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ようやく班長の仕事が終わった僕は、お風呂に入ろうと大浴場へ向かっていた。
修学旅行の一番の楽しみが風呂、って言うと笑われそうだから皆には言ってないけど、
ここのお風呂はものすごく大きいっていう話だから、実は待ち遠しくて仕方がなかった。
ひとりだけ後から上がる事になると見られて恥ずかしいだろうな、って思った僕は、
皆に追いつこうと急いで服を脱ぐ。
「ん?」
タオルも持ったしさあ入ろう、って時に、
何気なく目をやった隣の籠に奇妙な違和感を感じて、
良くない事だと思いつつ、籠の中身を確かめようと手を伸ばす。
「あれ? これってまさか、女の人の…」
小さく、きれいに折りたたまれたそれは、やっぱり女の人の履くパンツだった。
でも、なんでこんな所にあるんだろう?
誰の物なんだろう? 
一度にいろんな事が思い浮かんでぐるぐると回り出す。
だけど、すぐにそんな事考えてる場合じゃない事に気が付いて、
慌てて手に取った下着を元の位置に戻そうとしたんだけど、
手の中の鮮やかな青色が目に焼き付いて離れない。
「女の人ってこんな小さいの…履くんだ…」
一人言をいっていないと、自分が何をするか判らなくなってしまいそうで、
頭に浮かんだ事をいちいち口にしていた。
頭の中で早く元の場所に戻せって声がするんだけど、
手はなぜか言う事を聞いてくれない。
いつのまにか目の前にある下着に結局勝てなくて、そっと匂いを嗅いでみる。
「別に…普通の匂いだ…」
普通じゃない匂いって、なんだろう。
なぜだかひどく安心しながら、そんなどうでもいい事を考えて思わず笑っていた。
その時、小さな機械の音が刺すように耳に飛びこんでくる。
心臓を掴まれる思いがして振り向くと、そこにはいつの間に入ってきたのか、
隣のクラスの槍溝さんが、カメラを手にして立っていた。
「うわっ、や、槍溝…さん…」
「ピース」
槍溝さんは全く表情を変えず、淡々と手を上げる。
「い、いま…写真…」
「撮りました」
「かっ、返してよ!」
槍溝さんに詰め寄ると、カメラを取り上げようとする。
声がひっくり返っちゃったけど、そんな事気にしていられない。
「だめ」
「そんな…ど、どうすればいいの?」
「そうね…とりあえず、私達の部屋まで来て」
部屋に? 何かひっかかる物を感じたけど、
すぐにカメラの事で頭が一杯になって、それどころじゃなくなっていた。
どこをどう歩いたか全然気が付かないうちに、いつのまにか僕達は部屋の中に入っていた。
そこには、同じクラスの深谷さんがひとりだけ待っていた。
最近、あいつ結構可愛いよなってクラスの友達が言ってるのを聞いた事あるけど、
僕はまだあんまり女の子には興味が無いから、良く判らない。
とにかく、深谷さんは僕達が入って来たのを見ると、少し不思議そうに僕の顔を見て、
それから槍溝さんの方に視線を向ける。
これからどうしたらカメラを返してくれるのか、その事ばっかり考えていたから、
二人がこっそりとうなずきあったのには気が付かなかった。
深谷さんが鞄の置いてある所に行って、何かを取り出す。
「あ、あの、僕どうすれば…」
「竹中君には、これを着て欲しいの」
深谷さんから手渡された物を受け取った時、すごく嫌な予感がした。
外れてくれればいいな、って思ったけど、悪い予感ってたいてい当たっちゃうんだよね。
「これって…」
おそるおそる広げてみると……やっぱり、女物の服だった。
「こ、こんなの…着れないよ」
何考えてるんだろう、槍溝さんも深谷さんも。
こんなの着られる訳ないじゃないか。
精一杯怒った顔をしたけれど、もともと男っぽくないって言われてる顔だから、
あんまり迫力はなかったみたい。
「別に、この服を着て外を歩け、とかそういう事は言わないから大丈夫よ。
ちょっとだけ、私達の遊びに付き合ってくれればいいだけ」
槍溝さんは手に持ったカメラをひらひらと振りながら簡単そうに言う。
なんとか止めさせてもらう方法を考えようとしたけど、
服とカメラが、それだけがいやにくっきりと目に映ってるのを見てると
なんだか頭が酸欠状態になっちゃって、結局覚悟を決めるしかなかった。
