「ぶにゃぁぁぁーーー!!!」

「ひぃぃぃぃっっ!く・・くるなっ!こっちに来るんじゃねぇって!!」



放課後の学園。

帰宅してきた生徒達が行き交う寮の廊下を、猛烈な勢いで駆け抜けていく二つの影。

フサフサと体毛を揺らしながら、楽しそうに走るトノサマが追い掛ける者は、血相を変えて逃げ惑う王様こと、丹羽哲也。

学生会の仕事をサボり、副会長の目から逃げる為に学園内をうろついていた所を、トノサマに遭遇してしまったのだ。

猫が大の苦手な彼。

鉢合わせた時、逃げなければ良かったものの、条件反射に雄叫びを上げ、走り出したのが最後。

逃げるものを追いたくなるのは動物の本能か。

そんな訳で、丹羽は意味もなく、トノサマに追いかけられている。





同じ頃。

ここは寮内の啓太の自室。

部屋の真ん中で、椅子を足場にその上に載る七条と、それを下から支える啓太の姿があった。

「七条さん、すみません。埃っぽいでしょう?」

「大丈夫ですよ。気にしないで伊藤くん。こういう事は、これからもこの僕に頼って下さいね。」

「え、でも・・・悪いですよぉ。」

「椅子の上に載って行わないといけない作業なんて、大切な伊藤くんにはさせられません。
それにもし、電気で感電でもしたら大変ですから。」

「そんなぁ。感電なんて大げさですよ。七条さんってば。」

「ふふふ♪伊藤くんは僕の大切な恋人ですから、こういう事は僕にさせて下さい。ね。君に頼られると嬉しいんです。」

「へへっ、七条さん、いつもありがとうございます。」

「お安い御用ですよ。いとーくんっ♪」

「七条さんっ♪」

「もうもう、本当に君は可愛いですねぇっ!」

新しい蛍光灯に付け替え、カバーを取り付けながら、七条は楽しそうに微笑んだ。

古い蛍光灯を啓太に手渡し、代わりに受け取ったダスターで埃を拭う。

啓太に頼まれれば、そんな作業も嬉しい七条。

下から椅子を支えながら、七条を仰ぎ見る啓太と、上から見下ろす七条の視線が合わさる。
目が合って微笑み合い、2人は幸せに満ちたそんな一時を過ごしていた。

長閑で平和な放課後。

「七条さん、知っています?俊介に聞いたんですけど、
今日の晩ゴハン、メニューにグラタンがあるらしいですよ。それとハンバーグも。」

「本当ですか?それは嬉しいですね。それぞれ選んで、半分こして、頂きましょうか?」

「はい!もちろんです。楽しみだなぁ。」

「ふふふ。デザートにミルクレープも、ありますよ。食事のあと僕のお部屋で食べませんか?」

「やった☆お腹減らさなきゃっ!」

「おや?だったら、食事前に・・・・僕と愛情確認をしますか?」

電気カバーの埃を拭き終えた七条は、椅子の上に載ったまま、
啓太の見下ろしニッコリと微笑んだ。そして片目をパチンと閉じる。

「もう!七条さんの、エッチ。」

そんな彼のウィンクを意味深な言葉と共に受け取った啓太は、
頬を赤く染めて、支えていた椅子から手を離した。その僅かな時に、事件は起こったのである。

バタンっ!!!

大きな音と共に、力任せに開くドア。

「うわぁぁぁっぁ!すまねぇっ!たすけてくれぇぇぇーーーー!」

大きな雄叫びが、室内に響き渡った瞬間。

「ぶにゃぁぁぁぁぁ〜!!」

一際高くこだましたトノサマの鳴き声を背中に背負った丹羽が、啓太と七条目掛けてダイブしてきたのだった。

「うわぁっ!王様?!」

「伊藤くんっ!あぶないっ!」

「七条さんっ!!」

啓太の安全第一にと、とっさに手を差し伸べた七条だったが、彼自身、アンバランスな椅子の上。

それでも自分の身を投げ出して啓太を守りたい七条は、丹羽の体当たりから啓太をかわすべく、体を張った。

結果・・・。

七条によって突き飛ばされた啓太は、背中に打撲を負いながらも、一番衝撃が少ないベッドの上に、転がり込み。

七条はと言うと、図体のデカイ丹羽のタックルを全身にモロ受けし、丹羽の下敷きになる形で、
硬い床の上に、意識が飛ぶほど身体を強く打ちつけ、そのまま気を失い倒れ込んだのだった。

