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無口系素直クール その2

 いつも通り、朝の7時15分。俺は正門の前に自転車を滑り込ませた。
 歴史を感じさせる大きな門。その前に静かに佇む少女が、いつものように無表情でペコリと頭を下げ、挨拶をしてくる。
「おはようございます」
 お辞儀に合わせて彼女の漆黒の髪の毛がさらさらとこぼれ、朝日に当たってキラキラと絹糸のように輝く。
 顔を上げた彼女の瞳が、真直ぐ俺の目を見つめ、意志の強そうな黒く綺麗な瞳が俺を射抜く。
 その瞳に思わず見とれそうになって、一瞬後に我に返った。俺は慌てて自転車から降り、スタンドを立てつつ挨拶を返した。
「うん、おはよ」
 平静を装ったつもりだったが、少し早口になってしまったかも知れない。
 いつもこうだ。彼女の綺麗な瞳が好きで、ふと目が合った瞬間にいつも見とれてしまう。
 彼女と顔見知りになった時から彼女の瞳が好きだったが、当時は見惚れてしまうような状況にはならなかった。
 ところが彼女が好きだという自分の気持ちに気付いてからというもの、より一層彼女の瞳が好きになってしまい、ついつい呆然と見つめてしまう。そして、一瞬後に我に返っては内心羞恥心にもだえるのだ。
 しかも恐ろしいことに最近では彼女の瞳だけでなく、色んな箇所に魅力を感じるようになってしまっていた。

 俺の胸までしかない、小柄で華奢な身体。
 品の良い黒い制服に映える、瑞々しく透き通るようなミルク色の肌。
 ほつれ一つない、艶やかな長めの黒髪。
 そして、理知的な雰囲気を感じさせるきりっとした眉と、漆黒の綺麗な瞳。
 まるで人形のような、というのは、こういう女の子のことを言うのだろう。
 そんな彼女に見惚れるたびに、ああ、俺は本当にどうしようもなく彼女が好きになってしまったんだなと思い知る。
 一時はもう彼女と会うことが出来ないと諦めただけに、その想いは日増しに強くなっていく一方だ。
 だが、こういうふうに自分の気持ちを再確認するたびに、心の奥で焦りが生じる。
 それは……。

「今日も、お世話になります」
 いつの間にか、彼女が俺の傍らに佇んでいた。
 俺のシャツの裾を控え目に握り、下から彼女がこちらを見上げている。
 さっきよりもずっと近い位置で、彼女の瞳が目に入る。さらさらと微風に揺れる髪の毛から、ふわりとシャンプーの匂いまでもが届いてきたような気がした。
「ああ、うん」
 思わず物思いに耽ってしまっていた頭を現実に引き戻し、俺は頷いた。
 そして、自転車のスタンドを倒してから、あることに気付いた。
「あ、そういえば倉守(くらもり)さんは?」
 倉守さんとは、彼女の家に仕える執事で、彼女の元運転手だ。
 執事然とした白髪の老紳士で、朝、俺が彼女を迎えに来る時はいつも「お嬢様をよろしくお願い致します」と丁寧に頭を下げてくる。
 半世紀ぐらい年上の人物に敬語を使われ、頭まで下げられる違和感に、俺は一向に慣れる気がしなく、つい恐縮してしまう毎朝を送っていた。
「今日と明日はお休みです」
「へえ、そうなんだ」
 お休みか。倉守さんの見送りがないなんて初めてだな。
 俺は、珍しいなと思いつつも、特に気にせず自転車に跨がった。
 前カゴからクッションを取り出して荷台に敷き、彼女から受け取った鞄を前カゴに入れる。
 ちょこんと、彼女がクッションに横座りになり、俺のバッグのたすき部分を握る。
「じゃ、行くよ」
 後ろで彼女が小さく頷くの確認して、俺はペダルを漕ぎ始めた。

 * * * * *

 毎朝、俺が彼女を学校まで自転車で送るようになってから、1ヶ月ほど経っていた。
 朝7時15分に迎えに行き、彼女を自転車の後ろに乗せて出発。だいたい、8時前後には彼女が通う高校に到着する。
 つまり、その間、じつに45分。

 彼女は以前、電車で学校に通っており、その時の所要時間は約20分と言った所だった。
 自転車に比べて圧倒的に速い電車なのに、所要時間が1/2程度しか違わないのは、水都線が環状線の為だ。
 大きく弧を描く水都線の路線に比べて、直線的に移動出来る道路のほうが、移動距離自体はかなり短い。
 しかし、所詮は人力。
 乗っているだけで勝手に目的地に着く電車と違って、自転車は自らの足で動力を生まなければならない。
 特別、自転車を飛ばしているわけでは無いが、45分もペダルを漕ぐのはそれなりに疲れる作業だ。
 彼女と再会したとき、思わず「後ろ空いてるけど」なんて言って、自転車で送ることになったはいいが、駅で6つ分という彼女の家と彼女が通う学校までの距離をすっかり失念していた。
 結果、俺はかなり早起きして彼女の家に行き、彼女も電車や車で登校する時よりも早くに起きて、俺の迎えを待つようになった。

 いつものように、国道を抜け、県道を通り、踏み切りを2つ越え、橋を1つ渡り、彼女の学校に向かう。
 その間、俺と彼女の間にはほとんど会話が無かった。
 黙々と自転車を漕ぐ男と、無表情で(それこそ姿同様にまるで人形の様に大人しく)ちょこんと荷台に横座りしている女の子。
 傍から見れば、少し異様に映るかも知れない。
 でも、俺たちにとってはそれが自然だった。
 電車で彼女の吊り革役を務めていた時も、ほとんど会話なんて無かった。
 移動手段が電車から自転車に変わっただけで、そこは変わらない。
 会話が無いなんて、寂しいとか、関係が冷えきっているとか、そんなふうに思われるかもしれない。
 でも、彼女は特におしゃべりが好きなわけでもないようだし、俺もこうやって彼女と静かな時間を過ごすのが好きだった。
 なにより、たすきがけにしたバッグに感じる彼女の重さが嬉しかった。

 ただ、自転車で45分も走るのは、走っているほうはともかく、荷台に乗っている彼女は少しつらいのではないだろうか?

