「はぁ?どうしてそういう事を、俺に聞くんですか?」

食堂で一人夕食を摂っていた遠藤は、向かい合って座る丹羽に向かって、素っ頓狂な声を上げた。

「シーッ!声がでけぇぞ、遠藤。」

「王様こそ。と言うか。王様、どうかしたんですか?そんな事を聞くなんて。」

先日、七条に要求された『心に響くプレゼント』

あれ以来、黒い微笑に肝を冷やした丹羽は、
七条の本心なんて知らずに、本気の本気で、その事を考えていたのだった。

昼寝をする間も惜しんで、考え抜いた挙句・・・とある事を思いついた丹羽。

そのとある事を実行に移すには、この遠藤の理解と協力がどうしても必要だったのだ。

そのお蔭で、遠藤は今、王様の真剣な眼差しとは裏腹の、おかしな質問に困惑していた。

食べかけのハンバーグをフォークに刺したまま、俺は何の為に、
こんな馬鹿げた質問を投げ掛けられているのだろうと、首を傾げている。

「お前しかいねぇんだよ、お前なら、七条とも仲が良いし、啓太とも仲が良いだろう?」

「七条さんのことなんだから、そんなの西園寺さんに聞けば良いじゃないですか?!」

「バカか、遠藤。んな事、郁ちゃんに聞いてみろ、会計室を出入り禁止にされちまうじゃねぇか!」

バシッと一発、頭を叩かれた遠藤は、乱れた髪の毛を手櫛で整えながら、それもそうだなと頷いた。

「まぁ・・・・俺は・・・イイと思いますけど。七条さんならソレが一番、効くんじゃないですかね・・・。」

丹羽から持ちかけられた事を、頭の中で軽く想像した遠藤は、大人気なくも、うっかり萌え萌えなってしまった。

学園を影で牛耳っている理事長様も、啓太が絡めば、ただの男になってしまう。

遠藤は不覚にも、だらしなく顔を綻ばせてしまった。

丹羽が思いついた、七条の心を動かす素敵 (?) なプレゼントとは。

それは、あの黒い悪魔の七条が、一瞬にして骨抜きになってしまう、『啓太』を差し出す事。

とはいっても、啓太と七条は誰もが認める周知のラヴラブカップル。

今更、ワザワザ丹羽が、遠藤に協力させてお膳立てをしなくても、
2人は入院という障害さえなければ、黙っていても、乳繰り合うのだ。

長期にわたる入院の所為で、恋人がいながら禁欲生活を強いられている、七条。

同じお年頃の男の子としての生理現象に、丹羽は目を付けたのだった。

溜まっているであろう、フラストレーションを一気に取り除いてあげる為に、一番効くであろう、啓太と言う恋人の存在。

その啓太にちょっとした、付加価値をつけてやろうと思ったのだった。

健康的(?)で、お年頃の高校生男子が考えそうな、ちょっとエッチで可愛げのある付加価値。

自分が今の七条の立場なら、どういうモノが良いだろうか?

想像力の限界に挑んで、ポンッと出たのが、コレだったのだ。

だが、思いついた付加価値に、イマイチ確信が持てなかった丹羽は、
悩んだ挙句、この遠藤に事情を話して、その相談を持ちかけたわけだった。

悪魔に睨まれた、今の丹羽に、啓太の気持ちなど思いやってあげる余裕は、これっぽっちもない。
啓太の了承や協力なんて事は全く考えずに、勝手に啓太を、
七条が喜ぶであろうプレゼントとして着飾らす為に、頭が一杯だったのだ。

