二日後。 七条の退院はついに明日に迫っていた。 その日を待ちわびる啓太が、鼻歌交じりで気も早く、お泊りデートの準備をしている頃。 そんな啓太の部屋の、壁を隔てた向こう側で、携帯のメール受信画面を覗き込む、2人の男の姿があった。 「ほら、見てみろよ、遠藤。」 「はい?」 「これ。アレから毎日、一日3回。同じ時間にキッチリ届くんだぜ。参るぜ、全くよぉ。」 「・・・・・・・・王様も大変デスネ・・・・。」 「だろう?あいつ、人の良さそうな笑顔で、とんでもない野郎だぜ。」 そう言って、表示されるメッセージを閉じ、溜息をついた丹羽。 苦笑いをする遠藤が、遠慮したのに無理矢理見せられたメッセージとは、 丹羽宛に送信されてきた七条からの督促紛いの、メッセージ。 そのメッセージは、七条の目論み通り、丹羽に悪戯に無言の圧力を掛けまくっていた。 『こんにちは、丹羽会長。お蔭さまで、僕も退院する日が刻々と迫り、その日が来る事が、大変楽しみです。 まさか、お忘れではないでしょうが、無事に退院した暁には、まず一番に学生会へ、 ご挨拶のメールを素敵なファイルの添付つきでお贈りいたします。中嶋さん、どんな顔をするのかな? ふふふ♪本当に色んな意味で楽しみです。では。』 色んな意味で、本当に敵に回したくない男だな・・・・と遠藤は、それを見せられて再認識したのだった。 ぶつかった相手が、啓太絡みの七条だったなんて。 王様は運が悪い男だな・・・・。 自分の隣で、『チクショウ!』と項垂れる王様を見遣って、遠藤はつくづくそう思った。 トノサマに遭遇し、追い掛け回された挙句、逃げ込んだのが、たまたま啓太の部屋で。 よりに寄って、椅子の上に立っていた七条がそこにいて、見事なダイブ。 結果、七条に全治4週間の怪我を負わせてしまった・・・・・・・。 その所為で丹羽は、腹いせにチクチクと苛められているのだ。 丹羽の猫嫌いには、遠い昔のトラウマがあって、その原因を作ってしまった事には、実は遠藤が絡んでいる。 丹羽本人は知らない事だが、それを知っている遠藤は、そのことでちょっとした後ろめたい気持ちもあったのだ。 だから、この悪魔の逆鱗に触れてしまった王様を、助けてあげるべく、協力する気にもなったが・・・・。 こんなんで、本当に良いのだろうか? 丹羽に言われるがまま、用意した例の衣装。 これを、親友の啓太に着せるなんて。 しかも、多分嫌がるだろうから、無理矢理言い包める事になる。 それを思うと、ちょっと複雑な気分だった。 「おい、遠藤。そろそろ、実行するぞ。」 「・・・・・本気でやるんですか?」 「当ったり前だ。今更後に引けるかよ。良いんだよ、気にすんなって。 啓太だって、愛する七条の為だ、人肌脱ぐなんて簡単な事よ。な!」 バシン!と背中に、気合の一発を入れられる。 「イテテ・・・・でも何か、複雑だな。だって、女装させるんですよ。啓太、なんて言うかな・・・・。」 イマイチ、ノリきれていない遠藤は、溜息と共にそんな否定的な言葉を漏らした。 「遠藤、しっかりしろよ。女装がなんだって言うんだ!毎年、体育祭でみんな喜んでやってるじゃねーかよ。 あのサル君だって、白雪姫で人気者だったじゃねーか。何も、大勢の前でさせるわけじゃねぇんだ。 ダーリンの為だけに、させるんだよ。良いじゃねーかよ。固い事言うなよ。さ、遠藤。行動開始だ。啓太の所に行って来い!」 笑顔でそう言ってのけた、丹羽の押しの一手に促され、遠藤は渋々自室を後にした。 遠藤和希2×歳。 いい年をした社会人・・・・しかもこの学園の理事長と言う立派な役職なのに、 お人好しと生徒思いな性格の所為で、七条がきっかけで丹羽が仕掛けた茶番劇に強制参加されるハメとなってしまっていた。 