「後ろ、大丈夫?」
 だいたい10分ほど漕いだ後、俺は決まって彼女にそう問いかけた。
 彼女も決まって端的に一言。
「はい」
 実に短い返答だが、彼女は返事のほとんどを「はい」か「いえ」で済ますので、俺は別に気にしなかった。
「そう。つらくなったら言ってね」
「はい」
 無口で大人しい女の子だが、自己主張をするべき時にはちゃんとする性格だと、これまでの付き合いでなんとなく理解していた。
 だから毎日確認しなくても、つらくなったら言ってくるだろう。

 でもやっぱり、45分は長過ぎるような気がするのだ。
 そう思うと同時、また心の奥に焦りが生じる。

 その焦りのきっかけは、1週間ほど前。大学の友人たちとの会話だった。

 * * * * *

「は? 45分も? 自転車で?」
 彼女のこと教えろよー。どういう付き合いしてるんだよー。などとしつこく聞かれたため、毎日彼女を自転車で送っていると言った所、友人たちに思いっきり呆れられてしまった。
「よく文句言わないな、彼女」
「ていうか、文句以前に45分はあり得なくね?」
「無いな。ないない」
「クッションあっても尻痛くなるだろ、常識的に考えて」
 などと口々に非常識だと言われた。
 余りにも寄ってたかって言われたので、「つらく無いか聞いてるし、いつも大丈夫だって言ってる」と弁解した所、猛反撃を受けた。
「そんなん遠慮してるだけだろ常考」
「内心、呆れてるんじゃないか?」
「お前は何を言っているんだ?」
 う、やっぱり、自転車の荷台に45分も乗せているのは非常識か……。
「だいたい、彼女はお嬢様なんだろ? なんでチャリなんかで送ってるんだよ」
「あー、俺もそれは思った。車で送ってくれる専任の運転手さんがいるんだろ? なんでわざわざお前のチャリなわけ?」
「それに、45分も掛けて送った後、お前はその足で大学まで来るんだろ? ほとんど往復じゃねえか」
「つーか、お前ン家を出てから、大学に着くまでトータル何分よ?」
 自宅から彼女の家までは10分ほどで、それから彼女の学校まで45分、そこから俺が通う大学まで35分ちょい掛かる。つまり……。
「トータル90分かよ!」
「1時間半もチャリ漕ぎっぱなしって……。あり得ねえ!」
「……なあ、もしかしてお前、彼女にからかわれてるんじゃ無いか?」
 そんなわけ無い。からかうなんて、彼女はそんなことはしない。そう反論しようとした時だった。

「ていうか、そもそもお前、彼女はちゃんと“彼女”なのか?」
 その一言に、俺は文字通り固まった。
「ちゃんと告白とかしたのか? 話し聞いてる限り、お前からもしてないし、彼女の方もしてないだろ?」
 呆れたように指摘する友人に、俺は何も言えなかった。
 余程ショックを受けているように見えたのだろう。「いかんなこれは……」「雲行きが妖しくなってきたな……」などと友人たちが呟いている。ええい、気の毒そうに言うな。
「……お前な、今からでも遅く無い。ちゃんと彼女の気持ちを確認しとけ」
「だな。からかわれてるかどうかは別にしても、このままは良く無いぞ」
「あとな、チャリで45分は無いぞ、どう考えても。彼女もその分早起きしなきゃならないんだろ?」
 友人たちの忠告に、俺は無言で頷くしかなかった。

 * * * * *

 そういったやり取りを自転車を漕ぎながら思い出し、心の中で溜め息を付いた。
 この友人たちとのやり取りは1週間前だが、俺は依然変わらず彼女を自転車で送ってるし、彼女の気持ちも確認していない。
 だが、自転車に関しては考えがあるのだ。

 もう少しで大学は夏休みに入る。
 そしたら、車の免許を取ろうと思っている。
 自分専用の車は持っていないし買うことも出来ないが、家には親の車がある。
 親は週末しか車を使わないから、平日は自由に使えるのだ。
 自分の車じゃ無いから格好は付かないが、自転車よりはいいだろう。それに、車ならば、雨の日も彼女を送って行くことができる。(今は雨の日は倉守さんが送っている)
 免許を取らないといけないので、少し時間はかかるが自転車の方はこれで解決だ。

 しかし、問題は彼女の気持ちの方だ。
 俺自身は、彼女とは文字通り“彼女”のつもりでいたし、自分も彼女もお互いに好意を伝えている……と思う。
 だが、友人の指摘通り、自分も彼女も決定的な好意……つまり、「好きだ」という言葉は伝えていない。(当然、その先にある、恋人同士がするアレコレなどは欠片も発生していない)
 その事実に気付かされ、俺は大いに動揺した。

 もしや、付き合っているつもりだったのは、自分の勘違いだったのでは無いか?
 いや、そんなはずはない。好きでも無い男の自転車に乗るような女の子には思えないし、ましてやそのために早起きして待っているわけが無い。
 そしてなによりも、彼女は「あなたに掴まっていないと落ち着かない」と言って、わざわざ俺のことを探していたのだ。
 頭に浮かんだ不安をそうやって消し去ろうとするが、「好きだ」と言っていない、言われていない事実が消えることは無い。
 掴まっていないと落ち着かないというのも、単純に落ち着かないだけで、好きとかそういうものでは無いのかも知れない。
 不安は、消えるどころか募る一方だった。
 もちろん、彼女の気持ちを確認すれば済む話ではあるのだが……。
「俺たち、付き合ってるんだよね?」
 なんて間の抜けたことを、どの面下げて聞くことができるというのか。
 よしんば聞けたとしても、「え? 私そんなつもりじゃ……」なんて言われたら、それこそ、もう、どうにでもな〜れ〜と、魔法のステッキを振り回したくなる。
 彼女と再会した直後辺りならば、「好きだ」という気持ちを直接伝えるのも特に違和感が無かったのかも知れないが、気持ちを確認せずに時間が経ってしまった今となっては、なかなか言い出せる状況では無くなってしまった。
 結果、彼女の気持ちを確かめることも出来ず、現在に至る。

