
 真直ぐな告白に圭介は頭が真っ白になった。どう答えて良いのか分からない。
「圭介、私が最初に発した言葉を知ってるかね?」
 平坦な辰美の声に、圭介は回らない頭で答えた。
「……ああ、お前の親父さんにも聞いたことあるし、俺の親からも聞いたことあるよ」
「うむ。“けーくん”。それが私が最初に言った言葉らしいな」
 そうだ。こいつは、“ぱぱ”とか“まま”よりも先に、自分の名を口にしたらしいのだ。
 圭介は、大きくため息をついた。途端に、辰美が悲しそうに目を伏せた。
「そんなため息をつかないでくれ。私に好かれるのが嫌なら、私はきみの前から消えよう」
「いや! 違う! そうじゃないんだ。なんつーか、気付かなかった自分が情けないというか…」
 慌てて言いつつ、口籠る。自分の気持ちが分からない。自分は、辰美を一体どう思っているだろうか……。
 黙り込んだ圭介に、服を着終わった夜子が声をかけた。
「私と辰美さん、どちらが好きなのか、答えられませんか?」
「………」
 圭介は呆然と顔を上げ、夜子を見つめる。圭介の沈黙を肯定の意味と受け取ったのか、夜子は続ける。
「いきなり告白されて、どちらか選べと言われても困ってしまいますよね? まあ、私達にとっては、いきなりでもなんでもないんですが」
 ちらっと責めるようにジト目で見つめられ、圭介はうっと怯む。
 夜子は考えるように顎に指を当て、こう言った。
「そうですね。じゃあ、こう考えてみて下さい。どちらの方が好きとかではなく、単純に、まずは、私に好かれるのは、嬉しいですか?」
 それは……。
「嬉しくないわけじゃない…。あ、いや……。嬉しいよ」
 いきなり今日、告白されて驚いたが、嬉しいに決まってる。夜子は可愛いし、話も合う。好かれて嬉しくないはずがない。
 夜子は心底嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。では、辰美さんに好かれるのは、嬉しいですか?」
 無意識に、圭介は辰美に目を向けた。真っ向から視線がぶつかり、圭介は呆然と辰美を見つめる。
「さ・さ・ど・さん! 私はあなたに聞いているんですよ? 単純に、辰美さんに好かれるのは、嬉しいですか?」
 夜子に念を押すように言われ、圭介は慌てて辰美から視線を逸らす。俺は……。
「圭介、答えてくれ。圭介が私のことを好きなのかどうかではないんだ。私に好かれることに対して、嬉しいのかどうか、それが聞きたい」
「それは……、嬉しいよ」
「本当か?」
「ああ」
 そうじゃなければ、こんなオヤジ女と25年も一緒にいない。自分が辰美に対してどう思っているのかは、相変わらず分からないが、辰美に好かれること自体は、嬉しい。
「そうか、良かった。これまでの人生で一番嬉しい瞬間だ」
 辰美が屈託のない笑顔を浮かべる。圭介は何となく恥ずかしくなって、顔を背けた。
「じゃあ、決まりましたね」
 明るい声で夜子が言い、両手をぽんっと合わせた。
「私も辰美さんも、笹戸さんが好き。笹戸さんは、それに対して嬉しく思っている。あとは、どちらの方がより嬉しいか、という所ですが…」
 言いながら、夜子は圭介を見つめる。どちらの方がより嬉しいかなんて、そんな…。圭介は答えることが出来ず、黙り込んでしまう。
「まあ、そうでしょうね」
 圭介の様子を確認し、夜子は事も無げに言う。
「笹戸さんが、その答えを見つけるまで、保留ですね?」
「うむ、本音を言えば、今すぐ聞きたい所だが、今日は圭介が私の告白を嬉しく思ってくれたという事実だけで十分だ」
 二人はうんうんと頷きあう。
 ……とりあえず、今日の所はこれで解放してもらえるようだ。圭介はどっと疲れて息を吐き出した。
「あ、ちなみに笹戸さん」
「…なに?」
 圭介はだらしなくへたり込んだまま、夜子に顔を向ける。夜子は明るい口調で告げた。
「私は別に、必ずしも私たちの片方しか選べないというわけではないと思ってますよ?」
「ふむ、それは私も同意見だな」
「え? どういうこと?」
 圭介の疑問に、辰美が答えた。
「二人一緒に愛してくれても構わないということだよ。けーくん」
「は!?」
 思わず圭介は素頓狂な声を上げた。
「ふ、二股かけろって言うのか!?」
 圭介の言葉に、二人は顔を見合わせ、平然と答えた。
「辰美さんとなら、私は別に構いませんよ?」
「私も夜子なら別に構わないぞ?」
「な、なに言ってんだ、二人とも! そんなこと出来るか!」
「じゃあ、私達のどちらかを選べますか?」
「そ、それは……」
「ほらみたまえ。私達が二人セットでいいって言ってるんだから、良いではないか」
「そうですよ。その代わり、均等に愛して下さいね?」
 言いながら、二人は圭介に迫って来る。嫌な予感を感じ、慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと待った!」
「なんですか?」
「なにかね?」
「な、なんでこっちに来るんだ!?」
「好きな男に近寄るのに、理由が必要かね?」
「そうですよ。それに、そんなお化けみたいな言い方しなくてもいいじゃないですか。酷いです」
 夜子に非難まじりの視線を向けられ、うっ、と後ずさっていた圭介の動きが止まる。その隙に辰美が左側から、夜子は右側から圭介を抱き締めた。
「先ほどの、続きをしましょう?」
 うっとりと夜子が圭介に囁く。
「さっきけーくんに揉まれた胸が、熱くてたまらないんだ。続きをしてくれ」
 辰美もとろんとした顔で、圭介の腕を抱き締め、胸を擦り付けてくる。
「ふ、二人とも! ほら! 料理が冷めちゃうから! ストップ!」
 圭介は必死に二人の意識を逸らそうとするが、
「今は料理よりも、私を食べて下さい」
 と夜子に即答され、じりじりと押し倒されそうになる。辰美はいらずらっぽい笑みを浮かべ、
「それじゃ、私はけーくんを食べよう」
 と言うなり圭介の頬を両手で挟んでキス。
「んーッ!」
 不意をつかれた圭介はバランスを崩し、そのまま二人に押し倒されてしまう。
「おまっ……んぅ!」
 倒れたショックで離れた辰美に、非難の視線を向けようとした圭介の唇を、今度は夜子が奪う。その勢いで、二人の眼鏡がぶつかった。
 夜子は顔を真っ赤に上気させ、くっついた眼鏡がズレるのを気にも止めずに圭介の唇を貪る。
「んっ、ふぅ…、んう、ちゅ、はぁ…」
 熱い吐息に炙られ、圭介の顔も真っ赤に染まる。
「ああ、けーくん。私も…」
 辰美が二人の隙間にキスの雨を振らせる。首筋、鎖骨、肩、頬。ちゅっちゅとついばむようにキスを降らせ、時折ぺろぺろと子犬のようになめる。
 圭介は夜子の情熱的な口づけと、辰美が与えてくるくすぐったさに、もう何も考えられなくなっていた。