「さすが、遠藤!七条の事、わかってんな!頼もしいぜ!」

「そんな事で、褒められても、なんだか複雑だな・・・・。
でも、問題はその為の服と、それを啓太に着せる事ですけど・・・・・どうするつもりなんですか?」

フォークに突き刺したままだったハンバーグを、お皿の上で転がしながら、遠藤は呆れたように溜息を漏らした。

「そこで、啓太の親友でもあり、手芸部でもあるお前の出番なんだよ。」

まるで人に聞かれたら、不味い話をするかのように、丹羽が声を潜めて囁いた。

そんな丹羽の仕草に、訝しげに顔を顰めながら、遠藤はその言葉に首を横に振った。

「嫌ですからね、俺。」

キッパリと言い放つと、遠藤は持て余していたフォークを口に運んだ。

「そんな、無下に断るなよ。」

「嫌ですって。第一、あと3日間しか日にちがないのに、
そんな特殊な服、作るなんて出来ませんよ。俺だって暇じゃないんですから。」

「誰も作れって言ってるわけじゃねぇんだ。ほら、手芸部が体育祭の出し物の為に、作ったアレがあるだろ?あれを使うんだよ。」

丹羽が言っているアレとは、毎年、開催されるBL学園の体育祭での、名物競技でもある仮装レース。

各学年の代表が手芸部の全面協力の下、ハイレベルな仮装をして競うレースは、体育祭の競技の中でも1番の目玉となっていた。
昨今では滝が扮した白雪姫が大好評だったが、その裏で学年が違うにも関らず、丹羽が大プッシュして、
本人の承諾も得ないまま手芸部に作らせた、幻の衣装があったのだった。

それは、丹羽が大好きな『郁ちゃん』こと西園寺郁に着せたかった、とある衣装。

もちろん、西園寺の大反発と、それを援護する七条の猛抗議に遭い、
その衣装は日の目を見る事もないまま、お蔵入りに成り果てていた。

丹羽に促されるまま、多大なデフォルメを加えて、それを製作したのは他でもないこの遠藤。

「え!!アレを使うんですか・・・・?なんか嫌だな。だってあの衣装、
七条さんの猛抗議に遭ってボツになったんですよ。それを使うなんて・・・・逆効果なんじゃないんですか?」

スープカップを手に取った遠藤は、あからさまに嫌な顔をした。

無理もない。

その当時、発案者の丹羽だけではなく、それを作製した手芸部側にも、七条のお咎めの火の粉が降りかかったのだ。
そんな嫌な経験上、遠藤は同じ様な事で、七条に噛み付かれるのが嫌だったのだ。

「大丈夫だって!郁ちゃんと、啓太はあいつに取っては、全く違う次元の2人なんだ。
頼む、遠藤!手芸部室に保管してある服を持ち出してくれ。
その後の事は俺に考えがあるから、その通りにやってくれればいいから・・・・な、助けると思って、協力してくれ。」

「はぁ・・・・まぁ。」

丹羽の捨て身の嘆願に、これ以上拒む事が出来なかった、お人好しの遠藤は、煮え切らないながらも、首を縦に振った。

よく考えたら、こんな事で、丹羽が思っているほど、あの七条が喜ぶものなのか?

『イイと思いますよ』と軽いノリで言ってしまったが、大丈夫かな、と苦笑う遠藤だった。

だけど、否応なしに、この話に協力するハメとなってしまった遠藤は、
自分の不運を嘆きながらも、ひょっとしたら、あの衣装を着た啓太を見る事が出来るかもしれないと思うと、
固い表情にも自然とだらしない微笑が浮かんだのであった。