 俺は、こんなにヘタレだったのか……。
 信号待ちをしながら、俺は自分の情けなさに、思わず溜め息が出た。
「あの」
 唐突に、たすきが軽く引かれ、後ろから彼女が問いかけてきた。
「え? なに?」
「いえ、溜め息を付かれていたので。疲れました?」
「ああ、なんでもないよ。大丈夫」
 変に心配を掛けてしまったようだ。俺は努めて明るく言って、ネガティブな思考を振り払い、青になった横断歩道を渡るべく、ペダルに力を込めた。

 * * * * *

「今日も、ありがとうございました」
 8時を数分回ったあたりで、彼女の学校に到着した。
 いつものように校門の脇に自転車を停め、前カゴから鞄を取って彼女に渡すと、彼女がペコリと頭を下げてお礼を言ってきた。
 こうやって彼女を学校まで送るようになって一月ほど経つが、未だに周りの生徒がチラチラとこちらを見ながら歩き去って行く。
 ここは、名門と言われるお嬢様学校だ。高級車での送り迎えは自然であっても、ただの自転車(しかも普通のシティサイクルだ)での送り迎えは、かなり不自然なのだろう。
 彼女を送ることになった当初は、こんな普通の自転車で送られるなんて恥ずかしいかもしれないなと、校門から離れた場所に下ろそうか? と提案したが、彼女はそれを断った。
 送り始めたばかりの頃は、女子高生に注目されてちょっと恥ずかしかったが、今ではもう慣れた。諦めたとも言える。まあ、登校するには少し早い時間の為、生徒の姿がまばらなのが救いだ。
 荷台のクッションを回収し、「それじゃ、勉強頑張ってね」と言ったところで、彼女に裾を掴まれた。
「あの、今日はアルバイトお休みですよね?」
「ああ、うん。そうだけど?」
「それでは、もしよろしければ、帰りもお願いしていいですか?」
 彼女がいつもの無表情でこちらを見上げ、淡々とお願いしきた。
 ああ、そうか。今日は倉守さんがお休みだから……。
 俺は夕方からバイトを入れていることが多いので、帰りはいつも倉守さんが彼女を迎えに行くのだ。でも今日は倉守さんがお休みなので、帰りの足が無いのだろう。
「うん、いいよ。何時に迎えに来ればいい?」
 そう言うと、彼女は微かに嬉しそうに微笑み、「ありがとうございます」とペコリとお辞儀をした。

 * * * * *

 待ち合わせは、夕方の4時だった。
 5分ぐらい早めに付いたが、彼女はすでに校門で待っていた。
「お待たせ」
「いえ。ありがとうございます」
 彼女に声をかけると、途端に周りから「キャー!」と歓声が上がった。
「わっ、わっ、この人? この人?」
「聞いた聞いた? “お待たせ”だって! キャーー!」
 見れば、彼女の周りに友人らしき女子生徒が数人おり、こちらを見てキャーキャー言っている。
 な、なんだ……?
 突然のことに身動きが取れないでいると、あっという間にその女子生徒たちに囲まれた。女子高生に囲まれてキャーキャー言われるという、今までも、そしてこれからも無いであろう経験に、思わずたじろぐ。
「ちょ、ちょっとちょっとみんな!」
 彼女の周りにいた女子生徒のなかで、比較的身長の高い女の子が慌てた様子で声を上げた。
「何してるの、失礼でしょ!?」
 学級委員長のような調子で、俺の周りを囲んでいた女子生徒を引き剥がすと、申し訳無さそうに眉を下げる。
「す、すみません、突然。この子たちがどうしても貴方が見たいって……」
「あ、ずるーい! みーちゃんだって見たいって言って……いた!」
 騒ぐ女子生徒Aを、みーちゃんと呼ばれた女子生徒B(学級委員長風)が咄嗟に黙らせた。
 ……なんか手慣れてるな……。と、思わずじっと学級委員長風女子生徒を観察してしまう。
 俺の視線に気付くと、委員長は何故か顔を赤らめ、もじもじと口を開いた。
「その、私達と登校してくる時間が合わないから、朝に拝見することが出来なくて、それで、失礼かとは思いましたが、お迎えにいらっしゃると言うので……。本当に、すみません」
「ああ、いや、ちょっと驚いただけだから……」
 なるほど、やっぱりこの女子生徒たちは彼女の友人のようだ。その友人たちが何故、俺を見たがったのか良く分からないが、おそらく自転車で送り迎えしている変わった人を見るというのが目的なのだろう。
 俺は、ちらりと彼女の方に視線を向けて……うっと喉の奥で呻いた。
「…………」
 そこには、はっきりと“怫然”と顔に書いてある彼女が黙ってこちらを見上げていた。
 おお、レアな表情だな。というか、初めて見たなー。と、ある種の感動を覚えたが、気のせいか彼女の髪の毛がゆらゆらと陽炎のようにたゆたっているのを見て、思わず背筋を正した。
「え、えっと、友達?」
 妖気漂う、という表現がぴったりくるような様子の彼女に、俺は取り繕うように尋ねた。
「はい」
 彼女はいつもよりも強い口調で言って、こちらに歩み寄ると、やはりいつもよりも強い調子で俺のシャツの裾を掴んだ。
「さ、帰りましょう」
 宣言するように言って、荷台に横座りになる。
 何故か猛烈に機嫌が悪そうな彼女に戦きつつ、俺は自転車に跨がった。すると、いつもはバッグのたすきを握るだけの彼女が、俺の背中に寄り掛かるように密着してきた。途端にまた歓声が上がる。
「……どうしたの?」
 彼女の行動に驚いて、肩ごしに振り返ると、彼女は俺の背中に肩をくっつけ、頭を寄せながら答えた。
「しがみついているだけです」
 当たり前のように言う彼女の様子に、また女子生徒たちがキャーキャーと歓声を上げている。
 突然のスキンシップに戸惑いながらも、なんだかあまり深く追求しない方が良さそうに感じて、俺はそのまま自転車を漕ぎ始めた。