悲劇の発端(?)となったトノサマ本人は、ヒラリと身をかわして、無傷で床に着地。

「ぶにゃ〜・・・・。」

と静かに鳴いて、気絶した七条を慰めるように、青白い頬をペロペロと舐めていた。



「で・・・・・こうなったわけか。」

眉間に深くシワを刻んだ西園寺は、忌々しさを訴えるような眼差しで、丹羽を睨み付けた。

「すまねぇ、郁ちゃん。悪気はなかったんだ。」

「私に謝ってどうする。」

「だってよぉ・・・郁ちゃんが、怖い顔で睨み付けるから・・・。」

身体を張った七条をクッションにした所為か、それとも、あの衝撃でも、ビクともしない頑丈な身体なのか、
全くの無傷の丹羽は、西園寺を前にうな垂れていた。

チクチクと威圧されながら待つ、ココは処置室の前。

「臣にもしもの事があってみろ、タダじゃ置かないからな、丹羽。」

「そんなおっかない事、言わないでくれよ、郁ちゃん・・・。」

『診察中』と、赤く灯る電灯を見上げた西園寺は、綺麗な顔を曇らせて深い溜息をついた。

学園島から跳ね橋を渡って、すぐのところに建つベル診療所は、ココの生徒と職員が利用する小規模なクリニックだ。

あれから、寮内はちょっとした騒ぎになった。

騒ぎを聞きつけ、一番に駆けつけたのは、この日、隣室で課題を片付けていた遠藤。

ついさっきまで、楽しそうに乳繰り合う2人の声が聞こえてきていたのに、
突如、猫と王様の絶叫が劈いて、大きな音と共に、シーンと静まり返った隣室に、
課題を放り投げて様子を見に来たのだった。

遠藤が目の当たりにした惨状は、凄まじいものだった。

椅子を蹴散らして大の字になって倒れる丹羽の下敷きになっているのは、気絶している七条。
そんな彼に向かって、ぶにゃお〜と鳴くトノサマ。
そしてベッドの上で背中を擦りながら、丸まっているのは啓太で。

「啓太っ!!大丈夫か?!」

と、遠藤の必死の呼びかけに、啓太は背中を擦りながら身体を起こした。

そして、

「七条さんが・・・しちじょうさんがぁ〜〜〜!!」

と涙目に訴えたのだった。

頭の回転が良い遠藤が、瞬時に状況を判断し、救急車を手配。

遠藤に起こされ、キズ1つ負っていなかった丹羽が、責任を感じて付き添う形で、
七条は丹羽と一緒に救急車で病院送りになったのだった。

そして、知らせを受けた西園寺が血相を変えて、病院に駆けつけた。

啓太はと言うと、青白い顔をして意識を失った七条が、担架で運ばれて行く姿を見て、
ショックのあまり貧血でその場に倒れこんでしまったのだ。

そんなお騒がせ啓太は自室のベッドに寝かされ、遠藤が付き添っている。



「西園寺君、丹羽君。ごめんごめん。遅くなっちゃって。七条君はどうしてる?」

病院の廊下の向こうから、姿を現したのは、トノサマの飼い主の海野だった。

白衣を翻しながら、小走りで駆けつけ、二人の姿を見つけ、ブンブンと手を振る。

「海野先生。臣はまだ、処置室の中で診察中です。」

「そっか。本当にごめんね。トノサマが原因だって聞いて・・・。」

涙目になりながら、胸元で両手を握りしめると、海野はシュンと、うな垂れた。

そんな海野に向かって、西園寺は、微笑んで首を横に振った。

「海野先生、気に病まないで下さい。動物のしたことです。そもそも・・・・・。」

そこで言葉を切り、隣で佇んでいた丹羽をキッと睨み付ける西園寺。
その視線にタジタジな丹羽は気まずそうに頭を掻いた。

「お前が、猫と遭遇したぐらいで、喚いて逃げ回るから、悪戯に追いかけられるんだ。」

「海野先生が、アイツを放し飼いにしてるから、悪いんだぜ。」

「猫は放し飼いにするものなんだ。遭遇しても、お前が冷静に対処していればこういう事にはならなかったはずだ。」

物静かだが、厳しい口調の西園寺の言葉と態度に、丹羽の弁明も情けなさが、一層増す。

「郁ちゃん、反省してるから、もう勘弁してくれよぉ〜。」

丹羽の情けない弁明と、西園寺の厳しい面責はいつ終わりを見せる事だろうと、中だるみをみせた頃、
間に挟まれて、オロオロと困っていた海野が、アッと声を上げ、やっとその気まずい遣り取りが中断された。