「んぅ…ぷぁっ…」
 窒息寸前まで重ねていた唇を、夜子はやっと離した。だ液の糸がお互いの唇を結び、はぁはぁと漏れる荒い吐息に揺れる。
 夜子は興奮のあまり震える手でズレた眼鏡を直し、熱に浮かされたように呟いた。
「もう、我慢出来ません。笹戸さんの、下さい」
 言うなり、服を乱暴に脱ぎはじめる。圭介はその様子を、仰向けになったままぼーっと眺める。
「けーくん、私も我慢出来ない」
 辰美は圭介の気を夜子から取り戻すように、またキスする。そうしながらも、圭介の左手を取って自分の胸に押し付け始める。
「ちゅ、んぅ…。はぁ、もっと、けーくん…。んぅ、ふぁ…」
 拙いキスをしながら、圭介の左手を服の中に突っ込み、小さな胸に這わせる。
 圭介は理性を手放した頭で、本能の赴くままに手を動かした。汗で濡れた肌に手を滑らせ、なだらかな胸をさするようにして揉む。
「ふぁぁ…。気持ちいい…。けーくん、ちゅ、んう」
 辰美は、愛しい幼馴染みの手で胸を愛撫され、中学生よりも小さな身体をビクビク震わせながらも唇を貪る。その様子に、圭介は劣情を激しくそそられ、上体を起こし、辰美に覆い被さるようにしてキスを応戦する。

