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「…と、いう訳で」
愛は腕を拓也のそれに絡ませながら再び声のトーンを落とし、
醍醐味とやらを満喫しようとしたが、その前にしな子が口を挟んだ。
「ちょっと待って槍溝さん、いくらなんでも布団ひとつで3人は狭くない?」
「それもそうね、ちょっと待ってて」
しな子の言葉に愛は立ちあがると、暗闇なのにそれを感じさせない足取りで押し入れに向かい、
もう一組布団を取り出して並べた。
「はい、拓也君まんなか。あ、あとうつぶせになって」
「どうして?」
「その方が話しやすいじゃない」
妙に手馴れた様子で指示を出す愛に拓也はすっかりのまれてしまい、言う通りにうつぶせになる。
「さて」
愛は再び布団の中に潜りこんで体勢を整えると、改まった声で拓也を見た。
たったそれだけで拓也は怯えた小動物のように身を固くしてしまう。
「拓也君、あたし達に隠してる事ない?」
「え? …な、ないよ」
「正直に言っちゃった方が楽なのよ」
「隠す事なんて無いってば」
「そう…しょうがないわね。深谷さん、教えてあげて」
愛はため息交じりに首を振りながら拓也の頭越しに視線を向けると、
了解したしな子が口火を切った。
「あたしね、榎木君に無理やり身体触られちゃったの」
「!!」
しな子の言葉を聞いた瞬間、拓也は一気に顔から血の気が引くのを感じる。
「すごく恥ずかしかったんだけどね、榎木君怖い顔して睨むから、抵抗出来なくって」
実体験に本で読んだ事を混ぜながら、5割増で大げさに語る。
「絶対秘密」と誓いあったはずのしな子があっさりと約束を破った事にショックを受けたが、
とにかく自分から、しかも寝ているしな子の身体を触ってしまったのは本当の事なので
「嘘」と言いきる訳にもいかず、拓也は耳を塞ぐように顔を枕に押し付けて嵐の過ぎるのを待った。
「拓也君ってみかけによらず結構ひどい事するのね。
私なんてね、電話でえっちな事言わされたのよ」
「うわぁ…」
しな子に負けじと愛も話に脚色を加えながらこの間の出来事を語る。
二人は好奇心に満ちた目でお互いの話を聞こうとしているのだが、
顔を伏せてしまっている拓也にはそれを知る事は出来なかった。
ただこの、拷問にも等しい二人の告白が一秒でも早く終わってくれる事をひたすら願い続ける。
二人は、最初こそ亀のようになってしまった拓也を無邪気に面白がっていたが、
やがて拓也が反応を見せない事に不安を抱きはじめた。
「あの…榎木君?」
「………秘密って約束したのに、ひどいよ」
声は小さく途切れ途切れで、はっきりとは判らないが泣いているようにも聞こえる。
「……ごめんなさい」
拓也の肩に乗せた手が小刻みに震えるのを感じて、愛はようやく少しやりすぎてしまった事を知った。
「私達ね、本当は拓也君がいやいや私達に付き合ってるんじゃないかってずっと怖かったのよ。
だから拓也君の方からそういう事してくれた時、嬉しくってついはしゃいじゃったの」
「…………そうなの? この間の事…怒ってるんじゃないの?」
てっきり二人が怒って暴露しているのだと思っていた拓也は、
愛の口から意外な本音を聞いて驚く。
「うん。榎木君ってあんまり女の子のお願いって断らないでしょ?
だから、あたし達のもそういうのじゃないのかな、って」
「……そんな事…ないよ。最初はびっくりしたけど、
今は…その…ちょっと、楽しい…っていうか…」
最後の方は恥ずかしくなって口の中でごにょごにょと言うだけになってしまったが、
二人は聞き逃さなかった。
「本当? 榎木君もこういう事…楽しいの?」
「あの………最近、ほんとにちょっとだけなら…」
自分がそう言ったのを最後にそれきり二人の声が聞こえなくなって、
不安になった拓也は恐る恐る顔を上げる。
そこにはじっと自分を見つめる二人の視線があった。
お互いに何と言えば良いのか解らず、沈黙が流れる。
「ごめんなさい」
やや気まずい時が流れた後、同時に同じ言葉を口にした三人は次の瞬間思わず吹き出していた。
実が起きないように慌てて口を塞ぎながらしばらく笑い続けていたが、
収まった時にはそれまでのわだかまりが全て流れてしまっていた。
「でも、それはそれとして」
「やっぱりおしおきは必要よね」
肩で拓也をぐいぐい押しながら、二人は楽しそうに話かける。
「え…?」
「だって、私達の身体をもてあそんだんだし」
愛は拓也の頬をつつきながら、親愛の情を込めて顔を擦りつける。
「要するにね、今からあたし達が言うお願い榎木君に聞いて欲しいの。ね?」
しな子に手を握られながらそう言われると拓也も悪い気はせず、ついその気になってしまう。
「…変な事、言わない?」
「ええ」
それでも今までの経験からか、最後にもう一度念を押してから頷いた。
「うん…わかった。どんな事?」
「それじゃあたしからね。あたしね、…榎木君から、してほしいな」
「…して、って…」
言いかけた拓也は、ずっと前にも同じ事をしな子に聞いた事を思い出す。
しな子も同じ記憶を思い出したのか、恥ずかしそうに顔を赤らめるが、
握っている手に力を加えて意思を伝える。
「………う、うん…」
拓也は決心はついたもののどう答えて良いか判らず、
散々考えた末に結局ただ頷く事しか出来なかった。
「ね、それじゃその前に私のお願いを聞いてくれない?
深谷さんとし始めちゃったらそれどころじゃなくなっちゃうでしょ」
「あ…うん」
珍しく、会話に割り込むように愛が拓也の背後から声をかけると、
しな子に聞こえないように拓也に耳打ちした。
「私はね」
「え…!」
愛の言葉を聞いた拓也の顔に激しい動揺の色が浮かぶ。
「それ…本当に言わないとだめ?」
「だめ」
短い愛の返事から想いが伝わってきて拓也を縛る。
言おうとすると、たった数言が、喉まではせりあがって来るものの声に出す事ができない。
愛を見ると、黒い瞳を軽く潤ませながらまっすぐ拓也を見つめていた。
覚悟を決めた拓也は勇気付けの儀式のように
手にかいた汗をパジャマに擦りつけると、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「あ…あの、………愛の事…愛して、る…」
「あー! 槍溝さんずるーい!」
拓也の声は余程耳をそばだてて居ないと聞こえないくらい小さかったが、
全身を耳にしていたしな子は疾風のような勢いで身体を起こすと抗議の声を上げる。
それは拓也よりはずっと大きな声だったが、もう愛の耳には全く届いていなかった。
「…ありがとう」
幸せそうに微笑むと、支えていた腕の力を抜いて重力に身を任せ、
髪をゆるやかに波打たせながら枕に着地させた。
今までの、身体を重ねた時よりも遥かに深い充足感が愛を満たす。
それが心からの言葉でなくても今は充分だった。



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