丹羽と遠藤が、そんな馬鹿げた謀を企てている頃。

いつもの様に、七条の病室を訪れていた啓太は、七条と2人きりで楽しい夕食タイムを過ごしていた。

ベッドの上に備え付けの簡易テーブルを設置し、その上にランチョンマットを敷き、お花を飾る。

2人分のゴハンと、お揃いのマグカップとティーポットを並べれば、殺風景な病室でもちょっとした、ディナーとなる。

ディナーと言ってしまえば、聞こえはいいが、七条は、病院から供された、お決まりの病院食。

本日の病院特製メニューも、七条が嫌いなものオンパレード。

鶏ささみのかぶら蒸し・けんちん汁・根菜のマリネ・ごはん・・・・・。

啓太はココで食べる為に自分で買ってきたコンビニディナー。

洋食屋さんのたんぽぽオムライスにチキンナゲット。苺たっぷりヨーグルトにアイスクリーム。

七条の為にカロリー計算された、高たんぱく低脂肪の味気ない夕食も、
隣に啓太が座っているという事だけが励みで箸も漸く進む。

啓太のボリューム満点のゴハンを、横からつまみ食いしながら食べる七条に、
そんな七条の皿の上に自分の方から、あれこれお裾分けを乗せてあげている啓太。

啓太はハッとしたように、声を上げると、スプーンを慌てて置いた。

「七条さん、これ見てください!」

そして、ガサガサとコンビニ袋の中から、啓太はカップに入ったアイスクリームを取り出す。

それを意気揚々と七条の前に差し出したのだった。

「おや?これは・・。」

「ね、可愛いでしょう?アイスがライオンの顔なんですよ♪」

そう言って楽しそうに微笑む啓太が手に持つアイス。

丸く波打ったようなカップに入ったそれは、チョコレートアイスのベースに、真ん中がバナナアイスの黄色で丸く盛られていて、
チョコペンで、目と鼻と口そして、ひげが両ホッペに3本ずつ描かれてあった。
真上から見ると、可愛らしいライオンキャラのお顔が浮かんでいるように見える。
その上、カップのパッケージには、『ガオぉ〜』という鳴き声まで書かれている始末。

「本当ですね、とても可愛いアイスですね。」

「でしょう?駅前のベルストアで見つけたんです。
あんまり可愛いから、七条さんにも見せたくて!一緒に食べましょう!」

啓太は中身が見え易いように、プラスチックの蓋をパカっと開けた。

ふんわり香るバナナとバニラの甘い香りが、七条の鼻腔を悪戯に擽る。

小さなプラスチックのスプーンを手に取った啓太は、
ライオンアイスの、たてがみ部分のアイスを掬おうと、スプーンをアイスに挿した所で、その手を止めた。

「どうしました?」

「・・・・なんだか、食べちゃうの、可哀想な感じがしますね。」

啓太の口から、ホロリと零れた言葉に、七条は胸がキュンと詰まった。

「伊藤くんってば!」

「ははっ。すみません、俺ってバカだな。アイスなのに。」

「バカなんかじゃありませんよ。伊藤くんは、本当に優しい子なんですね。可愛いですよ!」

そんな些細な啓太の言動や仕草にも、胸がキュンキュンするダーリン。
もどかしい気持ちを発散させるべく、伸ばした人差し指で啓太のふっくらホッペを突く。

「えへへ♪七条さん、アイスどうぞ。」

ライオンさんのたてがみチョコレート部分を、小さなスプーンで掬った啓太は、はにかみながら七条の口元へそれを差し出した。
笑顔で、パクっとスプーンを咥えた七条の舌の上に広がる、チープなチョコの味。
子供だましの、見掛け重視なアイスでも、啓太が食べさせてくれるものなら、最高の味になる。

「とっても、美味しいですよ。もう一口、くれませんか?」

「はい!あ〜ん。」

二口目のアイス。

嬉しくなって、啓太は多目に次の一口を掬った。

緩む口元を大きく開け、その二口目を口に入れた七条は、
啓太がスプーンを引き抜いたタイミングを見計らって、啓太の両頬を両手で包み込んだ。

「・・・・?」

カップとスプーンを持ったままキョトンとする啓太が、両目を瞬かせる。

瞬間・・・・・・。

影の差した視界に、両目を閉じた啓太。

強張る肩に緊張が走って、啓太の唇に七条の唇が重なった。

ひんやりと冷たい舌が甘い滑りと共に、口内を撫でまわす。

絡まり舐め合う舌と舌が、お互いの咥内に、溶けたクリームを擦りつけ、その甘さを感触ごと味わうように動いた。

「・・・・・んっ・・・・ん・・ぅんぁ・・・・・ん。」

クリームが混ざった涎が啓太の唇で光って、そのまま垂れると、それを啜るように七条の唇が動く。

そして、貪りあうお互いの唇は、

ちゅうぅぅぅ・・・くちゅぅくちゅっ・・・ちゅぽん・・・とワザとらしい水音をたて、離れた。

「ね、とても美味しいでしょう?」

「はい・・・・。」

トロンと茹だった瞳を上目遣いに、啓太は溜息と共に頷いた。

大好きなダーリンと甘いアイスクリーム。

欲しい気持ちを一気に煽るような口移しのディープなキスは、満たされていなかった欲を自覚させるきっかけとなった。

啓太とて、ダーリンの温もりがない、一人寝の夜に枕を濡らしていたのである。

自分を庇って怪我をした七条の身体を気遣って、そんな欲しい気持ちを今まで隠していたが、
欲しいモノを無理矢理押さえ込んでいた理性なんて、こんなきっかけがあれば、すぐにでも弾ける。