「笹戸さん、私にも、下さい」
 ショーツだけの姿になった夜子が四つん這いで圭介ににじり寄る。極度の興奮で言葉が途切れ途切れだ。
「はぁ…! 笹戸さんッ!」
 夜子は圭介の右手を取って、胸に押し当てた。直に触れられた悦びに、夜子が震える。大きな胸は圭介の指をたやすく埋め、包み込んだ。
 ぽよぽよした未知の感触が、指先から脊髄を通って圭介の脳みそを直撃する。圭介はたまらず手を動かした。
「笹戸さんっ。もっと強く…! あはぁ!」
 圭介に胸を揉みしだかれ、夜子が悶える。そうしながらも、夜子は圭介の脚に跨がり下腹部を擦り付け始めた。
「あ、はあ…! 笹戸さんっ。笹戸さんっ」
 身体をがくがく揺すり、夜子の艶やかな黒髪が跳ねる。圭介の右手を抱き締めるように胸に沈め、彼の脚に擦り付けている下腹部が、内側からじんわりと熱を帯び始める。

「ちゅ、ん、ふぁ、けーくん…」
 圭介と辰美の顔が離れる。辰美は蕩けた顔で、圭介の顎先や下唇を愛おしそうにぺろぺろとなめている。
 その仕草にたまらなくなった圭介は、辰美の胸をさすっている左手を下に移動させていった。ジーンズの上から下腹部を撫でる。
「ふぁあっ!」
 途端に辰美が反応した。
 ごわごわしたジーンズの上からとは思えない反応で、辰美が仰け反った。
「あふ、けーくん、気持ちいい…。ふぁっ…」
 辰美は眉根を寄せ、圭介の腕を脚で挟み込むようにしてきつく抱き締める。圭介の腕に身体全体を擦り付けるように腰をくねらせる。
「ふぁ、ん…、あっ、ふぅんっ…」

「ああ、辰美さん、気持ち良さそう…。笹戸さん、私も…」
 夜子は荒い息で呟くと、圭介の太ももに跨がったまま上体を倒してくる。圭介は夜子にキスをしつつ、胸を揉んでいる右手の動きを変化させる。
「ん、ちゅ、はぁ…! そこ、いいです…。はぁ、乳首いいっ」
 固くしこった蕾を刺激され、夜子が嬌声を上げる。もっともっととねだるように夜子は圭介の手に自分の手を重ね、胸を刺激する。そうしながらも腰の動きを止めること無く、圭介の太ももに股間を擦り付け続ける。
「笹戸さん、気持ち良いです…。ちゅ、んぅ、はぁ、んっ…」
 夜子のライムグリーンのショーツから微かに水音が聞こえてくるころ、辰美が唐突に動きを止めた。