「診察、終わったみたいだよ。」

海野の一言で、2人の視線が一箇所に集中する。『診察中』と灯っていたランプがフッと消え、ドクターが姿を現す。

「おう!先生!七条のヤツはどうなんだ?!大丈夫なのか?」

西園寺と海野の2人の間を割るように、丹羽が医者の前に躍り出た。
図体のデカイ彼が、勢いよく詰め寄ると、無駄に迫力があり、ドクターも思わず後ずさり、苦笑いをこぼした。

「丹羽っ!!落ち着かないか!」

「落ち着いていられるかよ、郁ちゃん。」

「病院で大声を出すな。」

「郁ちゃんこそ!」

「郁ちゃんと呼ぶんじゃないっ!」

肝心の七条の容態はそっちのけで、始まった2人の押し問答に、
やれやれと溜息をついた海野が、二人に代わって、ドクターに話しかけた。

「で、七条君の容態は?」

「大丈夫ですよ、海野先生。命に別状はありません。軽い脳震盪と、右足首にヒビが入っている程度です。
ただ腰を打ったときに腎臓を傷めたようなので、安静の為に暫くは入院です。」

「腎臓だって?!」

ドクターのこの言葉に、西園寺と丹羽は見事なハモリを披露した。

「大したことは、無いから大丈夫ですよ。ちょっと、こうなったんでしょう。」

2人の不安感を和らげるように、ドクターはニコッと微笑むと、
腎臓に見立てるように握った拳を、クイッと捻って見せた。

「でも、腎臓だぜ、本当に大丈夫なのか?」

七条に体当たりをした、当の本人である丹羽は、不安を隠しきれない様子だ。

分かり易い外傷なら、まだマシだが、内臓・・・それも腎臓と聞かされれば、素人だったら不安になるのは当然の事だった。

「心配要りません。安静にしていれば、元に戻りますから。その程度ですよ。
安静にさせるための入院ですので。これから看護師が病室まで案内します。
それじゃ、僕はこれで。何かあったら、担当看護師に聞いて下さいね。では、海野先生、失礼します。」

大丈夫と頼もしく言い切ったドクターは、爽やかな笑顔を見せ、その場を後にした。

見送った3人は、ホッと胸を撫で下ろす。

だが、相変わらず眉間に深いシワを刻んだままの西園寺は、そのままその視線を丹羽に向かって投げ掛けた。

「郁ちゃん、先生も心配要らないって言っていたじゃねーかよ。もうそんな怖い顔、しないでくれよ。」

「西園寺君に丹羽君。心配要らないよ。あのドクターは僕の知り合いなんだ。
腕の良いドクターだから、安心していいよ。腎臓の損傷って言っても、安静にして治る程度のものだから、大丈夫。」

ね、と明るい笑顔を振りまき、眼鏡の海野が無邪気に微笑む。

その笑顔には、妙な説得力があり、西園寺は漸く眉間のシワを消したのだった。

ドクターが去った後、暫くして七条は、ベッドに寝かされた状態で、看護師に連れられて処置室から出てきた。
点滴を打たれて、グッタリと眠る姿は、まるで意識がないようにも見えたが、看護師の説明によると、
無事に意識は回復したが、今は薬が効いてその効果で眠っているという事で、もう少ししたら、自然と目が覚めるという話だった。

そんな彼が運び込まれた病室は、病棟の一番端っこの個室だった。
学園関係者専用と言う事もあってか、規模も小さく、ベッド数も少ないクリニック。
今の所、七条以外で入院している者は、僅かに数えるほど。
七条が宛がわれた病室は、閑静でとても贅沢な作りをしていた特別個室。
これは、内密に遠藤の配慮があった為と思われる。

