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リリーは玄関の前で忘れ物が無い事を確認すると、二人の小さな同居人に別れを告げた。
「それじゃ、あたしは4日間帰って来ないから、その間、しっかり留守をお願いね」
「はーい、先生!」
同居人の一人、イングリドが元気良く手を上げると、
負けじともう一人の同居人、ヘルミーナが声をあげる。
「まかせてください!」
「な、なんだか妙に威勢がいいわね……まあいいわ。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃーい!」
二人は錬金術の素材を求めて冒険に出たリリーが見えなくなるのを確認すると、
急ぎ足で工房の中へと戻った。
「さ、早速始めるわよ。ヘマしてあたしの足を引っ張らないでよね」
「あなたこそ、あたしの邪魔をしない為にもそこで見てるだけにしてくれない?」
憎まれ口を叩きながらも、手早く分担して調合の準備を整える。
この日の為に何度もこっそりと打ち合わせをしていたせいか、
30分もすると調合に必要な道具と素材が二人の前に並んだ。
「さて、と」
腕まくりをしてイングリドが調合を始めようとすると、
ヘルミーナが押しのけるように前に出た。
「じゃ、始めましょうか」
「何よ!」
「何よ!」
二人はおでこがくっつかんばかりに睨み合うが、すぐにはっとして我に返る。
「こんな事してる場合じゃないわ」
「そうよ、早く作らないと」
それでもまだどちらが調合をするのか揉めていたが、
結局、最も公平な解決手段でイングリドが調合する事になった。
「あたしの勝ちー!」
「ふん、じゃんけんなんかで負けたって悔しくないわよ! それより失敗したら承知しないから!」
「あんたが口を出さなければ大丈夫よ!」
それでも、二人とも調合を開始する時はさすがに減らず口を止める。
ゆっくりと時間をかけて分量を確認すると、材料を遠心分離機の中に入れて、機械を回し始める。
途中何度か交代しながら、ようやく調合が終わった時は、もう日はすっかり暮れていた。
「出来たぁ!」
リリーのまねをして叫ぶイングリド。
そこに冷静にヘルミーナが釘を刺す。
「まだよ。これから丸一日冷やさないとダメなんだから」
「そんな事わかってるわよ!
じゃ、あたし井戸に入れて冷やしてくるからあんた後片付けしておいて」
「なんであたしが片付けるのよ!」
ここでも再び公平な解決法で解決が図られ、その結果今度はヘルミーナが井戸に行く事になった。
「じゃあね、しっかり後片付けしておきなさいよ」
「もう、くやしぃー!」
イングリドはじだんだを踏んで悔しがると、しぶしぶ後片付けを始めた。



次の日の夕方。
ようやく完成した目の前の液体を前に、
イングリドとヘルミーナは日頃のいさかいも忘れて手を取り合って喜びあっていた。
「ね、早速飲んでみましょうよ」
「もちろんよ! その前に、ちゃんと扉に鍵かけた?」
「当然でしょう。あたしを誰だと思ってるのよ。ほら早く、グラスに注いでよ」
ヘルミーナが促すと、イングリドは頷いて液体をグラスに注いだ。
しゅわぁ、と心地よい音がして炭酸が弾ける。
「きれい……」
ヘルミーナがグラスを手に取ると、透き通るような青い液体越しにイングリドの顔が映った。
イングリドは自分のグラスにも液体を注ぐと、ヘルミーナと同じ高さに掲げる。
「それじゃ、あたしたちの才能にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
澄んだ音を立てながらグラスを合わせると、二人とも一息に飲み干してしまった。
「美味しーい!」
「こんな美味しいなんて……ね、もう一杯ちょうだい」
「……はい、どうぞ。あたしももう一杯飲もうっと」
初めて調合を自分たちだけで成功させ、
その調合した物が大人達が飲む酒という事で、
昂揚した欲求の赴くままにグラスを重ねる二人。
リリーが二人に隠すように置いていた本に載っていた、
世間では誘惑のカクテル、と呼ばれているるその液体は、
口当たりが良く、のどごしも良い。
一気に飲めるその酒はしかし、気が付いた時には前後不覚に陥っているという、
男達の間では「女食い」の別名を持つ酒だった。
酒の基本的な知識さえろくに持たない、
単なる大人への好奇心から作った二人が、この、甘く危険なカクテルに抗しえるはずもなく、
あっと言う間に、自分たちが作った分は全て飲み干してしまっていた。



イングリドがふと我に返ると、目の前にはすっかり飲み干した誘惑のカクテルと、
とろん、とした目でこちらを見ているヘルミーナがいた。
(あれ……? なんだかヘルミーナがぐにゃぐにゃしてるよ……?)
回っているのは自分の頭なのだが、もちろんそんな事に気付くはずもない。
自分でも何がしたいのか良くわからないまま、ヘルミーナを呼ぶ。
「ヘルミーナぁ」
しかしイングリドの呼びかけにヘルミーナは答えず、ぼんやりと自分を見ているだけだ。
「ちょっと、へんじくらいしなさいよぉ」
イングリドはふらふらと立ちあがると、よろめきながらヘルミーナの方へと近づいた。
ヘルミーナの横に立つと、ようやくヘルミーナはイングリドの方を見上げる。
「な、なによぅ」
全く焦点の合っていない瞳で、それでも真っ直ぐ自分を見るヘルミーナに思わずイングリドは怯む。
ヘルミーナはそのまま立ちあがると、イングリドの両肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと、何するのよ、離しなさいよ」
振り払おうとするイングリドの動きが、
ヘルミーナの口から漏れた言葉を聞いた瞬間、ぴたりと止まった。
「……好き」
「は、はぁ?」
思わず素面に戻って素っ頓狂な声を上げるイングリド。
「あたし、あんたの事、好き」
「なっ、ちょっ、あなた何言ってるの?」
「あんたは、あたしの事……好き? それとも、嫌い?」
色の異なる瞳に真正面から見据えられて、視線の逃げ場を無くしてしまう。
「そ、そりゃ、きらいって事は、ないような、気もするけど……」
初めて体験する酔いのせいで頭にもやがかかっているところに、
ヘルミーナのやや金属的な声が頭に響いてくると、イングリドは思わず本心を漏らしてしまっていた。
「あたしは、あんたの事が、好き」
イングリドの返事が聞こえているのかいないのか、
再びヘルミーナは想いを伝えると、硬直したままの彼女に顔を寄せて唇を押し付ける。



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