「駄目だ、けーくん。もう、我慢出来ない」
 完全に情欲に染まった瞳で、睨み付けるような勢いで圭介を見つめ、訴えかける。息を荒げながらもどかしそうにベルトを外し、ジーンズを下ろした。
 シンプルな白いショーツが圭介の目に焼き付く。
「けーくん、私、駄目だ、もうっ…!」
 顔を真っ赤に染めつつ辰美が圭介を見上げる。その表情に、圭介は心臓が大きく跳ねた。
 見慣れた幼馴染みの、一度も見たことがない表情。子供のように小さな辰美が、欲情しきった顔で自分を見上げていた。いつもの人を食ったような表情は完全に消え失せ、あどけない童顔に戸惑ったような情欲を浮かべ、半開きの口から荒い吐息が漏れている。
 圭介は思わず唾を飲み込んだ。
「ここ、私のここを、けーくんので埋めてくれ…!」
 固まっている圭介の手を取って、辰美がショーツの上から押し付ける。ぷにぷにとした信じられないほど柔らかい感触と同時に、熱い液体が指に絡み付く。
「ふぁああっ…!」
 途端に、かたかたと辰美が震え、半開きの口から涎が垂れた。もう、圭介も限界だった。
「…辰美ッ……!」
 圭介は興奮のあまり震える手でズボンと一緒に下着も下ろし、がちがちに固まった陰茎を露出させた。辰美のショーツも無遠慮に下ろし、脚を開いて固定する。
「ああっ……」
 辰美は圭介のものを見つめ、嬉しいような困ったような複雑な笑みを浮かべた。
 こ、こんな大きいのが私のナカに入るのか? む、無理ではないか!? で、でも……。
 辰美は予想外の大きさにおののきながらも、腰の奥から温かいものがトロトロと溢れ、自分のナカが愛する人のソレをねだっているを感じた。
 圭介のペニスは平均のサイズだったが、辰美の小さな身体と比べると、相対的に凶悪な大きさに見える。その対比も、圭介の興奮を膨らませた。
「行くぞ…」
 圭介は辰美の答えを待たずに、トロトロになった幼馴染みの秘所に自分のものをあてがい、腰を進めた。
「け、けーく、ふあぁぁああっ!」
 辰美が仰け反って震える。途中の抵抗を突き破り、圭介は辰美のナカに自分のものを埋めて行った。熱い肉壷の感触に、圭介は神経が焼き切れそうな興奮を覚える。
「い、いたっ…!」
 辰美は破瓜の痛みに思わず声を上げた。その声で、圭介は我に返った。結合部から、処女の証が一筋流れている。
「た、辰美、大丈夫か?」
「平気だっ…。痛いけど、嬉しいんだ。私は、やっと、けーくんと一つになれたんだな?」
 辰美は涙を滲ませつつ、あどけない笑みを浮かべた。
「辰美ッ!」
「っあ!」
 その様子に圭介はたまらなくなり、辰美を抱き締めた。
「ああ、けーくん…」
 辰美も嬉しそうに圭介を抱き締め、呟く。
「けーくん、動いてくれ。私なら、もう大丈夫だから」
「あ、ああ」
 抱き締めたまま、圭介は腰を動かす。対面座位のため、上手く腰を動かせないでいるが、小さな辰美にとっては、これくらいの動きが丁度良いようだ。たちまち心地よさそうな声を上げ始めた。
「んあ、ふぁああっ! けーくん、いい、すごい…。ふああ…」
 眉根を寄せ、辰美は処女とは思えない感度で悶える。
「あ、はッ…ん、ふあ、はぁ…、あんっ」
 口を半開きにし、とろんとした表情で辰美が快感を味わっている。圭介とセックスしているという事実が、何よりも催淫材料となり、辰美の頭を快楽一色に染め上げている。
「ふぁああ……、気持ちいい…ッ!」
 辰美はたまらずに嬌声を上げた。信じられないくらい気持ちいい。腰の奥から止めどなく愛液が溢れ、更に圭介のものとの滑りをよくする。

「辰美さん、気持ち良さそう…」
 夜子は羨ましそうに呟き、熱に浮かされたように圭介の背中に密着する。圭介の背中に胸を押し付けながらも、自らの秘所に手を伸ばし、ショーツの上からまさぐる。
「あ、んっ、はぁ…」
 夜子は目の前の二人の行為に興奮を高め、割れ目に沿わせるように激しく指で擦り上げる。
「あ、はあッ…、ん、あ、ううん…ッ」
 くちゅくちゅと水音を立て、ショーツに染みが広がっていく。

