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終業式を間近に控えたある日、拓也が放課後の廊下を歩いていると、
向こうから近づいてくる人影があった。
もう拓也にとって見間違えようの無いそれは、
小気味の良い音を廊下に響かせながら歩いてくる愛としな子のものだった。
拓也のそばまで来ると、しな子が目立たないように小さく手を振りながら笑いかける。
「榎木君、ちょっとこれ見てくれない?」
そう言って愛が差し出した紙には、冬休みに行われるスキー教室の案内が書いてあった。
「スキー教室? 面白そうだね。……あ、でも泊まりなんだ……」
まだスキーをした事が無い拓也は興味をみせるが、
実のことが頭をよぎったのか、すぐに残念そうに首を振る。
「ね、とりあえず聞いてみてくれない? だめだったらしょうがないから」
「うん……わかった。パパに聞いたら電話するね」
愛の言葉に何故かしな子の方を向いて返事をする拓也に、
愛は何か言いたそうな微妙な表情を見せるが口には出さなかった。
内心胸を撫で下ろしながら二人と別れた拓也は、
大事そうに紙をしまって実を迎えに歩きはじめた。



「スキー?」
帰って来るなり待ちきれないように部屋までついてきてスキー教室の話をする拓也に、
春美はネクタイを解きながら少し考えるような表情をした。
しかしそれも長い間ではなく、あっさりと首を縦に振る。
「そういえば実はまだ雪遊びってしたことなかったな。
拓也にはいずれパパが本格的におしえてやるとして、連れて行ってやってくれるか?」
「いいの?」
目を輝かせて喜ぶ拓也をほほえましく思いながら春美は続ける。
「いいさ。町内のやつだから子供だけでも大丈夫だろうし、それに」
意味ありげに言葉を切って、拓也の顔を掴んで引き寄せると耳打ちした。
「この間の遊園地の子も一緒なんだろう?」
「〜!」
顔を真っ赤にして言葉も出ない拓也の肩を叩くと、実を抱き上げて風呂に向かう。
その顔は親というよりも、歳の離れた兄弟のようだった。



スキー教室には幼児だけのコースもあり、拓也も安心してスキーを楽しむことが出来た。
最初こそスキー板に慣れるのに手間取ったものの、
二時間も滑る頃にはなんとか転ばずに止まることが出来る位には上達していた。
中腹まで降りてきた拓也が一休みしようと止まると、
しな子が危なかっしい腰つきで近づいてくる。
大丈夫かな、と思う間もなく、しな子は拓也の横っ腹に突っ込んでしまった。
「いたた……榎木君、ごめんね」
「ううん……深谷さんこそ、大丈夫?」
「うん」
しな子は申し訳なさそうにしながらも、
拓也が助けようと差し出した手を嬉しそうに握って立ちあがる。
「深谷さんもスキー初めて?」
「うん。でも結構面白いね。ね、もう一回滑りたいんだけど、一緒に行ってくれない?」
「いいよ。板履きなおしてから行くから、先にリフトの所で待っててくれる?」
「うん、そうするね」
降りていくしな子を見送った拓也が振り向くと、目の前に愛の姿があった。
「あら、危ない」
その声を聞くのと身体に衝撃を受けたのはほとんど同時だった。
不意をつかれた拓也は支えきれずに転んで再び雪まみれになってしまう。
「や、槍溝さん……今狙ってこっち来なかった?」
「いやねぇ、そんな訳ないじゃない」
そう言いながら愛の手は既に拓也の方に差し出されている。
「はい」
「はい……って」
「引っ張って」
「……」
拓也が無言で差し出した手を、両手で掴んで思いきり引っ張る。
三度雪煙が立ち昇り、愛の上に被さるように倒れてしまった。
「こんな人前で大胆ね」
それを聞いた拓也はさすがに少しむっとしながら無言で立ちあがると、
それでも愛に手を貸してやる。
「ごめんなさい。……怒っちゃった?」
「ううん、怒ってないよ。僕達もう一回滑ってくるけど、槍溝さんも一緒に行かない?」
拓也は怒っていないつもりだったが、言葉に少しトゲが含まれていたかもしれない。
それを察したのか、愛は拓也の誘いに首を横に振る。
「私、ちょっと疲れちゃったから、ここで待ってるわ。
拓也君達が降りてきたら一緒に下まで行く」
「うん、解った。それじゃ、ちょっと待っててね」
(もう少し私の事構ってくれてもいいじゃない)
頷いてさっさとリフトに向かって滑り出した後ろ姿を寂しそうに見送った愛は、
戻ってきたらぶつけてやろうと雪玉を作り始めた。



初めてのスキーを満喫した拓也は、実を連れて部屋に戻ると食事に向かう。
同じく初めての雪遊びで実はすっかり興奮したのか、食事の間から半分眠ってしまっていた。
部屋に戻る頃には完全に眠ってしまった実を布団に寝かしつけると、
拓也も急に眠気に襲われる。
愛としな子に部屋に遊びにくるように言われていたのを思い出したが、
睡魔には勝てそうもなく、明日謝ればいいやと思い、寝支度を整えた。
小さな電球だけ残して5分ほどした頃、
眠りにつく一歩手前だった拓也は静かに扉が開く音を耳にする。
(だ、誰だろう……? まさか、泥棒?)
起きるべきかどうか、息を殺して迷う間に人影は拓也の布団の前に立った。
(ど、どうしよう)
意を決して飛び起きようとした時、人影は拓也の予想もつかない行動に出た。
布団の中に潜りこんできたのだ。
「えーのき君」
すっかり聞きなれた声が右側からすると、親しげに肌を寄せてくる。
「ふ……深谷さん!?」
「私もいるわよ」
驚いて大声をあげそうになった口を、反対側から手で押さえながら愛が囁く。
「ど、どうしてここに……」
「だって、拓也君いつまでたっても遊びに来ないから」
「あ……ごめん」
「拓也君、今日は何しに来たか判ってるの?」
「え? スキーでしょ?」
「違うわよ」
愛があまりに静かに、断言する口調だったので拓也は思わず耳を傾けてしまった。
「泊まりと言えば! 布団に潜りこんで倒れるまで語りあかすのが醍醐味なのよ!」
「槍溝さん、声大きいわよ」
すっかり心得たタイミングでしな子がたしなめる。



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