file:01-01 濡れた銀







金曜日の夜。

普通なら、バイトなんかしてない。


遊びに出てるか、寝てるか。
とにかく、こんな誰も来る気配のないコンビニのカウンターにつっ立ってるなんて、ない。
何て花の無い金曜日…。

「早く終わんねぇかな…」

あと30分。
客もないため、閉店作業はほぼ完了した。
あとは本当に店を閉めるだけ。

溜息を吐くと、外でゴロゴロと雷が鳴った。
夜は天気が崩れるらしい。

(よかった、傘持ってきといて)

俺は雑誌を開いて、残り30分の暇を潰すことにした。








きっかり23時。
俺は店のシャッターを閉めた。

事務所でユニフォームを脱いで、2階にいるはずの店長に、

「お疲れっしたー」

一応の挨拶をして、裏口から外へ出た。

正直、家へは正面から出た方が早い。
裏だとぐるっと正面まで回らなきゃならない。

(めんどくせー…)

雨が降ってるから尚更億劫だ。
足元の水溜まりを避けながら、正面へ回る。


ぎょ、とした。
真っ暗な店の前に、リーマンらしき人物が居る。
雨宿りか…?

(まぁ、関わらないに越したことはねぇ)

無視を決め込み、歩く。
それでも気になるものは気になる。
横切る直前にちら、と顔を見た。

…見なきゃ良かった。

瞬間、相手もこっちを見て、しかも知ってる奴だった。


「…、もとちか…」


銀髪は濡れて、でも何だか綺麗だった。


「…いきなり呼び捨てか」

忍び笑いをする元親に、ムッとくる。
歩み寄って真正面に立った。

「生憎、アンタの名前はそれしか分かんなくてな」
「名刺渡しただろうが。…ははーん、お前読めなかったんだろ」

元親は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
気に食わなかい。
…だけど、図星だから何も言えなかった。
無言で睨むと、ふ、と柔らかい表情が返ってきた。

「ちょうそかべ、だ。覚えてくれ」

“ちょうそかべ”って読むのか、あれ。
言われた名前を反芻してる自分が居て、びっくりした。
何で、こいつの苗字なんか覚えなきゃなんねぇんだよ。

「、覚えるか、お前の苗字なんか。名前さえ分かってりゃ十分だろ!」
「…それはフェアじゃねぇな」

考えるような仕草を元親がしてみせた。
フェアじゃないって何がだよ。

「…訳わかんねぇ」
「俺はお前の名前を知らないからな、伊達くん?」

にっ、と笑った顔が馬鹿みたいに幼く見える。
…こいつ、絶対底意地悪い奴だ。
ムカツクことに、何だか逆らえない気がしてしまう。

「……まさむね。…政治の政に、宗教の宗」
「政宗、か。よし、覚えた」

へら、と笑う口元に、何だかつられた。
変な奴。
精神年齢、かなり低そう。
こんなんで課長になれんだから、今の世の中不思議だ。

暢気な思考が途切れて、は、と居心地の悪さに気付いた。
下りた沈黙が重苦しい。
何か、言わないと。
そう考えてると、す、と元親が俺の前髪に触れた。

右目を隠してる、長めの前髪に。

一瞬、体が強張ったのが分かった。

「、ッ…」
「まだ治んねぇのか、長引いてるな」

つぅか、この前髪がよくないんじゃねぇか?
そう、眉を寄せ心配そうに覗き込まれて、思わず目を閉じた。
その時、ふ、とこの前の事が思い出されて、そのまま口を開いた。

「…この前、心配してくれてんのに怒鳴って悪かった…」
「『てめぇには関係ねぇだろ!』だっけ?別に気にしちゃいねぇよ」
「これ…結膜炎とかじゃねぇんだ。…だから、外せない」

詳しく口にするのが嫌で、説明を端折った。

失敗した。

何かしら誤魔化さないと、しつこく聞いてくる奴らばかりなのに。
癖みたいになった“嘘”をいつもなら口にするのに、今日は何故か半分まで本当のことを言ってた。

「あ、っと…これ、は…」
「…結膜炎でないなら良い。言いたくねぇ事情があるなら聞かねぇよ」

全然良くない。
結膜炎ならどんなにいいだろう。

だけど、何も聞かない元親が不思議だった。

「何だ、根掘り葉掘り聞いてほしかったのか?」

俺の心を読んだみたいに、元親は言った。
…顔に出てた…?