 そんな夜子の痴態を見つめ、辰美も更に高揚する。
「ふ、はぁ…、ふあ、けーくんっ、けーくんっ」
 圭介はステレオで聞こえる喘ぎ声に、下半身に更に血液が集中するのを感じた。その時、下から突き上げる圭介になすがままだった辰美が、腰をくねらせ始めた。
「う、うわっ! 辰美っ!」
 不意に、肉棒が自分の意志とは異なる刺激を受け、思わず腰が跳ねる。その衝撃に、辰美もまた驚いた。
「ふぁあああっ!」
 奥を突かれ、辰美が嬌声を上げる。膣内がきゅうきゅうと締まり、圭介のペニスを吸い込むように刺激した。肉棒にまとわりつく襞の感触に、圭介は堪える間もなく達してしまう。
「ううッ!」
 歯を食いしばり、圭介は辰美の中に精を解き放った。ビュクン、ビュクンとペニスが精液を排出する度に膨らんで、辰美の狭い膣内で跳ねる。
「あッ!? ふああああああッ!」
 火傷しそうなくらい熱い精液を子宮口に浴び、辰美が震える。小さな身体を仰け反らせ、一気に絶頂を迎えた。
「けーくんイク! ふぁああイクぅう!」
 がくがくと身体を痙攣させ、頭を振り乱す。身体がバラバラになりそうな快感に、辰美は翻弄され、どうしようもなくなって涙と涎でべたべたになった顔を圭介の胸に押し付ける。
「は、あ…。ふぁあ……ッ!」
 ぎゅっと額を愛する人の胸板に押し付け、未だに自分のナカでビクビクと痙攣している肉棒を感じながら、恍惚とした表情を浮かべた。
「けーくんの、気持ちいい…」
 脱力し、圭介にもたれて絶頂の余韻に浸り、うっとりと目を閉じた。