「和希、頼みって何?」 遠藤に手渡された、大好きな苺ミルクのパックジュースを飲みながら、啓太はニッコリと微笑んだ。 ココは校舎内の手芸部室。 日曜日と言う事もあって、校舎は人通りが少なく、もちろん手芸部もお休み。 だからこの部室には、遠藤と啓太の2人きり。 日曜日の午後、自室で暢気にお泊りの荷造りをしていた啓太のもとへ、 遠藤が笑顔で訪ねてきて、頼みがあるんだといって、ココ手芸部室まで啓太を連れてきたのだった。 「うん、あのね、七条さんが入院しているクリニックがあるだろう? そこの女性の看護師さんのユニホームが新しく変わるんだけど、そのサンプルを俺たち手芸部が、依頼されて作ったんだ。 それで今日モデルの女の子が来て、クリニックに渡す写真を撮る予定だったんだけど、モデルの子が急病で来れなくなったんだ・・・・・・・。」 全くもって捻りのない、ありがちな言い訳を遠藤は、『本当に困ってます』という演技顔をして話していた。 「へぇ、和希たち手芸部って、そんな仕事の依頼もあるんだな。すごいなぁ。でもモデルの子が急病なんて、大変じゃない?」 これが、啓太にソレを着せる為に考え出された言い訳なんて、 知らない啓太は暢気に、エサ代わりの苺ジュースを飲みながら微笑んでいる。 「そう、大変なんだ。代わりの子も手配できなくて困っていて。明日までにサンプル写真を送らないといけないし。 そこで啓太にお願いなんだけど。モデルの代わりをやってくれないかな?」 サラリと言ってのけたこの台詞だったが、この台詞を言うのに、遠藤の心臓はどれほどドキドキと高鳴った事か。 だけど、不審がられまいと、あくまで涼しい顔をしてニッコリと微笑んだのだ。 「はぁ?!なに言ってんの、和希。」 ストローから口を離し、啓太は声を裏返らせた。 案の定の反応。 「啓太が代わりをやってくれると、とても助かるんだけど、ダメかな?」 「ダメに決まってるじゃん。変な事いうなよ。俺、男だよ? ナース服なんて着て、そんなサンプル写真に写れるわけないよ。病院の人が変に思うよ。」 笑いながら一刀両断にあっさりと断る啓太を目の前に、 なんとしてでも言い包めないといけない役目の遠藤は、負けじと言葉を続けた。 「大丈夫だって、サンプル写真は首から下なんだ。」 「バカだな、和希。女の子用が入るわけないだろう?」 「それは大丈夫。何着か作ったうちの一つが、大き目のサイズなんだ。啓太の体格なら、ピッタリのはずだから。 本当に困ってるんだ、今回のサンプル製作でいい評価がもらえるかもらえないかが、 今後の手芸部の死活問題に関るぐらい、重要な事なんだ。 俺がこんな事頼めるのは、親友のお前しかいないんだ。頼む!引き受けてくれっ!」 嘘も方便とよく言ったもので、本気で信じ込ませる為には、あれこれ考えて、全力で作り話をしないといけない。 挫けそうになる心に、丹羽の最後の言葉を言い聞かせ、遠藤は自分を無理矢理納得させた。 別に、悪い事ではない・・・・・多分。 みんな、きっとこういう仮装みたいなものが好きなはずだ。 だから仮装大会なんてものもあるし、コスプレと言う言葉だって存在するんだ。 誰だって、好きな人の非日常な格好やシチュエーションを見たいって思うはずだし、 何の関係もない赤の他人の前で、そんな衣装を着て見せるわけではない。 啓太にとっては、宇宙一愛しているダーリンの為のコスプレだ。 「そんなに、大事なのか?和希・・・・。」 大事だ。啓太が着るか着ないかに、中嶋の丹羽に対する今後の見方や仲が掛かっていると言っても、過言ではない事態だ。 「そうなんだ、物凄く困っているんだ。啓太が引き受けてくれたら、凄く助かるんだよ。」 理事長、捨て身の懇願。 