 * * * * *

「あの、今日はこれからお時間ありますか?」
 彼女は家に着くなり、そう切り出してきた。
「時間? あるけど?」
「よかったら、上がって行って下さい」
 自転車から降りても俺のシャツの裾を掴んだままの状態で、彼女が淡々と続ける。
「今日は、誰も家に居ませんから」
 そのセリフに、一瞬身体が強張った。
「あー、そうなんだ? どうしようかな……」
「何か、予定でもあるんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど、誰もいないのに、勝手に上がっていいかなあと思って」
 躊躇していると、彼女がいつになくきつくシャツの裾を引き、
「構いません」
 と、ぐいぐい引っ張ってくる。
「ちょ、ちょ、放して、伸びるから」
 いつになく積極的、というか強引な彼女に戸惑う。
 まるで、遊んで遊んでとズボンを噛んで引っ張る子犬のようだ。
 彼女をなだめると、むーっと不満げな表情で見上げてきた。
 ……さっきといい、今といい、こんなに表情を露にするのは珍しいな……。
 彼女のレアなアクションに、思わずまじまじと観察してしまう。
「どうしても、家に上がって頂けないのですか?」
 しっかとシャツの裾を掴んだまま、彼女が言ってくる。
「どうしてもってわけじゃないけど、お家の人が居ないのにお邪魔するのはちょっとアレかなあって。今度、ご両親なり倉守さんなりが居る時にお邪魔させてもらうよ」
 誰も居ないのに女の子の家に上がりこむのは、なんとなく憚られた。何度もお邪魔しているのなら話は別だろうが、俺はまだ彼女の家の門をくぐったことがなかった。
 それに、彼女はお嬢様だ。そんなお家にどこの馬の骨とも知れない俺が何の連絡も無しに上がりこむのは非常識、とまでは行かないかもしれないが、好ましくはないだろう。
 そう思ったが、彼女はいつになく強硬な態度を示してきた。
「両親に会って頂けるのは嬉しいですが、私が私の家に私のお客さまとして招待するのですから、何の問題もありません」
 彼女はシャツをしっかりと握り、強い意志を宿した瞳でこちらを見上げている。
「……」
 普段無口な彼女がこうやって自己主張するのは珍しい。つまりそれだけ俺に家に上がって欲しいのだろう。そこまでお願いされているのに断るのは、逆に失礼かもしれない。
「うん、じゃあ、お邪魔するよ」
 そう言うと、彼女は「よかった」と微かに微笑み、相変わらず俺のシャツの裾を掴んだままの状態で歩きだした。

 * * * * *

 彼女の部屋は、さすがお嬢様といった感じの造りだった。
 何畳あるのか分からないけど、俺の部屋(7畳)の3倍くらいの広さに感じた。
 こういうのを「モダンな」と言うのだろうか。テレビとかでしか見たことが無いような、木が中心の落ち着いた雰囲気の洋室だ。
 ドラマのセットみたいだなあ、というのが第一印象だった。
 淡いベージュのラグが部屋の中央に敷かれており、シンプルだけど素人目にも高価だと分かるローテーブルが置いてある。
 部屋の隅には、これまた高そうな木製の机。そして壁には幅広の本棚。
 雑誌やテレビなど、生活の匂いがするものは置いてなく、ともすれば殺風景だと感じてしまいそうになる部屋だが、窓際や壁際などに置かれた観葉植物がそれを拭い去っていた。
 物が少なく、広々としているが、決して寒々しいわけではなく、彼女の性格が現れているかのような、ゆったりとした居心地の良い雰囲気を俺は感じていた。

「お待たせしました」
 小市民よろしく物珍しく彼女の部屋を眺めていると、彼女がお茶を持ってきてくれた。
 シンプルな白磁器のポットとティーカップ。クッキーのようなお菓子に、ポットやティーカップとお揃いの小さな器に入ったバターやジャム。
 よく知らないが、いわゆるアフタヌーンティーとかクリームティーとか言われるものかもしれない。とすれば、このクッキーのようなお菓子はスコーンというものだろう。
 なんか本格的だなあ、と、少し恐縮してしまう。
「なんか悪いね。お茶までよばれて」
「いえ」
 彼女がポットからカップに紅茶を注ぎ、紅茶特有の良い香りが部屋に満ちる。
「どうぞ」
「ありがとう」
 彼女は慣れた手付きでカップとお菓子を並べると、俺の隣に腰を下ろした。
 折角煎れてくれたので、温かいうちに頂くことにする。
「頂きます」
 程よい温度の紅茶が、するりと口内に滑り込んでくる。雑な渋みが一切なく、ほんのり甘い。
「お口に合えば良いのですが」
 紅茶なんて安物のティーバッグでしか飲んだことがない俺には、それは杞憂だと言えた。
「美味しい。すごく」
「良かった」
 感想を言うと、彼女は微かに微笑み、カップを口に運んだ。

 二人で静かにお茶を飲んで、お菓子に手を伸ばす。
 ほとんど言葉を交わさず、俺たちはティータイムを過ごした。
 それは、決して重苦しい雰囲気ではなく、ちょっと早めに目が覚めた休日の朝のような、とても穏やかな空気だった。
 まるで時間が止まったかのような、この部屋だけ世界から切り離れているような、実にゆったりとした時間が流れているのを感じる。

 俺は、初めて来た彼女の部屋なのに、居心地の悪さをまるで感じていないことに気が付いた。
 彼女はどうだろうか? 彼女も俺と同じように、この時間を心地よく感じてくれているだろうか?
 ふと気になり、隣にいる彼女を見て、気付いた。
 いつの間にか、彼女の小さな手が、俺のシャツの肘あたりを軽く掴んでいた。
「…………」
 一体いつの間に、と、彼女に掴まれている辺りを呆然と見ると、彼女が不思議そうにこちらを見上げてきた。
「気付かなかったよ。いつの間に掴んでたの?」
 一瞬彼女はきょとんとし、掴んでいる手を確認してから、また見上げてきた。
「分かりません。たぶん、お茶を飲み始めたころだと思います。無意識に掴んでいたみたいです」
 その答えに思わず苦笑した。彼女はよく俺の裾なり袖なりを掴むが、それが無意識の領域まで到達していたとは。
「ご迷惑でした?」
 苦笑の理由を勘違いさせてしまったようだ。彼女が心なしか悲しそうに眉を下げている。
「いやいや、迷惑じゃないよ」
「良かった。ではこのままで居させてください」
 取り繕うと、彼女はほんの少し俺に近寄り、シャツを掴み直した。
 シャツを彼女に掴まれている感覚が、何故か心地よい。無意識でシャツを掴んでいたという彼女の言葉が、俺は無性に嬉しかった。