 圭介はぐったりと脱力した辰美を静かに横たえ、幾分、柔らかくなった自分ものを引き抜く。愛液と精液でぬらぬらと光り、根元の方に僅かに鮮血が付いている。
「笹戸さん、私も…」
 言うなり、夜子は圭介にのしかかり、潤んだ瞳で見つめてくる。
「た、七夕さん」
 回復の時間もなく迫られ、圭介はうろたえる。しかし、この後の夜子の行動に、さらに圭介はうろたえることになった。
「笹戸さん、元気にして差し上げます」
「うわっ!」
 夜子は躊躇なく、圭介のものを口に含んだ。突然の行為に、思わず圭介は声を上げる。
「ん、ふ、じゅる、んぅ…」
「た、七夕さん、何を…、うぅっ」
 唇で肉棒を扱かれ、温かい口内で舌が亀頭を刺激する。更に、唾を飲み込むように吸われ、圭介が仰け反る。
「んぅ、ちゅぱっ、これが、笹戸さんの精子の味なんですね。ふふ」
 潤んだ瞳で微笑みかけられ、圭介は心臓が跳ねた。夜子はまた圭介のペニスを口に含み、じゅぶじゅぶと音を立てて攻め立てる。
「う、くぅ」
 圭介は温かい舌で亀頭をなめ回される快感と、太ももにさらさら当たる髪の毛と、根元に当たる荒い鼻息のむずがゆさに、歯を食いしばって堪える。
 力を失っていたペニスはあっという間に硬度を回復させ、夜子の口の中を圧迫する。
「ん、ぷぁ…」
 夜子は満足そうに口を離し、嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ、バナナで練習した甲斐がありました」
「んなっ…!?」
 な、なんでそんな練習してるんだ。圭介は絶句する。そんな圭介をそのままに、夜子は、
「笹戸さん、私はもう準備出来てますから、早く、下さい」
 自らショーツを下ろし、顔を真っ赤に染め、圭介にのしかかった。ぐっしょりと濡れそぼった秘所に圭介の目が釘付けになる。圭介は唾を飲み込むように頷いた。
 圭介は夜子の腰を支え、天に向かってそそり立つ己の剛直に誘導する。
 フローリングの上でしているため、またしても対面座位の形となる。ベッドに移動するという考えが出て来ないほど、興奮し、今すぐ繋がることしか頭にない。
「ん…ッ! あぅううッ!!」
 圭介の上に腰を落とした夜子が絶叫する。涙を滲ませ、破瓜の痛みに耐える。圭介の肩を掴んだ手に力が入り、思わず爪を立ててしまう。
「は、あぁ……ッ」
 痛みに震え、夜子は圭介の肩に額を乗せる。二回目で幾分冷静な圭介は、夜子の髪を優しく撫で、落ち着かせる。
「七夕さん、大丈夫?」
「は、はい…。平気です。んッ」
 頷いて、試すように腰を前後に揺する。
「た、七夕さん、無理しない方が…」
「だ、大丈夫です…ッ。ん、あッ! んはぁ…ッ!」
 ゆっくりと腰をくねらせ、夜子が息を吐く。
 だが、すぐに耐えかねたように動きを止め、圭介の頭を胸に抱き寄せる。
「ほら、無理しなくていいから、ゆっくり、ね?」
 言い聞かせるように言う圭介に、夜子がかぶりを振った。
「違うんです…、気持ちよくて…。笹戸さんが入っていると思うと……はあッ!」
 また腰を少し動かし、またすぐに止める。
「ああ、気持ちいいです…! こんな、いいなんて…あはぁッ!」
 強過ぎる快感に、恐る恐る腰を動かす。その度に夜子の膣内がびっくりしたように締まり、圭介のものを刺激する。圭介は一度放っているため、ある程度の余裕はあったが、不規則な夜子の締まりに奥歯を噛み締めて快感に耐える。
「はぁ…ッ、はぁ…ッ、はぁ…ッ!」
 快感に慣れて来た夜子は程よい腰の動かし方を見つけ、荒い息を付きながら一心不乱に快感を貪る。
「ん…は、気持ち良いです…ああ…素敵…。これ、すごい…ッ」
 快楽に顔を蕩けさせ、半開きの口から熱い吐息が漏れる。緩やかな心地よさが、じんわりと夜子の腰を溶かし、少しずつ、少しずつ、高みに登って行く。
「あ、は…んッ、あはぁ…、きもちいッ、ん…ッ あんッ、笹戸さん、気持ちいい…ッ!」
 いきり立ったペニスに膣内を擦り付け、快感に悶える夜子に、圭介はより一層劣情をそそられる。目の前でぷるぷると震える大きな胸の突起に吸い付いた。
「ッあ! さ、笹戸さん、そんな…ッ! ああッ!」
 突然の乳首への刺激に、夜子は慌てる。ゆっくりと登っていた絶頂への道のりが、急にスピードを増して夜子を狂わせる。
「だ、駄目ッ! 駄目です笹戸さんッ! それ! あ、んん…ッ! うぅんッ!」
 髪を振り乱して急すぎる快感に困惑しつつも、夜子は圭介の頭を抱きかかえ、もっともっととねだるように胸に押し付ける。
「あーッ! きもちいい! はッ! あ、あーッ! あーッ!」
 ゆっくりとした腰の動きも、いつしか激しくなり、むちゃくちゃに腰をくねらせる。真っ赤になって眉根を寄せ、口の端からは涎が垂れ、動きの激しさに眼鏡がずれる。
「ああッ! いい! だめ! 来ちゃいます! もうッ! ああイク! イッちゃう!」
 切羽詰まった嬌声を上げ、夜子が小刻みに腰をくねらせる。奥の気持ちいい所に圭介のものを押しあてるように、はしたなく、腰を振る。
「あーッ! あーッ! イクッ! ああイクイクイクぅ…!」
 頭の中が快楽一色に染まり、夜子はもう、圭介の熱い肉棒で絶頂を迎えることしか考えられなくなっていた。
「あッ! 来る! イキます……ッあああーーッ!!」
「俺も…ッ! 出るッ!」
 二回目とは思えない量の精液が、夜子の膣内で弾けた。
「ああああーーーーッ!!」
 熱い塊に子宮口を叩かれ、夜子は再度、絶叫する。どこまでも登って行きそうな絶頂に、夜子は髪を振り乱して耐える。
「あああああ…ッ!」
 やがて膣内を蹂躙する射精が収まり、夜子はかたかた震えながら絶頂の余韻に浸る。時間にすればおよそ4,5秒ほどだったろうが、自らの高まりによる絶頂と、熱い精液に子宮口を叩かれる刺激が混じりあった快感は、時間の感覚を失うほどだった。
「…はぁ…、笹戸さん…」
 夜子がぐったりと圭介に身を預けた。激しく肩を上下させる夜子を圭介は支え、荒い息をついて肉棒を引き抜く。さすがに、二回連続はきつかった。身体も汗でびっしょりだ。
 呼吸を整えようと、圭介は深呼吸をするが、
「けーくん、もう一回だ」
 いつの間にか復活した辰美に後ろから抱きしめられ、途中で息が止まりそうになった。
「夜子とけーくんを見てたら…。もう、駄目なんだ。なあ、けーくん、もう一回、しよう?」
「あ、いや、辰美…むぐっ!」
 完全に欲情して息を荒げながら迫る辰美を止めようとするが、あっさりとキスされ、圭介はまた押し倒された。