だが、本当に助かるのは、自分ではなくこんな役目を押し付けた丹羽で、そして、大喜びするであろう男は、七条なのだ。 お人好しの遠藤和希が、啓太と七条の共通の友人で手芸部と言う理由だけで、押し付けられた損な役回り。 でも、そんなコスプレ姿の啓太を見てみたい、自分の好奇心や欲求もないわけではない。 着せる事に成功すれば、いち早くお目に掛かれるのは、他でもない自分だし。 遠藤の内心は、後ろめたさと罪悪感と欲望が渦巻く複雑な心境だった。 「助かるって、お願いされてもな・・・・ぶっちゃけ、女装だもんなぁ・・・・・・。」 「女装じゃない。立派なモデルだ。啓太、この通り!な! 啓太がうんって言ってくれないと、俺、先輩に合わす顔がなくなるよ。」 パチンと柏手を打った両手を、顔の前で拝みながら、遠藤は頭を下げた。 その捨て身の思いが通じたのか、啓太は困惑顔をしながらも、宙を仰ぐように考え出した。 転校してきた時から、何かと世話を焼いてくれていた、遠藤の頼み。 人が良い啓太が、ココまで頼られて、そんな遠藤の頼みを無下に断る事なんて出来るわけもなく。 「うん・・・・分かったよ。そこまで手芸部の存続の危機が掛かっているのなら、俺、協力するよ。」 と、頷いてしまったのだった。 「本当に?!ありがとう、啓太。助かったよ。今度お礼に、ランチ奢るから!」 「マジで?!やった★ありがとな、和希!」 自分が、どんな理由でモデルをさせられているなんて事も知らない啓太は、遠藤のその言葉に、素直に喜んでいた。 そんな純粋な啓太の笑顔が眩しい遠藤は、チクッと痛む心を故意に無視して、啓太の両手を握りしめた。 そして、紙袋に入れて用意しておいた、ナース服一式を啓太に持たせて、 部室奥のフィッティングルームへと押し込んだのだった。 「・・・・・・・・。」 姿見の前、全身が映し出された自分の姿に、啓太は困惑していた。 遠藤に渡された、このナース服は何かの間違いなんじゃないだろうかと。 クリニックの女性看護師さんのユニホームだと聞いていたので、女性物の白衣だという事は分かっていた。 それも承知の上で、引き受けたのだ。 だから、いわゆる女装になってしまう事も、啓太は覚悟の上でだった。 だけど。 だけど・・・・・。 これって、絶対、おかしいよな!? 鏡の中の啓太。 それは、見ように寄ってはナース服に見えるが、果たして病院のような公共の所で、 身に付けても問題はないのだろうか?と疑問に思うようなデザインのものだったのだ。 それもそのはず。 これは元々、丹羽が体育祭の出し物である仮装競争で、 西園寺に着て貰うつもりで、遠藤に作らせた、いわばコスプレ用のナース服なのだ。 それをさらに、今回啓太に着せるにあたって、若干の手直しが、遠藤の趣味で加えられていた。 年頃の男の子の、可愛らしい憧れとロマンと夢でデフォルメされた、欲望を刺激するようなデザイン。 色は白に近い薄いピンクで、袖は半袖のふっくらパフスリーブ。カフスのボタンは、あのくまちゃん。 スタンドカラーの襟に、パニエで膨らませているボリュームのあるスカートに、白いサンダル。 そして必要性が不明なフリルたっぷりの白いエプロン。 全体的にはレトロでシンプルな雰囲気の白衣。 だけど、突っ込みどころは満載だった。 まずスカート丈。 どう考えたって短い。 膝上15センチ・・・・ぐらいだろうか? ちょっとでも、しゃがんだらスカートの中身が見えてしまいそうな丈なのだ。 そして、もっと問題なのは、一緒に用意されていた下着類。 男物じゃないそれは、下着の役割を果たすんだろうかと、首を傾げたくなる程、 覆う面積が小さく、また薄っぺらな布で出来ている。 そして、その柄は狙ったかのように、よりに寄って啓太が大好きな苺の柄だった。 