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エリーの問いに、ルイーゼは面食らったようにまばたきした。
「クライス? ええ、知っているわよ。私の前にここに居た、アウラさんの弟でしょう?」
「はい、その人なんですけど、ルイーゼさん、クライスさんの事、どう思うのかな……とか」
「どう……って、わたしもあんまり話したこと無いから良く判らないけれど、
もう少し愛想が良くてもいいわよね」
意識してか天然なのか、微妙に的を外した答えを返すルイーゼ。
エリーは普段決して人に返事を急がせるような性格ではなかったが、
人の色恋沙汰に首を突っ込むという初めての経験に少し興奮しているのか、早口でたたみかけた。
「って、そうじゃなくって、その、好きとか嫌いとか……」
「好きとかって……まさか、年下の子は好みじゃないわ。
それに、あの人昔っからマリーさんの事好きだし」
「ええ!? そうなんですか!? 私、クライスさんから『好きな人の気持ちを知りたい』
って頼まれて、それでてっきり好きな人ってルイーゼさんの事だと思って」
ようやく質問の真意を理解したルイーゼが笑い出し、対照的にエリーの顔は青ざめていく。
何と言ってあの気難しそうな先輩に謝ったものか、考えただけで気が重くなってしまうのだ。
「ふふっ、そういう事だったのね。でも違うわよ。
あの子、マリーさんの前だと妙に態度が可愛くなっちゃってね。
もうあの二人以外は皆気付いているんじゃないかしら。
わたしたちの仲間内では『いつ告白するのか』って賭けの対象にもなってたくらいだから」
「そうなんですかぁ……とほほ……大失敗だよ……」
追い討ちをかけるようにクライスが本当に好きな人の名前を挙げられて、がっくりと肩を落とすエリー。
その様はイングリドに怒られた時ともそれほど変わらなかった。
「勘違いしちゃってどうもすいませんでした。ごめんなさいっ、この埋め合わせはいつかしますから」
「そうね……それじゃ、早速なんだけど」
顔を真っ赤にして頭を下げるエリーを慰めようと、ルイーゼはある提案を持ちかける。
「あなた、望遠鏡……って知ってる?」
「望遠鏡…ですか? 名前は聞いた事ありますけど」
「それがあれば、星がとってもきれいに見えるそうなの。
ほら、わたし、星を見るのが好きでしょう。だから、どんな物か一度見てみたいのだけれど、
ここには文献が無くって……お礼はするから、ひとつ作ってくれないかしら?」
「わかりました! ちょっと時間がかかっちゃうかも知れないですけど、
必ず作って持ってきますから、待っててくださいね!」
「ええ、よろしくお願いするわ」
ルイーゼの頼みに、錬金術士としての血が騒いだのか、
エリーは頭を下げていた時とはまるで別人の表情で頷き、鼻息も荒く図書室へ突進していく。
その後姿を見送りながら、
ルイーゼは自分のせいで彼女がイングリド先生に怒られる事がありませんように、
と小さくお祈りをして仕事に戻った。



名誉挽回、とばかりに張りきったエリーだったが、
内陸にあるザールブルグには、望遠鏡はまだまだ必要とされておらず、
ルイーゼの言ったとおり資料すら乏しい状態だった。
一時はもう出来ないのでは無いか、とらしくもなく半分諦めかけたのだが、
それでも、エリーがマリーやクライスの助けを借りてなんとか完成させたのは、
依頼から2ヶ月を過ぎてからだった。
「出来たぁ!」
満足げに叫ぶと、エリーは完成したばかりの望遠鏡を掴んで工房を飛び出した。
(ルイーゼさん、随分待たせちゃったけど、喜んでくれるかなぁ)
表通りを一目散に駆けていき、喧騒を嫌う錬金術師達の為にわざと重く、
大きくしてある扉を蹴破るようにしてアカデミーに転がりこむエリー。
静寂を打ち破りながら閉まる扉に、広間内に居た学生達が一斉に顔をしかめるが、
お構い無しにショップの前まで来ると、ルイーゼは店を閉める準備をしている所だった。
「あら、エリー、久しぶりじゃない。そんなに慌ててどうしたの?」
「はぁ、はぁ、これ、はぁ、望遠鏡、出来た、んです、はぁ」
大きく肩で息をしながら、ようやくそれだけ言うと、握り締めていた望遠鏡を差し出す。
「まぁ、ついに出来たのね! 嬉しいわ、ありがとう、エリー!」
普段のおっとりした仕種からは想像も出来ない喜びようを見せるルイーゼ。
その顔を見たエリーは自分もつられて微笑む。
「良かった……随分時間かかっちゃったから、もう忘れちゃってるかも、って思ったんです」
「ううん、忘れるわけないじゃない。
最近あなたアカデミーに顔も見せなかったから、ずっと心配だったのよ」
「思ったよりも、中のガラスの部分を加工するのが難しくって……」
「そう……でも本当にありがとう。そうだ、幾らぐらい払えば良いかしら?」
「それなんですけど、出来てそのままここに持ってきちゃったから、
まだ本当に見られるかどうか試してないんです。だから、お金はその後で」
「そう……それじゃ、あなた今日、これから空いてる?
わたし、もうここ片付けたら終わりなんだけど、良かったら、一緒に見てみない?」
「はい! あ、それなら、良い場所があるんです」
「そう。じゃ、そこに行って見ましょう。ちょっと待っててね。今片付けちゃうから」