 * * * * *

 ベッドに場所を移動し、どれくらいの時が経っているだろうか? 圭介はもう時間の感覚がない。

「…けーくん」
 語尾にハートマークを軽く3つぐらい付けながら、辰美が仰向けになった圭介にのしかかる。
 辰美は蕩けた表情で圭介のものに狙いを定め、腰を沈めていった。
「んっ、ふぁああ……!」
 ずぶずぶと圭介のものが飲み込まれていき、辰美が大きく息を吐きながら仰け反り、かたかたと小さな身体が小刻みに震える。
 そこいらの中学生よりも小柄な辰美が、張り詰めた男のものを騎乗位で味わっている姿は、とても倒錯的で、圭介はもう何回しているのか分からないほど精を放っているのに、耐え難いほどの興奮が脳みそを焦がし、股間が更に硬度を増したような気がした。
「…ふふふ。けーくんのが、私のナカで反り返ってるぞ?」
 辰美は顔を蕩けさせ、嬉しそうにヘソの下あたりを撫でる。さらにその下は、圭介の剛直をぐっぷりと根元までくわえこんでいる彼女の秘所が。その結合部からは熱い愛液と精液が止めどなく漏れ、今まで繋がった回数が一回や二回ではないことを、如実にあらわしていた。
「けーくん、動くぞ……んっ!」
 圭介の胸板に小さな手が置かれ、辰美はゆっくり腰をくねらせる。きしきしと、ベッドが軋む。
「んっ、ふぁ、あ、んんっ…」
 辰美は眉根を寄せ、腰を前後に揺する。そうしながらも圭介の目を真直ぐ見つめ続け、時折、蕩けた表情で微笑みかける。
 どくんっと、その卑猥な表情に、圭介の股間にさらに血液が集中する。
「ッあ! ……ふふっ。すごいな。まだ大きくなるのか」
 びっくりしたように腰を震えさせ、辰美は一旦動きを止める。半開きの唇から白い歯が意地悪そうに覗き、熱い吐息が漏れる。
「分かるかね? 私の子宮口が、きみの熱い先端に押し上げられてるぞ?」
 荒く息をつきながらも、嬉しそうに顔を蕩けさせ、囁くように辰美が言う。
「私のナカが、きみの精液で一杯で、腰を振る度にたぷたぷ言いそうだ」
 満足そうに言って、再び腰を振り始める。
「ふぁああ…気持ちいい…!」
 くねくねと、辰美の細い腰がはしたなく動く。
「きもちい…ッ、ふあ、うン…。あッ、ふぁああ…!」
 辰美は半開きの口から熱い吐息を漏らしながら、腰を振る。身体を前に倒したり後ろに反らしたりしつつ、自分が一番気持ちが良いポイントを探る。
「はぁっ、うん、あっ…、あふ…、ふあッ! ここイイ…気持ちいい…ッ!」
 どうやら一番良いポイントを見つけたようだ。辰美は若干身体を反らせるようにして、腰を前後に揺する。右手で下腹部を押さえるように撫で、更に快感を高めようとする。
「ああきもちいい…ッ! ふあ…、ああ、きもちぃ…んぅ…ふぁあ!」
 幼い身体を目一杯揺さぶり、快感を貪るように乱れる辰美から、圭介は目を離せない。辰美もまた、蕩けた表情で圭介を見つめ、お互いの興奮を高めあっていく。

