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エリーがアカデミーの扉を開けると、
そこはもう成績発表を見に来た生徒たちで足の踏み場も無いほどだった。
いつもはどこにこれほどの生徒がいるのか疑問に思いつつ、人混みをくぐり抜けて掲示板を目指す。
ようやく順位表が見える場所まで来る事ができたエリーは、
素早く自分とアイゼルの名前を探した。
「えーと……あ、あった。やった、アイゼルに勝ってる!」
アイゼルよりも前にあった自分の名前を見つけて、
エリーは嬉しさのあまりその場で小躍りしそうになったが、
押し寄せる人の波にもみくちゃにされてしまい、慌ててその場を抜け出した。
誰のものかも判らない足の間から抜け出し、
舞った埃で軽くむせ返ったエリーの目の前に見覚えのある足が見える。
その姿勢のまま視線を上にずらしていくと、勝気な緑色の瞳とぶつかった。
「アイゼル、もう来てたんだ」
「当たり前でしょ。貼り出されると同時に見たわよ。こんな人混みの中に入るなんてごめんですもの」
埃を払いながら立ちあがるエリーに答えるアイゼルの声は、いつもより少しだけ尖っていた。
その事に耳聡く気がついたエリーは今見てきた順位表の事を思い出して顔に満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、私の勝ちだったね。約束、覚えてる?」
「……しょうがないわね」
アイゼルは悔しがったが、それは錬金術の技量で負けたという事よりも、
「負けた方が言う事を聞く」罰ゲームを出来ない事に対してのようだった。
「で? 何をすればいいの?」
「えーっとね、ここじゃ言えないから工房に来てよ」
その答えをほぼ予想していた……というよりも、
自分が勝ってもそうするつもりだったアイゼルはエリーの言葉に素直に頷くと、
泊まる支度をする為に一度彼女と別れて部屋に戻っていった。

数十分後、エリーの工房を訪れたアイゼルは
不安と好奇心とを等分した表情で工房の主の話を聞いていた。
「あのね、今日一日、これを付けて私の言う事聞いてほしいんだ」
そう言ってエリーが机の下から取り出した物を見てアイゼルは言葉を失う。
「これって……」
エリーの手の中で鈍く光を放つそれは、小さな首輪だった。
何の装飾も無いのがかえっていかがわしさを感じさせる
黒く染められた皮の先には、短い鎖が着けられている。
「あ、別に変な仕掛けとかはしてないよ。ただの首輪」
「……だったら、どうしてこんな物させるの?」
あなたの言う事ならいつも聞いているじゃない。
喉まで出かかった言葉を飲み込むと、アイゼルは改めて首輪を手に取る。
確かにエリーの言うとおり、特別な所は何も無さそうだった。
人間用の首輪、などと言うそれ自体の特別さを除けば。
「え? えーっと……ただの気分、かな?」
はぐらかされたような気がしてエリーの瞳を覗きこむが、何かを企んでいるようには見えなかった。
何しろ勝負には負けてしまったのだし、ここにきて駄々をこねても仕方がないと思ったのか、
アイゼルは小さくため息をついてチョーカーを外すと黒い縛めをする。
大きすぎず息苦しさも感じさせないそれは、そこにあるのが当然のように収まった。
「どんな気分?」
「別に……変わらないわよ」
エリーに心の動きを見透かされたように尋ねられて、アイゼルは思わず軽く唾を呑みこんでしまった。
細い喉がわずかに首輪に触れると、
別にどうということも無いはずの黒い輪っかが奇妙に心を蝕むような気がしてアイゼルは戸惑う。
(なんで……? 私、エリーに……)
その先を思い浮かべる事が怖くなったアイゼルは頭を軽く振って思考を中断する。
それでも、一度浮かんでしまった考えは容易には振り払えなかった。
エリーに命令されたい。
嫌がる私に無理やりのしかかって欲しい。
自分の中にそんな欲望が眠っていた事にアイゼルは驚いたが、
その驚きはすぐに下腹の昂ぶりへと変わっていく。
「ね、こっちにおいでよ」
心の動きを押し隠してふらふらと近づいて来るアイゼルの手を掴んで自分の膝の上に横座りさせると、
エリーは首輪から伸びている鎖を軽く鳴らした。
「苦しくない?」
「え、ええ……大丈夫よ」
本当は首を傾けるとひんやりとした感触が伝わってきてほんの少しだけ苦しかったが、
アイゼルはなぜかそれを言う気にはならなかった。
鎖を握っているのと反対の手で髪の毛を撫でられて、
心地よさに目を閉じると頬に息がかかる。
下の方で金属が擦れる音を聞いた時、エリーに唇を奪われていた。
いつもよりも優しいキスにはじめはとまどったが、すぐに舌を伸ばして応じる。
しかし、やがて焦らすように舌を引っ込めるエリーに、
もどかしくなったアイゼルは首に手を回すとしっかりと抱き締めて逃げられなくしてしまう。
観念したように再び口の中に入ってきたエリーの舌を、今度は思う存分吸い上げていた。
「もう……アイゼル、駄目だよ。今日は私の言うこと聞いてくれなきゃ」
キスの途中でエリーが囁くと、アイゼルの頬が燃えるように紅く染まる。
いつもは少し本気で反発するそんな言葉にも、今日は何故か身体が反応してしまう。
「だって」
「だって、何?」
それでもなお口答えしようとしたが、
しかし、エリーの指先が鎖を巻き取ると急に身体がぞくぞくとしてしまって、
アイゼルはそれ以上続きを言えなくなってしまった。
「ね、口開けて」
途中で言葉を切ってしまったアイゼルにエリーは不思議そうな顔をしたが、 すぐに下から見上げるようにして促す。
キスの途中ならともかく、最初から口を開けるのは恥ずかしかったが、
アイゼルは自分が目を閉じる事で恥ずかしさを耐える事にした。
すぐに小さく開いた唇の下半分を生暖かい感触が覆う。
エリーは幸福のぶどうのように柔らかく、乳糖のように甘い唇が自分の口の中にある事に
たまらない喜びを覚えながら、軽く吸い上げつつ舌で刺激する。
「ふ……ん……」
咥えては離し、離しては咥えて、丹念に下唇のすべてを味わったエリーは、
上唇も同じように食む。
顎にかかる、アイゼルの口から漏れた息がくすぐったかったが、
そんな事くらいでキスを止める訳にはいかなかった。
アイゼルの唇の周りを自分の唾液でべとべとにしてしまうと、
一度エリーは口を離す。
「……ふぅ……」
さすがに疲れたのか、アイゼルは少し口を閉じて、口笛を吹くような吐息をついた。
しかし、なんとも言えない気だるげで、
艶を含んだそのため息は即座にエリーを興奮させる事になってしまい、
せっかく解放されたばかりの唇をすぐにまた塞がれてしまう。
両手で頭を抱きかかえられながら、隅々にまでエリーの舌が入りこんでくる。
ここに来る前にきちんと磨いておいた歯も、歯並びを確かめるように舐められてしまい、
アイゼルの頭の中に羞恥の火花が散る。



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