もう1つ、啓太が首を傾げたくなるような付属品が用意されていた。 白いストッキング二足に、それを留めるであろう、ピンクの靴下留め。いわゆるガーターベルト。 そういう下着にもちろん詳しくない啓太には、それらの正しい名前も着け方もイマイチ分からない。 苺柄のパンツに、ストッキング、そしてガーターベルトの一式。 ただ、分かるのは、これらが加わるだけで、一気にイヤラシイ服装になると言う事だけだった。 本体になるナース服に袖を通した時点で、おかしいと思った啓太は、カーテン越しに和希に向かって声を上げた。 「和希!これ、おかしぞ!」 「なにが?」 啓太が聞かされている理由が本当なら、確かにおかしいだろう。 だけど、目的は啓太が思い込んでいるものとは違うのだ。 「なにがって、この服、違うんじゃないの?これ本当にサンプルの服なのか?」 「大丈夫、それであっているよ。斬新なものを、って要望があったからそういうデザインなんだ。あくまでも試作品だから。」 すっ呆けて遠藤は、淡々と返事をする。 「て、いうかさ・・・・女ものの下着が混じっているんだけど、これどういうつもりなんだよ?」 「あぁ、それね。女性用のユニホームだから、下もそれに合わせないと、着た時に綺麗なラインが出ないんだよ。 それにガーターは、啓太のサイズに合うパンストがなかったから、仕方なく使うんだよ。 嫌かも知れないけど、ちゃんと着てくれよ。着た時の全体のラインが出来栄えに反映するから、重要なんだ。 それにスカートの下だから、見えないから大丈夫だって。」 あくまでも着た時のラインを、美しく見せるための付属品だから・・・ そう突っぱねて、遠藤は頑として、啓太に無理矢理納得させようと奮闘した。 ファッションのそういうデザイン的な機能性とか、全く分からない啓太は、 遠藤の饒舌な専門的っぽい言い訳を疑いながらも飲み込んだが、コレだけは本当に納得がいかなかった。 デザインの関係上、男物がダメなら仕方ない。でも、同じ女性物でももっとマシなデザインの下着があるはずだ。 コレを穿かなくちゃいけない理由なんてないように思える。 「フツーのパンツはないのか?コレ・・・・おかしいって。まるで布っきれだよ。」 下着としての役割は果たしそうもない『コレ』を、嫌なものを摘むように手に取ると、 啓太はちょっぴり複雑な気分になりながら、遠藤に向かって言った。 「ごめん、それしかないんだ。」 「ていうか、何でこんなものがあるんだよ!」 「俺も知らないよ。先輩が用意していたものだから。」 先輩がと取り繕った遠藤だったが、この言い方は半分合っていて、半分は間違っている。 遠藤の言う先輩は、啓太の頭には『手芸部の』という前置きと共に認識されたが、本当は丹羽の事を指していた。 丹羽は3年生の最上級生。だから一年生の二人にとっては一応、先輩なのだ。 その丹羽がドコでどういう経路のもと、コレを入手してきたかは不明だったが、実際、遠藤もたった今、 啓太のクレームによって、その物を知ったのだった。遠藤はさっき丹羽にコレを袋ごと渡されただけで、 自分はただソレをナース服の紙袋に押し込んだだけだった。 「・・・・先輩って、どういう神経してるんだよ。こんなのドコで買って来るんだよ。」 ブウたれた啓太は、軽い舌打ちを弾きながら、ボソッと呟いた。 「ごめん、啓太。やっぱ・・・・いやか?」 啓太の手強い反応に遠藤も、ごり押しする気持ちが萎えかける。 いっその事、言い包めて無理矢理着せるよりは、本当のことを話した方が、 これよりマシな反応だったかも知れないと、遠藤は弱気に思いなおし始めた。 「・・・・和希。」 そんな遠藤の気持ちに、タイミングよく啓太が口を開く。 「は・・はいっ!」 