「……わかったよ。でも、扉に鍵はかけてよ」
しぶしぶうなずくと、深谷さんが素早く扉に向かう。
「あと、着替え終わるまで、向こうむいててくれる?」
脱いでる所を見られるのは物凄く嫌だったから、
何がなんでも、これだけは聞いてもらうつもりでお願いしたけど、
二人は意外にもあっさりと後ろを向いてくれた。
それはそれで何かありそうで嫌なんだけど、もう仕方が無いから服を脱ぎ始める。
なんでせっかくの修学旅行でこんな事しなけりゃいけないんだろう。
どうしようもなく情けない気持ちになりながら、服を脱いでいく。
上着に袖を通すと、ピッタリのサイズなのが悔しい。
お父さんは身体大きいのに、なんで僕は大きくなれないんだろう。
もっと大きければ、こんなの着なくて済んだのに。
なんだかどんどん考えが暗くなってきちゃったから、半分ヤケになってボタンを止めていく。
上を着終わったから、スカートを履こうとしたけど、履き方が良く判らない。
槍溝さんに聞こうかと思ったけど、もうズボンは脱いじゃってるし、
こんな事女の子に聞くのなんて恥ずかしくて出来る訳無い。
しかたがないからあれこれ試してみると、なんとか履く事はできた。
でも…これ、膝の少し上くらいまでしか生地がなくて、なんだか足元がスースーして変な感じ。
「…終わったよ」
そう言うと、二人は待ちかねたようにこっちを向く。
「良く似合うわね」
「本当…」
二人とも本心から言っているみたいだけど、そんな風に褒められても全然嬉しくない。
「ここ、ちょっと乱れてるわ」
深谷さんが近づいてきて、襟とかしわを直してくれる。
適当に着たから当たり前なんだけど、それでも、
こんなに近くに女の子が来たのは初めてだから、どきどきしちゃう。
「ひゃっ」
深谷さんのあったかい手が首筋に触れたとき、思わず声が出ちゃう。
「あ…ごめんなさい、どっか痛かった?」
「う、ううん、そうじゃなくって…」
でもそれ以上説明するのは恥ずかしくって、黙ってしまった。
「…ね、お化粧…してみない?」
そう言ったのが槍溝さんだったら、反対していただろうけど、
深谷さんだったから、今までの流れでなんとなく反対しにくい雰囲気が出来てしまっていたし、
あと…あと、ちょっとだけ、深谷さんにしてもらえるなら良いかな、
って思ったのもあって、小さく頷いた。
「じゃ、ちょっと待っててね」
深谷さんはまた鞄の所に行って、今度は小さなパレットを手にして戻ってくる。
テレビでは少しだけ見た事あるけど、お母さんがこんなの使ってるのは見た事無かったから、
つい物珍しそうに覗きこんでしまう。
「あ、これ? お母さんが昔使ってたの、貰ったの。
まだ使い方とか習ってる所だから、あんまり上手くないんだけど」
そう言いながらも、深谷さんは随分慣れた感じで色々な道具を並べていく。
「ちょっとごめんね」
突然、深谷さんの手が頬に触れる。指先で軽く押してみたり、なぞってみたりしている。
「うわあ、肌、滑らか…このままでも、いいか」
深谷さんはちょっとだけ残念そうな顔をしたけど、すぐに気を取り直して化粧を始めた。
すぐ近くに迫ってきた深谷さんの顔に、思わず目をそらせてしまう。
でも、そうすると目は自然に深谷さんの…胸のあたりを見る事になっちゃって、
深谷さんは全然気付いていないみたいだけど、もうどうしたらいいか判らなくなってしまって、
とりあえず深谷さんに息がかからないように必死に息を止めていた。
早く深谷さんが離れてくれるように祈っていたけど、
真っ赤な顔をした僕に深谷さんが気付く。
「竹中君、別に息しててもいいのよ」
きっと深谷さんは僕が息を止めていた理由を誤解しているんだけど、
とにかく僕はようやく息をする事ができた。
「あとは…口紅ね」
一回息しただけじゃ足りなくて、大きく口を開けて息を整える僕に、
深谷さんは口紅を手に持ちながらそう告げた。
慌てて口を閉じると、口紅が唇に触れる。
何か変な感じ…つい舌を出して唇を舐めそうになったけど、なんとか我慢する。
これはそんなに長い時間じゃなかったから助かったけど、口の周りがむずむずして、
すぐにも手でごしごしやってしまいたい気分だ。



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