「伊藤くん・・・・。」

「七条さん・・・。」

頭の中が桃色に支配されれば、啓太の身体からは、力は瞬くもなく取れ落ちる。

カップとスプーンを握った手は、ダーリンの首根っこを掴みたくてウズウズしていた。

手からスルリと離れた、カップとスプーンが床の上で弾け、クリームがシミを作る頃、啓太の両腕は七条の背中に回っていた。

「七条さん・・・・淋しいよぉ・・・。」

「伊藤くん・・・・・。」

首筋に埋まる啓太の吐息を肌で感じ、啓太を掻き抱くと、小さな身体から漂ってくる桃色の薫り。

啓太が座っていた椅子が、カタンと音を立てて床の上を後ろに滑る。

お互いの感触や匂い、温もりを、全身に再確認させるように、二人は夢中になって身体を擦り合わせた。

「・・ぁはあ・・んっ、あぁ・・・ん」

啓太発情中。

そんなフレーズがピッタリ当てはまる今の啓太は、珍しく自分の方から胸を差し出すべく、ネクタイに手を掛けた。

もどかしく、ネクタイの結び目に指を引っ掛け下に下ろす。
その間も、七条の手がシャツのボタンを片手で外しながら、啓太の唇に自分の唇を重ねた。

開いたシャツの隙間を縫うように、手が忍び込む。久しぶりの感触に啓太の胸は既に欲を硬めて、触れられる瞬間を待ちわびていた。

晒けた胸肌に七条の細くて長い指が、啓太の柔肌の感触を楽しむように滑っていく。

薄い胸板が指先で揉み込まれ、一番敏感に実を結ぶ突起を掠めると、
啓太の口から零れ落ちる甘くて切ない鳴き声。

「ぅん・・はぁぁん、しちじょうさぁん・・。」

無意識に名前を呼ぶ喘ぎが、生温い吐息と共に七条の耳を掠めた。

火照った心を自分の意思で止めるような、無粋な事はしない。

自分の腕に身を摺り寄せて、甘えてくる啓太に弱いダーリンは、
安静第一の己の身体よりも、啓太を抱く事を選んでしまった。

啓太をその気にさせるように仕向けたのは、他でもない自分。

胸板を弄っていた指先が、啓太の可愛いピンクの突起を摘んで揉みこんだ。

「ひゃぁぁんっ!」

久しぶりのダーリンの刺激に、啓太の腰が大きな反応をして震える。

「あぁんっ、もっとぉ。」

戦慄く腰を、七条の身体に擦りつけ、続きを催促する。

「舐めてあげましょうか?」

くぐもった声で耳朶を甘噛みし、肌蹴た啓太のシャツを捲り上げようと手が動いた、

次の瞬間。

コンコンコン・・・・・。

遠慮がちなノックと共に、キーシリンダーが外れる金属音が、2人の耳に入った。

「やっ!!」

小さく叫んだ啓太は、慌てて身体を離す。

そして、肌蹴たシャツを乱暴に合わせて、解いたネクタイを上着のポケットに突っ込んだ。

途端に開いた病室のドア。

「七条、俺だ。」

間一髪。

ドアが開いて姿を見せたのは、三年生の岩井卓人だった。

「なんだ、伊藤も来ていたんだな。」

ドアに背中を向けて、椅子の上で前屈みの啓太は振り向くと、苦笑いで岩井に向かって頭を下げた。

「こ・・こんにちは、岩井さん。」

「あぁ、こんにちは・・・・七条、怪我の具合は?」

「お蔭さまで、だいぶん良くなりましたよ。
それにしても岩井さん、どうしたんですか?貴方が来るなんて、意外ですね。」

意外・・・正にその通り。

七条が自分で予想していた、自分を見舞いに来てくれるであろう人たちは、もう全員来ていた。

毎日来る啓太や、半分保護者のような西園寺は除いて。

罪悪感からやってくる丹羽、啓太にくっ付いて顔を見せに来る遠藤、同級生の滝に成瀬。
あとは、お節介な世話焼き寮長に、交流の深い教師の海野。

みんな予想していた友人達は、早いうちにケーキやお菓子を片手に見舞ってくれていた。

犬猿の仲の副会長は、もちろん来るわけもないし、来て貰ったって、コッチが迷惑だ。

ただ、三年の岩井卓人は、迷惑とか微塵もないのだが、
普段の学園生活で殆ど交流がなく、いつも篠宮から、様子を伝え聞くばかり。

その伝え聞く様子も、お粥をおかわりしたとか、絵に没頭しすぎて倒れたとか、そういう覇気のない話ばかりだった。

そんな岩井が、篠宮の付き添いもなく、自分の入院する病院まで見舞いに来るなんて、正直予想外。