「このことは、お前と俺だけの秘密だからな。分かったな?」 「へ?啓太・・・??」 「俺が、用意されたものを着て、サンプルのモデルをやったという事は、手芸部の先輩や顧問にも内緒だからな。 知っているのは、和希だけだぞ。七条さんにも絶対に喋らないと、約束してくれるか?」 親友の和希の為に・・・・覚悟を決めた啓太のドスの効いた言葉だった。 「あぁ・・・・もちろんだとも!約束するよ。」 啓太の迫力ある声色に、ウッカリ頷いてしまった和希は内心、啓太に向かって平伏していた。 て・・言うかね、啓太。 七条さんにお披露目する為に、こんな茶番劇を俺は演じているんだよ。 そしてコレはサンプルとかじゃなくって、七条さんを喜ばす為のコスプレなんだよ・・・・とは、とても言えない遠藤であった。 「本当だな?約束だぞ!」 「あ・・あぁ。」 カーテン越しに交わす約束に、遠藤は心から、面と向かった状態じゃない事に感謝していた。 それもそのはず、啓太のカーテンの向こうにいる遠藤は、さっきから目が泳いでばかりだったのだ。 「よし。じゃぁ俺、和希と手芸部の為に人肌脱ぐよ。」 本当は、七条さんの為なんだけど・・・と思うと、情けない溜息が遠藤の口から、零れ落ちた。 「あんまりジロジロ見ないでくれよ。」 そういいながら、躊躇いがちにカーテンを開いた啓太の姿は、遠藤にとって衝撃的な佇まいをしていた。 役得・・・そんな言葉が脳裏に浮かぶ遠藤。 啓太を説得し、この姿をしてもらう為に被った苦労も、この啓太を拝めただけで一気に報われた気がする。 やっぱ引き受けてよかった役目に、遠藤は心底ありがたく思える程だった。 丹羽からこの話を持ちかけられ、部室でお蔵入りとなり果てていたこの衣装に、新たに手を加えながら、想像していた、この啓太の姿。 自分の想像がいかに、痩せっぽちで、想像力が乏しいかを実感させられた気分だった。 物凄い。 鼻血を噴いたって不思議じゃないぐらい、物凄い。 こんなに可愛いものが、この世に存在するなんて。 地上に舞い降りた白衣の天使って、この事を言うのだろうか? そう言い切っても、過言じゃないぐらい、遠藤の瞳に眩く映る啓太の姿。 男の子にしては、小柄で愛くるしい顔の啓太が、見事に着こなしたナース服姿。 元々、啓太と似たり寄ったりの体格をしている西園寺のサイズで製作されたものだから、各部分の寸法はほぼピッタリだ。 薄いピンクのコスチュームのふっくらと丸い袖から、すらりと伸びた白くて細い腕。 上半身と下半身を形よく分ける様な、キュッと括れたウエスト。 そして、そこからふんわり広がる丈の短いスカートからは、細くて形の良いおみ足が、ちょっと、がに股気味に伸びている。 もちろん白いストッキングとサンダルも装着済みだ。 そして、その身体の上を覆う、真っ白いフリルたっぷりのエプロン。 啓太の平均の男の子より可愛い顔と、啓太ラヴの遠藤の欲目も手伝って、 激震が走るくらい、遠藤の瞳に啓太のその姿が愛くるしく映し出されていた。 「・・・・・啓太、お前って、凄いな。」 あまりの愛くるしさに、思わず漏れる溜息混じりの言葉。 「ほんと、ある意味凄いよな、俺。いくら友達の頼みだからって、これ着ちゃうんだから・・・。」 啓太の可愛らしさに、眩しいものでも眺めるようにウットリと瞳を細める遠藤を他所に、 当の啓太は遠い目をして、低いテンションで、重い溜息を漏らしていた。 「いや、そういうことじゃなくって、啓太ぁ、本当に可愛いよ・・・お前って。」 思わず遠藤の口から出た本音に、啓太の表情が強張る。 「バカっ!こんな格好の俺に、可愛いって言うなっ!」 「はは・・・ごめん、啓太。」 気まずい気持ちを、曖昧な苦笑いで誤魔化し、遠藤は丹羽が来るのを待っていた。 