「言いたいときは言えば良い。言いたくないなら言わなくていい。これくらいのワガママは許されるさ」


何だかバツが悪くなった気がした。
会ってまだ2回目の男に知った風に諭されて、でも図星に口が開けない。

しとしとと降る雨が、俺の心情を現してるようだった。


…雨。
ふと、元親の髪を見る。
綺麗な銀髪が濡れて、少し重たそうにへたってる。

「そーいやアンタ、ここで何してんだよ?」
「雨に降られてな、傘を買いに来たら、閉まってたんだ。ここ閉まんの早ぇな」
「、そりゃ悪い事したな」

次の言葉は、びっくりするくらいすんなり出た。


「家近いのか?送ってってやるよ」


歩きだけどな。
そう付け加えて、傘の中に元親を入れる。

「いい、お前が濡れるだろ」
「んなの平気だ。あと、雨宿りしても、この雨は一晩中続くぜ」

多分、店を閉めちまった罪悪感から言ってんだと思う。
まぁ俺のせいでもないんだけど。

元親は口を結んで、数秒悩んでから俺から傘をとった。

「お言葉に甘えることにしよう。歩いて10分くらいだ」
「、おう」

幸い傘は大きい。
頑張れば2人くらい入る…はずなんだけど、元親はガタイが良すぎた。
予想よりひっつかないと厳しい。
傘の中心に寄って身体を収める。
それでも肩を雨が濡らしていった。
とりあえず、ケータイだけは非難させておく。

「傘、別に俺が持つぜ?」
「いい。こういうのは背の高い方が持つもんだろ」

さらりと言われ、そうか、と納得しそうになった。
…確かに元親のが高いけど、聞き捨てならない。

「てめぇ、暗に俺をちびだって言ってんだろ」
「まさか。俺よりは小さいと言ってるだけだ」

同じ事だ。
ちょっとばかりガタイがいいからって…。

「右手に持ってる鞄が濡れると思ったから言ってやってんのに!」

スーツもだろうけど、鞄はもっと濡れちゃヤバイだろ。
重要な書類とか…。

…ま、元親はそんなの構わないらしいけど!

無言で睨むと、鞄が飛んできた。

「…ッ!」

殴られる!
そう思って目を閉じたけど、衝撃は全く来なくて。
恐る恐る目を開けると、目の前で鞄が揺れていた。

「なら、お前が持っていてくれ。濡らすなよ、大事なもん入ってんだから」

胸元に押しつけられて、否応無しに持たされた。
何が入ってるか分からないけど、ずっしり重かった。

両手で抱えて、濡らさないように中心に寄せた。





パシャパシャと足元が鳴って、雨音は段々と大きくなっていった。

「…お前、あのコンビニ長いのか?」
「半年…は長いのか?」
「俺の勤続10年よりは短いな」
「何でも自分と比べんな!」

元親の家に着くまで、他愛のない話ばかりしていた。
元親が質問して、俺が返して、がパターンだった。

10分くらいだ、と言った元親の言葉はその通りで。


「、ぅわ〜…」

そこはえらくデカイマンションだった。
見た目も豪勢で、足を踏み入れるのを躊躇う。

「…じゃ、俺はこれで」

早々に立ち去りたい気持ちになって、エントランスに入っていく元親に手を振った。
振り返った元親は訝しげな顔だった。

「んだよ?」
「上がっていけよ」
「や、悪いからいい」

俺が困るんだけどな。
そう、元親は意地悪な笑みを浮かべた。
…俺が上がらなくて元親が困る?
訳が分からない。
少し考えても分からない、もうどうでもいい。

「じゃな」
「あぁ。悪いがそいつは早めに帰してやってくれ」

そいつ、と指差されて、そこで初めて気付いた。

まだ俺は元親の鞄を持ったままだった。

「、あっ!待っ…!」

声を上げた時にはもう、元親はエントランスの中に居た。


…仕方ない。


俺は真夜中なのに明るいエントランスに、恐々入った。















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まずはチカダテで。
すごいね、チカ。いきなりお持ち帰りです(笑)

何だかもう、後の展開読めそうだな…。
最早、コンビニである必要がなくなってきた(笑)

続いちゃって済みません…

05.12.30