エリーとルイーゼは飛翔亭で夕食を取ると、ザールブルグの郊外に向かって歩き出した。
初夏を迎えたザールブルグは、この時間でもまだ周りは薄暗がりで、
郊外でも灯りなしでなんとか過ごす事が出来る明るさだ。
しばらく歩いた所で、辺り一面が開けた丘の上に出る。
「まぁ、すてきな場所ね。前から知ってたの?」
「え、ええ……」
微妙に口篭もるエリー。
彼女がこの場所を見つけたのはもう1年以上も前で、その時から確かにすてきな場所ではあるのだが、
ある日、敬愛する先輩のマリーと、その親友のシア・ドナースタークが
この場所で愛を交わしているのを見てしまってからは、
切なさを持て余すときは一人慰める場所にもなってしまっているからだ。
「ね、使い方を教えてくれる?」
しかし、ルイーゼはもう星空に思いを馳せていた為にエリーが口篭もった事に気付かず、
待ちきれない、と言った風に座ると望遠鏡を構えて催促してきた。
「あ、はい」
ほっとしながらエリーはルイーゼの後に回り込んで、抱きかかえるように座る。
軽くカールした繊細な金髪が、ほのかな香でエリーの鼻腔をくすぐった。
(どんな石鹸、使ってるんだろう)
気付かれないように、少しだけ大きく息を吸う。
(はぁ……いい匂いだなぁ。っと、いけないいけない)
ルイーゼの手を取ってピントを合わせると、肩越しに胸の谷間が眼に入った。
(うわ、おっきい……!)
普段からルイーゼの胸の大きさはアカデミーの男子生徒達の話題になっていたし、
エリーもお店に行くと、
注文の品を取ろうと動くたびにたわわに揺れる彼女の胸に視線を奪われる事が多いのだが、
こうやって身近で、しかも普段見ない位置から見ると改めて見とれてしまう。
(やっぱり、やわらかいのかなぁ……)
「どうかした?」
「い、いえ、なんでもありません。ええと……これで、見られると思うんですけど……」
望遠鏡を覗きこんだルイーゼは、ほどなく歓声を上げた。 それは普段のおっとりした彼女からは想像もつかない、子供のようなはしゃぎ声だった。
「……うわぁ……星が、こんなに近くに見えるなんて、夢みたい」
「それじゃ、ちゃんと、見えてるんですね?」
さすがに錬金術士の性として自分が作った物の出来が気になってしまうのか、
エリーは少し不安気に尋ねる。
ルイーゼは星々との距離を縮める魔法の道具から片時も目を離さないまま、力強く頷いた。
「えぇ、とてもはっきり見えてるわ。手を伸ばせば届きそうなくらい」
「良かった……」
「ね、あなたも見てみたら?」
ルイーゼはその姿勢のままエリーに望遠鏡を手渡す。
正直、エリー自身は天文にそれほど興味は無かったが、
それでもルイーゼから受け取ると自分が作った星見の道具を覗き込んだ。
「ね、ルイーゼさんはどの星を見てたんですか?」
「あの、二つ並んでいる星の、もう少し左の……」
二人は姉妹のように肩を寄せながらしばらくの間星見に興じていた。



「えぃっ」
星見を終えた頃、突然、ルイーゼは子供っぽく笑うと、
身体を倒してエリーの上に仰向けのまま圧し掛かる。
「きゃっ、ルイーゼさん、どうしたんですか?」
「ふふっ、びっくりした?」
無邪気に笑いながら、更にぎゅっ、と身体を押しつけ、
エリーの両手を取ると、自分の左胸にそっと押し当てた。
「ちょ、ルイーゼさん、何を……」
「エリー、あなた、さっき、わたしの胸、見てたでしょ」
「!」
「わたしね、アカデミーの中で、いつも視線を感じてるし、
男の子が噂をしてるのも聞こえてくるわ。だから、本当はこんな胸、嫌いなの」
ぽつり、ぽつりと一語一語区切るように話すルイーゼ。
「でもね、こうやって、星を見ている時は誰の視線も感じないですむし、
こうやって寝転がるとね、夜に吸いこまれるような感じが好きだから」
わたしは星を見るようになった、そうルイーゼは打ち明けた。
自分はちょっとした、同性の興味本位で見てしまっただけだけれど、
ルイーゼがこんなに悩んでいたなんて。
「あ、あの……ごめんなさい、あたし、その……」
エリーは自分の軽率な行為を激しく後悔して、ルイーゼの胸から手をどかそうとした。
けれど、何故かルイーゼはエリーの手を離さない。
「ううん、あなたに怒っているんじゃないの。やっぱり、あなた位の年だと気になる物でしょうしね。
それよりもね、あなたが見てる、って気付いた時、
いつもみたいに気持ち悪い、って感じがしなかったの。
なんだか、身体の奥からじわじわって暖かくなっていくような、不思議な感じがしたの。それに…今も」
指を絡めるようにしながら自分の胸をまさぐらせる。
「あなたの手がわたしの胸の上にある、って考えるとなんだかドキドキして……
わたし、まだ人を好きになった事が無いのだけれど、これが……そうなのかしら?」
「ルイーゼさん……」
「あなたは……エリーは、わたしの事……嫌い? 女の子同士なんて、おかしい?」
エリーの頬にぽとり、と熱い滴が触れる。
それが涙だと判った時、エリーは自然に手に力を込めてルイーゼの胸に触れていた。
「ルイーゼさん……」
掌全体でもまだ持て余す、ルイーゼの胸を大きく揉み上げる。
「あっ……エリー……」
「私ね、この場所で、マリーさんとシアさんが……こうやってしているの見た事があるんです」
細いうなじに唇を寄せ、音を立ててきつく吸い上げる。



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