 そのまま静かに時が流れ、2杯目のお茶がカップの底をつきそうになったころ、なんとなく、
「いい部屋だね」
 今さらとも言える感想が、ぽつりと口から出た。
 言ってから、本当に今さらだなと気付き、気恥ずかしさを誤魔化すように付け足した。
「女の子の部屋に入ったの、初めてだよ」
「私も、男の人を部屋に呼んだのは初めてです」
 その言葉は、淡々としながらも嬉しそうな響きを含んでいるように聞こえた。
「それは光栄だなあ」
 冗談めかして言うと、彼女も、
「私も、あなたが初めて部屋に入った女の子になれて、光栄です」
 と返してきた。
 彼女の方を見ると、なんとなく目が合い、そのまま微笑み合った。
 穏やかな空気が、俺と彼女を包んだ。彼女とこうしてゆっくり過ごすのが、とても居心地が良く、楽しい。
 そうだ、と、あることに思い当たり、彼女に言ってみることにした。
「今度さ、俺、車の免許を取ろうと思ってるんだ」
 夏休みになってからだけどね。と付け足す。
「そうなんですか?」
「うん。そしたらさ、朝も車で送って行けるよ」
 まだ実現していないことだが、俺はなんとなく得意になって続けた。
「自転車じゃ、後ろに乗ってるのも大変でしょ? 45分もかかるし、朝も早く起きなきゃならないし」
 まあ、自転車で送るって言い出した俺が言うことじゃないけどさ。と苦笑。
「ほら、車だったら10分か15分ぐらいで学校まで送れるし、乗り心地も自転車に比べたらずっと……」
「私を送るため、ですか?」
 俺のセリフを、彼女が遮った。少し驚いたようにこちらを見上げている。
「うん。もちろん」
 当然それが目的なのだが、改めて宣言すると、ちょっと恥ずかしい。
 しかし、彼女の反応は意外なものだった。
「私は、自転車の方が良いです」
「え? どうして?」
「車ですと、あなたに掴まることが出来ません」
「え? そういう理由?」
「はい」
 きっぱりと、彼女が頷いた。
「いや、でも……自転車はつらくない?」
「いえ」
 またきっぱりと、彼女が首を振る。
「あ、ああ……そう……」
 彼女の為に、自分なりに考えてた計画だっただけに、少し気が抜けてしまった。
 なんとなく気落ちして口をつぐんでいると、彼女が身体ごとこちらに向き直って口を開いた。
「私は、本当は、あなたと二人で歩いて登校したいんです」
「あ、歩き?」
 思わず声が上ずった。
 歩きって……。予想外のセリフに、言葉が出ない。
「学校が徒歩で通える距離ではないのは分かってます。ただ」
 一旦言葉を切ると、彼女は俺のシャツを確かめるように掴み直し、
「私は、あなたにずっと掴まっていたいんです」
 淡々と、真直ぐにこちらを見上げ、続ける。
「私のために車を用意して頂けるのは嬉しいです。でも、私は少しでも長く、あなたに掴まっていたいんです」
 彼女は俺のシャツを両手で掴み、さらに続ける。
「本当は、帰りも毎日あなたに自転車で送って欲しいんです。あなたに掴まっていると、とても落ち着くんです。本当は今日、帰りは電車で帰るつもりでした。でもアルバイトがお休みなのは聞いていましたし、どうしても送って欲しくて」
 淡々とした口調だが、まるで堰を切ったように彼女は止まらない。
「朝も帰りもあなたに掴まることが出来て、今日はとても幸せでした。だから、もっと掴んでいたくて、もっとあなたを傍に感じていたくて、お部屋に招待したんです」
 なるほど、だからあんなに強固に家に上げたがったのか。
「こんなに楽しいお茶会は初めてです。あなたと隣合って、あなたを傍に感じて」
 一呼吸おいて、続ける。
「もっと、あなたに傍にいて欲しくて、ずっと、あなたの隣に居たくて。……あなたが、恋しくて。もう、離れたくないんです」
 ……なんか、すごいことを言われているような気がする。というか、再会した時もそうだったけど、彼女は急に饒舌になる癖があるようだ。
「……意外に、わがままなんだね?」
 なんと言っていいのか分からず、そんな言葉が出てきた。
「そうかもしれません。でも、あなたを放したくないんです。あなたから離れたくないんです。ずっと、これからもずっと、一生、あなたと一緒に居たいんです」
 あまりの予想外の展開に、俺は頭がクラクラしてきた。
 しかし、回らない頭の中で漫然と思った。
 あの言葉、「好きだ」という言葉を伝えるのは、今しかないのではないだろうか?
 天啓にも思えたそのひらめきを、俺は口にしていた。

「好きだ」
 一旦口にすると、止まらなかった。
「好きだ。大好きだ。俺もずっと一緒に居たい。明日から二人で歩いて学校に行こう。たぶん、すごく疲れるけど。休み休みで。その方が長く一緒に居られるし」
 俺の言葉に、彼女はこちらを見上げてぽかんとしている。あ、この表情も初めて見たな。と、俺はどこか冷静に観察しつつも、口は止まらなかった。
「朝何時ぐらいに出ればいいかな? 学校に着くまで何時間かかるだろう? 2時間? 3時間? いや、もっとかな……?」
「あ、あのっ」
 たまらず、と言った感じで、彼女が声を上げた。
「なに?」
「もう一度、言って下さい」
「え? 3時間って所?」
「いえ、最初の言葉です」
「好きだ。大好きだ」
「ああっ……!」
 ぱったりと、彼女がラグの上に横倒しになった。
 しばらくそのままでいたかと思うと、俺のシャツにしがみつくように上体を起こし、今度は俺に寄り掛かるようにして見上げてきた。
「わ、私も……」
 ふわりと軽い、彼女の体重を感じる。
 温かい紅茶を飲んだせいか、彼女の温かな体温がシャツ越しに伝わってきた。
 俺の胸に寄り添うようにして真直ぐ見上げ、至近距離で映るその瞳は、今までで一番綺麗に見えて、俺は目が離せなかった。
「私も、好きです。大好きです」
 いつものように淡々と言いながら、彼女の瞳が徐々に近付いてきた。
「好き。好き。あなたが好き。大好き」
 視界が彼女の顔で一杯になっていく。彼女の瞳に吸い込まれるかのように、俺も彼女に近付いて行った。
「好き。好き。好き。好き」
 囁くように言う彼女のセリフが、吐息となって俺の顔にかかる。
「好き。好き。す、き……んっ」
 彼女の声が聞こえなくなった変わりに、唇に柔からな感触が生まれた。