珍しそうにキョトンとする七条の表情から、その心意を汲み取ったのか、
岩井は小さい声ながらも、自分がココにやって来た経緯を話し出した。

「いや、篠宮から入院していると聞かされたんだ。今日はちょうど河本さんとの打ち合わせで、
街に出ていたから、その帰りに見舞いをと思って・・・・・・もしかして、邪魔したか?」

さっきからモジモジと隠すように、シャツのボタンを留めている啓太を気遣って、
岩井は、分かっているのかいないのか、そんな発言をする。

ドキッとする胸を押さえて、未だ熱の冷め切っていない身体を宥めた啓太は、首を横に振った。

「そんな、ジャマだなんて・・・・・・・・・・あ、俺、ちょっと失礼します。」

そして、不自然な前屈みで立ち上がった啓太は、七条に無言の目配せをすると、そそくさと病室を後にした。

「・・・・・・・・岩井さん、すみません。伊藤くんは、さっきからお腹の調子が悪いようで。」

「そうか、大変だな。」

「えぇ、まぁ。それはそうと、立ってないで、どうぞ座って下さい。」

椅子を勧めながら、七条はニッコリと穏やかに微笑んだ。

「あぁ、すまない。そうだ、これを持ってきたんだ。」

そう言って差し出すのは、センスよくラッピングされたチューベローズのプリザーブトフラワー。

七条のお見舞いに、食べ物以外のものを持ってきた者は、岩井が初めてだ。

「素敵なバラですね、どうもありがとうございます。」

受け取る七条も、意外だった岩井の訪問に加えて、このお見舞い品が新鮮で、素直に嬉しく思った。

「気に入ってもらえたのなら、俺も嬉しい。」

「えぇ、とっても気に入りました。」

「そうか・・・・。」

「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・。」

「・・・体の具合はいいのか?」

「・・・は?」

「・・・・篠宮から、腎臓が悪いと聞いている。」

「あぁ、悪いだなんて大袈裟な。打撲で少しキズが入っただけですよ。もう殆ど回復しています。」

「そうか・・・・・安心した。」

「どうも。」

「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・。」

それっきり、会話の糸が掴めず、穏やかな沈黙が2人の間に降りた。

元々交流があまりない七条と岩井。

その所為か2人っきりの今、2人の間に会話は成立しないままだ。

日頃饒舌な七条も、相手がこの無口で無害な岩井だと、どう接していいのか、気を揉んでしまう。
共通の話題もありそうにないし、岩井の専門分野の美術には自分は疎い。
だからと言って、科学やオカルトの話なんかしても、一人舞台になりそうで、何だか気が引ける・・・・。

無意味に過ぎていく時間に、出て行った啓太の帰りを待ちわびていたら、床に視線を落としていた岩井が、ポツリと呟いた。

「七条、床に何か落ちている。」

「え?床ですか?」

ヒョイッと身を乗り出して、岩井が指差す方向に目向け、七条は何とも言えない気分になった。

視線の先に落ちていたものは、さっきまで2人で乳繰り合いながら食べさせあいこしていた、例の『ライオンさんアイス』

転がるカップからは、既に溶けて液状化したクリームが流れ、甘い匂いを撒き散らしながらべっとりと床に広がっていた。

「・・・・・アイスクリームか何かだろうか?」

そうとは知らない岩井がまた、ポツリと呟く。

「えぇ、見ての通りアイスですね。」

「・・・・・そうか、伊藤はこれを食べて、お腹を壊したのか。」

「そうかもしれませんね。後で僕が片付けておきますので、どうぞ岩井さんは、気にしないで下さい。」

抱き合ってキスして、疼いた身体が、これからだと言う時を、途中で中断させた張本人の岩井に対して、
不思議と怒る気になれない七条はただただ、にこやかに微笑んでいた。

どうも、この無口で無害な岩井を相手にしていると調子が狂ってしまう。

本来なら、啓太とのあんなに甘く色気たっぷりな時間を、台無しにされた事に対して腹立たしいはずなのに、
物静かな岩井を目の前にすると、その気持ちも自然と消化されていってしまうようだ。