一応の入院手続きと、保護者への連絡の為、西園寺と海野が看護師と共に受付に下りて行った後、
眠る七条の傍で、丹羽は心配そうにその姿を見守っていた。

七条の寝顔を見ながら、溜息をつく丹羽の脳裏には、色んな心配事が渦巻いていた。
学園に放ったらかしてきた、学生会の事・・・特に相方の中嶋の憤った姿や、貧血で倒れた啓太の事とか、遠藤の事。
そして何よりも、自分の所為でこうなった七条の事。彼が目を覚ましたときが、恐ろしい・・・・・そんな不安が頭を過ぎる。

大雑把で、ドンブリ勘定。デリカシーに欠け、細かい事は全く気にしない丹羽も、
さすがにこの時ばかりは、気に病んで気持ちが凹んでいた。結果オーライ、大したことは無かったとは言え、
怪我を負わせて入院させたのは事実。それに、その怪我を負わせてしまったのが、
よりに寄って、中嶋と仲が悪い会計機構の七条なんて。さっきの西園寺の反応といい、正直言って色んな意味で恐ろしかった。

らしくない姿の丹羽が、大きな溜息を、あからさまに吐き出した。

その時、その声に導かれたのか、閉じていた七条の瞳がピクッと動き、
と同時に低い唸り声を上げて、七条がゆっくりと目を覚ましたのだった。

「七条!」

丹羽の大きな呼び声に、七条は目を瞬かせ、天井を仰いだ。
アレ以来、目覚めたばかりで、ぼんやりとした視界に映るのは、心配そうに自分を覗き込む丹羽の姿。
どうして寝起きの自分の傍に、丹羽がいるんだろう?これはきっと性質の悪い何かの間違いだ。
自分は確か・・・今日は愛する伊藤くんと・・・・・そう思い至った瞬間。

「あーーーー!!」

今まで聞いた事もないぐらい、大きな声が七条の口から上がった。

予想外の第一声に、仰け反るほど丹羽は驚く。

「な・・・なんだよっ!びっくりするじゃねーかっ!」

そんな丹羽を他所に、ガバっと勢いよく起き上がった七条は、その途端、背中の下を押さえて固まってしまった。
無理もない話し、腎臓にキズを負い、足の骨にヒビ、おまけに点滴にもつながれている。
そんな今の彼にとっては、動くという事が最大の苦痛なのだ。

「おいおい、七条、大丈夫かよ。」

丸めた背中を片手で押さえ、しかめっ面の七条は、
心配そうに覗き込む丹羽の制服の裾を握りしめ、息も絶え絶えに、こう呟いた。

「・・・い・・伊藤くんは?伊藤くんは・・・無事なん・・ですか?」

よっぽど痛むのか、肩で息をするような仕草に、丹羽の顔色が曇り、いっそう焦りの色が濃くなる。

「七条、すまないっ!本当に悪かった。ほら、横になれよ。痛てぇだろう?」

痛みに耐え、起き上がった七条の姿が、丹羽の目に痛々しく映る。
労わるようにそっと、その身体を寝かせるように促してみるものの、七条は首を横に振って抵抗した。

「僕の事は、良いんです。伊藤くんは?伊藤くんに怪我はないんでしょうね?
無事を確認しないと。おちおち寝てなんていられませんっ!」

肩に添えられた丹羽の手を振りほどき、七条はベッドから降りようとする。
啓太の安否を思うあまり、自分が置かれている状況もなんのその。
強引に動いたお蔭で、打たれていた点滴が外れて、青白い腕に血のシミを作ってしまった。

「おいっ!無茶するんじゃねぇって。血、血ぃ出てるだろっ!」

「うるさいっ!ジャマしないで下さいっ!」

無茶して外れた点滴から、滴る血に真っ青になった丹羽が、七条の腕を掴んでベッドに引き戻す。
それに応戦する七条も、傷めた身体に精一杯の力を使って抵抗。

その途端、体格に差のない、大男が病室内で、揉み合いになる。

ナースコールで人を呼べばいいものを、頭に血が上った2人にそんな事を思いつく冷静さはなかった。

言う事を聞かない七条に手を焼いた丹羽が、心で『郁ちゃん!』と助けを求めた時。

丹羽の心の叫びを聞きつけたかのようなタイミングで、救世主が現れた。

病室のドアが勢いよく開いて、涙目の啓太が姿を現したのだった。

「七条さんっ!!!」

「伊藤くんっ!!!!」

大きく開け放たれたドアはそのままに、愛しい名前を叫んだ啓太は、一直線にベッドへ駆け寄った。

啓太の姿が目に入った七条も、愛しい名前を叫んで、掴み合っていた丹羽を突き飛ばす。

強い力で引き合った2人は、丹羽の存在も、無事に目を覚ました啓太に付き添って来た遠藤の存在も、まるで無視。
お互いの姿を確認し合うと、途端に2人の世界へと落ちていく。