 * * * * *

 完全に思考が復活した時、俺は彼女に組み伏せられていた。
 何もよりによって、こんな時に復活しなくても良いだろうに。どうせなら、ずっと忘我状態でいたかった。
 確か、何回かキスをした後、「隣の部屋が私の寝室なので……」と、袖を引かれるがままに案内され、天蓋付きのベッドがある部屋に移動した。
 ベッドに二人で腰を掛け、キスをしたと同時に彼女に押し倒され、そのショックで思考が回復し、現在に至る。
「はあ……はあ……」
 俺に覆い被さるような形で、彼女が見下ろしている。
 垂れ下がった艶やかな黒髪と、荒い息が頬をくすぐる。
 綺麗な漆黒の瞳は潤み、俺は思考が完全に正常になっているのにも関わらず、その瞳から目を離すことが出来なかった。
「好きです。大好き」
 熱に浮かされたように、彼女が囁く。
「あなたを掴んでいたい。あなたとくっつきたい。あなたと抱き合いたい。……あなたと、繋がりたいです」
 つ、繋がりたいって……。
 なんだかとんでもないワードが聞こえてきた。
 こちらがショックで動けないのをいいことに、彼女は仰向けになった俺の腰に馬乗りになった。
 これは、騎乗位ってやつでは……。
 お互いちゃんと服は着ているが、腰に馬乗りにされた状態は、まさしく騎乗位だった。
 それに気付くと同時、彼女が腰をもじもじさせ始めた。
「う、うわっ」
 ズボン越しに感じる彼女の下腹部の感触に、思わず声が出る。
 彼女はふうふうと息を荒げながら、俺の下腹部に自分の下腹部をこすりつけるようにぎこちなく腰をくねらせている。
 艶やかな長い黒髪の毛先を躍らせ、ミルクのように白い肌はほのかに色付き、桜色の唇からは、荒い呼吸に合わせて熱い吐息を漏らしている。
 小さくて、華奢で、大人しくて、人形のように可愛くて。清楚さを感じさせる制服に身を包んだ、そんな彼女が、こんな淫らな行為に耽っている。
 俺は彼女の豹変に驚くと同時に、耐え難いほどの興奮を覚えた。
 物静かで、常に淡々とした彼女が「繋がりたい」などと口走り、こんな直情的な行動に出ているのだ。
 彼女の荒い息に当てられたかのように、自然と俺の息も荒くなった。激しい興奮に喉の奥がひりつき、股間が急速に熱を持っていくのが分かる。
「知らなかった……こんなにエッチだったんだね」
「自分でも、はあ……、驚いてます」
 口調はいつものように淡々としているが、荒い息で言葉は途切れ途切れだ。
「好き。好きなんです。とても。大好きなんです」
 無表情で平坦に、彼女が言葉を紡ぐ。
「あなたが好き。大好き。だから、エッチ、したいです」
 情熱的な言葉とは裏腹に、表情や口調は感情を感じさせない。だが、彼女の心情は、彼女の瞳が雄弁に語っていた。
 綺麗な漆黒の瞳は妖しく潤み、その奥で情火が燃え盛っている。
 今にも爆発しそうな情欲を瞳の内に湛え、彼女は瞬き一つせずこちらを見つめ続けている。
「あなたが欲しい。エッチしたい。繋がりたい」
 それは、彼女が実際に発した言葉だったのか、それとも無言の彼女の瞳から読み取れた内心だったのか、俺にはもう分からなかった。
 ただ1つ確実なのは、彼女はもう完全に欲情していて、自分を求めているということ。
 俺は、弾かれたように上体を起こして彼女を抱き締め、唇を貪った。

「ん、ん、んぅ……ん」
 ぴったりと唇を重ね、貪るようにキス。熱い吐息とくぐもった声が隙間から漏れ、俺の頬をくすぐり、脳を溶かしていく。
「ふぅ、んっ……んぅ」
 目の前に見える彼女の白い肌が、朱に染まっていく。つるつるでぷにぷにした唇の感触が気持ち良く、上唇や下唇を吸うようについばむ。
「ん、はぁ……、ん、ん、ん」
 ちゅっちゅと唇を吸いあい、お互いのだ液で唇がぬらぬらと光る。
 彼女は俺の腕の中にすっぽりと収まって、少し首を上に向けて俺の唇を味わっている。俺は少し首を下げて、上から彼女の唇を貪る。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
 いつしか、お互い舌を出し合って絡め合っていた。
 唇を離してチロチロとお互いの舌先を絡めたり、噛み付くようにお互いの口を唇ごと絡め合ったり、ぴったりと唇を合わせお互いの口の中で舌を絡め合ったり……。
 どれくらい絡め合っていたのか、気が付けばお互い顎まで涎で濡れていた。