それっきり、再び降りた沈黙。

時間が過ぎていくのが、とても遅く感じながら待っていると、すっきり顔の啓太がやっと出先から戻ってきた。

「スミマセンでした。」

何も無かった様に、にこやかに微笑む啓太に向かって、岩井が心配そうに眉根を顰めた。

「いや、伊藤。お腹の調子は大丈夫なのか?」

自分が前屈みで出て行った理由が、腹痛になっている事なんて知らない啓太は、はぁ?と首を傾げた。

「アイスを食べていたら、お腹が痛くなったんですよね。それでお手洗いに行ったんでしょう?ね。」

岩井を挟んで七条は、帰ってきたばかりの啓太に向かって、パチンとウィンクを飛ばした。そして、口元に人差し指を添える。

「あぁ、はい!そうです。だから、もう大丈夫です!はい。」

とっさに状況を判断した啓太は、あたふたと答えると、曖昧に微笑んで見せた。

「そうか、なら良かった。俺はもうそろそろ学園に戻る。伊藤も良かったら一緒に帰らないか?
河本さんが学園まで車で送ってくれるから。外はもう暗いし門限も近い。そろそろ帰らないと篠宮がうるさい。いいだろう?七条。」

岩井なりの親切心と気遣いで、七条に向かって岩井は薄く微笑みかけた。

啓太だって男の子。

とはいえ、可愛くて仕方のない啓太を夜道に一人歩きさせるのは、心配で堪らない七条は、その親切心を素直に受け入れた。

「えぇ、是非お願いします。伊藤くん、お言葉に甘えて、
岩井さんと一緒に、河本さんに送ってもらって下さい。その方が僕も安心ですから。」

啓太とお別れの時間が来る事は、とても残念でお名残惜しい。
啓太と共に帰る岩井が羨ましくて仕方なかったが、岩井がココに居て、あぁ言っている以上は、
引き止めてしまうわけにも訳にもいかずに、七条は寂しい思いを堪えて、啓太に向かって微笑みかけた。

「はい・・・・そうさせてもらいます。七条さん・・・・。」

啓太とて、寂しい気持ちは同じだった。
ましてついさっきまで、七条の温もりと呼吸を肌に直に感じながら抱きあっていたのだ。
だからその思いはいつも以上に募っていた。

笑顔ながらも、残念そうに表情が曇る啓太と七条に気を使った岩井は、鞄を手に取って立ち上がった。

「俺は、コンビニに用があるから、先に行っている。病院の駐車場で河本さんと待ち合わせをしているんだ。
約束の時間まで、もう少しあるから、8時には駐車場へ来てくれ。じゃぁ、七条、お大事に。」

と、ニッコリ微笑んだ岩井は、静かに病室を去っていった。

そんなさり気ない気遣いで、啓太と七条にお別れの逢瀬の時間を与えてくれた岩井を見送った啓太が、節目がちにポツリと呟いた。

「七条さん、寂しいけど、今日はもうこれっきりですね・・・。」

岩井が出て行ったあと、与えられた僅かな時間、寂しがる啓太を抱締めた七条は、
悪戯に啓太を刺激しない程度に、その唇や額にチュッと口付けを落とした。

「伊藤くん、明後日に退院できますから、それまでいい子で待っていて下さいね。
退院した日は、退院お祝いに、学校を休んでお泊りデートをしましょう。そして二人きりで、たくさん愛し合いましょう。
さぁ、僕も駐車場までお供しますから、そろそろ行きましょうか?」

ギュッと抱きしめ合うと、啓太はその胸元に顔を擦りつけながら無言で頷いた。

僅かな逢瀬のひと時の終わりに、お互いの温もりがより一層、恋しくなる2人なのであった。

そして、岩井との約束の時間に間に合うように、二人仲良く手を繋いで、岩井の待つ駐車場へと行ったのだった。

















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