人目も憚らないバカップルは、お約束の熱い抱擁を交わした。

「伊藤くんっ!大丈夫でしたか?何処か痛いところはありませんでしたか?君の事が心配です。」

と、抱きしめる腕に力を込めて、啓太のつむじに埋めた頬をスリスリ、七条が呟くと。

「七条さぁんっ!俺、七条さんが救急車に乗せられている所を見て、ショックで・・・・もう何がなんだが。」

啓太は啓太で、胸元に寄せた頬を甘える仕草で、スリスリ擦りつける。

「心配掛けてすみません。伊藤くんこそ、大丈夫なんですか?」

「はい。俺は平気です。あの時七条さんが、かばってくれたお蔭です。でも、その所為で七条さんが。」

「君が無事なら、それで良いのですよ。本当に良かった。」

啓太のおでこに、コツンと額をくっ付け、七条は安堵の溜息を漏らした。
本当は損傷した腎臓と腕の点滴傷が、痛みを自己主張していたが、
啓太を抱きしめていると、七条にとっては、それは何よりも効く鎮痛剤になる。

「七条さん・・・・。」

大好きなダーリンの胸の中で、ダーリンの優しい眼差しを一身に受けた啓太は、心がホッコリ安心感で満たされた。
しっとりと熱っぽい潤んだ瞳で見上げて、視線が絡まりあえば、後はもう瞳を閉じるだけ。

「伊藤くん・・・・。」

ダーリンの甘い呟きと共に、抱き寄せられる啓太の身体。

「・・・・しちじょうさ・・・ん・・・・っ・・・・ぁ・・」

言葉の語尾が吐息と共に、吸い込まれた。

浅く重なった唇同士が、至近距離で離れて再び重なる。

角度を変えながら熱いチュウを交わす2人の間は、絡み合う舌が織り成す水音と、
啓太の喘ぎが漏れているという、この上ない甘いムードになり始めていた。

すっかりギャラリーと化した、丹羽は目の前のバッカプルに、ただただ、唖然と佇んでいた。

その背中を遠慮がちに突いたのは、同じ立場に立たされていた、遠藤だった。

ハッとしたように振り向く丹羽に向かって、ニコッと微笑みかけると、遠藤は無言で病室の外に目を向けた。

気が利かない丹羽を病室から廊下へ連れ出した遠藤は、音が立たないようにそっとドアを閉めたのだった。

全ての事務手続きを終え、病室に戻ってきた西園寺と海野が見たものは、
看護師にこっぴどく説教をされていた七条と啓太の姿だった。
点滴を強引に外した所為で腫れ上がった腕に、包帯を巻かれ、腕に針を刺せる血管が無くなったお蔭で、
手の甲に打たれた点滴が痛々しい上、安静にしていなかった事が、怪我を悪化させたらしかった。

今後、ちゃんと安静にしないと、面会謝絶にしますよと、看護師にキツイ釘を打たれてしまったのだ。

もちろん、深めのチュウをしただけで、その続きの行為には、さすがに及ばなかった2人。

それもそのはず、往診に来たドクターに事もあろうか、チュウの現場を見られてしまったのだ・・・・・。

二人の世界が得意な彼らも、さすがにこれにはお手上げ状態。
それでも、お名残惜しい気持ちを、存分に残したまま無理矢理、チュウを中断した。

2人に気を使って廊下に出ていた2人が、時間を潰す為に売店に行った僅かな時間に、
運悪くドクターがやって来たというわけだった。

反省と気まずさで、うな垂れる啓太を、笑顔で慰める七条は、
そんな彼に、一日でも早く退院できるように頑張りますと、約束したのだった。












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