 一旦、唇を離し、はぁはぁと荒く息を付く。お互いの唇や顎がだ液の糸で結ばれている。
 至近距離で見つめ合う。彼女の濡れた瞳は劣情を隠そうとはせず、俺は背筋がぞくぞくするほど興奮した。
「私、もう、繋がりたいです」
 淫らに濡れた瞳が、そう伝えていた。
「……うん」
 頷くと、彼女はより一層瞳を潤ませ、情欲一色に染まって行く。
 対面座位のような形で寄り添ったまま、彼女は腰を浮かしてスカートの中に手を差し入れ、スルスルとショーツを下ろして行く。
 その間もずっと俺の目を見つめ続け、その完全に情欲に塗れた瞳に、俺の劣情も増大されていった。
 俺も震える手でベルトを緩め、ジッパーを下ろす。呆れるくらい勃起したペニスは、外気に触れただけでビクビクと震えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 今まで以上に荒い息を付きながら、彼女が俺の目とペニスを交互に見る。
「繋がりたい。繋がりたい。あなたと繋がりたい」
 情欲に染まった瞳が、彼女がそう思っていると教えてくれる。興奮のせいか、細い腰をもじもじと動かし、制服のスカートが揺れている。
「……スカート、捲って見せて」
 今すぐ彼女を押し倒して挿れてしまいたい欲求を、なんとか抑えた。
 俺のお願いに、彼女は一瞬驚いたようだが、スカートの前を両手で掴み、捲っていった。
 彼女のほっそりとした太ももが徐々に露になっていく。スカートが上に捲られていく光景に、俺は頭がおかしくなりそうな興奮を覚えた。
 ついに彼女はスカートを胸の前まで捲り上げ、下腹部が外気に晒される。
 雪のように白い肌はうっすらと桜色に染まり、秘所から溢れ出た愛液で内ももが光っている。
 恥ずかしさのせいか、それとも興奮のせいか、その両方か、彼女が細い腰をもじもじとさせている。
 腰が艶かしく揺れる度に、溢れる愛液が秘裂から漏れ、糸を引いてシーツに落ちる。
「あの、私、もう」
 あまりのいやらしさに彼女の下腹部を凝視していると、彼女が切羽詰まった声を上げてきた。
 見ると、彼女の瞳は泣き出しそうに震えている。はぁはぁと荒い息で肩が上下し、切なげに眉を寄せて、こちらを見上げている。
 その様子に、ぞくりと背中が震え、ペニスも更に硬度を増した気がした。
「……うん。俺も、もう限界。したい」
 頷くと、待ちきれなかったかのように彼女が腰を下ろしていった。俺も、彼女の腰を掴んで誘導する。
 はぁはぁと荒い息を付きながら、彼女は捲ったスカートを左手で胸に抱えるように固定し、右手で自らの秘部に指を這わせる。
 人指し指と中指で秘裂を開くと、こぽりと愛液が溢れ、俺のペニスに落ちた。
 俺は愛液の熱さに驚くと同時に、自分のものが溢れ出る愛液にコーティングされていく様子に例えようがない興奮を覚え、喉が熱くひりついた。
「んっ……」
 俺の先端と、彼女のが接触した。その柔らかさにペニスがビクンと震え、彼女も腰を震わせた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 あてがった状態で彼女と見つめあう。
 ……いい? ……はい。
 確認は一瞬、彼女の腰が沈んで行った。
「はっ、あっ、あっ……」
 ほっそりとした腰の中に、俺のガチガチにいきり立ったものが飲み込まれて行く。
「あっ、あ、ああ……んんっ!」
 途中の抵抗を突き破ったところで、彼女が身体を震わせた。
「だ、大丈夫?」
「ん、は、はい」
 言葉とは裏腹に、彼女は辛そうに眉をしかめ、身体を震わせている。
 正直、初めての女性器への挿入に、俺の頭はどうにかなりそうだった。
 まだ亀頭部分しか入っていないが、彼女のナカは熱くて柔らかくて、おまけに不規則に収縮して亀頭を刺激してくるのだ。
 小さな彼女のナカに自分のものを全部めり込ませ、がむしゃらに腰を振りたい衝動を奥歯を噛み締めて耐えた。
「ゆっくり、ゆっくりやろう?」
 自分自身に言い聞かせるように言いながら、出来るだけ優しく彼女を抱き締めた。左手は背中に回し、右手で艶やかな髪の毛を撫でる。
 彼女は俺の肩口に額を押し付けたまま、小さく頷いた。気のせいか、彼女の震えが少し落ち着いたような気がした。

 どれくらい経ったか。
「もう、平気です」
 そう言って、彼女は再び腰を沈め始めた。
 たぶん、1分にも満たないと思うが、状況が状況だけにひどく長く感じた。
 ずぶずぶと己のものが彼女の飲み込まれていき、
「んっ、んっ……はぁ……っ!」
 彼女のナカを、俺の剛直が満たした。
 小さな彼女には全部入らず、根元の部分が余っている。
 しかし彼女のナカは想像以上に気持ち良く、まだ動いていないのに射精感が込み上げてきた。
 本能のままに腰を振って、もっと気持ち良くなりたい衝動に駆られたが、彼女が落ち着くのを待った。
 彼女は未だびくびく震えながらも、俺の首に手を絡めてきた。
「うれしいです。私たち、繋がってます」
 そう言って、桜色に染まった顔を蕩けさせる。
「……うん。すごい気持ちいい」
「私も、お腹の奥がじんじんします」
 お互い荒い息を付きながら、見つめあって、また確認。
 俺たちは同時に、ゆっくりと試すように腰を動かし始めた。
「はッ、ん、あッ」
 対面座位の形で俺に跨がった彼女が、腰を上下に揺する。
 その度にぐちぐちと結合部から粘着質の水音が響き、彼女の吐息が漏れた。
 密着し、彼女が腰を振る。俺もベッドの反発を利用して下から突き上げる。
 そうしながらも、俺たちは見つめあったまま、一瞬たりとも目を離さなかった。
「は、ふッ、ふ、ん、はッ、あ、あッ」
 か細い吐息のように、彼女が喘ぐ。
 呼吸のような喘ぎを漏らしながら、彼女の瞳が蕩けて行く。瞳の奥が、徐々に快楽に満ちて行くのが手に取るように分かった。
「んッ、ふッ、ふぅ、あッ、はッ」
 ぎこちなかった腰の動きがスムーズになって行き、吐息にも甘い響きが混じって行く。
「あッ、あッ、あッ、あッ、あッ」
 見つめあう彼女の瞳がより一層蕩けて行き、半開きになった唇の端から涎が垂れ、吐息も甲高くなっていった。
 そんな彼女の様子と、とろとろになりながらもきつく締まる膣内に、俺は激しく劣情をそそられ、気を抜くと射精してしまいそうな快感に歯を食いしばって堪える。