想像を軽く上回った啓太の可愛さに、押さえ込んでいた気持ちが、ムズムズと噴き出しそうになった遠藤。 こんな愛らしい啓太と二人っきりでいると、段々理性の歯止めがおかしくなってくる気がしていた。 下手したら冗談抜きで鼻血を出してしまうかも・・・・・しれない。 理性のリミッターが残っている前に、シナリオ通りに丹羽に登場願いたい。 あれだけ、和希以外の・・・恋人である七条にでさえ、内緒にしてくれと懇願した啓太には気の毒だが、 茶番のシナリオ通りなら、もうそろそろ丹羽が血相を変えてココにやってくるはずである。 もちろん、啓太をモデルにサンプル写真なんて撮る予定もなければ、その為の準備もない。 カモフラージュの為に、一応デジカメだけは準備済みだが。 「そんなことより、さっさと終わらせちゃおう。」 なにやってんの・・・と言いたげな表情で、啓太は慣れないサンダルでたどたどしく歩く。 短いスカートから外気に晒された足が落ち着かない啓太は、 スカートの後ろ側、丁度お尻の下の部分を隠すように両手で押さえて、頼りなくゆっくりと歩く。 しかも、躓かないように足を運ぶ為に、自然と内股になるその仕草が、なんとも言えず可愛いのだ。 「スカートって、なんだか足元がスカスカして、歩きにくいな、和希。パンツも見えそうだし。」 今現在目の前にいる啓太は、和希にとっての白衣の天使様。 その天使の顔がはにかんで、ほんのり桃色に染まった。 ヤバイ・・・これ以上、ここに2人でいるのは、色んな意味でキツイ。 そう思った遠藤は、今の自分には、強烈過ぎる啓太の姿をなるべく見ないように、視線を逸らしながら、曖昧に微笑んだ。 「へぇ・・・・俺はスカート穿いた経験ないから、わかんないけど。」 「じゃぁ、和希がサンプルになってみれば?俺が撮ってやるから。和希の方が案外似合うかも。」 「啓太、そういう冗談はよしてくれよ。」 「俺は、捨て身になって着てるんだぞ!」 プンスカプンと、ムキになる啓太を笑顔で制した遠藤は、 「ごめん啓太、すぐにデジカメの準備をするから、ちょっと待ってて。」 そういい残して、そそくさと手芸室を後にした。 丹羽に登場の催促をするためだ。早く丹羽に来て貰わない事には、話も進まないし、この茶番も終わらない。 廊下に誰もいない事を確認しようと、辺りを見回した時、 廊下の向こう側から、笑顔の丹羽が片手を振りながら、『よう!』と姿を表したのだった。 そんな丹羽に向かって、無言のまま両手で、早く!と促し、遠藤は部室に戻った。 「和希、用意は出来たのか?」 「うん、ちょっとデジカメさぁ、バッテリー充電中で。もうちょっと待って。」 カモフラージュの為に準備したデジカメを、場を取り繕う為に啓太に見せる遠藤。 「はぁ?なんだよそれ〜。かーずーきっ!」 呆れ顔の啓太が、手際の悪い遠藤の脇腹を擽ろうと、飛び掛った。 ガラッ!! 「おう!遠藤、啓太見なかったか?!」 絶妙のタイミングで開くドアと、同時に響く丹羽の声。 「――――!!」 「王様!」 打ち合わせ通りの2人の遣り取り。 イキナリ、何の前触れもなく現れた丹羽に、目を見開いたまま固まる啓太。 「おわ!啓太・・・・お前・・・。」 啓太がココにこういう格好で、いる事は承知していた丹羽だったが、 丹羽も遠藤と同じで自分の想像以上の、コスプレ啓太の出来栄えに思わず息を呑んだ。 これは、多分・・・・・郁ちゃん以上だ。 丹羽の頭は強かにそんな事を考えてしまう。 「あ・・・わわ・・・そ・・その違うんです。コレは、その・・・・和希に頼まれて・・・ あ!でも、そんなイヤラシイ意味じゃなくて・・・和希!説明して!」 そんな丹羽の心内なんて知らない啓太は、 こんな格好の自分を不覚にも第三者に見られてしまった事に、物凄く動揺していた。 