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薄暗いテントの中に、幻想的な炎が浮かび上がった。
炎を囲むように座っている二人の少女の身体の線が、光と影が半々位の色調に彩られる。
自分の荷物袋の中から一掴みのカードを取り出したイルマは、
それが既に占いの一部と化しているような、鮮やかな手さばきで混ぜ始めた。
リリーはそれに魅入られたかのように、呼吸すら止めて手の動きを見つめている。
「それじゃ、始めるね」
タン、と小気味の良い音を立ててカードを手の中に収めると、
イルマはリリーの瞳を覗き込みながら言った。
「う、うん」
リリーが軽く息を呑んで頷くと、カードを並べ始める。
イルマの指先を離れたカードは、それ自身が意思を持つかのように整然と並んでいった。
やがて、配置が終わると、ひとつずつカードをめくっていく。
その表情は普段の彼女からは想像もつかない真剣な物だったが、
全てのカードを開き終わると、表情を崩していつもの顔に戻った。
「ふぅ、終わったわ。それじゃ説明するね。そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ」
そう前置きして、イルマは占いで出た結果について説明を始めた。
「……でね、金銭運は、ちょっとまだ前途多難みたい。入ってくる量は増えるんだけど、
出ていく量はそれ以上に増える、って出てるわ」
「そんなぁ……」
がっくりと肩を落とすリリーに、イルマは笑いながら慰めた。
「そんなにがっかりしないでよ。でも、健康は全く問題ない、って出てるし、
今年一年はあなたの生涯にとって忘れられない年になるだろう、とも出てるわ。それから」
そこで一旦意味ありげに言葉を切ると、つられて自分の顔を見るリリーに神妙な面持ちで続ける。
「恋愛運なんだけど……これ、恋人って言う意味のカードなんだけど、逆向きなのよね」
「そ、それって……良くないってこと?」
「普通はね。でも、他のカードの巡りからすると、単純に悪い、ってことじゃないみたい。
なにかこう、普通と違う、っていうか……」
(! うそ……まさか、バレてるの?)
突然心の奥底を覗かれた気がして、リリーは表情を晦ませるのに努力を払わなければならなかった。
確かに、リリーは普通ではない恋を──目の前の少女に恋をしていたのだ。
いや、それはまだ恋と呼ぶほどの想いではなかったかもしれないが、惹かれているのは間違いなかった。
もちろん、それが「普通と違う」ことも解っていたので、
想いを打ち明ける気も無く、イルマ達が次の場所に移ったらそれでおしまい、
と自分を納得させてもいたのだが。
それが、思いも寄らない形で自分の胸の内を再確認させられることになって、
リリーの心臓は早鐘のように音を立てて鳴り出す。
「い、いやだなぁイルマ、あたし、今好きな人もいないのに、そんな、
普通と違う恋とか言われても、心当たりも無いし、全然ピンと来ないよ」
黙ってしまうと自分の心臓の音がイルマに聞こえてしまうような気がして、
リリーは早口でその場を取り繕った。
「あ、そうなの? ……う〜ん、あたしの占いもまだ未熟ってことかなぁ」
イルマはやや納得がいかないように腕組みをしてカードを見つめていたが、
それも長い間ではなかった。
「うん、これであたしの占いはおしまい。リリー、改めて、おばあ様のこと、ありがとう」
「ううん、それはいいんだけど……イルマ、怒ってない?」
「え? ああ、占いのこと? 全然怒ってないったら。もっと練習しなくちゃ、とは思ったけど」
イルマは安心させるように微笑むと、腕を伸ばせて背筋を反りかえらせた。
しかし一杯に伸びをした次の瞬間お腹を抱え込んでしまい、リリーは驚いて尋ねる。
「ど、どうしたの?」
「……お腹すいちゃった」
恥ずかしそうに小声で言うイルマに、リリーは肩の力が一気に抜けてしまった。
「もう……何かと思ったわよ。解ったわよ、あたしの家にご飯食べに来なさいよ」
「え? 催促したみたいで悪いなぁ。でも……お邪魔しちゃおうかな?」
全然悪びれない様子で言うイルマに、思わず吹き出しながらリリーは立ちあがる。
「決まりね。じゃああたし先に帰ってご飯作るから、30分くらいしたら来てね」
「うん。また後でね」



「はぁ、お腹一杯。リリーって料理上手なんだね」
「ありがと。おだてられると弱いのよね、あたし」
いつもの癖で三人分作ってしまった料理を、イルマは事もなげに食べきってしまった。
満足そうなため息をつくイルマに、
リリーは奥から一本の酒瓶を持ってくると食卓の上に置いてみせる。
「これね、新しく作ってみたお酒なの。エーデカクテルっていうんだけど、
良かったら飲んでみない?」
「うわあ、飲む飲む! でもいいの? あたしが飲んじゃって」
「正直言うとね、まだあたしも飲んでないから、味が保証できないの」
リリーは悪戯を見つかった子供のように軽く舌をだす。
「そういうことね。いいわよ、お腹壊したらリリーに診てもらうから」
事情を理解したイルマはそう言いながら、全くためらうことなく一息にグラスを開けてしまった。
「ちょ……」
さすがに何か言いかけたリリーだったが、、
その前にグラスから口を離したイルマが満面の笑みをたたえて感想を述べる。
「美味しいね、これ!」
「本当?」
「うん、リリーも飲んでみなよ」
一瞬、これを作るために費やした材料と時間の事が頭をよぎったが、
イルマが喜んでくれるのなら、
とリリーは残りのエーデカクテルを自分と彼女のグラスに全て注いでしまった。
「……本当だ、我ながら美味しいわね」
「売ったら大人気になるんじゃない? そうしたらアカデミーも早く建てられるでしょ?」
無邪気に薦めてくるイルマに、事情を説明しなければならなくなったリリーの顔が曇る。
「うん……でも、これ作るの結構大変なんだ」
「あ……そうだったの? ごめんね、たくさん飲んじゃって」
「ううん、そういうつもりで言ったんじゃないから、気にしないで。
どうせそんなに日持ちしないし、あの子達に見つかるとうるさいから」
最近、特に好奇心が強くなってきたイングリドとヘルミーナが
この酒を見つけた時の事を想像して、リリーは苦笑いする。
「そう? それじゃ遠慮なく飲ませてもらうね」
リリーの話を聞いたイルマは申し訳なさそうな顔をしたが、
余程この酒が気に入ったのか、結局2杯目も一息に飲み干してしまった。
「うーん、残念だなぁ。これなら毎日だって飲めるのに」
「もう、わかったわよ。また作るから、出来たら呼ぶわよ」
「あ、なんか催促したみたいで悪いわね」
イルマは悪びれずに笑うと、リリーもつられて笑い出し、
酔いも手伝って二人はしばらくの間他愛も無い話に興じていた。



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