「笹戸さん、私も…」
 夜子が圭介に四つん這いで近寄り、胸を押し付ける。
「ん、あはぁ…」
 圭介に舌で乳首を転がされ、夜子は恍惚とした表情を浮かべた。
「笹戸さん、こっちも、して下さい…ッ! あああッ!」
 夜子は圭介の右手を取って、自分の秘所に押し当てる。夜子は刺激に仰け反り、胸がより強く圭介に押し付けられる。
「はあ…ッ! 気持ちいい…。笹戸さんの手、すごい…」
 夜子の秘裂が圭介の指で広げられ、中からトプトプと愛液と精液が溢れる。

「けーくんッ! けーくんッ!」
「笹戸さんッ! 気持ちいい!」
 徐々に、二人の動きが激しくなり、圭介は、辰美に攻められている己の肉棒から沸き上がる気持ちよさと、七夕さんに胸を押し付けられて息が出来ない苦しさに悶える。
 圭介は二人の攻めに頭が混乱し、もう何がなんだか分からなかった。
 ただ、とにかく目の間の二人がいやらしくて、可愛らしくて、愛しくて、その二人と共に快楽を貪ることしか考えられなくなっていた。
 やがて、焦燥感を伴って高まる射精感と、窒息寸前の苦しさが限界に到達し、
「けーくんイクッ! イックぅ……ふあああああ!!」
「私もッ! 私もイッちゃいます! ああああイクぅう!!」
 二人の絶頂と共に精を放ち、意識を手放した。
 薄れ行く視界の中で、彼女達も圭介にぐったりと覆い被さり、目を瞑るのが分かった。

 * * * * *

 ぱかっと、目が覚めた。
 最初に目に飛び込んできたのは、見なれぬ天井だった。
「夢…?」
 圭介は軋む身体を起こし、呆然と呟くが、自分の両脇を確認し、ため息をついた。
「…じゃないよなあ…やっぱり…」
 安らかな寝息をたてる彼女たちを見つめ、圭介はこれからのことを考えると気が滅入った。
 結局、流されるがままに二人と関係を結んでしまった。
 ……俺ってやつは…。額に手を当て、はああああ…と、またため息。
「けーくん…。愛してるぞ……」
「笹戸さん…。愛してます……」
 同じタイミングで同じ内容の寝言を言う二人を見下ろし、圭介は顔が火照る。
「なんつータイミングで寝言を言うんだ。全く…」
 こうなった以上、二人に見合う男になるしか、彼女達の思いに答える術は無さそうだ。彼女達に愛想つかされてしまわないように、頑張ろう。
 圭介は腹を括りつつ、彼女達が起きた後、また襲われてはかなわんとばかりに、いそいそと服を着始めた。


七夕夜子&南東辰美 VS. 笹戸圭介
七夕・南東ペアのKO勝ち。

終わり






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