 今や、彼女の動きはガクガクと腰を前後にくねらせるようになり、綺麗な漆黒の瞳は、快楽に翻弄されてとろんと潤んでいる。
「気持ちいい。気持ちいい。ああ、すごい気持ちいいです」
 見つめあった瞳が、俺にそう訴えてくる。
 腰をはしたなくくねらせ、俺のペニスで膣内を擦り、圧迫し、彼女はがむしゃらに気持ち良くなろうとしている。
「はッ、ふッ、ん、は、あッ、はッ」
 喘ぎは相変らずか細い吐息のようだが、彼女の表情は快楽一色に染まったかのように蕩け、だらしなく開いた唇からも涎が駄々漏れだ。
 快感に包まれ、表情を蕩けさせ、はしたなく腰を振り、彼女は自分がいかに興奮しているかを、気持ち良くなっているかを伝えてくる。それは、特に、瞳が雄弁だった。
 綺麗な瞳を膜がかかったかのようにとろんとさせ、こちらを見上げている。
 その肉欲と情欲と快楽に染まった瞳は、
「ああ……気持ちいい……! 気持ちいいです……」
 と囁いているかのように、俺に心情を正確に伝えてくる。
 たまらなくなって、俺は彼女の腰を掴んで思いきり突き上げ始めた。
「はッ、あッ、んッ! あッ! あッ! あッ!」
 途端に、彼女の喘ぎに変化が現れた。
 吐息の中にも一際甲高い部分が現れ、語尾にハートマークが付いているような、甘い響きが混じっていく。
 頭の中が快感で満ちているかのように、蕩けた笑みを浮かべて俺にしがみつく。
 そして、快楽に陶酔しきった瞳は、
「すきッ! すきッ! すきッ! すきぃッ!」
「ああきもちいいです! おく、おなかのおく、とけちゃう、ああああっ」
「ああ、だめ、わたしもう、きもちよくて、ああもう、あああ……!」
 そんな風に、もうどうしようもないくらい気持ち良くなっている様子を、一度に伝えてくる。
 そんなに訴えられては、もう、俺もどうにかなってしまう。
 口以上に物を言う彼女の瞳に、俺はもう完全に理性を失って、彼女に腰ごとめり込ませるかのように、とにかくがむしゃらに突き上げるように腰を振り始めた。
「ああッ! ああッ! ああッ! ああッ!」
 お互いの腰が、おもらしをしたかのように彼女の愛液で濡れ、膣内は粘度の高い愛液でぐちゃぐちゃと泡立っている。
「ああッ! だめ、だめですもう、ああッ! ああーッ! わたし、もう」
「あ、やあ! だめだめきもちぃもうあああ、わたし、わたし、ああああ!」
「あああ、イッ、やあッ! だめイッ……ク、イッちゃう、ああイクッ!」
 最早、それらが彼女の言葉なのか、それとも瞳が訴えてきてることなのか、俺はもう分からなくなっていた。
 彼女と身も心も溶け合うような感覚を覚え、彼女の声を耳で聞いているのか、心で直接感じているのか、そのボーダーラインが曖昧になっていた。

 激しく身体を求めあいながらも、視線は常に合わせたままで、俺たちは絡み合う。
「すきッ! すきッ! すきッ! すきッ! すきッ!」
「俺も、好きだ……ッ」
「あッ! あッ! イクッ! わたしだめイッちゃう! あああイクぅッ!」
「うッ! くうッ!」
 腰が弾けるほどの快感が、脊髄を駆け巡った。
 彼女の細い腰の中で、俺のものが暴れる。
「イッ………あああああーーーーーーーッ!!」
 直後に、彼女が仰け反った。
 膣内で暴れる肉棒を押さえ込むかのように、キュウウッと締まる。そして、締まる膣内に反発するかのように、ドクンドクンと大きく脈を打って肉棒が暴れ、彼女のナカに精を解き放ち続ける。
「あ、ふあ、ああああ……ッ!」
 二人して身体をガクガクと痙攣させ、弾け飛びそうな快感にきつく抱き締めあって耐える。
 永遠に続くかと思われた絶頂の波が、緩やかに引いていくなか、俺の肩口で、彼女が声を震わせた。
「はっ、ああ……すき、すき、すきぃ……」
 絶頂の残滓が未だ身体を彷徨っているらしく、時折身体を可愛らしく痙攣させている。痙攣に合わせ、繋がったままの肉棒が、膣壁で吸い込まれるように刺激される。
 身体の震えが止まるまで、俺たちは繋がったまま抱き締めあった。

 * * * * *

 いつも通り、朝の7時15分。俺は正門の前に自転車を滑り込ませた。
 大きな門の前に佇む少女が、いつものように無表情でペコリと頭を下げてくる。
「おはようございます」
「うん、おはよ」
 挨拶を交わして、俺はいつものように前カゴからクッションを取り出し、荷台に敷いた。
 その様子を見ていた彼女が、不思議そうに首を傾げた。
「今日から、歩きじゃないんですか?」
「え!?」
「昨日、歩いて行こうって言ってくれましたよね?」
「え、いや、でも」
 確かに昨日言ったけど、あれは勢い余って口走ってしまったというか。
 というか、彼女はあれを本気にしていたのか?
 思わず慌てかけるが、彼女は無表情のまま、
「冗談です」
 しれっと言って、クッションに横座りになった。
 彼女が冗談なんて言うとは思わなかった。思わず呆然と後ろの彼女を見つめてしまう。
 その視線をさらりと受け流して、彼女が平坦に告げた。
「どちらにしても、今日は自転車は少しつらいかもしれません」
「え? どうして?」
 今まで1ヶ月以上も平気だったのに、何かあったのだろうか?
 俺の疑問に、彼女が端的に一言で答えた。
「腰がちょっと」
「あー……」
「まだお腹に違和感があります」
 言いながら、彼女がヘソの下あたりをさする。
 その理由は言う間でもなく、昨日の情事の影響だ。
「ご、ごめん。その、大丈夫?」
「はい。ただ……」
「ただ、なに?」
 先を促すと、彼女は微笑んで答えた。
「振動があると響くので、今日はいつもよりしっかりと掴まらせて頂きます」
 そして、彼女は幸せそうに俺の背中にしがみついた。

終わり






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