話す言葉も焦って噛み噛みだ。 「あぁ、王様、コレは手芸部の為に、俺がモデルを・・。」 シナリオ通りの反応した啓太に、シナリオ通りの台詞を言う遠藤。 「そんな事は、どうでも良いんだよ、啓太!七条が、大変なんだっ!」 役者張りの演技で、丹羽は啓太に詰め寄った。 「えっ!七条さんが、どうしたんですかっ!」 丹羽の言葉に、啓太の表情が一転、眉根にシワを寄せ途端に曇る。 「さっき七条の見舞いに行って来たら、七条のヤツ、急に苦しみだしてよ。 うわ言で啓太を呼んでいるんだ、すぐに行ってやってくれ!」 「え・・・・・・うそ・・。」 短く言葉をそう発した啓太の顔から、血の気が引いていく。 「七条さんが!・・・どうして急に・・・。啓太、すぐに行ってやるんだ。」 もちろん、作り話である。茶番に信憑性を持たせるために、遠藤も迫真の演技で丹羽に応えた。 「啓太、俺について来い。すぐに連れて行ってやるからよ!」 七条の危篤?な知らせに見事騙された啓太は、当然のように呆然としていた。 そんな啓太の手を取り、丹羽は連れ出そうとする。 「・・・あ・・王様、七条さんは、七条さんは・・・。」 「心配すんな、お前が行けばきっと、大丈夫だから。」 心許ない思いでいっぱいいっぱいの啓太を、安心させるように、丹羽は頼もしく微笑んで見せた。 そして、啓太の腕を掴んだまま、歩き出す。 「啓太、これ!」 遠藤が啓太に向かって投げたのは、ちょっと大き目のダッフルコートだった。 さすがにその格好の啓太を病院までの道すがら、人目に晒すのは、 啓太にも、七条にも申し訳ない気がしたから、予め遠藤が気を利かせて用意していたのだった。 「ありがとう、和希。あ・・・手芸部のサンプル・・。」 「いいよ、七条さんの方が、大事だから。気にしないで。」 むしろ、それが目的だから・・・。 遠藤は、こんな茶番に啓太を、こんな形で巻き込んでしまった事を申し訳なく思いながらも、 ココまで自分も啓太も丹羽も捨て身でやったんだから、どうか、万事旨くいきますようにと、願わずにはいられなかった。 ハッタリも最後まで遣りきってナンボ。 「ごめん、和希。」 素直で人を疑うという事をあまり知らない啓太は、丹羽の言う七条の容態の悪化を、信じきっている。 血の気が引いた顔で、力なくそう呟くと、フラフラとおぼつかない足取りで、引きずられるように、丹羽の後を付いて行った。 慣れないサンダルがそんな啓太の足元を悪戯に絡ませる。 「啓太、ジッとしてろよ。」 丹羽の一声に、啓太がキョトンと顔を上げた途端、啓太の身体は宙に浮いた。 時間を優先させる為に、歩きにくそうな啓太を丹羽が抱きかかえたのだ。 「わ!ちょ・・ちょっと、王様!?」 お姫様抱っこは、七条によって啓太も慣れっこになってはいたが、 丹羽のそれは、七条が甘い仕草でしてくれるものとは、明らかに違う雲泥の差があった。 ガバっと抱えられて、ガッシリとガサツに掴まれる。 「しっかり、掴まっていろよ。門の所に俺の愛車を停めてっからよ! そこまで、我慢しとけ!遠藤、ドア開けろ!」 言われるがままに、遠藤がドアを開けると、啓太を抱っこした丹羽は、さすがの勢いであっという間に、走り去っていった。 それを見送る遠藤は役得だったとは言え、やっと終わった役目に、 やれやれと肩の荷が下りるような疲労感と安堵感に包まれていたのだった。 手にしたカモフラージュ用のデジカメ。 それを眺めながら溜息をつく遠藤は、コレぐらいの報酬はいいよなと、心でコッソリ呟いていた。 それにしても・・・・・最近の高校生には、色んな意味で敵わないなと実感する遠藤は、世代間ギャップをしみじみ感じていた。 5Pへ→ |